とりあえず、いってみよう



先日、ちょっとした事情で相談支援について報告できる場が与えられた。
ものものしい会場で審査員席に向かって話すというオーディエンスのいないM1の決勝戦みたいな感じだ。

与えられた時間はプレゼン20分、質疑応答が10分。
12年分の報告と今後の展望を20分で話せとは・・・。

いや、時間が長けりゃいいってもんでもない。


仕事が終わった後、一人静かに考える時間をつくり、
何日もかけて、何度も何度も考え、まとめ、
修正し、また考え、また修正し・・・

結果、相談支援は

何ができるのか、
何がしたいのか、
何が責務なのか、

に、ごく自然と行き着いた。

でもそれは、「全国区基準」ではない。
おらが「まち」を目玉親父になった自分がドローンで飛んでみて、考え、行き着いた結論だ。

・土台となる組織の理念
・相談支援を受けるに至った経緯(私個人が主語ではない)
・相談者の推移(対象者別人数の推移)
・相談支援の仕事(理想論ではなくリアルな仕事の内容)
・当事者がもつ力
・「まち」で何が起きているのか(権利擁護を事例で説明)
・「つながる」「よりそう」という言葉を具体化する
・「人とまち」が必要とする相談支援とは
・私から一言(ここだけ主語が私)


内容が濃いので爽やかな感じで話してみた結果・・・。
しばらくシーンと静まり返ってしまった。

結果オーライなので、まぁいいか(笑)



考え、実行し、振り返って、また試行錯誤しながらやってみて・・・
そんなこんなで12年。

「相談支援」という名の「事業」が必要なのかどうかはまぁ置いといて、
困っていることやどうにもならないことを損得抜きで一緒に考え、
本人の心や身体が楽になって動きやすくなるような手伝いが、
いい塩梅で出来る「人」や「場所」は必要だ。


12年前も今も。
私が担当する「まち」では相談支援がそれを担っている。



そんなことを20分間話してみました。

BLUE GIANT SUPREME(1) (ビッグコミックススペシャル)

石塚真一
小学館
2017-03-24



久々に一気読み。
音と魂が「見える」漫画。
さぶいぼが出るほど ゾクゾクした。
長らくビルボードに行ってないなぁ・・・。






Facebookに登録して何年経っただろうか。

友達も登録時から増やさず、発信もせず、写真も公開していない。

たまーに投稿した時に「いいね」をつけてもらった相手に「いいね」返しはしていない。

「いいね」は、自分が「いいね~」と思った時に押すものだと思っている。

Twitterのアカウントも持っている。でも、つぶやかない。

Lineアプリは携帯にもPCにも入っている。でも、滅多に使わない。
広告が多くて面倒だから。

ブログも開設したが、長らく更新していない。

スマホはiPhone。初代3Gからの愛用者だ。その携帯を持たずに出かけることもよくある。

1日スマホを持たない生活を不便と感じる人もいるだろうが、私はあまり感じない)

 

こんな風に書けば人はどう感じるだろう。

 

・新しもの好きだけど使い方がわかっていない人

・友達がいない「閉じてる」人

・寂しい人

・ひねくれ者、身勝手な人

 

他にもあるかもしれないけど、「外とつながっていない人」という印象が強いかも
しれない。

でもそれは、「ネットを通じて見たその人」であって、リアルの世界での印象ではない。

 

毎日誰かの話を聞き、考え、調べ、受信したり発信したり。小道具(ツール)もよく作る。そして、毎日誰かと(複数が多い)「対話」をしている。

 

休日はとても大切だ。

日曜日は仕事をしない。

夫婦共通の好きな趣味に没頭する。好きな場所に出かけたり、たまにライブに行ったり、息子と吉本新喜劇を観に行くこともある。

息子との外出は年に数回行く吉本新喜劇以外はほぼなくなったが、とにかくよく笑うので新喜劇よりも息子を見ている方が楽しかったりする。

 

仕事で組む相手は毎回違う。職種も違う。会う場所も違う。集まる時間もまちまちだ。

MCをする時もあれば、ひな壇に座る時もある(あくまでも例え)。

このタイミングで!という時にあえて「あかん方の意見」を言ってみる。すると、頭の中で考えているのになかなか発言できない人が「えいや!」と勢いづいて、温めていたアイデアを出してくれる時がある。セッションできる会議はおもしろい。

 

障害福祉制度を利用する人は、確実に多様化した。

「障害」そのものではなく「生きづらさ」に注目するようになった。

 

「生きづらさ」に定義はない。

定義のない「辛さ」に対するサポートは、とても大切であるのと同時に、福祉制度の活用という手法のみで受け止めることでもない。

環境が自己実現の障壁になっている「見える生きづらさ」だけではなく、
「見えない生きづらさ」もある。

 

その人が「いつから」パワーレスな状態になったのか、またはパワーダウンして
しまったのか。

立ち止まるしか命を守る方法がなかったということも忘れてはいけない。

 

その生きづらさは具体的な問題なのか、精神的なものなのか。

自分についてなのか、家族や周囲を含んでいるのか。

何が得意(好き)なのか、何が苦手(嫌い)なのか。

本当は、どうありたいのか。(リカバリ-する過程で話してもらえる大切なこと)

 

緊急性が高く早急な対応が必要なのか。

福祉サービスの導入で心や身体は軽くなるのか。

精神保健医療につなげる必要があるのか。

伴走しながら時間をかけて少数で寄り添うサポートがいいのか。

地域の見守りがあった方がいいのか。

あっさりと聞いて、次の発信を待つのか。

 

サポートするということに正解はない。
本人の意思が最も大切だが、すぐに気持ちを出すことができない人もいる。

だからこそ安直な提案をこちらから出すのではなく、一歩引いて考える、他者の意見(視点)も聞いてみるということが大切だ。

 

331日はたくさんの「異動の挨拶」をいただいた。

でも、問題ない。

「次の異動先で、地域の実情をどんどん伝えていってくださいね!別の課になってもまた絡みましょう!」

そう言って毎年笑顔で送り出している。

 

多様な問題や困りごとを抱えている人が近くに存在するということを地域は知っている。

その地域と、数年間地味にかかわり続けてきたことで沢山の声を拾うことができた。

だから、大丈夫。

町は、地域は、確実に変わってきている。

福祉サービスが届かない(拒否される)人を気にかけてくれる人たちが沢山いる。

ヘルパーよりも商店街のおっちゃんの方が話しやすいという人もいる。

 

町は、生きている。

 

遠くにいる大切な人の「今」を知ることができるツールはとても有難い。

でも、「発信する」のは自分の場合はそんなに簡単ではないので、もう、1年に1回アップきればいい方じゃないかと今は思っている。

マメじゃない人間は二兎追えないのだ。

 

 

私は、ごっつ元気です。

4
1日の記事やけど、嘘とちゃうからね(笑)

 

 
FullSizeRender (2)




















GLIM SPANKY

たまたまYouTubeで見かけた動画に衝撃を受けた。
10代と思われる女の子がライブハウスでアコギ1本で歌うその声、その歌詞、その曲に。
「焦燥」というタイトルにも驚いた。
なんで、この女の子はこんな詩が書けるのか?曲が作れるのか?こんな風に歌えるのか?

彼女のことが気になって気になって色々と調べてみたところ、
・子どもの頃からケルト文化に興味を持つ
・高校生1年生の時にバンドを結成する
・その頃から「GLIM SPANKY」として活動を始める
・オーディションに応募して5500組の中の14バンドに選ばれる
・当時のメンバ−4人のうち二人が脱退した後も新たなメンバーを入れずに2人で活動している
・祖父が日本画家、父がかなりの音楽好き

そんなことがわかり、気がつけばガチガチのファンになっていた。

彼女は息子と同学年だ。
そうなると、私の妄想は留まることなくどんどん膨らんでいく。
息子のクラスにこんな女の子がいたら・・・。

息子と同じクラスのレミちゃんがデビューする。
これは応援するしかない!
レミちゃん、いつも見てるよ!


ああ、楽しい。



そうだ!
息子にGLIM SPANKYを聴かせてみよう。

「(息子よ)これ、聴いてみない?」
「聴かない聴かない!絶対聴かない!」
「なんで!!!」
「歌が入っている音楽は聴かない!興味ない!」

忘れてた・・・。
息子はインスト専門だった・・・。


むむぅ・・・、じゃぁこれはどうだ!!

 

 

ポンコツクエスト



GLIM SPANKY とポンコツクエストが好きすぎるというだけのなんてことないつぶやきでした。


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