なんでこんなもの作ったんやろう。そう思い悩む夜もある。でも大体のことは寝たら忘れる。僕の悩みなんて大体ちっぽけなもんなんやろう。ただそれは、なぜ作ったか、結局思い出せないってことでもある。あほである。
あの時とても情熱的だった気がする。僕には仲間がいるんやなと、はっきりと手応えを感じたように思う。

ああ、ちょっと思い出した、せや、恩返ししたかったんや。いつからか、いただいた恩を返し続けるだけでも、人生の時間が足りないくらいに思えるようになった。なにがやりたいとか、どう立っていたいとか、もはや無限の宇宙の彼方、ダークマターと同質みたいになって、自分ではもう理解し把握することすら出来ない。自分のことなのに、変にお思いだろうが、事実そうなんです。僕にとって生きるとは、この数年間はずっとそうだ。これから当分の間もそうだろう。どうにかして、感謝を伝えたい。未だに上手くできない。

出会った人たちは、みんな僕を応援してくれた。変な言い方やな。人生の中で、応援してくれる人や、信じてくれる人が、幾人か現れた。まあこの方が近いな。僕の作ったものが、輝いて、おばけ鳥みたいなんに乗って高次元へ到達できた時、心から喜んでくれるだろう人たちや、安堵してくれる、そんな人たちがいる。簡単に云うと、僕の音楽で彼ら彼女ら、まだ見知らぬ君、みんなが楽しんでくれたら、ってことで、そんで、もしそうなったら、それは「生きててよかった」って思うと思う。

感情はとてもかけがえのないものだと思っていて、どこからともなく湧き上がってくる。そしてそれは知らない間に消えてしまったりもする。そんな泡のような煌めきと儚さが好きだ。喜びも悲しみも、好きになってしまった。喜んでる時の方が楽しいけど。でもなんというか、どちらも「生きてる」って感じがする。悲しいことはあっても、悲しい人なんてのはどこにも居ない。ところで、東京は悲しい街だ。住んでみて思った。LIVE at SORROW TOKIOだ。合理的なものばかりが重要視されて、無駄や遊びは忌み嫌われ、面倒臭がられる。人と人も、沢山居るので、代わりも居るし、必要な部分でしか関わり合わない。でもね、東京の孤独に気付いてる人、実は多い。というか、東京は、人が元来それぞれ抱えてる孤独というものを、ありありと浮き彫りにさせる。だから孤独について以前よりも考えるようになった。みんな悲しんでるけど、抱えきれなくなりそうになってる。だから自分で脳を麻痺させて生きてる。思ったことを言わない、行動に移さない、ってのは、不健康だ。生きてないよ。悲しい人なんて居ないから、変に思い悩まないで欲しい。きっとそのままで大丈夫なように、ちゃんと産まれてきてる。問題は環境だ。

僕は、出来る人より、出来ない人の方が好き。理由はあんまりわかってない。心から大切にしたい人が居る。伝えたい事があるとき、僕は歌を作って歌う。今回の曲たちは全てそういう曲だ。根底にあるのは、思ったことを言うたらええよ、好きなようにやろうや、ということばかりだ。そしてみんなの世界それぞれがそういう世界に段々となっていけばいいのにと願っている。でもそれは無秩序でいようということじゃない。多分人は一人では生きられない。他者が存在する生活を送ろう。生きるってなんて騒がしいんやろうと思うけど、静かで安心出来る場所もある。きっと真実は美しいものであってほしい。

今まで出会ってくれた沢山の人達に感謝でいっぱいです。その人たちが、何もないからっぽの僕の代わりになって、この「GAIA」というアルバムを作ってくれた。タイトルは、何か「大きなもの」ってなんやろうと宗藤くんと話してたとき、彼が思いつきで言うたそれを僕が拾ってつけたタイトルで、それ以上意味は無かったように思う。確か。寝たから忘れた。でも、今もぼんやりと、「大きなもの」って、なんかすっごいなあって思う。「確か」な感じがする。

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