2016年07月27日

結婚と入籍

今日も暑い暑い一日でした・・・

東京女子医大の創立者、吉岡弥生の伝記を読んでいると、興味あることに度々あたります。

吉岡弥生の旧姓は鷲山ですが、結婚して8年目に入籍の手続きをとったとあります。
これは、鷲山弥生という名が、女医として世間に知られてきたところから、鷲山姓を捨てたくなかったけれど、子どもが生まれることが分かり、私生児にしたくないので入籍したとあります。
子どもの誕生は明治35年の事です。

大橋リュフを調べていたら『女博士列伝』の中に、昭和11年秋に大橋祐之助と結婚式を挙げたとでてきました。

結婚=入籍という先入観にとらわれるのはいけないと思った次第です。

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2016年07月26日

堀のある暮らし

今日は暑くて暑くて、何もやる気が起こりません・・・

庭のブルーベリーの実を、すずめが啄ばんでいたので、あわてて収穫。
ジャムにしました。

眼精疲労のたまった目には、ブルーベリーはよさそうです。

土用の丑の日が近く、おいしそうなウナギの宣伝がめにつきます。
周囲を堀に囲まれて育った私にとっては、ウナギはとても身近な魚で、父がよく獲ってくれたので、しょっちゅう食べていましたが、今では中々口に入りません。

背開きで、肝は目に良いと言われ、ピクピク動いているままの心臓を、杯の酒に入れられ飲まされていました・・・

コイやスッポンの血を飲まされた経験もあります・・・

それは特別なことではなく、50年位前の、この地域のごくごく普通のことでした。



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2016年07月25日

女医・・・

『吉岡弥生伝』の中には、とても苦労して医学を学んだ女医たちの事が沢山出て来ました。今まで私が知らなかった事だらけでとても刺激を受けました。

大橋リュフについて、今年末発行予定の「佐賀医人伝」の原稿を書く中で読みました。
この本には、佐賀に関わりのある医人で、明治以前生まれの人が取り上げられるとの事です。

佐賀は蘭学が盛んで、西洋医学をいち早く取り入れた・・・と言われており、医者も多くいます。

しかし、女医の事がでてこない・・・

何でだろう・・・

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2016年07月24日

蓮池祇園

今夜は蓮池の祇園のようです。

ヒョウヒョウという笛の音が聞こえてきます。

昔はとても賑やかで、蓮池の祇園を楽しみにしていたのですが、蓮池の街そのものが寂しくなり、祭りも寂しくなってしまいました・・・

ヒョウヒョウ ドンドン と 笛と太皷に合わせた獅子舞はとてもかっこよかった!!

今年は、出かけるのが億劫になり、音だけ聴いて祭り気分に浸っています・・・。

写真は2010年の蓮池の祇園の獅子舞、3段つぎです!!かっこいいでしょう!!
P1050072

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2016年07月23日

大橋リュフと『青鞜』

今日も暑い暑い佐賀でした・・・。

佐賀出身の女医、医学博士の大橋リュフについて提出した原稿は無事に「佐賀医人伝」の出版に向けた作業にのったようです。

大橋リュフについて調べる中で、改めて女性史に目が向きました。

大橋リュフは、1899(明治32)年生まれで、東京女子医専(現東京女子医大)に進み、1920(大正9)年に卒業し榊病院産婦人科に就職しています。 
 向学心に燃えるリュフは、留学を志し、1922(大正11)年秋、「社会事業及び医学の研究のため」の名目で、浄土宗派の留学生となりハワイへ渡り、ホノルルで英語を勉強しました。
1924年からアメリカ、ドイツで勉強し、1931(昭和六)年に帰国しています。

『元始、女性は太陽であった 』と婦人問題を世に印象づけた『青鞜』は、日本で1911(明治44)年から 1916(大正5)年まで発行されています。

きっと、リュフもこの本に感化されたのだろうと思います。

その関連を、おいおい紹介していきます。

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2016年07月22日

EXPO'70 タイムカプセル

1970年の大阪万博の番組をテレビで見ました。
当時私は中学生。連日のニュースを白黒テレビでワクワクして見ていました。

直接会場へ行くことは出来ませんでしたが、万博終了後に立派な写真集を父に買ってもらいました。

番組を見て、改めて写真集を開いてみたら、あの頃のワクワク感が蘇ってきました。

5000年後に開くタイムカプセルの写真がありました。
いったいどんな物が入っているのだろうと、興味津々でいたら、webに詳しいことが載っていました。
http://panasonic.co.jp/history/timecapsule/index.html

5000年後に無事開けることを祈るばかりです!




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2016年07月21日

暑中・・・

息子達が帰り静けさの戻った我家です。

暑くてたまらない佐賀ですが、何とか元気をだして、好きなことに邁進しなければ・・・と思います。

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2016年07月20日

玉虫

カーッと晴れたかと思うと、突然大粒の雨が落ちてくるお天気の佐賀でした。
帰省中の息子達とあちこちでかけて楽しんで来ました。

21世紀県民の森で、玉虫が飛んでいるところを見ました!

生きている玉虫に出会ったのは実に30年ぶりです!




















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2016年07月19日

ルーツ探し・・・

本日は、ゆめさが大学で「大隈重信と江副廉蔵」についてお話しをしてきました。

受講生の皆さん、とても熱心に聞いて下さって、嬉しかったです。

職を退いた後に、趣味や勉学の為に受講されている方々が多いようです。

人は、ゆっくりと時間が出来る頃に、自分のルーツや先祖について知りたくなるようです。

自分の先祖についても調べてみたい・・・そんな気持ちになった方がいらっしゃれば嬉しいです。

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2016年07月18日

長崎の花火・・・

息子達の帰省に合わせて、本日は義母を交えて、我家で夕食です。

小さい子どもを交えての夕食は賑やかです。

夕食後の花火は、昨年長崎の義父の初盆の精霊流しの残りの花火・・・

これが、佐賀の人間にとってはど派手な花火で、危なくてしようがなく、却下・・・

小さい子どもと庭でやるような花火ではありません・・・

花火から佐賀と長崎の違い、思い知らされます・・・

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2016年07月17日

家族全員集合!

本日は我家の息子達の帰省に合わせて、妹が姪たちに声をかけてくれ、家族が全員集合し、総勢17人が集まりました。
とてもとても賑やかで、とっても楽しい時間をすごさせてもらいました。

みんなに感謝です!

両親をはじめ先祖たちも、喜んでくれている・・・そんな気がします。

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2016年07月16日

無尽・・・?

本日は佐賀近代史研究会の例会でした。

会員からの報告は「佐賀の無尽業について」でした。

「無尽業とは、一定の口数と給付金額を定め定期的に掛け金を払い込ませ、一口ごとに抽籤入札その他の方法により掛け金者に対し金銭の給付を為す、ことをいう。」そうです。

法律によって様々な取り決めがあるようですが、様々な資料を掘り起こされても、実態が見えづらいとのことでした。
頼母子講?

適正に業務が遂行されているか、大蔵省が実地検査をしていて、違反者は警察が取り締まったとの事で、警察に行けば何か資料があるかもしれないとのこと。

ただ・・・警察に進んで行こうとも思わないし・・・とみんなで苦笑い・・・

無尽は沖縄では「もやい」と呼ばれていたりしています。
もともとは相互扶助みたいだけれど、それを生業とするとなると、どういう風に運営していたんだろうかと、わからない事だらけで、それを知っただけでも勉強になりました。

庶民の銀行?



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2016年07月15日

アルバムを見て

卒業アルバムの記事を見て、叔母が連絡をくれました。

叔母は、大叔母の顔は知らないけれど、おスミさんといい、米一俵(60キロ)を持ち上げるほど力のある、大柄で丈夫な人だったのに、1929(昭和4)年に19歳で亡くなったと聞いていたそうです。

私も祖父の妹にそんな人がいたことを聞いていたので、1928(昭和3)年の成美高等女学校の卒業写真を見たときに、注意して見たので大叔母を見つけたのでした。確かにがっちりとした体格の人でした。

祖父は父が17歳のときに亡くなっていますので、顔は知りませんが、祖父もまた大きな人だったと聞いています。

うちの家系は大柄の遺伝子は受け継がれているようで、子どもたちの代は、男性は180センチ、女性でも170センチを超えるなどみんな背が高いです。





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2016年07月14日

梅雨明け熱望・・・

梅雨末期の豪雨で昨日は厚い雲が覆っていたのですが、今日ははれまもあり、久々に洗濯物を外に干すことが出来ました。
明日もお天気は大体よさそうですが、土日は雨との事です。
もういい加減に梅雨明けして欲しいと、心底思います・・・

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2016年07月13日

大橋夫妻と高島野十郎

大橋リュフの夫である大橋祐之助は、東大農学部の同窓生である画家高島野十郎を、一番親身になって世話をしたそうです。

大橋夫妻の蔵書3400冊が寄贈された大橋記念図書館に、野十郎の絵もあるのではないかと思いましたが、ないそうです。
晩年の住まいを訪ねられた方にも、絵がかかっていなかったかどうかお聞きしたのですが、気付かなかったとの事でした。

大橋リュフの学究的なところや、惜しみなく多額の寄付をしても、質素な生活をし、道端の草花を花瓶に生け、慕ってくる患者を90歳を過ぎまで見ていたことなどを知ると、リュフも野崎野十郎の生き方の理解者だったような気がします。

大橋祐之助にも、とても興味が湧いてきます。

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2016年07月12日

鹿島、太良へ

本日は鹿島で「大隈重信と江副廉蔵」について話しをして来ました。
二人は鹿島にゆかりの深い人たちなので、熱心に聞いて下さる方も多くいらっしゃいました。

終わった後は、大橋リュフの資料返却の為に、太良まで足を伸ばしました。

今日は天気が不安定で、晴れているかと思うと突然に先が見えないほどの激しい雨が降り出したり、大変でした。車があおられるほどの横風もあり、谷を飛んで走るオレンジ道路を利用できるか心配しましたが、うまい具合に風がおさまり、走行できました。

何事も、順調に進んだ一日でしたが、さすがに疲れました・・・


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2016年07月11日

卒業アルバム

本日は佐賀高等女学校の第33回生の卒業アルバムを見せていただきました。
ビロードの表紙の、とても立派なアルバムでした。

今年97歳で他界された方の遺品でした。

80年前頃のものでしょうが、良い時代だったのでしょう。

私の亡母は1931(昭和6)年2月生まれで、佐賀高等女学校の45回生でした。
何枚かの写真や同窓会報などはありましたが、アルバムは見せてもらった記憶がありません。
戦後間もない頃の卒業なので、なかったのかもしれない・・・と思いました。

ところで以前、1928(昭和3)年の佐賀市の成美女学校の卒業アルバムを見せていただいたことがありましたが、やはり立派な表紙のものでした。
表紙には「2588」とありました。これは皇紀2588年を意味すると思います。

本日見せていただいた佐高女のアルバムには「2597」とあり1937(昭和12)年のものです。

1927(昭和2)年の東京女子美大の卒業アルバムは西暦表記でした。

このブログの2006年5月29日に写真があります。
こちらです。

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2016年07月10日

大橋リュフを調べて

現在出版準備中の、『佐賀医人伝』で、鐘ケ江晴朝、馬渡嶺雲、大橋リュフの3人を担当しました。
3人とも、幕末明治の肥前のこぼれ話収集中に、たまたま知りえた人物でした。

一番苦労したのは、女医大橋リュフでした。

とっかかりは、太良町に図書館建設費1億円の寄贈主でした。
資料もあまりなく、2ページも紙面をいただく材料がないと困ってしまいました・・・

でも、夫である大橋祐之助と、画家高島野十郎の繋がりをたまたま見つけ、祐之助の著書『科学者は斯く生きる』を見つけることが出来ました。

大橋リュフが生まれた正傳院を訪ねたところ、浄土宗きっての高僧、リュフの兄吉原自覚とその著書『覚醒への道標』を教えていただくことが出来ました。

また、リュフの師である東京女子医大の創設者吉岡弥生の『吉岡弥生伝』から、当時の女医たちを取り巻く環境、問題意識なども知ることが出来ました。

まだまだ知りたいことだらけです。

ボチボチ進めて行きたいと思います。

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2016年07月09日

草取り・・・

今日は雨との天気予報でしたが、降りませんでした・・・

朝は曇り空で、草取りには絶好のコンディションと思い、張り切っていましたが、雲間から太陽が顔を出すたびに、日陰に避難。

午後は晴れてしまい、暑くて暑くて・・・

それでも草との終わりなき戦いです・・・

明日も続きをやらねばなりません・・・

私が小さいころは、草取りはもっぱら曾祖母の仕事で、子どもは手伝いでした。
曾祖母は腰がくの字に曲がっていて、90過ぎまで草取りをしていました。

曾祖母が「こうぶし」とよんでいた草は、このごろは全く見ません。
植生が全く変ってしまったと感じます。

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2016年07月08日

ストレス解放!!

締め切りを過ぎている「佐賀医人伝」の大橋リュフの原稿をやっと提出でき、ホッとしています。

ストレスになっていました・・・
やっと解放されました!!



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