2012年08月04日

西瓜

e0665cac.jpg買い物するならホンコン、中華といえばヤングコーン、ブラザーとくればブラザーコーンであるように、日本の夏といったらスイカであることは、ブラザーはブラザーでもトムのほうのブラザーとて認めるところであろう。
アルゼの三連絵柄並みにアツイ我が国の夏、水分補給は必須事項でもあるし、その際に麦茶というのはなるほど、日本の夏を象徴するに相応しい飲み物だと言える。
しかしながら、人は水分を摂ることだけに生きるにあらず。涼感をも求めた際にダントツのトップに挙がるものこそスイカであると、僕は信じて疑わないのである。

あのさわやかな緑色、神の奇跡としか思えない黒縞のデザイン。
そして切り開いた際の真っ赤な果肉とのコントラストを見るにつけ、ああ日本人でよかったと、これを水メロンなどとメロンの劣化品呼ばわりする毛唐共はなにもわかっちゃいないんだと、心の中で叫びたい気分でいっぱいになる。

と、ここまで読んでくれた方は、ああ、きっとこの人はスイカが好きなんだ、好きで好きでたまらない一休さん状態なんだ、と思ったことだろうが然にあらず。
空気としか思えない「パチスロモンスターハンター」のスイカが嫌いだとかそういう話ではない。エウレカの強スイカは良かったな、という話でもない。そういやドンちゃんシリーズってせっかく和風モチーフなのにスイカ絵柄ずっと無いよな、とかそういうのでももちろんない。
実のところ僕は、スイカがあまり好きではないのだ。

上記したように、デザインとしては最高であると確信している。
フルーツ界の王者に相応しい大きさも素晴らしいと思う。
嫌いな人だって多いのに「誰もが喜ぶ」とか勘違いしているメロンのヤツよりずっといい。
問題はニオイ、そして種にある。

ニオイについては熟し度合いによっても大幅に変わってくる話なのだけれど、端的に言えば未成熟なスイカほど危険度が高い。まだ固いよねというスイカにいたってはソマリアレベルの危険度である。
特に皮に近ければ近いほど危険度はうなぎ登りの滝のぼりであり、デンジャーランプがエマージェンシーであり、何が言いたいのか自分でもわからなくなるほど捏ねくり回しておいてなんだが、ようはアレだ、青臭いってことさ。「俺はカブトムシじゃねえ!!」って叫びたくなるってことさ。

と言ってもこれに関しては幾分かの回避法も存在するのもまた事実。
ようするに皮ギリギリまで攻めなければいいだけの話なのだから。ただし「こいつなんだよお大尽かよ」という謗りを受けることは覚悟しなくてはならない。

本当の問題は種、こちらであろう。
幼少の頃からスイカの種がニガテだった。
「スイカの種を食べると盲腸になる」という都市伝説をまことしやかに伝えられた幼少時の僕は、間違っても種を飲み込んでしまわないよう、慎重に食べざるを得なかった。
なにしろ「スイカの種→入院→注射&手術」という恐怖の図式は、少年の心のおしっこをチビらすには十分の破壊力。不戦の約定以上の効果をもっていたのも無理からぬ話であろう。
表面に見えている種を全て取り除いてから勝負開始。しかしまだガブリと突撃するわけにはいかない。何故ならば内部に隠れている種がまだまだあるからだ。
少年ビックリマンクラブの具留目食べ作よろしく一口でガブリといった日には、中の種に気がつかずにジ・エンド。地雷原でタップダンスを踊るようなものである。

ようするに味云々以前に「恐怖を感じながら食べなくてはならないもの」だったわけだ。
余談ではあるが、後年になってスイカバーを初めて見たときは、「種がチョコレート」という素晴らしいアイディアに拍手を送りたい気分でいっぱいになった。あれは素晴らしいよね、本当に。

閑話休題。もちろんいい歳こいた現在となってはスイカと重複するべきはビッグボーナスであり、決して盲腸との重複フラグは存在しないということはわかっている。であるからそんな戯言を信じているわけではないが、しかしながら面倒であることには変わりはない。
気がつけば3年以上の長きにわたり、スイカを食べない生活を送っていた。

そんなわけで本日、3年以上ぶりとなるスイカを食べたのだけれど、気になったことがひとつ。
黒い種ではなく、なんというか小さな白い種。あれは当時の都市伝説的にはセーフだったのかアウトだったのか。
あれをすべて避けることはとても難しいと思うのだけれど、当時の僕はそれについてはどう考えていたんだろう…。
白い種だけにシロだとはとうてい思えない、食べにくい白い種をペペペと吐き出しながら、そんなことを思った32歳の夏でしたよっと。今年もこんなんでいいのか。


bach555 at 02:07│Comments(0)TrackBack(0)生活全般 

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