福谷修・此元和津也「こわい童謡」 犬上すくね「ういういdays」5巻

2007年08月09日

桜庭一樹「赤朽葉家の伝説」



赤朽葉家の伝説




 おもしろすぎです。こんなにすごい作品だけれど、惜しくも「吉原手引草」に直木賞を奪われてしまう。
 それでも、本当にこの作品は面白い。

 桜庭一樹の本を読むのは、昨年の夏、「少女七竈と七人の可愛そうな大人」を読んで以来二冊目。
 この「赤朽葉家の伝説」は読もうかどうか迷った末に古本屋で買ったのだけど、これは正解。

 もともと著者は「ファミ通えんため大賞」の出身者で、言わゆるライトノベルがルーツの人だけど、近頃はかつてコバルト作家だった人が直木賞とったり、ラノベ出身の人が重厚な文学っぽいもの書いてそこそこ評価を得たりしていて、この人もまた直木賞候補になったことを考えると例外ではない。
 ラノベ作家だからと言って一概に否定できないなということを感じる反面、それだけにラノベだけでしか生きられない作家もたくさんいるし、ラノベで売れているというだけで過大評価されている作家もたくさんいるような気がする。





 中国山地に住まう「辺境の人」。民俗学者の間では「サンカ」「ノブセ」「サンガイ」などと名づけられた、異郷の風貌を持つ人々は、平地の人々が不慮の死を遂げるとどこからともなく現れて、その骸を処分してくれる。
 今から六十年ほど前、山陰の紅緑村という製鉄で潤う村に、置き去りにされた「辺境の人」の子供。
 たった五歳のその少女万葉はとある若夫婦に拾われ、その愛情を受けてすくすくと育った。文盲にして未来が見える、そんな万葉はやがて、一人の恵比寿顔の中年女と出会う。

 彼女は「上の赤」、つまり紅緑村を実質上支配している「赤朽葉製鉄」の経営者一族、赤朽葉家の泣く子も黙る大奥様、赤朽葉タツだった。
 彼女は、得体の知れないその中年女から逃げ回る万葉を捕まえると優しげな口調でこう言った。「あんた、大きくなったらうちの嫁にきなさい。いいわねぇ?」
 そんな要求通り、後、万葉は赤朽葉家の若旦那、曜司の偶然でたった一度きりの邂逅を経て、結婚することになる。
 どこの人間とも知れない拾われっ子が、製鉄業で財を成している旧家の嫁となる、いわば大玉の輿である。


 そんな曜司との間に生まれたのが、泪と名づけられた見目麗しき男の子。
 しかし、万葉は彼が生まれる時、彼の一生を既に未来視してしまう。彼が苦しい恋をすること、そして若くして逝ってしまうこと、すべて。
 そのため、泪に続けて、毛毬、鞄、孤独と三人の子供を生む時には、それを見ないようにぎゅっと目を瞑っていた。
 そして曜司が妾に産ませた百夜という子供を含めた五人の母親となった万葉は、そのがっちりとした腕で赤朽葉家を盛り立てていく。

 時は過ぎて、長女の毛毬の物語、巨と虚の時代、行動経済成長の円熟期からさらに膨らみバブルとなってはじけた時代。
 丙午生まれの毛毬、見てくれはこのうえない美人だが、どうしようもない荒くれもので、中学生の時代から周りの不良少女を引き連れて、バイクを暴走させていた、いわばレディースの原点的な人。
 製鉄の家に生まれたこともあって、すこぶる鉄の武器と相性がよい。
 彼女はバイクを走らせて、中国山地を越え、広島・岡山まで行き、そこの族どもを征し、支配下に置いた。
 彼女のバイクの後ろには常に親友のチョーコという「かわゆい」女の子が、グループのマスコット的存在として乗っていた。
 チョーコは、毛毬も含めた他の族とは一線を画した、お嬢様的存在で、多感なこの時期だけを不良仲間へと身を投じていた。やがて中学卒業間近になると受験勉強をし、毛毬とは無縁のお嬢様学校へと通うことになる。
 このチョーコがやがて毛毬の人生に大きな楔と転換を与えることになる。

 更に時を経て現在、その娘、赤朽葉瞳子の時代。
 家にいるのは妙な高等遊民、今風に言うニートばかり。

 若い頃、毛毬が華々しく漫画家へと転身した時、彼女に才能を見出すものの、その激務に精神的に病んでしまい、逃げ惑った挙句、赤朽葉家に匿われている元編集者の蘇峰有。
 かつて「上の赤」と並び称された紅緑村のもう一つの名士、「下の黒」黒菱造船のお嬢様で、万葉の友人でもあった黒菱みどり。黒菱家はバブル崩壊の煽りを受けて、とっくに倒産しており、みどりもまた行くところがなく、万葉を頼って赤朽葉家に居候していた。
 そして瞳子自身もまた職なしニート。一旦はコールセンターの仕事につくものの、上司に啖呵切って辞めてしまった。 
 大奥様タツもいない、母毛毬もなく、そして万葉も先ごろ、意味深な言葉を残して死んだ。
 彼氏である多田ユタカとともに万葉が残した意味深な言葉の真相を探って、紅緑村を瞳子は歩く。



 幸せとは何か、山陰の製鉄所によって支えられた山村を舞台に母子三代に継がれる壮大な物語が、活き活きと描きだされている。
 製鉄所を舞台とした「華麗なる一族」みたいな話かと思えば、その後、その一家の中で生きる不良少女の話になり、最後には斜陽となった一族の万葉から連なる一連の時代のミステリーを、三代目の瞳子が追う物語となる。

 この物語はこの万葉の孫娘、瞳子が万葉や毛毬、叔母の鞄や叔父の孤独から聞いた話を元に書いた、ということになっている。




 とにかく、毛毬の物語がすごく熱いのだ。
 チョーコとのくだりとか、レディースでの活躍、その後、少女漫画家としてデビューし、描き尽くすところとか、とても文章自体は流麗なのだけど、その中身にある果敢さというか、勇壮さというか、猛々しさというか、ギャップがありすぎて、その展開は、己が身をドキドキさせてくれる。
 どれくらい熱いかというと、いつもは帰りの電車の中で本を読んでいても途中で眠気に耐えきれず寝てしまうことが多いのに、まったく眠らず没頭してしまったくらい。

 中でもチョーコとの哀しい物語が胸を絵打つのだ。


 

 サムエル・ウルマンは、青春とは人生のある期間を差すのではなく、心の持ち方だと言う。
「ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
 年を重ねただけで人は老いない。
 理想を失うときはじめて老いる」

 受験勉強に追われ、礼儀正しく生きることを躾けられる、そんな無味乾燥な毎日に、中高生の子供たちは、青春が終ってしまったと、時に若くしてニヒリズムに陥る。
 チョーコは夜だけ不良の女になる、外交官になることを理想とし、族を卒業してお嬢様学校に入った。
 でもその理想がまたあまりにもリアリティがありすぎるせいか、彼女は青春を終え、たった十七歳にして暗く老いた情念を持つようになったのかもしれない。
 それが常にその後の毛毬の後の人生に影を落としすぎているのが、あまりにも哀しい。




 これもやはり、抗いがたい力だとか時だとか運命だとか、そういったものに翻弄されながらも、それを理解したうえで強く生きていこうとした女たちの物語。チョーコはそのアンチテーゼとして描かれた人物なのだろう。

babatune06 at 00:25│Comments(0)TrackBack(4) 小説その他 | 桜庭一樹

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