2016年01月21日
あらゐけいいち「日常」10巻
このマンガとの最初の出会いはなんだったんだろう。
表紙に引かれた? いや、どうなんだ、1巻の表紙、かわいい女の子のキャラ(麻衣とみお。ゆっこは隠れてる。と後、モブキャラ)はいるけど、机の上にシカ乗ってるんだぜ? これ、買おうって自分の感覚的にありってするか?
2007年……9年前か……言うほどにそんな前じゃないな。
うーん、なんで買ってしまったんだろう……そしてそこからどうして続けて次の巻も買ったのか。
正直、読んでみてよくわかんなかったんだよ、ネタがシュールすぎて。このマンガの何が面白いのか、よくわからないんだけど。
でも、2巻、3巻と買い続けてとうとう最終巻だよ。今でもまだ謎。
だけども、ちゃんとこの面白さをわかって京都アニメーションがアニメにしてくれたのが、2011年。
神がかってたというしかない。いや、まったくもってネタの内容は変わってないんだけど、これがなぜかすごく面白かった。
世の人からは半分ほど受け容れられてなかったけれど、とにかく面白かった。
コミックでは全然、笑わなかったネタにずーっと腹抱えて笑ってしまったネタもあった。(切れないカボチャネタだ)
何がそんなに面白かったのか、コミックで読み返してもわからない。そしてアニメも録画してたわけではないので、何が面白かったのかも今となってはわからない。
とにかく、笑えた。間とか、テンポとか、台詞の言い方とか、BGMの使い方とか、そうしたものが相乗的に笑いにつながったのか。
そんな感じで最終巻なのである。
最初はよくわかんなかった。登場人物もエピソードによってコロコロ代わるし、その人が前の人とどういう関係かもよくわからないし、やってることも超展開すぎて唖然とさせられることのほうが多い。
でも、繰り返し読んでると色んなことが見えてくる。
背景の細かい書き込みが、他のエピソードとつながったり、ちょっとした台詞の中の言葉とか名前とかが、他の登場人物と関連があったり、意味がなさそうなものに、意味を持たせて、世界全体をリンクさせているのだ。
そして、この超展開なシュールなギャグも、繰り返し読むとだんだんクセになってくる。
日常を延々と買い続けた理由はそこにある。
それをうまく言葉にすることは難しい。そこに明確な面白さはないのかもしれない。なんせ「日常」なのだから。
面白みもない毎日、昨日と変わらない当たり前の風景が「日常」。そんな「日常」の些細な風景がそこにある。
「日常」だからこそ、昨日と違う何かを求めてしまう。ちょっと突拍子のないことを考えてしまう。わけのわからないことをしてしまう。だからこその「日常」なのかも。
やがて「日常」を重ねた世界は未来になる。
時が流れて、みんな少し大人になって。みおは漫画家(BL?)、麻衣はびっくりなことに保育園の先生に、そしてゆっこはなんだか外国に行ってるのか、遠いところへ行っているもよう。博士は女子高生に、なのはロボなのでなののまま。そんな皆が集まって、高校時代に埋めたタイムカプセルを掘り起こそうとするが……。
……って誰だ、このターバン巻いたインドの王子様みたいなの! ってたぶん、これ、ゆっこだ。
ゆっこに何があったんだ!?と物議を醸したまま日常は終わる。
ナゾ過ぎるぜ、日常。でもそれでこその日常。
ボケるゆっこ、さらにボケ倒す麻衣、とことんまでいじられるみおという全体の3人の図式は最後まで変わらないのだけど、なんかちょっとみおのいじられ方とそのリアクションは当初よりもエスカレートしている。
どんどん可愛らしさがなくなっていく……(笑)。それに比して麻衣がどんどん可愛くなっていくという……。
こうしたキャラの描き方もこの作品の魅力だったのかもしれない、とそう思うのである。
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1. 今日までの買い物 色々 [ No3spot ] 2016年01月21日 19:21
クリスマスボケで散財した訳では無いが、この時期は欲求が強くてイケない。…いずれに