2008年11月08日

横浜へ

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11月8日、甥の結婚式と披露宴が横浜の中華街近くで開かれた。甥は私の2番目の妹の長男で、次女と同じねずみ年の36歳である。お嫁さんになられた彼女と13年にわたる遠距離交際の末、めでたく今日の日を迎えたのだった。
この日を心待ちにしていたのは妹夫婦であるのは勿論のことであるが、亭主の喜びようといったら妹夫婦以上なのではないかと思われた。亭主は私の家族に会うのがとてもうれしいらしいのである。私は4人姉妹の長女で、実家の隣には義理の妹が住んでいる。実家に行くと、彼女達がお兄様、お兄様ともちあげるので、両手両足に花を抱いているように舞い上がってしまうのだった。両側からアルコールを矢継ぎ早に注がれて、おおはしゃぎ。どこかの王様にでもなった気分になるらしい。中でも一番若い義妹が特にお気にいりなのだ。妹達が夫々家に帰ってしまった後も義妹を相手に延々と飲み続けるのだった。私は当然面白くない。母は高齢だし、深夜のことで近所への迷惑を考えるからだ。妹達にそうした亭主の振る舞いを愚痴ると、皆から、焼いてるんじゃない・・などといわれてしまう。心外で、猛烈に腹がたつ。それだけが理由ではない。
母は今年92歳になった。この前実家に集まったのは三年前だった。その時も疲れが見えていた。食事のことなど妹達が動いてはくれるけれど、母にもやはりなにかと面倒をかけてしまう。今回は実家に泊まらず日帰りに決めたのだった。幸い新幹線の安い切符を見つけることができた。グリーン車で往復一人2万3千円弱。横浜中華街での三千円相当の食事かお土産のセレクトクーポンもついている。ただ始発3本と終電3本の中からしか選べない。8日6時40分京都発、新横浜21時38分の終電を選んだ。                つづく



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ばあばの日常 

2008年11月05日

風味絶佳

山田詠美「風味絶佳」を読み終わった。買い物の帰りになんとなく立ち寄った本屋で、目に付いた新刊の文庫本を何気なく手にして買ってから一月以上もたっている。山田詠美の作品は病院の待合室にある本棚にあった短編集を借りて読んだことがある。文章は好きだけれど、私にはついていけない内容が多くて読んだ後に疲労感が残った。「風味絶佳」を手にして目次を見たとき、今まで読んだものと異質なものを感じた。
 
目次は、「間食」、「夕餉」、「風味絶佳」・・・・と食欲をそそる題が続く。食について結構詳しく書かれているけれど、肉や魚、野菜などを調理する料理物ではないことに、最後まで読んで気がついた。
山田詠美は様々な「人」という食材を、調理方法を変えて、山田詠美オリジナルのスパイスをきかせて料理した。出来上がった一皿の味は甘かったり、辛かったり、いろいろだけれど、どれも和風の味がすると思った。山田詠美のものはバタくさくて頂けないと思っていたので意外だった。山田詠美にも私達と同じように年月が降り積もったのだろう。この短編集の主人公達は若くはない。



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読書 

2008年11月04日

風味絶妙

ca8382e7.jpg銅板画教室でゲットした天然酵母パンはそば粉入りである。そば粉の匂いがして、噛むほどに奥深い味わいが出てくる。初めいつものように焼いてバターを塗って食べたが、昨日ふと思いついてごま油を塗ってみた。ゴマ油と蕎麦粉の風味と味がからみあって絶妙な味がした。今日はためしにオリーブオイルを塗ってみた。これもおいしかった。
結構満腹感があった。
蕎麦粉のクレープは作ったことがあるけれど、パンは初めての味であった。


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ばあばの日常 

2008年11月02日

愛は分かち合う

4f87492b.jpg銅板画2作目。
我が家にはかつて、トラ猫の「とらお」とさび猫の「チビィ」がいた。氏も素性も、生まれた場所もわからない2匹であったが、出会ったときから仲がよかった。丸く輪をつくって眠り、ストーブの前では寄り添って語り合うように暖をとっていた。チビィは自分の餌を必ず残し、大食らいのとらをがお皿をなめつくすのを黙ってみていた。2匹をみていると気持ちがやわらいだ。そんなチビィと寅雄をイメージして描いた作品です。

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今日の一枚 

2008年10月30日

私の一冊

BS11Ch朝8時の「四国八十八カ所を歩く」が終わり、今週から「私の1冊」が始まった。昨夜その再放送を見ていた亭主が、「お前の一冊はなんや、俺は・・・」と言った。「俺の1冊」は聞き漏らしたが、モンテーニュだったかモリエールだったか、確かフランスのエッセーだった。そのようなカタカナの題名の本が亭主の枕元で埃をかぶっていた。彼の愛読書はエロ本とばかり思っているので、意外だった。もっとも読んだのか読んでいるのかは定かではない。さっき亭主の枕元を確かめたけれどなかった。
「お前のは?」と聞かれた時、「うっ」と詰まって即座に声が出なかった。「私の1冊」って何だろう?それから気になり始めた。TVでは100人の人が夫々人生の転機に出会った、転機のきっかけを与えた1冊を語る。私の場合そのような本はなんだろうろ、読んだ本をあれこれ思い出してみた。
私の10代の頃はTVもゲーム機もない。貧乏人の子沢山の長女でお金もないから、「本を読む」以外娯楽らしきものはなかった。雨の日や、喧嘩して一人ぼっちになった時などは家で本を読むしかなかった。小学生の頃は講談社の世界文学全集をほぼ全巻読んだ。「三銃士」、「ロビンフッド」「鉄仮面」「アルセーヌルパン」「シャーロックホームズ」・・・・だいたい冒険物が大好きで1日1冊の割りで読んだ。そのせいで小学校を終わるころには近眼で眼鏡をかける羽目になってしまった。世界文学全集はお隣の同級生の家に揃っていた。新しいのが出るたびに借りた。別の同級生からは講談本を借りた。「日吉丸」、「曽呂利 新左衛門」「荒木又右衛門」・・・・、内容はすっかり忘れてしまったけれど、面白くて夢中にだった。手伝いをしないと母に叱られた。図書室の伝記本もほとんど全部読んだ。小遣いで集めた「日本小国民文庫」16冊は大切な私の蔵書だった。中でも「君達はどう生きるか」が印象に残った。大切にしていたけれど、20代の頃、弟が通っていた近くの小学校に全巻寄贈してしまった。かえすがえすも残念なことをした。誕生日のお祝いに買ってもらった「トルストイ童話集」。薄い紙の分厚い本だったけれど感銘がふかかった。この本もいつどこにいったのかなくなってしまった。
中学のころに読んだ中で覚えているのは、ジョルジュサンド「愛の妖精」。貧しい家のこで、主人公ファデットが野生的で魅力だった。
そして高校時代、受験勉強の合間に読んだのは、ロマンロラン「魅せられたる魂」、「風と共に去りぬ」、「赤毛のアン」、パールバック「大地」、「罪と罰」、「復活」、・・・勉強に追われると何故か本を読みたくなる。そのせいでだけでもなけれど、受験は失敗・・・。高校三年生のころ、物理の先生に紹介されて読んだ、朝永振一郎「物理学読本」が進路を決めるきっかけになったかなと思う。わからないけれど、面白かった。難しいことを、面白く書かれる「朝永振一郎」という人物に惹かれた。この本に出会わなければ、私の人生は今までとは違っていたかもしれない。そういう意味で
「お前の1冊」に朝永振一郎「物理学読本」をあげよう。
高校生以降はいつか又



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ばあばの日常 
Profile
ばばまま
2人の孫がいるお婆ちゃんです。平成17年4月、幸運なことに、非常勤講師として教壇にたつことになりました。孫のような生徒を相手に悪戦苦闘の開始となりそう。