buddha 2005年、突然にふって湧いた「伊福部」マイブームと、唐突に思い出した「台湾で買ったDVD」。NHKの「新シルクロード」を観ていて、やはりいきなり「ああ、アレあったっけ」と、夜半予告なしの2時間半の長旅、本日のレビュー:

『釈迦』

 日本では色々とまずいのかDVD発売が遅れている本作、WTO加盟後の台北で購入したので海賊版ではないと思うが、角川映画の預かり知らんところで商品化されているという気はする。英語発声。値段は99元(330円)。ちょっとインチキな16:9ではあるが、サウンドはドルビーデジタル、5.1ch。

 何が問題かって本作は、インドを舞台にインドの偉人を描いた作品なのに、ほとんどオール日本人キャスト、日本語の台詞。そこが偉い人には失笑のタネとして映ったようだが、だったら流暢な英語でベラベラ喋る『十戒』や『ベン・ハー』はどやねん。英語ならエピック・ファンタジーからスペース・オペラまでそれっぽく感じ、日本語だと白けるという、その感性自体が極めて国辱的だと思い知るがいい……などと、普段足りない愛国心を披瀝してみたが、英語版『釈迦』で、自分もそんな安っぽい日本人だと気づかされた次第。確かに外国語だと、何やら知らん説得力が増すわ。

 映画は「東方の賢人」が救世主の誕生を予感し、その通りにお釈迦様が生誕するという、まんま『ベン・ハー』みたいな展開で幕を開ける。有名な第一声「天上天下唯我独尊」も、もちろんネイティブな英語だ。

 長じて勇敢な青年となったシッダ太子(本郷功次郎)は、ダイバ・ダッタ(勝新太郎)とのバトルに勝利し、ヤショダラ姫(チェリト・ソリス)を射止める。だが、当時のインドはカースト制度真っ盛りの時代。下層階級の人々の悲惨な生活実態を目の当たりにしたシッダは、「空を飛ぶ鳥はこんなに自由なのに…」と、まるで『ブラザーサン・シスタームーン』みたいな感慨(宗教映画ってのは、まるでどこも同じなんですな)を抱き、出家して民の苦難を救済せんと志す。苦行は6年にも及び、その間にはダイバ・ダッタに貞操を奪われたヤショダラ姫が自決する次第にも発展するが、シッダ太子はあくまで己の悟りを目指すのであった。

 菩提樹の森に座禅を組むシッダ太子に、悪鬼どもが色香で誘惑し、あるいは刃で脅しながら修行を断念するように迫るが、ついに耐え抜いたシッダ太子は、ついに悟りを得て「釈迦」になるのだった。ここまで1時間。

 さて、後の1時間半をどう過ごすか。実にお釈迦様が様々に起こす奇跡を、絵巻調に描いていくのだ。

 悟りを得て以後、シッダ太子の声にはエコーがかかり、カメラはその姿を捉えなくなる。ある時は影、ある時はコントラストのきつい逆光、そしてまた超ロングショットと、これまた『ベン・ハー』よろしく聖人の神秘性を強調するカメラワークに終始する。しかし、それでは本郷功次郎の立場は? ここで物語は、まるで悪役のダイバ・ダッタが主役であるかのように、勝新ばかりが画面に登場してくるのである。

 仏教の根本は「慈悲」の心だ。いや、実際の教義としての仏教のあり方は知らないが、なにしろこの映画は『ベン・ハー』なので、そういう部分が否応なく強調される。バラモン時代のインドなので、善人を炎に放り込んだり、焼け火箸で目を潰したりと、三隅研次監督らしいシーンは数々登場するが、虐待された人々は、釈迦の教えに従って、手の皺と皺を合わせて幸せ、朝に礼拝夕べに感謝な状態で、理不尽な境遇を受け入れる。もっとも、ダークサイドな人々は、そうした清い心に打たれて自ら飛び降りたり自刃したりと、結果的に因果応報な筋書きになるので、一般大衆にも安心して観ることができる。

buddha_dungion 特撮映画の1作品として語られることが多い本作だが、黒田義之を中心とした大映京都の面々による仕事なので、いわゆる「特撮」としての絵作りがほとんどないのも特徴だ。釈迦の修行を妨害する悪鬼の演出には、後の『妖怪百物語』的なテイストは感じられるが、巨大オープンセットに莫大なエキストラを投入して、ほとんど合成カットもない。円谷英二なら『モスラ』並みに大ステージにセットを組んで、群集を合成するだろうが、『釈迦』はすべからく実物大である。それでいて超ロングショットも多用されていて、いったいどれほどスケールの大きな作品なのか想像もつかない。『ベン・ハー』だって合成したのがまるわかりな群集シーンがあったぞ。確かに一種のキワモノ作品であるが、映画史的にほとんど無視され続けて良い理由は理解できない

 あまりの広大さに目もくらみそうになる中で、オレみたいなボンクラに一服の清涼剤だったのが、動画を担当した鷲巣富雄(うしおそうじ)の部分。川口隊長がダイバダッタに唆されて、無実の父(先代・中村雁次郎)をダンジョンに幽閉する場面での、牢獄から見上げた空。『スペクトルマン』的マット画には安らぎさえ感じられる。

 川口隊長の王国を乗っ取ったダイバダッタは、仏教僧に激しい弾圧を加える。改宗しない僧侶は象に踏み殺させるという残虐な拷問を加え、巨大バラモン神像の前で炎に投げ込むという暴挙に出るが、ブッダの奇跡で弟子たちは命拾いし、愛する妻を自害に追い込み、仏教を弾圧したダイバ・ダッタさえも許した釈迦に、ついには勝新も帰依することに……と思ったら、もう涅槃のシーンですよ。

 伊福部昭は本作の音楽がいたく気に入っていたようで、後には管弦楽曲として編曲し直している。実際、人間としての釈迦が出てこなくなってから紙芝居的な展開になり、映画の主役は伊福部音楽に移ってしまったし言っても過言ではないだろう。一方で、大変に行儀の良い本作で、唯一生々しい人間として活き活きと悪役ダイバ・ダッタを演じた勝新太郎だけが印象に残る。次作『秦・始皇帝』で、主役が勝新に巡ってきたのも必然と言うべきか。


リズ・オルトラーニの音楽が泣かせる『ブラザー・サン シスター・ムーン』


大映スペクタクル路線はここから始まった『日蓮と蒙古大襲来』