また保育園の騒音の話。別の話書きたかったけど、放っておくわけにはいかない。
子どもの声 騒音規制見直しへ
http://www.nhk.or.jp/shutoken-news/20140925/4838291.html
子どもの声も騒音だとして保育園などに苦情が寄せられるケースが相次ぐ中、騒音を条例で規制している東京都は、子どもの声を抑制するのは発育上、望ましくないとして規制の対象から外すことも含め条例を見直す方向で検討することになりました。
 毎日新聞の取材を行わずに感情論をまき散らした記事のせいで、こうやって社会が流されていくのだなあというのが正直な感想。

 現実として保育園から出る音を不快に思う人たちがいるのは明らかなわけで、その人たちの不満を条例で制限することが許されるのかどうか冷静に考えてもらいたい。つまり、保育園から出る音のもたらす不利益を甘受すべきなのは誰であるべきなのかということである。

 子ども一人二人の出す声は、それほど大きなものではないだろう。しかし、それが十人、100人と集まれば、不快で耐えきれない人が出てくる。相乗効果というやつだ。では、その相乗効果によって不快な騒音と化した子どもの声による負担を近隣住民に押しつけるのは公平なのか?近隣住民は保育園を誘致したわけではなく、たまたま静かに生活していた場所に保育園がやってきただけの人々である。この人たちに保育園の騒音を甘受しなければならない理由があるのか?これは負担を近隣住民だけに押しつけて少数に泣き寝入りを強いているだけじゃないのか?
 子どもの声を規制することに反対する人たちは、保育園への苦情を「子どもを黙らせろ」という主張と理解したうえで、「子どもは大切だから」「子どもの声を抑制するのは発育上、望ましくない」というようなことをいうのだろう。ツンデレはそこに論理の飛躍があると思う。
騒音対策は子どもを黙らせることが唯一の手段ではないのである。
子どもが自由に騒いでも近隣に迷惑のかからない防音設備の整った施設を作ればいいだけのことなのだ。

 利益衡量からしても、前述のとおり、近隣住民に保育園の騒音を甘受しなければならない理由はみじんもないのに対して、保育園は、わざわざ子どもを集めて相乗効果による騒音を発生させた側である。この責任は保育園にとってもらうのが衡平の観点からも妥当であろうとツンデレは思う。
 問題は、子どもvs近隣住民ではない。子どもを監督する者vs近隣住民である。
とツンデレはずっと主張してきた。この問題は子どもが声を出すことから生じる不利益を近隣住民が負担すべきなのか、保育園が負担すべきなのかという話なのである。
 ツンデレは、保育園がこれを負担し、防音設備を完備することで解決するというのが、利益衡量上も妥当だし、子どもも騒ぐことを抑制されることなく発育できるわけで、非常によい解決だと思うのだが。感情論に走る人たちは、「保育園の規制=子どもの声の規制」としか理解ができないようで残念な話である。東京都には感情論に走らない賢明な判断をお願いしたい。


KAGEYAMA_140120