最近は、大学の入学式や卒業式に保護者が出席するという話や大学選びも保護者とオープンキャンパスに参加するといったことが多いのだとか。私はどの大学に通いたいというよりは、進学先はどの大学でもいいから医者になりたい(選べるほど頭よくなかったもんで)ほうが先だったので、学校見学はどうでもよく、うかる大学であればいいといった事情でしたので、そういったことはしなかったのですが。うちのスタッフでも、進学先の大学のオープンキャンパスに一緒に参加したといった話を聞きます。

 もちろん、子どもを通わせることになるので、一緒に説明を聞いたり学習生活の場になる大学を見ておきたいというのはわかるのですが、どうも年寄りのせいでしょうか、大学の入学式まで参列することには違和感を感じます。

 高校卒業後に働き始める子=社会に飛び出していく子もいる中で、まだ親がくっついていかにゃあかんのかいと、大学の入学式の風景をテレビで中継されるところ見るたびに感じます。

 さて、枕が長くなったのですが言いたかったのは、これらが起こるのは親離れ・子離れがうまくいっていないからではないのだろうか、というお話につなげたかったわけでして。

 最近、食物アレルギーの相談をうけていて、はて、いつまで学校の先生が細かくアレルギーの管理をしなければならないのだろうか?と考えたからです。いい加減、高学年になってこれば、その辺自己管理ができてくる年齢ではないのだろうか?できるようにしていかなければいけないのではないか?と思うわけです。

 もちろん、学校で誤食によるアレルギーを防がなければならない、管理が必要だ、という点は重要であると理解しております。同時に考えるのは、いつまでもこのように手取り足取りはしてあげられない、子どもは少しずつ、自己の行動範囲が広がっていく中で自分で判断して行動していかなければならないという点です。

 なかなかそのタイミングは難しいですが、少しずつ親の管理下から手を離し、子どもが自分でできることを増やしていくようにすることを始めていかねばならないと思っています。乳幼児期は割と意識しやすいこの話ですが、小学生以上の子どもはどこまで手をかけてあげるかは意識しないとできなかったり、早く手放しすぎてしまったりととなかなか加減が難しいと感じます。

 ただ、そのお子さんの性格によって、どのタイミングでどの程度始めるかは調整は必要でしょうが、少なくとも自分の手元から離れて行動する・独立する年を見越して独り立ちできるように意識し、手を離してあげなければならないと思います。

 はじめは歩けなかった赤ちゃん。一人で座る・つかまり立ちをする・伝い歩きをする・一人歩きをする、この過程をあるときは支え、あるときは見守った。歩けるようになってもしばらくは手を引いて歩くけど、一人で歩いていくようになる。いつまでもかわいいからといっておんぶと抱っこを続けるわけではない。

 意識はしてはいないけど、自分でちゃんと歩けるようになるために、と少しずつ手を離していったはずです。

 同じように一人で巣立つその時のために、親は子離れを意識しつつ子が親離れできるように行動しなければいけないのではないでしょうか?

 というわけで食物アレルギーの管理も、見守りつつ自分でできるように練習させるのも大事ではないんかい?と思う今日この頃です。