2008年02月28日
2007年05月28日
青空

渋谷の外れにある薄暗い地下レストランで、久しぶりに会う知人と昼飯を食べることになった。
初夏の強い日差しに慣れた目は、地下へと向かう階段をやけに暗く見せる。
店内は昼食時を過ぎたせいか、閑散としていた。
店員に案内された席に座ると、少し強すぎる冷房がすぐに肩口を冷やした。
久しぶりに会う知人の顔は、少しやつれて見えた。
「変わらないね」
正面から知人の顔を見据え、なぜか思いとは別の言葉を口にした。
運ばれてきたナスとベーコンのパスタを食べながら、久しぶりに聞く知人の声に耳を傾ける。
仕事のこと。家庭のこと。
知人の口からこぼれるそれらの話は、長らく会わずにいたせいか、どこか遠く離れた別の世界のことのようだった。
食事が済むと、頃合を見計らっていたかのような絶妙なタイミングで店員がコーヒーを運んできた。
知人は、そのコーヒーに砂糖を多めに混ぜた。
「何かおもしろいことでもないかね?」
知人は、かき混ぜたコーヒーの渦を眺めながら、そんな言葉を口にした。
「おもしろいことなんてないよ」
たいして考えもせずに、そう答えた。
知人の荒れた生活の様子は、以前人づてに聞いたことがあった。
昔とは、目が違うと思った。
仕事を一緒にしていた頃の知人は、愚直なくらいに真面目で、とにかく何事にも情熱を持って立ち向かう男だった。
自分は、そんな知人のことを少なからず尊敬していた。
人は時に、自分を見失ってしまうことがある。
自分だって例外ではない。
知人もきっと、人に言えぬ辛いことがあったのだろう。
いつも澄んだ自分でいさせてくれるほど、世間が優しいものだとは思わない。
しかし、その澄んだものを濁らせてしまうのは世間などではなく、それはきっと、自分の中の弱さなのだと思う。
自分も弱い人間だから、そのことが痛いほど理解できた。
知人がトイレに立ったすきを見て、食事の勘定を済ませた。
再び薄暗い階段を上ると、外は初夏の強い日差しで白く弾けていた。
「じゃあ、また」
JRの駅の改札で、知人を見送った。
なぜだか、知人と会うのはこれが最後のような気がした。
ポケットに手を入れると、店を出たところで知人が無理やりよこした千円札が入っていた。
轟音渦巻く渋谷の雑踏が、その時さらに膨らみ出したような気がした。
こんな気持ちの日は、なぜだかいつも青空だ。
2006年11月15日
「ミッドナイトシアター」

帰路、隅田川の土手を歩いた。
吹き抜ける風には潮の匂いが溶けている。
川面に映る向こう岸のネオンが、紅い帯を泳がせたかのように揺れている。
やがて酔客を乗せた屋形船がその上をすべると、川面の幻影は波状となって消えた。
落ち葉を払って、ベンチに座った。
この秋最後のページをめくるような、強い風が吹いている。
今朝方、古くからの友人が交通事故に遭う夢を見た。
昨夜から体調が悪かったせいか夢見が悪く、目が覚めてからもやけに生々しい感覚が残っていた。
これまでにも、稀にではあるが正夢を見ることがあったので、気になって電話をかけてみることにした。
まもなく電話口に出た友人はいたって元気な様子だったが、とりあえず夢のことを伝えて電話を切った。
時々不思議な夢を見ることがある。
もうずいぶん昔の話になるが、まったく見ず知らずの男と一緒に、一艘の舟を漕いでいる夢を見たことがあった。
廃材を組んで作ったような小さな舟で、どこかの島に向かっている夢。
その男は何も語らず、ただ黙々と艪を回していた。
夢の中で自分は、その男に妙な連帯感を抱きながら、同じように艪を回していた。
結局はどこにもたどり着くことがないまま、朝を迎えて目が覚めた。
しかし目が覚めてからもその男の姿が鮮明に焼きついていて、しばらくの間気になってしかたがなかった。
あれは一体誰だったのか?
現実の世界で出会うことなく、記憶に残っている人である。
足元に近づいてきた鳩に手をかざすと、作り物のような羽音を残して、夕日の空に飛び立った。
それを見届けておもむろに腰を上げる。
今夜はどんな夢を見るだろう。
そう思うと、これから映画でも見にゆくような気分になった。
そろそろ上映の時間なので、ベッドに入ることにしよう。
2006年09月13日
「風鈴」

わずかに開いた部屋の窓から、りんを打ったような虫の鳴音が聞こえてきた。
耳を澄ましてゆっくりと窓を開けると、思いのほか冷えた夜気が窓辺に広がる。
『夏の終わり』
そんな言葉を、文字に綴って見せられたかのように、鮮明に意識した。
今年の夏、長年住み慣れた町を離れ、隅田川沿いのとある下町に引っ越した。
以前から住んでみたい町であった。
この町の夏は、クレヨンで画いた絵日記を見るように賑やかなもので、ほぼ毎週のように何らかの祭りが催される。
通りには浴衣姿の人々が行き交い、時に酔った男たちの喧嘩も目にした。
街角で売られていた、シロップに染まるかき氷。
薄暗い屋台の灯りに浮かび上がった、赤い金魚の群れ。
部屋の窓には、夏祭りで買ったビードロの風鈴が下がっている。
透明のガラスに、紫色の絵の具でアヤメが描かれていて、風に吹かれると澄んだ音を鳴らす。
その風鈴も、今は初秋の細い風に揺られながら、窓辺で夏の疲れを癒している。
年々夏が短く感じるのは、年齢のせいだろうか。
子供の頃の夏は、退屈するくらいに長かったような気がする。
夏休みの宿題は、毎年始業式の数日前から、慌てて始めるのが常であった。
大人になると宿題はないが、毎年夏の終わり頃には、何かをやり残したような、そんな、焦燥感だけが残る。
『アジアの片隅で』半年ぶりの更新は、そんな自分の、夏の宿題として。
2006年04月17日
「春夏秋冬」
仙台へ向かう新幹線の中は静かだった。
頬杖をついて見つめる車窓には、まるで無声映画のような、静かな映像が流れている。
新幹線が福島を過ぎたあたりから、その映像に雪が混ざり始めた。
トンネルをひとつ抜けるごとに、季節が冬に逆戻りしてゆく。
やがて野山が真っ白な雪に覆われた頃、車内販売のワゴン車を押した女性が、座席の横を通り過ぎようとした。
「すみません」
そう声を掛けてコーヒーを買った。
カップの蓋を外して、熱いコーヒーをすする。
そして再び車窓に目を向けた。
“自分は一体何処へ向かっているのだろうか?”
最近、よくそんなことを考える。
人間の一生は、停車駅の決まった線路の上を走るのとは違い、その行き先はいつだって霧に巻かれて知る術もない。
きっと、考えても仕方のないことなのだろう。
むしろ知ることができないから、生きてゆけるのかもしれない。
車内アナウンスが、くぐもった声で次の停車駅仙台を告げている。
網棚に載せた荷物を降ろし、読みかけの文庫本を鞄の中にしまった。
ぬるくなった残りのコーヒーを飲み干して、新幹線の降り口へと向かう。
居眠りをしていた乗客たちが、眠そうに目を瞬かせながらコートに腕を通している。
仙台に降り立つのは、一年半ぶりのことだ。
新幹線を降りると、東北特有の澄んだ冷たい空気が身を包んだ。
駅の喧騒も、どことなく穏やかに聞こえる。
仙台は、これから桜の季節を迎えるのだという。
きっと薄紅を差したような、美しい花を咲かせるのだろう。
春の訪れも、街によって様々だ。
北の地には、塗り絵で棲み分けしたような美しい四季が巡る。
淡い霞に芽生える春。
短く燃える儚い夏。
夏の余韻を冷ます秋。
新たな春を育むための、長く厳しい冬。
人間の一生もきっと、そのように巡ってゆけばいいのだろう。
春夏秋冬。
今年もまた、何かが芽生える春が来た。
2006年03月22日
「時の跡」

絵の具を溶いた水入れのように、夕空が瑠璃と梔子の2色に混ざり合っている。
羽衣を踊らせたような柔らかな風には、かすかな沈丁花の香りが漂う。
一回りしてきた季節の時計が、冬の残像を、淡い春で包みこもうとしているようだ。
別段春が来るからという訳でもないが、そろそろ今住んでいる街からの転居を検討している。
部屋の中が収まりきらないモノで溢れ、手狭になってきたというのが一番の理由だ。
しかしそれと同時に、別の街で新しい生活を始める時期なのかもしれないと、自分自身で勝手に思い込んでいるふしもある。
数えてみると、自分はこれまでに11回もの引越しを経験していることになる。
その中には自分の意思で移った部屋もあれば、理由あってやむなく追われた部屋もあった。
幸い今回の場合は前向きな姿勢で挑む引越しだ。思い立ったが吉日。早速休日を利用して、目星を付けた街を歩いてみることにした。
JRの十条駅を出ると、駅前の小さなロータリー広場に、数羽のハトが丸くなっていた。
のどかな休日の光景。そのまましばらく歩いて、小さな不動産屋にふらりと足を踏み入れた。
まずは希望の間取りと家賃を店主に告げる。
紹介された幾つかの物件のうち、めぼしい部屋を選んで実際の部屋を見せてもらうことにした。
選んだ部屋は2つ。
1つは2階建ての戸建住宅で、築年数は古いが間取りが広い。そしてもう一つはマンションの一室。5階建て最上階の角部屋で、駅から離れてはいるが間取りは悪くない。
選んだ物件の図面を持って店に出ると、外はもうすっかりと日が暮れていた。懐中電灯を手にした不動産屋に連れられて、物件までの見知らぬ道程を歩く。
一軒目に向かった戸建住宅は、袋小路の奥に佇む陰気な家だった。南京錠を開けて軋む扉を開けると、奥の方から、濡れた夏草のような湿っぽい匂いが流れてきた。
明らかに“良くない”気配を感じるその家はひとまずやめにして、次の物件、マンションの最上階へと向かうことにした。
マンションの方は家賃のわりに間取りも良く、部屋の窓からは、まるでキャンディーでもばら撒いたかのように点在する街の明かりが一望できた。
しかし問題となる駅までの距離はというと、想像を遥かに超えて遠かった……。
わがままな客にこれ以上つきあわせるのも気の毒なので、案内をしてくれた不動産屋に礼を言って、再び出直すことを約束した。
引越しは、荷物を運び出した後のがらんどうの部屋と向き合う瞬間がいい。
そこにはその部屋で過ごした何気ない日常の記憶や、そこで交わされたさまざまな言葉たちが、まるで煙をくゆらせるかのようにして漂っている。
壁に残る画鋲の跡、床に残る家具の跡、その一つ一つが、自分の過ごしてきた時の“跡”だ。
何回目の引越しからだろうか、部屋を後にする最後の瞬間、決まってそれらの“跡”に対し、礼を言って別れることにしている。
「一緒に過ごしてくれて、ありがとう……」と。
2006年02月25日
「卒業アルバム」
空港のアナウンスが、飛行機の出発の遅れを告げている。
朝方から散らついていた雪が、午後になって本格的に降りだしたようだ。
文庫本に落としていた視線を、ラウンジの大きな窓へと向ける。
窓の外には、手のひら一杯に乗せた羽毛を一斉に手放したかのような、真っ白な牡丹雪が舞っていた。
先週から続いていた旅が、終わろうとしている。
静岡から始まった今回の旅は、京都の花園を経て、一旦東京へ戻った後、
北海道では流氷が接岸する港町“紋別”(もんべつ)を訪れ、そのまま道央の旭川へと向かった。
旅の最終日、思いがけず高校時代の親友Kと会うことができた。
Kは二人の子供の父親となり、仕事の方もうまくいっているようだった。
Kと肩を並べて歩くのは、実に久しぶりのことだった。
旭川の夜の街は冷え込んでいて、路面を覆った鏡のような氷板に、盛り場の紅いネオンの灯りが映っていた。
歩きながら見るそれは、まるで金魚鉢の中の金魚の背を見るように、時折浮かんでは消えた。
懐かしいような、気恥ずかしいような、そんな思いを抱えながら、自分は高校時代のある出来事を思い出していた……。
高校時代の自分たちは、その年頃の子供たちが皆そうであるように、やり場のない感情を抱え、時折それを暴発させた。
ある夜のこと。街の盛り場で他の飲み客たちと喧嘩となり、乱闘の末、仲間の一人が倒れてレンガの角で頭を打った。
倒された仲間はそのまま目を閉じて動かなくなり、アスファルトの路面には、みるみるうちに血の海が広がった。
恐らくそこにいる誰もが、“死んだ”と思ったことだろう。
逆上して狂犬のように暴れる自分たちは警察に取り押さえられ、聴取を受けたのち、そのまま友人の運び込まれた病院へタクシーで向かった。
タクシーの後部座席で、自分はKと隣り合わせていた。
直面した事の重大さを支えきれず、自分たちはただ互いの手をとりあった。
何かを殴った拍子に痛めた中指に痛みが走った。
車内に射し込むネオンの灯りが、白くなった自分たちの手の上を、何度も駆け抜けていった。
病院に着くとすぐに友人の無事を知らされた。
頭に包帯をぐるぐると巻かれてベッドに横たわる友人の姿を見つけると、そこでようやくKと冗談を言いあい、いつものように笑いあった。
仲間たちと過ごす“時間”に終わりが来るなどとは、まだ知る術もなかった頃の出来事だ……。
窓の外には、相変わらず真っ白な雪が降っている。
この旅が終わったら、どこかにしまい込んであるはずの卒業アルバムを開いてみようと思った。
そこにはきっと、澄んだ未来を見つめたままの、あの時の仲間たちが笑っているはずだ……。
2006年02月12日
『月刊 クウェイント 創刊』
早いもので、ふと気づくと『アジアの片隅で』を書き始めてから、すでに1年が経過しました。
更新頻度は落ちているものの、3日坊主の自分がこうして書き続けてこられたのも、それを読んで下さる皆さんがいたからに他なりません。
その間にも、『あじかたの鞄』、『東京ナイターズ』と、毛色の違うブログを増やしてきました。
今回、それらをまとめる意味も含め、ポータルサイトを立ち上げることにしました。
http://www.design-garden.net/quaint/
毎月15日を目途に発刊してゆく予定です。
内容は、『アジアの片隅で』を含む文章主体のコンテンツで形成しています。
本業でもあるデザインのポートフォリオも掲載していますので、よろしければ是非ご覧下さい。
2006年01月30日
「石段の途中にて」
高崎での仕事が思いのほか早く終わったので、そのまま高速バスに乗り込んだ。
伊香保の街の、あの文学的な石段街を久しぶりに歩いてみたくなった。
伊香保は万葉集にも詠われた歴史のある温泉街。
竹久夢二や与謝野晶子も愛した街だ。
バスを降りると、肌を切るような寒風が頬を滑った。
コートのボタンを合わせ、ポケットに手を潜り込ませる。
季節外れの温泉街は、少し寂しくなるくらいに閑散としていた。
あまたの温泉街がそうであるように、伊香保もまた集客に苦しんでいると聞く。
それでも時折すれ違う観光客の表情は、皆嬉々として映る。
排水溝から舞い上がる湯煙が、路肩に残された雪を溶かしている。
寂れた射的屋の中を覗くと、もう何年も倒されていないようなクマの人形が、景品台の上にポツンと佇んでいた……。
逆光の中に、石段が見えてきた。
麓の茶屋の縁台に、猫が丸くなっている。
石段をひとつ登るごとに、冷えた体が温まってゆく。
自分の他に、石段を登っている人はいないようだ。
そのまましばらく登ってゆくと、駄菓子屋の前に置かれた木桶が目についた。『ラムネ』と書かれた紙が貼られてある。
丁度喉が渇いたのでその中を覗き込むと、蒼い空を映した薄氷が張っているだけだった。
結局、自動販売機で買ったミルクセーキを飲んだ。
静かな風が、石段を滑り降りてゆく。
上方を見上げると、背中の丸い老夫婦の姿が見えた。
一段一段、慎重に歩を進めている。
石段街の頂上には伊香保神社がある。おそらくそこへ向かっているのだろう。
しばらくしてその老夫婦と歩を合わせた。
お爺さんが先を歩いている。
お婆さんは相当にくたびれているようで、石段の手すりにもたれて休んでいる。
お爺さんは、そんなお婆さんのことを上から見つめ、目を細めている。
「がんばれ、がんばれ」お爺さんが声を掛けた。
お婆さんはその声に顔を明るくし、再び石段を登りだした。
いい光景だった。この石段に、二人の歩んできた人生の道程を重ねて見た。
きっと、二人の力で様々なことを乗り越えてきたのだろうと思った。
石段を登りつめた神社の本殿で、二人は一体何をお願いするのだろうか。
それを思うと、温かくなった。
後ろを振り返ると、薄紅色の夕空の下に、自分の歩んできた石段がのびていた。
2006年01月09日
「冬の白樺」
酒に火照って外に出ると、街灯の灯りが雪を染め、あたりが東雲色に滲んでいた。
まるで冷蔵庫の中のゼリーに浸っているような感覚。札幌の冬の夜だ。
陽が隠れると、気温は坂を滑るように下りだす。
−8℃。
沈み込むような静けさの中、圧雪を踏みしめる自分の足音だけが鳴っている。
「いよいよ冷えてきたな」
夜空を見上げてそう口にすると、白い息が凍てつく闇に立ち昇った……。
毎年、年末は札幌の実家で過ごしている。
ひ弱なもので、東京の気候に慣れた体は、生まれ育った故郷の冬を、ひどく寒く感じるようになった。
街並みは昔のまま、何も変わらない。
しかし年老いてゆく母の姿が、毎年確実に時の流れを知らせてくれる。
「おかえり」
1年ぶりに帰った息子を、母はまるで何事もなかったかのようにして出迎えた。
いろいろと聞きたいこともあるはずなのに、何も言わず台所に立つ。
普段は母独りの食卓。
その小さなテーブルに、子供の頃からの好物が所狭しと並べられた。
少し切ない思いを感じながら、意味もなくただテレビに目を向ける。
すると、似合わない老眼鏡を掛けた母が、同じようにテレビの画面を見つめたまま言った。
「変わりないのかい」
「ああ」
それで、すべてが伝わったはずだ。
離れているから上手くゆく関係もある。
距離が近すぎると、“険”で互いを傷つけてしまう。
そんな母と自分の間には、やはり適度な距離が必要なのだろう……。
白樺の木に積もった雪が、綿ぼうしのように見える。
冬に見る白樺の木が、こんなにも美しいものだとは知らなかった。
これもまた、この街を離れて初めて知ったことだ。
新しい年が始まった。
澄んだ冬の夜空に、見事な受け月が浮かんでいる。
目を瞑り、願い事を呟いてみた。
「どうか、今年も元気でいて下さい」





