(「噂の眞相」休刊以来、雑誌放浪の旅が続いている…。)

文藝春秋は毎号お題(特集企画?)に対する様々な方のコメントやエッセーがTBの如く並ぶ、ブログのような編集。対談や座談会記事も多く、取材記事が少ない。ジャーナリズムではない、文藝だからこれでも良いのだろう。

ノンフィクション作家の佐野眞一氏の記事掲載について他誌と比較してみる。
文藝春秋5月号では「平成ホリエモン事件」という特集の中で佐野氏は「大衆は『堀江失墜』を待っている」というコメントが掲載されている。
〔参照;4/10ブログ「平成ホリエモン事件?」〕
(余談;特集では堀江氏に批判的な見解をされていた方が多かったが、その後手のひらを返したように持ち上げたり、寄稿当時は堀江氏やライブドアなどよく知らなかったにもかかわらず、最近ではホリエモン論を語って商売している者もいるのは笑える。)

一方、月刊現代6月号では「生涯現役 海老沢勝二、失脚を語る」という佐野氏の取材記事を掲載している。
〔参照;5/2ブログ「佐野眞一氏 海老沢勝二の心象風景に迫る」〕
やはり佐野氏が興味の対象として、自ら取材した記事の方が圧倒的に面白い。そういえば月刊現代ではかつて「早熟な太陽 石原慎太郎のすべて」という連載もあった。ノンフィクション作家としての佐野氏の魅力を引き立たせている月刊現代の方が文藝春秋より数段上だ。

てっぺん野郎―本人も知らなかった石原慎太郎

…と思っていたら、
文藝春秋7月号に佐野氏の取材記事『「幸福の町」発 百七人の悲劇』がありました。
新興住宅地の形成と共にローカル線から通勤電車として姿を変えていった福知山線の歴史など、マスコミではあまりとりあげられない視点を読者に提供することで、インフラの伴わない大量輸送化が事故の要因となったことも判るし、また事故原因が全て解明されない現在でも再開通を望む地元住民が多いことも理解できた。さらにJR西日本の井手正敬と信楽高山鉄道元社長の杉森和夫氏を対比させることにより、過去の事故に対する責任回避が今回の事故を産み出す土壌となっていることも改めて印象付けられた。

そういえば今日は福知山線の運転再開の日だ。