2023年11月30日

オスプレイ

今日の佐賀は結構厚い雲に覆われ、気温が上がらず寒い一日でした。

昨日の午前中は、一昨日佐賀の陸上自衛隊目達原駐屯地に飛来していたオスプレイが周辺の市街地上空を初めて訓練飛行しました。
オスプレイは事故が多いと言われているので、事後が起きなければいいのだけれど・・・と思った矢先に、屋久島沖でオスプレイが墜落・・・

不安は一層大きくなるばかりです・・・



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2023年11月29日

筑後川

本日は、筑後川を渡って福岡県の筑後地方へ行ってきました。

行きは鐘ヶ江大橋を渡り、帰りは六五郎橋を渡ってきました。

筑後川は九州一の大河で、普段は穏やかに流れていますが大雨が降れば暴れ川になり、記録に残っているだけでも約400年間におよそ200回もの洪水を起こしているそうです。近年で一番被害が大きかったのが昭和28年の大水害で、26箇所に亘って堤防が切れ、一部決壊、崩壊を含めると実に100箇所以上に及んだとのことです。この時は水が一週間引かなかったと聞いています。

対岸へ渡るには、かつて62箇所の「渡し」があったといわれていますが、河口付近では、戦後、六五郎橋,大川橋,新田大橋,鐘ケ江大橋,青木中津大橋、下田大橋が次々と架橋されました。

今日渡った鐘ヶ江大橋は、1981年(昭和56年)完成で、橋長は422m、幅員は12.8m。六五郎橋は、橋長450m、幅員6mで、1966年(昭和41年)に完成しています。

六五郎橋は、福岡県の城島と佐賀県の千代田町を結んでいる赤い橋です。早くにできた橋なので、幅員が狭く、大きな車とすれ違う時は怖い気がします。
六五郎橋は、近隣の人たちは「ろっごろばし」と呼びます。




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2023年11月28日

公民館での歴史講座

本日の日新公民館での歴史講座『激動の時代を生きた佐賀縁の女たち』、皆さまに、熱心に聞いていただくことが出来ました。

日新公民館は、長崎街道に近く、佐賀藩の反射炉近くで、古くからの歴史のある地域にあります。
地区の皆様は歴史の学習をはじめとする公民館活動に熱心に取り組んでおられるようです。
来年もまた違ったテーマで話をして欲しいとのことで、またまた楽しみです。

午後は南里邸歴史倶楽部。
デジタルブックの作成徐々にですが進んでいます。

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2023年11月27日

「激動の時代を生きた 佐賀縁の女たち」

明日は、佐賀市日新公民館の講座で、「激動の時代を生きた 佐賀縁の女たち」についてお話をします。
この題での話は、人気で、色々な所から要望があります。
歴史関連で女性についての話はあまりなく、珍しいのだと思います。
これは佐賀に限った事ではありません。

明治150年に当たる2018年、明治維新では佐賀の人々は大活躍しているのですが、名前の出てくる人は男性ばかりで、女性についても色々な人がいるのではないかと調べ始め、南里邸でパネル展をしたことがきっかけで、今も少しづつ調べは前進しています。

まだまだ不十分だとは重々承知しているのですが、分かった事だけでもお知らせしたいと思っている次第です。
明日はどのような方たちにお話しできるか楽しみです。

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2023年11月26日

麦まきの季節

本日、佐賀は寒くなるとの天気予報でしたが、日中はポカポカでした。

我が家の周りの田んぼは朝から機械音がしていました。
何台ものトラクターが、田んぼを耕していました。沢山のサギが、トラクターの後に就いて歩いていました。耕された土の中にいる虫などを楽して食べようとの魂胆なようです。
鳥の学習能力は大したものだと思います。

大豆の収穫も済み、今は麦の種まきの時期なのです。

私も機械音につられて、外で庭仕事。
玄関前の柘植の木、枝を大胆にカットしました。





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2023年11月25日

佐賀近代史研究会の定例会

本日は佐賀近代史研究会の定例会でした。

今日は1920年(大正9)8月の出来事の検討です。
この月には翌月開校の佐賀高等学校(佐賀大学の前身)の入学許可者発表がありました。
文科は530人中80人が合格、理科は646人中合格者は120人でした。
合格者に占める佐賀県人は4割強でした。

現在の佐賀大学入学者のうち佐賀県出身者の割合は3割弱だそうです。

また、10月1日に第1回国勢調査があり、それに向けた取り組みが沢山あります。

家畜市場では、馬は牛の2倍の値段で取引されています。
牛馬は農耕用です。平野部では馬が山間部では牛が農耕に使われたみたいです。

我が家は平野部の農家でしたので、建て替え前の家には馬小屋がありました。
我が家の馬は、軍馬として出征したと聞いています。

毎回、色々なことを知ることが出来、とても勉強になります。



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2023年11月24日

有田 秋の陶磁器まつり

本日は有田へ行ってきました。
有田では26日(日)まで秋の陶磁器まつりが開催中で、会期中にブラーッと町歩きをしたかったのでした。
春のゴールデンウィークの陶器市は、人人人…で、お店も沢山で見て歩くのが大変なのですが、秋は静かでゆったり町歩きを楽しめるのです。

有田異人館にも入ってみました。
この館は1876年(明治9)の施行で、陶磁器の買い付けに訪れた外国人の宿泊・接待所として建てられました。

幕末に海外貿易に従事してきた田代紋左衛門の長男、助作により建てられたもので、1977(昭和52)年3月11日に佐賀県の重要文化財に指定されています。外国人向けに西洋風で造られた佐賀県で最も古い洋風建築です。
田代屋は、横浜、上海、ニューヨークにも進出していました。

有田異人館では、今日はお花の展示があっていました。
建物の端々に、横浜、上海、ニューヨークにも進出していた田代屋の面影を見ることが出来ました。

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2023年11月23日

庭仕事

今日も暖かな佐賀でした。
久々に庭仕事です。

元気がなく、ここ数年、ほとんど実のならないカリンの木を切ることにしました。
樹齢30年位だと思います。切ってみたら、幹の中はボロボロになっていました・・・
シンクイムシでしょうか・・・

大きくなりすぎた庭木を小さくして、扱いやすくしたいと思っているのですが、庭木が沢山ありすぎて大変です・・・

木の一本一本にも思い出があり、切るのは忍びないのですが、大きくなりすぎると手におえないので仕方ありません・・・

やる事が沢山ある中で、私にとっては庭仕事は気分転換に最適です。




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2023年11月22日

デジタル出版・・・

本日は南里邸歴史倶楽部。
zoom会議でした。
南里邸歴史倶楽部は、昨年『激動の時代を生きた 佐賀縁の女たち』を出版しました。これは、幕末から明治までに生まれた佐賀縁の女性について執筆した100ページ程の本です。
この本の出版に当たっては、佐賀県の支援事業を活用して製作しましたので非売品で、県内の公的機関等を中心に配布しました。

しかし・・・もっと広く、多くの人に読んでいただきたいと常々思ってきました。
そこで、内容をもっと充実させ、デジタル出版を思い立った次第なのです。

来年2月末出版予定です。
そのためには原稿締切は年内です・・・
頑張るしかない・・・

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2023年11月21日

有明海の魚介類

食料品の調達に買い物に行ってきました。
魚介類が欲しかったのだけれど、食べたいものがあまりありません・・・

有明海特産のサルボウ貝の剥き身を甘辛く煮て、常備食として重宝していたのですが、このところサルボウ貝を見ません・・・。
4,5年くらい前までは、1パック100円位でいつでも店頭に並んでいたような気がするのですが、2,3年前には見なくなり、たまにあっても2〜3倍の値段がついていました。それが、今は全く見ません・・・
何でも、近年の大雨の影響で、この2年間は漁獲なしだそうです・・・

佐賀は呼子のイカが有名なのですが、イカを目当てに呼子へ行っても、イカがないということで食べれないことがありましたし、唐津市の特産品の養殖マサバ「唐津Qサバ」も赤潮の影響などで大量の成魚と稚魚を失い出荷を見合わせているとのことです。

有明海の魚介類を食べたいので、マエビを買って、今夜はかき揚げにしました。





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2023年11月20日

季節感・・・

今日はとっても良いお天気で、日中、車の中は冷房が欲しいくらいでした。

街路樹の紅葉、イチョウは黄色くなっていますが、赤くなるはずの木が赤くない・・・
今年は1個も実を付けなかった我が家の晩白柚、本来は春に咲く花が、今頃咲いています・・・

夏と冬を行ったり来たりする、今年の気候に人も戸惑うことばかりですが、植物はもっと戸惑っているのでしょう。

うちの周りの田んぼの大豆は、枯れて収穫期を迎えたようです。
今年はたくさん獲れるだろうか・・・

広い農地が広がる佐賀は、農地の様子で季節を感じることが出来ます。



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2023年11月19日

染織作家協会展

本日は武雄市図書館へ、第41回佐賀県染織作家協会展へ行ってきました。

作品は多岐に渡り、奥が深いです・・・
作家の方々のそれぞれの思いが詰まった作品は、制作過程の苦労話を聞いて、初めて「なるほど〜」と感心することが多いです。

小さい頃に蓮池の紺屋町の染物屋さんに行ったことがありますが、土間に甕が埋めてあり、ポコポコと泡が湧いていて、甕に落ちたら大変だ・・・と思った記憶があります。

着物を見ながら祖母と母が、「染め直してもらおう」と話していたことを思い出します。

染織に携わる人たちが多く住むところが紺屋町。
城下町には紺屋町がありました。
今は町名として残っているかな?



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2023年11月18日

60年くらい前の記憶

今朝、新聞の読者欄に、70年前のおじい様との思い出の投稿がありました。

このおじい様のこと、覚えています!!
我が家の遠縁にあたる人で、60年くらい前の記憶がよみがえりました。

私の父が、ある日がウナギを沢山獲って来ました。父はさっさと蒲焼にして、重箱に詰め、風呂敷に包んで、このおじい様に持っていくよう私に命じました。

玄関から続く土間から見える部屋の、どっしりとした箱火鉢の前におじい様が座って居られ、ウナギを持ってきたことを伝えると、キセルで火鉢をたたきながら、「コーラ、コーラ」と独特の掛け声で家の方を呼ばれ、出てこられたおばあさんに、受け取っていただきました。

ちょうど、コーラが出回り始めていた頃で、コーラを見るたびに、このおじい様の顔が浮かんだものです。
箱火鉢の前に居座り「コーラ、コーラ」と家族を動かしていたおじい様のこと、久しぶりに思い出しました。








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2023年11月17日

柿の木

柿の木を見ながら、近所の方と雑談・・・

昔はどこの家にも柿の木があったことを懐かしみ、「ごしょがき」という柿は、とても大きな実をつけていたとのこと。
確か我が家にもありました。木も大きくて獲るのが大変でした。甘柿なのだけれど、渋が戻る事があり、収穫の時期の見極めが大変だったような記憶があります。

「ぎおんぼ」というのも大きな実をつけていたけれど、これは渋柿だったと思います。

この時期、干し柿用の柿を買いに、業者さんが来られていました。
木を丸ごと買って、収穫されていかれていたと思います。

もう少ししたら、ハゼの実を買いに、ハゼ獲りさんが来られていました。
ハゼは蝋の材料です。

何気なく生えている木も、収入になっていたようです。

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2023年11月16日

引き続き、資料とにらめっこ・・・

本日も引き続き資料の見直しです。

パソコンに向かって、ほとんど動かずに・・・
ドライアイです・・・

今夜は雨が降ってきました。明日も雨とのことですので、何処にもいかずに資料の見直しを続ける予定です。

bakumatusaga at 22:36|PermalinkComments(0)

2023年11月15日

資料の見直し・・・

晩秋らしく寒くなってきましたが、昨日よりは少し暖かかったでしょうか・・・
明日は今日よりも寒くなりそうです。

資料の見直しをしていて、忘れていることが沢山あることを再認識しました。
再インプットしなければ・・・

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2023年11月14日

ドコンスチ男爵

資料をパラパラとめくっています。

東京築地のカトリック教会で1895年(明治28)7月1日に、駐日オーストリア公使クーデンホーフ伯爵夫人光子の洗礼式と結婚披露宴には、ベートーベンの最後の直弟子が音楽を担当したという記述をどこかで読んだのだけれど、資料を見つけきれずモヤモヤしていたけれど、やっと見つかりました。

最後の直弟子は、ドコンスチ男爵でした!!

これは、本のコピーを頂いたもので、原本が何かは今は確認できないけれど、築地カトリック教会の紹介の中にありました。



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2023年11月13日

東京の地形・・・

本日は南里邸歴史倶楽部。

一昨年12月に発行した『激動の時代を生きた 佐賀縁の女たち』について、気になっていた事を話し合いました。
その一つが、鐘ヶ江録子が開いていた東京の京橋区木挽町の塩湯についてです。
録子の夫鐘ヶ江晴朝は、日本初の海水浴場を東京の芝浦海岸開き、海水を温めた塩湯に浸かることで病気の治療に当たったようです。

晴朝の死後、録子は木挽町の祝橋の傍らに塩湯を開いています。現在の地図を見ると、歌舞伎座の近くで、海水はいったいどこから持ってきたのでしょうか・・・

土地勘がない私たちにはちっともわからない・・・
東京も埋め立てによって地形が随分と変わっているはずですが・・・

分からないことだらけで頭を抱えてしまいました・・・








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2023年11月12日

福地源一郎

佐賀は急に寒くなってきました・・・
暖かい恰好が必要です。

今日は福地源一郎が気になって仕方ありません・・・

鐘ヶ江録子が経営していた塩湯は木挽町の歌舞伎座付近にあり、歌舞伎の役者さんたちが贔屓にしていて繁盛していたとのことでした。
で、歌舞伎座に就いて調べてみたら、1889年(明治22)に明治の演劇改良運動の流れを受けて開設されたそうで、この運動の提唱者の一人でジャーナリストの福地源一郎(福地桜痴)と金融業者の千葉勝五郎の共同経営で東京市京橋区木挽町に開設されたとのことです。

福地源一郎は東京日日新聞の社長にもなった人で長崎出身。
長崎の浜町のアーケードを通って崇福寺に行く途中に、大浦慶と福地源一郎の説明版を見た覚えがあります。
福地源一郎は長崎で蘭学を学び、幕末の幕臣。明治時代の政論家・劇作家・小説家との説明もあります。大隈重信ともかかわりがあったようで、福地は大隈に対して巨額の借金があったようですが、死後大隈はこれを無いものとしたとのこと。かなり近しい関係だったのでしょうか・・・

鐘ヶ江録子の塩湯は、蒲原有明の自叙伝的小説によれば、明治19年には木挽町にあったようです。

録子の夫、鐘ヶ江晴朝が開いた芝浦の海水浴場と木挽町の塩湯の関係は?

何かモヤモヤとしています・・・










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2023年11月11日

街路樹・・・

本日はお天気が回復した佐賀でした。
11月にしては、まだまだ暖かいです。

街路樹のアメリカ楓が色づいているのですが、あんまりきれいな色づきではなく、落ち葉も沢山ありお掃除が大変そうです。

小学生の頃、貫通道路のイチョウ並木を絵に描きました。
とても綺麗で、ボリュームのあるイチョウの木を、黄色いクレヨンでグルグルグルグル塗りつぶしたものです。
今は、随分とこじんまりとしたイチョウになっています・・・

明日は今日より気温は下がるようですし、そろそろ冬支度も必要となりそうです・・・



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