January 28, 2007
移転します。
amabaに移転します。
ヨロシク。
http://ameblo.jp/yakisobadaisuki1018/
ヨロシク。
http://ameblo.jp/yakisobadaisuki1018/
January 22, 2007
いつだってキミはそうなんだ〜
音タイムというハナレグミのある曲の歌詞を聞いているうちに、
というよりも先人達の話を聞いているうちに、
一瞬の間に切り替えがすんでしまいました。
不思議な気持ちです。ここ2日間は眠れなかったり、
起きちゃったりで、睡眠時間は短いのに深くて安心する眠りでした。
そうそう。彼女の日記を読んだら、これもまたとても不思議な気持ちでした。
「おい、おい!」って・・・。
でもそれは、うれしさから来る照れ心なんですけどね。。。
表現が苦手で最後にどうすれば伝わるか非常に悩んでいた
「想い」は、おそらく伝わったのでしょう。
それがとてもうれしくて、今年初めて悔しくない涙が朝方に流れました。
フフフ。。
オレらはちょっと背伸びをして頑張りすぎていました。
オレは「男は頼れるものじゃなきゃいかん!」という
周囲のプレッシャーに無駄に気を使っていました。
彼女の「自分で決める」という今年の目標も、
オレの最近よく口にしてしまう「強くなりたい」という言葉も。
なんだか、オレらにとってはスカスカで、苦しさだけを
もたらす言葉のように、今になれば思えます。
自分にできないことを相手に求めたり、
相手に出来ないことを無理に自分に求めたり、
恥ずかしいぐらいのスカスカ感です。
気持ちに余裕がないって大変なことです。
街にでるよりも海や山に出たいです。
楽しくて刺激的なこともたくさんしたいけど、
家の中で快適に過ごすのも、たくさん買い物をするのも楽しいけれど、
季節を感じながら、落ち着いて時間の流れをゆっくり感じれることを
もっとたくさんしたいです。
多分、彼女にここ数ヶ月で一番楽しかった時を過ごした時間を尋ねると、
オレと同じことを答える気がします。
それがオレらにとっての居場所だから。
January 21, 2007
『それでもボクはやっていない』を観ました
『それでもボクはやっていない』 86点映画や本について書くのは久しぶりな気がします。
観たい映画が多くて、どれを観にいくか、
いつ観に行くか、誰と観に行くか、
非常に悩んだのですが、いってきました
『それでもボクはやっていない』@アミューズCQN。
監督は竹中直人の独特な演技で注目を浴びた
『シコ踏んじゃった』『Shall we dance?』の周防正行監督。
内容も何かと話題になっている痴漢冤罪裁判を
取り上げているということで、期待値はかなり高いです。
ストーリーは、痴漢の現行犯逮捕で留置されることになった主人公、
痴漢裁判の難しさを理解しながらも、無罪の主張を続け裁判を起こす。
傲慢な警察官、ずさんな捜査をする検事、有罪を前提とした質疑の裁判官。
日本の裁判では事件が起訴された場合、
99.9%の事件は有罪判定の裁決が下るという。
捜査の過程での証拠は基本的には検事側が持ち、
有罪を証明するために不利な証拠はもちださない。
裁判官は法廷でならべられた「事実」を基に、
有罪でない確率をなくす方法を導く。
よく日本の裁判はこんあ言葉で評されるだろう。
『疑わしきは罰せよ!』
このメッセージ性の高い映画。
主人公は最後にこうかたる。(うろ覚え&要約的な部分はご容赦を・・)
「それでもボクは心のどこかで、裁判官を信じていた。
無駄だと思いながら。
日本の法廷は真実を暴くための場所ではない。
事実認定をもとに有罪・無罪を裁判官が見極めるための場所だ。
この場所で真実を知っているものがただ一人だけいる。
そのただ一人は被告であるボク自身だ。」
人は疑われても疑われても、約束を破られても破られても、
嫌われても嫌われても、心のどこかで目の前の人の、
良識を、自分を信じてくれることを、自分の言葉を信じてくれることを、
自分の気持ちが伝わることを信じている。
なぜなら自分が信じないと、相手が信じてくれるわけがないから。
そんなことを思い浮かべながら、不覚にも涙をながしてしまう。
そんな作品に映画館でオレはもっと出会い続けたい。
生きとし生けるものたちへ
さて、奇跡のような日々に先ほど終止符が打たれました。
本当に奇跡のような日々で、もう言い表すほどができないほどでした。
悔しさに打ちのめされて、涙におぼれた日もありました。
この数ヶ月のオレのテーマはこれ↓
「過去と他人は変えられないが、
未来と自分は変えられる」
自分が変われば、過去についても悔いることはない未来が開けるし、
自分が変われば、他人も自分に対しての関わりの中で変わってくれるだろう。
という意味合いが含まれている言葉です。
理由は一つ。幸せにしたい(幸せにしたいと思いたい)人がいて、
その人を変えたいと思う気持ちがあったからです。
その言葉をなぞるようにここ1ヵ月半ぐらい、変わろうとしてみました。
「恋愛は鏡をみているようだ、自分の悪いところも相手の悪いところも
見えてくるから、辛くてまたすばらしいものなのだ」
オレの弱点は他人と向き合わないことです。
そしてそれは、同じように彼女にも言えることでした。
オレが変わることを通じて彼女を変えたいし、
オレ自身彼女としっかり向き合いたいと思いました。
だから少し頑張りました。
まず、会社での人間関係から変えだしました。
細かいことでも他人と向き合いだしました。
周囲が困っているのを助けるだけでなく、
おせっかいを焼くようになりました。
他人を放っておかないようになりました。
それでも、まだ彼女としっかり向き合うのは難しかった。
「嫌われたくないな」
という気持ちが先走りすぎて大事なことをいえなかったり、
「もっとこっちを向いて欲しい」
という気持ちが強すぎていじわるになってしまったり、
「やさしさを無尽蔵にもとめて」
甘えすぎてしまったり。
なんだか、常にどこでもフルパワーで生きるということは器用にできなくて、
すべてにしっかりと向き合いきれていませんでした。
そこで、一番大事な彼女とすれ違ってしまっていました。
オレの居心地の良さを彼女が我慢して作ってくれているという事実に。
彼女自身に。向き合うことが出来ていませんでした。
「年末までは仕事もあるから色々と我慢してくれないかな」と言葉にできませんでした。
そして年末になり、余裕が出来、彼女と向き合いたいという時期になりました。
しかし、もう彼女の心はそこにはありませんでした。
オレは彼女の心が揺らめいていることにはじめ気づかないフリをしました。
向き合おうと思った瞬間に向き合うことが恐くなってしまったのです。
我慢してくれていた彼女の心にもう一度甘えてしまいました。
その時期、体調的に余裕が無かったのも原因の一つでした。
(3日連続で嘔吐していました)
そんなある日。
彼女にこんなことを言われました。
「心開いてくれていないよね?私のこと信頼してくれていないよね?」
何もかもが見透かされているような一言でした。
心を開こうとしているのに、彼女に中々向き合うことが出来ない自分を。
そしてもう彼女の心はそこに無いことをあらわすような目をして。
後悔しました・・・
だけどもう少し、もう少しだけ待って欲しいと思いました。
でも、それはもう遅すぎることでした。
それから彼女に向き合っても、もう遅すぎることでした。
必要なところで、未来と自分を変えることが中々できなかったために、
本当に変えたい過去と他人を変えることができませんでした。
しかし、彼女の心には変わりはないかもしれなくても、
彼女には変わって欲しいと思いました。
不思議なことに暴走してしまう人間なのです、オレは。
どうしたら良いのか、本当に悩みました。
毎日毎日こんなことを考えて何になるのだろうと思いながら、苦しみました。
そして、最後の2週間でとっても大事な3つのことに取り組みました。
もちろんその中で彼女の心にも変わりがあってくれることを、
難しいとは知りながらも、確かに望みながら。
彼女には、新しく好きな人がいるそうです。
とても良いことだとおもいます。
生きとし生けるものすべてに幸せが訪れ続けることは望みません。
だた、自分が幸せになって欲しいと思う人の幸せぐらいは望みたいものです。
疲れました・・・ 本当に疲れました・・・
楽しい思い出はどこに埋めればよいのだろう。
悲しい思い出はなんでどこにもないのだろう。
なんで、それなのにこんなに悔しいのだろう。
あれ以上の奇跡は望まない。
だからこそ人はそれを奇跡と呼ぶ。
以上。
本当に奇跡のような日々で、もう言い表すほどができないほどでした。
悔しさに打ちのめされて、涙におぼれた日もありました。
この数ヶ月のオレのテーマはこれ↓
「過去と他人は変えられないが、
未来と自分は変えられる」
自分が変われば、過去についても悔いることはない未来が開けるし、
自分が変われば、他人も自分に対しての関わりの中で変わってくれるだろう。
という意味合いが含まれている言葉です。
理由は一つ。幸せにしたい(幸せにしたいと思いたい)人がいて、
その人を変えたいと思う気持ちがあったからです。
その言葉をなぞるようにここ1ヵ月半ぐらい、変わろうとしてみました。
「恋愛は鏡をみているようだ、自分の悪いところも相手の悪いところも
見えてくるから、辛くてまたすばらしいものなのだ」
オレの弱点は他人と向き合わないことです。
そしてそれは、同じように彼女にも言えることでした。
オレが変わることを通じて彼女を変えたいし、
オレ自身彼女としっかり向き合いたいと思いました。
だから少し頑張りました。
まず、会社での人間関係から変えだしました。
細かいことでも他人と向き合いだしました。
周囲が困っているのを助けるだけでなく、
おせっかいを焼くようになりました。
他人を放っておかないようになりました。
それでも、まだ彼女としっかり向き合うのは難しかった。
「嫌われたくないな」
という気持ちが先走りすぎて大事なことをいえなかったり、
「もっとこっちを向いて欲しい」
という気持ちが強すぎていじわるになってしまったり、
「やさしさを無尽蔵にもとめて」
甘えすぎてしまったり。
なんだか、常にどこでもフルパワーで生きるということは器用にできなくて、
すべてにしっかりと向き合いきれていませんでした。
そこで、一番大事な彼女とすれ違ってしまっていました。
オレの居心地の良さを彼女が我慢して作ってくれているという事実に。
彼女自身に。向き合うことが出来ていませんでした。
「年末までは仕事もあるから色々と我慢してくれないかな」と言葉にできませんでした。
そして年末になり、余裕が出来、彼女と向き合いたいという時期になりました。
しかし、もう彼女の心はそこにはありませんでした。
オレは彼女の心が揺らめいていることにはじめ気づかないフリをしました。
向き合おうと思った瞬間に向き合うことが恐くなってしまったのです。
我慢してくれていた彼女の心にもう一度甘えてしまいました。
その時期、体調的に余裕が無かったのも原因の一つでした。
(3日連続で嘔吐していました)
そんなある日。
彼女にこんなことを言われました。
「心開いてくれていないよね?私のこと信頼してくれていないよね?」
何もかもが見透かされているような一言でした。
心を開こうとしているのに、彼女に中々向き合うことが出来ない自分を。
そしてもう彼女の心はそこに無いことをあらわすような目をして。
後悔しました・・・
だけどもう少し、もう少しだけ待って欲しいと思いました。
でも、それはもう遅すぎることでした。
それから彼女に向き合っても、もう遅すぎることでした。
必要なところで、未来と自分を変えることが中々できなかったために、
本当に変えたい過去と他人を変えることができませんでした。
しかし、彼女の心には変わりはないかもしれなくても、
彼女には変わって欲しいと思いました。
不思議なことに暴走してしまう人間なのです、オレは。
どうしたら良いのか、本当に悩みました。
毎日毎日こんなことを考えて何になるのだろうと思いながら、苦しみました。
そして、最後の2週間でとっても大事な3つのことに取り組みました。
もちろんその中で彼女の心にも変わりがあってくれることを、
難しいとは知りながらも、確かに望みながら。
彼女には、新しく好きな人がいるそうです。
とても良いことだとおもいます。
生きとし生けるものすべてに幸せが訪れ続けることは望みません。
だた、自分が幸せになって欲しいと思う人の幸せぐらいは望みたいものです。
疲れました・・・ 本当に疲れました・・・
楽しい思い出はどこに埋めればよいのだろう。
悲しい思い出はなんでどこにもないのだろう。
なんで、それなのにこんなに悔しいのだろう。
あれ以上の奇跡は望まない。
だからこそ人はそれを奇跡と呼ぶ。
以上。
January 20, 2007
距離遠し
最近、いろんなものからのというか、
いろんな人からの距離の遠さを感じます。
「私はこちらで頑張っています。
だからあなたもそちらで頑張ってください」的な。
そんなことをgreen birdのHPをみたりしながら良く感じております。
近いようで遠い距離、日本と北朝鮮のような距離。
昔は良かったなんて言葉が、すぐに口からでるのは老けた証拠でしょうか。
それとも今がくすぶっているから、そんな言葉がでるのでしょうか。
昨年の後半の一時期ぬるま湯につかりすぎたせいで、
自分の成長やら進歩やら(科学かよ!)、
そんな貪欲な志をカタチにあらわす何ものかのスピード感がつかめません。
初心者マークも付けていないのに、
ハンドルを握っている手は極度の安全運転をしている気分です。
そんな気持ちになるのもここのところ、
いろんなことに後悔・後悔と後悔のスパイラルに陥っているからでしょうか。
「本気ですれば、大抵のことは出来る。
本気ですれば、何でもおもしろい。
本気ですれば、誰かが助けてくれる」
長嶋茂雄はこんなことを座右の銘としています。
何が本気なのかを見失っている今日この頃です。
いろんな人からの距離の遠さを感じます。
「私はこちらで頑張っています。
だからあなたもそちらで頑張ってください」的な。
そんなことをgreen birdのHPをみたりしながら良く感じております。
近いようで遠い距離、日本と北朝鮮のような距離。
昔は良かったなんて言葉が、すぐに口からでるのは老けた証拠でしょうか。
それとも今がくすぶっているから、そんな言葉がでるのでしょうか。
昨年の後半の一時期ぬるま湯につかりすぎたせいで、
自分の成長やら進歩やら(科学かよ!)、
そんな貪欲な志をカタチにあらわす何ものかのスピード感がつかめません。
初心者マークも付けていないのに、
ハンドルを握っている手は極度の安全運転をしている気分です。
そんな気持ちになるのもここのところ、
いろんなことに後悔・後悔と後悔のスパイラルに陥っているからでしょうか。
「本気ですれば、大抵のことは出来る。
本気ですれば、何でもおもしろい。
本気ですれば、誰かが助けてくれる」
長嶋茂雄はこんなことを座右の銘としています。
何が本気なのかを見失っている今日この頃です。
January 08, 2007
幡ヶ谷は家から近い��
年明け早々、凄惨な事件だ。東京・渋谷区幡ケ谷の歯科医武藤衛さん(62)宅で起きた長女の短大生亜澄さん(20)バラバラ殺人で、兄の予備校生勇貴(21)が逮捕された。「『しっかり勉強しないから夢がない』となじられ、頭にきて殺した」と供述。関係者の間には「おとなしい子なのに、なぜ」と衝撃が広がっている。
随分と物騒なニュースが年明け早々、
ワイドショーをにぎわしてましたね。
家から近いということも、さることながら、
事件の引き金にもなった兄にかけた妹の言葉。
『夢がないね』というのが印象的すぎて、
随分とこのニュースの報道を見ていた気がします。
今回の事件の報道に関しては、妹に対して残忍な殺人を犯した兄という
構図での描かれ方が、多かった気がします。
妹をバラバラに切断し、乳房まで切断とか。
さらには、浴槽に頭を沈めて殺していたとか。
頭に無数の叩かれた後があるとか。
妹を殺した直後だというのに、平然と予備校の合宿にでていたとか。
あとは家族関係に言及したものも多い気がします。
兄と妹は3年間会話が無かったとか。
会話が無かった原因は、妹を性的対象としてみていたゆえに、
コミュニケーションが上手く取れなかったとか。
家庭の実験を握っていたのが実は母親だったとか。
父親は家庭内では浮いていたのではないかとか。
個人的には別に事件を犯した兄は、それまで異常でもなく、
ごく普通な、どこにでもいるような人間な気がします。
むしろ自分でも同じようなシチュエーションならば、
同じようなことを起こすだろうとおれ自身が思うし。
おそらく、多くの人は同じようなことを思うのではないかと思う。
もちろん思うと行動をするというのは別物で、
同じように行動をできるかどうかは、
人それぞれだと思うけれども・・・
同じようなシチュエーションの場合、
同じようなことがおきても不思議ではないならば
同じようなシチュエーションを起こさないように
しなければならないのではないだろうか。
(シチュエーションを起こさないことでは本質的な解決にはならないかも知れないれど・・・)
で、その上で、大きな疑問が二つ。
一つ目、妹はなぜこの日このとき、こんなセリフを口にしたのだろうか。
「わたしはしっかり勉強しているから女優という夢が持てるけど、勇君には夢がない」「勉強しないから成績が悪いと言うけど、本当は分からない」
二つ目、妹と兄が3年間会話をしていないという現実に対して、
周りの人はどういう認識をしていたのだろう(特に家族)
随分と物騒なニュースが年明け早々、
ワイドショーをにぎわしてましたね。
家から近いということも、さることながら、
事件の引き金にもなった兄にかけた妹の言葉。
『夢がないね』というのが印象的すぎて、
随分とこのニュースの報道を見ていた気がします。
今回の事件の報道に関しては、妹に対して残忍な殺人を犯した兄という
構図での描かれ方が、多かった気がします。
妹をバラバラに切断し、乳房まで切断とか。
さらには、浴槽に頭を沈めて殺していたとか。
頭に無数の叩かれた後があるとか。
妹を殺した直後だというのに、平然と予備校の合宿にでていたとか。
あとは家族関係に言及したものも多い気がします。
兄と妹は3年間会話が無かったとか。
会話が無かった原因は、妹を性的対象としてみていたゆえに、
コミュニケーションが上手く取れなかったとか。
家庭の実験を握っていたのが実は母親だったとか。
父親は家庭内では浮いていたのではないかとか。
個人的には別に事件を犯した兄は、それまで異常でもなく、
ごく普通な、どこにでもいるような人間な気がします。
むしろ自分でも同じようなシチュエーションならば、
同じようなことを起こすだろうとおれ自身が思うし。
おそらく、多くの人は同じようなことを思うのではないかと思う。
もちろん思うと行動をするというのは別物で、
同じように行動をできるかどうかは、
人それぞれだと思うけれども・・・
同じようなシチュエーションの場合、
同じようなことがおきても不思議ではないならば
同じようなシチュエーションを起こさないように
しなければならないのではないだろうか。
(シチュエーションを起こさないことでは本質的な解決にはならないかも知れないれど・・・)
で、その上で、大きな疑問が二つ。
一つ目、妹はなぜこの日このとき、こんなセリフを口にしたのだろうか。
「わたしはしっかり勉強しているから女優という夢が持てるけど、勇君には夢がない」「勉強しないから成績が悪いと言うけど、本当は分からない」
二つ目、妹と兄が3年間会話をしていないという現実に対して、
周りの人はどういう認識をしていたのだろう(特に家族)
January 07, 2007
届いてくれるといいな
なんてフレーズが歌いだしの曲を口ずさみながら、やってきました中山競馬場。涙にひたる暇など無く、
睡眠時間3時間の強行軍。会社の同僚との競馬場。
3年ぶりぐらいじゃないかと思うぐらいの懐かしの地。
結果はちょっとスッたのかな。
結構当たってはいたんだけど、
当たっても配当が少ないレースが多かったから、
それはそれでしょうがない。
競馬には芝のレースと、砂のレースがあり、
砂のレースはダートと呼ばれます。
オレはダートの方が好きなんだけど、
日本の競馬の大レースは殆ど芝。
有馬記念とかジャパンカップとか天皇賞とかダービーとか。
でも、冬は芝の育成上の問題もあって、ダートのレースが
比較的多い。だからこの時期は好きです。
で、なんでダートの方が好きかというと、
ダートのレースの方が得意だから。(走るのがじゃないよ、当てるのがだよ!)
ちなみに今日の戦跡
ダート:9レース中6レース的中。
芝 :5レース中0レース的中。
顕著です。あまりにも顕著です!!
オレは得意なものではすごい実力を発揮するけど、
苦手なものはからっきしという評価をよく他人から下されますが、
こんなところにもでちゃいました。
で、こんな日に限ってこんな切符。
1000分の1の確率がこういう時に出るのは不思議なものです。
鼻水が止まりません。
こんなに鼻水が、こういう時に出るのは不思議なものです。
人間嫌いのオレですが、めずらしく一人でいる時間が嫌でたまりません。
こんな言葉が、口に出るのはとても不思議なものです。
January 05, 2007
福だ福だというけれど��
買ったのは同じところの福袋MとL
(オレはサイズが常に微妙なため)と
も一つ他のところ。で計3つ。
家に帰って、福袋を開ける間もなく、しばしの休息。
さすがに朝早くからたちっぱなしで並んでいたおかげで疲れた。
テレビをつけながら、しばしの睡眠。
箱根駅伝は快走中。そのころはまだ東海大がトップ。
で、一休みしたあとに、いよいよ開封。
同じところのMとLはあまりにも期待値が高いので、保留をし。
も一つのところから開封。
じゃじゃじゃーん。ジャケット。
じゃじゃじゃーん。セーター。
じゃじゃじゃーん。シャツ。
うん、まあまあ、無難だけどもグット。
テンションがあがってきましたよーーー。
さてと、問題のお楽しみ一袋目を開封。
じゃじゃーん。ジャケット。
じゃじゃーん。アウター。
じゃじゃーん。っと意味不明のアドレス帳やらメモ帳なども含め8品入ってました。
さらに、次の袋を開封。
じゃじゃーん。ジャケット。
じゃじゃーん。アウター。
じゃじゃーん。っと意味不明のアドレス帳やらメモ帳なども含め8品入ってました。
ってさっきとまったく一緒じゃねえーかーーー!!!!!!
このアドレス帳だかメモ帳だかどうすればいいんだこの野郎!!
ということでせっせとオク様にお世話になっておりますよ。
天下のヤフオク様に。
しかも、見事に元を取らせていただきましたよ。
でも、今日店頭で本当はいくらのものなのか確かめにいったら、
オレがオクで3800円で売ったものがセールで9400円で、
オレがオクで1600円で売ったものがセールで8400円で、売られていましたよ。
なんだか、オレも損していないし、オクで落とした人も損していないし、
誰が損したんだか得したんだかわからない福袋行幸でした。
January 04, 2007
福だ福だというけれど��
時間と人の心は金で買えないなんてよく言われますが、
時間と金を駆使していってきました1月2日。
そう、1月2日といえば、初売り。
ということで、伊勢丹メンズ館で朝から並んでみました。
何が売っているかも、何目当てかも、特に決めずのノープラン。
ノープランの中だからこそ、何かがありそうだという期待感。
この期待感がとても好きです。ギャンブル的な。
で、6時半に行ってみたら、「おおおおーって」思わず口にしたいぐらい。
いる、いる、いる、人、人、人。すでに300人強。
で、並びはじめたら、前の見知らぬおばさんが、
みんな立ってまっているのに座り込んだり、
トイレ行くといって列からぬけたら、
30分ぐらい「他のデパートの並び具合見てきた」とかいって
帰ってこなかったり、そんなわがままっぷりを発揮しています。
そのわがままっぷりに、あきれた顔をしていたら、
隣のおっさんも同じように呆れ返った顔を・・・・
そうこうしているうちに、そのおっさんとなんだか
話があったちゃって、ぺちゃくちゃしゃべりながらまっていると、
あっという間の開店時間。
あっという間の開店ダッシュ時間。
一目散にエスカレーターをダッシュし。
お目当ての商品をゲット。
と、そこまでは満足していたものの・・・・・。
January 03, 2007
コンプレックス
ようやくというか毎年というか、例年どうりというか、
社会人になっても変わらずというか。
相変わらず年末の休みになったら、体調を崩しながらも不思議な予定を自らつくり、
何かと多忙な時期に突入。ということで、1月3日してようやく落ち着いたので、
改めてあけましておめでとうございます。
本年もどうか一つ暖かいまなざしで見守っててください。
(見守ってくれるだけでOK!)
で、久しぶりに何かを書こうとして思い返してみたわけです。
そもそもblogとかなんではじめたんだっけな。と。
(正確には今は無き?HPの方が先か・・・)
そうそう、あれは大学3年生のころでしたね。
その時片想いのあの子に・・・・。って甘い話があるわけでなく、
とにもかくにもあの頃は就職とか、宮台真司とか、優秀な友人とか、卒論とか
その他もろもろの圧迫感のおかげで、すこぶる焦りというか危機感が高かったんです。
で、自分に足りないものというか、苦手だけど身に付けたいものを考えたときに、
「絵が下手」、「文章が下手」、「会話が下手」、「思いやりが無い」、「愛情表現が下手」というのが、コンプレックスとして、ざっと思い浮かびました。
そこで、じゃあ何だ、結局足らないのは?と思ったときに
「表現力だ!!」
→「ならば表現の練習をしよう」と思い、
いきり立ったが吉日ということで、書き始めました。
って、何でそんなことを書いているかというと、
ここ一ヶ月ぐらい痛感するからですよ!!
「絵が下手」、「文章が下手」「会話が下手」「思いやりが無い」「愛情表現が無い」コンプレックスについて。
と、落ちどころのの無い話で、本日はお開き。
社会人になっても変わらずというか。
相変わらず年末の休みになったら、体調を崩しながらも不思議な予定を自らつくり、
何かと多忙な時期に突入。ということで、1月3日してようやく落ち着いたので、
改めてあけましておめでとうございます。
本年もどうか一つ暖かいまなざしで見守っててください。
(見守ってくれるだけでOK!)
で、久しぶりに何かを書こうとして思い返してみたわけです。
そもそもblogとかなんではじめたんだっけな。と。
(正確には今は無き?HPの方が先か・・・)
そうそう、あれは大学3年生のころでしたね。
その時片想いのあの子に・・・・。って甘い話があるわけでなく、
とにもかくにもあの頃は就職とか、宮台真司とか、優秀な友人とか、卒論とか
その他もろもろの圧迫感のおかげで、すこぶる焦りというか危機感が高かったんです。
で、自分に足りないものというか、苦手だけど身に付けたいものを考えたときに、
「絵が下手」、「文章が下手」、「会話が下手」、「思いやりが無い」、「愛情表現が下手」というのが、コンプレックスとして、ざっと思い浮かびました。
そこで、じゃあ何だ、結局足らないのは?と思ったときに
「表現力だ!!」
→「ならば表現の練習をしよう」と思い、
いきり立ったが吉日ということで、書き始めました。
って、何でそんなことを書いているかというと、
ここ一ヶ月ぐらい痛感するからですよ!!
「絵が下手」、「文章が下手」「会話が下手」「思いやりが無い」「愛情表現が無い」コンプレックスについて。
と、落ちどころのの無い話で、本日はお開き。
November 16, 2006
癒し系?
たまに気分というか機嫌というかが、非常に良くなく、だからこそ誰とも連絡を取りたくないというか、携帯の電源すら切りたくなるようなときがあります。
今日はそんな癒されたいような気分の日。
って、癒し系ってなんだっけ?
井川遥?古い?
なんだか、癒し系と呼ばれる人は、
たくさんいるけど、大体似たような感じの人の気がする。(当たり前か・・)
ほんわかかつふっくらなイメージ。
ごく一般的なイメージで、母親に期待することをまとめた言葉のような気がする。
一般的というかむしろ作られたイメージ。
母親に期待する言葉というよりも母性という言葉から期待するもの。
なのかもしれないが・・・・。
顔も胸も身体つきもそれなりのふっくら感。ほんわか感。
子供の頃抱きしめられたかったような。
こんな仮定をしてみると、「癒し系は誰だ」的な投票は、
「自分のことを抱きしめて欲しいと思っている」人投票であるのかもしれない。
さて、うちの会社で癒し系と言われる人はどうなんだろ・・・。
昔、そんな投票があった気がするが、自分は誰に入れたのかしら。
な〜んて、セクハラ発言ですね。。
今日はそんな癒されたいような気分の日。
って、癒し系ってなんだっけ?
井川遥?古い?
なんだか、癒し系と呼ばれる人は、
たくさんいるけど、大体似たような感じの人の気がする。(当たり前か・・)
ほんわかかつふっくらなイメージ。
ごく一般的なイメージで、母親に期待することをまとめた言葉のような気がする。
一般的というかむしろ作られたイメージ。
母親に期待する言葉というよりも母性という言葉から期待するもの。
なのかもしれないが・・・・。
顔も胸も身体つきもそれなりのふっくら感。ほんわか感。
子供の頃抱きしめられたかったような。
こんな仮定をしてみると、「癒し系は誰だ」的な投票は、
「自分のことを抱きしめて欲しいと思っている」人投票であるのかもしれない。
さて、うちの会社で癒し系と言われる人はどうなんだろ・・・。
昔、そんな投票があった気がするが、自分は誰に入れたのかしら。
な〜んて、セクハラ発言ですね。。
November 06, 2006
A型が苦手??
毎年10月末ぐらいになると、誕生日が過ぎて感傷的になって、毎年11月の初めの連休でリフレッシュして復活します。
麺類ばかり食べていた先週、ラーメン屋に行き過ぎた気がします。砦に3回、ついでに花月に連れていかれ、さらには初なんでんかんでんへGO。
やきそばを食べに富士宮まで行き、「そういえば」とうどんやカレーうどんを食べていた週初めの昼ごはんを思い出す。週に麺類を12食。さすがに麺類食いすぎた先週。
そう、最近A型の女の人が苦手な人がしてきました。そんな話をA型の女の人としていたら、「何でいきなり血液型なの?バカじゃない?私は長男とか末っ子とかは信じるけど、血液型なんて信じない!」とおっしゃいました。そんなA型が苦手です。
ある程度育った環境が人格に影響するという意味ならば、親から遺伝で決まっている血液型も、家庭内での役割に直結する長男とか末っ子とかいう家族内の立場も、どっちも人格との相関は似たようなものな気がします。
おかしなもんです。
ご存知だとは思いますが、そんなオレももちろんA型です。
麺類ばかり食べていた先週、ラーメン屋に行き過ぎた気がします。砦に3回、ついでに花月に連れていかれ、さらには初なんでんかんでんへGO。
やきそばを食べに富士宮まで行き、「そういえば」とうどんやカレーうどんを食べていた週初めの昼ごはんを思い出す。週に麺類を12食。さすがに麺類食いすぎた先週。
そう、最近A型の女の人が苦手な人がしてきました。そんな話をA型の女の人としていたら、「何でいきなり血液型なの?バカじゃない?私は長男とか末っ子とかは信じるけど、血液型なんて信じない!」とおっしゃいました。そんなA型が苦手です。
ある程度育った環境が人格に影響するという意味ならば、親から遺伝で決まっている血液型も、家庭内での役割に直結する長男とか末っ子とかいう家族内の立場も、どっちも人格との相関は似たようなものな気がします。
おかしなもんです。
ご存知だとは思いますが、そんなオレももちろんA型です。
November 04, 2006
TDW 2006です
TDW2006こと、Tokyo Designers Week 2006にいってきました!!
http://www.c-channel.co.jp/japanese/tdw/index.htm
(HP割引券があるのだけど、昨日からずっとダウンしていてアクセスできないっす。)
昨年も行きたい、行きたいといっていたのになんだかんだいっていけなかった『Tokyo Designers Week 2006』。去年はパネルディスカッションのパネラーでgreen birdのハセベ代表が出ていましたね(今年は出ないようですが・・)。
年々デザインとロハス、ないしはデザインと地球環境の融合が叫ばれていますが、今年の『Tokyo Designers Week 2006』のテーマは【UNIVERSAL LOVE 2006】。
イメージとしては、普遍的かつ一般的な愛→全人類を包み込みような愛→愛の形といったテーマと受け取っていいのではないかな?
会場についたのは12:00。まずはメインとなるプロデザイナーが一同に出展する巨大コンテナ。100以上のブースがあるのだけど、どれも個性的というか脱非凡というか、オモシロい。飽きない気持ちは商い気持ちを刺激し、ついつい売られている、小物なりインテリアなりに手をだしてしまう。
驚いたのは会場に英語が飛び交っていること、お客さんも出展者も香港・台湾系の人が多い。しかも、香港・台湾人の出展者の方が和風というか、京都風というか、そういったデザインの出展が多い。
反対に日本人は機械的というか、イデア的というか。空間を流動的に動きそうな物体が固まってしまいましたみたいな。所謂アートの線を越えて、デザインにしてきましたというような商品・作品が多い。
そうそうデザインとアートの違いってよく言われるけど、オレはこう理解しています。。
デザインは一言で言ってしまうと消費者、つまり他人の要望にこたえるために有用なものをつくるというアプローチからカタチヅクリをするもの。アートは、(他人を基点としたとしても)自己の信条・主張を貫いてカタチづくりに反映させるもの。
つまり、他人からしてみたらデザインは有用性や意味を明確にもつもの、アートは有用性や意味が一義的に見出されないもの。まあこの理解が正しいのかは別として、今日の展示は興味深かった。
あの感動的なクオリティの高さを見て、イームスやイデアが流行るのもなんだか少し理解できましたよ。
あと、目立っていたのは照明演出の展示が多かったこと、ライトニングは次の流行になりそうな予感がします。
で、巨大コンテナの外では、各企業によるコンテナブース。映像や展示や空間演出。
これもまた、興味深い、巨大コンテナとは違い。四方が壁の環境だからこそできる映像の演出や乖離された空間の演出は一味以上も楽しめる。ただ、ナイキは期待をかなり裏切るクオリティだったけど・・・。
そして、その企業コンテナブースに囲まれるように学生の展示が中央にありました。
「お、これおもしろいね」っていうのもあれば、「やっつけ仕事じゃないっすか!?」っていうのもあって、コレはこれでオモシロい。学生がつくるものだとやっぱり材料もかぎられてくるから、その中での勝負なんだよなと実感。良い刺激。
なんだかんだいって時間は15:00。ふらふら3時間も見ていた、そりゃ疲れるわ。
そんな感じの連休1日目。
http://www.c-channel.co.jp/japanese/tdw/index.htm
(HP割引券があるのだけど、昨日からずっとダウンしていてアクセスできないっす。)
昨年も行きたい、行きたいといっていたのになんだかんだいっていけなかった『Tokyo Designers Week 2006』。去年はパネルディスカッションのパネラーでgreen birdのハセベ代表が出ていましたね(今年は出ないようですが・・)。
年々デザインとロハス、ないしはデザインと地球環境の融合が叫ばれていますが、今年の『Tokyo Designers Week 2006』のテーマは【UNIVERSAL LOVE 2006】。
イメージとしては、普遍的かつ一般的な愛→全人類を包み込みような愛→愛の形といったテーマと受け取っていいのではないかな?
会場についたのは12:00。まずはメインとなるプロデザイナーが一同に出展する巨大コンテナ。100以上のブースがあるのだけど、どれも個性的というか脱非凡というか、オモシロい。飽きない気持ちは商い気持ちを刺激し、ついつい売られている、小物なりインテリアなりに手をだしてしまう。
驚いたのは会場に英語が飛び交っていること、お客さんも出展者も香港・台湾系の人が多い。しかも、香港・台湾人の出展者の方が和風というか、京都風というか、そういったデザインの出展が多い。
反対に日本人は機械的というか、イデア的というか。空間を流動的に動きそうな物体が固まってしまいましたみたいな。所謂アートの線を越えて、デザインにしてきましたというような商品・作品が多い。
そうそうデザインとアートの違いってよく言われるけど、オレはこう理解しています。。
デザインは一言で言ってしまうと消費者、つまり他人の要望にこたえるために有用なものをつくるというアプローチからカタチヅクリをするもの。アートは、(他人を基点としたとしても)自己の信条・主張を貫いてカタチづくりに反映させるもの。
つまり、他人からしてみたらデザインは有用性や意味を明確にもつもの、アートは有用性や意味が一義的に見出されないもの。まあこの理解が正しいのかは別として、今日の展示は興味深かった。
あの感動的なクオリティの高さを見て、イームスやイデアが流行るのもなんだか少し理解できましたよ。
あと、目立っていたのは照明演出の展示が多かったこと、ライトニングは次の流行になりそうな予感がします。
で、巨大コンテナの外では、各企業によるコンテナブース。映像や展示や空間演出。
これもまた、興味深い、巨大コンテナとは違い。四方が壁の環境だからこそできる映像の演出や乖離された空間の演出は一味以上も楽しめる。ただ、ナイキは期待をかなり裏切るクオリティだったけど・・・。
そして、その企業コンテナブースに囲まれるように学生の展示が中央にありました。
「お、これおもしろいね」っていうのもあれば、「やっつけ仕事じゃないっすか!?」っていうのもあって、コレはこれでオモシロい。学生がつくるものだとやっぱり材料もかぎられてくるから、その中での勝負なんだよなと実感。良い刺激。
なんだかんだいって時間は15:00。ふらふら3時間も見ていた、そりゃ疲れるわ。
そんな感じの連休1日目。
November 01, 2006
書きたいという気がそれほど起きないことばかり考える
日々です。最近の平日は。
仕事へのモチベーションは相変わらずあがらず、不毛な時をすごした10月。
仕事へのやるきとそれを高める充実感が不足。
会社内でのコミュニケーションのめんどくささに嫌気がさして。
それでもなぜか忙しくバタバタ。
運動できず、ストレス溜まる。
運動できないと、すぐに体力落ちて、体調崩す。
折角の誕生日の週なのに、一週間にも及ぶ下痢生活。
その上体調不良がひどく、食事も咽喉を通らず、フラフラ。
そこで仕事でミスを連発、始末書モノ。
なんていう極度の悪循環。アクジュンカン。
でも、平日はそんな感じだけど休日はそれなりに充実。
大学のスクリーングの模型設計がすごい楽しかったし、
(相変わらずクラスで一番出来は悪いですけど)
ということで、そんな日々の想いを少しづつ思い出しながら
書いていこう。ちょっとだけ、やる気のあるうちに。
ということでとりあえず新動物占いをやってみました。
http://www.ddart.co.jp/doubutu/doubutu.html
そうそう。これをやってみて思ったんだけど、うちの会社では自己評価と他社評価及び、他社評価同士が一致する人が自己認識という重要なコンピテンシーが高い(うちの会社で言うと能力が高い)という評価をされます。
こういう占い及びその結果に対しての、みなさんの対応を見ると、俺って自己認識のコンピテンシー低いんだなと実感します。といっても、オレ自身はうちの会社のコンピテンシーに対する見方には懐疑的だったりするから、対して気にならないんですけど・・(あまり良いことじゃないけど)
【あなたはピュアーな子じかです。】
●あなたはどんな男 性
実直な人で、どちらかといえば地味な方ですが、愛想が良く、人当たりも良い人
で、誰にでも好かれるのがあなたのセールスポイントです。
どんなときでも心を波立たせることなく、平和に過ごすことが出来る人です。
たとえば、突発的な緊急事態が発生した場合にも、興奮せずに的確に判断できる
ので、周りの人を冷静に助けてあげることが出来るでしょう。
基本的にはおとなしく、穏和な性格なのですが、決して引っ込み思案ではないの
で、印象は決して弱くありません。
素直で飾り気のないさっぱりした気性の持ち主でもあります。
楽天家な人ですから、障害や障壁を物ともせずに、ストレスもたまりません。
積極性にも富んでいて活動的で、開放的な反面、執着心や粘り強さに欠け、努力
家でないので、もう一歩というところであっさり諦めたり、止めたりします。
●あなたの本質
表面的にはあまり出さないのですが、情熱家の一面も持っています。
それは激しい物ではなく自分の内に向かう情熱で、夢や希望に向かって、真っ直
ぐ向かっていく原動力になっています。
目標の実現のためには、周囲から何を言われようが、どう見られようが、全く気
になりません。
常に自分のペースで、目標達成のために地道にコツコツ努力していくタイプです。
楽天的な性格から、最終的な詰めの甘さはあるのですが、それが逆に幸いして、
安全度を高めています。
それは大失敗の危険も少ないので、挫折しても大した傷にならないで済みます。
●対人関係
誠意と愛情に溢れ、裏表もなく心を込めて人に接することが出来るので、他人か
ら厚い信頼を受けるでしょう。
一旦信用を得れば長いつきあいができますから、人数的には少なくても、気の許
せる大切な友人、知人が持てます。
あなたは歯の浮くようなお世辞を言えない代わりに、毒舌を吐いたり、悪口を言
うこともしない、ピュアな心の持ち主です。
ただ思ったこと感じたことをそのまま口に出してしまう事もあり、本人は全く悪
気はないのですが、人を傷つけてしまうことがあります。
このさっぱりした性格は自分自身に対しても同様に、失敗したり、いやなことが
あってもいつまでも引きずり、クヨクヨ悩んだりしません。
立ち直り、心の切り替えの早い人です。
友達と喧嘩してもしこりを残さず、何も無かったかのように仲直りができます。
あなたは人に警戒心が強く、逆に一度仲良くなってしまうと、何十年という友人
関係が築ける人です。
●恋愛
この生まれの人は養子になる人が少なくありません。
家庭を重視し、責任感を強く抱く傾向にあります。
亭主関白になり、家庭内の全てを仕切るタイプの人も多いです。
この場合は自分一人で先走らず、友人に対する配慮の気持ちもわすれず家庭内に
も向けてください。
あなたのその思いやりは、家庭を大切に思う真意として家族に伝わります。
●相性(恋愛編)
恋人としての相性
○ぞう 甘えん坊のあなたを母性的なぞ
うは甘えさせてくれる。
×おおかみ 意外と面倒見がよい狼だけどマイ
ペースな彼女についていけない
結婚相手としての相性
○チータ 頼りがいのあるチータと依頼心の
強い子じかとは相性○
×おおかみ きままで、一人を好む狼との暮ら
しは甘えん坊の子鹿には寂しい。
相 性(仕事編)
上司
○ぞう 頼られるのが好きなぞうは取り入る
のが上手な子鹿をかばってくれる
×たぬき 頼りない上司にあきれる。
部下
○チータ 頼んだ仕事を素早く仕上げてくる
チータは頼もしい部下。
×ペガサス 言いつけたことを自分流に解釈し
てしまうペガサスは扱いにくい
仕事へのモチベーションは相変わらずあがらず、不毛な時をすごした10月。
仕事へのやるきとそれを高める充実感が不足。
会社内でのコミュニケーションのめんどくささに嫌気がさして。
それでもなぜか忙しくバタバタ。
運動できず、ストレス溜まる。
運動できないと、すぐに体力落ちて、体調崩す。
折角の誕生日の週なのに、一週間にも及ぶ下痢生活。
その上体調不良がひどく、食事も咽喉を通らず、フラフラ。
そこで仕事でミスを連発、始末書モノ。
なんていう極度の悪循環。アクジュンカン。
でも、平日はそんな感じだけど休日はそれなりに充実。
大学のスクリーングの模型設計がすごい楽しかったし、
(相変わらずクラスで一番出来は悪いですけど)
ということで、そんな日々の想いを少しづつ思い出しながら
書いていこう。ちょっとだけ、やる気のあるうちに。
ということでとりあえず新動物占いをやってみました。
http://www.ddart.co.jp/doubutu/doubutu.html
そうそう。これをやってみて思ったんだけど、うちの会社では自己評価と他社評価及び、他社評価同士が一致する人が自己認識という重要なコンピテンシーが高い(うちの会社で言うと能力が高い)という評価をされます。
こういう占い及びその結果に対しての、みなさんの対応を見ると、俺って自己認識のコンピテンシー低いんだなと実感します。といっても、オレ自身はうちの会社のコンピテンシーに対する見方には懐疑的だったりするから、対して気にならないんですけど・・(あまり良いことじゃないけど)
【あなたはピュアーな子じかです。】
●あなたはどんな男 性
実直な人で、どちらかといえば地味な方ですが、愛想が良く、人当たりも良い人
で、誰にでも好かれるのがあなたのセールスポイントです。
どんなときでも心を波立たせることなく、平和に過ごすことが出来る人です。
たとえば、突発的な緊急事態が発生した場合にも、興奮せずに的確に判断できる
ので、周りの人を冷静に助けてあげることが出来るでしょう。
基本的にはおとなしく、穏和な性格なのですが、決して引っ込み思案ではないの
で、印象は決して弱くありません。
素直で飾り気のないさっぱりした気性の持ち主でもあります。
楽天家な人ですから、障害や障壁を物ともせずに、ストレスもたまりません。
積極性にも富んでいて活動的で、開放的な反面、執着心や粘り強さに欠け、努力
家でないので、もう一歩というところであっさり諦めたり、止めたりします。
●あなたの本質
表面的にはあまり出さないのですが、情熱家の一面も持っています。
それは激しい物ではなく自分の内に向かう情熱で、夢や希望に向かって、真っ直
ぐ向かっていく原動力になっています。
目標の実現のためには、周囲から何を言われようが、どう見られようが、全く気
になりません。
常に自分のペースで、目標達成のために地道にコツコツ努力していくタイプです。
楽天的な性格から、最終的な詰めの甘さはあるのですが、それが逆に幸いして、
安全度を高めています。
それは大失敗の危険も少ないので、挫折しても大した傷にならないで済みます。
●対人関係
誠意と愛情に溢れ、裏表もなく心を込めて人に接することが出来るので、他人か
ら厚い信頼を受けるでしょう。
一旦信用を得れば長いつきあいができますから、人数的には少なくても、気の許
せる大切な友人、知人が持てます。
あなたは歯の浮くようなお世辞を言えない代わりに、毒舌を吐いたり、悪口を言
うこともしない、ピュアな心の持ち主です。
ただ思ったこと感じたことをそのまま口に出してしまう事もあり、本人は全く悪
気はないのですが、人を傷つけてしまうことがあります。
このさっぱりした性格は自分自身に対しても同様に、失敗したり、いやなことが
あってもいつまでも引きずり、クヨクヨ悩んだりしません。
立ち直り、心の切り替えの早い人です。
友達と喧嘩してもしこりを残さず、何も無かったかのように仲直りができます。
あなたは人に警戒心が強く、逆に一度仲良くなってしまうと、何十年という友人
関係が築ける人です。
●恋愛
この生まれの人は養子になる人が少なくありません。
家庭を重視し、責任感を強く抱く傾向にあります。
亭主関白になり、家庭内の全てを仕切るタイプの人も多いです。
この場合は自分一人で先走らず、友人に対する配慮の気持ちもわすれず家庭内に
も向けてください。
あなたのその思いやりは、家庭を大切に思う真意として家族に伝わります。
●相性(恋愛編)
恋人としての相性
○ぞう 甘えん坊のあなたを母性的なぞ
うは甘えさせてくれる。
×おおかみ 意外と面倒見がよい狼だけどマイ
ペースな彼女についていけない
結婚相手としての相性
○チータ 頼りがいのあるチータと依頼心の
強い子じかとは相性○
×おおかみ きままで、一人を好む狼との暮ら
しは甘えん坊の子鹿には寂しい。
相 性(仕事編)
上司
○ぞう 頼られるのが好きなぞうは取り入る
のが上手な子鹿をかばってくれる
×たぬき 頼りない上司にあきれる。
部下
○チータ 頼んだ仕事を素早く仕上げてくる
チータは頼もしい部下。
×ペガサス 言いつけたことを自分流に解釈し
てしまうペガサスは扱いにくい
October 31, 2006
【カポーティ】を観てきました
少し前の話になりますが、仕事帰りに恵比寿ガーデンシネマに行き、カポーティを観てきました。
『カポーティ』 82点 フィリップ・シーモア・ホフマン主演
映画で描かれているトルーマン・カポーティという作家は、マリリンモンロー主演『ティファニーで朝食を』やノンフィクションサスペンス『冷血』で知られる作家。
その『冷血』を執筆中の様子を描いたのがこの作品。
アメリカ文壇の天才にして、社交界のスター'トルーマン・カポーティ'は、惨殺の殺人により死刑を宣告された2人の死刑囚に接触する。自らの利益のために、無抵抗の一家を惨殺した死刑囚と、その死刑囚の心の隙間を利用するカポーティ。「何よりも君の死を恐れ、誰よりも君の死を望む」そんな死刑囚の死をもてあそぼうというカポーティの意思を表現した言葉が印象的だ。
しかし、自分は特別だと思い込んでいた死刑囚もカポーティも、最後は人間の死へ対する『弱さ』に打ち負けていく。そんな話。
太陽の光がさすところに必ず影があるように、人の強さの裏側には必ず弱さが寄り添っている。その弱さが表に出るのは極限的な状況である。つまり「死」を目の前にした瞬間。
どこかキリスト教的な世界観を感じるような隣人愛、特別ではなく誰もが普通なんだという暗示。そして何よりも言葉にしてみると、とても薄っぺらく感じてしまうようなこの作品への感想。
この作品のテーマは何だったのか?それを一口でいえないことがもどかしい。
『カポーティ』 82点 フィリップ・シーモア・ホフマン主演
映画で描かれているトルーマン・カポーティという作家は、マリリンモンロー主演『ティファニーで朝食を』やノンフィクションサスペンス『冷血』で知られる作家。
その『冷血』を執筆中の様子を描いたのがこの作品。
アメリカ文壇の天才にして、社交界のスター'トルーマン・カポーティ'は、惨殺の殺人により死刑を宣告された2人の死刑囚に接触する。自らの利益のために、無抵抗の一家を惨殺した死刑囚と、その死刑囚の心の隙間を利用するカポーティ。「何よりも君の死を恐れ、誰よりも君の死を望む」そんな死刑囚の死をもてあそぼうというカポーティの意思を表現した言葉が印象的だ。
しかし、自分は特別だと思い込んでいた死刑囚もカポーティも、最後は人間の死へ対する『弱さ』に打ち負けていく。そんな話。
太陽の光がさすところに必ず影があるように、人の強さの裏側には必ず弱さが寄り添っている。その弱さが表に出るのは極限的な状況である。つまり「死」を目の前にした瞬間。
どこかキリスト教的な世界観を感じるような隣人愛、特別ではなく誰もが普通なんだという暗示。そして何よりも言葉にしてみると、とても薄っぺらく感じてしまうようなこの作品への感想。
この作品のテーマは何だったのか?それを一口でいえないことがもどかしい。
October 09, 2006
SUMMER SONIC After Party10/01
もう一週間以上前のことになりますが、いってまいりやした「SUMMER SONIC After Party」。実際のサマソニには二年連続でチケットを買った後にいくことが困難になり、ヤフオクにだしたという経歴を持つ俺ですが、今回はgreen birdシブヤチームリーダーのタワーマスク様のご好意により新木場STUDIO COASTに参上!!前の週からの風邪、そして当日の豪雨に悩まされる中、開演時間ちょうどぐらいにSTUDIO COASTに到着。初STUDIO COAST☆噂には聞いていたが、噂で聞く以上の親しみやすいライブエリア。観客のいり(数)は「おいおい」といわんばかりの少なさ。まあそんなことをオレが気にしても仕方がない。仕方がないことを気にしない。これ人生の鉄則!
出演アーティストは
湯川潮音
ANNNA TUTHIYA
B-DASH
TRICERATOPS
Caravan
お目当てのアーティストはご存知の通りCaravan、ラストに出てくるということで、自分自身の体調が気になりながらもライブはまったりとスタート。
最初のアーティストは湯川潮音。
観客が少ないということもあり、会場の後ろでまったりと聞く。歌は恐ろしく上手い。
「森の中をさまようようなそんなことを意識しながら歌います」
「あそこに(天井を指差す)ミラーボールがありますよね。私はミラーボールが好き。ミラーボールが似合うようなアーティストになりたい」
そんなMCを間に入れながら、会場の外では雨が降っているという状況ふさわしいような、湿っぽい声と緩やかなテンポの曲。徐々にお酒を飲んでほんのりしたい気分にさせるような湿っぽさ。
次はANNNA TUTIYA。
要するに土屋アンナ。最近CMの曲を歌っていたりして話題になっていますよね。
胸もとのセクシーさに負けずにロックな歌を歌います。
観客の「かわいいー」という声援に対して、
「かわいくなんてないよ、性格悪いんだよ」と言い返す彼女。
「ついてこんかい、お前ら」といわんばかりのハイテンポ。
生き様が土屋アンナ、歌い様が土屋アンナ。
触れたら切れてしまいそうなジャックナイフ。
三番目はB-DASH。
今日のメンバーの中では、caravanの次に親しみがあるかな。
でてくる前から「B-DASH〜」と叫び、テンションがあがる。
会場の前方にはB-DASH Tシャツを着た人だかり。そこをめがけて、
最前線に繰り出していく。
土屋アンナのロックなライブに触発されたオレたちは。
でてきたB-DASH。最初の曲。
前奏が流れ出した途端に会場からは「おおぉー」の完成。
きました、キマシタ。「平和島」
“マニュアルどおりに生きたって、何も始まらない 僕等の進んでいく道はアスファルトなんかじゃない”
曲に、リズムに、声に、会場に、併せて。オレらは飛ぶ、走る、はじける。
そう!そこはすでにモッシュと化していて、男も女もダサ男もイケメンも、飛んで飛んで身体をぶつけあう。
そんな時間が40分ほど続き、最後はこれまたきました、キマシタ。
B-DASHの代表的な曲と言ったらコレ「ちょ」
”おーうぇん瞑あらーさっちゃ WAy a”
興奮は最高潮、本日最高レベルのモッシュと化しています。
脚がもう喧々諤々どうしようもないぐらいに、飛びすぎて飛びすぎて脚にくるほどうごきまわりました。
ちなみにかの眞鍋かをりが当日会場にいたんですけど(その後の休憩中に発見)、彼女もこのとき踊りくっていた模様です。おそらくこのタイミングで見かけたとしても全く気づかなかったでしょう、それほど、暴れすぎていました。
で、次はTRICERATOPS。
軽くちからつき気味なオレ。少しまったりとしながら、聞く。
残念ながら、オレにはエレファントカシマシとTRICERATOPSの音楽性の違いがわからない。ただTRICERATOPSのボーカルの母親が平野レミだということと。あえて言うのならば、エレファントカシマシは好きだということぐらいで。
最後はついにお待ちかねのCaravan。
日比谷野音以来、約三ヶ月ぶり。
もう一週間も前のことなので、何の曲をやったかなんて確かなことは覚えていないけど、最初の曲はWagon、後Free birdとTrippin' Lifeもやったと思う。
だけど、やっぱり心に刺さるほどの曲は彼のファーストアルバムに集中的に入っていて。それでもって今日の場合は、その中から唯一流れた、ハミングバード。
この曲がやはり良い!!
前奏の繊細な指の弾きを感じさせる、細やかな音。
そこから始まるか弱くい羽でしか羽ばたけないような鳥を想像させるような曲。
”1cmだって飛べないぜ、臆病者が僕さ”
そんな言葉に寄り添っていたい。
ふと立ち止まると涙を流したくなるような詩を、時には辛そうな顔で、時には飛びっきりの笑顔でcaravanは歌う。一度見てしまうと、一度身にしみこませてしまうと、時として羊水につかる赤ちゃんのような心地よさでくるまれてしまう。
そんな日曜日。観客が少なくてもそこにいい音楽があれば良いんじゃないか。
そこに良い時間があればいいんじゃないか。
September 24, 2006
富士山掃除に行ってまいりました(green bird)
「富士山が世界遺産にならないのは、ごみがたくさんあって汚いからだ」
ということで、green birdの初期の事務局長をしていた嶋瀬徹さんが、
http://www.hasebeken.net/sotokoto_html/0407.html
精力的に富士山を世界遺産にしようの活動に力を入れていたなんて関係もあって、4年前に始まったgreen bird富士山掃除。
なんだかんだいって、活動に参加しはじめてからまだ2年もたっていないオレは、富士山掃除には初参加。去年はこの時期、あまりにも疲弊しきっていて、行けなかったんだよね。
例年は1台のバスでいくものの、今年は参加人数が85名と例年の倍。
バス二台にパンパンに詰め込み、出発進行!!
バスの中ではゆったりとすごしながら、折をみて自己紹介タイム。
個性豊かな人々がたくさん集まるgreen bird。こういった時間が楽しい。
今回はap bank経由での初参加やap bank経由で吉祥寺チームに参加した後、今日参加というタイプの方々が多い。
最近は楽しいからgreen birdという人と同様に、「今のままじゃ、何かがやばいからちょっぴり何かを変えたい」といったポジティブな参加者が多い。変化は怖いものだなんてよく言うのだけど、やはり小さくても変化はもとめなければいけないものな気がする。
富士山に到着。数多くの団体が掃除をしていたり、上っている最中にゴミをポイ捨てるなんていう(マナー違反をおおっぴらにやること)ことはなくなってきているおかげもあるのか、山道はかなりきれい。
透き通る空の色に、反抗しないきれいな大地。
だから、駐車場付近を中心に掃除。ここにはやはりゴミがある。
おにぎりのビニール、飴の袋、ホッカイロ、弁当箱。
それでも都心よりは格段キレイだった。
話は変わるが、今日は大橋マキ(元フジテレビアナウンサー)さんがハセベさんとフミノ氏の取材できていた。
ということで、掃除後の恒例チャリティーオークションには大橋マキさんも参加。
まあ、チャリティーだし、大橋マキグッズを落札すべくがんばるかって!!思ってたら、本に加えて、「サインつき、握手つき、ハグつき」なんて流れに。グングン値段は跳ね上がる。
うーん、しょうがない「9000円!!」って落札しにいったら、フミノ氏が「1万!!」と力強く一声。「負けました・・・・」
富士山を掃除すること自体も、大橋マキさんと会うこと自体もそうかもしれないけど、普段はテレビ画面や、雑誌といった媒体を通さないと見れない、触れられないものを身近に感じてすごす時間はすごい重要だと思う。
何かに対して、どうせ無理だと距離感を置くのではなく、実現するんだという意思を持つこと、それにたいしてアクションを起こすこと。何に対してもそれが一番重要だよねと感じた9月23日でした。
September 17, 2006
この雨にやられてー
(mixiに書いた文章は便宜上省いた部分があります)
なんて忌野清志郎なみに口ずさむ必要もなかった昨日9月16日(土)。前の週に天気予報を見たときは、ブルーの傘マークが並ぶ様子に、うんざりだよと心底。
それでも晴れてしまうのは、どこかの強運な晴れ男、いな色男の制なのでしょうか?
そう、第三土曜日はシブヤ大学の日。
昨日はTOWER RECORDの配属でボランティアスタッフ。
ちょっぴり、英敬さんやフミノ先生のお話(こちらは青山ブックセンター)を聞いてみたい気もあったけど、コレもまた縁なのです、良しとしようということで、張り切ってTOWER RECORD。
事務局長曰く、「運営はイベントのプロから見たら60点なんだよ」という評価。オレから見ても、前回(9月2日、3日)と比べて相変わらずの部分もあり、良くなった部分もある。そんな状態が事務局長曰く、60点。
事務局長曰く、
「ただオレたちはイベント屋さんになろうとしているのではなく、誰もが生徒になり、誰もが先生になれるという、そんな場所を目指しているんだよね。だから、もしかしたらイベントのプロから見ても100点の運営をしてしまうと、『たとえば小学生が先生として教壇に立とうというとき』『たとえばキミ(オレ)が教壇に立とうというとき』に先生にもイベントのプロから見て100点のものを求めてしまうだろう。そしたら結果として敷居が高くなってしまう。それでも良いのかな?」
学長の2倍もの年齢の事務局長が打ち上げでとんとんと語る言葉は、眼の輝きは、暑苦しいほどに頼もしい。
さて、16時開場のTOWER RECORD会場、13時50分に集合したものの比較的やることもなく、今回はレポート書きも他の人が行うことになったらしく(ちなみにシブヤ大学開校式の『参加者インタビュー』の部分はオレが書きました)、リハーサルを眺めながら一息。
『ヒューマンビートボックス演習A 〜クチずさめ!地球のリズム。〜』
はじめてみる生ヒューマンビットボックス、ならびにヒューマンボクサーたち。口とマイクだけで多様な音を出し、さらにはそれらを自分で組み合わせ、コントロールしリズムや音楽を作り出す。
文字で表すと『ボンツツーボン』。そんな感じの音なんだけど、実際にヒューマンビートボクサーたちが、音にすると重さが全然違う。大げさにいうと、ドラムはどこにあるの?ベースはどこにあるの?DJブースはどこにあるの?え、ホントにあんたの口からそんな音でてんのかい?という世界なわけで。
それも一人が音を口ずさみ始めると、隣のヒューマンビートボクサーは立ち止まっていられない。重ねて、さらなる音を作り出していく。
そんなこんなで時間もたち、受付も無事終了し、授業開始。
はじめの1時間はAFRA&INCREDIBLE BEATBOX BANDとM.C.BOO、UJTによるヒューマンビットボックスの成り立ちやヒューマンビートボックスへのきっかけなどのお話。
キーワードは「ポリスアカデミー」、「ラゼール」、「ファットボーイズ」「ビズマーキー」「ダディフレッシュ」。後でしっかり復習しないと!
その後、ヒューマンビートッボックス音だし講座兼質疑応答。質問と見せかけて、舞台でパフォーマンスを見せつける一般人ヒューマンビートボクサーたち。音を出されたら、音を出し返さないと気がすまない、先生ヒューマンビートボクサーたち。
そんな中でも、全く素人の子にケルベロスが教えていたのがとても勉強になった。出す音は「ボンツツツツ、ボンツツツツ」
。下唇を上唇へ押し付けるようにしながら一気に空気を吐き出す、イメージした音を自分の耳に聞こえたままに発する。
「当然のことながら、イメージしない音はでないから、いっぱい音を聞いてください、時間がある限り」そんなメッセージをAFRAは残していきました。
最後にミニライブをやって、終了。
オレらは迅速に片付け。その片隅で、授業参加のヒューマンビートボクサーたちが交流をしている。微笑ましいなんて言い方はおかしいのかもしれないけど、放課後の教室であーだこーだいうような姿に重ねてみると、なんだかこっちもほくそ笑んでしまう。
その後、渋谷@futureに移動して、『日本文化が地球を「包む」日』
途中から聞いていたんだけど、すごいオモシロい。風呂敷の活用の仕方講座、四隅を利用した結び方によって、形が異なるかばんが出来上がる。近くから見れなかったので、詳しいことはわからなかったけど、風呂敷ヤバス。
豆知識スーパーのレジ袋に比べコンビニのレジ袋は、小さいものが多い。8号という一番小さいレジ袋は1枚20銭しかしない。だから、10回レジ袋拒否すると、10個スタンプで10円還元とかのキャンペーンはやりづらいらしい。
ということで、風呂敷欲しい。
そしてこの@futureの雰囲気がとても良い、芝生の上で寝転がりながら、暗くなり始めた空を眺める。余裕のある気分のときは、いろんなことを考えられるし、いろんなことが出来る。そんな気持ちにさせる場所。
講師の山田 悦子さんが最後に言っていた言葉が印象的だった。「日本人の昔からの特性は形を固めすぎずに、状況に応じて器用に形を変えながらすごしていけるところだと思います。そして、その象徴がこの風呂敷なのではないでしょうか。私たちはこの風呂敷に負けないぐらい。状況に応じてベストな形を工夫するという日本の伝統を肝に銘じて生きていけたらいいのではないか思います」
形に対する柔軟性と、状況に応じた器用な工夫。
よく肝に銘じたいです。
その後は、シブヤ大学オフィスで反省会。
「初の有料イベントに対する反省」
「歩留まり率に対する反省」
「運営体制に対する反省(場所案内表示とか)」
「ボランティアスタッフ確保に対する反省」
どれも次につながること。
1時間弱の反省会の後は、学長と事務局長・事務局対ボランティアスタッフで、軽く飲む。冒頭の事務局長の熱い言葉なり、今後サークル・部活や授業をどう広げていく?どう管理していく?という話。
実はかなり、ボランティアスタッフに学長や事務局長が期待していることは大きい。でも正直な話をすると、まだボランティアスタッフから、授業の企画持込だったり、色々働きかけていくのは難しいかなと思う。
今はボランティアスタッフが、完全に一つの団体からの出向+他の人たちみたいなかたちに現状ではなっているから、他の人たち的な立場にいる自分は少し立場上あらゆることがやりづらい。そのおかげで、言いたいことをいえない時も結構多かったりしたししなかったり。
もう少し時間をかけながら、シブヤ大学のボランティアスタッフという形を作っていかないとね。
なんて忌野清志郎なみに口ずさむ必要もなかった昨日9月16日(土)。前の週に天気予報を見たときは、ブルーの傘マークが並ぶ様子に、うんざりだよと心底。
それでも晴れてしまうのは、どこかの強運な晴れ男、いな色男の制なのでしょうか?
そう、第三土曜日はシブヤ大学の日。
昨日はTOWER RECORDの配属でボランティアスタッフ。
ちょっぴり、英敬さんやフミノ先生のお話(こちらは青山ブックセンター)を聞いてみたい気もあったけど、コレもまた縁なのです、良しとしようということで、張り切ってTOWER RECORD。
事務局長曰く、「運営はイベントのプロから見たら60点なんだよ」という評価。オレから見ても、前回(9月2日、3日)と比べて相変わらずの部分もあり、良くなった部分もある。そんな状態が事務局長曰く、60点。
事務局長曰く、
「ただオレたちはイベント屋さんになろうとしているのではなく、誰もが生徒になり、誰もが先生になれるという、そんな場所を目指しているんだよね。だから、もしかしたらイベントのプロから見ても100点の運営をしてしまうと、『たとえば小学生が先生として教壇に立とうというとき』『たとえばキミ(オレ)が教壇に立とうというとき』に先生にもイベントのプロから見て100点のものを求めてしまうだろう。そしたら結果として敷居が高くなってしまう。それでも良いのかな?」
学長の2倍もの年齢の事務局長が打ち上げでとんとんと語る言葉は、眼の輝きは、暑苦しいほどに頼もしい。
さて、16時開場のTOWER RECORD会場、13時50分に集合したものの比較的やることもなく、今回はレポート書きも他の人が行うことになったらしく(ちなみにシブヤ大学開校式の『参加者インタビュー』の部分はオレが書きました)、リハーサルを眺めながら一息。
『ヒューマンビートボックス演習A 〜クチずさめ!地球のリズム。〜』
はじめてみる生ヒューマンビットボックス、ならびにヒューマンボクサーたち。口とマイクだけで多様な音を出し、さらにはそれらを自分で組み合わせ、コントロールしリズムや音楽を作り出す。
文字で表すと『ボンツツーボン』。そんな感じの音なんだけど、実際にヒューマンビートボクサーたちが、音にすると重さが全然違う。大げさにいうと、ドラムはどこにあるの?ベースはどこにあるの?DJブースはどこにあるの?え、ホントにあんたの口からそんな音でてんのかい?という世界なわけで。
それも一人が音を口ずさみ始めると、隣のヒューマンビートボクサーは立ち止まっていられない。重ねて、さらなる音を作り出していく。
そんなこんなで時間もたち、受付も無事終了し、授業開始。
はじめの1時間はAFRA&INCREDIBLE BEATBOX BANDとM.C.BOO、UJTによるヒューマンビットボックスの成り立ちやヒューマンビートボックスへのきっかけなどのお話。
キーワードは「ポリスアカデミー」、「ラゼール」、「ファットボーイズ」「ビズマーキー」「ダディフレッシュ」。後でしっかり復習しないと!
その後、ヒューマンビートッボックス音だし講座兼質疑応答。質問と見せかけて、舞台でパフォーマンスを見せつける一般人ヒューマンビートボクサーたち。音を出されたら、音を出し返さないと気がすまない、先生ヒューマンビートボクサーたち。
そんな中でも、全く素人の子にケルベロスが教えていたのがとても勉強になった。出す音は「ボンツツツツ、ボンツツツツ」
。下唇を上唇へ押し付けるようにしながら一気に空気を吐き出す、イメージした音を自分の耳に聞こえたままに発する。
「当然のことながら、イメージしない音はでないから、いっぱい音を聞いてください、時間がある限り」そんなメッセージをAFRAは残していきました。
最後にミニライブをやって、終了。
オレらは迅速に片付け。その片隅で、授業参加のヒューマンビートボクサーたちが交流をしている。微笑ましいなんて言い方はおかしいのかもしれないけど、放課後の教室であーだこーだいうような姿に重ねてみると、なんだかこっちもほくそ笑んでしまう。
その後、渋谷@futureに移動して、『日本文化が地球を「包む」日』
途中から聞いていたんだけど、すごいオモシロい。風呂敷の活用の仕方講座、四隅を利用した結び方によって、形が異なるかばんが出来上がる。近くから見れなかったので、詳しいことはわからなかったけど、風呂敷ヤバス。
豆知識スーパーのレジ袋に比べコンビニのレジ袋は、小さいものが多い。8号という一番小さいレジ袋は1枚20銭しかしない。だから、10回レジ袋拒否すると、10個スタンプで10円還元とかのキャンペーンはやりづらいらしい。
ということで、風呂敷欲しい。
そしてこの@futureの雰囲気がとても良い、芝生の上で寝転がりながら、暗くなり始めた空を眺める。余裕のある気分のときは、いろんなことを考えられるし、いろんなことが出来る。そんな気持ちにさせる場所。
講師の山田 悦子さんが最後に言っていた言葉が印象的だった。「日本人の昔からの特性は形を固めすぎずに、状況に応じて器用に形を変えながらすごしていけるところだと思います。そして、その象徴がこの風呂敷なのではないでしょうか。私たちはこの風呂敷に負けないぐらい。状況に応じてベストな形を工夫するという日本の伝統を肝に銘じて生きていけたらいいのではないか思います」
形に対する柔軟性と、状況に応じた器用な工夫。
よく肝に銘じたいです。
その後は、シブヤ大学オフィスで反省会。
「初の有料イベントに対する反省」
「歩留まり率に対する反省」
「運営体制に対する反省(場所案内表示とか)」
「ボランティアスタッフ確保に対する反省」
どれも次につながること。
1時間弱の反省会の後は、学長と事務局長・事務局対ボランティアスタッフで、軽く飲む。冒頭の事務局長の熱い言葉なり、今後サークル・部活や授業をどう広げていく?どう管理していく?という話。
実はかなり、ボランティアスタッフに学長や事務局長が期待していることは大きい。でも正直な話をすると、まだボランティアスタッフから、授業の企画持込だったり、色々働きかけていくのは難しいかなと思う。
今はボランティアスタッフが、完全に一つの団体からの出向+他の人たちみたいなかたちに現状ではなっているから、他の人たち的な立場にいる自分は少し立場上あらゆることがやりづらい。そのおかげで、言いたいことをいえない時も結構多かったりしたししなかったり。
もう少し時間をかけながら、シブヤ大学のボランティアスタッフという形を作っていかないとね。
September 12, 2006
血の通わないようなくそったれ
「心無い一言で敵を作るよね、君は。」
そんなことをよく言われます。
「そのワイシャツはもとからそういうものなのかい?アイロンをし忘れただけなのかい?」
そんなこともよく言われます。
「社内ではいくら仲が良くても敬語、丁寧語を使いなさい」
そんなこともよく言われます。
「なんかおかしいんだよね、日本語が、たまに」
そんなこともよく言われます。
不思議なことですが、働きだしてから差しさわりの無い人間になりたいという欲望が、いやむしろ差しさわりの無い人間になれという周囲からの要望が増えた気がします。
周囲には中々気づかれないのですが、最近仕事へのモチベーションが急激に下がっています。無理をしなくなりました。楽してちゃちゃっとなんでも終わらすという感じになってしまっています。ちいさくまとまってしまっています。いかにサボるかがすぐに頭に上ってしまいます。
それはそれはおいしい店が周りにたくさんあるのに、ちゃちゃっと行きつけの中華料理屋さんに毎日通ってしまうような。
ありがとうという言葉を伝えたいのに、まあいいかとほっといてしまうような。
近頃笑顔が少ない友達に、「どうしたの」と声をかけられないような。
血の通わないようなくそったれ。
かけられる言葉との距離感が、同じことを何度も言われてしまうことへの焦燥感が、すべてのことに足しての徒労感が。
血の通わないようなくそったれを作る。
そんなことをよく言われます。
「そのワイシャツはもとからそういうものなのかい?アイロンをし忘れただけなのかい?」
そんなこともよく言われます。
「社内ではいくら仲が良くても敬語、丁寧語を使いなさい」
そんなこともよく言われます。
「なんかおかしいんだよね、日本語が、たまに」
そんなこともよく言われます。
不思議なことですが、働きだしてから差しさわりの無い人間になりたいという欲望が、いやむしろ差しさわりの無い人間になれという周囲からの要望が増えた気がします。
周囲には中々気づかれないのですが、最近仕事へのモチベーションが急激に下がっています。無理をしなくなりました。楽してちゃちゃっとなんでも終わらすという感じになってしまっています。ちいさくまとまってしまっています。いかにサボるかがすぐに頭に上ってしまいます。
それはそれはおいしい店が周りにたくさんあるのに、ちゃちゃっと行きつけの中華料理屋さんに毎日通ってしまうような。
ありがとうという言葉を伝えたいのに、まあいいかとほっといてしまうような。
近頃笑顔が少ない友達に、「どうしたの」と声をかけられないような。
血の通わないようなくそったれ。
かけられる言葉との距離感が、同じことを何度も言われてしまうことへの焦燥感が、すべてのことに足しての徒労感が。
血の通わないようなくそったれを作る。
September 10, 2006
「白夜行」を読みました。
白夜行「白夜行」 87点 東野圭吾
大ヒット作品は乗り遅れると中々手を出せなくなってしまうという、俺自身の特性により、東野圭吾作品の中で後回しになっていた作品。去年のテレビ化は賛否両論だったらしいが、最近というかここ数年ドラマをはじめから最後まで見たことの無い俺にとってはある種どうでも良いこと。ただし、よくドラマ化したなという感嘆は上げざるを得ない作品。
中身を少し見ていこう。
1973年まで遡り、質屋の主人の遺体が廃ビルから発見されたところからはじまる(そういえば最近めっきり質屋がなくなった気がします)。容疑者はアリバイがあったり、死んでしまったりして、中々解決には至らない。
その事件の時効もとうに過ぎた17年後ようやく、話のつじつまが合い始めるが、なぜか最後の一押しがきかない。なんだか薄暗いようなんだけど暗くはない、そんな道を行く、それこそ白夜行という雰囲気をかもし出す作品。
ただ、登場人物が多すぎたため、最後に収拾のつかないような終わり方をしたなという印象も少しある。あまり意味がなく死んでしまったり、最後の終わり方があっけなかったりというのがその原因。
それでも、この800Pにも及ぶ作品を退屈させずに読ませるのは、東野圭吾さまさまならでは。今回はおそらく、事件の鍵を握る2人の内面を全く描かずに、2人の周辺の人間の感じる考えや、2人の行動事実だけから推理・推測を展開させていくという部分が、まさに深く考えるきっかけを提供する推理小説だったのではないかと感じた。

