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三鷹市下連雀に住んでさっそく一年経った。アパートの庭には木が植えてあって、部屋に木漏れ日が差し込んでくるのが気持ちよくて、晴れた日が特段好きになった。かなり古い物件であったため、夏の台風上陸の折には部屋中にカビが生えて苦しんだ。服や鞄や靴にもびっしり生えた。そもそも掃除好きではあるので、しばらくは一所懸命カビ殺しに勤しんだ。冬は隙間風と床冷えで寒く、冷え性も酷いので、重ね着しまくって、貰い物の黄色い毛糸で手編みされた靴下を履いて、数ある暖房グッズと、文明の利器であるエアーコンディショナーをフル活用しながら過ごす。しかし、エアーコンディショナーはどんな仕組みで出来てるんやろうか、未だに知らん。室外機が温度調節するんか、それとも、本体がお利口さんなんやろかしら。お金さえあれば、たくさん便利な物を買えるんやなと、稼働しているエアーコンディショナーをぼんやり眺めながらしみじみ思う。利便性を買うと云う事は、時間を買う事に繋がる、事がある。賢く生きる事は立派だとは思うが、それがいつでも面白味や充実に繋がるとは限らない。かっこいいかどうかとか、面白いかどうかとか、そういうのが大切だ。人間生活に於いて、そして僕にとって。

憂鬱で脳が凝ってしまったらサウナに行けよ、運動せえよとよく言ってるけど、まあそれだけじゃ上手くいかない時もたくさんあるよね。とにかく生きていてほしい。死んだあとの事は、本当によくわからない。想像もつかない。生きていてほしい。僕も生きたい。友達の子供には、無事産まれてきてほしいと思う。大好きなお笑い芸人の明石家さんまが「生きてるだけで丸儲け」って言ってる。出来るだけ面白おかしく生きたい。ここ何年かで、良いときがあるから悪いときがあって、悪いときがあるから良いときがあるんやと思うようになって、つまり表裏一体で両方同じ事なんかなって思う。良い時を楽しむのは簡単やけど、悪い時を楽しむのは難しい。でも、きっと、悪い時も沢山工夫すれば楽しめるんじゃないかな。悲しい人なんて居ない悲しい夜があるだけ、って最近作った曲で歌ってるけど、ほんまにそうやと思うねんな。とにかく生きてさえいれば。

僕には、生まれてきた事自体申し訳なく思う時がある。「君の人生を全肯定したい」と伝えてくれる人に出会った事がある。元気な親もいる。幸せなことだ。どうにか生きていこうと思うし、まだ音楽をやってみようと思う。流れる時間の瞬間瞬間に挑み続け、生命を輝かせるしかない。数ある山々をふざけまくりながら登ったり下りたりしていく。

今住んでる街をとても気に入ってはいるが、僕はいつかこの街でひっそり人生を終えるのかと考えてみると、あまり想像つかない。まだ何か、生命がとびきりの輝きを放つような、そんな行動や巡り合いがきっと出来る。カレー臭いあの部屋でこさえた歌たちを、機会さえあればどうぞ聴いてやってみてください。僕は本当に頭が悪い。理解出来ない事柄が多過ぎる。そんな理解出来ない事柄にも、本当は最大限の尊敬を以って接したい。

これを読む君、憧れのあなた、通り過ぎる人、どう感じますか。人って本当にそんなに孤独なものなのか。永遠に誰かと分かり合える事は無いのか。きっとそんなはずは無い。

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