川原礫「ソードアート・オンライン6 ファントム・バレット」森博嗣「キラレ×キラレ」

2013年03月22日

山崎豊子「沈まぬ太陽(二) アフリカ編・下」



 ここのところ、アベノミクスだなんだのという話で各社が競うようにこぞって賃上げを行っている。景気が好転しているのかどうかよくわからないが。
 かつて春闘で争点となっていたベースアップではあるが、現代においてはどちらかというとちゃんと残業代が出ない、休出手当が出ない、休みがもらえない等、以前よりももう1つ根本部分で悪くなっているんではないかなと思ったりする。それでも中小零細企業には組合なんてものは存在しないから労働運動はないし、そんな手間をかけるくらいなら、みんな転職してもっと待遇のいい職を探している。
 それでも待遇の悪いところしか行けない人間は、その待遇の悪さに甘んじて働き続けなくてはいけない。
 場合によっては退社を促すために嫌がらせのような待遇で働かせるような会社もあるとか。

 高度成長期の日本でも、もしかしたら中小零細ではそのようなことがあったのかもしれない。
 しかし、「沈まぬ太陽」は大手航空会社のお話。恩地元は、労働組合の委員長を務めて、その剛腕で組合に勝利をもたらしてきたが、その強気なストのやり方などが経営陣の不興を買うこととなり、テヘラン、カラチ、そして果てはナイロビと、10年近くにわたって僻地勤務に従事することとなる。
 本来、会社の内規では僻地勤務は2年以内と決まっており、10年もなんてのは異例中の異例。
 労働組合もこの措置に、会社の不当人事と訴えるが、会社はそれをあれこれと理由づけて受け容れることはなかった。

 普通なら辞めてしまうところだが、恩地は会社から離れなかった。不当な人事をする会社と戦うため、自分と志を共にしてくれている組合の同志のため。
 会社に頭を下げれば、日本に戻してもいいという会社幹部の言葉にも耳を貸さず、黙々とナイロビでの勤務を続けた。
 会社側の不当な仕打ちに加えて、日本とは異なるお国柄、夫・父とともに暮らせない妻や子供たちの苦悩など、恩地の前には次々と難問が積み上がる。

 この物語にはファンタジーは起きない。常に現実が主人公の前に横たわっている。
 一難去れば、いや、去らずともまた一難。それでも最後には遂に、この長きにわたる不当な僻地勤務は終わりを告げる。
 それはインドで起きた航空事故の事故究明を巡る調査の過程で起きる。
 1972年に起きた数度の災難は、恩地元の不当解雇を当世に知らしめる結果をもたらし、一緒に戦ってきた労働組合の仲間とともに溜飲を下げる結果をもたらすのである。


「若雌が背を低くし、しのび寄りの体勢に入った。風上のバッファローや縞馬は、何も気づかず草を食んでいる。若雌ライオンが草むらの中を猛然と疾走しはじめた。バッファローや縞馬は驚いて、蜘蛛の子を散らすように逃げ出したが、ライオンはバッファローの群の中の1頭に狙いを定めた。病気か、脚に傷を持っている獲物をライオンは見逃さない。背を丸め、弾丸のように突進した。」
 雄大な筆でアフリカの大自然の風景が描かれる。まさに弱肉強食。
 ライオンはバッファローを狩ることに成功するが、駆け寄ってくる仲間のバッファローのツノに追いやられ、渋々退散する。
 草地に産み落とされたシマウマの赤ん坊もまたハイエナによって狙われている。生まれても立ち上がらない子供を元気づけるように舐め、そして近づこうとするハイエナを威嚇する。
 そんな風景に「お父さん、あのハイエナを何とかして追っ払って」という子供たちに、恩地は「人間が、手出しすることは出来ないんだよ」と言う。
 だが、やがて子シマウマはなんとか立ち上がり、母親のお乳を求める。

 弱肉強食ながらも、なんとか戦い生き延びようとする姿が、恩地のものと重なった。
 強いモノに対して、無力ながらに牙を剥いて立ち向かい、自分たちの身を守り続ける。そこには我欲ではなく、大切な何かを守るため、という意思。
 シマウマの場合、それは子供だが、恩地の場合は仲間やプライドといったものだろうか。
 さりげなく挿入された、そんな1エピソードが、この物語の大きな流れの喩えにもなっていると感じる。


 実際、日本航空で現実、不当な勤務をさせられていた1人の社員をモデルにしていると言われる。
 だが、その実態を探ってみると、多々人々に言い分があったり、またドラマとして敵役・悪役として描かれる人物にもまた、役柄として不敵なキャラクターが与えられている。
 例えば、恩地に労働委員長という職を与えた八馬という人物は、あまりにもひどい。
 会社にとって不利益な人間と見られがちな学生運動の過去を封印するように、今後10年は会社実務に精を出そうと決めていた恩地を、無断で後任の労働委員長を指名する。
 固辞するものの聞き入れられず、渋々引き受けた後、御用組合と揶揄された労組を生まれ変わらせるために尽力すると、今度は経営陣の1人となり、その前に立ちはだかり、恩地の行動を遮る側に回る。
 左遷先のカラチに来れば、パーティ中に頭を下げて謝れば日本に戻してやると言い、それがかなえられないと罵倒する。
 こんな描かれ方をしたら、当の八馬のモデルとなった人も、黙ってはいられないだろう。
 それも告発本など真実を書いてあるものでなく、フィクションですと銘打たれた小説だからこそ。

 これに限らず美談として描かれている恩地の物語にもいろいろと裏はありそうだが、そうしたモデルとなった実態はともかく、とにかく1つの物語としてはドラマチックで、自分の知ることのない世界がまた1つ、ここにもあるのだなと感じさせる。
 でも、まだここで終わりじゃない。次は御巣鷹編。まだまだ続きます。

沈まぬ太陽〈2〉アフリカ篇(下)
沈まぬ太陽〈2〉アフリカ篇(下) [単行本]


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