新釈 四谷怪談 昭和24年、名匠・木下恵介監督の手による新しい解釈の「四谷怪談」という触れ込みで有名な本作。基本的に長らく見る気が起きなかった作品だ。

 鶴屋南北の原作自体読んだことがないけれども、四谷怪談と言えば新東宝のお家芸、伊右衛門と直助権兵衛の悪辣な企みによって非業の死を遂げた岩が、怨念の限りに憎き夫を呪い殺すその醍醐味こそが怖さであり面白さであるところ。そりゃもう100%中川信夫の世界だろう。にも関わらず、本作は「封建時代に非人間的に歪曲された碑史伝説を新な解釈のもとに」(キネ旬DB)改変。当時はGHQ占領下にあって映画の内容には厳しい制限がかけられており、仇打ちなどの封建社会を是とする作品の制作は禁じられていた。しかも監督が文芸作家の木下恵介、岩の役には田中絹代と、どう考えてもオドロオドロしいお岩さんの祟りなんか期待できない。また実際に世評としても「お岩の亡霊は伊右ェ門の良心の呵責からくるノイローゼのための幻覚であると合理化した」(TBSオンデマンドの解説より)などと、「本作はゲテモノ怪談とは一線を画したちゃんとした映画ですよ」と言わんばかりで、そのお上品な指向が何とも鼻白むわけだ。

 ところが……である。やれば出来るじゃん木下恵介!!

 貧乏浪人・民谷伊右衛門(上原謙)が士官と財産目当てに直助(瀧澤修)と謀ってお岩を殺し、お梅と再婚するという物語の骨格はよく知られた物語の通りだが、「封建時代に歪曲された」内容を検閲OKにするために、背景や人物関係は大幅に書き改められている。岩は妹の袖(田中絹代・二役)を養うためにお茶屋勤めをしていた下賤の出という設定、伊右衛門も身持ちの悪い素行不良の浪人ではなく、蔵破りに遭った責任を負わされて御役御免となったという設定。直助は今こそ植木職人となっているが、実は小伝馬町の牢獄に囚われていた盗賊だ。

 前後篇の二部作となっており、浪人暮しに飽き疲れた伊右衛門が、豪商・一文字屋の一人娘、梅との結婚のため何とかして岩と別れようとし、岩がそれを必死に拒む前篇の展開は精神的にギリギリと追い詰められる感じでいかにもイヤな話だ。挙句の岩殺害がクライマックスとなるのだが、ここで不快指数はMAXに。まさか見せるまいと高をくくっていた田中お岩の化物メイクだが、ちら見せながらきちんと作り込んでいて怖い。そこに岩に横恋慕する牢上がりのチンピラ小平(佐田啓二)が絡んでカオスと化した上で惨殺。そして次のカットではもう岩と小平が化けて出るという寸法に。なんだ、ちゃんと亡霊出てくるんじゃないか。しかも四谷怪談史上最速で。とにかくこの前篇ラストの展開は新東宝・大蔵・大映が束になっても敵わない怪談映画のカタルシスに満ちている。

 後篇は良心の呵責に苛まれた伊右衛門の乱心を中心に、妹のお袖が事件の真相に迫り、かつまた前篇で散りばめられた様々な伏線を収拾していく。ストーリーとしてはいささか理に落ち過ぎている嫌いはあるが、それでも随所にお岩の亡霊は現れ、一文字屋の業火の中で伊右衛門、直助、そして我儘な娘お梅への呪いが完結する展開は間違いなく怪談映画。中川信夫の「東海道四谷怪談」を超えた、四谷怪談映画最恐の作品と言っても過言ではない。

 果たして木下恵介監督のキャリアを考えたときに、「四谷怪談」誰得という気もするが、怪談映画は「怖い」が最大の誉め言葉ではないのだろうか。「幻覚であると合理化」と言うけれども、天知茂の目撃したお岩の亡霊だって、幻覚と怨霊の間を行き交っていたじゃないか。木下恵介の「新釈 四谷怪談」はメチャメチャ怖い、だからこそ見る価値のある作品だ。やっぱり名匠と謳われる監督は、何を撮ってもすごいなあ。

 ただ、惜しむらくは岩が田中絹代じゃなく高峰秀子とかだったらなあ…。

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