「まあまあ」やめます…民事調停もっと利用して
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/nation/20131228-567-OYT1T00595.html

 訴訟に比べてなじみの薄い民事調停をもっと利用してもらおうと、裁判所が改善に取り組んでいるんだそうだ。
 記事では、調停について、「訴訟に比べて費用が半分程度で済み、非公開の場で短期間で解決を目指せるなど調停のメリットは多いが、裁判所が主体的に関与しないため話し合いが進まず、なかなか解決まで至らないケースがあるため」と分析している。
 ツンデレの実感もだいたいこんな感じである。民事調停は、基本的に話し合いの制度であり、当事者は自分で約束したこと以外には強制されることはない。合意すればそれが債務名義になり、強制執行したりされたりすることはあるが、当事者があくまでいやだと言えば裁判所も合意を強制することはできない。このような制度における債務者側の合理的な対応は、相手の要求をいやだいやだとはねのけ、債権者が折れて要求を引き下げるのを待つというものだ。
 逆にいうと、このような制度において、債務者側に譲歩させようとすると、調停が不調に終わり、訴訟になったらもっと困ったことになりますよと思わせるしかない。訴訟になったら敗訴し、もっと多額の支払いをしなければならないのであれば、予想される金額より低い金額なら払おうと思うだろう。債権者側としては、費用(印紙代)が半額で済むし、面倒な立証も不要、弁護士に依頼する必要もないとなれば、訴訟になったときに見込まれる勝訴の額より低くても合意をするメリットがある。
 ツンデレが昔読んだ故井上治典教授の本に、紛争解決制度について、訴訟を中心としてそれを補完するものとして調停その他の制度があると考えるのは間違いで、訴訟も調停も並列する制度と考えるべきだというようなことが書かれていたが(訴訟を中心とみる考え方を「富士山型」、訴訟と調停その他の制度を並列的なものとみる考え方を「八ヶ岳型」だっけかな。今、探したんだけど、見つからない。)、当事者、少なくとも訴訟制度について精通した人間としては、調停が不調に終わったら、その後どうなるのか(訴訟になるとどうなるのか)を考えざるを得ないのである。
 
 今までの民事調停は、上記のような当事者の意識を理解せず、下手をすれば、ただ双方の主張を相手に伝え「どうしますか?」っていうだけの、ガキの使いのような調停委員すらいた。ツンデレも1年だか2年だか調停委員をしたことがあるので分かるのだが、裁判所は調停委員に対し、事実を認定しないでいい、むしろしないでくれ、と言っていた。調停委員まかせで、裁判官が積極的に関与しないこともあり、八ヶ岳型の紛争解決を志向していたということなんだろうが、それでは紛争の解決なんかできないのだ。
 民事調停で主張や証拠に基づきどういう結論や解決案がふさわしいかも考えない調停案が出されていたことは、時として悲劇も呼ぶ。家事調停の話だが、息子の離婚事件で、なんの関係もない漁師の父親に莫大な慰謝料債務の保証をさせた調停を成立された事例があった。あとから唯一の財産でしかも商売道具の漁船差し押さえられて、あわてて相談泣きつかれたときは怒りに震え国賠も考えた。老父は法律の手続に無知で、ここで合意しないとこの先どんなことになるか分からないから合意したとのこと。要するに今の調停は、ずるがしこいものが得をし、愚かで真面目な者が泣きをみる制度なのだ(上記の事案なんか、裁判官が調停案読み上げるとき、こんな解決でいいのか考えろよって言いたいよな。)。
 おまけに、やたらに待ち時間が長い。調停は、申立人と相手方がそれぞれ申立人待合室、相手方待合室で待機し、代わりばんこに調停室に入って、調停委員と話をする交互方式が主流だ。そうすると、必然的に、対立当事者が調停委員と話をしている間は待合室で待機となる。これが長いんだ。30分は普通。へたすりゃ1時間2時間待合室でほっとかれる。これを無駄に感じる弁護士は多いと思う。
 
 そういうわけで、ツンデレは、依頼者に対して、基本的に調停を勧めない。ただ、訴訟を大ごとだと考える田舎の人は、訴訟より穏やかな方法として民事調停を選ぶことがある。これまで相手方と何度も話し合ってラチがあかないので法律事務所に来ておきながら、「そういうことだと訴訟しかないと思います」というと、「先生もっと穏やかな方法はないですか」という人がいるのである。仕方ないので「じゃあ調停を」というと、それなら自分でできそうだと納得して帰っていく。時間の無駄だとしか思えない。
 そんな中、先月うちの事務に法律相談に来た人は、「訴訟はちょと、もっと穏やかな方法はないですか?」に対して、「あとは調停ぐらいしか…」というと、「ああ、あれはダメです。昔、売掛金の請求やったけど、だらだら時間ばかりかかって…」と即断した。話が早くて助かった。調停はかくも不人気なのだよ、最高裁。

 記事によると、今回の改革は、「当事者同士が話し合って妥協点を探る従来の方法をやめ、裁判所が解決案を提示するなど「調整役」を積極的に果たすもの」だそうなので、調停委員が事案の内容と関係なく、気の弱い方に譲歩をせまり、事件の早期処理を果たそうとすることは減るのではないかと思われる。だとすれば歓迎すべきであろう。

 ついでにいうと、裁判所の和解も、きちんと心証示して和解案提示しないと当事者は譲歩しませんぜ。裁判官は、和解前にちゃんと証拠まで目を通し、理由をつけて心証を開示した上で和解案を提示すべきである。結論をめぐる弁護士との論争を避けるな。開示した心証に対する反論に耐えられるものこそ、説得力のある判断というのだ。

 敗訴をちらかせて譲歩を迫るようなことをするな。ツンデレは、裁判官は弁護士から反論されると論破されるからはっきりした心証を開示しないように思えてならない。反論されて再反論できないような人間が判断をするなよ。判決書こうとして初めて証拠をじっくり読むなんて論外だ。判決まで心証を開示しないことでしか代理人をコントロールできない無能裁判官大杉栄。




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