2018年01月23日

明治維新150年記念特別展「世界を見ていた佐賀の人」

佐賀も寒くなってきています・・・

今日は、友人と明治維新150年の私たち独自の企画を練りました。

で、3月17日(土)から10月21日(日)の土、日、月、祝日のみ、佐賀市柳町の南里邸で、
明治維新150年記念特別展「世界を見ていた佐賀の人」を開催することにしました。

詳しくは後程。どうぞお楽しみに!


bakumatusaga at 23:54|PermalinkComments(0)

2018年01月22日

クーデンホーフ・光子

ウィーン社交界で人々の注目を集め、 「黒い瞳の伯爵夫人」とも呼ばれたクーデンホーフ光子を
取り上げたテレビ番組「ザ・プロファイラー「“黒い瞳の伯爵夫人”の苦悩〜クーデンホーフ光子〜」」の再放送が明後日24日午後6時からあるようです。
先日、録画しそこなったので、今度は間違いなく録画しなくては・・・

番組の中で光子の父青山喜八には触れていましたが、彼が佐賀出身というところまでは紹介していません。

今度、佐賀縁の女性たちを取り上げて、パネル展を予定しているのですが、その一人にクーデンホーフ・光子も取り上げたいと思っています。

しかし、青山喜八の手がかりが見つけられず、多難・・・

bakumatusaga at 21:51|PermalinkComments(0)

2018年01月21日

法事での話 その2

昨日の法事での伯父の話、もう一つ印象に残ることがありました。

伯父は21歳で徴兵され佐世保で働いていたそうです。
敗戦になり、故郷へ帰ってきたときに、佐世保から福岡へ移動する駐留軍のために、道路に橋を架けるので、集落より若い者を出すことになったけれど、何しろ今まで敵として戦っていた米軍のために仕事をするのがいやで、みんなしり込みした。
しかし、自分を含め3人が出された。

仕事をしていたら、「シガレットサービス」があり、タバコやお菓子をくれ、とても嬉しかったとのこと。

その橋の名は「センゾクバシ」と言っていたそうですが、今は名前が変わっているようだとのこと。
神埼市姉川あたりの橋のようです。

今度ゆっくり話を聞きに行かなければ・・・



bakumatusaga at 09:16|PermalinkComments(0)

2018年01月20日

法要での話

本日は、伯母の7回忌法要に行ってきました。
94歳になる伯父が、思い出をとつとつと語って聞かせてくれました。

結婚して間もない頃、大雨で家の横を流れる城原川の堤防が決壊し、家も田畑も濁流に飲み込まれ、絶望の淵に立たされ、乳飲み子を抱え、歯を食いしばって家族で復興に向け頑張ったことなどを語ってくれました。
今の人には、想像もできないだろうと・・・

これは、昭和28年の水害のことと思います。

私は、昨年7月の九州北部豪雨の爪あとを、秋にたまたま大きな被害のあった朝倉を通ったときに目にし、想像を絶する光景に驚きました。
そのことと重なり、伯父夫婦の苦難の数々、少しだけ想像できる思いでした。
「こんな話は、祝いの席では語れないので、私たちの歴史を知ってもらい、今の人たちがいかに恵まれているかを知ってください」と伯父は言いました。

法事はこんな話を聞かせてもらえる機会でもあります。


bakumatusaga at 19:39|PermalinkComments(0)

2018年01月19日

「佐賀維新新聞」江戸開城

今朝の佐賀新聞の「佐賀維新新聞」は慶応4年(1868年)の江戸開城。
西郷隆盛と勝海舟の交渉の場面の絵の下に訃報が・・・

英学推進の功労者
小出千之助(こいで・せんのすけ=学者、教育者)
1868年、落馬事故で死去。数え年37歳。佐賀藩出身。
佐賀藩校弘道館ー蘭学寮に学ぶ。語学力を認められ、万延元(1860)年、幕府が計画した日米修好通商条約批准書交換のための遣米使節団に通詞として加わる。この時に英学の重要性を痛感し、帰国後は大隈重信らとともに佐賀藩へ働きかけ、長崎で英語塾(後の致遠館)を開く。慶応3(1897)年には、佐賀藩が出品したパリ万博に佐野常民団長らとともに参加した。

とありました。

新しい時代での活躍を嘱望されながら、不慮の事故で亡くなられ、とても残念です。

bakumatusaga at 21:16|PermalinkComments(0)

2018年01月18日

続けることが大事

本日、鳥栖まで出かけたら、知り合いとばったり会いました。

彼女は現在80代半ば。5年ぶりくらいでしたが、お変わりなく、生き生きとお仕事をされていました。
90歳まで仕事ができるように、いろいろと計画されていることを聞き、なんだかとても励まされました!

「続けることが一番大事なことなのよ」、「常に考えるのよ」とアドバイスをうけました。

私が歴史散策を続けていることを喜んでくださったので、最近の資料をお送りする約束をしてきました。

今日も楽しい一日でした!




bakumatusaga at 22:50|PermalinkComments(0)

2018年01月17日

佐賀の女性

今日は雨で暖かい佐賀でした。

佐賀に縁のある女性のことを取り上げて、パネル展示をしたいと思っている計画をいろいろな人に伝えています。
佐賀に縁の人々で、近代日本の創成に大きな貢献をしたにもかかわらず、今、埋もれている人々は沢山いらっしゃると思います。
少しずつ掘り起こしたい・・・何かアクションを起こせば情報も集まってくるかもしれません。
そうすれば、佐賀の歴史を学ぶことがもっと楽しくなるに違いないと思うのです。

明日、NHKテレビでは、クーデンホーフ光子についての放送があるようです。
彼女の父親は元佐賀藩士。
興味津々。録画予約をしました・・・。

bakumatusaga at 22:27|PermalinkComments(0)

2018年01月16日

佐賀に縁のある女性

今日は、先週の凍えるような寒さから一転、暖かすぎる・・・

締め切りの過ぎた原稿を、何とか書き上げました。
もう少し、もう少しと欲が出るのですが、書き足りない部分は次の機会に回しましょう。

で、次の課題のひとつとして、佐賀に縁のある女性のことを考えています。
誰をチョイスするかは、近々お知らせします。どうぞお楽しみに。



bakumatusaga at 23:21|PermalinkComments(0)

2018年01月15日

寒さは和らいだものの、時折小雨の空模様でした。

テレビのニュースを見ていたら、みやき町での櫨の実取りの様子が映し出されました。
はぜの実は、蠟の原料として利用され、パリやウィーンの万国博覧会でも出品されています。

長崎出身の夫は、櫨の木は馴染みがない様で、珍しそうに見ていましたが、私は、米の収穫のすんだ田んぼの横のはぜの木に登り、おおきなトーマイ袋に櫨の実を沢山とっていた、「櫨の実取りさん」のことよく覚えています。
トーマイ袋はジュート麻で作られていた、頑丈な穀物を入れる袋です。

櫨は蠟を取るためにと植えられたと聞いていましたが、数年前、櫨は蜂蜜を取るために植えられたと聞きました。

秋が深くなった頃に真っ赤に紅葉する櫨は、花も実も役に立つ木で、繁殖力が強く、家の回り、あちこちに出ています・・・。




bakumatusaga at 23:15|PermalinkComments(0)

2018年01月14日

佐賀メディカルセンタービル

今日は少し寒さが和らいだ佐賀です。

佐賀市水ケ江の好生館跡に、医療、保健、福祉の複合施設、佐賀メディカルセンタービルが竣工し、明日から健診業務が始まるそうです。

佐賀の医学の礎を築いた好生館の息吹を感じながら、利用することもありそうで、ちょっと楽しみです。



bakumatusaga at 23:00|PermalinkComments(0)

2018年01月13日

佐賀の八賢人おもてなし隊

本日も寒い寒い佐賀でした。
引き続き、小出千之助について調べていました。

夕方からは脚本家の岡田恵和氏の講演会に出かけました。
話の内容がとても素敵でした。
講演前段の、幕末・維新 佐賀の八賢人おもてなし隊の寸劇「あの夜のままで」は、副島種臣、大隈重信、島義勇が登場。大隈に誘われ副島が長崎で英学を始める場面がモチーフ。
小出千之助の調べ物の続きのような話で、こちらもとても面白く見る事ができました。
このおもてなし隊の寸劇は、毎週日曜日、佐賀城本丸歴史館で上演され、6年も続いているそうです。

私が初めておもてなし隊の寸劇をみたのは、始まって間もない頃、龍造寺八幡横の楠木神社の境内でした。
あれから6年なのですね・・・。

とても面白いので、佐賀城へ行くなら日曜日がお勧めです。

bakumatusaga at 23:58|PermalinkComments(0)

2018年01月12日

比類なき抜群の小出千之助

今日もとっても寒い佐賀でした。
引き続き調べ物三昧の一日でした・・・

『葉隠研究84号』の「幕末・明治肥前こぼれ話 17」に、小出千之助について紹介したいと思い、そのための調べ物です。
小出千之助は「比類なき抜群の者」として、没後に褒章を受けています。

どんな人だったのか、手元にある様々な資料から、その一端を紹介したいのです。
10日までに済ませる予定でしたが、遅れています・・・

bakumatusaga at 20:18|PermalinkComments(0)

2018年01月11日

明治の改元の前か後か・・・

佐賀は風が強く、とても寒い一日でした。
平野部の我が家の辺りでも、朝はうっすらと雪が積もっていました。

小出千之助について調べる一日でした。

明治の改元の詔書が出されたのは新暦1868年10月23日(旧暦慶応4年9月8日)で慶応4年1月1日に遡って明治元年1月1日とすると定められました。
だから明治時代とは新暦1868年1月25日(旧暦慶応4年1月1日/明治元年1月1日)から1912年(明治45年)7月30日までの期間を指します。

小出千之助の位牌には、明治元年9月5卒とあるので、改元以前に亡くなっているのですが、佐賀藩の英学校の学頭に任命されたのは明治元年9月11日。いずれも旧暦です。

村瀬寿代さん著の『日本のフルベッキ』には、フルベッキの大阪の旅に、小出千之助はフルベッキの使用人として同行したことがかかれています。この旅は1868年10月18日午後2時長崎出航。25日頃この旅は終わり、小出は長崎から肥前へ向かう途中で落馬し、脊柱を打ってまもなく死亡したとあります。
村瀬さんの『日本のフルベッキ』はグリフィスの『日本のフルベッキ』の翻訳で、グリフィスの日付は全て陽暦。

小出千之助が亡くなったのは、明治に改元の前なのか後なのかはっきりしません・・・

位牌の日付、間違っていることがあるのだろうか・・・

bakumatusaga at 23:00|PermalinkComments(0)

2018年01月10日

南部式銃

銃について、南部式銃は佐賀の人がつくったと聞いたことがあったので、調べてみたら、南部 麒次郎という人が出てきました。肥前鍋島藩の士族、砲術家の南部春雍の二男として生まれるとあります。

知らない佐賀の人が沢山でてきます・・・

bakumatusaga at 21:12|PermalinkComments(0)

2018年01月09日

パリ万博で佐賀藩が調達してきた銃

小出千之助について調べていて、パリ万博で渡仏中の1867年年末にロンドンへ渡り、万博の帰り荷に、イギリスの最新式のスナイドル式銃の調達してきたとありました。

スナイドル銃とは新式のエンフィールド銃のことのようです。
製造期間は1863年から1875年。前装式のライフル銃であるエンフィールド銃を改造した後装式小銃。
1866年から英国陸軍が採用。

この最新式の銃の情報の入手していて、銃を手に入れたのでしょうが、佐賀藩の情報網の凄さを感じます。

アメリカの南北戦争を研究されている方から、それ以前のミニエー銃とエンフィールド銃の画期的な違いを教えていただいたことがあったのですが、思い出せない・・・。



bakumatusaga at 22:36|PermalinkComments(0)

2018年01月08日

「没後150年 草場佩川 ―奇才の遺産―」展

佐賀県立博物館で開かれている「没後150年 草場佩川 ―奇才の遺産―」展へ行ってきました。

草場佩川(くさばはいせん)は、佐賀藩校弘道館の教授をつとめ数え年81歳で1867(慶応3)年に死去しました。幕末維新に活躍する優れた人材を輩出した弘道館教育の中心人物です。
草場佩川の業績と遺された多彩な作品や資料が沢山紹介されているとても充実した展覧会でした。

竹の絵が得意だったようで、何点も展示されていました。鹿島藩の最後の藩主鍋島直彬の描いた竹の絵を見たことがありますが、直線的で力強さが印象的でした。それに比べ、佩川の竹はしなやかな感じを受けました。この人の下で多くの人材が育ったのだと感慨深いものがありました。

入場は無料。2月4日までです。



bakumatusaga at 22:15|PermalinkComments(0)

2018年01月07日

『時代を生きた女たち』

植松三十里著『時代を生きた女たち』を読んで元気の出た一日でした。

この本は、江戸時代から平成を生きた女性35人について、書かれています。
名を知られている人もいるし、ほとんど知られていない人もいるのですが、どの人の人生も輝いて見えます。

『時代を生きた女たち』は化粧品会社の雑誌に連載されたものが元となっていて、連載はまだ続いているようですので、続編を読みたいと強く思いました。






bakumatusaga at 22:25|PermalinkComments(0)

2018年01月06日

「貢姫」展

本日は徴古館で「貢姫」展を観覧してきました。
貢姫は第10代佐賀藩主鍋島直正の長女。煌びやかな着物を着た写真が残っています。

1839(天保10)年佐賀城で出生。母は側室の山本勇。7歳で直正の正室盛姫の養育を受けるために、江戸桜田の佐賀藩邸に移っています。
雅楽、和歌、薙刀や乗馬など文武両道に励まれたそうです。
残された品々からその人となりを知ることができます。

薙刀は江副杢之進道保に学んだようです。この江副杢之進道保は大隈重信の妻江副美登の父です。
また、7歳で江戸へ移ったときにお供をし、生涯を貢姫に捧げた兵動綱江もまた江副杢之進道保に薙刀を学んでいます。
大正時代に鍋島直正銅像建立の際、貢姫、兵動綱江、大隈重信が並んだ写真が残っています。

こぼれ話をつないでいくと、いろいろな人間関係が見えてきます。


bakumatusaga at 18:18|PermalinkComments(0)

2018年01月05日

「明治維新」

今年は明治150年。
佐賀新聞に明治維新史にも詳しい作家の半藤一利さんへのインタビュー記事が昨日、今日と載っていました。
半藤さんは、「明治維新」という言葉は薩長が自らを正当化するために生れた言葉だと考え、江戸から明治に変わる節目を「維新」ではなく、当時の人たちに倣って「御一新」「瓦解」と呼ばれているそうです。
記事の内容がとても面白くて、切り抜きましたが、電子版を購入したほうがいいかも・・・

bakumatusaga at 22:27|PermalinkComments(0)

2018年01月04日

記憶の記録・・・

今年初めての友人との歴史談義。
お互い伝えたいことが沢山あって、話題は尽きないのだけれど、人の名前が出てこない・・・お寺の名前が出てこない・・・

周辺の単語をつないで丸で連想ゲームのような会話でしたが、「あれ」だの「それ」だので会話が通じ、楽しいものでした。

しかし、他の人には伝わらないと思います・・・
記憶を記録に残しておかねばならないことを痛感・・・

そして、適宜に引き出せるようにしておかないとだめですね・・・



bakumatusaga at 19:41|PermalinkComments(0)