2016年11月04日

庵田定夏「ココロコネクト ヒトランダム」



 文章が下手で、表現力の乏しい小説っていうのは、やはり面白くないのである。
 小説書けないなら、脚本家になればと思うライトノベル作家が多数。脚本家は脚本家なりに重要な表現力や物語の構成力が必要だけれども。
 設定だけはふんだんに盛り込んであるのに、文章力の欠如のせいでさっぱり小説として楽しめず、それだけがストレスに。
 やはり、小説っていうやつは文章力がカギだと思うわけだが。

 私立山星高校の文化研究部に所属する5人、男子2人と女子3人。
 さしたる目的もなく、ただ皆、ちょっとばかり他の生徒たちと違うメンタリティを抱えていたばかりに、本来なんらかの部活に所属しなければならないというこの高校の事情からあぶれ てしまい、体裁を整えるためだけに集められて、作られた文化研究部。
 そんなわけで目的はないが、部活動という面目を保つために、当面は学内のネタを集めてちょっとした新聞を作っていた。
 そんな5人のうち、チャラ目な男子、青木義文とカワイイもの好きだけど空手の実力者の桐山唯の体と心が突然、入れ替わってしまうのだ。
 だが、それも数分のことだけ。終わってしまった後、これは夢だと言い張る唯、事実だと言う青木。
 信じられない残りの3人だが、やがて、残りの八重樫太一、稲葉姫子、長瀬伊織も巻き込んで、入れ替わりが起きることになる。
 それはいつ、どんな時に誰と入れ替わるかは常にアトランダム。
 入れ替わりで混乱している文研部の前に姿を現すのは、顧 問である後藤龍善の体を借りて現れる「ふうせんかずら」を名乗る人物だった。
「立場で言えば『皆さんを観察する存在』みたいな感じで」「ランダム人格入れ替わり状態である皆さんを、僕が観察する……ただそれだけの話です」
 つまり、このふうせんかずらこそが、この事件の首謀者であった。
 人格入れ替わりは徐々に、彼らの本性を暴き始め、彼らの関係の歯車を狂わせていくことになるのである。

 ……なんて、本当ならこのお話、もっとドロドロの修羅場展開になってもおかしくないよなぁと感じる。みんなある程度、小説的都合による聖人だからこそ、青春の葛藤とその解決のさわやかな物語になっているんだと思う。
 男が女になるんだよ? そんなんもう、もっとヤバめなこと になると思うよ。いや、確かにトイレに行くことに悩んでみたり、入れ替わって早々、伊織と入れ替わった太一が自分の胸もんだりしているけれど。
 太一がラノベによくある無欲でストイックな主人公なせいで、互いが互いの体に変なことをしないという制約を固く守り、さらにそんな人たちを信頼するという関係性。ないよね、ないない、と思う。
 いや、そういう「生来、人は悪」的なものを覆すところに本作の意義ではあるが。

 文章表現力はすこぶる高い。小難しい比喩とか、凝った設定とかはまるでないのだが、テンポのいい文章はわかりやすいし、表現力もまた上手い。
 心と体が入れ替わるという物語のコンセプトは、確かによくある。「おれがあいつでおいつがおれで」を原作とす る「転校生」を核として、近頃、爆発的ヒットをしている「君の名は。」もまたその一種。使い古された手ではあるが、あえて、そのベタさで人間関係の変化を描くというのは1つの面白みだと思った。
 ラスボスが高次元的存在であり、ただの高校生が戦うにはちょっと太刀打ちできずに終わるというのは少しカタルシスに足らない気がした。
 やっぱり、そんなどうやっても手を出せない相手を、徹底的に打ちのめすっていう場面がないとちょっと物足りないかなと思わないでもないが、こういう展開もまたこの物語の独自性を生んでいる気もした。
 巻を重ねるうちにラスボス「ふうせんかずら」にその鉄槌が届く、あるいはその黒幕が出てきて叩きのめされるみたいな展開なんだろうか。
 これは 続きを読んでみてもいいかなと思った。

babatune06 at 00:00│Comments(0)TrackBack(0)小説その他 

トラックバックURL

コメントする

名前
URL
 
  絵文字