2011年12月11日

国際フォーラムのタイガース(3)

すっかりご無沙汰でした。

(Word を仕事で使いまくる日々が続くと、目が疲れるので、まったく書く気になれないという・・)

フォーラムって9月だったかな?ジャケット着ると暑かったくらいだから・・と、そこまで時間がたってしまったけど、まず思い出されるのはメンバーの嬉しそうな顔かな。

それとサリーのベース。

終盤の曲で、動きが多くなるフレーズの数々には高揚するものがあった。

ただ、あらためて振り返ると、この日の主役は、座席を埋め尽くしたファンの人たちだったかもしれない。

想像してみて欲しい。

タイガースの解散は71年だから、すでに40年以上も表舞台から消えていたことになる。

当時の小学生も50代に、高校生は60代になろうかという長い年月だ。

しかし・・・・、ファンの心の中にタイガーズはずっといた。 

もちろん、私生活の変化などによって「占有率」 は変わったかもしれないが、完全に消えることはなかった。

その背番号が「永久欠番」 になった野球選手みたく、タイガースを自らの内側にとどめ続けてきた人たちがいなければ、この日のフォーラムでの一夜もなかったのだ。

そんなふうにも考えられる気がする。

美化するつもりは毛頭ない。

それでも、ある種の感慨抜きに思いをはせるのは難しい。

この推察、シローにも当てはまるのかは微妙だとしても(一言余計だな)、大きく外れてはいないのではないだろうか。

badbadcity at 11:26|PermalinkComments(4)TrackBack(0)

2011年10月01日

国際フォーラムのタイガース(2)

今回、ヒット曲中心の構成というのはいいものだなと、改めて感じた。

ジュリーのソロは、「新曲中心という心意気は立派だと感じます。ただ、失礼ながら、もっといい曲、いくらでもあると思うんですが、どうしてやらないんですか?」 と尋ねたくなるようなケースが多かったから。

(実際、周囲のお客さんのため息も何度聞いたことかわからない。)

もちろん、「毎年、ヒット曲ばかりの予定調和ではつまらない」 とする向きもあるだろう。

にしても、「楽曲の質としてどうでしょうか?長いキャリアの中で、時の試練に耐えた曲と並べるにはいささか・・・」 と思うことが多かった。

はっきり言って、「よくぞ、ここまで独善的な選曲でお客さん入るなぁ」 と妙な感心の仕方をしてたくらいで。

その点、今回は、イントロだけで「きたぁ〜!」 という曲が、次から次に演奏されて、やっぱり、これが本来あるべき姿ではないか?と。(真似したくても売れてなかったら出来ないのだ) (笑)

加えて、ジュリーが、オリジナルに忠実な歌い方をするシンガーだという事実も忘れてはいけないだろう。

誰とは言わないが、昔の曲を歌うと、フェイク入りまくりで一気に興がさめる人もいるものだ。

そこはファンにとっても大きなポイントかと思う。(キーも変わっていないし。)

以上、今日はここまで。

あと一回くらい書くつもりです、ということで、またにします。


*「花の首飾り」 は、トッポが一番かなと。(井上陽水が歌った時にもそう思った。)

*敢えてジュリーが歌ったのは、敬意の表明と、今一度、参加を呼びかける意味があったのだろうか。

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2011年09月11日

国際フォーラムのザ・タイガース(1)

先日、例によって(?)マニアの方のご厚意に甘えて行ってきた。

「沢田研二とゲスト」 ということになっていたけど、お目当てはタイガースだったし、演奏された楽曲もタイガースのレパートリーばかりだった。

で、感想はとっ散らかってるので、数回に分けて書くことにしようかなと。

(ただ、ここのところ、本業も原稿を書くことが中心になっているので、頻繁な更新は無理です。念のため。)

一言でまとめると、祝祭日だったなぁと。

(「演奏会」 としては、冷静に振り返るとアラも少なくなかったと思うが、メンバーの大半が一堂に会した事実の前には指摘するだけ野暮だろう)

特に、冒頭の数曲での場内の雰囲気は形容しがたいものがあった。

ピーがドラムスを連打するだけで、サリーが低い声でコーラスやるだけで大歓声だったわけで・・・。

実際、ピーの叩き方って、スティックさばきが派手で、甲子園球児の全力疾走のような、わかりやすい熱気が、2階席まで届いてくる。

年齢が信じられない見た目も含め、往時のライヴでの人気はさぞかし・・と思わせられた。

今回の大きな収穫の一つ。良いものを見せてもらいました。

(続く)


*ジュリーの体型について、今一度、苦言を。(「それこそ野暮じゃないのか?」 という突っ込みも予想されるが構わない)
ステージでの「たたずまい」 やアクションの「形」 が著しく変わるのは、声が出なくなったりするのと同じくらいパフォーマンスの質に関わっているはずで、言い訳の余地はないと見た。(ピーがデブデブだった場合、歓声の質量ともに同じだっただろうか?)

*とはいえ、今回、奇跡のようなイベントが実現したのは、なんと言ってもジュリーが現役だったからだろう。とにかく嬉しいそうだったし、それで十分!!という向きもあっていいと思います。



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