2005年04月

2005年04月29日

☆当たり前のようで大変なこと

●今からもう10年近く前の夏休み、家族で故郷(四国)に遊びに行き、名古屋まで帰るときのはなしである。

○その日は朝から全国的に天気が悪く、空港を出発する前からターミナルでは「名古屋地方の天候が悪く引き返す場合もあります」とアナウンスしていた。
 そのような中、私たち家族を乗せて空港を飛び立った飛行機は、名古屋空港に向けて順調に飛行を続け、いよいよ着陸態勢に入ろうとしていた。

 名古屋空港の上空は、予想していたとおり厚い暗雲が立ちこめており、私たちを乗せた飛行機は、着陸するためにその雲の中に飛び込んだ。
 その瞬間、窓から見える外の景色はそれまでとはうってかわって真っ暗となり、ところどころに稲光がくっきりと見えた。
 「こんな状態でも着陸できるなんて最近の航空技術はすごいなあ」と感心したその時である。私たちを乗せた飛行機は、まるでジェットコースターのように大きく高度を下げたかと思うと急上昇し、あっという間に暗雲の中を抜け出した。

 時間にしてわずか数秒のことだったと思うが、余りのショックのため機内には泣き出す子供もいるほどだった。その直後、パイロットの方から「名古屋空港上空の天候が回復するのを待ってもう一度着陸を試みますが、それでもダメなら大阪空港に向かいます」とアナウンスがあった。
 私は、思わず「もう一度試みなくていいから大阪空港に向かってくれ」と心の中で叫んだのだが、10分ほど上空を旋回した後だろうか、私たちを乗せた飛行機は、今度は暗雲のある北側ではなく比較的天候がよい南側から着陸態勢に入り、滑走路を巻くようにして無事に空港に着陸した。

 その瞬間、機内では誰からともなく拍手がわき起こったのだが、その拍手が、私たちを無事に目的地まで運んでくれたパイロットに対して贈られたものであることは間違いない。
 名古屋空港への到着時間は、当初の予定より30分以上遅れたのだが、誰一人文句を言う乗客はいなかった。
azarashi_salad at 21:11|この記事のURLComments(7)TrackBack(4)無駄話 

【尼崎脱線事故など交通トラブルの背景について考える】

●尼崎で起きたJR西日本の断線事故については、事故原因の検証と早急な事故再発防止対策が求められていると思いますが、単に事故を起こした運転手やJR西日本の個別責任の追及だけにとどまらず、このような事故が様々な分野で多発する背景として、安全を犠牲にしたコスト削減や効率化、必要以上のスピード化社会などが影響しているのではないか、という報道も見受けられます。

○北海道新聞の現役記者である高田昌幸さんのブログ「札幌から ニュースの現場で考えること」に書かれていた記事「JR福知山線の事故と、リストラ社会」は、今回の事故と少し前まで連日報道されていた日本航空トラブルを関連づけ、日本のリストラ社会に焦点を当てて事故が発生する「背景」を考察しています。
 私も、漠然ですがこの意見に同感でして「上手く根拠を示せないのですが、事故=余裕=コスト=定時性=スピード=効率化=リストラ=成績主義=虚偽報告・・・・・これらのキーワードがどこかでつながるような」とコメントしました。

 これに関して、4月19日付けの朝日新聞(夕刊)に掲載されていた中野不二男氏(ノンフィクション作家)の記事「かがく批評室:日航トラブルをめぐって」が、まさに「わが意を得たり」という内容でしたので、以下に記事の一部を紹介したいと思います。

 水は100℃、ヘリウムはマイナス269℃で沸騰し、カエルは気温10℃以下になると冬眠に入る。物事には、それまでとはちがう反応が起きるギリギリの値がある。そういう値のことを、化学や技術の世界では「しきい値」と呼ぶ。学生時代に実験室に入っていた人は、いろんな場面で耳にしてきた言葉だろう。
 このところ、日本航空のトラブルが多発している。部品の経年劣化が原因なのか、作業体制に問題があるのか詳しいことはわからない。しかしトラブルのニュースを見るたび、経営合理化の記事を読むたび、つい「しきい値」を思い浮かべる。仕事にも、作業内容や労働時間などの条件が一定の値をこえると、集中力の低下を招く「しきい値」があるはずだ。

○この記事は、今回起きた脱線事故の1週間前に掲載されていたものですが、これを書いた中野氏は、おそらく今回の事故についても「起こるべくして起きた」と思っているのではないでしょうか。
 以前にもこのブログで少し紹介しましたが、リストラ、合理化のかけ声のもと、本来効率化してはならない部分にまで「効率化」が進み、私は、これまで安全を支えてきた現場の「人間」がついに悲鳴を上げ始めたような気がしてなりません。

 朝日新聞記事の中で中野氏は、『航空機の機体であれ、ウラン溶液であれ、安全確保のためには絶対こえてはならない「しきい値」がある。科学や技術の産物を利用するうえで、それは譲ってはならない値のはずだ。そのために保守・運用する人間がいる。そして、その人間の集中力にも「しきい値」がある』とも述べています。

 今回の脱線事故に関しては、余りにもシビア(1秒単位?)な定時性を確保するために現場の「人間」に対して注意・指導を強化する一方、安全性を担保するための「システム」づくりをおざなりにしてきたJR西日本の企業体質を疑問視する報道もあります。
 私はJR西日本の内部事情を知らないので、指導教育方針がどのような状況だったのか、安全を担保する「システム」が本当に不十分だったのか判断できません。
 しかし、『競争の激しい時代に入り、企業は効率だけが優先される体質になってしまった』という中野氏の指摘は、阪神電鉄や阪急電鉄としのぎを削っていたJR西日本に対しても当てはまるような気がします。

○さらに中野氏は、『日本の組織の特徴は、上に行けば行くほど科学や技術を理解できる人材が少なく、そうした具体的な認識が薄いことだ』と指摘しますが、JR西日本や日本航空だけでなく、これまで事故や不祥事を起こしてきた多くの企業に対しても当てはまるような気がします。
 最近の事例では、東武伊勢崎線の踏切事故が思い起こされますが、あの事故でも「機械」では出来ない秒単位の遮断機の上げ下げを、「人間」の努力だけに頼っていたことが明らかになっています。
 こうした企業の経営陣が、現場を支える「人間」の「しきい値」を一体どこまで把握していたのか、私は疑問に思います。さらには、北側国交相までもが「利用者は命を預けているわけで、事故を契機に運転士資格、教育の在り方を点検しないといけない」と「人間」の方を「カイゼン」しなければならない、とも受け取れるような発言をしていますが、日本という組織の指導者は、現場を支える「人間」の「しきい値」をどのように受け止めているのでしょうか。

 中野氏は『小さな組織である中小企業の技術の信頼性が、世界的にも高い評価を得ているのは、経営のトップに現場上がりが多いからだ。彼らは、たとえ効率を追求しても、こえてはならない「しきい値」をはっきりと認識している』と指摘しています。
 私は、すでに悲鳴を上げ始めた現場の「人間」の声に、企業の経営陣や政府、さらには私たち国民自身も気づかなければ、いつかまた、今回と同じ悲劇が繰り返されるような気がしてなりません。

azarashi_salad at 08:39|この記事のURLComments(10)TrackBack(25)私説 

2005年04月28日

★マスコミの皆様へ【緊急要請】

●JR西日本の脱線事故を受けて、各マスコミは、普段ならニュースにならないような鉄道のオーバーランを、このときばかりと報道しています。

○今朝のテレビニュースでは、「多くの運転手の方々がミスしてはいけないと必要以上に緊張しているのではないか」と述べていましたが、こうした報道が、多くの運転手の方々を必要以上に緊張させているのも事実だと思います。

 今日も、東京で、大阪で、日本全国で、私も含めて多くの方々が電車に乗車しており、私たちは、できればそのようなプレッシャーでガチガチになっている運転手の方が運転する電車には乗りたくありません。

○マスコミがニュースとして報道する際の「ものさし」は、そのときの世論が興味ある事実に偏るものかもしれませんが、多くの乗客が安心して電車に乗車するためにも、鉄道のオーバーランについてだけは、どうかこれまでどおりの「ものさし」で報道するようお願いします。
azarashi_salad at 06:49|この記事のURLComments(19)TrackBack(11)社会 

2005年04月27日

▲「ぱっとさん」からの投稿

●前回投稿して頂いた「ネット侍」さん同様、私の一連のエントリーに積極的にコメントしてくれた「ぱっと」さんからもメールで投稿を頂きましたので、ご本人に了解の上、ここに転載させて頂きます。

○まず、最初に疑問に思ったことはなぜ記事化されたのだろうと言うことでした(パチンコ中の車上荒らしの件です)。その後、「ネット侍」さんからは「どんな些細な情報でも加盟社のために流すのが通信社の使命」という回答を頂戴しました。これは一つの考え方だろうと思います。この場合は配信された情報のどれを新聞記事にするかというところが新聞社の大きな判断になるでしょう。中日新聞の記事も「ネット侍」さんご指摘のように一連の特集の一部であると考えれば納得できます。

●「けしからん」理由は何だろう

○ただ現実に記事にした方はどうもそうは考えていないようです。これらの記事では焦点は窃盗犯より盗まれた教師に当たっていることは「あざらしサラダ」さんも指摘している通りだと思います。この点はどなたも異論のないところでしょう。「あざらしサラダ」さんも私もなぜ窃盗の被害者である教師の方に焦点を当てるのか、が問題意識なのではないかと理解しています。もちろん被害者が教師でなくても同様の論点が提起できますので、「ネット侍」さんが引用して下さった各種の記事でも同じことだと思います。

 実際、共同通信のブログでは教師をはっきりと「成績資料に記載された児童との関係では<故意ではないが>加害者ということになります」と指摘しています。毎日新聞の磯野さんはより正直かつ直裁に「学校の先生がパチンコをやってはいけないとは思いませんが、結果として、児童の成績の控えが盗まれたということになると、けしからん、という感情が勝ってしまう。新聞記事はこのような情緒的な要素で書かれることがしばしばあります」と言われています。この辺に論点があると考えています。要約すればお二方のコメントには「この教師は悪いから記事にした」ということだと考えます。

 これに対する私の見解は以前にも書かせていただきましたが、次の通りです。すなわち「一連の議論を通じて感じることは報道に求められているもの(少なくとも私が求めているもの)は、『透明性』と『複眼的思考』なのかと考えています。前者は『なぜこの記事が重要なのか』をきちんと説明する。別の言葉で言えば『説明責任』というやつです。とにかく思考や意思決定の過程の透明性を確保すること。後者は様々な見方を提示してもらい、結論や意見を表明するときには前者もふまえて相当調べてから自信を持って言ってほしいということでしょうか。『けしからん』だけで記事にされたものを読まされるのも困りますね。」と以前コメントさせて頂きました。つまり、「けしからん」と非難されるのは結構ですがそれは単なる恣意や感情ではありませんか、という問題意識です。

 通常、仕事をする上ではある方針を説明する際には必ず求められる二点といって差し支えないと思います。どうしてこの方針でやるのが適切なのかを説明する際には他の方法と、その比較の上でこれが適切だという説明の仕方をすると思います。それと同じことですし、実際報道でも一般企業が消費者にすべきこととして求めていることだと思いますので特段難しい話ではないと思います。物事の判断とはそう簡単にできないところが現実世界の難しいところだと思います。「誰もが『けしからん』と思うのだから説明は不要だ」と言われるのかもしれませんが、私には記事にするほど「けしからん」かどうかは議論の余地があると思われます。もちろん「報道の自由だ」と言われればそれまでです。

●不祥事だから記事にする?

○次に、教師の不祥事は記事になるという点ですが如何なものでしょう。まず本当に国民が求めているのでしょうか。鶏と卵の議論かもしれません。私は求めていないし、少なくとも求めている人と求めていない人がいると思いますのでその意味では報道が多角化してくれるといいのかと思います(報道する側と報道しない側と言うだけでなく、報道すべきだという側と報道すべきでないという側に分かれてほしいものです。それこそが社論だと思うのですが)。

 いわゆるクオリティ・ペーパーとタブロイドのような棲み分け(日本はできているようでいて前者に後者の記事が、後者に前者の記事が入ったりして意外と区別がつかないことがあります。取材源が同じだから仕方のないことでもあると思いますが)をしてくれたらいいという期待もあります。また、これは個人情報の保護より教師の不祥事に関心があり、教師の不祥事の内容がたまたま個人情報だった(本当に記事にするほどの不祥事なのかという問題もありますが)ということになりますので、「個人情報の保護がなっていない」という批判は単なるあと知恵だということにならないでしょうか。

 さらに、(仮に本当に教師の不祥事報道を国民が求めているとして)いくら不祥事を求めているからといってそれを理由に記事にする世の中はどうなのでしょう。私はあまり好きにはなれません。足の引っ張り合いのような世の中はイヤな世の中だと思いますし、これでやる気のある人が教師から遠のかなければいいなと思いますが人によって見解は分かれるのでしょう。「人のふり見て我がふり直せ」と記者の方が思って下さると少しは変わるのかと期待しています。もっとも不祥事を報じるのも「報道の自由」だと言われればそれまでですが・・・。

どちらの問題意識にも共通するのは「では、どのような事件だったら記事にならないのか」ということです。私には結局は無過失でも非難・追及されそうな怖さを感じます。

●「個人情報」の保護

○最後に一連の記事(教師以外の報道も含め)は全て個人情報の漏洩として同じような扱いで報じられていますが、本来重要度には差があるのではないでしょうか。漏洩した内容がクラスの名簿と成績表(又は患者のカルテ)では重要性が違うのではないでしょうか。こうした観点は「不祥事だから報道」では出てこないのではないかと危惧します。


azarashi_salad at 20:25|この記事のURLComments(27)TrackBack(0)私説 

2005年04月24日

△「ネット侍さん」からの投稿

●♪誰が加害者で誰が被害者から【犯罪被害者の過失に焦点を当てるニュースについて考える(3)】までの一連のエントリーに対して、これまで積極的にコメントを寄せて頂いた「ネット侍」さんの考えを整理したメールを頂戴しました。
 ご本人にも了解の上、以下のとおり記事としてエントリーします。

あざらしサラダさん、こんにちわ。
ネット侍です。
わたしの考え方を簡潔にまとめると、以下の通りです。

●「パチンコ中、成績票盗難」事件について

(1)まず、記者が「ニュースかどうか」を判断する基準は「法律」や「道徳」ではなく「話題性」である。
(2)「話題性」とはつまり「読者の関心」であって、読者の関心をひくのは「意外性」である。
(3)ところで、公務員や教師、医師、弁護士、銀行員、マスコミなどは「世間の信頼」を前提とした存在である。
(4)したがって、これらの職種の人たちが起こす不祥事には「意外性」がある。
(5)結論として、教師らの不祥事は「ニュース」である。

 問題の記事は「車上荒らし」被害が背景になっているけれども、車上荒らしはどこにでもある話であって「意外性」はないから、それだけでは記事にならなかったでしょう。
 この記事が書かれたのは純粋に、「信頼」を前提とする「教師」が、パチンコ中に成績票を紛失するという「不祥事」を起こしたからではないでしょうか。
 逆に言えば、世間の誰もが「教師は信用ならない」と思っているなら「意外性」はないわけだから、記事にもならない。とすると、この事件がニュースになったのは教師という存在が世間から今でも信頼されているから。ならば、こうした記事に「ほとんどの教師は真面目な人なのに」という反発が起きるのも、ある意味で当然のことなのでしょう。

 あざらしサラダさんは当初、この記事を「不祥事」でなく「事件」を報じたものとして読んだのでしょう。だから「被害者が加害者扱いされている」という問題意識を持ったと。 その問題提起自体は有意義なものだったと思いますが、そこに「教師を叩きたがるマスコミ」という先入観が入り込んだことで、論点がありがちな「マスコミ糾弾」調の方向にずれてしまったような気がします。

>記事からは「成績控えなどの個人情報を車内に置いたままパチンコをしている教諭はけしからん」という記者の個人的な「意見」がひしひしと感じられます。
>マスコミは、すでに反省して謝罪もしている犯罪被害者を、どうしてさらに叩く必要があるのでしょう。
>盗まれた教諭に「けしからん」と言う以上、新聞記者はみな、取材の過程で知り得た個人情報などは、決して犯罪被害に遭わないように肌身離さずに持ち歩いている、ということですか。

といった箇所ですね。

 こうなってしまうと「何がニュースなのか」「どう報じるべきなのか」といった建設的な論議よりも、これを書いた記者(あるいは新聞記者一般)への批判に重点が移ってしまう。ちょうど、問題の記事が「学校における個人情報保護の在り方」に焦点を当てるべきなのに「教師個人を叩いて終わっている」とあざらしサラダさんが思われたのと同じ状況が起きてしまったのです。
 また、本来のマスコミ論の中に「教師叩きに対する疑問」が混じり込んだことで、「教師は謝罪しているのに」とか「じゃあ記者はどうなんだ」といった感情論が表に出てしまった。こうなると、わたしが朝日記者を例にとった架空記事を提示した次の記事・・・

取材先の個人情報を盗難 朝日記者がパチンコ中に
 朝日新聞前橋支局の50代の記者が、パチンコ中に乗用車を荒らされ、取材した市民38人分の個人情報を盗まれていたことが26日、分かった。
 同支局によると、記者は22日午後5時半ごろ、帰宅途中に市内のパチンコ店駐車場に車を止め、約1時間後に車に戻ると、助手席の窓ガラスが割られていた。記者は前橋市長の汚職疑惑を取材しており、盗まれた資料には、非公表を条件に取材に応じた住民や市役所関係者の住所氏名のほか、取材内容のメモなどが含まれていた。
 記者は支局長とともに関係者に事情を説明し、謝罪しているという。

・・・を提示して、「これも報道する必要ないのですか」と問うた場合、あざらしサラダさんも明確に答えなくてはならなくなる。(本来の論点はそこではないので意地悪なのは承知の上ですが)
 それより、何より、そうした感情的な反発に対しては、記者の側から真摯な回答を寄せられることも期待できないでしょう。共同通信のブログで佐々木さんが回答したのは「良い兆候」ですが、論点が不明確なため「加害・被害関係」を整理しただけの紋切り型で終わってしまっている。
 読者が批判精神をもってメディアに向き合うのは大事なことですが、最初に「あ、これはマスコミのミスリードだ」と思ったとしても、異なった視点から疑問が寄せられたときには、議論を重ねた上で、ある一定の「決着」を付ける必要はあると思います。そうでないと、かっぱさんのおっしゃる「言い放し」になってしまうのではないかと。

●「三重県ノートPC盗難事件」について

 この記事は、スタイルからして初報ではないと思います。世間の関心が低いニュースはストレートニュース1本で終りますが、タイムリーな話題だったりすると、主な記事の脇に解説や背景説明の記事がつくことがあります。あるいは「続報」という形で、同じ日の夕刊や翌日の朝刊に関連記事が出ることも。中日の記事はこれらのどれかでしょう。
 エントリーで比較のために紹介されている他の記事はストレートですね。だから記事の分量も少ないし、淡々と書かれている。紙面上なら、関連記事はそれと分かる位置に掲載されますが、ネットに流れると一般読者には区別が付かないから、扱いの違いに「記者の偏見」を読み取ってしまうかも知れません。
 比較する場合は、同じスタイルの記事を集めたほうが、より客観的になると思います。

azarashi_salad at 18:36|この記事のURLComments(30)TrackBack(0)私説 

2005年04月23日

【犯罪被害者の過失に焦点をあてるニュースについて考える(1)】

●これまで、教師が被害者の「車上荒らし」事件と学校が被害者の「空き巣狙い」事件のニュースを例に挙げ、これらの記事は「必要以上に被害者側の過失に焦点をあてて批判しているのではないだろうか」と問題提起してきました。

 私は、別に被害者が「教師」だからといってかばっているのではなくて、どのような職業の方であってもこの考え方は変わりません。
(マスコミ報道が教育関係者に対して他の職業以上に厳しく批判する傾向があるとは思っていますが、その原因についての私の考えはあとで紹介します)

○これに対してコメントやトラックバックで頂いた意見の中には、「過失がある以上、被害者側が批判されるのは当然」といった厳しい意見もありました。
 私は、今回批判の対象になっている盗難被害者(教師)に全く過失がないとはいいませんが、あえてその過失部分に焦点を当てて批判記事を書かなければならないほど、他の盗難被害者と比べて過失の度合いが大きいとは思えないのです。

 そこで、yahooニュースに掲載されていた個人情報が盗難被害に遭ったニュース(一般紙の報道及び通信社の記事のみ)11件を例にあげ、先に紹介した2件のニュースとどこが違うのか具体的に比較してみたいと思います。

●以下は、いずれも「車上荒らし」による個人情報盗難被害を伝えるニュースです。

 禪朕余霾鹽霪顱篆雄倏標社員162人分、車上荒らしで
 人材派遣のフルキャストは21日、同社に登録されている派遣社員162人分の情報が入ったパソコンが盗まれたと発表した。今月19日、大阪市内で、帰宅途中の同社社員が駐車していた車の窓ガラスが割られ、業務用のノートパソコンが入ったカバンごと盗まれたという。現在のところ、不正使用などは確認されていない。(毎日新聞) - 4月21日

個人情報入ったかばんが盗難=大京子会社
*マンション分譲大手の大京 <8840> は19日、子会社の大京管理(東京)・千葉支店が管理を受託する約70世帯の個人情報が流出したと発表した。同支店の社員が16日に東京・品川区の自宅に帰宅後、氏名や電話番号などの顧客の個人情報を記載した文書の入ったかばんを置いていた乗用車が車上荒らしに遭い、かばんが盗まれたため。(時事通信) - 4月19日

<パソコン盗難>自治医大の医師 患者73人分の情報紛失
 栃木県南河内町薬師寺の自治医科大学付属病院は15日、呼吸器内科の男性医師が患者73人分の名前や病名など個人情報を入れた私用のパソコンを乗用車から盗まれたと発表した。パソコンにはパスワード設定をしているが、同病院は患者に謝罪し、事実関係の説明を進めている。(毎日新聞) - 4月15日

づ霪顱Щ童のデータ入りかばん、車の中から盗まれる−−牛久の小学校教諭 /茨城
 ◇駐車中、窓割られ−−つくば
 12日午後10時ごろ、牛久市の市立小学校に勤める男性教諭(22)が、つくば市小野崎のレストラン駐車場に駐車していた乗用車内から、3年生とすでに卒業した6年生の児童計72人分のデータが入ったかばんを盗まれた。同小では13日、該当する児童宅一軒一軒を訪問、事件の報告と謝罪をした。
 市教委の調べでは、かばんに入っていたのは、今年度担任している3年生のクラスの児童氏名が記載された名簿、昨年度の6年生の児童氏名、電話番号が入ったフロッピーディスク1枚、校舎玄関のかぎ、職員会議要綱、教科書。車は施錠していたが助手席のガラスが割られ、助手席に置いてあったかばんを盗まれたという。
 市教委は同日、臨時校長会を開き、事件の報告をするとともに再発防止に努めるよう指導した。淀川ゆき教育長は「市民の個人情報を安全に管理、保存する立場にありながら、管理を怠ったことは誠に申し訳ない」とコメントした。【三木幸治】
4月14日朝刊(毎日新聞) - 4月14日

チ換酸古未慮朕余霾鹽霪顱ヾ阜県各務原市の中学教諭
 岐阜県各務原市の市立蘇原中学校(田口和男校長)の男性教諭が車上荒らしに遭い、全校生徒の個人情報を記載した名簿入りのかばんと、卒業生の成績を記録したパソコンを盗まれていたことが20日、分かった。各務原署が窃盗容疑で捜査している。蘇原中はこれまでに個人情報が悪用された様子はないとしている。
 同校によると、教諭は16日夜、帰宅途中に寄った岐阜市のショッピングセンターの駐車場に自家用車を止めていた。名簿は緊急連絡用に教諭に配布されており、生徒679人の名前や保護者名、電話番号などを記載。ノートパソコンには2001、02年度の卒業生約500人の成績が残っていた。(共同通信) - 2月20日

●続いて、以下は「置き引き」による個人情報盗難を伝えるニュースです。

Α礇肇茱拭簗鵤泳件の顧客情報盗難 委託先の社員が新幹線で
 トヨタ自動車は20日、システムの開発委託先であるNECの協力会社の社員が、トヨタレンタリース横浜(横浜市)の顧客9804件の個人情報の入ったパソコンを盗まれたと発表した。個人顧客1113件と法人顧客8691件の住所、氏名・企業名、電話番号、口座番号などの情報が含まれていた。今のところ個人情報が不正使用された形跡はないという。
 NECの協力会社社員は3月31日に、新幹線の車内で盗難にあった。トヨタは今月4日にNECから連絡を受け、顧客への事情説明を終え、発表した。【工藤昭久】(毎日新聞) - 4月20日

●最後に、以下は「空き巣狙い」による個人情報盗難を伝えるニュースです。

Ю古名霾麁ったPC盗難 三重県立高校で276人分
 三重県教育委員会は9日、津市の県立津工業高校(高瀬進校長)の生徒指導室から、在校生や卒業生計276人分の成績や電話番号などの個人情報が入ったパソコン1台が盗まれたと発表した。
 同校は津署に被害届を提出。県教委は「パスワードが分からないとパソコンの個人情報は利用できない」としている。
 県教委によると、パソコンは数学担当の男性教諭(37)が使っており、1年生から3年生まで197人分の数学の成績や、卒業生40人分の各教科の成績などが保存されていた。
 9日午前11時ごろ、別の教諭が生徒指導室の窓ガラスが割れているのを発見。机の上に置かれていたパソコンが盗まれていたほか、生徒から預かっていた制服約70点も盗まれていた。(共同通信) - 4月9日

名簿入ったパソコン盗難 静岡の小学校教諭が被害
 静岡県豊田町の町立小学校の女性教諭宅から、全校児童と新1年生の計480人分の名簿などが入ったノートパソコン1台が盗まれていたことが15日、分かった。磐田署は窃盗事件で捜査している。
 同町教委によると、被害に遭ったのは今月10日午後9時すぎで、自宅2階の仕事部屋にあったパソコンや現金入りの財布などが盗まれた。教諭や家族は1階にいたが気付かなかったという。
 パソコンには児童や保護者の氏名、住所、電話番号などの個人情報が入っていた。教諭が学級編成の作業などのため、学校のパソコンからダウンロードして自宅に持ち帰ったという。(共同通信) - 3月15日

患者情報入りパソコン盗難 京大病院249人分
 京都大病院(京都市、田中紘一院長)は15日、研究室にあったノートパソコン9台が盗まれ、うち1台に249人分の患者の個人情報が含まれていた、と発表した。田中院長は「患者に不安を与えることになった。関係者におわびしたい」と謝罪した。
 同病院は府警川端署に被害届を提出。個人情報が保存されていた患者に個別に電話をして、謝罪しているという。
 病院によると、禁煙後にニコチン中毒の治療を受けていた外来患者のデータで、氏名、年齢、電話番号、病歴などが含まれていた。通院をやめた患者から相談を受ける際の基礎資料として、担当医が個人のパソコンに保管していた。
(共同通信) - 2月15日

顧客情報入りのPC盗難 滋賀トヨタ、1691人分
 滋賀トヨタ自動車(大津市)は4日、同社彦根店(滋賀県彦根市)で昨年12月、顧客1691人の個人情報を入力したノートパソコン3台が盗まれたと発表した。
 同社は既に顧客に謝罪。彦根署が窃盗容疑で捜査している。
 同社によると、パソコンは彦根市などに住む顧客の住所や電話番号、自動車保険加入状況などを入力。事務所1階に置いてあった。昨年12月22日から23日に、窓ガラスを割って侵入、盗み出したとみられる。
 パスワードを打ち込まないと見ることはできず、これまでに個人情報が不正使用されたという報告はないという。
(共同通信) - 2月4日

カード情報700人分盗難 56人分はネット購入に悪用
 横浜市戸塚区の昭和シェル石油(東京都港区)系列のガソリンスタンドで、少なくとも顧客698人分のクレジットカード情報が記載された伝票を含む約1600枚が盗まれ、56人分のデータがインターネットの商品購入に悪用されていたことが31日、分かった。届けを受けた戸塚署は窃盗事件として捜査している。
 同社によると、盗まれたのは2004年1月5日−10月30日の間の特定の8日分の顧客伝票。支払いがクレジットカードだった伝票にはカード番号、ローマ字氏名、有効期限などが記載されていた。今月7日、信販会社から連絡があり、10月30日に利用した顧客56人分のカード情報で、インターネットの商品購入申し込みが計138件あったことが分かった。
(共同通信) - 3月31日

 【犯罪被害者の過失に焦点をあてるニュースについて考える(2)】に続く。
azarashi_salad at 14:00|この記事のURL私説 

【犯罪被害者の過失に焦点をあてるニュースについて考える(2)】

●【犯罪被害者の過失に焦点をあてるニュースについて考える(1)】で紹介した,らのニュース報道から、個人情報(または個人情報が保存されているパソコン等)が盗難被害にあったときの状況を整理すると以下の通りです。

【車上荒らし】のケース
ゝ宅途中の寄り道で停めていた施錠状態の車内に置いていた。(駐車場所は不明)
⊆宅駐車場に停めていた施錠状態の車内に置いていた。
車内に置いていた。(施錠状況と駐車場所は不明)
ぅ譽好肇薀鵑涼鷦崗譴膨笋瓩討い浸楙状態の車内に置いていた。
サ宅途中のショッピングセンター駐車場に停めていた車内に置いていた。(施錠状況は不明)

【置き引き】のケース
新幹線の車内に置いていたが目を離していた隙に盗まれた。

【空き巣狙い】のケース
Щ楙した生徒指導室に置いていた。
┷濛霖罎亮宅2階の部屋に置いていた。
病院の研究室に置いていた。(施錠状況は不明)
施錠していた事務所に置いていた。
ガソリンスタンドの事務所に置いていた。(施錠状況は不明)


○これらを見て頂くとおわかりのとおり、,らイ了件はいずれも同じ状況(車内に置いていた)で盗難被害に遭っているのですが、これらの記事と比べると、前回の共同通信(毎日新聞)の記事見出しに「教師」と「パチンコ」というキーワードを盛り込むことにより、被害者側の過失を強調して批判する記事になっています。
 また、Гらの事件も全て同じような状況(部屋に置いていた)で盗難被害に遭っているのですが、これらの記事と比べると、前回の中日新聞の記事は「鍵付きワイヤでロックすることを決めていた」という学校の盗難防止対策(及びその不履行)を強調することにより、こちらも被害者側の過失を批判する記事になっています。

 しかし、上記の教師はいずれも施錠した車内及び部屋に保管している状況で盗難被害に遭っているのに対して、Δ療霪馮鏗下圓鷲堝団蠡真瑤凌祐屬出入りする新幹線車内にパソコンを出しっぱなしの状態で被害に遭っていますし、、ァ↓、の盗難被害者は、そもそも施錠していたかどうかもわかりません。
 さらに、の盗難被害ではすでに盗まれた個人情報が悪用されて、実際に2次被害が出ています。

 また、前回の記事のコメントにあったように企業における「ノートPCのワイヤロック」が「一般的」なのであれば、の記事でも(多分)「鍵付きワイヤによるロック」をしていなかった事実(または盗難防止対策の遅れ)に焦点をあてて、被害者側の社員(または企業)を「管理が甘い」と批判することも容易です。

 私の個人的なものさしでは、Δ筬の盗難事件の方が被害者側の過失の度合いが大きいように感じるのですが、こんなことは個人の感じ方の差であり、問題の本質ではありません

 要は、被害者側の過失に大した違いがなくても、マスコミの焦点のあて方(事実関係の取捨選択)次第で、淡々と事実のみを伝える無味乾燥な記事にもなれば、読者が「けしからん」と思うような批判記事にもできるということが問題なのだと思います。

●誤解がないようにお断りしておきますが、私は、盗難事件に限らず「犯罪報道」の基本的な姿勢として、誰が被害者であっても、最も非難すべき悪意ある犯罪加害者に焦点を当てずに、被害者側の落ち度(過失)ばかりに必要以上に焦点を当てて批判するような報道は好ましくないと考えています。

 なお、個人情報保護の重要性を広く読者に伝えるなど、どうしても被害者側の意識をあらためさせることが必要な記事を書く場合には、頭ごなしに「けしからん」や「管理が甘い」と被害者側の過失を批判するのではなくて、前回の私の記事にトラックバックしてくれた方の記事のように、詳細なデータを紹介した上で「啓蒙」するような「やさしさ」を感じさせる報道であってほしいと思っています。

 【犯罪被害者の過失に焦点をあてるニュースについて考える(3)】に続く。

azarashi_salad at 13:13|この記事のURL私説 

【犯罪被害者の過失に焦点をあてるニュースについて考える(3)】

●【犯罪被害者の過失に焦点をあてるニュースについて考える(2)】では、被害者側の過失に大して違いがなくても、マスコミの焦点のあて方(事実関係の取捨選択)次第で、淡々と事実のみを伝える無味乾燥な記事にもなれば、読者が「けしからん」と思うような批判記事にもできることが問題だ、と書きました。

○では、どうしてこのような違いがでてくるか色々と考えてみたのですが、どうもこれはマスコミだけの問題ではなくて、事実関係を公表するときの教育委員会と企業の広報スタンスの違いが大きいのではないか、と考えるようになりました。

 つまり、いずれの記事も記者が自らの足で稼いできた情報ではなくて、教育委員会や企業が公表するデータを基に記事にしているだけだから、もしかすると記者も公表する側が意図するままの記事を書かされているのではないか、ということです。

 前回の2件の事件をはじめ、教育委員会が公表した事実関係(ぁ↓ァ↓А↓─砲箸修谿奮阿隆覿氾が公表した事実関係をよく見比べて下さい。

 教育委員会は、そもそも「不祥事」を伝える観点から事実関係を公表していますので、教師個人の過失を思わせる事実関係を必要以上に詳しく公表し、組織全体で盗難被害の責任を負うのではなくて、教師個人の責任を強調しているような気がします。
 これに対して、企業が公表する事実関係では社員個人の過失だけを強調するのではなく、企業という「組織全体」で盗難被害の責任を負うような姿勢が感じられます。

○もう一度誤解がないようにお断りしておきますが、私は、盗難事件に限らず「犯罪報道」の基本的な姿勢として、誰が被害者であっても、最も非難すべき悪意ある犯罪加害者に焦点を当てずに、被害者側の落ち度(過失)ばかりに必要以上に焦点を当てて批判するような報道は好ましくないと考えています。

 なお、個人情報保護の重要性を広く読者に伝えるなど、どうしても被害者側の意識をあらためさせることが必要な記事を書く場合には、頭ごなしに「けしからん」や「管理が甘い」と被害者側の過失を批判するのではなくて、前回の私の記事にトラックバックしてくれた方々の記事のように、詳細なデータを紹介した上で「啓蒙」するような「やさしさ」を感じさせる報道であってほしいと思います。

 その意味からも、「批判」の意見を込めた報道をする場合は「役所」や「企業」が公表する事実関係だけにとらわれるのではなく、記者自らが公表されたこと以外の事実関係をもっと調査した上で、「批判」する記事が望ましいのか「啓蒙」する記事の方が望ましいか、よく検討することが望まれるのではないかと思います。

○4月から施行された「個人情報保護法」は、個人情報の取扱いについての個人責任を問う法律ではなくて、あくまで個人情報を扱う役所や企業などの組織としての管理責任を問うための法律です。
 その趣旨から言っても、まず問われるべきは組織としての盗難防止対策の有効性であって、故意に個人情報を盗んだ犯罪者も、過失で個人情報を盗まれた盗難被害者も区別なく批判するような記事だけは、止めて欲しいなあと思います。

 蛇足ですが「ノートPCのワイヤロック」については、PC関連に詳しい業界の方々にしてみれば一般的なようですが、毎日新聞磯野記者のブログ「上昇気流なごや」によると、新聞関係者にあってもまだまだ一般的ではないそうです。

 したがって、そのような対策に焦点をあてる場合には「決められていたことをしていない方が悪い」という固定観念ではなく、「その普及率はどうなっているのか」「本当にワイヤロックで個人情報は守れるのか」といった視点から、もう一歩踏みこんだ報道を期待したいと思います。(誰も普及率をご存じないようなので調査報道に期待しています)

★今回の一連の記事に対するコメントとトラックバックは、このエントリーに集中するようお願いします。

【4/24一部修正】
 最初にアップした文章に少し誤解を招く表現があったため一部修正しました。
azarashi_salad at 13:02|この記事のURLComments(23)TrackBack(1)私説 

2005年04月12日

▼パソコンを鍵付きワイヤで固定する?

●先日エントリーした(★誰が加害者で誰が被害者?)とそれに続く一連のエントリーに対する反響が意外と大きかったので、似たようなもう一つの事件の報道を紹介したいと思います。

○事件は、県立津工業高校の生徒指導室から、在校生や卒業生計276人分の成績や電話番号などの個人情報が入ったパソコン1台などが盗まれたというものです。
 これについて、2つの記事を見つけましたので、それぞれの記事の内容を比較しながら問題点について考えてみたいと思います。
 
●生徒情報入ったPC盗難 三重県立高校で276人分(共同通信) - 4月9日

○前回は「問題があるのではないか」と指摘した共同通信ですが、今回の記事は事件についての「主張」を余り盛り込まず、どちらかといえば「事実」だけを淡々と伝えています。

 この記事から分かる事実は、
々盥擦寮古婿愼骸爾ら、在校生や卒業生計276人分の成績や電話番号などの個人情報が入ったパソコン1台が盗まれた。
机の上に置かれていたパソコンのほか、生徒から預かっていた制服約70点も盗まれていた。
パソコンは数学担当の男性教諭が使っており、1年生から3年生まで197人分の数学の成績や、卒業生40人分の各教科の成績などが保存されていた。
ぅ僖愁灰鵑砲魯僖好錙璽匹設定されていた。


 記事の内容は、ほとんど教育委員会の発表に基づく事実関係が中心となっていますが、「盗難」という事件を報道するにあたって「パソコンは数学担当の男性教諭が使っていた」という事実をあえて伝えることが必要かどうかは意見が分かれるところではないでしょうか。

 今回の事件については、個人情報(正確には個人情報が入ったパソコン)が盗難されたことだけに関心が集まりがちですが、この記事にも書かれているとおり、パソコンにパスワードが設定されているのであれば、個人情報が盗み見られる可能性は低いのではないかと思います。(ちょっと大げさに捉えすぎのような気がします)
 それよりも、保護者としては制服約70点が盗まれたという事実の方が気になりますが、こちらの管理はどうなっていたのでしょうか。

○一方、同じ事件に対する中日新聞の記事ですが、こちらは見出しに「管理の甘さを露呈」と書いているとおり、盗難の被害にあった学校側を批判する記事になっています。

●津工業高校でパソコン盗難 管理の甘さ露呈(中日新聞) - 4月11日

 この記事から分かる事実は、
.僖愁灰鵑鯏陲鵑脆反佑蓮∪古婿愼骸爾料襯ラスを割って侵入。ガラスには粘着テープを張り、割れる音を小さくし、ガラスが飛散するのを防いでいた。
津工業高校は、(個人情報が入っているパソコン盗難防止のため)ノートパソコンをかぎ付きのワイヤで机とつなぐことを決めていたが、男性教諭はそれをせずに帰宅していた。
(津工業高校では)パソコン本体が盗まれた場合も想定し、個人情報はすべて外部のメモリー(記憶)装置に保存し、厳重保管する対策を取る予定だった(がまだ対策は実施されていなかった)。


 この記事は、生徒から預かっていた制服が盗まれた事実に全く触れていないことから、この記者は「盗難」という犯罪よりも学校における個人情報の管理に焦点を当てていることが推測できます。

 さらにこの記事では、公表されている事実に加えて「管理が甘い」という記者の「意見」が含まれていますが、具体的にどの事実をさして「管理が甘い」と指摘しているのか、分かりづらい文章になっています。

 例えば、△離僖愁灰鵑鮓杏佞ワイヤで机とつないでなかった事実を指して「管理が甘い」と批判しているのであれば、男性教諭の行動を批判していることになります。
 一方、の個人情報を外部メモリに保存していなかった事実を指して「管理が甘い」と批判しているのであれば、学校側の個人情報保護対策の遅れを批判していることになります。
 あるいは、これらの双方を指して「管理が甘い」と批判しているのかも知れません。

 ただし、私の「個人的な意見」を言わせてもらうならば、△鮖悗靴特棒教諭の行動を批判するのはちょっと「お門違い」のような気がします。
 その理由は、少なくとも私の認識では「ノートパソコンというものは鍵付きワイヤで机とつないで使用するものではない」からです。(笑)
 私には、「情報の盗難防止」としてこのような対策が講じられていること自体が驚きなのですが、この記事を書いた記者は疑問に思わなかったのでしょうか?

 ここから先は、実際に記事を書いた記者本人に聞いてみなければ分かりませんが、記事内で制服が盗まれた事実に全く触れていないことから、この記者はパソコンという「もの」ではなくて、パソコンの中の入っている「情報」が盗まれたことを重視していると判断していいと思います。
 ならば、「個人情報をパソコン内には残さない」という「情報」の盗難防止対策を講じず、「パソコンを鍵付きワイヤで机とつなぐ」という「もの」の盗難防止対策を優先させてしまった学校側の「方針の誤り」を、もう少し明確に批判した方がよかったのではないでしょうか

 なぜならば、多少穿った見方かもしれませんが、学校側が男性教諭の行動をあえて公表した理由は、学校側に向けられる批判を男性教諭個人の批判としてかわす狙いがあるようにも感じられるからです。

 マスコミ報道は社会的影響力が大きいため、教育委員会が公表する内容をもう少し吟味した上で、「パソコンは鍵付きワイヤでしっかり机とつないでおくべき」などという誤ったメッセージを伝えることがないような配慮が必要でしょう。

【4/16一部修正】
 最初にアップした文章に少し分かりにくい表現があったため一部修正しました。
【4/21一部修正】
 ご指摘を受けて「間違った情報盗難防止対策」という表現を修正しました
azarashi_salad at 06:56|この記事のURLComments(48)TrackBack(4)社会 

2005年04月10日

▽朝日新聞社説と産経新聞社説が面白い

●中学の教科書をめぐり、朝日新聞社説と産経新聞社説がブログでいえば「祭り」さながらの議論の応酬を展開しています。

○一連の経緯について簡単に紹介しますと、4月6日付けの朝日新聞社説(「つくる会」こんな教科書でいいのか)に対して4月7日付けの産経新聞社説(教科書問題 驚かされた朝日新聞社説)が反論し、これに4月8日付けの朝日新聞社説(産経社説 こちらこそ驚いた)が再反論。

 その後も、4月9日付けの産経新聞社説(朝日社説 本質そらしてはいけない)、4月10日付けの朝日新聞社説(産経新聞 「封殺」の意味をご存じか)と、全国紙の紙面を使っての批判合戦が続いています。

 そこで、それぞれの社説における主張のポイントについて、以下のとおり簡単にまとめてみました。(あくまで個人的な「見方」ですので誤解のないように)

●「つくる会」こんな教科書でいいのか(4月6日 朝日新聞社説)
 
「新しい歴史教科書をつくる会」が主導した中学の歴史教科書は、近現代史を日本に都合よく見ようとする歴史観が貫かれており問題である。
 具体的には、「日本を解放軍としてむかえたインドネシアの人々」の囲み記事など日本にとって光の当たる部分を紹介する一方、沖縄戦における「ひめゆり部隊」や集団自決などの悲劇に一言も触れていない。
 日本を大切に思うなら、他国の人が自分の国を大切にする心にも敬意を抱くべきだが、「つくる会」の歴史教科書はそのバランスを欠いており、教室で使うにはふさわしくない。

○私も、教科書というものは歴史教科書に限らずバランスのとれたものであるべきと思いますが、日本の近現代史における影の部分に焦点をあてていないからといって「他国の人が自分の国を大切にする心に敬意を抱いていない」と解釈するのは、少し説得力に欠けるのではないでしょうか。(他国の歴史をけなすような記述をしているのであれば理解しやすいのですが、そうではないですよね)
 歴史というものは、教科書に限らず資料であってもそのときの権力者にとって都合よく書かれている場合が多いと私は理解していますが、本来は、未来に正確な情報を残すためにも、光の部分も影の部分も含めて「事実」をありのままに正しく伝えることが必要ではないかと思います。

●教科書問題 驚かされた朝日新聞社説(4月7日 産経新聞社説)
 
6日付けの朝日新聞社説は、特定の教科書を排除し、自由な言論を封殺するもの。
 今回、検定に合格した教科書は8社あり、これから全国の教育委員会で教科書選定の作業が行われるこの時期に、1社だけを狙い撃ちするような社説は教育委員会に不必要な予断を与えかねない。
 検定に合格した教科書には、朝日新聞の論調に近い教科書もあればそうでない教科書もある。いろいろな教科書を教育委員らが読み比べ、子供たちに最も良いと思われる教科書を選ぶのが選択であり、外国の圧力や特定政治勢力の妨害に左右されない静かな環境が必要である。

○産経社説では「教科書選定の作業が行われるこの時期に、1社だけを狙い撃ちするような社説は教育委員会に不必要な予断を与えかねない」と問題提起していますが、4月5日付けの産経新聞社説(中学教科書 記述の是正はまだまだ不十分)において「公民の教科書でも・・・生徒に考えさせようとしている教科書は扶桑社だけだ」と扶桑社1社だけを持ち上げておきながら、批判されたからと言って「狙い撃ちするのはけしからん」「静かな環境が必要である」という主張は、あまりにも矛盾しているような気がするのですが。(笑)

●産経社説 こちらこそ驚いた(4月8日 朝日新聞社説)
 
朝日新聞はこれまで「検定はできるだけ控えめにすべきだ」「教科書は多様な方がよい」と主張し、その考えはいまも変わらないが、「つくる会」の歴史教科書は教室で使うにはふさわしくないと考えざるをえない。
 「つくる会」の教科書は、歴史の光の面を強調しすぎて影の面をおざなりにしており、その落差が他社の教科書に比べて際立ちバランスを欠いている。
 扶桑社は、産経新聞と同じフジサンケイグループに属しているので産経新聞が「つくる会」の教科書を後押ししたい気持ちはよく分かるが、自らがかかわっている教科書を自社の紙面で宣伝してきたと言われても仕方あるまい。

○朝日新聞の「検定はできるかぎり控えめにすべきだ」という主張は、終戦後に「教科書」を黒く塗りつぶさなければならなかった歴史的反省から来ていると思うと私にも理解できるのですが、それと「教科書は多様な方がよい」という主張がどうしてリンクするのか、私にはよくわかりません。
 歴史教科書に求められることは、「多様性」ではなくて明らかにされている事実を可能な限り正しく伝えることにつきるのではないでしょうか。(教科書に「主張」は不要でしょう)
 また、朝日新聞社説は「つくる会」の歴史教科書について、あくまで「教室で使うにはふさわしくない」と主張していますが、一方で「教室で使うにふさわしい教科書」についての唯一の説明が「バランス」と言うあいまいな表現では、教科書を選定する教育委員会としても客観的な判断が困難ではないでしょうか。
 なお、私も上の感想でとりあげましたが、自社の宣伝云々は、この問題の本質とは関係ないですね。(笑)

●朝日社説 本質そらしてはいけない(4月9日 産経新聞社説)
 
朝日新聞の八日付社説は、論点をすり替え疑問に答えていない。多様な教科書が必要だとすることと、特定教科書を排除することは矛盾するが、朝日はいつから二重基準を持つようになったのか。
 日本の教科書は、複数の教科書の中から各地の教育委員がふさわしいと判断する教科書を選ぶ仕組みであり、多くの選択肢が保障されていることに日本の教科書採択制度の本質がある。
 当初は、産経が教科書を発行し扶桑社が発売する予定だったが、十一年の旧文部省の指導で発行と発売が扶桑社に一本化され、それ以降、産経は教科書の編集に一切かかわっていない。
 問題の本質は、特定の教科書が気に入らないからといって排除することは、自由な言論を保障した民主主義のルールに反しないかという点だ。

○産経新聞社説では、複数の教科書の中から各地の教育委員が教科書を選ぶ選択肢が保障されていることが日本の教科書選択制度の本質としていますが、教育委員には選択の自由が保障されていても、肝心の教える「教師」と教わる「生徒」に選択の自由が保障されていないことが最大の問題ではないのでしょうか。
 「教師」にしてみれば、本人の考えには関係なく教育委員が選択した教科書を使用して教えなければならず、このような状況が「サラリーマン教師」を生み出す原因の一つになっているのではないでしょうか。
 さらに「生徒」にしてみれば、同じ歴史にもかかわらず地域(教育委員会)によって教わる内容が微妙に異なれば、高校受験や大学受験時の「平等性」が損なわれることが危惧されるのですが。
 このように考えると、朝日新聞、産経新聞の双方が主張している「自由な言論」というものを本当に教科書問題で議論すべきことなのか、私は疑問に思わざるを得ません。
 ちなみにこの問題の本質ではありませんが、「編集」には一切係わっていなくても「宣伝」には明らかに係わっていますね。(笑)

●産経新聞 「封殺」の意味をご存じか(4月10日 朝日新聞社説)
 
検定の合格した8社の中学歴史教科書の中で、朝日新聞が「つくる会」主導の扶桑社版を批判したのは、この教科書の光と影の落差が他社に比べてあまりにも際だっているから。
 検定に合格させるなとか販売をやめろと主張したわけではないのに、どうして「言論の封殺」になるのか。教科書は多様な方がよいということは、どんな内容でも批判が許されない、ということではない。
 産経社説は、一社だけを批判するのは自由な言論を封殺するものだと言うが、数ある新聞の中で朝日新聞をしばしば集中的に批判してきたのは産経新聞や「正論」ではないか。

○7日付けの産経社説は「特定の教科書を排除することは自由な言論を封殺するものだ」と問題提起しているのであって、批判することに対して「自由な言論を封殺するものだ」とは言っていないと思うのですが、これは私の読み方が間違っているのでしょうか?
 なお、教科書問題と全然関係ない過去の新聞批判を持ち出して反論するのはやめた方がいいと思います。(笑)

 マスコミ関係者が「社会の公器」と自認する全国紙の紙面を使ってこんな「祭り」をしていていいの、なんて野暮なことを言うつもりはありません。(笑)
 子を持つ親としては非常に興味深い議論ですので、ぜひとも「ブログでトラバ合戦をやってくれればなあ」と願わざるを得ません。

【追記】
「ブログに挑戦」さんのTBのおかげで、4月8日と4月9日の社説にも気付き追記しました。どうもありがとうございます。
azarashi_salad at 11:16|この記事のURLComments(241)TrackBack(13)社会 

♪さくら



●今年は業務多忙につき花見ができませんでしたので、近くの公園のさくらを見ながら「気分」だけ味わいました。

○小島さんのブログ記事(季節を感じよう)に触発され、この数日は朝の通勤時に少しだけ歩いて「春」を感じています。

 その小島さんのリクエストにお応えして、「さくら」の写真をアップしてみましたが、こんなものでよかったでしょうか?

 本当は、この下にシートでも敷いて寝転がり、ビールなど飲みたかったのですが、単身の「おじさん」一人のため周りの方々から「変なオジサン」扱いされてもいけないので、少しの間「さくら」を愛でて写真を撮るだけにしました。(笑)

azarashi_salad at 07:06|この記事のURLComments(8)TrackBack(4)無駄話 

2005年04月09日

♪褒めていいのか、苦笑い

●<女子ゴルフ>横峯が首位、2位に宮里 スタジオアリスOP [毎日新聞 04月08日 19時58分 ]

 女子ゴルフのスタジオアリスオープン第1日は、ツアー初勝利を狙う横峯さくらが3アンダーで単独首位に立ったそうだ。
 前日に体調不良を訴えた横峯選手は、38度を超える発熱のため病院で点滴を受けての強硬出場だったとか。

○高熱で体調が万全でないにもかかわらず、初日にトップの成績を残した横峰選手の活躍は素晴らしいと思います。
 しかも、今朝のテレビ報道によると横峰選手は、インフルエンザで39度の高熱があったのを点滴で37度にまで押さえての強行出場だったそうです。

 こうしたニュースに対しては、「すごいですねえ」「頑張りましたねえ」と、彼女の行動をほめる報道が多いと思いますが、今朝の日本テレビニュースでは、最後にキャスターの方が「インフルエンザですか、ちゃんとマスクはしていたのでしょうね?」と発言していました。

 私は、ゴルフも医療もそれほど詳しくないのですが、このキャスターと同様、今回のニュースでは横峰選手のゴルフの成績よりも、どちらかといえば彼女のインフルエンザがキャディーさんや他の出場選手に感染していないか、の方が気になりました。(笑)

○そこで、折角なのでネットでインフルエンザについて調べたところ、インフルエンザは症状が出てから3〜7日間はウイルスを排出するため、人が多く集まるところは避けてマスクを着用するなど、周囲の人にうつさないような配慮が求められるのだそうです。

【参考】●インフルエンザQ&A

 う〜ん、思いっきり注意事項に反しているようですが、横峰選手大丈夫ですか。(笑)

○ただし、こうした注意事項はなにもスポーツ選手に限ったことではなくて、私たちが普段から気にかけていなければならないことだと思います。
 自分も、つい「風邪ぐらいで仕事を休めないから」と考えがちですが、やはり周りの方に迷惑を欠けていたのだなあと反省しきりです。

 ということで、今回のニュースを「他山の石」として、今度からは「休む勇気」を持ちたいと思います。
(本当は、日頃から健康管理に気を付けて、病気にならないように心がけることの方が重要なのでしょうが)
azarashi_salad at 06:21|この記事のURLComments(3)TrackBack(1)スポーツ 

2005年04月02日

★遅ればせながら弁当解禁

●<愛知万博>弁当の持ち込み解禁、親子連れニコニコ入場(4/1:毎日新聞)
 愛・地球博(愛知万博)で、手作り弁当の持ち込みが解禁されたそうだ。一方で、「世界の料理を食べたい」として、会場で食事をする入場者も多かったとか。

○先日の記事(▽課題が山積の「愛・地球博」)で、『博覧会協会には勇気ある「方針変更」を望みたい』と紹介した万博会場への弁当持ち込み禁止ですが、小泉首相の「鶴の一声」で一転解禁になりました。

 毎日新聞:磯野記者のブログ記事(弁当持ち込み:上昇気流なごや)でも、「一国の首相が指示することか、とも思うが、万博協会が当初の方針にガチガチに縛られているのであれば、首相指示は錦の御旗になりうる」「毎日新聞の紙面でも、ペットボトルや弁当の持ち込み禁止に対する入場者の声を何度か取り上げてきた。そういう声が小泉さんの耳に届いたのだとすれば、新聞も少しは役に立ったことになる」と紹介されていますが、本当にうれしく思います。

 随分前から、弁当持ち込み禁止を疑問視する市民の声があることを知りながら、首相に言われるまで方針を変更しなかった博覧会協会の硬直した姿勢が気になりますが、これを良い機会として、今後は柔軟な対応を望みたいと思います。

○ところで、今回の規制緩和について、早くも会場内のレストランからは「売り上げに影響する」との声も聞こえてきているようですが、博覧会協会は、もともと弁当持ち込み禁止はレストランの売り上げに配慮したものではない、と公言していたのです。

 各レストランには、「自然の叡智」という「愛・地球博」のメインテーマにふさわしく、入場者が是非レストランを利用したくなるような、素敵なアイデアを期待したいと思います。
 個人的には、「はじめ人間ギャートルズ」にでてきた「マンモスのステーキ」があれば、少々高くても食べたいと思いますが。(笑)

azarashi_salad at 20:04|この記事のURLComments(7)TrackBack(5)社会 

☆現役記者のご意見(2)

●ご本人の了解がとれましたので、『上昇気流なごや』の磯野記者から頂いたメール(全文掲載)をご紹介します。
毎日新聞・磯野です。
 報道の現場にいる者の感覚で言えば、共同通信の見出し「児童の成績控えなど盗難 教諭がパチンコ中に」に尽きると思います。どう説明したらいいかな、最初に見出しが決まって、原稿が後からついてくる、というような。いい悪いの議論はとりあえず別としてです。
 学校の先生がパチンコをやってはいけないとは思いませんが、結果として、児童の成績の控えが盗まれたということになると、けしからん、という感情が勝ってしまう。新聞記事はこのような情緒的な要素で書かれることがしばしばあります。新聞社側の言い分とすれば「庶民感情からすればこういうことじゃないですか」というような。
 おっしゃるように、被害者なのに非難される。共同の記事も毎日の記事もこの先生を匿名にしていますが、実名を出したら、全国から非難が集中するでしょう。実際、この学校では当然問題になっているでしょうし、この先生はPTAあたりからボコボコにされているかもしれません。
 さて、では自分だったらどう書くか。やっぱり、パチンコ中に、というところが主見出しになるような書き方をするのではないか。ただ、この教諭が車上盗の被害者であることをもう少し強調する書き方ができないか。被害届けを受理した前橋署が捜査していると書くだけで多少印象が違うし、パチンコ駐車場での車上盗がどのくらい起きているか、ほとんど検挙されていないとか、そういうことも含めてです。
 もっと重要なのは、教育現場で個人情報がどのように管理されているのか、という問題。この先生はアホだなぁ、ドジだなぁ、で片付くことではないでしょう。特に法律の施行を目前にしているこの時期においては。
 初報でこの程度の行数でしか書けなかったとすれば、紙面に余裕があればですが、続報で問題点を整理する、という手法があります。その後の学校の対応、そもそも教育現場での個人情報の取り扱い、それから、この先生がどのような状況に置かれているか、車上盗の捜査の進展、等々。
 この記事を書いたのはおそらく入社間もない新人記者でしょう。デスクがこのように書かせたのは目に見えるようです。後日談を書いてみたらどうか、と指示できるデスクがどのくらいいるか。そんなことをやっているひまがあるなら、ほかの取材をしろ。そう言われるかもしれませんね。
 長くなりました。現役記者への投げかけだったので、とりあえず書いてみました。歯切れが悪いのは自覚しています。
***********
磯野 彰彦

○『上昇気流なごや』の磯野記者からのメールより
(△記者の意見、▼私の意見)


△最初に見出しが決まって、原稿が後からついてくる
▼私は、ここが問題の発端のような気がします。
 「見出し」は、記事中で読者に伝えたいことを一瞬の「イメージ」で伝えなければならないため、ややオーバーな表現になりがちだと思います。
 その「イメージ」通りに記事を書こうとすると、伝えるべき事実関係を取捨選択する中で誤った判断をすることもあるのではないでしょうか。

△結果として、けしからん、という感情が勝ってしまう
▼前回の記事を読んで私が感じたことは、あの記事からは「教師はけしからん」以外の何も伝わってこないということです。
 上の「見出し」とも関連していると思うのですが、いったん「けしからん」という感情で記事を書き始めたため、「誰が被害者で誰が加害者」という視点や「個人情報保護法」の運用上の問題といった視点が置き去りにされてしまったのではないでしょうか。

△新聞記事はこのような情緒的な要素で書かれることがしばしばあります
▼私は、記事から伝わってくるこの「情緒的な要素」に、昨今のマスコミ批判の原因があるような気がします。
 ブログで自らの意見を発信するようになってから気づいたことですが、感情的な意見は反対の感情的な意見を呼び込みます
 記者の意見もひとつの意見であり、決して国民全てを代表した意見ではありません。にもかかわらず、新聞報道やテレビ報道で意見が発信されれば、私たちは反対の意見を訴えようがありません。
 したがって、様々な視点からの意見を公開した上で、読者一人ひとりに考えさせるような報道のあり方が、いま求められているのだと思います。

△重要なのは、教育現場で個人情報がどのように管理されているのか、という問題
▼共同通信の佐々木さんのご意見にもありましたが、確かに成績などの個人情報は、住所や氏名などの情報以上に厳重な管理が求められるのだと思います。
 だからこそ、「個人情報保護法」の施行を控えたこの時期に、マスコミとしてどういう問題提起をすべきかについて、もう少し慎重に考えていただきたかったと思うのです。

△この先生はアホだなぁ、ドジだなぁ、で片付くことではない
▼私も「そのとおり」だと思います。だから、前回の記事のような「この教師はけしからん」というメッセージしか伝わらない記事からは問題の本質が正しく伝わらない、という指摘について、ぜひとも受け止めていただきたいと思います。

○磯野さんから今回頂いたメールのおかげで、今のマスコミが抱えている問題が少し理解できたような気がします。
 そして、それは先日の踏切事故や昨今の「日航不祥事」とも関連しているように思いますので、考えを整理した上であらためて記事にしたいと思います。
azarashi_salad at 16:58|この記事のURLComments(19)TrackBack(6)私説 

☆現役記者のご意見(1)

●『署名で書く記者の「ニュース日記」』の記事(加害・被害・ニュースの視点)より
(△記者の意見、▼私の意見)

△教師は成績資料に記載された児童との関係では加害者
▼ここが「考え方」の分かれ目ではないかと思うのですが、私は、教師には「過失」はあっても彼は「加害者」ではなく、「加害者」はあくまで「車上荒らし」だと思います。
 もし、今回の事件で教師を「加害者」として報道するのであれば「『個人情報保護法』施行後は、盗難の被害者であっても『加害者』になる可能性がある」という問題に焦点を当てることが必要だと思いますが、前回の記事では「個人情報保護法」には全く触れられていません。
 だから、私やヤースさんは「前回の記事だと問題の本質が伝わらない」と指摘したのですが、記事を配信する側として、本当にこれで読者に問題が伝わるとお考えでしょうか?

△被害品が教師の私物であればニュースとして配信しない
▼今回の記事を配信するにあたって、「車上荒らし」という「刑事事件」よりも「民事事件」の方を重視したとのことですが、これについては前回私が指摘したとおり、ただの「車上荒らし」ではニュースにならないということですね。
 そこでお尋ねしたいのですが、そもそも謝罪している教諭に対して、児童や保護者たちが「民事訴訟」を考えるほど怒っているという事実関係を把握された上で、このような「判断」をしたということでしょうか?
 少なくとも私には、あの記事内容からは児童や保護者の怒りは読み取れないのですが。

△マスコミとしては教師・児童の関係の方にこそ注目する
▼マスコミは、どうして「教師」という存在を過度に注目するのでしょうか。もしかすると、「教師たるもの聖人君子であれ」というレッテルを貼っているのではありませんか。
 もちろん、「センセイ」と呼ばれる方々に高い行動倫理が求められることは理解できなくはありませんが、余りに過剰に「教師批判」ばかりする報道が、かえって教師の行動萎縮(例えば教育委員会や児童、保護者の顔色ばかりをうかがうようになる)を呼び込み、その結果が今日の「教育崩壊」につながっているとは思いませんか?
 私のように子を持つ親としては、そのような「ひらめ」みたいな教師ばかりになってもらっても困るのですが?

△ニュース性の判断には、法律的な思考や形式論理ではない要素が加味されている
▼つまり、良い悪いは別としてニュースの取捨選択には、ある程度マスコミの「恣意」が働いているということを正直におっしゃっているのだと思いますが、時には、その「判断」を謝ることもあるのではないでしょうか。
 私は、教師もマスコミも人間である以上、「判断」を誤ったり「ミス」をすることもあると思いますが、「ミス」した者を責める報道以上に大事なことは、どうすれば次回から「ミス」をなくすことができるか、という視点からの報道ではないでしょうか。
 ブログでは、反省して謝罪している者を更に叩くようなことは余り見かけませんが、マスコミが伝える報道では、今回の記事のように、「ミス」した者を犯罪加害者以上に強く扱う傾向が多々見受けられます。
 私は、そのようなマスコミの「批判姿勢」に対する反動が、今日のマスコミ批判につながっているのではないかと思います。

○次回は、『上昇気流なごや』の磯野記者からのメールをご紹介したいと思います。

azarashi_salad at 09:55|この記事のURLComments(4)TrackBack(0)私説 

▽ご意見ありがとうございます。(1)

●前回の記事(▼現役記者のご意見を伺いたい)に対して、共同通信のブログ『署名で書く記者の「ニュース日記」』からはトラックバックで、毎日新聞:磯野記者のブログ『上昇気流なごや』からはメールでご意見を頂戴しました。

○日頃から、マスコミが報道する記事について疑問に思っている方も数多くいると思うのですが、今回のように、実際に記事を書く記者の方から、一読者の疑問にご回答頂くことが出来たのもブログのおかげだと思います
 読者との対話を強化するため、マスコミ関係者には、ぜひともブログの積極的な活用を願ってやみません。

 ただ、今回コメントを頂いた「ニュースの送り手側の考え」については、まだ気になるポイントが何点かありますので、それらを以下にご紹介したいと思います。
 なお、これらのポイントについての私の意見は明日にでも追記したいと思いますので、どうかご了承ください。
(△は記者の意見)

●『署名で書く記者の「ニュース日記」』の記事(加害・被害・ニュースの視点)より

△教師は成績資料に記載された児童との関係では加害者

△被害品が教師の私物であればニュースとして配信しない

△マスコミとしては教師・児童の関係の方にこそ注目する

△ニュース性の判断には、法律的な思考や形式論理ではない要素が加味されている

●『上昇気流なごや』の磯野記者からのメールより

△最初に見出しが決まって、原稿が後からついてくる

△結果として、けしからん、という感情が勝ってしまう

△新聞記事はこのような情緒的な要素で書かれることがしばしばあります

△重要なのは、教育現場で個人情報がどのように管理されているのか、という問題

△この先生はアホだなぁ、ドジだなぁ、で片付くことではない

○なお、『上昇気流なごや』の磯野記者から頂いたメールには「コメントで入れようとしたのですが、長さ制限をオーバーしてしまったようで、はねつけられてしまいました」と書かれていましたので、内容を公表しても問題ないと判断しましたが、もし問題があるようならば早めにご連絡下さい。

azarashi_salad at 01:21|この記事のURLComments(2)TrackBack(0)私説 
niigata





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