とりあえず、いってみよう

2011年12月




160-133
ウコンの力 スーパー


今年は何本飲んだだろう。
相当な本数を飲んでいることは間違いない(笑)

12月はまさに「東奔西走」という言葉がピッタリな忙しさだった。
でも、そうなることは十分に予想できていたので心も体も準備万端。
1年で一番頑張った月だと思う。
「おつかれちゃん!」とスタッフにも自分にも言いたい。





今年は大人数よりも少人数の忘年会にたくさん出席させてもらった。

その中で聞こえてきたのが

「◯◯さん、1月いっぱいで辞めるらしいよ。」

「◯◯さんは2月いっぱいで辞めるらしい。」

「◯◯さんは3月いっぱいで辞めるらしい。」

という退職に関する噂だった。
どの人も「(相談支援の)ワーカー」と呼ばれる業種の人ばかり。
しかもそれぞれの職場で中心に動いている優秀な人たちだ。

退職理由を聞くと
「表向きは家庭の都合。でも、たぶん燃え尽きたんだと思う。」


相談の仕事をしていると、外からも内からも
「燃え尽きる」、「バーンアウト」という言葉がよく聞こえてくる。
でも、”燃え尽きる原因となった問題”を誰も具体的に説明してはくれない。
いや、もっと言えば「人間関係で仕事を辞めました。」
と、相談をする発達障害の人と同じぐらい”燃え尽きる”を曖昧に
捉えているんじゃないかと思ってしまう。

”明日のジョー2”のラストは、何度見ても号泣する。
真っ白に燃え尽きたジョーに一筋の光が射し、ジョー山中の歌が流れるあのシーン。


私にとって”燃え尽きた”という言葉は、矢吹ジョーのように最期まで諦めず戦い、その行動(戦い)に悔いを残さない人が、寂しく微笑ながら言う最期の言葉なのだ。

だから

「燃え尽き症候群」とか「バーンアウトシンドローム」という言葉がやたらと横行していることになんとなく違和感を覚えてしまうのだ。


十数年前から何度も何度も。耳にタコができるほど
「あなたみたいなやり方だと、すぐに燃え尽きちゃいますよ。」
と、皮肉交じりに言われたこの言葉。
(言った相手が辞めていることが多い)

どうして”燃え尽きる”と決め付けるんだろう?

「あなたのようなやり方だと、”上から圧力がかかって潰されるから”燃え尽きますよ。」
なのか、

「あなたのようなやり方だと、”協力者が見つからないから一人で抱えて”燃え尽きますよ。」
なのか、

「あなたのようなやり方だと、”業務過多”で燃え尽きちゃいますよ。」
なのか、

「あなたのようなやり方だと、”自分だったら”燃え尽きちゃいます。」
なのか?

 

おそらく私のような人間は、以下のプロセスの4)の段階に入れられるのだろう。

 <燃え尽きのプロセス>

・燃え尽き症候群は,以下のプロセスを辿るとされる。

1)態度の変化:怒りっぽくなり,不平不満が増える。人や物に対して疑い深くなったり,寡黙でひきこもりがちになる。

2)逃げの行動:クライアントとの対等な関係を避け威厳的に接するようになる。忙しそうな振りをしたり,仕事を休みがちになり,転職を希望するようになる。

3)ストレス性の身体症状

4)燃え尽きの否認:自分の価値を実証しなくてはという強迫観念から,スケジュールをさらに過密にしたり,困難なケースを担当する。仕事をスーパーマン的にこなすことで,存在感をアピールしようとする。

5)崩壊:1~4の悪循環から,不安・怒り・恐怖感などが強まる。適切なサポートが得られないと,抑うつ感と攻撃性が高まり,正常な人間関係が保てなくなる。

・燃え尽きによる崩壊の危機から逃れようと,アルコールや薬物乱用などの行動がみられるようになることも多い。

確かに。無理に当てはめよとするとアンダーラインの項目に入るのかもしれない。
でも、内容を読む限りでは燃え尽きるためにはアピールする”対象者”が必要なようだ。
自分にはアピールしたい対象者はいないし、 アピールする必要があるとも思わない。
ただただ眼前にいる、困っている人の問題を解決するために考えて動いているだけだ。
 

相談というのはシーズンであったり、家族構成やその家族の変化によって支援の内容も回数も格段に変わる。
困難ケースは1年ではまず終結できない。だから前年度や一昨年の記録を見て比較したりその時にどのように動いたのかなど確認しながら継続した支援と新たな支援を組み合わせて効果を見たり検証したりしている。
遠巻きに見ている人は遮二無二動いていると思っているかもしれないが、実は淡々、黙々と仕事をしているのだ。
シーズンもおおよそわかっているので、ある時期は「なんちゃってスーパーマン」にもなるしスケジュールも過密を極める。
けれど、シーズンオフは有休を使って旅行にも行き、十分な休養もとっている。
つまり、ペースさえつかめれば相談支援は”燃え尽きる”仕事ではないのだ。

では、なぜ「(相談支援の)ワーカーは燃え尽きる」と言われるのだろう。

職種別には、ソーシャルワーカー(社会福祉士、精神保健福祉士)教師、医師、看護師など社会的にモラル水準への期待度が高く、仕事への献身を美徳とされる職業に多い。
特に社会福祉士、精神保健福祉士については国家資格の割に合わない低水準な給料体系の為にリスクが高い。

そう。このアンダーラインの部分。

なんだかんだ言っても「割に合わない低水準な給料体系」、ここが燃え尽きの一番の原因かもしれない。
辞めるという話を聞いた人の殆どが非正規雇用、若しくは正規雇用であっても一般企業とはかけ離れた給与水準だったりしているようだ。

ありがたいことに自分の職場では相談支援事業の管理者は私なので内外ともに主要な会議で実情について発言させてもらえる機会が多い。
そういうことも関係しているのか、相談支援事業の仕事について法人理事会までしっかりと認知されているように思う。
(法人内部の利用者ではなく、地域最優先で仕事をすることも、委託事業なので当然であると認められている。この点は当たり前のことのようで実は意外に当たり前ではなかったりする。)

国家資格取得手当や相談支援という職務に対する手当も付いている。
人事考課やフィードバック面接も丁寧に行なっている。
給与水準も決して低くはない。

だからこそ、
”割に合う”仕事をしなければいけない。
求められるものが多いだけに相談支援は法人内では最も人気薄な職業であり(笑)、外からは人気沸騰の仕事という位置づけになっている。

しかし、その時代も終わりを告げようとしている。
平成24年4月から相談支援は確実に希薄な事業になっていく。

誰でもできる相談支援。
指定相談支援専門員の要件緩和の内容を見るかぎりでは、専門性や技術はさほど求められない職業になっていくことは間違いない。

これから指定相談支援専門員になる人は”割に合う”仕事と思えるだろうか?
これからも委託指定相談支援専門員として働く人は今以上に”割が合わない”仕事と思うのだろうか?

いずれにしても、私はそれほど若くもなく熱くもないので相談支援が”圧倒的、長期的に割に合わない”ということが認められた場合は事業としての収支も見つつ、体制を考えなければいけないと思っている。

ワーカー個人に課せるものではなく事業として考えるべき問題なのだから。

さて、「◯◯さんが辞めるらしい。」という声は今後も耳にするだろう。
でもそれは「相談支援」だからではなく、福祉業界全体の問題だと思う。
離職率の高い職種はその内容に見合わない賃金の低さであったり、OJTが確率されていない中での抱え込みであったり。
不勉強で無理解な上司の下で疲れてしまったり。
周辺で聞こえてくる「燃え尽きる」という現象は、給与水準を見直し、育成するシステムも見直して適切にフィードバックをすることで解決できる問題もあると思う。

それぞれの組織で取り組むべき課題を、単純に「相談支援は燃え尽きる」という言葉で流してしまうのはいかがなものかと思う年の瀬だった。




ようやく仕事が一段落したので何か記事を・・と思ったらこんな内容に
なってしまいました。すみません。

皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。



20

     若き日の立川談志と上岡龍太郎

今観ても面白い。
ズバリと斬り込むするどい口調に一流のユーモア。
ほとんどテレビを見なくなったのは、
"笑い屋(ADやD)の声と蛍光色の垂れ流し”だから。

テレビって、おもしろくなくなったよなぁ。





今日、息子が中学生の頃に書いた年表を偶然発見した。
日本と世界の動きと並列に、
「その時、自分は何をしていたのか?」
そんな内容が書かれていた。


1992年
2月13日  セバ(息子のHN)生まれる
3月14日  東海道新幹線に最高時速270㎞の「のぞみ」が登場

1994年
9月 2日  大阪・泉州沖に関西国際空港が開港
2月15日  セバ、ロタウイルスのため入院

1995年  
1月17日  阪神淡路大震災が起こる
3月20日  地下鉄サリン事件が起こる
3月     セバ、自閉症と診断される

1997年
7月 1日  香港がアヘン戦争以来155年の英国統治から中国に変換
8月31日  ダイアナ元英皇太子妃パリで交通事故死
       セバ、プリングルスにはまる

1998年
2月 7日  長野オリンピック開催
4月 2日  セバ、◯◯小学校に入学。入学式をパニックで中断させる
7月25日  和歌山カレー毒物混入。4人死亡、保険金疑惑

1999年
6月     セバ、雨パニックで教室中の窓を閉める
9月12日  台湾でマグニチュード7.7の大地震が発生
       乙武洋匡「五体不満足」がミリオンセラー

2000年
6月26日  雪印乳業製の乳製品の食中毒汚染が発覚
7月     セバ、鳥博士になる

2002年
1月23日  雪印食品の牛肉偽装が発覚
4月     セバ、小学校で日記を書き始める


・・と、まだまだ続くがこの変でやめておこう。
以前彼は「頭の中に年表がある」と言っていたことがあったがなるほど、
こういうことだったのか。
良かったことも嫌な思い出も、全部年表に並べて記憶されているのだろう。
たぶん学校で出された課題か何かだったのだろうと思うが改めて読んでみて
「なるほどなぁ。」と深く納得した。

同時に世の中の事件と「本人の事件」の対比が、本人は狙ってないんだけど
むちゃくちゃ面白いという点も、関西人なら外せないポイントだ(笑)


セバさん、
やっぱりあなたはおもしろい。




   



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