2012年01月15日
回想 2011年3月後半〜5月前半
実を言えば、当初今ほどには原発の廃炉/存続を重視していなかった。
まず一つに、太平洋岸への津波の被害が甚大過ぎたと言う事。
多数の避難者と広大な被災地、直接被災を被っていない全国にも、様々な面で負担がかかり余裕を失って行く。それにつれて政府はきっとその責務の多くを丸投げし「国民の精神論」に転嫁する。
そして、戦時中を彷彿とさせる…と言うより意識的に模倣した「耐え忍べ日本国民」スローガンの浸透と、そのツケを「ワガママな被災者、生活困窮者」に求める自己責任レイシズム、補償や支援を求める事への相互抑圧が始まる……そう踏んでいた。
震災後、もし一人一人が注目し、発言したり行動する事で対処する必要がもっともあるのはそうした問題ではないかと思っていた。
今でもその予想自体が外れていたとは思っていないが。それは福島の被災者により強く該当し、そして福島以外でも未だ生活を取り戻せない人は多数現存する。
そして、原発については「いつか事故って放射能撒き散らすなんて、みんな知っていたじゃないか。知ってて設置し続けていたじゃないか」という思いがあり、また、それ故にいつか起きる事故に備えて「それ相応の避難、汚染対策、補償策」は用意してあるだろうと思っていた。少なくともチェルノブイリ事故の時のソ連と同程度かそれよりも高度な対策が取られるだろうと踏んではいた。
そして、さすがにこれだけの事故が起きれば国内の原発は有無を言わず廃止に向かうものと思っていた。
言うまでもなく、こちらの現実は私の想像をはるかに下回る最低最悪なものだったが。
多少落ち着いて状況を見られる様になった3月中盤から、私が最初に強く意識したのは「あらゆる地域のあらゆる被害を絶対過小評価するな」という事だった。
つまり「被災地以外の地域も大変なんだ」という立場から被災地の苦しみを「甘えや分不相応な要求」と片付ける視点を取らない事。逆に被災地や福島の被曝状況から東北以外に降りかかる様々な現実を「非被災地の甘えや傲慢」と片付ける視点も取らない事。
どちらかの視点を選んでしまった人達同士による際限ない水かけ合戦を目にして来た人になら、こうする事の重要性は理解出来ると思う。これまた、当初予想していた津波被災でのそれより、実際には原発事故でのそれが顕在化して行った。
物資や食糧の欠乏、経済の破綻、そういうものによる全国規模の被害となって、冗談でも何でもなく「日本と言う国は今度こそ消滅するかもしれない」と思っていた。そして、これがチェルノブイリ以上の事故であったなら、福島や東北「だけ」なんかじゃない、東日本全域、あるいは日本全国が既に要避難区域じゃないかと思っていた。
政府やメディアの反応に不審なものを感じる様になるのに、さほど時間はかからなかった。
まず被曝状況についての報道がおかしい。当初聞いた施設の破損状況と、放射線の拡散規模の情報が釣り合わない。施設周辺だけが被曝して、多少その周辺に流れるかもしれないけど後は大丈夫というようなコメントが流れ始める。
原発を廃止しようとする動きもない。それどころか広範囲の住民避難もない。
避難先での住民の生活を再建させる対応も、避難を強いられた事への補償の準備の話もない。
「避難するのも残るのも自己責任で」と当たり前の様に語られ続ける。
ただ、福島第一原発の復旧に当たった作業員の奮闘と「自己犠牲」を讃える物語だけが反復させられていた。
流石に理解できた。
私達は大本営発表だけを押し付けられて、被災地とも、国外とも情報を遮断され、忍従を強いられながら留まらさせられ、廃棄処分され忘却されつつあるのだと。
石原の「これは天罰だ」と悦にいる態度、「戦時中の様に国民は一丸となって耐え忍ぶ美しさ」とのたまう様は、奴個人はムカつくけど、ある意味政府と東京電力と原発利権層の本音を端的に表現するバロメーターとなっていたのだろう。
そして、「原発マフィアや政府に・一般市民が使い捨てられる」という次元だけの問題ではない。
その利権層や政府をもひっくるめて、日本全体が国際社会レベルで切り捨てられ忘却される羽目になるだろうと予想していた。
そういう事を考える一方で、憤ってていても現実問題大した事は出来ないだろうとも考えていた。
自分一人(そして実家の家族にも)今の生活を捨て去って安全な所まで逃げ去って、そこ新しい生活を始められる目途さえ立てられない。本来政府や東電が補償すべきな所をそうなっていない事に抗議する事は出来てもだ。
エジプトの様に住民達で集結して現政権や利権層を革命で倒し、真に被災者の救援や補償を成し遂げる社会システムを作り上げ、必要とあらば列島を後にして世界各地に移住だって成し遂げる……そんなのはまして夢想の中の夢想でしかないと言う事も。
逃げられる人が逃げるのを「潔くない」と批判する人も見かけたが、自分はそれを批判したい気持ちはこれっぽっちもなかった。逃げられる人は逃げればいい。それがあと一歩の人の背中を押す範とだってなるのだからと思っていた。
ただ自分はあと一歩どころの状況にない。「たとえ数百万円以上の多重債務者やホームレスになってでも放射能汚染やこの先の地獄絵図の及ばない地へ」という覚悟は持ち合わせていない。
ならばせめて東京で、普段の生活に、これまで持っていた夢や趣味にしがみつきながら、破滅の日まで奴らに抗議して1ミリでも状況の変わる手助けとなろうと思った。
3月後半から様々な人のアクションが始まっていた。
4月に入り東電前での抗議アクション、石原慎太郎の「戦時中の様に我慢しろ」発言への抗議を含んだ新宿中央公園での「石原に逆らって花見」などに私も参加した。
花見には福島の地酒「大七」を持参。福島産の野菜で作った惣菜を持って来た人もいた。
ここで言っておかねばならないだろうが、この時点での私は「放射能怖い、だけで盲目的に福島を排除するな」「だから福島の食材も積極的に食べよう」という意見であった。
但し、当時でも「福島の食材は安全だ」と思っていた訳ではない。出荷停止や排除によって更に生活が圧迫される人達に何もしない、困窮されたまま差別されたままで放置している政府へのあてつけでもあった。また「放射のへの嫌悪、恐怖」も当時耳にするのは「ピカの毒」レベルの60年一昔な幼稚な偏見が圧倒的だったという背景もある。
正直言えば、その時でも自分ではあえて福島産の食材も食べるけど、子供や成長期の未成年者、子どもを持つ予定の男女にまで食べてほしいとは思えなかった……もっとも、実も蓋もない事言えばその時点で販売されている野菜なんて殆ど原発事故以前の出荷だから関係なかっただろうけど。
現在では、やはり福島産の野菜は十分に測定すべき、安全性も確認せず食べる事を勧めてはいけない。作物を出荷できなくなった農家の人の困窮や屈辱は東京電力と政府が全力で償うべき(私達が奴らに償わせるべき)という考えにシフトしている。
東電前アクションには時間がなかったので手書きで「東京電力と日本政府は、避難民と作業員の健康と生活にあらゆる償いを払え。『仕方なかっただろ』で逃げるな。被災者差別を責任逃れに利用したら許さない」と書いたプラカードを持って行った。
それが当時の私の一番言いたい事だった。「原発やめろ」はその次に付随して出て来るものだった。
――現在でも本質的にはそうなのだが。
4月10日には確か初の大規模反原発デモ「高円寺 原発やめろデモ!!!」が開催された。主催は素人の乱。素人の乱にしてもこれほどの大規模デモは初めてだったかもしれない。
労組とかが動員するデモ、チャンネル桜とかの「日本が好きなだけの普通の日本人(笑)」が参加するデモを除いて、つまり組織動員でない一般参加で成立する「人間の権利の為に権力や社会の不当性に抗議する」種類のデモでこれほどの人数になったものを近年知らない。
4月17日にはOoA!による「ありがとう東京電力」デモ。勿論東京電力と東京都民への皮肉である。
後に開催された「東京に原発を」デモに先がけて、殆ど同じコンセプトのこういうデモをOoAでは行っていた。
私は仕事の都合で当日参加出来ず、ビラ作成や宣伝に専念した。
5月3日の「自由と生存のメーデー」にもOoA単位で参加した。
上に書いた通り、私は「私達は被災地もこの東京も含めて、廃棄され忘却されつつある」という認識に立っていた。
だからこの日は、イラスト付きプラカードで表に「NO MORE JAPAN」、裏に「世界よ私達を忘れるな」と書いたものを持って行った。
まず一つに、太平洋岸への津波の被害が甚大過ぎたと言う事。
多数の避難者と広大な被災地、直接被災を被っていない全国にも、様々な面で負担がかかり余裕を失って行く。それにつれて政府はきっとその責務の多くを丸投げし「国民の精神論」に転嫁する。
そして、戦時中を彷彿とさせる…と言うより意識的に模倣した「耐え忍べ日本国民」スローガンの浸透と、そのツケを「ワガママな被災者、生活困窮者」に求める自己責任レイシズム、補償や支援を求める事への相互抑圧が始まる……そう踏んでいた。
震災後、もし一人一人が注目し、発言したり行動する事で対処する必要がもっともあるのはそうした問題ではないかと思っていた。
今でもその予想自体が外れていたとは思っていないが。それは福島の被災者により強く該当し、そして福島以外でも未だ生活を取り戻せない人は多数現存する。
そして、原発については「いつか事故って放射能撒き散らすなんて、みんな知っていたじゃないか。知ってて設置し続けていたじゃないか」という思いがあり、また、それ故にいつか起きる事故に備えて「それ相応の避難、汚染対策、補償策」は用意してあるだろうと思っていた。少なくともチェルノブイリ事故の時のソ連と同程度かそれよりも高度な対策が取られるだろうと踏んではいた。
そして、さすがにこれだけの事故が起きれば国内の原発は有無を言わず廃止に向かうものと思っていた。
言うまでもなく、こちらの現実は私の想像をはるかに下回る最低最悪なものだったが。
多少落ち着いて状況を見られる様になった3月中盤から、私が最初に強く意識したのは「あらゆる地域のあらゆる被害を絶対過小評価するな」という事だった。
つまり「被災地以外の地域も大変なんだ」という立場から被災地の苦しみを「甘えや分不相応な要求」と片付ける視点を取らない事。逆に被災地や福島の被曝状況から東北以外に降りかかる様々な現実を「非被災地の甘えや傲慢」と片付ける視点も取らない事。
どちらかの視点を選んでしまった人達同士による際限ない水かけ合戦を目にして来た人になら、こうする事の重要性は理解出来ると思う。これまた、当初予想していた津波被災でのそれより、実際には原発事故でのそれが顕在化して行った。
物資や食糧の欠乏、経済の破綻、そういうものによる全国規模の被害となって、冗談でも何でもなく「日本と言う国は今度こそ消滅するかもしれない」と思っていた。そして、これがチェルノブイリ以上の事故であったなら、福島や東北「だけ」なんかじゃない、東日本全域、あるいは日本全国が既に要避難区域じゃないかと思っていた。
政府やメディアの反応に不審なものを感じる様になるのに、さほど時間はかからなかった。
まず被曝状況についての報道がおかしい。当初聞いた施設の破損状況と、放射線の拡散規模の情報が釣り合わない。施設周辺だけが被曝して、多少その周辺に流れるかもしれないけど後は大丈夫というようなコメントが流れ始める。
原発を廃止しようとする動きもない。それどころか広範囲の住民避難もない。
避難先での住民の生活を再建させる対応も、避難を強いられた事への補償の準備の話もない。
「避難するのも残るのも自己責任で」と当たり前の様に語られ続ける。
ただ、福島第一原発の復旧に当たった作業員の奮闘と「自己犠牲」を讃える物語だけが反復させられていた。
流石に理解できた。
私達は大本営発表だけを押し付けられて、被災地とも、国外とも情報を遮断され、忍従を強いられながら留まらさせられ、廃棄処分され忘却されつつあるのだと。
石原の「これは天罰だ」と悦にいる態度、「戦時中の様に国民は一丸となって耐え忍ぶ美しさ」とのたまう様は、奴個人はムカつくけど、ある意味政府と東京電力と原発利権層の本音を端的に表現するバロメーターとなっていたのだろう。
そして、「原発マフィアや政府に・一般市民が使い捨てられる」という次元だけの問題ではない。
その利権層や政府をもひっくるめて、日本全体が国際社会レベルで切り捨てられ忘却される羽目になるだろうと予想していた。
そういう事を考える一方で、憤ってていても現実問題大した事は出来ないだろうとも考えていた。
自分一人(そして実家の家族にも)今の生活を捨て去って安全な所まで逃げ去って、そこ新しい生活を始められる目途さえ立てられない。本来政府や東電が補償すべきな所をそうなっていない事に抗議する事は出来てもだ。
エジプトの様に住民達で集結して現政権や利権層を革命で倒し、真に被災者の救援や補償を成し遂げる社会システムを作り上げ、必要とあらば列島を後にして世界各地に移住だって成し遂げる……そんなのはまして夢想の中の夢想でしかないと言う事も。
逃げられる人が逃げるのを「潔くない」と批判する人も見かけたが、自分はそれを批判したい気持ちはこれっぽっちもなかった。逃げられる人は逃げればいい。それがあと一歩の人の背中を押す範とだってなるのだからと思っていた。
ただ自分はあと一歩どころの状況にない。「たとえ数百万円以上の多重債務者やホームレスになってでも放射能汚染やこの先の地獄絵図の及ばない地へ」という覚悟は持ち合わせていない。
ならばせめて東京で、普段の生活に、これまで持っていた夢や趣味にしがみつきながら、破滅の日まで奴らに抗議して1ミリでも状況の変わる手助けとなろうと思った。
3月後半から様々な人のアクションが始まっていた。
4月に入り東電前での抗議アクション、石原慎太郎の「戦時中の様に我慢しろ」発言への抗議を含んだ新宿中央公園での「石原に逆らって花見」などに私も参加した。
花見には福島の地酒「大七」を持参。福島産の野菜で作った惣菜を持って来た人もいた。
ここで言っておかねばならないだろうが、この時点での私は「放射能怖い、だけで盲目的に福島を排除するな」「だから福島の食材も積極的に食べよう」という意見であった。
但し、当時でも「福島の食材は安全だ」と思っていた訳ではない。出荷停止や排除によって更に生活が圧迫される人達に何もしない、困窮されたまま差別されたままで放置している政府へのあてつけでもあった。また「放射のへの嫌悪、恐怖」も当時耳にするのは「ピカの毒」レベルの60年一昔な幼稚な偏見が圧倒的だったという背景もある。
正直言えば、その時でも自分ではあえて福島産の食材も食べるけど、子供や成長期の未成年者、子どもを持つ予定の男女にまで食べてほしいとは思えなかった……もっとも、実も蓋もない事言えばその時点で販売されている野菜なんて殆ど原発事故以前の出荷だから関係なかっただろうけど。
現在では、やはり福島産の野菜は十分に測定すべき、安全性も確認せず食べる事を勧めてはいけない。作物を出荷できなくなった農家の人の困窮や屈辱は東京電力と政府が全力で償うべき(私達が奴らに償わせるべき)という考えにシフトしている。
東電前アクションには時間がなかったので手書きで「東京電力と日本政府は、避難民と作業員の健康と生活にあらゆる償いを払え。『仕方なかっただろ』で逃げるな。被災者差別を責任逃れに利用したら許さない」と書いたプラカードを持って行った。
それが当時の私の一番言いたい事だった。「原発やめろ」はその次に付随して出て来るものだった。
――現在でも本質的にはそうなのだが。
4月10日には確か初の大規模反原発デモ「高円寺 原発やめろデモ!!!」が開催された。主催は素人の乱。素人の乱にしてもこれほどの大規模デモは初めてだったかもしれない。
労組とかが動員するデモ、チャンネル桜とかの「日本が好きなだけの普通の日本人(笑)」が参加するデモを除いて、つまり組織動員でない一般参加で成立する「人間の権利の為に権力や社会の不当性に抗議する」種類のデモでこれほどの人数になったものを近年知らない。
4月17日にはOoA!による「ありがとう東京電力」デモ。勿論東京電力と東京都民への皮肉である。
後に開催された「東京に原発を」デモに先がけて、殆ど同じコンセプトのこういうデモをOoAでは行っていた。
私は仕事の都合で当日参加出来ず、ビラ作成や宣伝に専念した。
5月3日の「自由と生存のメーデー」にもOoA単位で参加した。
上に書いた通り、私は「私達は被災地もこの東京も含めて、廃棄され忘却されつつある」という認識に立っていた。
だからこの日は、イラスト付きプラカードで表に「NO MORE JAPAN」、裏に「世界よ私達を忘れるな」と書いたものを持って行った。
回想 2011年3月11日〜13日
2011年3月11日14時46分
その時、私は自分のアパートにいた。仕事から朝帰りし、翌日に予定されていた石原慎太郎抗議デモで配る為のOoA(OTAKU OF ANTIFA!)フライヤーを作っている最中だった。
「ああ、揺れた」と思い、それが自分の知っている揺れ方じゃない事に気付くのに3〜5秒かかった。
天井と足元の床が同時に崩れ落ちるのを想像した。敷き布団を引き寄せて身体に巻きつけて、その瞬間に備えた。
激しい揺れが収まると、簀巻きになったままでPCの画面に向き直る。部屋の中に倒れたものはなかった(倒れる様なものが初めからなかった)。まるで大地震に遭ったかのように色んなものが散乱していたが、それは揺れる前からだ。
開きっぱなしのツイッターではTL全てがたった今の地震の話題で埋め尽くされていた……と思いきや、そんな時でさえ関係ない話しているツイートもあったwww
震源は宮城県三陸沖。岩手、宮城、福島で震度6〜7という情報が届いた。携帯で福島市の実家に電話する。規制による不通を告げるアナウンスが流れていた。次に固定電話を使う。その時まだ規制されてなかったのか、何と繋がった……出なかったけど。
窓から外を見渡す。数人が戸外に避難して色々と話し合っていた。視界と窓の下の彼らに声をかけて聞いた話から、周囲1キロ付近で煙が出た様子はないのを確認。
次に、職場へ携帯でかける。規制中。
ツイッターとmixiは繋がり続けていた。知っている人も良く知らない人もごちゃ混ぜで新しい呟きが更新され続けて行く。
宮城に実家のある知人が「実家に携帯が繋がらない」と言っていたので、固定電話を試したらどうかとアドバイスしてみる。「外出先なので固定はない」と返事が来る。
再度、実家に固定電話でかけてみると今度は規制されていた。職場にかけても同じだった。
ツイッターでは、電車も一斉に停まり運行復旧の見込みはないという情報が入る。電話も繋がらず電車も使えない。これで職場に呼び戻される心配はなくなったとポジティブに考えて(笑)、落ち着いてツイッターで状況を見守る事に決めた。
OoAの代表は勤務先から帰宅出来なくなっているとこぼしていた。翌日のデモは中止が伝えられた。
ツイッター上では、地震の状況について様々な情報と憶測とデマが溢れ返っていた。
福島の状況と、今の職場のある江東区の状況が知りたかった。
江東区では各地で地面の液状化が起きている、福島駅ではガラス片が散乱している、江東区のショッピングセンターでもエスカレーターのガラスが割れ、商品も床に散乱している――
お台場で上がる黒煙と千葉で上がる火柱の映像が流れた。
見覚えのあるアカウントが「倒れた棚に腹を潰されて動けない」と呟いていたので拡散するが、30分後にデマと判明。思い返せば、いつもブラックジョークや電波ネタ呟いているアカウントだった。当然ながら怒っている奴も多数いたが、私は「デマで良かった」としか感じなかった。
しかし、「在日朝鮮人が集団での略奪や暴動を準備している」というデマが流れて来た時には怒りを通り越して呆れて一周して再び怒るしかなかった。差別が許せないとかじゃなく、その日本の歴史90年分を無に帰す様な退化っぷりが情けなくて。
私達にとって「戦後」「現代」「21世紀」なんて幻想でしかなかった。私達は明治、大正から、あるいはそれ以前から今まで、未来になんてこれっぽっちも進んでいなかった。まだ関東大震災の朝鮮人虐殺の時代にいるのだと改めて実感させられた(そうじゃないかって気はそれ以前からしていたけど)。
全力で、「こんなデマに乗るな」「流した奴を絶対に許さない」と添えて警告拡散しといた。あのデマを流した奴、それに協力した奴らはルワンダでの虐殺扇動ラジオにも匹敵する。日本の恥であり、同時に人類の恥であり、人間の歴史の恥だ。
余震はずっと断続的に続いていた。しかし、揺れによる被害はその後に比べると小さな、跡を残さないものだったと言えた。
突然、津波で東北太平洋岸が全滅したという情報が入った。
デマか何かを大袈裟に言っているかだろうという解釈をする暇もなくその被害状況は時を追って詳細になり、ついには数々の画像と映像が届けられるに至る。
そして、夕方には「双葉郡にある福島第一原発が爆発した」という知らせが届いた。
翌日12日には職場にも実家にも電話は繋がった。
どちらにも目立った被害はなかったと言う。
実家では私が電話をした時、近くの駐車場に近所の人達と集まって避難していたとの事。丁度その時親はBOOKOFFに本を回収してもらっている最中で、BOOKOFF店員がみんなの避難誘導をしてくれたとの事。
13日に地震後初の出勤。
電車が停まったままで出勤できない同僚がいた。その埋め合わせと計画停電による運休で私は3日帰れなかった。
目立った被害はなかったけど、建物のあちこちにひびや歪みが出ていた。免震構造のボールスライドは噛み合わせが全て外れて浮き上がってしまっていた。
職場隣のショッピングセンターにも、少し遠くのコンビニにも弁当は既になかった。弁当だけでなくおにぎりもパンもなかった。カップめんとレトルトのご飯や唐揚げが残っていた。それがなくなるのも時間の問題に思えた。
12日にはアパート近所のすき屋もラーメン屋も営業していたが、都内の食料供給は壊滅しているのかもしれないと思った。
今までの生活はもう終わるのかもしれないと思った。その時には原発事故の規模も詳細に伝わって来ていた。それがチェルノブイリ級、あるいはそれ以上の事故であり、西日本や海外まで避難している人もいる事。
近いうちにやって来る飢餓と放射能と言論統制と海外との分断、まるで北朝鮮みたいになる。一旦そう思ってから思い直す。北朝鮮の方がまだましだと言われるくらい酷い事になる、と。いつもより少し不便なだけの日常に見えるけど、じわじわと私達の廃棄処分が始まっているのだろうと。
その意識は10ヶ月経った今でも続いている。まだ始まっていないだけで、それはどうにもならなくなってから急に告知されるだろうと。
日本国内にもう食糧はありません、東日本全域が危険地帯です、ネットや街頭での不穏な発言を禁止します、公務以外の入国と出国を禁止します、こんな時代ですので皆さん諦めて下さい。
その時、私は自分のアパートにいた。仕事から朝帰りし、翌日に予定されていた石原慎太郎抗議デモで配る為のOoA(OTAKU OF ANTIFA!)フライヤーを作っている最中だった。
「ああ、揺れた」と思い、それが自分の知っている揺れ方じゃない事に気付くのに3〜5秒かかった。
天井と足元の床が同時に崩れ落ちるのを想像した。敷き布団を引き寄せて身体に巻きつけて、その瞬間に備えた。
激しい揺れが収まると、簀巻きになったままでPCの画面に向き直る。部屋の中に倒れたものはなかった(倒れる様なものが初めからなかった)。まるで大地震に遭ったかのように色んなものが散乱していたが、それは揺れる前からだ。
開きっぱなしのツイッターではTL全てがたった今の地震の話題で埋め尽くされていた……と思いきや、そんな時でさえ関係ない話しているツイートもあったwww
震源は宮城県三陸沖。岩手、宮城、福島で震度6〜7という情報が届いた。携帯で福島市の実家に電話する。規制による不通を告げるアナウンスが流れていた。次に固定電話を使う。その時まだ規制されてなかったのか、何と繋がった……出なかったけど。
窓から外を見渡す。数人が戸外に避難して色々と話し合っていた。視界と窓の下の彼らに声をかけて聞いた話から、周囲1キロ付近で煙が出た様子はないのを確認。
次に、職場へ携帯でかける。規制中。
ツイッターとmixiは繋がり続けていた。知っている人も良く知らない人もごちゃ混ぜで新しい呟きが更新され続けて行く。
宮城に実家のある知人が「実家に携帯が繋がらない」と言っていたので、固定電話を試したらどうかとアドバイスしてみる。「外出先なので固定はない」と返事が来る。
再度、実家に固定電話でかけてみると今度は規制されていた。職場にかけても同じだった。
ツイッターでは、電車も一斉に停まり運行復旧の見込みはないという情報が入る。電話も繋がらず電車も使えない。これで職場に呼び戻される心配はなくなったとポジティブに考えて(笑)、落ち着いてツイッターで状況を見守る事に決めた。
OoAの代表は勤務先から帰宅出来なくなっているとこぼしていた。翌日のデモは中止が伝えられた。
ツイッター上では、地震の状況について様々な情報と憶測とデマが溢れ返っていた。
福島の状況と、今の職場のある江東区の状況が知りたかった。
江東区では各地で地面の液状化が起きている、福島駅ではガラス片が散乱している、江東区のショッピングセンターでもエスカレーターのガラスが割れ、商品も床に散乱している――
お台場で上がる黒煙と千葉で上がる火柱の映像が流れた。
見覚えのあるアカウントが「倒れた棚に腹を潰されて動けない」と呟いていたので拡散するが、30分後にデマと判明。思い返せば、いつもブラックジョークや電波ネタ呟いているアカウントだった。当然ながら怒っている奴も多数いたが、私は「デマで良かった」としか感じなかった。
しかし、「在日朝鮮人が集団での略奪や暴動を準備している」というデマが流れて来た時には怒りを通り越して呆れて一周して再び怒るしかなかった。差別が許せないとかじゃなく、その日本の歴史90年分を無に帰す様な退化っぷりが情けなくて。
私達にとって「戦後」「現代」「21世紀」なんて幻想でしかなかった。私達は明治、大正から、あるいはそれ以前から今まで、未来になんてこれっぽっちも進んでいなかった。まだ関東大震災の朝鮮人虐殺の時代にいるのだと改めて実感させられた(そうじゃないかって気はそれ以前からしていたけど)。
全力で、「こんなデマに乗るな」「流した奴を絶対に許さない」と添えて警告拡散しといた。あのデマを流した奴、それに協力した奴らはルワンダでの虐殺扇動ラジオにも匹敵する。日本の恥であり、同時に人類の恥であり、人間の歴史の恥だ。
余震はずっと断続的に続いていた。しかし、揺れによる被害はその後に比べると小さな、跡を残さないものだったと言えた。
突然、津波で東北太平洋岸が全滅したという情報が入った。
デマか何かを大袈裟に言っているかだろうという解釈をする暇もなくその被害状況は時を追って詳細になり、ついには数々の画像と映像が届けられるに至る。
そして、夕方には「双葉郡にある福島第一原発が爆発した」という知らせが届いた。
翌日12日には職場にも実家にも電話は繋がった。
どちらにも目立った被害はなかったと言う。
実家では私が電話をした時、近くの駐車場に近所の人達と集まって避難していたとの事。丁度その時親はBOOKOFFに本を回収してもらっている最中で、BOOKOFF店員がみんなの避難誘導をしてくれたとの事。
13日に地震後初の出勤。
電車が停まったままで出勤できない同僚がいた。その埋め合わせと計画停電による運休で私は3日帰れなかった。
目立った被害はなかったけど、建物のあちこちにひびや歪みが出ていた。免震構造のボールスライドは噛み合わせが全て外れて浮き上がってしまっていた。
職場隣のショッピングセンターにも、少し遠くのコンビニにも弁当は既になかった。弁当だけでなくおにぎりもパンもなかった。カップめんとレトルトのご飯や唐揚げが残っていた。それがなくなるのも時間の問題に思えた。
12日にはアパート近所のすき屋もラーメン屋も営業していたが、都内の食料供給は壊滅しているのかもしれないと思った。
今までの生活はもう終わるのかもしれないと思った。その時には原発事故の規模も詳細に伝わって来ていた。それがチェルノブイリ級、あるいはそれ以上の事故であり、西日本や海外まで避難している人もいる事。
近いうちにやって来る飢餓と放射能と言論統制と海外との分断、まるで北朝鮮みたいになる。一旦そう思ってから思い直す。北朝鮮の方がまだましだと言われるくらい酷い事になる、と。いつもより少し不便なだけの日常に見えるけど、じわじわと私達の廃棄処分が始まっているのだろうと。
その意識は10ヶ月経った今でも続いている。まだ始まっていないだけで、それはどうにもならなくなってから急に告知されるだろうと。
日本国内にもう食糧はありません、東日本全域が危険地帯です、ネットや街頭での不穏な発言を禁止します、公務以外の入国と出国を禁止します、こんな時代ですので皆さん諦めて下さい。
2011年10月17日
【動画まとめ】 10.09 怒りのドラムデモ 渋谷
2011年10月9日夕方、恵比寿〜渋谷にて開催された「怒りのドラムデモ」の自撮り動画をまとめました。

怒りのドラムデモ・公式ブログ
http://protestofdrum.blogspot.com/
このデモは、今までの脱原発デモの数々を彩って来たマーチングバンドやパーカッション、パフォーマンスの要素を重視して、様々な「音」で脱原発を訴えるデモとなります。
但し、サウンドカーはありません。
生音・参加者一人一人の音を重視などのコンセプト上の配慮もありますが、恐らく日本の政治事情(警察はサウンドカー使用を出来る限り申請受理せず、許可しても様々な手段で使用妨害する)を踏まえての、(単純な抵抗でも従順化でもない)計算も含まれているでしょう。
私はプラカードだけで参加。
今回使用したプラカードは、A4×2サイズを縦3枚組で最大地上3mになる特大モノ。
文言は「福島のクソ教師どもは/いいかげん目を覚ませ」
一枚目にフレーズ前半、三枚目に後半を入れて、間の二枚目には下のカットを。


言い方がやたら攻撃的な上、矛先が東電でも政府でも推進派知識人でもなく福島住民になっているという、私にしても異色な内容となっている。
原発事故について何か言ったりしたりする時、これまで「被災地で現実に直面している人」に矛先を向ける事は避けて来たけど、悪者扱いとかではなく「お前ならまずはこれに怒って見せなくてはならない」「誰かが、この事に怒って見せなくてはならない」という意識に駆られてのものだった。
「この事」とは、下の動画で語られている、「バケツ牛乳」事件を氷山の一角とする、福島県内に蔓延している同調圧力について。
ちなみに、ここで「バケツ牛乳」事件と呼んでいる事件は、以下の様なもの。
「本物の福島県民は牛乳を飲め」 : 奴等は見ている
http://kokuzou.blog135.fc2.com/blog-entry-1934.html
この件で公明党・松あきら議員は会津若松市教育委員会に事実誤認を謝罪していますが、これは「会津若松に当該発言を行った女性弁護士はいなかった」という事であり、松議員にそれを話したのは上の菅波弁護士(いわき在住)だったという事です。
とまあ、プラカードの説明で脱線しましたが、そんなプラカードの先端にビデオカメラを固定して、今までと違い「地上3mからのデモ風景」を撮影してみました。
プラカード自体は、台紙が突然折れ曲がったり紐からずり落ちたりとか散々でしたが、結構いい感じに撮れてたと思います。

デモ中の自分のプラカードに悪戦苦闘の様子。
秋山理央さん撮影動画より。
こちらは自分で撮ったものではありませんが、最高にオススメです。
では、以下に自撮り動画を。
全部で7本になる予定ですが、現在6本。
+αって事で、ラストに一番眺めの良かった渋谷東口付近の映像を完全版で上げたものを。
/////////////////////
10.09 渋谷 怒りのドラムデモ (1)
出発前 恵比寿公園〜明治通り
10.09 渋谷 怒りのドラムデモ (2)
明治通り 恵比寿〜渋谷
10.09 渋谷 怒りのドラムデモ (3)
明治通り 渋谷
10.09 渋谷 怒りのドラムデモ (4)
明治通り〜渋谷駅東口・宮益坂交差点
10.09 渋谷 怒りのドラムデモ (5)
渋谷駅東口〜宮下公園前
10.09 渋谷 怒りのドラムデモ (6)
渋谷公園通り
/////////////////////
10.09 渋谷 怒りのドラムデモ (EX)
こちらが渋谷駅東口(宮益坂側)の完全版(編集前)

怒りのドラムデモ・公式ブログ
http://protestofdrum.blogspot.com/
このデモは、今までの脱原発デモの数々を彩って来たマーチングバンドやパーカッション、パフォーマンスの要素を重視して、様々な「音」で脱原発を訴えるデモとなります。
但し、サウンドカーはありません。
生音・参加者一人一人の音を重視などのコンセプト上の配慮もありますが、恐らく日本の政治事情(警察はサウンドカー使用を出来る限り申請受理せず、許可しても様々な手段で使用妨害する)を踏まえての、(単純な抵抗でも従順化でもない)計算も含まれているでしょう。
私はプラカードだけで参加。
今回使用したプラカードは、A4×2サイズを縦3枚組で最大地上3mになる特大モノ。
文言は「福島のクソ教師どもは/いいかげん目を覚ませ」
一枚目にフレーズ前半、三枚目に後半を入れて、間の二枚目には下のカットを。


言い方がやたら攻撃的な上、矛先が東電でも政府でも推進派知識人でもなく福島住民になっているという、私にしても異色な内容となっている。
原発事故について何か言ったりしたりする時、これまで「被災地で現実に直面している人」に矛先を向ける事は避けて来たけど、悪者扱いとかではなく「お前ならまずはこれに怒って見せなくてはならない」「誰かが、この事に怒って見せなくてはならない」という意識に駆られてのものだった。
「この事」とは、下の動画で語られている、「バケツ牛乳」事件を氷山の一角とする、福島県内に蔓延している同調圧力について。
ちなみに、ここで「バケツ牛乳」事件と呼んでいる事件は、以下の様なもの。
「本物の福島県民は牛乳を飲め」 : 奴等は見ている
http://kokuzou.blog135.fc2.com/blog-entry-1934.html
この件で公明党・松あきら議員は会津若松市教育委員会に事実誤認を謝罪していますが、これは「会津若松に当該発言を行った女性弁護士はいなかった」という事であり、松議員にそれを話したのは上の菅波弁護士(いわき在住)だったという事です。
とまあ、プラカードの説明で脱線しましたが、そんなプラカードの先端にビデオカメラを固定して、今までと違い「地上3mからのデモ風景」を撮影してみました。
プラカード自体は、台紙が突然折れ曲がったり紐からずり落ちたりとか散々でしたが、結構いい感じに撮れてたと思います。

デモ中の自分のプラカードに悪戦苦闘の様子。
秋山理央さん撮影動画より。
こちらは自分で撮ったものではありませんが、最高にオススメです。
では、以下に自撮り動画を。
全部で7本になる予定ですが、現在6本。
+αって事で、ラストに一番眺めの良かった渋谷東口付近の映像を完全版で上げたものを。
/////////////////////
10.09 渋谷 怒りのドラムデモ (1)
出発前 恵比寿公園〜明治通り
10.09 渋谷 怒りのドラムデモ (2)
明治通り 恵比寿〜渋谷
10.09 渋谷 怒りのドラムデモ (3)
明治通り 渋谷
10.09 渋谷 怒りのドラムデモ (4)
明治通り〜渋谷駅東口・宮益坂交差点
10.09 渋谷 怒りのドラムデモ (5)
渋谷駅東口〜宮下公園前
10.09 渋谷 怒りのドラムデモ (6)
渋谷公園通り
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10.09 渋谷 怒りのドラムデモ (EX)
こちらが渋谷駅東口(宮益坂側)の完全版(編集前)
2011年10月01日
【動画まとめ】 9.24脱原発デモ@渋谷・原宿
先日2011年9月24日にあった「9.24脱原発デモ@渋谷・原宿」で、自分で撮影した動画をこちらにまとめました。
トータルで6本になります。
@TwitNoNukes ツイッター有志による脱原発デモ
公式ブログ
http://twitnonukes.blogspot.com/
公式twitterアカウント
http://twitter.com/twitnonukes


「@TwitNoNukes ツイッター有志による脱原発デモ」とは、公式サイトのトップにもある通り
「特定の政治的スタンスに依ることなく、脱原発のみを唯一のポリシーとして、原発をとめたい人は誰でも参加できるデモ」
というコンセプトにて渋谷・原宿で(以後場所が変わる可能性はなきにしもあらずですが)続けて行われている脱原発デモであり、この9月24日で4回目となります。
私は今までスケジュールが合わずにいたので、TwitNoNukesのデモはこの日が初参加でした。
右手にビデオカメラ、左手にトラメガ、首とバッグに紐付きのプラカードをぶら下げるという完全武装状態で渋谷・表参道・原宿を一周して来ました(笑)
その成果とも言うべき実録動画を下にご紹介します。
まずは、集合した宮下公園北側での集会から出発まで。
公園前の歩道でドラムがリハーサルしていたり、公園内では避難区域内で置き去りにされた動物達の写真の公開など。
私がいたのは第一梯団の後ろ側。この時点では大体最後尾でした――この時点では。
出発したデモ隊は、ガードをくぐって公園通りに出ます。
公園通りから駅方面に進みますが、井の頭通りに入り駅から離れ、宇田川町方面へ。
途中の抜け道から東急前に出て、再び渋谷駅方面へ。
前の方のコールが聞き取りづらく後ろの方で盛り下がりそうになり、あちこちで場所ごとのコーラーが自然発生。
コーラーの後にトラメガでコールすると、更にその後にコールが続いて三段になったりとかしてやや混乱。
いつの間にかコーラーになっていたりする自分www
デモ隊は渋谷ハチ公スクランブル交差点を通ってJRガードから東口、宮益坂へと。
攻撃的だったり偏ってたりしない様に配慮……というか聞いてたのを丸パクリ。
もうちょっと自分での工夫とかすれば良かったかなと思ったり。
宮益坂を登って行って青山通りに抜け、表参道方面へ。
この辺りで私の位置は最後尾ではなくなってました。
前に来ていたのではありません。途中参加で列がかなり膨れ上がっていたのです。
そして、私の近くでも「飛び入り歓迎」を沿道に呼びかける人が。
表参道を原宿方面へと進み、ラフォーレ前の交差点から明治通りを渋谷へ戻ります。
ここまで来てようやく私の声に力というか気合いが入って来た気がします。遅い。
元々舌足らずで鼻声なので、力が入り切ってない状態で張り上げるとやたらキモい。
その代わり全開状態だと轟音系向きだとか密かに思ってる。まあどうでもいいですね、そんな事。
沿道や車から手を振ったり声援を送ってくれる人なんかもいて、デモ隊もそれに応えたりして。
他の、例えば新宿デモでもそういう場面はありましたが、このデモでは飛びぬけて多かったかもしれません。
原宿〜渋谷間の明治通りを進み、出発地点の宮下公園の北隣にある神宮通公園で流れ解散となります。
第1梯団は公園到着の後、続けて入って来た第2梯団を迎えて挨拶や諸連絡などを行いました。
また、TwitNoNukes以外の「9.11新宿・原発いらないデモ」「右から考える脱原発集会・デモ」「東京に原発をデモ」などの動画にも、まとめ記事を作ります。
ニコニコ動画にも同じ動画を上げています。
ただでさえ低めの画質が更に低くなりますが、色々コメントしたり、議論したりするのに丁度いいかと。
サイドバーにもありますが、こちらのマイリストより御覧になれます。
トータルで6本になります。
@TwitNoNukes ツイッター有志による脱原発デモ
公式ブログ
http://twitnonukes.blogspot.com/
公式twitterアカウント
http://twitter.com/twitnonukes


「@TwitNoNukes ツイッター有志による脱原発デモ」とは、公式サイトのトップにもある通り
「特定の政治的スタンスに依ることなく、脱原発のみを唯一のポリシーとして、原発をとめたい人は誰でも参加できるデモ」
というコンセプトにて渋谷・原宿で(以後場所が変わる可能性はなきにしもあらずですが)続けて行われている脱原発デモであり、この9月24日で4回目となります。
私は今までスケジュールが合わずにいたので、TwitNoNukesのデモはこの日が初参加でした。
右手にビデオカメラ、左手にトラメガ、首とバッグに紐付きのプラカードをぶら下げるという完全武装状態で渋谷・表参道・原宿を一周して来ました(笑)
その成果とも言うべき実録動画を下にご紹介します。
まずは、集合した宮下公園北側での集会から出発まで。
公園前の歩道でドラムがリハーサルしていたり、公園内では避難区域内で置き去りにされた動物達の写真の公開など。
私がいたのは第一梯団の後ろ側。この時点では大体最後尾でした――この時点では。
出発したデモ隊は、ガードをくぐって公園通りに出ます。
公園通りから駅方面に進みますが、井の頭通りに入り駅から離れ、宇田川町方面へ。
途中の抜け道から東急前に出て、再び渋谷駅方面へ。
前の方のコールが聞き取りづらく後ろの方で盛り下がりそうになり、あちこちで場所ごとのコーラーが自然発生。
コーラーの後にトラメガでコールすると、更にその後にコールが続いて三段になったりとかしてやや混乱。
いつの間にかコーラーになっていたりする自分www
デモ隊は渋谷ハチ公スクランブル交差点を通ってJRガードから東口、宮益坂へと。
攻撃的だったり偏ってたりしない様に配慮……というか聞いてたのを丸パクリ。
もうちょっと自分での工夫とかすれば良かったかなと思ったり。
宮益坂を登って行って青山通りに抜け、表参道方面へ。
この辺りで私の位置は最後尾ではなくなってました。
前に来ていたのではありません。途中参加で列がかなり膨れ上がっていたのです。
そして、私の近くでも「飛び入り歓迎」を沿道に呼びかける人が。
表参道を原宿方面へと進み、ラフォーレ前の交差点から明治通りを渋谷へ戻ります。
ここまで来てようやく私の声に力というか気合いが入って来た気がします。遅い。
元々舌足らずで鼻声なので、力が入り切ってない状態で張り上げるとやたらキモい。
その代わり全開状態だと轟音系向きだとか密かに思ってる。まあどうでもいいですね、そんな事。
沿道や車から手を振ったり声援を送ってくれる人なんかもいて、デモ隊もそれに応えたりして。
他の、例えば新宿デモでもそういう場面はありましたが、このデモでは飛びぬけて多かったかもしれません。
原宿〜渋谷間の明治通りを進み、出発地点の宮下公園の北隣にある神宮通公園で流れ解散となります。
第1梯団は公園到着の後、続けて入って来た第2梯団を迎えて挨拶や諸連絡などを行いました。
また、TwitNoNukes以外の「9.11新宿・原発いらないデモ」「右から考える脱原発集会・デモ」「東京に原発をデモ」などの動画にも、まとめ記事を作ります。
ニコニコ動画にも同じ動画を上げています。
ただでさえ低めの画質が更に低くなりますが、色々コメントしたり、議論したりするのに丁度いいかと。
サイドバーにもありますが、こちらのマイリストより御覧になれます。
2011年08月13日
8月15日は国会へ叫ぼう! 私たちは「また」犠牲にならない!
明後日になりましたが、8月15日の終戦記念日。
66年目になる今年は、3月11日の東日本大震災、福島県沖の原発事故という二つの大災害を経て、日本政府と東京電力を筆頭とした電力八社による原子力行政の暗部――言論統制、利権への固執、棄民姿勢が露わになった年でもあります。
それと同時に、被災者への救援、そして反原発・脱原発への動きを通して、政治問題・社会問題が私たちの手に取り戻される契機となった年でもあったでしょう。
しかし、そんな重要な日だと言うのに、この日の東京のデモ予定と言ったら……
左も右も靖国神社関連しかねえ!
……いや、靖国問題が色々考えなければならない重要な議論だというのは分かります。
でも、この問題って基本的に「先の戦争で亡くなった人達の霊魂をどう扱うか」が主題な訳です。
その上で、ナショナリズムや戦争の意義が肯定されたり否定されたりしている訳でして。
その前に、今年は今生きている人達が「また」国家や一部特権層の消耗品や犠牲にされない事を訴えようよ!
とか言いたくなった訳で。
と言っても今靖国で盛り上がってる人達にそういうツッコミしても色々と無駄だというのは、経験的に重々承知でもありまして、だったら自分で何かやってみようと結論になりました。
本来口先小僧で「出来る事」が少ない私ではありますが、調べて見た結果、
「国会議事堂裏手の議員会館前の歩道では、無届けで簡単な集会が出来る」
という事が判明しました。
調べる段階で、私的には「この日は国会議事堂に行きたい」という考えも先にあったのですが――当初は「出来れば正門前で」なんて妄想もありまして。
そこで、開催します。
私たちは「また」国の(国と国の)犠牲にされない、される事を許さない
終戦66年目の回答を国会へ向かって叫ぼうOFF (仮名)
場所:東京都千代田区永田町2-1
国会議事堂裏手、衆議院第二議員会館前歩道
日時:2011年8月15日
開始・10:00過ぎ位から適当に始めます
〜12:00に黙祷を予定〜
終了・テンションにもよるけど大体14:00頃の目安
・プラカード・拡声器はなるべく各自持参で。多分殆ど用意できません。スピーカー、街宣車不可。
・歩道は通路を確保し、通行の妨げとならない状態を保って下さい。
・警察の指示には従い、基本的にあまり反抗しない方向で。
・飲料その他、熱中症対策も各自持参で。また、無理をしないようにお願いします。
・コールなどはその場のノリで。コール案で希望があれば持参下さい。
・基本的にコールより各自の主張が優先となります。
・反原発・脱原発、被災者救済のメッセージがメインテーマとなります。これらの視点に賛同できない方の参加はご遠慮ください。
・メインテーマを共有出来る方の参加は思想を問わずOKです。また、同時にテーマ以外の主張もOKです。
「朝鮮人を叩き出せ」「生活保護貰ってる奴は死ね」などの主張は、明らかにメインテーマに相反する為、離脱して頂きます。離れた場所で無関係に主張するのは自由です。私は個人的に叩くと思いますが。
「ポルノコミック撲滅」などの表現規制肯定の主張、あるいは性犯罪被害を矮小化する主張、パワーハラスメント正当化の主張などは退場要求はしませんが、その代わり私が個人的に叩きまくりに来るかと思われます。
特に事前の参加連絡は不要です。
しかし、ツイッター上でのメンション、DM、ここでのコメント欄などで参加表明して頂けると励みになります。
66年目になる今年は、3月11日の東日本大震災、福島県沖の原発事故という二つの大災害を経て、日本政府と東京電力を筆頭とした電力八社による原子力行政の暗部――言論統制、利権への固執、棄民姿勢が露わになった年でもあります。
それと同時に、被災者への救援、そして反原発・脱原発への動きを通して、政治問題・社会問題が私たちの手に取り戻される契機となった年でもあったでしょう。
しかし、そんな重要な日だと言うのに、この日の東京のデモ予定と言ったら……
左も右も靖国神社関連しかねえ!
……いや、靖国問題が色々考えなければならない重要な議論だというのは分かります。
でも、この問題って基本的に「先の戦争で亡くなった人達の霊魂をどう扱うか」が主題な訳です。
その上で、ナショナリズムや戦争の意義が肯定されたり否定されたりしている訳でして。
その前に、今年は今生きている人達が「また」国家や一部特権層の消耗品や犠牲にされない事を訴えようよ!
とか言いたくなった訳で。
と言っても今靖国で盛り上がってる人達にそういうツッコミしても色々と無駄だというのは、経験的に重々承知でもありまして、だったら自分で何かやってみようと結論になりました。
本来口先小僧で「出来る事」が少ない私ではありますが、調べて見た結果、
「国会議事堂裏手の議員会館前の歩道では、無届けで簡単な集会が出来る」
という事が判明しました。
調べる段階で、私的には「この日は国会議事堂に行きたい」という考えも先にあったのですが――当初は「出来れば正門前で」なんて妄想もありまして。
そこで、開催します。
私たちは「また」国の(国と国の)犠牲にされない、される事を許さない
終戦66年目の回答を国会へ向かって叫ぼうOFF (仮名)
場所:東京都千代田区永田町2-1
国会議事堂裏手、衆議院第二議員会館前歩道
日時:2011年8月15日
開始・10:00過ぎ位から適当に始めます
〜12:00に黙祷を予定〜
終了・テンションにもよるけど大体14:00頃の目安
・プラカード・拡声器はなるべく各自持参で。多分殆ど用意できません。スピーカー、街宣車不可。
・歩道は通路を確保し、通行の妨げとならない状態を保って下さい。
・警察の指示には従い、基本的にあまり反抗しない方向で。
・飲料その他、熱中症対策も各自持参で。また、無理をしないようにお願いします。
・コールなどはその場のノリで。コール案で希望があれば持参下さい。
・基本的にコールより各自の主張が優先となります。
・反原発・脱原発、被災者救済のメッセージがメインテーマとなります。これらの視点に賛同できない方の参加はご遠慮ください。
・メインテーマを共有出来る方の参加は思想を問わずOKです。また、同時にテーマ以外の主張もOKです。
「朝鮮人を叩き出せ」「生活保護貰ってる奴は死ね」などの主張は、明らかにメインテーマに相反する為、離脱して頂きます。離れた場所で無関係に主張するのは自由です。私は個人的に叩くと思いますが。
「ポルノコミック撲滅」などの表現規制肯定の主張、あるいは性犯罪被害を矮小化する主張、パワーハラスメント正当化の主張などは退場要求はしませんが、その代わり私が個人的に叩きまくりに来るかと思われます。
特に事前の参加連絡は不要です。
しかし、ツイッター上でのメンション、DM、ここでのコメント欄などで参加表明して頂けると励みになります。
2011年08月01日
【反原発メモ】今まで通りに戻る為でなく明日逃げさせる為に
今日は、かなり自分向けでつ。(´・ω・`)
数字と記憶力に弱い自分の為の覚え書きと、原発事故に対する認識をまとめ直す為の準備として。
まずはもう一度、日本国内の放射線量・被ばく上限設定の実態について分かっている事をおさらいしてみよう。
現在では、国内の多くの定位置にてリアルタイムでの線量測定がおこなわれ、複数のサイトで見る事が出来る。
福島県内を更に詳細に見てみよう。
全国放射能情報 - NAVER
http://www.naver.jp/radiation
その年間積算被曝量の予想には下の図などがある。
これらの予想も複数のサイトで行われ公開されている。

宇宙線実験の覚え書き福島県内 4,400 箇所の放射線量を可視化して、ついでに年間積算被曝量も推定してみた
http://d.hatena.ne.jp/oxon/20110426/1303810008
そして、それらの数値が「元々」どんな基準によって判断されるものだったのか。
国際放射線防護委員会の基準について
(1ミリシーベルトmsv=1000マイクロシーベルトμsv)
知っての通り、国際放射線防護委員会(ICRP)の基準を元にしながら、政府は福島県内の児童や原発作業員を始めとして、任意な基準値引き上げを続けている。
それだけではなく、基準に対する、危険を矮小化する為の解釈も横行している。
ヨーロッパ内においては、このICRPの基準ですら、「様々なリスクを軽視している」として批判に晒されている程だというのにもかかわらず。
全ては、日本政府と国内の電力会社9社が基準を元にした対応の必要性を回避する為だ。
基準を超えた危険な場所に人を送り、危険な場所からの避難指示を出さず、勿論その為の支援も行わず、被曝の責任も回避する為である。
また、東京電力への責任追及を回避し、原子力行政を延命させる為である。
多くの避難者は自己責任で「勝手に」避難しなくてはならない。
そして避難せず(出来ず)被曝地域に留まった結果被曝しても、それは「原発事故のせいではない」ので東京電力も政府も責任を取る(それに応じた補償を行う)必要はない事になる。
安全基準の方を引き上げるので「絶対に安全」、これが実際に起こってみて露呈した、この国の原発事故対応の大筋だった。
いわき市が子供の被ばく量に独自基準を設定。0.3マイクロシーベルト毎時に
http://iryojinzai.net/833.html
保安院「福島事故は別枠で」 作業員被ばく 上限緩和要請
東京新聞 2011年7月28日 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011072802000041.html
文科省の管理下にある福島県内の学校でも、被曝線量を無視した授業やグラウンド使用、または給食が取られている。
教員にも指導マニュアルが徹底されているのか、半ば洗脳といってもいいレベルで生徒には、被曝しながらの「今まで通りの」学校生活が押し付けられている。
県内の至る所に、東電や経産省の関係者、そいつらの金を握った学者が頻繁に出向き「実際には安全です」「今まで通りに生活出来ます」「20キロ圏内の避難区域ももうすぐ復旧し帰れます」と連呼している。
勿論、「帰れる」んじゃなくて、「嘘ついてでも帰して押し込める」だけなのは言うまでもない。
以前ツイッターでも述べたが、市町村役場の用意したガイガーカウンターは「マジで」一般住民への貸し出しを断っている。
どこまでも引き上げられる基準値と、出来るだけ「今どうなっているのか」を住民の目に触れさせまいとする姿勢。
激しく苛立たされて来たが、具体的にどれだけの引き上げが行なわれ、どれだけの歪曲や隠ぺいが行われて来たか、その情報や数値の変遷さえ膨大すぎて詳細に追えなくなる。
連中を糾弾する時、漠然と「基準値を引き上げまくっている」「事実や正しい解釈を伝えない」としか言えない。その事自体にまた苛立たされる。
欧州放射線リスク委員会(ECRR)科学議長 「子どもの年間被曝量20mシーベルトは犯罪的で無責任」
http://news.livedoor.com/article/detail/5725347/
正直言って私は「今更原発を止めても手遅れ」だと思っている。日本が今から脱原発しても、「新しいスタート」なんてありえないと思っている。
断言してもいいが、もし「新しい脱原発の時代」が到来しても、その新しい時代の中で、現に被曝した土地や人々は、「福島で被曝した人や原発作業で被曝した人」は闇に葬られるだろう。「過去の被害は過去の被害」とかの言い分の下で。
数十年前の戦争がこの国のそういう体質の教訓をしっかりと残している。
従軍慰安婦が、東京大空襲被害の補償を求めた人達が、日本と戦って死んだ人が、日本の戦死者の家族が、この国でどんな扱いを受けているか見ればいい。
だから、原発を止める事よりも「逃げろ」「逃げさせろ」と言う方が先に来る。「復興」なんて論外だ。
今拡散している放射性物質だけで、少なくとも東日本は東京を含めてどこも元通りにはならない。
それでも何故「反原発」を唱えるのかと言えば、原子力行政を否定しなければ、世論や政府がそれを認めなければ、その事さえも始まらないからだ。現に、連中が「避難をさせない」「被曝を矮小化する」理由は「日本の維持」「原子力行政の維持」が前提となっている。
「原子力行政は間違っていた」 この前提に立たなければ、被ばく状況や避難について、補償について、確かな認識に立てる筈もないのだ。
最近、職場の後輩からよく「原発事故」の話を持ちかけられる。
「俺ら、どうすればいいんでしょうね?」
と聞いて来たので
「もし、この先彼女と結婚して子供や家族を持ちたいとか思ってるんだったら……東京からも逃げた方がいいっすよ。少なくとも中国地方や九州まで……あるいはいっそ海外まで」
と答えた。
私が東京に留まっているのは、何かの勇気や覚悟や義務感からではない。
単に絶望的なまでに面倒くさがりで、今の生活レベルをこれ以上引き下げる事を十年後の死よりも恐れていて、家族にも友人関係にも執着がなく「自分一人が死んで全て終わり」という死生観の持ち主だからに過ぎない。
ありていに言えば「ダメ人間」だからだ。
きちんと生きてる人程、もう東日本からは脱出してほしいといつも思っている。
思いながらも、そういう人達が安全な場所まで逃げられる為に、逃げた先での生活の為に何か出来ているのかと言えば、本当に口先だけになってしまうので滅多に言えないが。
「逃げろ」というなら、逃げた方がいい理由を分かり易い情報として提示しなければならないし、逃げられる為に僅かでも何かをしなければならない。
数か月前までなら、ただ「逃げろ」と叫ぶだけでもそれなりの意味があったかもしれないが、今、「逃げられない人」「大丈夫だと思いたい人」の存在が明確になって来た以上、それでは通用しないだろう。
数字と記憶力に弱い自分の為の覚え書きと、原発事故に対する認識をまとめ直す為の準備として。
まずはもう一度、日本国内の放射線量・被ばく上限設定の実態について分かっている事をおさらいしてみよう。
現在では、国内の多くの定位置にてリアルタイムでの線量測定がおこなわれ、複数のサイトで見る事が出来る。
| 福島県福島市 | 1.25マイクロシーベルト/毎時 |
| 宮城県仙台市 | 0.59マイクロシーベルト/毎時 |
| 茨城県水戸市 | 0.085マイクロシーベルト/毎時 |
| 東京都新宿区 | 0.057マイクロシーベルト/毎時 |
| 神奈川県茅ケ崎市 | 0.05マイクロシーベルト/毎時 |
福島県内を更に詳細に見てみよう。
| 福島市内・福島県庁 | 0.7マイクロシーベルト/毎時 |
| 同市内・蓬莱中央公園 | 0.4マイクロシーベルト/毎時 |
| 同市内・大波 | 1.4マイクロシーベルト/毎時 |
| 月舘町月舘 | 0.7マイクロシーベルト/毎時 |
| 伊達市・霊山・大石中学校 | 0.2マイクロシーベルト/毎時 |
| 伊達市・霊山・ドライブインこだま | 3.2マイクロシーベルト/毎時 |
| 川俣町・川俣町役場 | 0.8マイクロシーベルト/毎時 |
| 飯館村・JA付近4.2マイクロシーベルト/毎時 | |
| 相馬市内0.4マイクロシーベルト/毎時 |
全国放射能情報 - NAVER
http://www.naver.jp/radiation
その年間積算被曝量の予想には下の図などがある。
これらの予想も複数のサイトで行われ公開されている。

宇宙線実験の覚え書き福島県内 4,400 箇所の放射線量を可視化して、ついでに年間積算被曝量も推定してみた
http://d.hatena.ne.jp/oxon/20110426/1303810008
そして、それらの数値が「元々」どんな基準によって判断されるものだったのか。
国際放射線防護委員会の基準について
(1ミリシーベルトmsv=1000マイクロシーベルトμsv)
| 実効線量 [mSv] | 内訳 |
| 0.05 | 原子力発電所の事業所境界での1年間の線量。 |
| 0.1 - 0.3 | 胸部X線撮影1回分の線量。 |
| 1 | 一般公衆が1年間にさらされてよい人工放射線の限度(ICRPの勧告)。 |
| 1.2 | 1日1.5箱のタバコを吸う喫煙者と同居する人が、副流煙から受ける年間の線量[参考 1]。[疑問点 – ノート] |
| 1.5 | 1年間に自然環境から1人が受ける放射線の日本平均[要出典]。 大気中のラドンからの年間被曝以外の県別平均被曝線量0.81〜1.19mSv、最も低いのが神奈川、高いのが岐阜[35]。(2011福島原発事故以前) 文部科学省は日本でのラドンからの被曝は0.4mSvと世界平均(1.26mSv)より低いと推定している[36]。 |
| 2 | 広島における爆心地から12km地点での被曝量。12kmまでの直接被爆が認定されると、原爆手帳が与えられる[37][38]。 |
| 2.4 | 1年間に自然放射線源から人が受ける放射線の世界平均[13][14]。 主な範囲は1.0〜13.0mSvである[39]。ブラジル・ガラパリでは10mSv[40][41]。 |
| 4 | 胃のX線撮影1回分の線量。 |
| 10 | 日本国原子力安全委員会の指針での一般人の「屋内退避」 |
| 7 - 20 | X線CTによる撮像1回分の線量。 |
| 20 | アメリカにおける汚染地区からの移住しきい値(初年度の年間総合被曝)、以降の年は5mSv[42]。放射能汚染対策#アメリカでの体制を参照。 |
| 13 - 60 | 1日1.5箱のタバコを吸う喫煙者の年間の線量 (タバコの葉に含まれるラジウム226、鉛210、ポロニウム210等からの放射線)[参考 1][参考 2]。[疑問点 – ノート] |
| 50 | 日本国原子力安全委員会の指針では一般人の「避難」自衛隊・消防・警察 (妊娠可能な女子を除く) が1年間にさらされてよい放射線の限度[要出典]。 男の放射線業務従事者の1年間被曝限度であり、5年間の限度値100mSvの年平均は20mSv。次節参照。 |
| 81 | 広島における爆心地から2km地点での被曝量[43]爆発後2週間以内に爆心地から2km以内に立ち入った入市被爆者(2号)と認定されると、原爆手帳が与えられる[38]。 |
| 100 | 人間の健康に影響が出ると証明されている放射線量の最低値 (これ以下の放射線量についての健康被害は長期的なものを含めて、一部に論争はあるが、証明はされていない)[要出典]。無害も証明されていない。 |
| 250 | 白血球の減少。(一度にまとめて受けた場合、以下同じ) |
| 500 | リンパ球の減少。 国際放射線防護委員会による人命救助を例外とする上限[要出典]。 |
| 1,000 | 急性放射線障害。悪心(吐き気)、嘔吐など。水晶体混濁。 |
| 2,000 | 出血、脱毛など。5%の人が死亡する。 |
| 3,000 - 5,000 | 50%の人が死亡する。(人体局所の被曝については3,000 : 脱毛、4,000 : 永久不妊、5,000 : 白内障、皮膚の紅斑)[44] |
| 7,000 - 10,000 10,001以上 | 99%の人が死亡する。ただし、頭部や胴体ではなく手足のみに被曝をした場合は、手足の機能に障害 (熱傷等) が出る。 |
知っての通り、国際放射線防護委員会(ICRP)の基準を元にしながら、政府は福島県内の児童や原発作業員を始めとして、任意な基準値引き上げを続けている。
それだけではなく、基準に対する、危険を矮小化する為の解釈も横行している。
ヨーロッパ内においては、このICRPの基準ですら、「様々なリスクを軽視している」として批判に晒されている程だというのにもかかわらず。
全ては、日本政府と国内の電力会社9社が基準を元にした対応の必要性を回避する為だ。
基準を超えた危険な場所に人を送り、危険な場所からの避難指示を出さず、勿論その為の支援も行わず、被曝の責任も回避する為である。
また、東京電力への責任追及を回避し、原子力行政を延命させる為である。
多くの避難者は自己責任で「勝手に」避難しなくてはならない。
そして避難せず(出来ず)被曝地域に留まった結果被曝しても、それは「原発事故のせいではない」ので東京電力も政府も責任を取る(それに応じた補償を行う)必要はない事になる。
安全基準の方を引き上げるので「絶対に安全」、これが実際に起こってみて露呈した、この国の原発事故対応の大筋だった。
いわき市が子供の被ばく量に独自基準を設定。0.3マイクロシーベルト毎時に
http://iryojinzai.net/833.html
| 福島県いわき市は25日、中学生以下の子供の被ばく限度の基準値を0.3マイクロシーベルト毎時に設定すると発表した。年間の積算線量基準は1.58ミリシーベルト。福島県内での自治体の独自基準設定は初めてという。 文部科学省が定める児童・生徒の積算線量基準は年間20ミリシーベルト。1日8時間の屋外活動を想定した計算により、3.8マイクロシーベルト毎時としている。しかしこの基準をめぐっては、子供の被ばくに対する不安を訴える市民の声が大きい。今回のいわき市の独自基準決定もこれを受けての対応とみられる。 同市は近く、学校などに高圧洗浄機を配備することを決定している。高圧洗浄機での除染では基準を達成できない場合には、さらなる除染対策を実施することも検討する。自治体が独自に基準値を決定している例としては、千葉県野田市の年間1ミリシーベルト、埼玉県川口市の年間1.64ミリシーベルトなどがある。 |
保安院「福島事故は別枠で」 作業員被ばく 上限緩和要請
東京新聞 2011年7月28日 朝刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011072802000041.html
| 経済産業省原子力安全・保安院が、福島第一原発の事故収束に当たる作業員の被ばく線量について、上限値を大幅に緩和するよう厚生労働省に働き掛けていたことが二十七日、分かった。保安院は原発や作業員の安全を守るのが主な役割だが、これに逆行する行為ともいえ、批判を浴びそうだ。 保安院の説明では、寺坂信昭院長が四月一日、厚労省の労働基準局長と面談し、今後、収束作業で作業員が被ばくしていくと、現在の作業員の被ばく線量のルールでは、やがて人手不足になる恐れがあると説明。 既に政府は、福島第一の事故の収束作業に限って、被ばく線量の上限を二五〇ミリシーベルト(通常の上限は、年間五〇ミリシーベルト、五年間で計一〇〇ミリシーベルトまで)まで緩和していたが、寺坂院長は、福島第一での被ばく量は、通常時の上限値に含めないよう緩和を求めた。 この通り緩和されると、仮に福島第一で二五〇ミリシーベルトを被ばくしても、別の原発に移ってしまえば、「五年間で一〇〇ミリシーベルト」の枠が残ることになる。最悪の場合、二年間で三五〇ミリシーベルトまでの被ばくが認められることになる。 面談に先立ち保安院は、東京電力に対して今後の収束作業で五〇ミリシーベルト以上の被ばくをする作業員が何人くらい出るか予測するよう指示。東電が協力企業などから予測値を集めた結果、約二千人という数字が出た。 保安院側はこの数字を面談の席で厚労省側に示し、大幅緩和を求めたという。 厚労省は福島第一での被ばく量を別枠扱いにすることは拒否した。代わりに、福島第一での被ばく量が五〇ミリシーベルトを超えても、これまでなら一年間、他の原発で働けなくなるところを、五年間で一〇〇ミリシーベルトを超えない範囲なら作業を続けてもよいと認めた。四月二十五日付で保安院に伝えた。 保安院の森山善範原子力災害対策監は「一義的には作業員の被ばく管理が保安院の役割。一方、事故収束も大切で、緩和を求めた。東電の懸念を踏まえた対応だが、東電から正式に要望されたことはない」と述べた。被ばく予測については「(事故当初は)今後の見通しが立っていないことから、大まかな概算しかできなかった」と、根拠が薄いことも認めた。 |
文科省の管理下にある福島県内の学校でも、被曝線量を無視した授業やグラウンド使用、または給食が取られている。
教員にも指導マニュアルが徹底されているのか、半ば洗脳といってもいいレベルで生徒には、被曝しながらの「今まで通りの」学校生活が押し付けられている。
県内の至る所に、東電や経産省の関係者、そいつらの金を握った学者が頻繁に出向き「実際には安全です」「今まで通りに生活出来ます」「20キロ圏内の避難区域ももうすぐ復旧し帰れます」と連呼している。
勿論、「帰れる」んじゃなくて、「嘘ついてでも帰して押し込める」だけなのは言うまでもない。
以前ツイッターでも述べたが、市町村役場の用意したガイガーカウンターは「マジで」一般住民への貸し出しを断っている。
どこまでも引き上げられる基準値と、出来るだけ「今どうなっているのか」を住民の目に触れさせまいとする姿勢。
激しく苛立たされて来たが、具体的にどれだけの引き上げが行なわれ、どれだけの歪曲や隠ぺいが行われて来たか、その情報や数値の変遷さえ膨大すぎて詳細に追えなくなる。
連中を糾弾する時、漠然と「基準値を引き上げまくっている」「事実や正しい解釈を伝えない」としか言えない。その事自体にまた苛立たされる。
欧州放射線リスク委員会(ECRR)科学議長 「子どもの年間被曝量20mシーベルトは犯罪的で無責任」
http://news.livedoor.com/article/detail/5725347/
| 福島第一原発の事故を受け、欧州放射線リスク委員会(ECRR)科学議長のクリス・バズビー英アルスター大客員教授が来日。日本政府の対応を「犯罪的で無責任」と指摘、子どもの年間被曝量基準が20ミリシーベルトでは、健康に重大な被害が出ると警鐘を鳴らした。【取材・構成・撮影 田野幸伸(BLOGOS編集部)】 ICRPは内部被曝を考慮していない 博士:ECRRは独立した組織で放射線を研究しています。20年間の研究の結論は、(日本政府が基準にしている)ICRP(国際放射線防護委員会)の今までのリスクモデルが内部被曝に対して、非常に危険なモデルであると言うことです。放射線物質が体内に取り込まれると、DNAに深刻なダメージを及ぼします。DNAが破壊されると、ガンのリスク上昇や胎児の発達異常、様々な病気の心配があります。 内部被曝は低い線量で起きてしまいます。ECRRのリスクモデルは2003年に、実際に被曝した人たちの疫学調査によって発表されました。原発の近くに住んでいる人や、1950年から60年代の全世界の核実験の「死の灰」を受けた人たちです。これを福島第一原発の状況に当てはめることが重要と考えます。 私が日本に来た理由は、福島の人々に状況がどれだけ深刻か、アドバイスに来ました。ECRRのリスクモデルが正しければ、ガンや新生児に影響がでるはずだから。 日本政府はICRPのリスクモデルを利用し、毎時1mSvという低線量なら暮らせるといっているが、実際は自然被曝量以上に数値が出るということは、その土地に放射能汚染が考えられる。 今、車のエアフィルターを調べている。東京のものと、福島原発から100キロほど離れたところを走っていた車のものだ。車も人と同じように空気を吸って動いているので、類似性を測ることができる。 驚いたことに、東京周辺と100キロ地域のフィルターからセシウム134.137が検出された。アルファ線を発する物質もあった。つまり、ウランとプルトニウムだ。しかしエアフィルターをガイガーカウンターで測っても数値は非常に低い。(検出されづらい)。私は毎時0.1ミリシーベルトを越えたら避難したほうがいいと考える。 1963年、核実験がピーク時のヨーロッパの空気の放射線の数値と、今の福島の数値を比べると、福島はおよそ1000倍だ。そこにそのまま人が住み続けるとすると、福島第一原発から100キロ以内の地域で今後10年間にガンの発生率が約32%上昇すると言う計算結果が出た。 これはかなり前からわかっているので、政府が住み続けることを大丈夫と言っていることは犯罪的に無責任だ。 それだけではなく、政府は独立した健康被害調査機関を設立し、ガンの発生率のデータを取るべきだ。 質疑応答 Q:調べている車のフィルターの詳細を教えてください。 博士:東京の1台は、千葉〜東京を行ったり来たりしている車。3月11日から100日間走っていた。セシウム137を測ったら、1立方mあたり730ミリベクレル。福島は4台調べている。大体、福島第一原発から100キロ以上遠いところを走っていた車。正確にはわかってないが。 Q:プルトニウムが検出されたのはそのうち1台ですか? 博士:まだはっきりプルトニウムと言い切れないんですが、アルファ線が出ているので、まず間違いないと思う。今、イギリスでどの程度プルトニウムとウランが含まれているか解析中です。昨日会津若松でガンマ線の計測をしていたが、土壌がかなり汚染されている。原発から100キロほど離れているが、2箇所でウラン235が検出された。 Q:日本では年間20mSv以下なら普通に学校で授業が行われ、外で遊んでいるが、 これはどうなのか。 博士:日本政府は犯罪的なくらい無責任。このレベルの放射線に子供達がさらされると後で大変な事になる。事故後に基準値を上げるとか、全く理解できない。私たちの理論があっていれば、子供達の死亡率は上がり、大変な事になる。政府は内部被曝を、計算に入れていないのではないか。内部被曝値を入れると会津若松ではもう20mSvを越えているのでは。 Q:呼吸によって入ってくる内部被曝と食べ物から取る内部被曝に違いは? 博士:一番気をつけなければいけないのは牛乳・酪農製品。人は腸の中から異物を排出する機能はあるが、呼吸、肺から異物を排出する機能はないので、呼吸として吸い込んだものはリスクの係数が高くなります。食物のどこに危険性があると言うと。まずは水。水はトリチウムを調べたほうがいい。ほとんど日本では調べてないのではないか。あとは牛乳、酪農生産物に含まれるストロンチウム・ウラン。海で言うと、海岸線の泥がかなり汚染されているので、そこに生息する貝類には危険性があるのではと思っている。 Q:今も福島第一原発からは推測で、毎時10億ベクレルが出続けているとされている。それが私たちの健康に及ぼす被害を教えてください。 博士:(苦笑)想像を絶する災害としかいえない。福島第一原発は制御不能な状態で、世界の誰もがコントロールできない。これは、日本だけの問題ではない。これは国際的な問題。国際原子力産業の問題。IAEAの高いレベルで対策をしなければいけない。理論上、福島からずるずると放射線が出続ければ、(そのぶん)死亡率は高くなるということ。会津若松で普通に暮らす市民の皆さんを見ていると、あたかも普通の状態に見える。、目には何も見えないが、機器を持ってくると、放射線は出ている。木を見ても鳥を見ても普通なのだが、これは大変な事だと思う。 Q:今、日本の野菜の安全基準ヨウ素131が1キロあたり2000ベクレルだが、この数値をどう思うか? 博士:ヨウ素131に対しては、いい対応策があります。半減期が短いから、いったん保存しておいて、2〜3ヶ月でかなり数値が下がるので、それから売ればいいのではないか。全体として福島第一原発から200キロくらいの地域には、地域外から汚染されていない食品を入れる必要があると考えている。日本の2000ベクレルという基準だが、とんでもなく高い数値。できれば、0〜10ベクレルがいいと思います。 Q:ホールボディカウンターでは、過去の被曝量は測れないので、他に過去のヨウ素の内部被曝をはかる方法はあるのか? 博士:実は、ホールボディカウンターは、こういう場合あまり役に立たない。ガンマ線を測るものだから。怖いのはベータ線とアルファ線。日本政府がちゃんと健康被害を測るか、分かりませんよね?(今の検査は)人々を安心させるためにやっているだけで、科学的に真面目な方法だとは思わない。偽装工作にも思える。後で健康被害が出ても、「あの時測って大丈夫だったから、放射能のせいじゃないですよね」となるのが心配。 Q:本当は東京から避難しなくてはいけない状態なのでは? 博士:放射性物質は確実に東京まで及んでいます。東京は人口が多いので、ある程度の健康被害が出るのは止むを得ないのではないか。10年ほどで出てくると思う。政府に対してプレッシャーをかけて、ちゃんとした組織を作り、環境と食物にどの程度放射性物質が入っているかを調査・インターネットにアップし、一般市民が自分で見て判断できるようにしたほうがいい。イギリスでは政府機関によって、ほとんどの食物の放射性物質や環境を測定して、いつでも見られるようにしている。1962年頃からやっている。 Q:水に含まれるトリチウムの検査を日本はしていないとの事ですが、これが含まれているとどういう危険があるのでしょうか? 博士:ECRRの基準だと大変だが、ICRPの基準ではトリチウムをかなり過小評価している。動物実験で分かっているトリチウムの悪影響は、DNAの破壊力が強く、胎児の発達問題が起きる。トリチウムはベータ線を出すが、線量は微量。だから安心というICRPの考え方が間違っている。福島第一原発では原子炉を沢山の水で冷却しているので、汚染水からトリチウムが出ているのではと思っている。トリチウムは水と近い性質なので、体に入ると隅々まで回ってしまう。 |
正直言って私は「今更原発を止めても手遅れ」だと思っている。日本が今から脱原発しても、「新しいスタート」なんてありえないと思っている。
断言してもいいが、もし「新しい脱原発の時代」が到来しても、その新しい時代の中で、現に被曝した土地や人々は、「福島で被曝した人や原発作業で被曝した人」は闇に葬られるだろう。「過去の被害は過去の被害」とかの言い分の下で。
数十年前の戦争がこの国のそういう体質の教訓をしっかりと残している。
従軍慰安婦が、東京大空襲被害の補償を求めた人達が、日本と戦って死んだ人が、日本の戦死者の家族が、この国でどんな扱いを受けているか見ればいい。
だから、原発を止める事よりも「逃げろ」「逃げさせろ」と言う方が先に来る。「復興」なんて論外だ。
今拡散している放射性物質だけで、少なくとも東日本は東京を含めてどこも元通りにはならない。
それでも何故「反原発」を唱えるのかと言えば、原子力行政を否定しなければ、世論や政府がそれを認めなければ、その事さえも始まらないからだ。現に、連中が「避難をさせない」「被曝を矮小化する」理由は「日本の維持」「原子力行政の維持」が前提となっている。
「原子力行政は間違っていた」 この前提に立たなければ、被ばく状況や避難について、補償について、確かな認識に立てる筈もないのだ。
最近、職場の後輩からよく「原発事故」の話を持ちかけられる。
「俺ら、どうすればいいんでしょうね?」
と聞いて来たので
「もし、この先彼女と結婚して子供や家族を持ちたいとか思ってるんだったら……東京からも逃げた方がいいっすよ。少なくとも中国地方や九州まで……あるいはいっそ海外まで」
と答えた。
私が東京に留まっているのは、何かの勇気や覚悟や義務感からではない。
単に絶望的なまでに面倒くさがりで、今の生活レベルをこれ以上引き下げる事を十年後の死よりも恐れていて、家族にも友人関係にも執着がなく「自分一人が死んで全て終わり」という死生観の持ち主だからに過ぎない。
ありていに言えば「ダメ人間」だからだ。
きちんと生きてる人程、もう東日本からは脱出してほしいといつも思っている。
思いながらも、そういう人達が安全な場所まで逃げられる為に、逃げた先での生活の為に何か出来ているのかと言えば、本当に口先だけになってしまうので滅多に言えないが。
「逃げろ」というなら、逃げた方がいい理由を分かり易い情報として提示しなければならないし、逃げられる為に僅かでも何かをしなければならない。
数か月前までなら、ただ「逃げろ」と叫ぶだけでもそれなりの意味があったかもしれないが、今、「逃げられない人」「大丈夫だと思いたい人」の存在が明確になって来た以上、それでは通用しないだろう。
2011年07月30日
【8月6日の前に】紐付きのレクイエム
8月6日に在特会が、原発賛成・核武装推進デモを広島で行うそうだ。
在特会のデモ自体はバカ過ぎて話にならない。さほど脅威すら覚えない。
正直言ってもうスルーするのが一番な気さえしている。
連中の最近の行動基準は、「反日左翼が反原発・反核で盛り上がっているから、こっちは反反原発・反反核をする」の一点張り。
この期に及んで辻褄の合った肯定論も構築出来ないまま原発を擁護し、広島市民の眼前でこれまた「反反核」でしかない核武装の主張を垂れ流そうというのだから、建前においてさえ「日本と日本人の味方」である事が出来ない――それを他者に認めさせる事も出来ない。
恐らくは、既にその最後の拠り所である「反日左翼」という仮想敵の存在すら自覚の上で危うくなっているのではないか。どんな事を言っている誰が「反日左翼」なのか自分で分からなくなっている。
「そんなのより眼前の日護会の方が深刻だ」って所なのだろう。
在特会の話はこの辺にしといて、在特会が仲間割れと反反原発で終わってるからって、「日本における排外主義、差別主義の蔓延」にポジティヴな展開が生まれた訳でもない。
まとめてゴミ箱行き組な在特会やチーム関西や排害社とは別に、脱原発を表明した瀬戸弘幸や西村修平はまだまだ生き残りそうだし、もっと酷い事に、反原発・脱原発のムーブメントの中でそれらの行動保守界隈とは全く関係なく現れた排外差別主義者さえいる。
最近の「宮崎あおいの夫」(笑)高岡蒼甫の「韓流・フジ批判」を称した排外主義発言とその支持については、もう少し様子を見たいが、ノルウェーのテロに見られた「日本との親和性」への国内の逃げ腰っぷりを見れば、「在特会の凋落」など何の一歩でもない事を実感させられる。
そして、もう一つ。
というか、ここからが今日の本題。
「8月6日の広島であえて核武装の話をする」のもやはり、在特会に限った事でも始まった事でもない。
去年の広島平和祈念式典で(厳密にはその直後の記者会見で)菅直人が「日本に(アメリカの)核抑止力は必要だ。平和主義の理想なんかより現実を(北朝鮮が―中国が―)見ろ」と言った事を私は忘れていない。
来年も再来年も忘れないと思う。あと、そういう奴を「毎年首相を呼んでいるから」程度の理由で恥ずかしげもなく招待する平和「棄念」式典の事も。
そして、その更に前から田母神俊雄は8月6日の広島で核武装を呼び掛ける講演を行っている。
8月6日の広島で核武装論や核抑止論を叫ぶのは、在特会を持ち出すまでもなく、ここ数年のバカの流行だって言う事だ。
勿論、誰からも聴いてもらえないし賛成しても貰えない講演やコメントをしようとする程のバカはその中にいない。在特会は別として。
8月6日の広島で核武装や核抑止力依存を訴える事が、一定の注目と支持を集めるという事だ。
それが今の日本と広島の現実だ。その現実がそいつらの全ての背景にある。
では、「8月6日に広島で核武装や核抑止論を訴える事」の意味は何なのか。
8月6日の広島で、どんな核の肯定が出来るのか。
その論理は実はとても単純明快だ。
「広島の悲劇を日本で繰り返さない為にこそ、核保有国にアメリカか日本の核ミサイルの照準を向けておこう」
北朝鮮も中国もロシアも、こちらから向けられた核ミサイルを恐れて、こちらにミサイルを発射する事はなくなる。そこにアメリカも加えるなら、「日本が核武装すべし」となる訳だ。
それらの核抑止力・核武装論は対米追従外交か、あるいは交戦権と国軍の復活とセットである事は言うまでもない。
その論理は、広島平和公園で碑に刻まれた「鎮魂の誓い」の意味の変容と、密接な関係がある。
「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませんから」
この誓いが長く抱いて来た、「国家間戦争という手段」と「民間人攻撃」と「核兵器・大量破壊兵器」――「私達がそんなクソみたいなものにつきあわされ巻き込まれる事」の普遍的な形での正当性の否定としての意味が変容したのだ。
その変容は、「誰のどんな過ちなのだ?」という問いが象徴している。
この問いには、特定の「過ちを犯す何者か」が求められる。「普遍性」「全人類的な課題」という視点は言外に破棄される。
「核攻撃をする核保有国」の過ちであるか、「核攻撃をさせてしまった日本」の過ちであるかが問われる問いであり、どちらを選んでもこれは「日本が核攻撃された」という過ちにその意味を限定させてしまう。
言うなれば、日本が核攻撃されなければ、日本への核攻撃を回避さえすれば、その誓いは果たされるという発想である。
核攻撃する恐れのある北朝鮮や中国の都市が、あるいはアメリカやロシアの都市が日本の先制核攻撃によって1945年8月6日の広島と同じかそれ以上の惨状となったとしても、それによって日本への核攻撃を回避できたのなら、この問いをする者にとっては「誓いは果たされている」事になる。
極論するなら、むしろ彼らにとっては、そうでなければ「鎮魂の近いは果たされない」のだ。
もっと酷い見地に立てば、「例え再び核攻撃されても、やられっぱなしでなくきちんと核で報復さえ出来れば、過ちは繰り返さなかった事になる」と見なす者さえいるだろう。
そんなもの最早「鎮魂の誓い」でも何でもない――などと感じるのは、既に昭和の反戦・反核運動の感覚であり、これこそが「過ちは繰り返しません」という鎮魂の(戦後レジームを脱した)現在形だとすら認識しているのかもしれない。
この点において、菅直人も田母神俊雄も在特会も、石原慎太郎も安倍晋三も自民党も、それらを支持する人々も一致している。
更に救えない話として、それらの「平和の誓いの現在形」を掲げた彼らに批判的な人々が、反核・反戦の普遍性で一致しているのかといえば、現在ではそうではない。
どの国であろうと核も戦争による解決も許さないという立場を明言出来ない者が一定存在する。
ネトウヨが存在をでっち上げている様な「北朝鮮や中国の核や軍事力は正当だ」とまで言ってる者は更にごく少数だが、そこまで言わずに「日本の立場性からまず日本の核武装に反対」という言い方をする。
彼らもまた、「誰のどんな過ちなのだ?」と問い、そこに「侵略戦争を始めた日本の過ちなのだ」という回答を用意した。彼らもまた逆のベクトルで「普遍性なんてものはドブに投げ捨てた者達」なのだ。
「日本への一方的な核攻撃だけを回避」したい者達と、「日本の核武装だけに反対」する者達は終わりない螺旋を描き始めているのかもしれない。
どちらかへのアンチがもう一方のどちらかにつく、どちらかに反発した者がもう一方のどちらかに自分の立場を見出すという形で。
そして前者が権力とマジョリティを獲得しているという非対称性もある。対称性を持とうと逆転しようといい事は何もないが。前者の言いだす「他国の脅威」の多くがデマゴークである点から、後者がより実際の核攻撃のリスクを回避していようと、どれだけ支持を得ようと、「日本の核武装だけに反対」し続けている限り、いつまでも前者の扇動を利し続ける。
「普遍的に国家間戦争と核の正当性を否定する」という誓いの始原の立場は党派性思考の前に葬られ、不可視化され、すべからく「自称中立」や「立場空白でいたがる人達」のレッテルに封じ込められるだろう。
そして、鎮魂の誓いは永遠に「日本への核攻撃と日本の核」の問題として処理され、そこに答えの糸口はない。
「過ち」とは核攻撃を含む国家間戦争を正当化する判断の全てであり、「繰り返さない」為にはその全てを否定し続けなければならなかったのに。
その螺旋の節目に立っているのが、役不足であるにせよ在特会のデモだと言えるのかもしれない。
ろくなヴィジョンもなく「自分達が何者であるか」だけにこだわった挙句「反日左翼の逆をやる」事だけしか見出せなくなった彼らの姿は、「誰の過ちだ」という問いの果てに「平和を祈って核武装を語る」に至ったこの国の反省と鎮魂の姿の縮図でもある。
在特会のデモ自体はバカ過ぎて話にならない。さほど脅威すら覚えない。
正直言ってもうスルーするのが一番な気さえしている。
連中の最近の行動基準は、「反日左翼が反原発・反核で盛り上がっているから、こっちは反反原発・反反核をする」の一点張り。
この期に及んで辻褄の合った肯定論も構築出来ないまま原発を擁護し、広島市民の眼前でこれまた「反反核」でしかない核武装の主張を垂れ流そうというのだから、建前においてさえ「日本と日本人の味方」である事が出来ない――それを他者に認めさせる事も出来ない。
恐らくは、既にその最後の拠り所である「反日左翼」という仮想敵の存在すら自覚の上で危うくなっているのではないか。どんな事を言っている誰が「反日左翼」なのか自分で分からなくなっている。
「そんなのより眼前の日護会の方が深刻だ」って所なのだろう。
在特会の話はこの辺にしといて、在特会が仲間割れと反反原発で終わってるからって、「日本における排外主義、差別主義の蔓延」にポジティヴな展開が生まれた訳でもない。
まとめてゴミ箱行き組な在特会やチーム関西や排害社とは別に、脱原発を表明した瀬戸弘幸や西村修平はまだまだ生き残りそうだし、もっと酷い事に、反原発・脱原発のムーブメントの中でそれらの行動保守界隈とは全く関係なく現れた排外差別主義者さえいる。
最近の「宮崎あおいの夫」(笑)高岡蒼甫の「韓流・フジ批判」を称した排外主義発言とその支持については、もう少し様子を見たいが、ノルウェーのテロに見られた「日本との親和性」への国内の逃げ腰っぷりを見れば、「在特会の凋落」など何の一歩でもない事を実感させられる。
そして、もう一つ。
というか、ここからが今日の本題。
「8月6日の広島であえて核武装の話をする」のもやはり、在特会に限った事でも始まった事でもない。
去年の広島平和祈念式典で(厳密にはその直後の記者会見で)菅直人が「日本に(アメリカの)核抑止力は必要だ。平和主義の理想なんかより現実を(北朝鮮が―中国が―)見ろ」と言った事を私は忘れていない。
来年も再来年も忘れないと思う。あと、そういう奴を「毎年首相を呼んでいるから」程度の理由で恥ずかしげもなく招待する平和「棄念」式典の事も。
そして、その更に前から田母神俊雄は8月6日の広島で核武装を呼び掛ける講演を行っている。
8月6日の広島で核武装論や核抑止論を叫ぶのは、在特会を持ち出すまでもなく、ここ数年のバカの流行だって言う事だ。
勿論、誰からも聴いてもらえないし賛成しても貰えない講演やコメントをしようとする程のバカはその中にいない。在特会は別として。
8月6日の広島で核武装や核抑止力依存を訴える事が、一定の注目と支持を集めるという事だ。
それが今の日本と広島の現実だ。その現実がそいつらの全ての背景にある。
では、「8月6日に広島で核武装や核抑止論を訴える事」の意味は何なのか。
8月6日の広島で、どんな核の肯定が出来るのか。
その論理は実はとても単純明快だ。
「広島の悲劇を日本で繰り返さない為にこそ、核保有国にアメリカか日本の核ミサイルの照準を向けておこう」
北朝鮮も中国もロシアも、こちらから向けられた核ミサイルを恐れて、こちらにミサイルを発射する事はなくなる。そこにアメリカも加えるなら、「日本が核武装すべし」となる訳だ。
それらの核抑止力・核武装論は対米追従外交か、あるいは交戦権と国軍の復活とセットである事は言うまでもない。
その論理は、広島平和公園で碑に刻まれた「鎮魂の誓い」の意味の変容と、密接な関係がある。
「安らかに眠って下さい 過ちは繰り返しませんから」
この誓いが長く抱いて来た、「国家間戦争という手段」と「民間人攻撃」と「核兵器・大量破壊兵器」――「私達がそんなクソみたいなものにつきあわされ巻き込まれる事」の普遍的な形での正当性の否定としての意味が変容したのだ。
その変容は、「誰のどんな過ちなのだ?」という問いが象徴している。
この問いには、特定の「過ちを犯す何者か」が求められる。「普遍性」「全人類的な課題」という視点は言外に破棄される。
「核攻撃をする核保有国」の過ちであるか、「核攻撃をさせてしまった日本」の過ちであるかが問われる問いであり、どちらを選んでもこれは「日本が核攻撃された」という過ちにその意味を限定させてしまう。
言うなれば、日本が核攻撃されなければ、日本への核攻撃を回避さえすれば、その誓いは果たされるという発想である。
核攻撃する恐れのある北朝鮮や中国の都市が、あるいはアメリカやロシアの都市が日本の先制核攻撃によって1945年8月6日の広島と同じかそれ以上の惨状となったとしても、それによって日本への核攻撃を回避できたのなら、この問いをする者にとっては「誓いは果たされている」事になる。
極論するなら、むしろ彼らにとっては、そうでなければ「鎮魂の近いは果たされない」のだ。
もっと酷い見地に立てば、「例え再び核攻撃されても、やられっぱなしでなくきちんと核で報復さえ出来れば、過ちは繰り返さなかった事になる」と見なす者さえいるだろう。
そんなもの最早「鎮魂の誓い」でも何でもない――などと感じるのは、既に昭和の反戦・反核運動の感覚であり、これこそが「過ちは繰り返しません」という鎮魂の(戦後レジームを脱した)現在形だとすら認識しているのかもしれない。
この点において、菅直人も田母神俊雄も在特会も、石原慎太郎も安倍晋三も自民党も、それらを支持する人々も一致している。
更に救えない話として、それらの「平和の誓いの現在形」を掲げた彼らに批判的な人々が、反核・反戦の普遍性で一致しているのかといえば、現在ではそうではない。
どの国であろうと核も戦争による解決も許さないという立場を明言出来ない者が一定存在する。
ネトウヨが存在をでっち上げている様な「北朝鮮や中国の核や軍事力は正当だ」とまで言ってる者は更にごく少数だが、そこまで言わずに「日本の立場性からまず日本の核武装に反対」という言い方をする。
彼らもまた、「誰のどんな過ちなのだ?」と問い、そこに「侵略戦争を始めた日本の過ちなのだ」という回答を用意した。彼らもまた逆のベクトルで「普遍性なんてものはドブに投げ捨てた者達」なのだ。
「日本への一方的な核攻撃だけを回避」したい者達と、「日本の核武装だけに反対」する者達は終わりない螺旋を描き始めているのかもしれない。
どちらかへのアンチがもう一方のどちらかにつく、どちらかに反発した者がもう一方のどちらかに自分の立場を見出すという形で。
そして前者が権力とマジョリティを獲得しているという非対称性もある。対称性を持とうと逆転しようといい事は何もないが。前者の言いだす「他国の脅威」の多くがデマゴークである点から、後者がより実際の核攻撃のリスクを回避していようと、どれだけ支持を得ようと、「日本の核武装だけに反対」し続けている限り、いつまでも前者の扇動を利し続ける。
「普遍的に国家間戦争と核の正当性を否定する」という誓いの始原の立場は党派性思考の前に葬られ、不可視化され、すべからく「自称中立」や「立場空白でいたがる人達」のレッテルに封じ込められるだろう。
そして、鎮魂の誓いは永遠に「日本への核攻撃と日本の核」の問題として処理され、そこに答えの糸口はない。
「過ち」とは核攻撃を含む国家間戦争を正当化する判断の全てであり、「繰り返さない」為にはその全てを否定し続けなければならなかったのに。
その螺旋の節目に立っているのが、役不足であるにせよ在特会のデモだと言えるのかもしれない。
ろくなヴィジョンもなく「自分達が何者であるか」だけにこだわった挙句「反日左翼の逆をやる」事だけしか見出せなくなった彼らの姿は、「誰の過ちだ」という問いの果てに「平和を祈って核武装を語る」に至ったこの国の反省と鎮魂の姿の縮図でもある。
2011年07月28日
ノルウェーテロの「教訓」を探す
ノルウェーでの爆破・銃乱射テロから数日が経過している。
一連の事件の犯人として(単独犯と見られているが、組織犯の可能性も残っている)取り調べを受けているアンネシュ・ブレイビク容疑者(32才)は原理主義的なカトリック教徒であり、また同時に国内でのイスラム教徒移民の増加を恐れる極右の排外主義者であった。
ブレイビクは「ノルウェーは厳格な家父長制を取り戻し、単一民族国家となるべきだ」などの主張から、首都オスロでの爆破テロとほぼ同時に(正確には2時間後)、ノルウェーの与党であり社会民主主義政党のノルウェー労働党のユースキャンプに警官を装って入り込み、参加者を一か所に集めた上で銃乱射。70〜90人の死者を出した。
ブレイビクの犯行声明書は英文で1,500ページにも及び、その思想と見解の全貌を日本で知る事は困難と思われる。
自らをイスラム教徒の侵略に立ち向かう「テンプル騎士」「十字軍騎士」になぞらえていた。
ノルウェーの右翼政党「進歩党」に所属していたが、進歩党の中道化を非難し、現在では脱退している。
HIPHOPミュージック、ゲーム、インターネット、軍服やミリタリー関連の趣味も持っていたと言われる。
そういった事柄が断片的に伝わってくる程度だ。
また、ブレイビクは自分の排外主義的主張から、日本と韓国を「排外的な単一民族国家であり厳格な家父長制家族制度が残る国」として模範視していて、会ってみたい人物に「ローマ法王ベネディクト16世」「プーチン元ロシア大統領」と並んで日本の元首相・麻生太郎の名前を挙げていた。
極右のテロリストに「内なる模範」とされた日本の反応と事件への報道は、十分予想内で驚く事ではなかったが、それでも呆れるしかないものだった。
第一に取り上げるのは、ブレイビク個人の犯行に及ぶ道筋――と言えば聞こえはいいが、要は「いかに彼が犯罪を起こす異常な経歴や性質の持ち主だったか」探し。そして、犯行の原因をノルウェー社会に求める思考――これまた、ノルウェー国内の移民の存在と多文化共生主義が背景にあったという結論への誘導。
ブレイビク容疑者を「キリスト教原理主義の狂信者」とだけ報じ、彼の極右思想や「それ故の」日本の排外主義への傾倒には一切触れない報道。
何とか彼が「日本が理想的な排外主義国家である」と「誤解している」事にしようと試みていた報道。
「日本と韓国」と挙げられていた事を利用し、韓国の排外主義をクローズアップする事で、日本から目をそらさせようとする報道。
果ては、「彼はどんなに正しい思想を持っていようと、大量殺人テロでそれを主張したのが間違っている」という事で、「議会で合法的に進められる排外主義や差別、抑圧は正当」だと誘導を試みる報道。
そして、いずれにせよ、この事件から「日本の排外主義」を具体的に扱おうとする報道は、一つとしてなかった。
- 在特会の行って来たカルデロン一家や朝鮮学校への嫌がらせ、抗議者への暴力。
- チャンネル桜や山野車輪の「嫌韓流」によって支持を広げる在日外国人への軽蔑と敵意。
- 排外主義者である自民党議員や石原慎太郎東京都知事への根強く続く支持。
- 入国管理法によって著しく制限を受け、権利を保障される事もままならない外国人労働者・居住者の実態。
- そして、排外主義と共にブレイビクの憧れを受けた家父長制度による、300日問題や強姦事件の扱いなどでの、女性や子供への権利を奪う法制度。
以上を紹介し「これらのものによって私達はノルウェーの極右テロリストの憧れの的となったのです」と報じたニュース番組や新聞は一つも存在しなかった。
これらの報道の形は、分かり易いほど素直に、日本の排外主義者達の今回の件での自己正当化と結び付いた。
「日本は誤解されている。日本にはイスラム移民問題はないが、在日やシナ人の侵略をいつも受けているんだ」と真顔で反論するウヨコメントを見る度、お前はブレイビクの憧れが間違っていたと言いたいのか正しかった証拠を身を以て示したいのかどっちなんだと尋ねたくなる。
取りあえず、「事実を突き付けた程度では連中の頭は何一つ改善されないのだ」と確信出来るというのは収穫だったと言えるだろう。
そして、「連中」にはネットで吠えているダメ国士様や表に出て来た事だけが取り柄の行動する亡国右翼だけでなく、主要報道機関も含まれるのだという事も。
一方で、ノルウェー社会にブレイビクのテロに結び付く背景があったとすれば、それは何かという事も考える。
日本のニュースが伝える様な、あるいは向こうの極右が僭称する様な「多文化共生社会」移民の存在が直接の原因だとは考えない。
社会不安や経済的困難を「移民の存在」に結び付ける極右の思想や思考回路に彼らはこれまでどう向き合って来たのか。もし、背景を考えるとするなら、入口はそこになる。
これは憶測でしかないが、あるいは彼らも私達が一般のウヨや在特会みたいな極右勢力が広がって行く中、不可視化して来たのと似た過ちを経ているのではないかとも思う。
社会民主主義政党が与党となって大規模なキャンプを開いたり、共生社会・高福祉社会への政策を進めて行く陰で、右翼政党が中道保守化して行く陰で、見えない場所でブレイビクや、「全てを移民やマイノリティや“売国左翼”のせいにして行く声」はひっそりと小馬鹿にされながらも、確実に育って行ったのではないか。
それは、私達にも身に覚えのある教訓だと言えるだろう。
余談だが、ブレイビクは死刑・終身刑のないノルウェーの法制度の下、最高刑の懲役21年になるのではないかと言われている。
ここで、その21年間をノルウェーの刑務所ではなく、日本に送って、こちらの外国人労働者として生活して貰うのはどうだろうかと提案したくなった。
マトモな権利保障もない状況で、薄給で限界までこき使われ、警察や公安に始終監視され、休みの日には在特会が家の周りを「ゴミ犯罪外国人を叩き殺すぞ」と叫びながら行進する、そんな中で21年過ごして頂くのだ。彼が人を殺してまで求めた日本の排外主義を、自分の身体で味わって頂こう。
……とか考えたが、21年もこの国でこんな状況が続く事なんかを追認したくないのでやっぱり却下。
皆さん
ノルウェーが、ウトヤ島とオスロにおいて、第二次大戦後以来最悪の残虐行為に見舞われてから2日経とうとしています。永遠のようにさえ思えます。衝撃、絶望、怒りと涙だけの時間でした
今日は、哀悼の日です。今日は、少し休息しましょう。亡くなった方を忘れず、私達とはもはやともにいない方々のことを思いましょう
92人の命が失われました。そして、数名がまだ行方不明です。1人1人がなくなることは悲劇です。そして、それらがともに起きたことで、国家的悲劇となりました。私たちはまだこの悲劇の規模を把握することさえできないでいます。私たちの多くが失われてしまった誰かを知っている。そして、亡くなった人を知っている人を知っている人はさらに多い。私も何人か、知っています
そのうちの一人はモニカです。彼女はおよそ20年ウトヤ島で活動してきました。私たちの多くにとって、彼女はウトヤ島そのものでした。今、彼女は亡くなりました。全国各地から集った若者を手当し、かばいながら射殺されたのです。彼女の夫ジョンと娘ビクトリアとヘレンは、今日、ドラメン教会にいます。あまりに不公平です。せめて、私はモニカの遺族の皆さまに私達があなたがたと泣いていることを知ってほしい
もう1人が、トーレ・エイクランドです。ホルダランの労働青年同盟のリーダーであり、最も才能のある若い政治家の1人でした。私は彼がEU郵便指令に対して感動的なスピーチを行って議論に勝ち、労働党大会で賞賛された日のことを忘れることができません。しかし、今、彼はなくなりました。永遠に去りました。この事実を理解することすらできません
いまお話ししたのは、私たちが失った方々のうちの2人にすぎません。私たちはウトヤ島で、政府のオフィスで多くの方を失いました。私たちは、すぐに亡くなった方々の名前と顔を知ることになります。そのとき、この邪悪な行為の規模は、恐怖のなかで明らかになるでしょう。これは、新たな試練となります。しかし、私たちはこの試練をも乗り越えなければなりません。この悲劇の中、私は危機的な状況で上を向くことができる国であることを誇りに思っています。私は、この悲劇の中で出会うことができた尊厳、思いやり、そして、決意に心打たれました。
私たちの国は小さいですが、誇るべき市民による国です。私たちはいまだ起きたことにショックを受けていますが、私たちは私たちの価値を放棄することはありません。私たちのこの事件に対する答えはより民主的に、より開放的に、そして人間性をより豊かにする、ということです。...しかし、決してナイーブになってはいけません
CNNでインタビューされた労働青年同盟の女の子よりもそのことをうまく話した人はいない。彼女は次のように話しました。
「ひとりの男性がこれだけの憎悪を表すことができたのです。私たちが共にどれだけ大きな愛をみせることができるか、考えてみてください」
最後に、私は自分の愛する人を失った全てのご遺族にお話ししたい。私も、ノルウェー全市民も皆さんの失った方々に対して、心から哀悼したします。いや、それだけでなく、全世界が皆さんの悲しみを分かち合っています。オバマ米大統領、プーチン露首相、ラインフェルト・スウェーデン首相、メルケル独首相、キャメロン英首相、メドベージェフ露大統領、そのほか多くの国の元首からの哀悼の意を伝えることを約束しています
これらの哀悼の意が遺族の皆さんの損失を償うことはできません。何を持ってしても、皆さんの愛する人を取り戻すことはできません。しかし、人生が闇に閉ざされた時、支えと慰めが必要です。いま、皆さんにとって、人生が最も暗い闇に閉ざされた時です。私は、遺族の皆さんに私たちが皆さんに寄り添っていることを知ってほしい
イェンス=ストルデンベルグ・ノルウェー首相
情報流通促進計画 by ヤメ記者弁護士(ヤメ蚊)
ノルウェーの悲劇を乗り越えようとするストルテンベルグ首相のスピーチ全文
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/6e74cd788a4472cbc5706da74cbd8df4
2011年07月27日
「ロリともだち」、逃避、三次元の代償ではない二次元
東浩紀氏が「COMIC LO」2011年8月号掲載作品「ロリともだち」を絶賛したツイートに多数の批判が上がった件。
LO (エルオー) 2011年 08月号 [雑誌]
販売元:茜新社
(2011-06-21)
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私はまだ、この「ロリともだち」を読んでいない……後で読むのかどうかも今は定かじゃない……から、作品そのものについては殆ど何も言えないが、言及されている「男二人が少女へのレイプを通してゲイ的な連帯感や絆を共有し、破滅を共にする」という物語の軸については、少なくとも全く「特別さ」「斬新さ」を感じない。
「ロリコンである事」「手段がレイプである事」「男二人である事」自体は類を見ないかもしれないし、その描かれ方や構成が今までになく優れていたという可能性もあるかもしれないが、「肯定され得ない行為を通して絆を得た二人が破滅に向かうロードムービー」など、数多にあり、そこに「ロリコン」「レイプ」「男二人」という要素を代入しても新しさや特殊さはない。
私自身そういう物語は大好きだし、何度か言った事があるがここでの私のID「baisemoi_bullet」も、その一つである映画「ベーゼモア」から取られている程だ。
個人的には映画より原作小説「バカな奴らは皆殺し」の方が好きだが、それはおいといて、この「ベーゼモア」でも「手段が強盗殺人である事」「社会の周縁にいた女性二人」という要素の下に、孤独と「肯定され得ない凶暴な行為」とそこから得られた絆と最期にて構成されている。
バカなヤツらは皆殺し
著者:ヴィルジニ デパント
販売元:原書房
(2000-05)
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「こうなる事は分かっていた。でも、逃げ切れると信じていた」
拳銃自殺に失敗して取り押さえられた主人公のラストのこの言葉は、私にとって思い出す度に感動が反芻される一節でもある。
「ロリともだち」にもきっと、それと類似の感動が待っているのだろう。
東氏の絶賛の理由が、本当に「ロリコン」と「ゲイ」が描かれていた事(批判を見る限り、本当にそれらが描かれていたのかも疑問だが)なのか釈然としない。自分の感動の理由を語る事に、余計な文脈を持って来て「失敗」したのではないかと勘ぐってもいる。
そして、「成人女性からの逃避」という文脈が、その失敗を推し進めているのではないか。
東氏自身が初めに言い出したものではなかったが、他の人のツイートに応答して「成人女性の面倒くさいセクシュアリティに直面するのが男性にとっての正義だとは、まったく思いませんね」と発言した事で、「ロリコン」「ゲイ」というものが「成人同士のヘテロセクシャル」に「面倒くささと楽さ」で対置されるものにされてしまった。
更に「セクシャリティに直面しない」安楽さとして「弱い者への権力性の発揮」「レイプなどの暴力」がセクシャルマイノリティと同列化されてしまった。
その後の誤解と無自覚な意識の発露による混乱劇は、ここから生じている様に思える。
大筋を聞いた時点で「ロリともだち」が「成人女性の面倒くさいセクシュアリティに直面するのが男性にとっての正義ではない」なんて物語ではない事は確信出来る。
どう見ても「面倒くささ」を回避している、「面倒くささ」から解放されている物語ではない。
成人同士のヘテロセクシャリティから外れて、社会規範からも外れて、犯罪と暴力で同類との絆を求める事が、いつからそんな「面倒くさくない」「楽なこと」と見なされる様になったというのか。
また、物語の軸にあるのが「罪と破滅の共有」である以上、何が「正義であり」「正義でない」のかをこの物語から語る事自体が的外れである。
そこを取り上げて「ロリともだち」を少女レイプ肯定の物語であり東氏の絶賛を少女レイプ絶賛であるかの様に騒ぎ立てる「声の妙にでかい」バカも数名目立ってたが、東氏の賛辞の内容がそういうものであった以上、半ば自業自得と言えるかもしれない。
「ロリともだち」は大筋を聞く限りでだが、「ロリコン」や「ゲイ」を(そのセクシャリティを)描いた作品としてではなく、あくまでも「犯罪者、アウトサイダー」「絆を求めた者達」を普遍的な位置から描いた物語として評価すべきだったのではないかと思える。セクシャリティは描かれるものではなく、描かれるものの為の素材としてしか存在してない様に思われる。
ヘテロセクシャリティやその「正しさ」の抑圧から、押し付けられた「面倒くささ」から、逃れる物語に出会いたいのなら、彼らの日常や性愛を誠実に描いた物語を探すべきだろう。そういう物語が現存するのかどうかは私にも分からないが。
そして、多分「正しさを押し付けられる」面倒くささからは逃れられるが、そこに「成人女性(ヘテロセクシャル)」と対比出来る様な「セクシャリティの面倒くささからの解放」はない。
対象が成人女性だろうが成人男性だろうが子供だろうが同性だろうが、直面するセクシャリティは常に面倒くさいものである筈だ。本当に面倒くさいのは、相手のセクシャリティなどではなく、それらに直面する自分自身のセクシャリティなのだから。
もし本当に「面倒くさくない」セクシャリティが存在するとしたなら、それは対象を持たない、何者とも直面しないセクシャリティであるだろう。
ナルシズムもその一つだろうが、もっと私達に分かり易いものは、ずばり「二次元」だ。
その事も、反ポルノ議論と絡んでこの件での混乱を生んでいる。
物語内に描かれているのは「ロリコン」「ゲイ」を素材化した「暴力と絆と破滅」であったとしても、物語に直面する私達にとっては、男達も少女達もまさにその「面倒くさくない」二次元の存在であったのだから。
物語内で何が起ころうと、読んでいる私達にとっては何一つ面倒くさい事がない。私達は物語を通して彼ら彼女らと関わろうと、彼ら彼女らのセクシャリティには一切直面しない。
本気で物語内の出来事や登場人物の言動に反応し、激怒したり嘔吐し体調を崩したりする人なども実際にいる事は知っているが、それが「物語内のセクシャリティに現実同様に直面した」と言える事なのかについては懐疑的だ。
従って、私は「成人女性の面倒くさいセクシャリティ」からの逃避先として「支配し易い未成年(ロリコン化)」があるという構図にも懐疑的だ。
「面倒くさいセクシャリティ」からの逃避は、「三次元」から「二次元」に、「現実」から「虚構」に向かって行われるもので、本質的にそこに「成人か子供か」「異性か同性か」「非暴力的か暴力的か」「支配的か被支配的か」の差異はない。
勿論、嗜好としてのそれらに人数差はあるだろうとしても。
また、現実と虚構の間にもグラデーションは存在するだろう。キャバクラや風俗などの疑似恋愛、実在の相手との表に出さない空想として。
また、完全な二次元フィクションである漫画、アニメ、ゲームを通しても自分の立ち位置をどこに定めているかは異なるだろう。物語内で相手になる登場人物と自分を重ねるのか、あるいは神の視点をキープするのか、ifとして物語世界に自分を登場させるのか。
そして、二次元へ逃避したその先では、二次元への作法を持つ事になる。
その作法の内容が「レイプ」であろうが「結婚生活」であろうが「プラトニックから始まる純愛」であろうが、あるいは「リョナ」「死姦」などの「R-18G」系であろうが、それが逃避であり、逃避先で獲得される作法であるという点では当事者的に全て同じである。起点から既に、三次元の「セクシャリティへの直面」からは脱却してしまっているのだから。
だからこそ、「犯罪と暴力と破滅」の物語ですら私達は、それとして受け止め評価出来るのでもあろうとも思う。
簡単に言えば「虚構と現実の区別」な訳であるが、単に区別するだけでなく、私達は「虚構の作法」とでも呼べる様なものを持っていて、「面倒くさくない性」として二次元を選んだ時、自分のセクシャリティも虚構の作法によって再構築されるのではないかという事でもある。
勿論、それがセクシャリティの問題だけに特化したものであるかは分からないが。
勿論、レイプや小児性愛が「虚構の作法」としてそこにあるから、現実の社会意識には何ら影響を受けず影響を及ぼさないとまで断言する事は出来ない。
二次元にて、三次元とは異なる「面倒くささ」の排除された虚構の作法・虚構でのセクシャリティがより多く選び取られる事それ自体の持つ問題性や影響というものも存在するだろう。
しかし、だとしたら尚更、現実における「レイプ」や「小児性愛」への社会上の視線とどの様な繋がりが見出されるのか、緻密な考察が必要になる。
「レイプものやロリコンもののAVやアニメやゲームが氾濫しているから、それらに肯定的な社会構造が維持される」などという粗雑な議論にその答えを任せてはおけない。
「二次元へのセクシャリティ」について触れる時、自分はもう一つのジャンルについても考えを浮かべる事が多い。
それは、主にVOCALOIDによって歌われるラブソング。特に、具体的に挙げると「ryo」氏によって作られた(VOCALOID界隈では)超メジャーな一連の作品。
「メルト」「ワールドイズマイン」「こっち向いてBaby」
これらの曲の支持されっぷりと、同時に嫌われっぷりについて。
上に挙げた曲に限らず、VOCALOIDの歌うラブソングには「作り手の妄想や願望がそのまま意思を持たないVOCALOIDに歌わされている」気持ち悪さを感じるという批判が多い。
ぶっちゃけこれは印象論に過ぎないと思う。誰に歌わせようと、作り手の思い入れや客受けの計算を歌手に歌わせているラブソングなど昔から数多存在する。それが人脈を持たないアマチュアにも可能となったに過ぎない。
しかし、これらのVOCALOID曲には、確かに歌手不在から歌詞や聴き手へのアピールがダイレクトに取れる部分がある。
実在の歌手と違い、より「○○が自分に歌っている、思いを訴えている」と錯覚しやすい作りになっている。そして、曲の歌詞もその、非実在歌手と聴き手の関係を念頭に置いて作られる傾向がある様にも見える。
「MMD(MikuMikuDance)」によって作られた様々なキャラクターが、それらの曲で踊る動画が普及する事によって、それらの空気はより強まっている。
ここで、大きな人気を得ている曲や動画が、ネット外のラブソングと比べても「あざとさ」を隠そうとしないものが多い所に注目する。
これが作り手や聴き手の願望・妄想だなどと言われても、「みんな本当に、現実で女性にこんな事言われたいか、こんなアプローチされたいか」疑問に感じる程に。
現実でそんな事言ってもらえない代償に、架空のキャラに歌ってもらうという構図が本当に成立しているのか。激しい違和感を感じる。
ここで、これは「VOCALOIDなどの非実在にだからこそ歌ってほしい歌であり、向けてほしいアプローチなのではないか」と推測する。
聴き手はこれらの曲で「彼ら彼女達」から想いのメッセージを受け取る前に、まず三次元でのセクシャリティから(一時的にかずっとかは人次第かもしれないが)意識が断絶しているのではないかと思う。
この世界で構築されたセクシャリティにおいては、二次元を訪れた私達と、歌ったり踊ったり、あるいは「甘えたりする」非実在の彼や彼女達との間では、このあざとさや非現実的な甘さは、むしろ「自然でリアル」なものであり、「現実でやられたらどうか」を度外視した心地よいものとなる。
その意識の再構築を出来なかった、あるいは拒絶した人の感性においては、その曲の作る場は現実の延長線上としか映らず、「気持ち悪いもの」「稚拙でひたすら偏った妄想的なもの」としか感じられないのではないだろうか。
これらの曲や動画のムーブメントが「三次元からの逃避・代償」だとされると、反感を覚える人もいるだろう。
現実に恋人や配偶者がいて、二人でこれらの作品を楽しんでいるケースも少なくないのに、それをどう説明付けるのかと。
二次元への逃避は「三次元を全否定して行われる」ものとも「自覚的に行われるもの」とも限らない。無自覚に三次元を補強し幸福感を再構築するものとして行われたとしても別におかしくはない。
「三次元で望む事を二次元で享受するのではなく、二次元で望んでいる事を二次元で享受する」
「レイプ」「ロリコン」などの過激で反社会的・反人道的なものを含むエロコンテンツと、これらのVOCALOIDヒットラブソング、関連映像のセクシャリティ上の受容のされ方は、この根本的な所で共通しているのではないかと思う。
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私はまだ、この「ロリともだち」を読んでいない……後で読むのかどうかも今は定かじゃない……から、作品そのものについては殆ど何も言えないが、言及されている「男二人が少女へのレイプを通してゲイ的な連帯感や絆を共有し、破滅を共にする」という物語の軸については、少なくとも全く「特別さ」「斬新さ」を感じない。
「ロリコンである事」「手段がレイプである事」「男二人である事」自体は類を見ないかもしれないし、その描かれ方や構成が今までになく優れていたという可能性もあるかもしれないが、「肯定され得ない行為を通して絆を得た二人が破滅に向かうロードムービー」など、数多にあり、そこに「ロリコン」「レイプ」「男二人」という要素を代入しても新しさや特殊さはない。
私自身そういう物語は大好きだし、何度か言った事があるがここでの私のID「baisemoi_bullet」も、その一つである映画「ベーゼモア」から取られている程だ。
個人的には映画より原作小説「バカな奴らは皆殺し」の方が好きだが、それはおいといて、この「ベーゼモア」でも「手段が強盗殺人である事」「社会の周縁にいた女性二人」という要素の下に、孤独と「肯定され得ない凶暴な行為」とそこから得られた絆と最期にて構成されている。
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「こうなる事は分かっていた。でも、逃げ切れると信じていた」
拳銃自殺に失敗して取り押さえられた主人公のラストのこの言葉は、私にとって思い出す度に感動が反芻される一節でもある。
「ロリともだち」にもきっと、それと類似の感動が待っているのだろう。
東氏の絶賛の理由が、本当に「ロリコン」と「ゲイ」が描かれていた事(批判を見る限り、本当にそれらが描かれていたのかも疑問だが)なのか釈然としない。自分の感動の理由を語る事に、余計な文脈を持って来て「失敗」したのではないかと勘ぐってもいる。
そして、「成人女性からの逃避」という文脈が、その失敗を推し進めているのではないか。
東氏自身が初めに言い出したものではなかったが、他の人のツイートに応答して「成人女性の面倒くさいセクシュアリティに直面するのが男性にとっての正義だとは、まったく思いませんね」と発言した事で、「ロリコン」「ゲイ」というものが「成人同士のヘテロセクシャル」に「面倒くささと楽さ」で対置されるものにされてしまった。
更に「セクシャリティに直面しない」安楽さとして「弱い者への権力性の発揮」「レイプなどの暴力」がセクシャルマイノリティと同列化されてしまった。
その後の誤解と無自覚な意識の発露による混乱劇は、ここから生じている様に思える。
大筋を聞いた時点で「ロリともだち」が「成人女性の面倒くさいセクシュアリティに直面するのが男性にとっての正義ではない」なんて物語ではない事は確信出来る。
どう見ても「面倒くささ」を回避している、「面倒くささ」から解放されている物語ではない。
成人同士のヘテロセクシャリティから外れて、社会規範からも外れて、犯罪と暴力で同類との絆を求める事が、いつからそんな「面倒くさくない」「楽なこと」と見なされる様になったというのか。
また、物語の軸にあるのが「罪と破滅の共有」である以上、何が「正義であり」「正義でない」のかをこの物語から語る事自体が的外れである。
そこを取り上げて「ロリともだち」を少女レイプ肯定の物語であり東氏の絶賛を少女レイプ絶賛であるかの様に騒ぎ立てる「声の妙にでかい」バカも数名目立ってたが、東氏の賛辞の内容がそういうものであった以上、半ば自業自得と言えるかもしれない。
「ロリともだち」は大筋を聞く限りでだが、「ロリコン」や「ゲイ」を(そのセクシャリティを)描いた作品としてではなく、あくまでも「犯罪者、アウトサイダー」「絆を求めた者達」を普遍的な位置から描いた物語として評価すべきだったのではないかと思える。セクシャリティは描かれるものではなく、描かれるものの為の素材としてしか存在してない様に思われる。
ヘテロセクシャリティやその「正しさ」の抑圧から、押し付けられた「面倒くささ」から、逃れる物語に出会いたいのなら、彼らの日常や性愛を誠実に描いた物語を探すべきだろう。そういう物語が現存するのかどうかは私にも分からないが。
そして、多分「正しさを押し付けられる」面倒くささからは逃れられるが、そこに「成人女性(ヘテロセクシャル)」と対比出来る様な「セクシャリティの面倒くささからの解放」はない。
対象が成人女性だろうが成人男性だろうが子供だろうが同性だろうが、直面するセクシャリティは常に面倒くさいものである筈だ。本当に面倒くさいのは、相手のセクシャリティなどではなく、それらに直面する自分自身のセクシャリティなのだから。
もし本当に「面倒くさくない」セクシャリティが存在するとしたなら、それは対象を持たない、何者とも直面しないセクシャリティであるだろう。
ナルシズムもその一つだろうが、もっと私達に分かり易いものは、ずばり「二次元」だ。
その事も、反ポルノ議論と絡んでこの件での混乱を生んでいる。
物語内に描かれているのは「ロリコン」「ゲイ」を素材化した「暴力と絆と破滅」であったとしても、物語に直面する私達にとっては、男達も少女達もまさにその「面倒くさくない」二次元の存在であったのだから。
物語内で何が起ころうと、読んでいる私達にとっては何一つ面倒くさい事がない。私達は物語を通して彼ら彼女らと関わろうと、彼ら彼女らのセクシャリティには一切直面しない。
本気で物語内の出来事や登場人物の言動に反応し、激怒したり嘔吐し体調を崩したりする人なども実際にいる事は知っているが、それが「物語内のセクシャリティに現実同様に直面した」と言える事なのかについては懐疑的だ。
従って、私は「成人女性の面倒くさいセクシャリティ」からの逃避先として「支配し易い未成年(ロリコン化)」があるという構図にも懐疑的だ。
「面倒くさいセクシャリティ」からの逃避は、「三次元」から「二次元」に、「現実」から「虚構」に向かって行われるもので、本質的にそこに「成人か子供か」「異性か同性か」「非暴力的か暴力的か」「支配的か被支配的か」の差異はない。
勿論、嗜好としてのそれらに人数差はあるだろうとしても。
また、現実と虚構の間にもグラデーションは存在するだろう。キャバクラや風俗などの疑似恋愛、実在の相手との表に出さない空想として。
また、完全な二次元フィクションである漫画、アニメ、ゲームを通しても自分の立ち位置をどこに定めているかは異なるだろう。物語内で相手になる登場人物と自分を重ねるのか、あるいは神の視点をキープするのか、ifとして物語世界に自分を登場させるのか。
そして、二次元へ逃避したその先では、二次元への作法を持つ事になる。
その作法の内容が「レイプ」であろうが「結婚生活」であろうが「プラトニックから始まる純愛」であろうが、あるいは「リョナ」「死姦」などの「R-18G」系であろうが、それが逃避であり、逃避先で獲得される作法であるという点では当事者的に全て同じである。起点から既に、三次元の「セクシャリティへの直面」からは脱却してしまっているのだから。
だからこそ、「犯罪と暴力と破滅」の物語ですら私達は、それとして受け止め評価出来るのでもあろうとも思う。
簡単に言えば「虚構と現実の区別」な訳であるが、単に区別するだけでなく、私達は「虚構の作法」とでも呼べる様なものを持っていて、「面倒くさくない性」として二次元を選んだ時、自分のセクシャリティも虚構の作法によって再構築されるのではないかという事でもある。
勿論、それがセクシャリティの問題だけに特化したものであるかは分からないが。
勿論、レイプや小児性愛が「虚構の作法」としてそこにあるから、現実の社会意識には何ら影響を受けず影響を及ぼさないとまで断言する事は出来ない。
二次元にて、三次元とは異なる「面倒くささ」の排除された虚構の作法・虚構でのセクシャリティがより多く選び取られる事それ自体の持つ問題性や影響というものも存在するだろう。
しかし、だとしたら尚更、現実における「レイプ」や「小児性愛」への社会上の視線とどの様な繋がりが見出されるのか、緻密な考察が必要になる。
「レイプものやロリコンもののAVやアニメやゲームが氾濫しているから、それらに肯定的な社会構造が維持される」などという粗雑な議論にその答えを任せてはおけない。
「二次元へのセクシャリティ」について触れる時、自分はもう一つのジャンルについても考えを浮かべる事が多い。
それは、主にVOCALOIDによって歌われるラブソング。特に、具体的に挙げると「ryo」氏によって作られた(VOCALOID界隈では)超メジャーな一連の作品。
「メルト」「ワールドイズマイン」「こっち向いてBaby」
これらの曲の支持されっぷりと、同時に嫌われっぷりについて。
上に挙げた曲に限らず、VOCALOIDの歌うラブソングには「作り手の妄想や願望がそのまま意思を持たないVOCALOIDに歌わされている」気持ち悪さを感じるという批判が多い。
ぶっちゃけこれは印象論に過ぎないと思う。誰に歌わせようと、作り手の思い入れや客受けの計算を歌手に歌わせているラブソングなど昔から数多存在する。それが人脈を持たないアマチュアにも可能となったに過ぎない。
しかし、これらのVOCALOID曲には、確かに歌手不在から歌詞や聴き手へのアピールがダイレクトに取れる部分がある。
実在の歌手と違い、より「○○が自分に歌っている、思いを訴えている」と錯覚しやすい作りになっている。そして、曲の歌詞もその、非実在歌手と聴き手の関係を念頭に置いて作られる傾向がある様にも見える。
「MMD(MikuMikuDance)」によって作られた様々なキャラクターが、それらの曲で踊る動画が普及する事によって、それらの空気はより強まっている。
ここで、大きな人気を得ている曲や動画が、ネット外のラブソングと比べても「あざとさ」を隠そうとしないものが多い所に注目する。
これが作り手や聴き手の願望・妄想だなどと言われても、「みんな本当に、現実で女性にこんな事言われたいか、こんなアプローチされたいか」疑問に感じる程に。
現実でそんな事言ってもらえない代償に、架空のキャラに歌ってもらうという構図が本当に成立しているのか。激しい違和感を感じる。
ここで、これは「VOCALOIDなどの非実在にだからこそ歌ってほしい歌であり、向けてほしいアプローチなのではないか」と推測する。
聴き手はこれらの曲で「彼ら彼女達」から想いのメッセージを受け取る前に、まず三次元でのセクシャリティから(一時的にかずっとかは人次第かもしれないが)意識が断絶しているのではないかと思う。
この世界で構築されたセクシャリティにおいては、二次元を訪れた私達と、歌ったり踊ったり、あるいは「甘えたりする」非実在の彼や彼女達との間では、このあざとさや非現実的な甘さは、むしろ「自然でリアル」なものであり、「現実でやられたらどうか」を度外視した心地よいものとなる。
その意識の再構築を出来なかった、あるいは拒絶した人の感性においては、その曲の作る場は現実の延長線上としか映らず、「気持ち悪いもの」「稚拙でひたすら偏った妄想的なもの」としか感じられないのではないだろうか。
これらの曲や動画のムーブメントが「三次元からの逃避・代償」だとされると、反感を覚える人もいるだろう。
現実に恋人や配偶者がいて、二人でこれらの作品を楽しんでいるケースも少なくないのに、それをどう説明付けるのかと。
二次元への逃避は「三次元を全否定して行われる」ものとも「自覚的に行われるもの」とも限らない。無自覚に三次元を補強し幸福感を再構築するものとして行われたとしても別におかしくはない。
「三次元で望む事を二次元で享受するのではなく、二次元で望んでいる事を二次元で享受する」
「レイプ」「ロリコン」などの過激で反社会的・反人道的なものを含むエロコンテンツと、これらのVOCALOIDヒットラブソング、関連映像のセクシャリティ上の受容のされ方は、この根本的な所で共通しているのではないかと思う。
2011年07月21日
10か月ぶりの記事とか、ここ的には別に珍しくない
生存戦略〜〜〜もとい、生存報告。
輪るピングドラムはまだきちんとしたの見てないけど、面白そうだなとは思う。
ROCK OVER JAPANは二十年以上前、ARBの初めて聞いた曲でもあるので、あのアレンジにはウケタ。
それはそうと、今年最初の、そして3月11日以降初めての当ブログ記事となる。
ツイッターを見ている人や、TOoA(Otaku of Antifa Team-OoA!)の活動を見ていた人には、私がピンピンしている事は先刻御承知かと思われますが、見ての通りな訳です。
反原発、デモ活動問題、被災地問題メインに、たまにまどマギ話とかそんな感じで呟いてたり。
そして先日、強制丸投げ状態でTOoAを離脱しました。一昨日即決、近日の予定まで全て投げです。
まあ、「丸投げるしか他に手段がない」状態でもあった訳です。
決して思想とか見解でのアレコレでという問題ではなく、組織の外交、アピールとかリソース配分とかの問題で爆発しましたって感じで。
それも「許せない、怒りで辞める」とかではなく、むしろこれ以上いると実働二人しかいないのにそういう件でガンガン罵りまくったり相手を全否定したり、「こうしなさい」「こう考えなさい」と相手の内面まで指図するに及んだり、と、ますます無駄な怒りやエネルギーを消費する羽目になりそうだったので。
「何のつもりだテメエ」と口荒げて攻撃するなら、考えが近くて一緒にやってる人なんかじゃなくて、東電とか経産省の連中とか在特排害グループとかその支持者どもとかだろと。
その話はこの辺にしといて、そんな訳で取りあえず、ブログの方復帰させようかと。
3月11日から今までの事なんか、色々あり過ぎてまとめ様もない訳ですが。
ちょうど本日密林からボイスレコーダーが届いたってのもありまして。
元々はTOoAで使うつもりだったものですが別に買い損だとも思わず、今後何かのデモや集会や誰かの話を聞く機会にでも使えると思いますので。これを活用した記事なんかも書けると思います。
本当に、何書くか何主張するかどころか、「どう生きるか」のレベルでまで揺れ動いている今日この頃ですが、ぼちぼちやっていきますです、はい。
輪るピングドラムはまだきちんとしたの見てないけど、面白そうだなとは思う。
ROCK OVER JAPANは二十年以上前、ARBの初めて聞いた曲でもあるので、あのアレンジにはウケタ。
それはそうと、今年最初の、そして3月11日以降初めての当ブログ記事となる。
ツイッターを見ている人や、TOoA(Otaku of Antifa Team-OoA!)の活動を見ていた人には、私がピンピンしている事は先刻御承知かと思われますが、見ての通りな訳です。
反原発、デモ活動問題、被災地問題メインに、たまにまどマギ話とかそんな感じで呟いてたり。
そして先日、強制丸投げ状態でTOoAを離脱しました。一昨日即決、近日の予定まで全て投げです。
まあ、「丸投げるしか他に手段がない」状態でもあった訳です。
決して思想とか見解でのアレコレでという問題ではなく、組織の外交、アピールとかリソース配分とかの問題で爆発しましたって感じで。
それも「許せない、怒りで辞める」とかではなく、むしろこれ以上いると実働二人しかいないのにそういう件でガンガン罵りまくったり相手を全否定したり、「こうしなさい」「こう考えなさい」と相手の内面まで指図するに及んだり、と、ますます無駄な怒りやエネルギーを消費する羽目になりそうだったので。
「何のつもりだテメエ」と口荒げて攻撃するなら、考えが近くて一緒にやってる人なんかじゃなくて、東電とか経産省の連中とか在特排害グループとかその支持者どもとかだろと。
その話はこの辺にしといて、そんな訳で取りあえず、ブログの方復帰させようかと。
3月11日から今までの事なんか、色々あり過ぎてまとめ様もない訳ですが。
ちょうど本日密林からボイスレコーダーが届いたってのもありまして。
元々はTOoAで使うつもりだったものですが別に買い損だとも思わず、今後何かのデモや集会や誰かの話を聞く機会にでも使えると思いますので。これを活用した記事なんかも書けると思います。
本当に、何書くか何主張するかどころか、「どう生きるか」のレベルでまで揺れ動いている今日この頃ですが、ぼちぼちやっていきますです、はい。


