2008年08月

チビの世界旅行96・・・南アフリカ共和国

香港から飛行機で入ったよ。
香港が真夏だったけどヨハネスブルグは冬で気温は0℃だったよ。
半そでだったからみんな笑っていたよ・・・
1回目はそのままヴィクトリアフォールズへ向かったよ。
ヴィクトリアフォールズから戻ってきてレンタカーを借りたよ。
ハイウェーは車も少なく快適だったよ。
途中で別の道へ入りしばらくすると小さな町「Marquard」へ着いたよ。
ホテルが1件あってそこに泊まったよ。
180ランド(約3000円)で朝食付きで安かったよ!
この町は人口が2100人の白人と2300人の黒人が住んでいると言っていたよ。
黒人は「黒人居住区」に住んでいるし、あえて白人黒人を分けて説明するのはまだまだ黒人差別が残っているのかなあ・・・
次の日は「レソト」へ行ってまた戻ってきて泊まったよ。
さらに次の日は「スワジランド」へ向かったよ。
ドライブは快適だったけど「ピートレティーフ」という国境の町で日が暮れたよ。
スワジランドへ行ってヨハネスブルグに戻ったよ。
一度「ナミビア」へ行き、またまた戻ってきて「ケープタウン」へ行ったよ。
ケープタウンは博物館やいろいろな見どころがたくさんあるよ。
雨のせいでロベン島へは行けなかったけど、レンタカーで「喜望峰」へ行ってきたよ。
となりの「ケープポイント」の方に建物が多くて「喜望峰」の方が少し離れていたよ。
でも、車だったので回りこんで喜望峰にも行けたよ。
写真はケープタウンの街中のようすだよ。

フリーステート州(Marquard・ピートレティーフ)
ケープタウン
ケープポイント・喜望峰などなど

チビの世界旅行95・・・インド

279香港から飛行機で入ったよ。
深夜に着いたんだけどホテルの予約に空港送迎が着いていたからよかったよ。
みんなも値段より安全を優先した方がいいよ!
ぼくは「ニューデリー」駅の近くの安宿街のホテルにしたよ。
朝になって街歩きをしたよ。
地下鉄に乗ったりオートリキシャに乗ったりして回ったよ。
オールドデリー周辺はたくさんの人でにぎわっていたよ。
「レッドフォート城」など見どころもたくさんあるよ。
そのあと「コンノート・プレイス」をぬけて「インド門」へ行ったよ。
次の日は早朝の列車に乗って「アグラ」へ向かったよ。
2時間で結ぶ最速の列車で朝食も出たんだよ!
アグラへ着くとたくさんのリキシャが停まっていたよ。
勧誘がしつこかったけどのんびり歩きたかったから丁重に断ったよ。
そして「タージマハール」に着いたよ。
とにかくすごい!
これがお墓なんて信じられないと思ったよ。
ツアーではないからゆっくりと過ごしたよ。
そのあとオールドアグラをのんびり歩いたよ。
たくさんの人がいてとてもにぎやかだったよ。
列車は夕方なのでアグラ駅までずっと歩いて戻ったよ。
帰りは寝台車だったからデリーまでの3時間ぐっすり眠れたよ。
列車は日本で予約できたよ!
手数料がかかるけど時間のない人にはいいかもね。
写真は「タージマハール」だよ!

デリー
アグラ

チビの世界旅行94・・・ネパール

 004ダッカから飛行機で入ったよ。
空港からカトマンズ市街には300ルピーくらいで行けるよ。
カトマンズには安い宿がたくさんあるから便利だよ。
ぼくは「タメル地区」に泊まったよ。
おまけに日本食屋さんもあって安いしおいしいから結構行ったよ!
次の日に自転車を借りて「スワヤンプナート」へ行ったよ。
坂道がきつかったけどお寺からの眺めは最高だったよ。
そのあと「ボダナート」や「パシュパティナート」などへ行ったよ。
「ダルバール広場」もなかなかいいよ!
ぼくは「パタン」のダルバール広場にも行ったよ。
帰りに部分日食が見られたのはラッキーだったよ。
次の日は飛行機で「ポカラ」へ行ったよ。
やっぱり自転車を借りてあちこちへ行ったよ。
オールドバザール方面は坂道でしんどかったけどのんびりした感じでよかったよ。
他にも国際山岳博物館や洞窟やチベット村などにも行ってきたよ。
そうそうエベレストの遊覧ツアーにも参加したよ。
「ブッダエアー」という航空会社が運営しているよ。
ぼくが乗ったときは天気がよくてエベレストが見れたよ!
写真はカトマンズの「ダルバール広場」だよ。

カトマンズ
ポカラ

チビの世界旅行93・・・バングラデシュ

バンコクから飛行機で入ったよ。
空港から市内まではオートリキシャが安いかな。
ダッカはとても大きな町だよ。
それにたくさんの車と人。
自転車のリキシャもたくさん走っているよ。
だからぼくはリキシャに乗っていろんな所へ行ったよ。
川のほうに行けばたくさんの船が停まっているよ。
「オールドダッカ」の方はさらにごみごみした感じだけどモスクがあったりムガール帝国時代の古い建物が残っていたりしていたよ。
ほんとうは郊外の町へ行きたかったんだけど1日しかいなかったからダッカしか見れなかったよ。
ガイドブックがないから簡単な紹介でごめんね・・・
写真はダッカの南にある川と渡し船だよ。

ダッカ

チビの世界旅行92・・・モルディブ

023コロンボから飛行機で入ったよ。
モルディブはたくさんの小さな島からなる国なんだよ。
ぼくは空港の島と首都の島ととなりの住宅の島に行っただけだよ。
ほとんどの人は空港からリゾートの島へ向かうみたいだね。
マーレは小さな島だよ。
人口も多いしにぎやかのところも多いよ。
イスラム教の人が多いので町の中心にはモスクがそびえ立っているよ。
それと警察署があるんだけど撮影禁止と監視の目があって緊張したよ。
建物そのものは写せないけどカメラを向けなければよかったみたいだよ。
フィッシュマーケットに行くとたくさんの魚が床の上に並べられていたよ。
海岸へ行くとビーチもあるけど護岸を守るためにテトラポットもたくさんあったよ。
波の影響で島が沈むっていっているからね。
今回はリゾート地へは行かなかったから今度は観光ツアーでゆっくり行きたいなあ・・・
写真は飛行機から眺めたモルディブの島々だよ!

マーレなどなど

チビの世界旅行J・・・アンギラ(英領)

220フランス領セントマーチンから船で入ったよ。
船の値段と出国税12ドルを払って乗船するんだよ。
約30分でアンギラへ着くよ。
入国審査をして港の建物を出るよ。
周りにはにぎやかなところはひとつもないよ。
しかたがないから道なりにのんびり歩いたよ。
途中で小さなスーパーがあったり小さなお店があったりするくらいだったよ。
2時間くらい歩いて中心地の「ヴァリー」に着いたよ。
でも高層ビルはなく店もちらばった感じ・・・
ほんとうにのんびりするための島のように感じたよ。
スーパーマーケットに入って食べ物や飲み物を買ったくらいだね。
そのまま空港まで歩いていったよ。
飛行機も小型機が中心で1日に何便も来ないみたいだね。
ちなみにぼくが空港へ行ったのはタクシーに乗るためなんだ。
ヴァレーではタクシーが拾えなかったからね。
再び港へ向かい高速艇でセントマーチンへ戻ったよ。
写真は「ヴァレー」の中心のショッピングセンターだよ。

ヴァレー
アンギラ島

チビの世界旅行91・・・アンティグアバーブーダ

022セントマーチンから飛行機で入ったよ。
ほんとうはセントキッズから入る予定だったんだけど搭乗拒否されたからね。
着いたのは夜だったからタクシーで安宿を紹介してもらったよ。
2件目で安いところへ泊まれたよ!
夜は停電になって電力事情はよくなかったよ。
朝になってどのあたりにホテルがあるのか散歩したよ。
雨も降っていて大変だったけど町の中心地のそばだとわかったよ。
すぐに「セントジョーンス」の街中を歩いたよ。
お土産やカジノなどもあってとてもにぎやかなところもあったよ。
たぶん大型のクルーズ船が来たときにあるんだろうね。
ぼくはその近くのカテドラルや博物館を見たり町外れをのんびり歩いたりしたよ。
アンティグアには「イングリッシュハーバー」などのきれいなビーチがあるんだよ!
半日しかなかったから行けなかったよ・・・
また行きたいなあ・・・
写真はセントジョーンズのカテドラルだよ。

セントジョーンズ

チビの世界旅行90・・・セントクリストファーネイビス

610セントマーチンから飛行機で入ったよ。
LIAT航空といってこのあたりの島々をくまなく飛んでいる航空会社だよ。
小さな国なんだけど観光収入で外貨をかせいでいるのか、けっこう物価が高かったり安いホテルがなかったりしたよ。
入国も時間がかかったよ。
ホテルを決めてなかったら高いホテルを紹介して予約してからスタンプを押されたよ。
ぼくは電話で値段を聞いて予約したフリをしたよ。
向こうが値段を聞いてきたからちゃんと値段を言ったら納得してスタンプを押してくれたよ。
空港から中心地の「バセテール」までタクシーで8ドルだったよ。
でものんびり歩いたよ。
ホテルはなかなかなくてやっと30ドルくらいの安宿を見つけたよ。
扇風機すらなかったから暑くて眠れなかったけどね。
バセーテルの町はとても小さく歩いて回ったよ。
中心地には広場や教会、博物館などがあるけどすぐに見て回れたよ。
郊外には世界文化遺産もあるけど行かなかったよ。
町から少し歩くと大使館などがある高級住宅街もあるんだよ。
もちろん島のあちこちにはビーチやリゾートホテルもあるみたいだね。
次の日に空港へ行きチェックインをしたんだけど、搭乗拒否されてセントマーチンへ戻されたよ。
「アンティグアのビザがないから乗せない。」って・・・
何度も話をしたんだけどだめだった・・・
普通ならわかってくれるはずなのにこっちの話を信じてすらくれなかったよ。
小さな国だから情報が少ないんだろうね・・・
写真はバセテールの中心地の広場と教会だよ。

バセテール

ご主人様の世界旅行・・・アゼルバイジャン

国境は「レッドブリッジ」という名前がついていました。
でも橋を渡ることはなく川に沿って国境がありました。
もともとソ連時代には国境はなかったのですから、国境のゲートはとても狭く車が離合するのがやっとでした。
グルジア出国はおまけしてもらって車のゲートから出してもらいました。
でもアゼルバイジャン入国は狭いゲートの部分でかなり待ちました。
グルジアから出る人々が並んでいたのもありますが順番を守らない人々が多いのも理由のひとつでした。
最後は国境の警官が怒鳴ってしまうくらいでした。
何とか入国するとそこに大使館員が待っていました。
とても若い方でした。
朝の3時からここで待っていたそうです。
ぼくたちの乗る車はバクーから向かっているとのことで深夜までここで待ちました。
その間に日本大使館の車が1台グルジアへ向かっていました。
「退避勧告」が出たのでグルジアへ入り残留している日本人を探したり会ったりするとのことでした。
カフェで寝ながら過ご、深夜過ぎにようやく車が来ました。
ぼくたちはその車に乗って首都バクーへ向かいました。
疲れてすぐに寝てしまい、朝になって起きましたがバクーはまだ先のようでした。
バクーまで500kmくらいあるからです。
しかも車の数が多く、バクーに近づくにつれて渋滞もありました。
日本大使館に着いたのは11時30分でした。
大使館の方が出迎えてくれました。
少し休んだあと、お礼を言って大使館をあとにしました。
本当にありがたいというよりも迷惑をかけたという気持ちでいっぱいでした。
たとえ自分独りの旅であっても、実はたくさんの人に助けてもらっているということを改めて考える機会になりました。

ご主人様の世界旅行・・・グルジア(その3)

8月12日の朝を迎えました。いつもと同じような朝でした。そして生きていることを実感しました。
8時ごろに日本大使館から電話がありました。内容は外務省から「退避勧告」が出たということでした。そのために日本大使館として日本人の保護と護送をするというものでした。護送の場所はアゼルバイジャンでした。つまり「退避勧告」ひとつで大使館の対応が180度変わったようにも思えました。
12時にまた連絡をするというのでそれまでトビリシの町へ出ました。そしてインターネットカフェで情報の収集をしました。
退避勧告は間違いありませんでした。それとロシア軍が近くに来ていること、停戦協定に合意したことなどがあげられました。退避勧告を出すのは少し遅いような気がしました。事実、EU諸国は10日には観光客をまとめて護送したということでしたから。もちろん周辺諸国へのビザも無料で申請してもらったということです。
12時に宿へ戻るとイスタンブールへ向かう人はすでに出ていました。バスが走っているという情報を得たからです。それにもしバスが出なかったら連絡をするということでしたが連絡がなかったのできっとバスに乗れたのでしょう。
大使館からの連絡は午後1時でした。それまでは電話がなかなかつながらなかったようです。もう1人の彼は自転車に荷物をつけて出発準備をととのえていました。電話の内容は車を手配するので乗るようにということ。アゼルバイジャンの国境で大使館員が待つということ。そしてバクーからの車を待ってそれに乗ることでした。
車は30分後に来ますと言いながら1時間半は来ませんでした。その間に遠くで爆発音がしました。たぶんミサイルが着弾したのでしょう。やっと車が来てぼくたち2人は乗りました。
そしてグルジアの国境へ向けて約60キロメートルを走りました。
国境はたくさんの人と車でした。車の大半はグルジアナンバーでした。おそらくアゼルバイジャンへ避難しているのでしょう。こうして約2日間弱のグルジアの旅は終わったのでした。

ご主人様の世界旅行・・・グルジア(その2)

大使館で待っている間、2人の日本人と並びました。1人はフランス人の夫と旅をしている女性、もう1人は自転車で世界中を旅している男性でした。その男性が泊まっている「ネリダリの家」へ行くことにしました。1泊15ラリ(約12ドル)で泊まれます。
泊まっているのはぼくを含めて3人でした。なぜなら他の人はもうグルジアから脱出したので・・・それにここは日本人が多く泊まるということで、アゼルバイジャンの日本大使館からよく連絡が入るということなので決めました。
夜になるとさっそく電話がかかってきました。
内容はまだグルジアを出ていないのか、早く出るようにとの内容でした。ぼくは名前をつげ(身分を明らかにするため)、アゼルバイジャンへ向かうようにするということを伝えました。
さらに9時ごろに電話がかかって来ました。内容はロシア軍がそこまで来ていて、アルメニアへ向かう車を用意したので乗るようにという連絡でした。ぼくは航空券がバクーからなのでアルメニアへは行けないと伝えました。すると「ということは、アルメニアへ行く車には乗らないということですね?あとは自己責任になりますけどいいですか?」と言ってきました。
ぼくはアゼルバイジャンへ向かうようにするのが筋だといいました。なぜならグルジアには日本大使館がないのです。それにアルメニアにも日本大使館がないのです。でもアルメニアはロシアの日本大使館の管轄なのです。聞きようによっては自分たちの管轄から早く出て行ってくれとも聞こえました。
それを伝えると改めて「大使館の要請を断ったということですね。あとは自己責任になりますよ。」と強調されましたが断りました。
11時前に車が来ましたがやはり断りました。
ここでまた賛否が分かれることですがぼくは自己責任のもと断りました。もちろん残りの2人もです。
車が去ったあと3人でスコッチで乾杯して話を盛り上げました。
2人とも自転車で世界旅行をしています。
1人は5年くらい旅をしているそうです。このあとトルコへ向かうので要請を断りました。なぜならアルメニアとトルコは仲が悪く国境は閉鎖されているからです。
だから次の日のバスでトルコへ向かうと言っていました。
もう1人は12年間旅をしているそうです。彼はアゼルバイジャンへ入って、そこからトルクメニスタン(またはカザフスタン)へ向かい少しずつ日本へ向かっているということでした。
この間にもロシア軍はトビリシへ向かっているのか・・・空爆はあるのか?そしてあるの朝はあるのか?・・・様々な憶測が飛び通いました。
でもこれだけは言えました。ぼくたちは死ぬためにここへ残ったわけではなくこれから進む道を選ぶためにここへの残ったこと、つまり生きるためにこの選択をしたということ・・・3人でそれを確かめ合いながらトビリシの夜は更けていきました。

ご主人様の世界旅行・・・グルジア(その1)

列車はとてものんびりと走ります。ぼくの4人部屋は誰も乗ってなく貸切状態でした。夜はけっこう冷えました。そして8月11日の早朝、係官がやってきてアルメニアを出国しました。
しばらく走って次の駅に着くといよいよグルジア入国です。パスポートを持っていかれしばらくするとパスポートは戻ってきました。入国スタンプを押されて。こうして124カ国目のグルジアへ入国したのです。
2時間ほど停車したあと列車は出発しました。そして9時半ごろにトビリシへ着きました。駅前は戦争の危機感は全然ありませんでした。地下鉄に乗って旧市街にあるホテルへ向かいました。そのホテルはガイドブックよりも値上がりしていたのでやめました。
しばらく歩くと旅行社がありました。そこに入ると次のようなことを言われました。
.張◆爾覆匹呂笋辰討い覆ぁ
空港が閉鎖され飛行機は飛んでいない。
A瓩この国を出なさい。
いちばんのショックは△任靴拭なぜなら飛行機が飛んでない以上アゼルバイジャンのビザが取れないからです。旅行社の人はアゼルバイジャン大使館へすぐに行くようにすすめタクシーをひろってくれました。そしてアゼルバイジャン大使館へ向かいました。
大使館へ着いたのは11次30分でした。まだビザの申請が終わる12時には間に合っていました。でもたくさんの人が並んでいます。しかも代理で来たようでその手にはたくさんのパスポートが握ってありました。そうなかなか進まないのです。
あっという間に12時を過ぎました。でも大使館は閉まりませんでした。その間ずっと待ち続けました。まるで「杉原千畝」が発給するビザをユダヤ人が待ち続けたように・・・
申請ができたのは5時間後の午後4時でした。1枚の紙切れを渡され銀行へ支払いに行けばビザを渡すとのことでした。普段は申請から3日かかるのに即日発行というアゼルバイジャン大使館の心遣いに感謝しました。しかも銀行へ行かなくても、その場でビザ代の40ドルを受け取ってくれすぐにパスポートを渡してくれました。
これで、アゼルバイジャンへの道が開かれたのです。

ご主人様の世界旅行・・・アルメニア

8月9日の早朝に123カ国目アルメニアへ入りました。空港でビザが取れるのですが、たくさんの人が並んでいて取得と入国に2時間近くかかりました。ビザ代は観光ビザ15000ドラム(約50ドル)でした。ぼくは3日間のトランジットビザを10000ドラムで取得しました。
入国審査を待っている間、ある外国人の怒号が聞こえてました。でもその理由はすぐにわかりました。グルジアへ行く予定の人がアルメニアへ着いたということでした。理由はトビリシ行きの飛行機が出なかったから・・・そう、戦争が始まったからです。
エレバンはきれいな町で水がいたるところでふき出しています。この日はエレバンと近郊の町へ出かけました。マルシュルートカが様々な町を結んでいるのでとてもわかりやすいです。(文字は読めませんが番号がきちんと書いてあるからです。)
10日の朝、エレバン駅にトビリシ発の夜行列車が到着していました。1日おきの列車はちゃんと運行していました。その列車に乗っていたイギリス人に話を聞くとトビリシは最悪とのことでした。爆弾も落ちたと言っていました。
この日もエレバン近郊や市内を歩き夕方駅に行きました。すると寝台が空いているとのことでした。値段は5000ドラム(約17ドル)だったのでトビリシへ向かうことにしました。
なぜって?グルジアを抜けてアゼルバイジャンへ行かないと帰りの飛行機に乗れないからです。
アルメニアからアゼルバイジャンへ抜けたら?この2国は仲が悪いので国境は抜けられないのです。仮に抜けられても国境ではビザが取れないので入れません。
それにぼくはアゼルバイジャンのバクー空港でビザを取得する予定でしたからグルジアへ向かうしかないのです。(トビリシ〜バクーまでの航空券を日本で買いました。値段は手数料込みで16000円くらいでした。)
賛否分かれるところですが自己責任のもと列車に乗りました。
19時定刻に列車はエレバンを発車しました。途中で全然見られなかった「アララト山」が雲ひとつなくはっきりと見えました。まるでぼくの出発を見送るように・・・

チビの世界旅行I・・・セントマーチン(フレンチ領)

275フィリップスバーグからマリゴ行きのバスに乗って入るんだよ。
セントマーチンのフランス領側だよ。
中心地は「マリゴ」というんだよ。
小さな町だけどここからイギリス領の「アンギラ」へ行けるんだよ。
それとフランス領だから通貨はもちろん「ユーロ」だよ。
このころはもうユーロ高になっていたからホテルやお土産はオランダ領で選んだよ。
車で走るときれいなビーチやのんびりした村もあるよ。
小さな空港もあるんだよ。
おそらくカリブの島々を結ぶくらいの空港なんだろうね。
写真はの小さなフォートから見た「マリゴ」の町だよ!

マリゴ
セントマーチン島

チビの世界旅行H・・・セントマーチン(オランダ領アンティル)

290ニューヨークから飛行機で入ったよ。
空港から中心地の「フィリップスバーグ」へはタクシーで12ドルくらいだったよ。
後でわかったけど、ミニバスも空港の前の道路を走っているからもっと安くいけるよ!
セントマーチンは「オランダ領アンティル」と「フランス領」からなる島だよ。
国境はあるけどゲートはないんだよ。
でも、通貨は変わるんだよ。
フィリップスバーグにはホテルが何件かあるよ。
ぼくは中国人が経営するホテルに泊まったよ。50ドルくらいだったかなあ。
それでも調べた中でいちばん安かったよ。
島巡りはレンタカーを使ったよ。
空港でけっこう安い値段で借りれたよ。
ビーチなどもあってのんびり回るのもいいけど、おすすめは空港のそばにあるビーチだよ。
テレビでもやっていたけどジェットエンジンの風圧と熱をあびることができるんだ。
ぼくも挑戦したけど無理だったよ。
看板に隠れたんだけどジャンボジェットが離陸するときはとってもすごかったよ!
写真は丘の上からの海岸の様子だよ!

フィリップスバーグ
セントマーチン島

チビの世界旅行89・・・アルバニア

630イタリアのバーリからフェリーで入ったよ。
夏のバカンスシーズンで何隻かのフェリーがいっしょにアルバニアを目指したよ。
お客さんはいっぱいだったよ。
無事に入国した場所は「デュレス」という町だったよ。
港に近い場所にバスターミナルがあったからそこから首都の「ティラナ」へ向かったよ。
約1時間でティラナへ着いたよ。
そこからホテルを探したんだけど30ユーロくらいのホテルがすぐに見つかったよ。
そしてさっそく街歩きを始めたよ。
駅から近いし少し歩けばモスクなどがある広場へも出られるよ。
その途中で旅行社に入って、バーリへ行く飛行機があるか聞いてみたの。
すると「ある」言われたのでさっそくチケットを購入したよ。
だから駅に行ってアルバニアの鉄道の旅をしたよ。
車両は西ヨーロッパのお古の車両だったよ。
それに乗ってアルバニアの車窓を楽しんだよ。
再びデュレスで行って街歩きをしてからまたティラナへ戻ったよ。
次の日はティラナの街歩きをしたよ。
イスラム系の人々が多いみたいでモスクは立派だったよ。
昨日行った広場には「プリシュティナ(コソボ)」から来たバスが止まっていたよ。
のんびりと市場へ行ったり街を歩いたりして過ごしたよ。
治安はそんなに悪いとは思わなかったよ。
ホテルをチェックアウトして空港へ向かったよ。
空港は別名「マザーテレサ空港」と言われていたよ。
たしかアルバニアはマザーテレサの出身地だったかなあ。
写真はティラナの中心地に立つモスクだよ。

デュレス
ティラナ

チビの世界旅行88・・・カタール

0651回目はバーレーンから入ったよ。2回目は関空から入ったよ。
バーレーンから入ったときは空港でのビザ代が50リアルくらいだったけど、2年後は100リアルになっていたよ。
空港からはタクシーが出ているけど空港の前の大通りに出ると路線バスが合ってドーハのバスターミナルへ行けるよ。
タクシーは20リアル、バスは3リアルだったよ。
ドーハはとても暑かったよ。
朝にホテルにチェックインしたけど夕方まで休んで街歩きをしたよ。
博物館が空いていなかった・・・
バーレーンといいドーハといい夏の暑い間は休館するみたいだね。
しかたがないから海岸の方をのんびり歩いたよ。
中東でよく見る「ダウ船」がたくさんあったよ。
ドーハには大きなモスクや古いらせん状のモスクがあるよ。
ショッピングモールやスークなどのお店もけっこうあるよ。
でもタクシーで少し走ると高層ビルやカタールでいちばん大きいショッピングモールがあるよ。
ここの食堂街ではいろんな料理が食べられるよ。
ぼくは照り焼き風の焼肉を食べたよ。
中東料理は暑さと油っこさでやっぱりパスしたよ・・・
ここで半日は過ごせるからゆっくりするといいよ。
あ、ここから「アルジャジーラ」のテレビ局が近いんだよ。
ぼくは行ってないけどね。
写真はドーハにある時計塔と大きなモスクだよ。

ドーハ

チビの世界旅行87・・・バーレーン

夏の旅行2005その2 095クウェートから飛行機で入ったよ。
日本の旅行社でチケットを買ったんだけど予約が落ちていたの・・・
でも空席があったから乗れたよ。
約1時間でバーレーンに到着したよ。
ビザは空港で取れるよ。
でも入国審査と同時に申請するんだ。
そのために銀行もなくバーレーンドルを持っておかないといけないよ。
ぼくは持っていなかったから困っていたら「2000円」払うように言われたよ。
日本円は持っていたからよかったけど少し高めだったよ。
みんなも気をつけてね。
タクシーに乗って首都のマナーマへ向かいホテルにチェックインしたよ。
近くに中華料理屋さんがあってそこで夕食を食べたよ。
アラビアの料理は油っこいからなあ・・・
次の日はバスに乗って隣町の「ムバラク」へ行ったよ。
ムバラクは小さな町で路地をのんびり歩いたよ。
そのあと博物館へ行ったけど閉まってたよ・・・
郊外の見どころへ行きたくて旅行会社に行ったけど、参加者が少なく連絡もなかったから夕方までホテルでゆっくりしたよ。
夕食はまた中華料理にして、そのあと市内のショッピングモールへ行ってホテルへ戻ったよ。
次の日の早朝にホテルのバスに乗って空港へ向かったよ。
写真は「ムバラク」にあったモスクだよ。

マナーマ
ムバラク

チビの世界旅行86・・・クウェート

夏の旅行2005その1 531ロンドンから飛行機で入ったよ。
空港でビザが取れるんだよ。
空港から市内のバスターミナルまでバスも走っているから便利だよ!
バスターミナルに着いたのはいいけどとにかく暑い・・・
ホテルに着くまでに汗でびっしょりになってしまったよ。
ホテルでシャワーを浴びて懲りずに街歩きをしたよ。
海岸の方を歩き博物館に入ったよ。
そのあと街中をだらだら歩いてお昼にホテルへ戻ったよ。
そして4時くらいまで休憩したよ。
実際お昼くらいから帰宅ラッシュが始まりお店も閉まるんだからね。
夕方から「クウェートタワー」へ登ったよ。
給水塔の役目をはたしているみたいだけど、イラクがクウェートに侵攻したときの写真がかざってあったよ。
そういえば道路や歩道などの修理をしているアジア人が多かったけど壊れたところを直していたんだね。
クウェートタワーからクウェート町並みをみてショッピングモールやフィッシュマーケットに寄ってからホテルに戻ったよ。
次の日も懲りずに街歩きをしたよ。
そのあと唯一の日本料理店で昼食をとってホテルへ戻りチェックアウトをしたよ。
そしてバスターミナルまで歩いて空港へ向かったよ。
そのときの温度は49℃だったよ!
(バスターミナルの建物に温度計があったの。)
写真は「クウェートタワー」だよ。

クウェートシティ

チビの世界旅行85・・・マルタ

ロンドンから飛行機で入ったよ。
でも、荷物がロストしてしまったの・・・
空港でしばらく途方にくれて朝になったから、とりあえずバスで首都の「バレッタ」へ向かったよ。
貴重品やお金などは身の回りにあったからよかったけど何にもできなかったよ。
今後どうするか考えてみたんだけど仕方ないし街歩きをはじめたよ。
バレッタは中世の雰囲気がとても表れている街だよ。
教会などもとても立派だし海岸の方へ行けば城壁や大砲などがおいてあったよ。
そのあとバスに乗って隣の島の「ヴィクトリア」へ行ったよ。
ここもたくさんの観光客がいて教会などを見学する人が多かったよ。
帰りのフェリーは満員で次の船まで待ったくらいだよ。
次の日はバレッタ周辺の町や郊外の町にも行ったよ。
「ラバト」だったかな。
時間が止まったような感じがしたよ。
でもここでカメラのバッテリーが少なくなってきて写真を撮るのも控えてしまったよ・・・
最終日、ホテルから空港に連絡を取ってもらったら荷物は来ていると言われたよ。
思わずホッとしてホテルの人と握手したよ。
そこでバレッタの街の写真をどんどん撮ったよ。
そして空港へ行って荷物と対面したよ!
タグを見るとどうやらロンドンからエジンバラへ行ってたみたい。
君も独りで旅をしたんだね・・・そう声をかけてしまったよ。
写真は「ゴゾ島」の島のようすだよ。

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