2016年11月20日

九井諒子「ダンジョン飯」3巻




 ダンジョンの中にいるモンスターを食材にして料理したらどうなるの?という疑問に答えたマンガ、それが「ダンジョン飯」。
 ゲームの中でも、モンスターがドロップする食材アイテムを使ってお料理するシステムを組み込んだゲームはいくらか存在するが、その過程までやっているものはないはず。
「普通の魚とはまた違ったうまさだなぁ」「これはイカやタコよりうまいんじゃないか?」とその味を評されるのは、巨大クラーケンの体内にいたジャイアント寄生虫の蒲焼と白焼き。
 作り方はウナギの蒲焼とかと同じ。目のあたりを刺して固定し、腹のところからぴぃーっと割くようにして三枚におろす。(骨はないので2枚なのか)それを等分に分けて串に刺し、焼く 。見た目もそのままウナギの蒲焼、でも、味は似て非なるもの。
 確かにゲテモノなのだが、食すればかつて食べた何かに似た味だったりする。少しばかりさっぱりしていたり、脂っぽかったり、固かったり、ぱさぱさしていたり、フワフワだったり、ほんの少し食感やら舌触りやらが違うだけで。
 だからと言って、生で齧るとか無茶しちゃいけない。寄生虫の中にもまた寄生虫がいて、胃を食い破られるおそれが。それが自然の掟、生態系。

 さて、ライオス一行、飯ばっかり食っているけれど、彼らの目的はライオスの妹であるファリンを、炎龍の腹の中から救い出すこと。
 魔導士でエルフのマルシル、シーフでハーフフットのチルチャック、そしてドワーフのセンシとともにダンジョンを行 くものの、水場にて足止めを食らう。
この水場、だいぶん厄介。歌で攻略者を惑わす人魚やら、馬の姿をした水の精ケルピーやら、水の精霊ウンディーネやら、巨大なクラーケンやら、水上をジャンプするヒレが鋭い刃の刃魚やら、ウジャウジャと面倒なモンスターどもの巣になっている。まさに水は生命の母である。
 だが、ライオスにとっては最高の食材の宝庫。食いたいというライオスの衝動に、相変わらず振り回されるマルシルにチルチャック、それにマイペースにして積極的に絡んでいくセンシ。
 そんな中でファリンとマルシルのひそかな友情の物語が明らかになる。
 そうか、マルシルとライオスが直接の知り合いってわけでなく、ファリンをはさんで2人が関係あったのね。今のところ、 そういう恋愛要素は皆無のこの2人だけれど、主人公とヒロインという立ち位置上、そういうこともあるのか、ないのか。
 とろいけれど、「ぐう聖」ファリン。ダンジョンの生態系を天然ながらに理解し、マルシルが危険なスライムを焼き払おうとするのを止める。
「スライムはコウモリの糞を分解して魔力にしてるの。この子たちがいなくなればダンジョンが死んじゃう」
 そんな関係があって、マルシルのこの冒険行の動機になっているのだな。まさに「ダンジョン飯」はファリンの物語に他ならない。本人不在だけど。
 これでチルチャックだけが彼らとの関係においてまだよくわからないが、彼にも彼なりの美学があるのだろうな。お金だけではなくてね。

 そして徐々に明らかになって いくこの世界の仕組み。
「大丈夫だ、ドラゴンボールがある」なドラゴンボールなみに死んでも生き返るゲームの世界、と思っていたのだけれど、どうやらこれ、ダンジョンの中だけに限るという設定のようだ。なるほど。
 コミカルながらに、骨のしっかりとした設定の作り込まれたファンタジーであり、そして冒険あり、人間ドラマありで完成度が高い。
 題材もみんなが絶対的に欠かせない「食」をテーマにしたものだけにとっつきやすくもある。

 ライオスは食中毒になるし、顔もパンパンに腫れちゃうし、マルシルは魔力を使い果たすし、チルチャックは大ガエルに飲まれかけるし、カエルスーツは呪いの鎧のごとく体にくっついて脱げなくなるし、もう満身創痍のパーティ。
 まだまだ 先には危険が待っているや否や。

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2016年11月19日

八薙玉造「獅子は働かず聖女は赤く あいつ真昼間から寝ておる」



 世の中、綺麗ごとだけでは済まされないものだ。だが、平和な世界に住んでいる身の上である我々が見える「醜い部分」なんてさほど大したことない。
 それは現代日本においては過分に良心システムってものが存分に働いてるからだ。すなわち、悪事を働けば、その分「心が汚れる」ことを感じるからだ。
 こうした「良心システム」の働かない人間は、サイコパスとしてレッテル張りされること請け合いなのが、日本社会。
 だが、良心そのものが世界全体で麻痺しているような、現代日本とはまったく違う異国だともはや綺麗ごとは、常識では通用しない本当の綺麗ごとになってしまう。
 ファンタジー世界に限らず、社会が未成熟な地域では、略奪、殺し合い、暴 力が定常化しており、それを否定する人間は「甘い」と言われてしまう。
 とは言うものの、こうしたリアルでファンタジーを描けばメッセージ性も何もなく、ただただ世の無常を感じるだけ。と言って「綺麗ごと」で物語を糊塗すれば嘘くさくなるばかり。
 この辺りはファンタジー世界を描くうえで、匙加減が難しい。

 アンナは町の人気者であり、孤児であったところを町の司教に引き取られ、その義娘となった。信心深く、神に何の疑いも持たず信仰している。
 そんな彼女を毎日、じぃっと見つめている見知らぬ青年ユリウス。彼は廃屋のようなボロ屋にサロメという名の少女と暮らしていた。
 サロメに働かせるだけ働かせて、自分は何もしないでぐうたらしているユリウスに、妹に働 かせている怠け者と勘違いしたアンナは仕事を紹介しようとする。
 そんな彼らが住む町を襲撃する改革教会。数年前起きた≪禍竜戦争≫の引き金を引いた組織の残党である彼らは町を暴力によって支配し、そしてアンナを誘拐する。
 実はアンナには何か隠された秘密があった。その正体をユリウスは知らない。だが、そのことを知る者から彼女の護衛を頼まれていたのだ。
 ユリウスとサロメは、アンナを助け出すために、敵の本拠地に潜入する……。

 この手の話にはつきものの「自己犠牲」。アンナは神に忠実であり、正義に忠実、そして町の人々を愛している。自分が犠牲になれば、皆が助かると、自己犠牲の精神を発揮するのだが、それをユリウスが否定する。だが、そのユリウス自身が 自己犠牲精神を発揮する……。
 そう、誰か1人が犠牲になれば、後はみんな助かるってなった時、その自己犠牲になる人間が1人犠牲になっていれば確かに語は丸く収まる。だが、物語的にはそういうわけにもいかない。そんな簡単に収まったら盛り上がるものも盛り上がらないし、葛藤の一端になる主役キャラクターがそう簡単に死んでいただいても困るわけで。
 そんなわけで、互いが互いの自己犠牲を否定し合って、物語はクライマックスへと進む。

 主にユリウスとサロメのおバカな会話劇によって進行する展開。この会話部分がこの作家の作家性を感じさせる部分でもあるのだけれど、シリアスな部分もこんなノリで進むところが大きいので、雰囲気ぶち壊しなんて感じる人にとっては、ここ がNGポイントになりそうである。
 でも、個人的にはこういうところが好きだった。悪役たちのやり取りもこれで進ませてほしかったなぁと思うが、そこまでやるとやりすぎなのか。

 力での支配を考える、改革教会のラルフがこの物語におけるキーパーソン。実はユリウスの古い戦友なのだが、彼に捕まりながら教えや神に対する忠誠を崩さず、大正義をかざすアンナであるが、最終的には絶対的なラルフの暴力によって屈服させられ、神を全否定させられるのだ。
 こういうのを見ると絶対的な力を前にはどんな綺麗ごとも、論理も無に帰するのだと感じた。銃をちらつかせて、白いものを黒と言えばそれは事実はどうあれ、「黒」になるのだ。理不尽ではあるが、「良心システム」の働かない性悪説 のまかり通る世の中なんてそんなもんだし、それがこの世界のデフォルトだ。現代日本がどうであろうと。
 左の頬を打たれたら、右の頬を出せというのも聖人的真理なのだが、そんなことを続けていたら殴られ続けて死んでしまう。そうして殴られ続けた人間が天国に行って、殴った人間が地獄に行くのであれば、それは確かに万々歳だし、宗教は教義で確かに説いている。だが、現代社会において、それは非現実的だ。本当だとしても、それを本当だと信じる手段は自分の心しかないわけで。
 それに現実世界では、力を行使し、殴ったほうも自分の絶対正義を信じている。いわゆる「確信犯」というやつだ。
 そうなったら、もはや、力を持つ者のほうが正義なのだ。それでもひたすら力なき正義を説 くアンナという少女の健気さ。それが汚れた世界の横たわる物語の中で際立って見える。
 そうしてアンナに神を否定させる者たちへの憎悪も膨らみ、それを助けるユリウスたちにも共感が生まれるというものだ。

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2016年11月18日

賀東招二「フルメタル・パニック!」

 当代の名作ラノベ。こういうのにあまり詳しくない、うちのヨメが名前を知ってるぐらいに有名作。自分もよくは知らなかったのだけれど。
 同著者の「天城ブリリアントパーク」がよくできていた物語だったのを考えると、相当、書きこなれた作家であるように思ってたら、寡聞であったが、あの「蓬莱学園」でライターをやってた方だった。
 とにかく、こいつがヒット作となったのもたった1冊で頷ける出来。

 千鳥かなめの通う都立陣大高校にある日、転校してくる相良宗介。
 彼は自らを「軍曹」と名乗り、所持品検査で銃や爆発物の「おもちゃ」を没収されるミリタリーオタク……というのは表向き(というか取り繕おうとして取り繕えていない本性の部 分なんだけど)、本当は超国家的な平和維持組織の傭兵部隊「ミスリル」の一員だった。
 彼の使命は、何者かに狙われている千鳥かなめの護衛。詳細は宗介も知らされていない。彼女は、本人も知らない、世界を揺るがすとてつもない秘密を抱えていたのだ。

 危険地帯を渡り歩いてきた宗介が、これまで経験したことのない、平和な日本における平凡な学園生活を送ることになるのだが、故にやることなすことが全部頓珍漢。
 更衣室にいるかなめを守るために、女子の着替える中へ飛び込んでいくわ、ただの忘れ物のアタッシェケースを爆発物と勘違いして大騒ぎをするわ、過剰反応の連続。
「おまえよ、今週中に死んじまうんじゃねぇか?」何もないのに大騒ぎした末、自傷が絶えない宗介に 、相棒のクルツがそう漏らす。
 そんな中、敵の影はかなめに確実に忍び寄っていた。
 かなめたちが修学旅行で沖縄へ向かう飛行機がハイジャックされてしまうのだ。そこに乗っていたのはテロリストたちの1人ガウルンはかつて宗介と干戈を交えた、歴戦で冷酷非情なる人物であった。
 飛行機はやがて北朝鮮の地へとたどり着くのだが……。

 ちょっと書き方を変えたらハードでコアな軍事モノになって、それこそ伊藤計劃になってしまうのだが、そこに学園を絡めることでよりライトに、SAというオリジナルロボットを絡めることでさらにライトに、ヒロインと主人公のラブロマンス(もどき)を絡めることでもっとライトにして、マイルドな仕上がりに。
 冒頭のクスリのせいで廃人にな っちゃう少女の描写とか、ちょっとゾッとするような表現で、こういうリスキーな感じで全体的に行っちゃうのかなぁと思わせておいてからの軽いノリ。

 かなめという芯の強さのあるヒロイン、宗介という無口で生真面目な主人公、この絡みが見事な化学反応を示して、物語の魅力を生み出している。
 こうした相反する2人の性格が仇になり初めは反発、宗介の真実を知ることでかなめの感じていた違和感は恐怖に変わり、それが宗介の哀しみを呼ぶ。そして、それがかなめに伝わって、信頼へと変わっていく……という2人の間に浮かび上がる一連の感情の流れは、もう見事という他ない。
 それ故に、そうした2人の関係性に立ちはだかる敵に、より恐怖や憎悪が読者の中で浮き彫りになっていく のだろう。

 著者があとがきで、ハイジャック機の目的地を北朝鮮にしたのには他意はないとして、もし突如、行方をくらましたらかの国の仕業だと思ってくださいと編集者や周囲の人に呼び掛けているのは笑うと同時に、笑えない部分もあって、モヤモヤした。
 幸いにして作者は連れ去られていない模様。


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2016年11月17日

宇島葉「世界八番目の不思議」1〜2巻



 本屋の試し読みの小冊子を読んで、珍しくビビッと来て買ってしまった一冊。
「8ページに1度、【まさか】は必ず訪れる!」つまり8ページ目にオチが来る、短い物語。
 故に世界八番目の不思議なのか。
 それとも8ページの後にある、裏の世界が「不思議」なのか。
「あなたが何の気なしに見てるものにはすべて裏の世界があるのだ!!」

 どんなメディアでも読み込んでくれるカードリーダー、その形は女性の裸の全身像、そう、明らかにアレだ。
 指を口に噛ませてみると、「認識しちゃった」。人の記憶まで読んでしまうのである。
 PC内に表示される自分のフォルダの中には、なんと自分の幼い頃の記憶が動画として収まっている。
 そこには当時 の担任だったみどり先生の姿も。(どうでもいいけど、幼稚園の先生ってマンガの中じゃ大抵下の名前呼びだよね)
 「思えばあれが初恋だった。キングオブ……クイーンオブ母性」だが、そのみどり先生と目の前のカードリーダーがそっくり。
 無意識に指をそのリーダーに噛ませた彼は思わずつぶやく。「なんか大人になっちゃったなあ」

 ここまでが表の面。裏の面ではこのカードリーダーの誕生秘話が明らかになり、そこに、実はみどり先生がかかわっているという真相が。
 まぁ、そんな大した真相ではなく、実際、このカードリーダのモデルがみどり先生だったわけで。よくOKしたな、こんな商品のモデルを。

 ささやかな平和な学園祭の日常を表で描いたかと思えば、裏では突然の 地球滅亡の日、表で奪衣婆からなんとか逃れた若者が、裏でその奪衣婆とユニットを組んでミュージシャンデビューしたり、表で超能力で名ピッチャーとなって子役になった少女が、裏では26歳のOLとなって超能力を失い、普通に大人のつまらん日常に倦みながら、幸せを求める日々を描く。
 そんな裏と表の物語。
 おバカな話ばかりと思いきや、虫を食べる女子高生のお話はどことなくシュールでリリカル。青年の敷居が高そうな恋心がなんか好き。

 全体的にエロティックなネタ、というか下ネタが多いのも嫌いじゃない。
 ホタテブラをした女性を海岸で助けたという父、それが両親の出会いだったと聞く娘。温かい話かと思いきや、実は母はホタテで、毎朝出てくる美味いすまし汁は、実は尿 をすまし汁にするという「蛤女房」ばりの母の尿だったって話。「両親のスカトロ暴露されてそれどころではない」で爆笑。

 好きなところだけ読めます。ホタテのお母さんの話だけついつい読んじゃう。面白すぎて。

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2016年11月16日

周防ツカサ「完璧なレベル99など存在しない」



 完スト状態でRPGするのは楽しい。無双状態で敵を一発で切り刻んでいくのはなかなかの快感だ。シームレスのリアルタイムバトルならばなおさら。
 とは言え、まぁ大抵は完ストする前にゲームをクリアしてしまうし、クリアしたらそれ以上、遊ぶことは少ない。

 ゲーム好きの風間裕貴はある日、突然、見知らぬ世界にいた。
 そこで知り合う人々はみな、彼がプレイしたことのあるゲームの登場人物たちだった。ただ1人、シャノン・マールブルクを除いては。
 何が何やらわからぬままに、みんなとダンジョン攻略のために、モンスターと戦うことに。
 彼らの目の前に現れたモンスター、サーベルホーンにも、裕貴は見覚えがあった。それは「ドラゴンハンテ ィング」(モンスターハンターだな、これ)のモンスター。
 RPGの登場人物たちはそのサーベルホーンに苦戦。裕貴自身もゲームをプレイした時には、初見で倒されたが、倒し方がわかればそう難しくない相手だった。
 裕貴の助言によって、彼らはサーベルホーンとの戦いに勝利する。
 だが、彼らの周りにはサーベルホーンの群れが潜んでいた。その一体が裕貴にも襲いかかってくる。もうダメだと思った瞬間、彼の拳の先でモンスターは消滅してしまったのだ。
 そう、彼のレベルはこの世界において99、つまり最高値に達していたのである。だが、消滅したモンスターはすぐに再生してくるのだ。つまり、攻撃と防御、すばやさなど諸々のパラメーターは最高値なのに、モンスターを倒すことがで きないのだ。
 だが、その強さとモンスターに対しる知識量を買われた裕貴は、「中央司令部」の最高責任者「軍師」に選ばれてしまう。彼を補佐するのは、裕貴おなじみのゲームキャラクター、リーネ、マシュ、ヴァニラ、そして今まで知らなかったシャノン。
 こうして、完璧でないレベル99の裕貴は、ゲームの外の世界から来たというその素性を隠して、人間とモンスターたちとの戦いに身を投じることになるのだが。

 この手のリアルなRPG世界に、現実世界が身を投じるようになる系の作品は、もういくらかあって、大抵はSAOの二番煎じ的に言われてしまうのだろう。
 まぁ、別にそこんところは言っても栓のないことだ。例えSAOと骨格が似ていたとしても、中身が違って、面白ければ問題はな いと思うんだが……まず文章がひどい。
 主人公の行動原理がわからない。例えなじみあるゲームのキャラクターだからって、感じ悪い相手を助けにいくかって感じる。そういう聖人キャラなんですって言われればそれまでだけれど、そもそも主人公のバックボーンがないからそこにも説得力がない。
 この裕貴って子は元の世界で何をしていた子なの? わかるのはゲームが好きで、運動は苦手、そういうところを時折バカにされていた節があるってことだけ。イジめられてて、引きこもりだったの? それとも、オタクグループで目立たない存在ながらも楽しくやってたの。こんだけ知識があって、ゲームやってたら、それだけで今の若い子の間では話題豊富として、ある種のグループでは面白いヤツにな れると思うんですけど。
 逆に話下手でどうにもならない……みたいなヤツだとしたら、「中央司令部」の「軍師」などになれないし、偉そうに演説ぶつなんて絶対できるはずがない。
 主人公キャラの個性があまりにもペラペラすぎる。
 何より「レベル99」設定が全然、物語に生かされていない。ただただ、現実世界から来た主人公が、この異世界で認められるための道具としてしか生きていない。

 実社会でいくら腕っぷしばかり強くても、知識ばかり豊富でも人は完璧ではないし、人の助けなしでは生きてはいけないよってところがテーマなのかもしれないけれど、それはそれとしても、あまりにも表現が稚拙すぎて、どうにもその結論に到達する前に、色々と気にかかるところが多い。
  完璧な部分と完璧でない部分がもっとせめぎ合って、物語が進み、それで上記のテーマの部分に昇華されるならいいんだけど、あまりにも完璧でないながらにすべてがうまく進みすぎている。
 脈絡のない入浴シーン、シャワーシーン、陳腐なバトルシーン、あっけない盛り上がりに欠けるラスト。いや、死んだ人がよみがえればドラマチックなのかと言えば、そうでないのよ、先生。しかもいくら続きがあると言っても、この世界は何なのかぐらいの説明は入れてほしかった。いやいや、それはこの物語の大きな仕掛けなんで続き読んでくださいよという話かもしれないが、続きで書くのはここで描かれていない謎であるほうが1巻の在り方としてはよいのではないかと思った。
 いやいや……読んだ時間を 無駄にしたと感じた一冊でありました。

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2016年11月15日

本田誠「空色パンデミック」



 aikoの「あした」という曲の一節に「もしも罪を犯し世界中 敵に回しても あなたと眠る夢を見続けてたい」というのがあった。それを聞いて、なんとなく世界の敵が自分の愛した女の子だったら……なんてインスピレーションは沸いたんだけど、それ以上は何も湧いてこず形にはできなかったことがある。
 でも、それをうまく使った小説があっただなんて……。

 特発性大脳覚醒病、通称「空想病」。自分の空想を真実だと思い込み、その通りに行動してしまう。
 ……ああ、よくあるいわゆる中二病ってヤツね。第三の目が〜とか、俺の手が疼いてやがる〜とかいうアレね。
 と思ったけど、この作品での「空想病」はそれよりも1つ厄介。
 中二病は、どんな に妄想を真実と思い込もうとしていても、心の奥底にはそれが真実でないことを知っている。むしろ、そんなバカな妄想をしている自分をカッコいいと思っちゃってる。
 でも、この「空想病」は本当にそう思っている。
 そのうちでも「自己完結型」と呼ばれるものは、他人に感染せず、自分の中で完結するまで「役者(キャスト)」が、空想の他の人物を演じてやって、物語を誘導してやればいい。
 だが、「劇場型」。これは周囲の人間にも空想世界が感染するのである。
 更に「天地創造型」。それは「劇場型」と、他の「空想病」の患者が接触することで起こり得る感染爆発「パンデミック」だ。それはかつて「幻の第三次世界大戦」を引き起こし、もう少しで核ミサイルのボタンが押されそう になった。
 そういう観点から「空想病」患者、とりわけ「劇場型」は監視され、人々から隔離されていた。

 ある日、受験生である中西景の前に姿を現す穂高結衣。彼女は景のことを「ピエロ・ザ・リッパー」と呼び、「ジャスティス」という恋人の仇を取ろうとする。彼女の目的は「聖典(セフィロトの詔)」の奪還。しかし、景は「ピエロ・ザ・リッパー」でもないし、「聖典」とやらも持っていない。すべて、彼女の妄想の産物。結衣は「空想病」の患者であった。
 駅のホームで彼女と接触した景は、そのことを結衣の姉から教えられる。受験会場へ急いでいた景はなんとか結衣を振りほどき、志望校へ。だが、結衣はそこにも姿を現す。「ジャスティス」の仇を取る女戦士という役回りで。
 結衣は、どうやら景に興味を持ってしまったようだ。彼女をフォローするセーフガードと、その場に居合わせた「役者」青井晴の働きにより、彼女の「空想」が終わった後も、彼女はなにかと景につきまとうことになる。
 ワガママで自分勝手なそんな少女に、顔をしかめつつ、少しずつ惹かれていく景。学校の文化祭のお芝居に参加したり、海へ行ったりとそれっぽい学園生活を送っていく中、結衣の病状は少しずつ悪化の一途を辿っていた……。

 演劇にはエチュードという、舞台上の役者の即興で1つの劇を仕上げていくという方法がある。
 大抵は練習の一環として、それぞれの役を簡単に割り振り、役者がキャラやその設定を作り上げながら演じていくというものである。
 場合によって はこれの積み上げで、芝居を1つ書き上げてしまうような作家さんもいるが、まぁ大抵はアドリブが利く、舞台上での度胸をつけるためのロールプレイング技術だ。
 空想病をフォローする「役者(キャスト)」たちには、そういう要素がある。
 とはいうものの、学園祭の演劇で、結衣の「空想」に付き合いつつ、アドリブでシナリオを変え、なおかつ、そこから矛盾ない形で即興で物語を変えて、幕引きまで話を続けるってどんだけすごい役者なんだ、たかだか高校演劇のレベルで……と思ったが、そこはそれ、まぁお話なんでこんなもんかなぁと思っておこう。

 もちろん、愛した女のためなら自己犠牲も厭わないっていうのは、自分が読みたかったお話なんだけど、「空色パンデミック」に関して いうと、結衣の景に対する気持ちがどうも強すぎる気がして、その自己犠牲っぷりがどうも博愛に見えて仕方がなかった。
 自分が好きになった相手が、たまたま重症な障害を持っていた、どうする?って選択に迫られるなら自己犠牲具合って少ないんだけど、初めからこんな重症障害を持っていた、どうする? からの、好きになりましたって流れは、どうにもそういう障害があるから、庇護欲駆られて好きになってしまったじゃないかと疑いたくなる自己犠牲度。
 場合によっては自己犠牲ってこういうお話では嫌われる傾向がある。これまでそうかなー?と思ってきたけど、気付いたことがある。男キャラが自己犠牲を発現すると、あまりいい感じがしない。「ココロコネクト」もお話は面白かったけど 、あの主人公は確かにあまり好きになれなかったなぁと思い出す。
 ヒロインがやってる分には、そんなに気にならないんだけどなぁ……。

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2016年11月14日

じん(自然の敵P)「カゲロウデイズ」




 一時期、若人の間で流行ってた「カゲロウプロジェクト」とかいいうヤツの一環の創作物。アニメは大コケしたとかしないとか。
 若人つったって、20代とかではなく、完全に小中学生から高校生の一部ってことだろう。往々にして、そんな大人にはナゾの文化はいつの時代にもある。
 今時なのはインターネット、とりわけニコ動を通じて流行したってだけのことだ。何の変哲もない。そして、そこには作り手以外のどんな大人の感情も介在しないはずだった。そこで閉じていた世界だ。
 だがラノベはジュヴナイルとは言え、大人も読む文化だ。それを無視して、飽くまでも若人の文化として消費され続けるのには無理がある。
 そんな「カゲロウプロジェクト」のメデ ィアミックス、小説化である「カゲロウデイズ」。

 「本来オレは18歳の普通の男子高校生である」だが完全に引きこもりの如月シンタロー。同人音楽制作をしつつ、動画サイトへのコメント欄にひたすら批判コメントを流す。
 作った作品は今のところ、ただの1つもない。つまり、世によくいる、口ばっかり芸術家気取りで他人のものを腐すけど、自分のことをツッコまれると何もいえない、できない、でもやればできるんだと思い込んでる、典型的なオタクだった。とどのつまり、注目されたことのない人生、1度はちやほやされたいのである。
 突然、彼の元にメールとともに届いた可愛い女の子のデータ、エネ。人格を持ち、話もする。ウイルスよろしくパソコンに改ざんを施し、データを破壊 する。だが、シンタローはエネとのやり取りを引きこもりの毎日の中で楽しんでいた。
 ある日、マウスを壊してしまった彼は、引きこもりになって以来、ずっと出られなかった家の中から、久々に外へと出かける。エネを携帯電話に移動させて、彼女とともに家電量販店へ。
 そこでシンタローたちはテロに巻き込まれるのだ。「今から30分以内に10億円を用意しろ」という無茶苦茶な要求をする犯人グループは、店内の客を人質に取る。シンタロー(とエネ)ももちろん、その人質の中にいた。
 そこで知り合うカノというナゾの男。彼のアシストとエネの活躍で、シンタローは犯人グループを撃退する。

 文章が圧倒的に下手とのレビューが実に多いのだが、あまりにもひどい文章をいくつも読ん できたせいで、遥かにマシに思えてしまう。これは問題かもしれない。
 だが、この小説の問題はそんなことではない。物語を綴るうえで最も大切なことがすっぽりと抜けている。この小説にはテーマがない。
 何が言いたいのか、何を書いていきたいのか、最初、大体20ページぐらい読むとなんとなく見えてくるんだけど、これはそういうのがまったくない。
 ただただ事が淡々と進んでいくだけ。もはやそれだけの世界。何の話なの?と問いたいぐらいにチンプンカンプン。言葉のやり取りも時々、面白いが、それと同じぐらいに寒く感じる部分がある。
 たぶん、表側でシンタローの話を書いて、裏側でシンタローの妹モモとメカクシ団のことを書き、表側の種明かしをしているところが面白みなの だろうが、もうひたすらにただそれだけ。
 この物語自体が「カゲロウプロジェクト」という著者の形作る音楽から始まる物語だと知っているなら、その世界に浸れるだろうが、小説として切り離してしまったせいで、だからどうした的にしか思えないわけだ。CD付録とかネット掲載とかならまだ許容できる範囲だが、こうして一冊の本になった以上、到底看過できぬレベル。
 実際、じんの音楽のファンという人たちにも、小説読み慣れてる子たちには不評の模様。
 このひきこもりのシンタローが、そのまま、著者自身なんだろうなぁと思いながら、読むとさらにモヤモヤ度合が半端なく加速する。

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2016年11月13日

志村貴子「娘の家出」5巻



 不倫、倫理に適わずと書いて不倫。
 どんなに様々な創作物で美しく描かれていたとしても、別に法律的に罪でないにしても、恋愛は誰にも縛られないのさと豪語するのだとしても、どんな家庭環境が荒れていて情状酌量の余地があったとしても、不倫は不倫、言い訳は言い訳程度にしかならない。
 ただダメだダメだと頭でわかっていても、走ってしまう感情が抑えられない、ってことはあるのかもねー。

 小学校時代、まゆ子の同級生だった山口あすか。転校ではなればなれになってしまったけれど、今度はそのあすかが近所に引っ越してくるという。
 再会したあすかはすっかりまん丸になっていて、思わず「……かわいい」と洩らすまゆ子。そう、まゆ子はデブ専 。「いいよぉ、ムリにフォローしなくって!!」とあすかは嘆く。
 姿を現したお兄ちゃんも受験に失敗したストレスを抱えてすっかり太っていた。まゆ子は正直に「すてきですっ」
 まゆ子はデブ専。大切なことだから2度言った。
 それを聞いてあすか兄、すっかりまゆ子に惚れてしまう。「女の子にあんなこと言われるなんて免疫ない人だからさ」
 直接、電話でデートに誘われ、断るに断れなくなってしまうまゆ子。彼女には、同じくまん丸の大輝という恋人がいるのに。
 まゆ子はデブ専。
「1回デートして思い出作りさせてあげる感じで」友人のニナにデートを割り切ってするよう促されるが、まゆ子は「思い上がったことをしてるんだろうな」と苦悩する。
 父親と不倫をしていて、 今は同棲している青年に(父はホモ、おまけにデブ専)、浮気をしていた人間の気持ちや罪悪感の有無について問うてみると、「悪いのは、やっぱり2人ともだと思うよ」
「不倫ってやっぱりクソだと思うわ」
 というまゆ子。とは言え、本心から2人を憎んではいない。赦してはいないけど。
 ということで、自分なりに気持ちを整理したまゆ子は、あすかの兄の誘いを丁重に断りに行く。

 不倫に傷つけられた人々は不倫しないってことなのかなー。いや、絶対にそんなことはないな。不倫して離婚した父親(あるいは母親)を嫌いながら、二の轍を踏む男(あるいは女)っていうのも存在するからなぁ。
 だから、ちゃんと内省できた人だけが同じ轍を踏まないって話なのか。
 なんて言っ てるとあすかの父親も浮気壁がひどかったせいで、そのストレスでお母さんもまん丸。なんだ、この一家、単に遺伝で太りやすいだけではないの?
 それにしても二股、三股なんて世の中、ざらなのかな。なんか世の中って爛れてて、荒んでるな。

 オンラインゲームで知り合った春奈とちあきさん。2人はすっかり恋人同士になってしまう。
 学校でのイジメから長らくひきこもりになっていた春奈を外に出してくれたのがちあき。
 いつもは家族と暮らすという誕生日、春奈はちあきをその誕生日パーティに連れていき、友人だと紹介する。
 娘の友人になってくれたに謝辞を述べる春奈の両親に、ちあきは「半ば強引に恋人になってもらいました」と告白する。
 ついでオンライン仲間のサ ムからも告白を受け、モテ期到来の春奈さん。
 予告なしの爆弾発言に、異性からの告白。ちあきは自分の暴走を深く悔い、サムの出現に危機感を抱く。「捨てないで」と嘆くちあきに、春奈は「サムさんは友達」で「ちあきさんのこと大好き」と告げる。

 過去の悲しい話は、もう本当にいつの間にか悲しいぐらいに無機的な過去になる。感情が伴わず、その姿は乾いたミイラのようだ。
 「いちご白書をもう1度」で歌われる「過ぎ去った昔が鮮やかによみがえる」のは、もう本当5年ぐらいのものよ。
 社会人3年目ぐらいで大学時代はよかったねぇ、でも昔のことになっちゃったねぇと嘆けるというのは、まだ若い証拠だし、その時代からはまだそう遠く離れていない。
 その3年と、その 後の20年、驚くぐらいにまだ最近な気がしているのに、驚くぐらいに過去はミイラ化してる。静止画としてしか思い出せないし、化石を掘り出すように思い出を掘り返すしかない。
 春奈の場合も、きっとそうなんだろう。悲しき過去を、今の幸福で埋め合わせることでしか、消せない。
 でもだんだん、悲喜が雪崩て過去を埋めて、ただの自分の事件史になってしまうのだ。

 それにしても志村貴子作品の常ではあるが、ジェンダーマイノリティものが多いのってなんだろうね。
 もはや、それもそう珍しい話ではないのか。

babatune06 at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)漫画 | 志村貴子

2016年11月12日

山形石雄「戦う司書 恋する爆弾」



 ライトノベルって本当にひとくくりにしちゃいかんなと思う。
 本当に読んでてレベルの低いものも多い中、驚くほどに面白いものに出会えることもある。
 子供向けなんだからそんなもんよって声もあるけれど、そう感じないものがある中で、「そんなもんよ」で片づけていいのかって話だ。
 子供向けと子供だましは違いんだよとはもうすっかり使い古された言だが。
 この作品は、面白かった。チョー満足いくぐらいに。

 「コリオ=トニスは爆弾だ」爆弾として生まれてきた少年コリオ=トニス。
 彼の使命は1つだけ。「ハミュッツ=メセタを殺す」
 イスモ自由共和国の西の端に位置するトアット鉱山町。鉱山から発掘される『本』を管理するパンド ーラ図書館の館長代行、世界最強の武装司書、ハミュッツ=メセタを殺すため、彼と彼の仲間たち爆弾人間はこの街に集結していた。
 彼らはこの世に混乱をもたらす『神溺教団』の手先であった。
 そんなコリオ=トニスに一冊の『本』を渡す『本』屋。コリオはその本の中で出会う1人の女性に恋をする。
 『常笑いの魔女』と呼ばれ、『救国の聖女』とも呼ばれた女性、そして『神溺教団』の信徒だったとされるシロン=ブーヤニッシュ。
 コリオはこの280年前に生きた聖女に一目惚れしてしまったのだ。
 以来「ハミュッツ=メセタを殺す」というただ一念のみで生きてきた彼の行動は、常笑いの魔女を求めるものへと変わっていく……。

 悲しくも美しいラブロマンス。決して叶うこと のないコリオとシロンの恋。
 過去なんてものはもはやこの世界のどこを探してもない。そして未来もまたいつか来たりて、すぐそこに手に入るものではないもの。
 交わらない2つの想いでありながら、時を通じて通じ合い、歴史を動かすのだ。
 
 と同時に常に運命づけられている世界というのもまた悲しい。
 結局、何者によっても予言された未来を覆すことができない。覆される野望すら予言の下にあるという……。

 ところどころ、デビュー作らしい粗削りな表現を感じるものの、とにかく巧妙な物語作りに感動を受けた。
 設定と伏線が見事なぐらいに次々とつながって回収されていき、時折、奇妙な世界観が読者の琴線を震わせる。
 遺跡から発掘される『本』、触れると中 身が『読める』ので手袋をして触れる、神立図書館で管理される、というこの個性的な世界の風景がたまらず蠱惑的。
 そこへ武装司書である。なんですかい、図書館戦争でもおっ始めるつもりですか。
 「始まりと終わりの管理者」から始まるこの世界の神話もまたよくできていて、物語とうまくリンクする。『本』屋ことラスコール=オセロと過去神バンドーラあたりとつながりそうな予感。
 この現実の中に神話がいまだ息づいている近世的な雰囲気がたまらなく好きである。しかも退廃的で文明の発展途上というこの感じは、危ういぐらいの甘美さを放っているのだ。

 「戦う司書」なのでハミュッツ=メセタが主人公……のはずなんだけど、この話は完全にコリオ=トニスが主人公で、確か にハミュッツは獅子奮迅の戦いを演じているのだけれど、狂言回し的な位置づけ。今後はもう少し活躍するんだろうか。
 これはぜひ、続きを読みたい。

babatune06 at 00:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)小説その他 

2016年11月11日

衛藤ヒロユキ「魔法陣グルグル2」6巻



 ヒロインと主人公が冒険の途中に別れ別れになっちゃう展開ってちょっとドキドキ、ハラハラのピンチ。
 なんだろう、こう居たたまれないほどの不安感なんだけど、それが逆にいい。ああ、早く合流させてあげて!

 久々に登場して、再びククリの敵となり立ちはだかる魔界のプリンス、レイド。
 「グルグル使い」である「ピンク・ボム」に惚れているのに、素直になれず、仲間にするためなんだか倒すためなんだかわからないけれど、召喚した魔物ウラスクでククリに挑む。
 そのウラスクが大地の力を吸い上げるために発動しないククリのグルグル。だが、アーシュの登場が戦局を大きく変える。
 「あたしは勇者よ」と名乗るその女性、実はククリの魔力に よって作り出された人間。
「勇者様に会いたいんだも〜ん!!」というククリの強い想いが、彼女の存在を生み出したのだ。
「あたしはまたククリちゃんの心の中に帰るだけよ。あたしの本当の名は『あまえんぼう』」
 アーシュは消滅し、ククリの『あまえんぼう』の心がなくなり、「クーちゃん、自立の時よ!」
 開放されたククリの力でウラスクは一発撃破。レイドたち、魔王の手先は退散していく。
 「グルグル使い」を恐れていた町の人たちに、最後にククリはちゃんと自己紹介。「グルグル使いのククリです。よろしくお願いします!」そうして去っていく。

「この戦い……自己紹介の勝負だったな」とレイドはこの戦いを総括。
 レイドの参謀だったタラントは最後までその顔を隠 し続けたが、実は普通の人で、レイドは初登場時、お面をつけて顔を隠していて、自己紹介が遅れた。
 ククリはちゃんと自己紹介をし、「街1番のイヤな男」とジュジュに言わせた男はククリの自己紹介のお返しとばかりに自分を紹介をし、最後にククリたちに協力した。
 いつでも得体の知れないものはコワイものだ。でも、ちゃんと通じ合えば大丈夫。
 わからなければ、ちゃんと自分を紹介すればいい。何者かわかれば、それだけでも一歩前進だ。

 ……ということで、最後にデキルコちゃんとレイドがお互い自己紹介をし合って、この戦いは終わるのだ。
 ああ、青春だなーと思えば、きっと最後にギップルちゃんが出てくるに違いない。

 なんかこういう詩情的で哲学的な部分が まさにグルグル。

 そして、その頃、ククリの勇者様ことニケは、「知らんおっさんの国」に飛ばされていた。
 こういうくだらない方向にシュールなのも、グルグルよね。

 そんなニケのところに姿を現す魔王。いきなりラスボスと対面か。
 鉢のような仮面をかぶり、三つ編み状になった鐘を垂らして、体を覆うおどろおどろしい真っ黒のマントの裾にも、少しカワイイ感じのフリルがついている。
 なぁんとなく、前回のグルグルで出てきたラスボス、魔王ギリとは圧倒的な格の違いみたいなのがある。
 キタキタオヤジの攻撃に動揺したり、おっさんどもの勢いにおののいたり、あっさりジュジュの魔法の囚われになってしまったり、少し弱い感じ。ももしかしたら小さな女の子なん じゃないかなと思える描写やセリフ回しだ。
 どうにもラスボスの魔王としてはいまいち?と思ってしまうのだけれど、実は第二形態があったり、真ボスのためのカモフラージュだったりするのかもしれない。
 ラストバトルはそれなりに楽しませていただけるのだろうか。

 さて、そんな魔王との対面は痛み分けで終わるが、ニケは「昼は人間、夜は龍」の呪いにかかってしまう。
 だが、アホでエッチでだらしがないニケが、渋くてニヒルな「龍」にジュジュのビビビが反応。思わず「かっこいいよね」と言ってしまうわけで。
 ああ、そうなったら大変。「クーちゃんにお礼に来たんじゃない? キスでもしてもらっちゃえ!」と現れた「竜」のニケを挑発するジュジュだったけれど、ほっぺ にチューされちゃうのは、なんとジュジュのほうだった。呆然唖然、あわてるジュジュに、心の鬼が出てくるククリ。
 旧作から今作に至るまで長らくずっと、2人の恋の行方を後ろのほうで煽り、傍観してはニヤニヤしてたジュジュを巻き込み、遂に三角関係勃発なのか、どうなのか?

 ようやく合流して一安心かと思ったら、変身してしまうニケ。こういう展開、前のシリーズにもあったよね。あの時はククリのほうだったけど。
 さぁ、どうなっちゃうんだ。


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