2009年01月08日

松尾林道を歩く

ウオーキング始めに松尾林道を歩いた。
9時、阪急桂駅嵐山線ホームで大阪の友人Hさんと待ち合わた。Hさんとはほぼ一年振りに会う。10年以上前までは、年の初めには雪の比良山に登ったり、四季折々近畿の山を歩いたものだったが、この10年ほとんんど山歩きはしていない。松尾林道は山とはいえないけれど、山道を歩くのは久しぶりのことだった。ちゃんと歩けるかどうか不安だと、お互いにメールでやりとりしていたが、それでもHさんはばっちり登山姿で現れた。今日は雨という予報に傘と、今日のルートの地図も用意していた。私の方は普段着のズボンにスニーカー、中身のない小さなリュックと軽装もいいところだった。朝がた少しばかり手間取って、お弁当も作れなかった。コンビニでおにぎりとお茶を買う算段で家を出てきたのだった。けれど、小さな万歩計はズボンのウエストにつけるのは忘れなかった。最近自分が一日どのくらい歩いているのか知りたくなったのである。一日中動き回り、時には筋トレの運動もしているのに、体重は少しもへらない。ズボンは徐々にきつくなって、ほっておいたらはけなくなるのではないかと恐れたからだ。ホームでHさんに見せようと万歩計を出したら、なんとたった128歩しかカウントしていなかった。やっぱりウエストまわりのクッションで振動を吸収してしまったのだと言ったら、そうではなくて器械が悪いのよと言った。Hさんは携帯電話を取り出して、私も万歩計があると見せてくれた。最近の携帯には万歩計が付いているのだった。リュックやポケットにいれておくだけでちゃんとカウントするのだそうだ。本日の歩行数はHさんの万歩計に頼ることにした。
 早朝は雲っていたけれど、松尾駅に付くころには晴れてきた。松尾大社の前の道を南に戻って鈴虫寺から苔寺道に入る。空は曇ったり晴れたりで、空気は冷たく寒かった。苔寺を過ぎると、松尾林道に入る。今日は林道から嵐山方面に抜けて、ユキワリイチゲの花を見つけることだった。Hさんは林道そいの草の中に珍しい山野草を見つけて、冬青(そよご、と読む)という小さな赤い実をつけた木など、その名前を教えてくれた。枯れ枝を小鳥が飛び交うと、あれは”めじろ”と、すばやく見つける。とても眼がいいのだ。私は今日は特に眼の調子が悪く、えっ?と言って指す方見ると、もう小鳥の影すら見えない。鳴き声から、赤ゲラ、や、青ゲラも雑木林の中に潜んでいるらしかった。でも林道は薄暗くて、私の目ではなにも見つけることはできなかった。
 渓流にそって1時間半ゆるゆる登ると頂上に出る。頂上は平らな道になっていて保津峡に至る道と、嵐山に抜ける道がある。(地図に描いてあった)。途中で二台の軽トラとすれ違ったが、運転しているおじさんは、私達をみて、”山登りか?この先は行き止まりだよ。保津峡へはいけない。嵐山へは行ったらあかん”と忠告してくれた。地図にあるのに、といいながら私達はどんどん歩いた。頂上道で、正午を迎えた。その時私はお昼のおにぎりを買っていないことに気がついた。お茶はコイン販売機でかってあったけれど、ここまでくるのにコンビニ等のお店がなかたのだ。Hさんがおにぎりを1つ持ってきていたので、道端に腰をおろして半分分けて頂いた。たらこいりの大きなおむすびで、結構おなかが満たされた。今日は私は食べ物を何も用意して来なかった。飴まで頂いて感謝感涙。山道を歩くときはなにがあるかわからない。食べ物と飲み物は必携なのだ。我ながらどうかしている。近場ということで油断したわけではないのだけれど。
この道は大分前、亭主と一緒にあるいたことがあった。その頃(かれこれ10年前のことだろうか)亭主は松尾林道がえらく気に入って、土日の休みになると、地図を片手に林道周辺の山道を極めるのだと歩き回っていた。道を見つけては地図に書き加えたりしていた。一度だけ誘われて同行したのだった。なんにもない泥道で面白くもないと思ったのと、断崖のところで、あそこが保津峡や!と言われたのはしっかり記憶しているのだが、当時の道と大分様子が違っていた。歩いても歩いてもその断崖のところに着かない。休憩しているとき、途中で私達を追い越して行った男性が、戻ってくるのに出あった。この先はどうなっているのか聞くと、あと1.5キロ先がロータリーになっていて、そこに保津峡に下る道と、嵐山に抜ける道があると教えてくれた。じゃあもう少し頑張ろうと歩き始めたけれど、いくら歩いてもロータリーに行き着かない。空はだんだん雲ってくるし、足は痛む。はるか向こうに保津峡らしいものが見えたので、もうういいかということになった。Hさんの万歩計を見ると、1万8千歩になっていた。踵を返してきた道をひたすら歩いて戻った。帰りは上桂駅に出た。桂駅で別れて、私が家についたのは16時過ぎ。今日メールでHさんが家に着いて万歩計を見ると2万8千歩になっていたと教えてくれた。
結局ユキワリイチゲどころか、冬の山野草を見つけることは出来なかったが、松尾林道を完踏破したことには間違いない。その達成感が足の痛みを緩和してくれて、心地よいウオーキングとなった。


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2009年01月04日

レッド・クリフ

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MOVIXでレッド・クリフ(赤壁の戦い)を見てきた。
大分前から上映されているので、そんなに混んでいないだろうと、午後の上映時間に間に合うように出かけたが、座席はほとんど埋まっていて、前から二列目と両端しか空いていなかった。仕方なく前から2列目の真ん中の席をとった。
広大な大地にびっしりと兵士を配列して、戦が始まる。私の頭上を馬が駆け走り、槍が飛び交う。矢が空気を切る音、剣が人を刺す音がすさまじい。血が飛び散って、思わずくびを縮めてしまう。ものすごい迫力だった。見終わった後さすがに首が痛くなり疲れ果てた。
三国志の赤壁の戦いの火蓋がまさにきって落とされるところで映画は終わり、続きを見にこい、といわんばかりに、パート兇陵醜陲鬚舛辰蕕噺せる。続きは4月。それまで記憶が保てるかどうか。父の遺した本の中に三国志があったので家に持ってきてあった。本棚の奥から取り出して今度こそ読み終えよう。私の年頭の抱負である。



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2009年01月02日

初詣

05f6d921.jpg朝からはっきりしない天気だった。雪がちらつくという予報だったが、それほど寒くはなく、細かな雨が降ったり止んだり。午前中に初詣に出かけるはずの出足が鈍って昼過ぎになってしまった。雲が切れて日が射したのを好機に傘を持たずに出発した。毎年恒例の松尾大社へ向う。駅に向って歩くうち又雨がぱらついた。ついてないな、今までたいしたご利益もなかったし、そろそろ神さんを変えたほうがいいんじゃないか、とぶつぶつ言いいながら歩いていたら、既にほろ酔い加減の家人に叱られた。信心もないくせに、縁起かつぎはしっかりするのだ。
雨模様にもかかわらず松尾大社は今年も大勢の人出であった。とりあえず気持ちばかりのお賽銭をあげて、拍手を打ち、願い事を唱える。それから本目的のお神酒を頂くことになった。干支の文字の書かれたますを1200円で買い、それになみなみと奉納されたお酒をついでもらう。お金を出すのは私、お酒を注いでもらうのは娘の係りで、亭主は飲み方専門である。娘が枡を出すと、赤い顔をした神主さんは溢れるほどお酒をついでくれる。それをすすって、さらにまたあふれるほど入れてくれるので得をした気分になるのだ。今年は4回お代わり(お代わりは1回200円)して、すっかりいい気分になってしまった。亭主が屋台でかってきた筋肉とこんにゃくの煮込みをあてに、お酒を回しのみして、さらに帰り際境内の蕎麦屋で天ぷらそばなどをかきこみ満腹になって帰宅。夕食をつくるのもおっくうになり、もうこれ以上何も食べたくないとTVの前で動けなくなってしまった。明日からダイエットに励まなければ・・・・。


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2009年01月01日

元旦

近年珍しく平穏に2009年の初日を迎えた。昨日のうちに用意したおせち料理を囲み、お屠蘇のかわりに日本酒で、恙無く新年をむかえることができたことを祝って乾杯する。今年も無病息災で、お屋根の付いた家で暮らせますように!!艱難辛苦を乗り越えていけますように、と胸の内で密かに唱えた。
今年のおせち料理は、質素かつ略式なものとなった。
一の重  田作り(自家製)、身欠きにしんの昆布巻き(自家製)
      黒豆(あつらえ)、栗きんとん(あつらえ)
二の重  お刺身(ぶりと鯛)、紅白かまぼこ、数の子
三の重  お煮しめ(自家製)、尾頭付き海老の焼き物
  
  暮れに亭主が箱入の身欠きにしんを買ってきた。家には母からもらった北海道の昆布がまだ沢山残っている。子供の頃お正月になると母が作っていた昆布巻きを思い出して、頑張って作ってみることにした。身欠きにしんの下準備が手間だけれど、案外簡単に作ることができた。母の作ったものに比べると甘みがたりないけれど、皆とてもおいしいとと、食べてくれた。
 酒気が抜けたら松尾大社へ行こうと思ったが、あいにく外は雨雲で、時々降っている。億劫になってひさしぶりにブログにとりかかった。
今年の抱負は、なにもない。



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2008年12月07日

初氷

毎月第一日曜日は自治会の古紙回収日である。収益は子ども会の運営費にあてる。新聞雑誌ダンボールは一月の間に山のようにたまり、一度で回収場所まではこびきれない。日曜日なのに、いつものように早く起きて、人通りのないうちに、車で運ぶことにしている。
 朝の一仕事を終えて、家の周りをみると、夏金魚を飼っていた水槽の水に薄い氷がはっていた。今年初めてみる結氷に驚いた。暑い日が長く続いたのと、地球温暖化現象で、寒い日が来るのを忘れていたのだった。12月であたりまえのことなのにびっくりしてしまった。
 手足の指先がしびれるほど冷たくなって、下を見ると木蓮の葉っぱで地面が見えない。隣の駐車場をのぞくと、そこも我が家の葉っぱで覆われていた。急いで掃除にかかる。落ち葉は20リットルのゴミ袋いっぱいになった。かきあつめながら、昔、落ち葉の焚き火でおいもを焼いたのを思い出した。
 千葉の実家は雑木林を切り開いた宅地にある。四十年前はまだ家もまばらで、家の前は広い空き地になっていた。冬になると、落ち葉や枯れ草をかき集めて、アルミホイルに包んだジャガイモやサツマイモをしのばせ、焚き火をした。熱々のジャガイモにバターをつけて、ふうふう言いながら頂く。冷たい風も気持ちよくてなんとも幸せな気持ちだった。そういえば、結婚して間もない頃、我が家に来た亭主がこのたきびのジャガイモを食べて感激していたっけ。笑顔で人当たりのいい男だった。
 あれから三十八年、歳月は人も自然も変える・・・・。千葉の実家の周りは家がびっしり立ち並び、亭主には昔の面影は少しもない。
今年の暮れから正月は久しぶりに実家で過ごそう。
 



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Profile
ばばまま
2人の孫がいるお婆ちゃんです。平成17年4月、幸運なことに、非常勤講師として教壇にたつことになりました。孫のような生徒を相手に悪戦苦闘の開始となりそう。