2012年06月26日
セグウェイチックな車椅子 in salon autonomic Paris 2012 --- on 2011/03/11
某准の派遣先の研究室には,某TH大で修士まで取って就職し,その後フランスと日本と両方の博士課程に在籍しているイラン人の女性がいるのだが(母国語,英語,フランス語,日本語どれも流暢.日本語での口癖は「マジで!?」),彼女いわく,この前のautonomic Paris 2012で目新しかったのは前回紹介したマニピュレータと,↓のセグウェイチックな車椅子だそうな.他は2年前と同じだってさ.何か切ない.

そして「きゃない ていくあ ぴくちゃー,おーけー?」というたどたどしい私の英語に「もちろんだよ!!」とポーズを取ってくれたおじさま,ごめん,そんなに動かれたらピントがずれちゃったよ・・・.
両手が空く,っていうのは車椅子使用者において,作業する上でも何する上でも非常に有利な点だと思うんだけど,電動車椅子でもまだまだジョイスティックの方が主流なのは,意図しない動作を防ぐためだろうな.
ついでに,階段昇降車椅子ならぬ,昇降してくれる階段.
エレベータでいいような気もするが,よくない場合もあるのだろう,うん.そして「モータ何個使っているの?」という某准の問いに「5個だ」と.「いや5個は多いだろう,あれで2個ぐらいでうまくできればまだありなのに」「何かうまく機構を考えればせいぜい2個くらいで行けそうですよね」と,某准とぼそぼそ.
ちなみに,私が興味の赴くままにあちこちフラフラしながらじっと見て回ってて,ブースの人も見るからに東洋人の小ぢんまりとした私に説明すべきかどうか迷っていて,その沈黙に耐えられなかった某准があれこれ英語で質問する羽目になっていたけど,まあ良いとしよう(後で「ずっと君から『He has a question.』ってプレッシャーをかけられている気がした」と苦情を述べられたが).
そして最近,↓のような雰囲気のちょっと可愛い系の洋服が好きで着ているんですよ.当然モデルさんのように可愛くはないわけだけれども.

で,autonomic Paris 2012でも似た感じの雰囲気の洋服で行ったら,ビラ配っていた学生バイトっぽい女の子に「Your style is ダイスキデス」と言われ,てへっ,と大変ご満悦な私に対して某准が一言.
「どう考えても君より10歳は若い子だよね〜,そんな子に褒められて嬉しいの?」
・・・年齢は関係ないのです,年齢は.
以下はまたまた前回同様,チラシの裏に書くような殴り書きです-----

そして「きゃない ていくあ ぴくちゃー,おーけー?」というたどたどしい私の英語に「もちろんだよ!!」とポーズを取ってくれたおじさま,ごめん,そんなに動かれたらピントがずれちゃったよ・・・.
両手が空く,っていうのは車椅子使用者において,作業する上でも何する上でも非常に有利な点だと思うんだけど,電動車椅子でもまだまだジョイスティックの方が主流なのは,意図しない動作を防ぐためだろうな.
ついでに,階段昇降車椅子ならぬ,昇降してくれる階段.
エレベータでいいような気もするが,よくない場合もあるのだろう,うん.そして「モータ何個使っているの?」という某准の問いに「5個だ」と.「いや5個は多いだろう,あれで2個ぐらいでうまくできればまだありなのに」「何かうまく機構を考えればせいぜい2個くらいで行けそうですよね」と,某准とぼそぼそ.
ちなみに,私が興味の赴くままにあちこちフラフラしながらじっと見て回ってて,ブースの人も見るからに東洋人の小ぢんまりとした私に説明すべきかどうか迷っていて,その沈黙に耐えられなかった某准があれこれ英語で質問する羽目になっていたけど,まあ良いとしよう(後で「ずっと君から『He has a question.』ってプレッシャーをかけられている気がした」と苦情を述べられたが).
そして最近,↓のような雰囲気のちょっと可愛い系の洋服が好きで着ているんですよ.当然モデルさんのように可愛くはないわけだけれども.
で,autonomic Paris 2012でも似た感じの雰囲気の洋服で行ったら,ビラ配っていた学生バイトっぽい女の子に「Your style is ダイスキデス」と言われ,てへっ,と大変ご満悦な私に対して某准が一言.
「どう考えても君より10歳は若い子だよね〜,そんな子に褒められて嬉しいの?」
・・・年齢は関係ないのです,年齢は.
以下はまたまた前回同様,チラシの裏に書くような殴り書きです-----
明けて2011年3月11日の朝,某准を最寄り駅まで送り,後は布団にこもっていた午前中.午後一で会議から帰ってきた某准と一緒に,近所の心療内科に行ったのです.住宅地の片隅に,一般の住宅をそのまま使ったような平屋建てのその医院.で,14時からの予約のはずが,待合室は結構な混雑具合.
こりゃ1時間以上は待たされるなぁ…,と,ただでさえ他人がたくさんいるところが怖いのに,さらにげんなりしながら待つこと1時間弱.それはカタカタ,コトコトという小さな音から振動,そして大きな揺れへと変化していったのです.誰か女性の声で「玄関開けて,外に出て!!」と言われ,慌てて靴をつっかけて外に出たら,立っているのが怖いと感じるほど,数年間を東北で過ごし,震度4なんぞは慣れっこの私ですらアスファルトに手をついてかがみこんでしまうほどの揺れ.視界に入るブロック塀や電信柱が今にも倒れんばかりにゆさゆさと揺れ,そのうち電信柱が数本倒れていきました.
そう,まさか,あの東日本大震災に,私は心療内科の待合室で遭遇したのです.
ある程度,揺れが収まったところで,他の患者さんと一緒に待合室に戻ったのですが,続く震度3〜4程度の余震.そして携帯で情報を調べたところ,震源地は某准のホームグラウンドであり実家であるところの宮城県.なかなかつながらないワンセグでとぎれとぎれの情報を見ながら,某准は何度か屋外へ出て実家へと携帯電話で連絡を試みるも繋がらず.そして待合室に駆け込んできた白衣の女性.受付件看護婦さんにこう言います.
「そこの銭湯の煙突が倒れてボイラーが爆発して火事になって,うちの薬局も停電で立ち入り禁止なのよー」
どうやらここの心療内科の最寄りの薬局の薬剤師さん,・・・っていうかそこの銭湯って,100メートルも離れていないような気がしないようなするような.言われてみれば開けっ放しの玄関からきな臭い匂いが漂ってきているし・・・.え?あ?う?とか思ってもうおろおろしていたら,「○○さーん,診察室へどうぞー」って,え,診察普通に続けるのかい!?某准は情報収集と家族&学生さんの安否確認が優先なので,私だけ診察室に入ると,そこにはどこかをすでに引退したような風情のおじいちゃん先生.そして診察中も余震.
しかし私も腐っても研究者,これまでの症状と発生時期を前日の内にきちんとメモして整理して,面接,否,問診への対策は万端だったはずでした.余震で崩れそうな本棚を時たま先生が押さえつつ,念のためにと看護婦さんが開けた裏口からきな臭い匂いばかりか煤まで入ってくる中,一通り症状を説明したのです.そうしたら何かカルテに書き込んでいた先生,ふとこんな質問をしてきたのです.
「へー,○○大学に勤めている研究者なんだ,博士なの?」
「はい,一応」
「博士論文のタイトルは?」
「!?」
「自分で書いたんだから答えられるでしょ?」
ああ書いたさ,英語で何百ページも書いたさ,そして製本してから最初のページにスペルミスを見つけて封印した黒歴史だよ.・・・あまりにも想定外の質問に,これまでの学会での質疑応答でもなかったような頭真っ白状態になってしまった私.研究畑の皆さん,万が一心療内科にかかることになったらD論のタイトルを聞かれるかもしれないので心しておきましょう.それでもたどたどしく自分の研究内容と最近の研究成果を喋らされる私,それに対して「そういえば△先生って人が猿の行動原理について研究していてねー,知ってる?」とのんきな先生.「いや,不勉強で存じ上げませんが,どういう研究なのでしょうか?」と合わせてしまう自分が憎い.
一通り△先生の研究を拝聴し,その後も,「××って薬,何だったっけ?君,この本で調べてみてくれない?最近,小さい文字読むの辛くてさ」と,薬大事典的な本を渡されて調べて読み上げてみたりした後,「じゃあとりあえず一応脈拍くらい測っておく?」と,人差し指の先に洗濯バサミのようなものを取り付けられる私.「机の上に手を置いてじっとしててねー」というのだけれども,それでも続く余震.
「あー,やっぱりエラーになったかー,駄目だねー」
「はぁ(いや,自明だろ!)」
何かおかしい,宮城が震源で震度7(これは比較的早く情報が入った)という,こんな大きい地震が起こって,ただでさえ参っている上に気が気でない(This tree is not a tree)上に,余震が続いて本が倒れそうだし看護婦さんは家族の安否のためにあちこち電話かけているし,裏口から診察室に入ってくる煙&煤は勢いを増している,なのに何で私はここでD論のタイトルが答えられなくて猿の行動原理についてお話を伺っているのだろう,何かおかしい.
「で,職場休めるの?」
「あ,診断書をいただければ・・・」
「じゃあとりあえず,2ヶ月くらいにしておくかー」
と,私の目の前で「病名:鬱病,2ヶ月の自宅療養を必要とする」と手書きで診断書を書く先生.いいのか,それは患者の前でやっていいものなのか.小一時間問い詰めたかったが,その元気がないのと,それをやると待合室で待っている他の患者さんの迷惑になると思って自重.分かったよ,あんなに診察室が混んでいた理由が・・・.
こうして,何とか診断書と処方箋をもぎ取って,最寄りの薬局は未だ立ち入り禁止区間だったために,アパート最寄りの薬局に処方箋を持っていくことに.この時点で某准の家族とはまだ連絡がついていなかったけれども,何となく地震に慣れた東北民として,そこまでの深刻性をまだ感じていなかった気がする.薬局に行く途中の道々で看板が落ちたり電信柱が傾いたりしていたけど,いつもよりも大きな地震だったな,というくらいの感覚.
だから,薬局にあったテレビに,津波の映像が映し出されていたのを見たときは,何か違う世界のモノを見ているような感覚だった.仙台空港や名取周辺,たまにお出かけしていた場所が,何かもう,何が起こっているのかすら理解できない状況となってテレビに映し出されていた.某准はそれを見て携帯電話から公衆電話に通信手段を切り替えて連絡を試みるもうまくいかず,私は処方を待つ間,ただ茫然とテレビの映像を見ていた.
その後,断水という噂が流れたので水を買いにコンビニに行ったら,すでに水や非常食になりそうなものは売り切れていた.その途中で昨日飲みに行った居酒屋さんの前を通って,女将&若女将と「大変でしたねぇ」と言葉を交わす,ボトルが全滅したそうな.昨日,あんなのどかに飲んでいたとは思えない.とりあえずスーパーマーケットに行き,すぐに食べられそうなもの(やっぱり水はなかったけど)を買ってアパートに戻ったら,まあ食器棚のグラスは全滅状態で本棚の本はすべて落ち,部屋の壁にはひびが入っていた.まあ,私より年上の古いアパートだったしなぁ.崩れてなかっただけよかったとしよう.黙々と片付けて,そこで力尽きる.
夜半に,某准の実家とは連絡が取れて全員無事であることが確認できた.90歳近いお祖母ちゃんが,40型くらいのテレビを支えて死守したらしい(テレビとお互いに支え合うことで難を逃れたのでは,という気もしないでもない).そしてtwitterが某准の研究室の学生さんの安否確認に役立った.
その夜はテレビをつけたまま,洋服も着たまま横になった.カタカタと窓を揺らす余震と,急に,でも頻繁にテレビから発せられる緊急地震速報のアラーム音が,ただただ怖かった.
こりゃ1時間以上は待たされるなぁ…,と,ただでさえ他人がたくさんいるところが怖いのに,さらにげんなりしながら待つこと1時間弱.それはカタカタ,コトコトという小さな音から振動,そして大きな揺れへと変化していったのです.誰か女性の声で「玄関開けて,外に出て!!」と言われ,慌てて靴をつっかけて外に出たら,立っているのが怖いと感じるほど,数年間を東北で過ごし,震度4なんぞは慣れっこの私ですらアスファルトに手をついてかがみこんでしまうほどの揺れ.視界に入るブロック塀や電信柱が今にも倒れんばかりにゆさゆさと揺れ,そのうち電信柱が数本倒れていきました.
そう,まさか,あの東日本大震災に,私は心療内科の待合室で遭遇したのです.
ある程度,揺れが収まったところで,他の患者さんと一緒に待合室に戻ったのですが,続く震度3〜4程度の余震.そして携帯で情報を調べたところ,震源地は某准のホームグラウンドであり実家であるところの宮城県.なかなかつながらないワンセグでとぎれとぎれの情報を見ながら,某准は何度か屋外へ出て実家へと携帯電話で連絡を試みるも繋がらず.そして待合室に駆け込んできた白衣の女性.受付件看護婦さんにこう言います.
「そこの銭湯の煙突が倒れてボイラーが爆発して火事になって,うちの薬局も停電で立ち入り禁止なのよー」
どうやらここの心療内科の最寄りの薬局の薬剤師さん,・・・っていうかそこの銭湯って,100メートルも離れていないような気がしないようなするような.言われてみれば開けっ放しの玄関からきな臭い匂いが漂ってきているし・・・.え?あ?う?とか思ってもうおろおろしていたら,「○○さーん,診察室へどうぞー」って,え,診察普通に続けるのかい!?某准は情報収集と家族&学生さんの安否確認が優先なので,私だけ診察室に入ると,そこにはどこかをすでに引退したような風情のおじいちゃん先生.そして診察中も余震.
しかし私も腐っても研究者,これまでの症状と発生時期を前日の内にきちんとメモして整理して,面接,否,問診への対策は万端だったはずでした.余震で崩れそうな本棚を時たま先生が押さえつつ,念のためにと看護婦さんが開けた裏口からきな臭い匂いばかりか煤まで入ってくる中,一通り症状を説明したのです.そうしたら何かカルテに書き込んでいた先生,ふとこんな質問をしてきたのです.
「へー,○○大学に勤めている研究者なんだ,博士なの?」
「はい,一応」
「博士論文のタイトルは?」
「!?」
「自分で書いたんだから答えられるでしょ?」
ああ書いたさ,英語で何百ページも書いたさ,そして製本してから最初のページにスペルミスを見つけて封印した黒歴史だよ.・・・あまりにも想定外の質問に,これまでの学会での質疑応答でもなかったような頭真っ白状態になってしまった私.研究畑の皆さん,万が一心療内科にかかることになったらD論のタイトルを聞かれるかもしれないので心しておきましょう.それでもたどたどしく自分の研究内容と最近の研究成果を喋らされる私,それに対して「そういえば△先生って人が猿の行動原理について研究していてねー,知ってる?」とのんきな先生.「いや,不勉強で存じ上げませんが,どういう研究なのでしょうか?」と合わせてしまう自分が憎い.
一通り△先生の研究を拝聴し,その後も,「××って薬,何だったっけ?君,この本で調べてみてくれない?最近,小さい文字読むの辛くてさ」と,薬大事典的な本を渡されて調べて読み上げてみたりした後,「じゃあとりあえず一応脈拍くらい測っておく?」と,人差し指の先に洗濯バサミのようなものを取り付けられる私.「机の上に手を置いてじっとしててねー」というのだけれども,それでも続く余震.
「あー,やっぱりエラーになったかー,駄目だねー」
「はぁ(いや,自明だろ!)」
何かおかしい,宮城が震源で震度7(これは比較的早く情報が入った)という,こんな大きい地震が起こって,ただでさえ参っている上に気が気でない(This tree is not a tree)上に,余震が続いて本が倒れそうだし看護婦さんは家族の安否のためにあちこち電話かけているし,裏口から診察室に入ってくる煙&煤は勢いを増している,なのに何で私はここでD論のタイトルが答えられなくて猿の行動原理についてお話を伺っているのだろう,何かおかしい.
「で,職場休めるの?」
「あ,診断書をいただければ・・・」
「じゃあとりあえず,2ヶ月くらいにしておくかー」
と,私の目の前で「病名:鬱病,2ヶ月の自宅療養を必要とする」と手書きで診断書を書く先生.いいのか,それは患者の前でやっていいものなのか.小一時間問い詰めたかったが,その元気がないのと,それをやると待合室で待っている他の患者さんの迷惑になると思って自重.分かったよ,あんなに診察室が混んでいた理由が・・・.
こうして,何とか診断書と処方箋をもぎ取って,最寄りの薬局は未だ立ち入り禁止区間だったために,アパート最寄りの薬局に処方箋を持っていくことに.この時点で某准の家族とはまだ連絡がついていなかったけれども,何となく地震に慣れた東北民として,そこまでの深刻性をまだ感じていなかった気がする.薬局に行く途中の道々で看板が落ちたり電信柱が傾いたりしていたけど,いつもよりも大きな地震だったな,というくらいの感覚.
だから,薬局にあったテレビに,津波の映像が映し出されていたのを見たときは,何か違う世界のモノを見ているような感覚だった.仙台空港や名取周辺,たまにお出かけしていた場所が,何かもう,何が起こっているのかすら理解できない状況となってテレビに映し出されていた.某准はそれを見て携帯電話から公衆電話に通信手段を切り替えて連絡を試みるもうまくいかず,私は処方を待つ間,ただ茫然とテレビの映像を見ていた.
その後,断水という噂が流れたので水を買いにコンビニに行ったら,すでに水や非常食になりそうなものは売り切れていた.その途中で昨日飲みに行った居酒屋さんの前を通って,女将&若女将と「大変でしたねぇ」と言葉を交わす,ボトルが全滅したそうな.昨日,あんなのどかに飲んでいたとは思えない.とりあえずスーパーマーケットに行き,すぐに食べられそうなもの(やっぱり水はなかったけど)を買ってアパートに戻ったら,まあ食器棚のグラスは全滅状態で本棚の本はすべて落ち,部屋の壁にはひびが入っていた.まあ,私より年上の古いアパートだったしなぁ.崩れてなかっただけよかったとしよう.黙々と片付けて,そこで力尽きる.
夜半に,某准の実家とは連絡が取れて全員無事であることが確認できた.90歳近いお祖母ちゃんが,40型くらいのテレビを支えて死守したらしい(テレビとお互いに支え合うことで難を逃れたのでは,という気もしないでもない).そしてtwitterが某准の研究室の学生さんの安否確認に役立った.
その夜はテレビをつけたまま,洋服も着たまま横になった.カタカタと窓を揺らす余震と,急に,でも頻繁にテレビから発せられる緊急地震速報のアラーム音が,ただただ怖かった.
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1. 車椅子 最新情報 - 知識陣 (健康 介護) [ 知識陣 健康 ] 2012年06月26日 05:42
車椅子 に関する最新情報
この記事へのコメント
1. Posted by Zak 2012年06月26日 01:22
なんともまた不思議な場所で震災にあわれたのですね。あの「突然自分が知っている場所が破壊される」って感覚は、ヲイラの中にもまだ今でも残っていて、燻ったままですわ。なもんで、少なくともそこだけは、他の人よりも共感できる気がします。
でもほんと、無事で良かったっすよ。生きていれば、なんとかなるって、心底そう思います。
でもほんと、無事で良かったっすよ。生きていれば、なんとかなるって、心底そう思います。

