ツンデレblog

淡路島の弁護士が考えたこと

August 2015

「国会議員枠」の未公開株で資金を集めた疑惑をもたれている武藤貴也議員が釈明会見をしたようである。
動画
https://www.youtube.com/watch?v=F_q-14YBCtk

書き起こし
http://logmi.jp/86748

 この中で武藤議員は、自分に法的責任はないことを強調し、議員辞職の考えがないことを明らかにしたようである。
 さて、今回は、この武藤議員の釈明が法廷で通用するものなのかどうかをこれまで出てきた事情の範囲で検討してみたい。
 まず、疑われている事実
 http://shukan.bunshun.jp/articles/-/5352
 武藤議員の学生時代からの知人が明かす。
「昨年10月末、cLINEで持ちかけてきました。ただ資金がないので、私に資金を集めてくれと。上がった利益の半分を武藤さんに渡すという約束でした」
 この知人が投資家を探したところ23人、合計4104万円が集まり、それぞれ武藤議員の政策秘書の口座に振り込んだ。しかし、結局、未公開株の購入はできず、出資者が返金を求めたが、約800万円を秘書が別の借金返済にあてていたことが発覚。いまだに約700万円が返済されていないという。
 まずは刑事責任から。
 週刊文春の記事のとおりであれば、武藤議員の行為は詐欺罪(刑法246条1項に該当するだろう。
刑法246条1項
人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。

 「人を騙して」、つまり真実と異なる事実を告げて、他人を誤信させたうえ、その誤信に基づいて「財物」(価値のある物)の交付を受ければ詐欺罪が成立する。これは故意犯だから、犯罪が成立するためには、告げる事実が真実でないことを知っていることが必要だ。告げる側が、自分もそれが真実だと思っていれば詐欺罪にはならない。
 この事件でいうと、武藤議員は、「値上がり確実なソフトウェア会社の新規公開株を国会議員枠で買える」という虚偽の事実を告げて、それを信じた(誤信した)出資者から金を集め(財物を交付させた)、ということになる。

 これに対する武藤議員の釈明
1 出資を募る際、「虚偽の事実」が告げられたかどうか(欺罔行為があったかどうかの問題)
そんな状況の中で、非常に困っていた昨年の10月下旬、私の秘書が知人B氏から「値上がりしそうな株があるので、資金をなくしてしまったのなら、この株を購入して穴埋めしてはどうか。枠は押さえている」という話を聞いてきました。「一般公募入札で得意顧客のために押さえられている特別な枠がある」との説明でした。
私も信頼している秘書が間に入っていたこともあり、その話を真に受けてしまい、
この際のやりとりのなかで、A氏が私の名前を使い、国会議員のための枠を押さえていると言って、資金づくりをするといけないと思い、そのようなことがないように、絶対に注意してくださいと言いました。
当然ですが、一般公募入札であり、知人Bが枠を押さえているだけで、国会議員のために枠を押さえているわけではないからです。
先ほども申し上げましたが、A氏はB氏からも資金を預かっていましたので、お互いを知っており、株の枠については私ではなくB氏が押さえているという認識があったと思います。
今回の報道で、私が一度も使用していない「国会議員枠」という言葉がひとり歩きしておりますが、おそらくこのときのA氏とのやりとりを切り取ったものだと思います。
再度申し上げますが、事実と異なりますので、「国会議員が枠を押さえている」という表現を使われては困るという意味で、A氏に伝えていました。

 実際に出資者を集める行為をしたのはA氏であったようなので、出資者がどういう説明を受けたのかは、武藤議員の説明からは分からない。だから、この点については釈明として不十分。政治的にいうなら「説明義務を尽くしていない」ってことになると思う。
 武藤議員は、必死に否定してるようだけど、問題は、「国会議員枠」があったかどうかじゃないんだよね。「一般公募入札で得意顧客のために押さえられている特別な枠がある」という説明であっても、それが事実と異なる説明であり、出資者に対して説明する者が、その説明が事実と異なることを知っていながら出資者を募ったのであれば(一般公募入札で得意顧客のために押さえられている特別な枠なんてものがないことを知っていながら、「ある」という説明をしたのであれば)、やっぱり詐欺行為があったことになる。
 まあ、今検討しているのは、武藤議員の釈明がちゃんと釈明になっているかどうかで、その説明が事実であると証明されたかどうかはまた別の話。週刊文春に掲載されたLINEの画像には、「正直証券会社からもうちが国会議員のために枠を抑えてるのとが一般に知れたら大変だと言っています。」という記載が残っている。今さら「私が一度も使用していない「国会議員枠」という言葉がひとり歩きしておりますが、」なんて言われてもなかなか信用するのは難しいのではないかと思う。muto img_cdd51326798a8b744da5ca41af035a3564696



















 そもそも、この話でいちばん胡散臭いのは、「私の秘書が知人B氏から「値上がりしそうな株があるので、資金をなくしてしまったのなら、この株を購入して穴埋めしてはどうか。枠は押さえている」という話を聞いてきました。「一般公募入札で得意顧客のために押さえられている特別な枠がある」との説明でした。」の部分なんだよな。一般公募入札であろうと、そんな枠があるなんて話を聞いたことがないし、B氏がそんな枠を押さえてもらっているというのであれば、B氏がそれを使って金儲けをすればいいことなんで、なんで武藤議員のためにそんな便宜を図るのか。不自然すぎる。
 武藤議員がちゃんと疑惑を払拭したいのなら、「一般公募入札で得意顧客のために押さえられている特別な枠」を用意してたのはどこの証券会社なのかきちんと明らかにすべきであろう。そうすれば、「確かに購入できると言われていた株が、結局購入できなかった」理由も明らかになるだろう(たぶん、「特別な枠」があったという話自体否定されると思うけどね。)。まあ、「自分は秘書から聞いただけでよく知らない」って言い訳するかもしれないけど、そんないい加減な話で他人から何千万円も資金集めさせるのなんてのはあまりにも無責任でちょっと信じがたいところではある。
 最後に、武藤議員に有利なことを言えば、集めたお金は秘書が自分の債権者の返済に回したそうだから、最初から秘書の計画で、武藤議員が秘書に騙されたというストーリーもあり得るのかなあとは思う。

2 出資を募ったのは誰か(実行行為者の問題)

  実際に出資者に説明したのはA氏だという話だが、だからといって、資金を集めたは武藤議員ではないということになるわけではない。大坂城を作ったのは豊臣秀吉ではありません、大工さんですというレベルの話で、資金を集めた主体、つまり返還義務者は誰かは別に考えなければならない。
「週刊誌の記事では、私が指示して資金の準備をしたかのように書かれていましたが、事実はA氏自身の判断で、株式購入をするために、ご自身で資金を準備したことがおわかりいただけると思います。
 資金の準備をしたのは(未公開株の話があると出資者に伝え、出資を募ったのは)A氏自身だといいたいようだ。まあ、釈明がちゃんと釈明になっているかどうかに絞れば、釈明になっていると言えるか。
 うーん、でもなあ。証券会社が押さえてくれてたのは武藤議員の説明でもA氏のためじゃないよね。そうすると集めた資金を払い込んで株式を取得するのはA氏じゃないよね。LINEの画像には「売るタイミングは希望出せますよね?売却指示は武藤さんがされるイメージでしょうか?」というやりとりがある。また、「私が預けたお金を失ってしまったA氏に「この株を購入して私が預けたお金の返済に回してはどうか? 必ず買えるみたいなので」という提案をいたしました。このとき私は、A氏になんとか金銭問題を解決してほしいと考えていたのです。」でしょ。明らかに自分の貸金の回収に使うためのスキーム。少なくとも武藤議員とA氏が共謀してやったことという匂いがぷんぷんしてしまう。
 あと、税金の話も、「お金に困窮していたA氏は、私の話を受けて、前向きに検討し始めました。株式購入について、取得した株の売却時期や利益が出た場合に支払う税金について、何度か問い合わせてきました。」という説明だけどさ、LINEの画像の「あと株ですが、税金は20%とのことでした。」では、誰にかかる税金について話をしているのか分からない。ただ、この「20%」っていう数字は、明らかに株式等の譲渡所得等(譲渡益)の金額の計算なんだけど、これって、株式を売却して利益が出した人にかかる税金なんだよね。
https://www.nta.go.jp/taxanswer/shotoku/1463.htm

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 上述したように、この枠は「A氏のために証券会社が押さえてたもの」じゃないよね。そうすると、税金がかかる対象である株式を売却した者はA氏じゃなくて武藤議員だろう。LINEのやりとりもそれを前提にするのが自然だろうと思うのだよ。
 でもまあ、武藤議員に有利そうな事情について触れると、LINEの画像は、A氏が「売るタイミングは希望出せますよね?売却指示は武藤さんがされるイメージでしょうか?」と言ったところ途切れているから、この続きを出せば、「売却の指示は君が出してね」っていう部分が出てくるかもしれない(「オレが出す」って言ってるかもしれないがw)。
 あと、仮に、騙した主体(詐欺の主犯)がA氏だとしても、「A氏に「この株を購入して私が預けたお金の返済に回してはどうか? 必ず買えるみたいなので」という提案をいたしました」武藤議員は、詐欺の共犯(教唆犯、幇助犯)が成立する余地がある。自分の債権回収するために、自分の秘書に指示して秘書の口座使わせてるしね。

3 被害者は、「特別な枠の話」に騙されて出資したのか(その誤信に基づいて財物を交付したのかどうか-欺罔行為との因果関係)

週刊誌の記事によると、A氏は「国会議員からの話だから信用した」と証言していると書かれていますが、実際この話は(秘書の知人の)B氏からの話だということをA氏は知っていたので、「国会議員だから信用した」という話は事実と異なります。そして検討の結果、A氏は株式購入のための資金の準備をするという話でした。

週刊誌の記事では、私が指示して資金の準備をしたかのように書かれていましたが、事実はA氏自身の判断で、株式購入をするために、ご自身で資金を準備したことがおわかりいただけると思います。

 論点がずれてる。
 これはA氏が「国会議員だから信用した」というのは事実に反するという釈明である。おそらく、武藤議員は、「A氏は騙されていない」と言いたいのであろう。しかし、問題は、武藤議員がA氏の話に応じて出資してきた人たちとの関係で詐欺罪が成立するかどうかであり、A氏に対する関係で詐欺になるかどうか(武藤氏がA氏を騙したかどうか)ではない。
 すでに説明したように、出資者との関係では、A氏が虚偽の事実を告げて資金を集めたというのであれば、出資者は「特別の枠」を信じて出資したということになるのであろうから、誰か主犯かはともかく欺罔行為と出資者との被害との間に因果関係を否定することはできないだろう。
 というかさあ、LINEの画像見ると、武藤議員、はっきり「正直証券会社からもうちが国会議員のために枠を抑えてるのとが一般に知れたら大変だと言っています。」って打ち込んでるよね。B氏からの話だということを知ってる人にこんなこと言うかあ?

4 結論
  まあ、現在、報道されているところだけでは、はっきりと武藤議員に詐欺が成立すると言いきるだけの事情はないだろう。特に問題なのは、未公開株が購入できなかった理由。「特別枠があったのかなかったのか」及び「(仮に枠がなかったとして)武藤議員が最初から枠が存在しないことを知っていたのかどうか(故意の有無)」の2点。ここは事実はどうだったのかを判断する材料が何もない。まあ枠の有無については、「そんなもんあるかいな」とは思うが、武藤議員がないことを知っていたかどうか(詐欺の故意があったかどうか)についてはなんとも言えない。言動を見る限り世間知らずなお方ですから、秘書の言うことを信じてました。疑いもしませんでしたと言われると、ウソだろとは言いづらい。そこがはっきりすると主犯か共犯かはともかく、詐欺罪の成立から逃れることはできないだろう。

5 民事責任
  上記で検討したのは刑事責任であって民事責任はまた別である。他人を騙してお金を交付させた者には不法行為に基づく損害賠償責任が生ずる。こっちの条文は
民法709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

となっている。
 いちばん大きいのは、「故意又は過失によって」の部分。刑事事件では、武藤議員に故意があるかどうかが分からず、刑事責任が発生するかどうか分からないと書いたが、民事責任は過失があれば成立する。
 そして、故意に関して、さっき、「「自分は秘書から聞いただけでよく知らない」って言い訳するかもしれないけど、そんないい加減な話で他人から何千万円も資金集めさせるのなんてのはあまりにも無責任でちょっと信じがたいところではある。」って書いたように、「特別枠の有無」なんて、きちんと調査した上で出資者を募るべきものであり、秘書のいうことを信じたから自分に過失がないなんて話は法廷では通用しない。
 武藤議員が民事責任を免れることができるのは、「特別枠はきちんと存在したが、証券会社等第三者のせいで、株式の購入がうまくいかなかった」という場合のみである。そして、おそらくこのような事情の立証責任は、武藤議員の側にある。
 もっとも、武藤議員の釈明だと、「現在すべての方に返済が済んだとの報告を受けています。」だから、それが事実だとすると、たとえ民事責任が発生していたとしても、その賠償責任は消滅してしまったことにはなる。
 被害弁償をしてもいったん発生した犯罪がなくなるわけではない刑事責任とは違う点である(泥棒が「盗んだものは返したから窃盗罪は成立しない」っていうのは変でしょ。)。
 武藤議員はこれで責任を果たしたつもりになってるようだから、民事にせよ刑事にせよ、だれかが司法手続きを起こさないと上記の疑問点は解消されないだろうなあ。
と思っていたら、
武藤氏「身の潔白示したい」 文芸春秋社への提訴を検討
http://www.sankei.com/west/news/150828/wst1508280084-n1.html
だそうだ。ふーん。まあ、週刊文春は金銭トラブル以外のことも報道してるからなあ(LGBTの人の人権の観点からちょっと扱いづらい。基本的人権の尊重が「日本的精神」を破壊し、現在の日本の「精神的荒廃」をもたらしたって言ってる人だけど)

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最高裁第一小法廷平成27年8月25日決定(平成26年(あ)1045号 傷害致死被告事件)
http://kanz.jp/hanrei/data/html/201508/085298_hanrei.html

 事案はよくわからないが、決定によると「所論は,刑訴法48条3項は,弁護人が最終弁論前に公判調書を謄写する機会を奪うものであって,憲法31条に違反する,という。」だそうだ。
刑事訴訟法48条
1項  公判期日における訴訟手続については、公判調書を作成しなければならない。
2項  公判調書には、裁判所の規則の定めるところにより、公判期日における審判に関する重要な事項を記載しなければならない。
3項  公判調書は、各公判期日後速かに、遅くとも判決を宣告するまでにこれを整理しなければならない。ただし、判決を宣告する公判期日の調書は当該公判期日後七日以内に、公判期日から判決を宣告する日までの期間が十日に満たない場合における当該公判期日の調書は当該公判期日後十日以内(判決を宣告する日までの期間が三日に満たないときは、当該判決を宣告する公判期日後七日以内)に、整理すれば足りる。
 「遅くとも判決を宣告するまでにこれを整理しなければならない。」という3項が問題になっているところからすると、おそらく、この事件では、弁護人の最終弁論までに公判調書ができあがっておらず、弁護人は公判調書を参照して最終弁論ができなかったじゃないかと不服を申し立てたのであろう。
 公判調書には、証人や被告人の尋問の結果が記載される。弁護人としては、弁護人の主張の総まとめである弁論要旨は、すべての記録を検討したうえで、きちんと意見を述べたいと思うのは自然の感情である。事案によっては、公判調書を見直して主張すべきことに気付くことだってあり得る(刑訴規則52条の10に、この点に配慮した条文がある。)。弁護人としては、「少なくとも最終弁論をする前までにはそれまでの公判調書ができあがっているべきである。裁判所がその点について便宜を図るのは憲法31条の適正手続の保障に含まれている。」と言いたかったのであろう。
 これに対する最高裁の判断は、次のとおりである。
このような刑訴法等の規定を統一的に解釈すれば,同法48条1項により公判調書を作成する本来の目的は,公判期日における審判に関する重要な事項を明らかにし,その訴訟手続が法定の方式に従い適式に行われたかどうかを公証することによって,訴訟手続の公正を担保することや,上訴審に原判決の当否を審査するための資料を提供することなどにあると解される。
(3) そうすると,上記の公判調書を作成する本来の目的等を踏まえ,公判調書を整理すべき期間を具体的にどのように定めるかは,憲法31条の刑事裁判における適正手続の保障と直接には関係のない事項である。所論は前提を欠き,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

同法48条1項により公判調書を作成する本来の目的は,公判期日における審判に関する重要な事項を明らかにし,その訴訟手続が法定の方式に従い適式に行われたかどうかを公証することによって,訴訟手続の公正を担保することや,上訴審に原判決の当否を審査するための資料を提供することなどにあると解される。

(3) そうすると,上記の公判調書を作成する本来の目的等を踏まえ,公判調書を整理すべき期間を具体的にどのように定めるかは,憲法31条の刑事裁判における適正手続の保障と直接には関係のない事項である。
 前半と後半は論理的につながってるのだろうか?
 「訴訟手続の公正を担保すること」が公判調書作成の目的の1つであるとしておきながら、「公判調書を整理すべき期間を具体的にどのように定めるかは,憲法31条の刑事裁判における適正手続の保障と直接には関係ない」と言っているのである。「訴訟手続の公正を担保すること」って適正手続の保障そのものだと思うのだが… もちろん、最高裁は、「直接には関係ない」と言っているだけで、全く無関係(間接的にも関係ない)とは言っていないのであるが、それじゃあ、「直接的」と「間接的」はどう違うのかとか、間接的に関係するにすぎない場合ならどうして憲法違反にならないのかとか、いろいろ突っ込みたいところが出てくる。
 実は、この結論部分を導くにあたって、より直接的に最高裁の見解を示していると思える部分は、上記よりも前の部分にある「正確な公判調書を作成し整理するに当たってはある程度の日時を要することは避けられないところ,そのために集中審理の実現が妨げられるということは刑訴法の想定するものではない。」というところである。この部分にすでに「公判調書の作成が遅れたところで裁判の適正は害されない」という評価が現れている。しかも、この部分には、そのように解釈する根拠は何も示されていないのである。
 こういう主張をしている以上、弁護人は、上告趣意書の中で、おそらく、最終弁論までに公判調書が作成されないことによる不都合をいろいろと述べていたであろうに、それに対する共感を示す文言は一言もない。ツンデレは、この最高裁判決について、「公判調書の作成が遅れたところで裁判の適正は害されないから憲法31条違反の問題は起きない」との判断を上から押しつけているだけの、弁護人の活動への理解に欠けた、上から目線判決だという印象をを受けた。せめて、「弁護人はこういうが、それはこうこうこういう事情でやむを得ない」とか、1個1個丁寧に応対することくらいしてほしかったなあ。それができないからこういう判決になったのかもしれないが(だとしたら、実質的には言い返せなかった最高裁の負けであろう。)。

 なお、民事事件で、口頭弁論調書の作成期限はどうなっているのかと思って調べたところ、民事訴訟法、民事訴訟規則に、それに関する条項を見つけられなかった。ご存じの方教えてください。


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 ぐだぐだな一審判決について、「あれもおかしい」「これもおかしい」と、詳細な控訴理由書いたら、被控訴人から、「一審判決は正しいから控訴は棄却されるべきである」という、全く具体性のない控訴答弁書が来た。で、 今日書いた準備書面。 
 当事者双方が全く気にしていないところに目を付けて、「オレが見つけたんだ」って、悦に入ってる裁判官多いんだよな。誠実に対応してくださいね。大阪高裁第3民事部。
第1 被控訴人の反論がない場合、裁判所はどのような対処をすべきかについて
 1 控訴人の控訴理由が記載された控訴準備書面⑴に対して、この度被控訴人の控訴審における答弁書が提出され、被控訴人が全く反論できないことが明らかとなった。被控訴人の主張を裏付けるものがわずかに控訴人からの和解申し入れの事実(甲10)という薄弱なものしかないことを被控訴人も認めたのである。
   被控訴人本人や●●証人の各供述が互いに矛盾し客観的事実に合致していない以上、代理人としてはそれしか主張できないであろうことは同情するところであるが、このように訴訟の当事者が具体的反論を諦め、ただ原判決が正しいとだけ言っている場合、控訴審としてはどのような対処をすべきであろうか。
 2 本来、被控訴人からの具体的反論が何もないのであるから、裁判所としては実質的に争わないものとみなして、判決をすべきである。少なくともそのような被控訴人の態度を「弁論の全趣旨」として考慮して判決すべきである。
   ところが、裁判官も人間であり、「自分が見つけた疑問点」にこだわってしまうところがあるのは否めない。控訴人の主張になにかひっかかりを覚えると、そこが気になって仕方なくなり、控訴人の主張のすべてが信用できないものに映ってしまうのである。
   もしその点についての反論が被控訴人から出ていれば、控訴人はそれが誤りである旨反論し、必要に応じて証拠を提出し、「裁判官のひっかかり」を解消することができる。
   ところが、本件のように被控訴人から具体的反論が何も出ないと、控訴人はなにが「ひっかかり」なのかが分からず、その「ひっかかり」を解消することができない。
   それで、被控訴人が全く指摘していなかった点について、判決において疑問点が指摘され敗訴するというのは控訴人にとって全く不幸なことである。指摘されれば反論できたはずであるのに。高裁は事実審理における最終審であるから、基本的に誰からも批判されることもなく、裁判所だけは、自分は真実を見抜く目をもっていると自己満足にひたるのである(そもそもそのような態度自体立証責任に関する証拠法則に反する。)。
 3 このような場合に裁判所のとるべき態度は2つしかない。被控訴人に具体的な反論をするよう促すか、控訴人に対して、どこに「ひっかかり」があるか心証を開示し、「ひっかかり」を解消する機会を与えることである。
   間違っても「和解を勧める」という手段をとってはならない。どこに「ひっかかり」があるか分からない相手に対し、そのまま、敗訴をちらつかせて和解を迫るなどというのは脅しにすぎない。被控訴人の反論がないため具体的争点となっていない「ひっかかり」を指摘することによって敗訴をちらつかせるのも結局は脅しである。
   「ひっかかり」を指摘するのであれば、当事者に対し、それに反論する機会を与えなければならない。「ひっかかり」を指摘した後、反論しようとする当事者に対し、「もう合議で決まったことだから」などと言って耳を貸さないのは最悪である。反論によって結論が変わるかもしれないという謙虚さが必要なのである。
                                                 以上 


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先週の神戸地裁本庁への出張のときの暇つぶし用に買ったビッグコミックオリジナル増刊号 戦後70周年増刊号。これはすごいわ。
表紙foodpic6343845 















 憲法を変えたい人たちに対する当てこすりや戦争の残虐シーンを誇張する反戦マンガもあったが、それらより、戦争の理不尽を描くドラマの方が腹に応えた。
 いくつか心に残ったものの紹介と感想。

水木しげる[人間玉]
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 もう流石としか言えません。やっぱり体験者は違う。こういう切り口は初めて見ました。戦闘シーンもなく、上官の理不尽な暴力の描写もないのに、戦争ってめちゃくちゃだなと思わせます。


さそうあきら[奈々子戦記]
菜々子foodpic6343864















   現代の普通の女子高生が、普通の生活の中で突然直面する戦争や在日の問題。こういうのは、ネットで自らアクセスしなくても目の前に現れるもんなんだな、身近な問題なんだなと気付かせてくれるマンガ。

比嘉慂[砂の剣]
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 太平洋戦争末期の沖縄の離島(渡嘉敷村の前島)の物語。兵隊のいない島に40人ほどの小隊が「この島の防衛のため」にやってきた。
 分校の先生のセリフ「兵がいて基地があれば…ここは攻撃目標になり…戦場になります。」「住民を守るということであれば、どうか兵の駐屯はおやめください、お願いします。」
 なお、太平洋戦争末期に沖縄諸島で発生した集団自決について記述した大江健三郎の書籍によって名誉を毀損されたという主張の当否が争われたいわゆる「沖縄ノート裁判」で、事実認定を行った一審(大阪地裁平成20年3月28日判時1999号3頁)、二審(大阪高裁平成20年10月31日判時2057号24頁)とも「沖縄で集団自決が発生したすべての場所に日本軍が駐屯しており,日本軍が駐屯しなかった渡嘉敷村の前島では集団自決が発生しなかったこと」を、日本軍の関与のもとで集団自決が起きたことを推認する根拠の一つとしている。
 まあいろいろな意見はあると思いますけどね、抑止論が唯一の採りうる選択ではないとツンデレは思っています。

竹熊健太郎・羽生生純[ほーむ・るーむ]
homeroom















 終戦まで軍国主義教育を施していた小学校に、文部大臣から「一週間以内に軍国主義を一掃し、あわせて民主主義教育を徹底すること」という命令が届いたことから起きるドタバタを描いたマンガ。それまで暴力で生徒を従わせていた男性教師は暴力を振るうのを自制するのに必死になり、それまで自分を押さえていた「アカ」の女教師は勝ち誇る。学校は混乱の渦に飲み込まれ、火災が起きたとき、それにどう対処するかまでホームルームで話し合い、多数決で決定しようとする始末。
 面白いけど、ここから「民主主義ってバカだな」っていう教訓を得るバカが現れないか心配である。問題は、民主的に決めるべきこととそうでないことの区別がきちんとついていないことなのだ。要するに知識(知恵)の問題であり、教育の問題なのである。


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竹内浩史裁判官の「弁護士任官どどいつ集」のマネ
安倍首相の戦後70年談話は日米合作だった! 騙されてるのは日本国民だけ、海外メディアは二枚舌見抜き大批判
http://lite-ra.com/2015/08/post-1406_3.html

山本太郎議員、永田町最大のタブーを追及 シラを切る政府
http://tanakaryusaku.jp/2015/08/00011789

 「原発再稼働」に始まり「TPP参加」「戦時の米軍と自衛隊の全面協力(今回の集団的自衛権)」「ホルムズ海峡の機雷掃海」「国家機密の保全(秘密保護法)」「PKOの法的警護の範囲拡大(今回の駆けつけ警護)」・・・
 これらはもちろん、70年談話の発表だって、政府の行為であるとすれば日本の統治権の一部なわけですよ。国民主権を定める日本国憲法のもとでは、国のあり方を決めるのは日本国民でなければならないわけで(権力的契機、正当性の契機だっけ?よく覚えてない。)、行使する統治権の内容を日本国民でないアメリカ様に決めてもらうなんてのは国民主権の見地からしてどうかなと思ったりするわけですが、それはまあおいといて(権力的契機も、国の政治のあり方を最終的に決定する権力を国民自身が行使するものと定義されてるようですからね、「最終的に決定する」)、そこまでアメリカ様におすがりしておいて、日本国憲法だけアメリカに押しつけられたものだから改正しましょうっていうのはどうなのかなって思うわけですよ。
 日本国憲法だって、GHQが原案作ったのは間違いないけど、日本が原案丸飲みしたわけではなく、帝国議会で政府案に修正が加えられたりしてるわけですよ。今回の中谷防衛相のいう「結果として重なっている部分もあるが、あくまでも我が国の主体的な取り組みとして検討、研究をして作った」とどう違うんですか?という話である。

追記:8/23にタイトル変更しました。元タイトル「部分的に 統治権を委ねているにもかかわらず なぜにアメリカ憲法嫌うか」

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