2018年06月20日

江木欣々と林きむ子

「大正三美人」とは九条武子・柳原白蓮・林きむ子、または九条武子・柳原白蓮・江木欣々といわれているようです。

江木欣々と林きむ子は共にサロンの女王とうたわれたそうですが、江木欣々の場合、実際には社交の場に出たことはなく、マスコミによって作られたイメージなのだそうです。江木家は、毎週自宅に様々な業界の客を大勢呼び、自宅が社交場だったのです。

大正時代に社会主義運動が盛んになっていたけれど、欣々の生活は上層階級としての平均的なものではなかったかと思われるとのこと。
欣々も、雑誌等へも顔が載るようになり、自身も記事もいくつか書くようになっていたようで、平塚らいてうの『青鞜』や西川文子らの『新真婦人』などに参加し、何度か寄稿しているけれど、それほど深く関わってはいないそうです。
江木欣々と林きむ子とは交流があり、きむ子はマスコミの槍玉にあがって、あれこれ噂されるのを嫌ったようですが、欣々はそういう立場を楽しんでいたようで、マスコミの虚報を嫌がる林きむ子に対し、「あなただってかなり華やかな生活といわれたじゃありませんか。野暮なことをおっしゃるな。ある人には当り前のことがある人にはぜいたくに見える。要するにそれぞれが自ら治めるしかないじゃありませんか」と諫めているとのことでした。

江木欣々について、再度調べていて、欣々さんについての興味が増しました。

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2018年06月19日

『葉隠研究』原稿

今年の梅雨は、雨が少ない佐賀ですが、今日はかなりの雨が降りました。

災害が起こらない程度の雨であってほしいものです。
我が家の周りの田んぼには水が入り、田植えの準備が急ピッチで行われています。

『葉隠研究』の原稿、締切日が過ぎているのであせる一日でした・・・
「今回は佐賀に縁ある女たち」と題して書く予定。
明日は提出しなければと思います・・・






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2018年06月18日

本日の南里邸の偶然・・・

本日も南里邸開館日でした。
それほど暑くもなく、雨も降らず、街歩きには適した一日でした。

今日の南里邸には、鹿児島からのお客様がありました。幕末維新博のめにた佐賀に来られ、南里邸にはたまたま立ち寄られたそうで「明日は壱岐へ行こうと思っている」とのことでした。
畳一枚ほど離れたところにいらっしゃった別のお客様が「エ〜ッ!!私壱岐から来ました!!」とのこと。この方はルーツが佐賀にあり、維新博見学を思い立ち、一人で来られたとのことでした。

壱岐へ渡る為のフェリーの時刻表などを渡して、壱岐の楽しみ方をレクチャーされていました。
そんな偶然、度々起こるとは思えませんが、南里邸では面白い出会いが度々あります・・・

不思議な楽しい偶然がよく起こる南里邸です。、


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2018年06月17日

今泉良子のこと

本日南里邸にお見えのお客様、「先祖が佐賀の者で、佐賀の維新博を見に来ました」とのことでしたので、ご先祖のお名前をお聞きすると「いまいずみ りょうし」とのこと。

今泉良子のことは、佐賀近代史研究会の活動として、佐賀新聞から拾い上げた記事から年表を作る作業の中で度々目にしたお名前です。

手元にあった大正5年の資料を直ぐに見たのだけれど、見つけることができず、残念・・・。
人名の索引が必要なことを、つくづく思いました。

家に帰って、パソコンに残っているデータを検索したら直ぐに出て来ました。

大正5年の5月の記事に、
佐賀郡市水路調査会今泉良子、野口市長等は、郡農会事務所に参集し上今宿江湖筋の水路調査を決定。
佐賀市川原小路の今泉良子が願い出ていた、招魂社南方の道路拡張、蓮堀埋め立てを許可。
佐賀フィルム株式会社取締役今泉良子辞任につき、北多久村小侍の熊崎民助就任(登記)

と、3つの記事がありました。

年表は紙ベースの冊子にまとめられているのですが、大正5年の5月について私の担当で、新聞記事から拾って、原稿を作ったので、そのデータが残っているので簡単に検索できたわけです。

やっぱりデジタルの方が便利に利用できるのだけれど、紙媒体も捨てがたい・・・

とちあえず、冊子に付箋をつけて、送って差し上げようかと思います。


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2018年06月16日

『佐賀海軍史ー明治編ー』

古賀寛氏の力作『佐賀海軍史ー明治編ー』を頂戴いたしました。
興味深く読んでいます。

福島虎次郎のお名前が出て来ました。
明治19年6月30日に派遣先のフランス、ルアーブルで病死されたそうです。

3年前に、パリの佐賀県人会の方に聞いたことがありました。
平成3年には、佐賀市の女声合唱団「コーロ・アンジェリカ」の30人がルアーブル市で開催された出演され、フランスのお墓を守ってくださっていることに感謝されたとのことでした。

知らなかった・・・


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2018年06月15日

神埼の藤山種広

今朝は風もなく、お天気も良さそうなので除草剤の散布をしました。
うまく枯れてくれるとよいのだけれど・・・
日中はあまり暑くもならず、風があってとっても過ごしやすい一日でした。

「明治維新150年記念 さが幕末維新博関連事業ー神埼の偉人とその偉業展」のチラシが我が家のポストに入っていました。
神埼市が主催で6月3日から12月22日まで、神埼市神埼町にある旧古賀銀行神埼支店で開かれるようです。

藤山種広も紹介されるようです。
チラシの写真はウィーン万博のときの写真で少々荒い感じです。
この人は、幕末のパリ万博には藤山文一の名で参加しています。
とっても興味のある人なので、是非行って見たいと思います。

南里邸でも紹介しています。南里邸では藤山文一と藤山種広が同一人物であることを、神埼のお墓へ行き、碑文で確認してきました。
ただし、碑文には文一郎と刻まれています。




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2018年06月14日

条約批准書の交換

安政5年(1858年)に締結された日米修好通商条約の批准書の交換はワシントンで行うとされたため、万延元年(1860年)に江戸幕府が米国に使節団を派遣したのが万延元年の遣米使節団です。

先日の米朝首脳会談の様子をテレビなどで見ながら、こんな風にして幕府使節団正使の新見正興は、アメリカのブキャナン大統領と条約の批准書を交換したのかと想像してしまいます。
使節団副使村垣範正が書き残した日記には、ワシントンでの様子が次のように書かれているそうです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

3月28日は大統領との会見の日だった。3人の使節は武家の正装の狩衣(かりぎぬ)に萌黄色の烏帽子(えぼし)をかぶり、立派な飾り太刀をつけた。お付の役人も夫々その格により布衣(ほい)や素袍(すおう)、麻裃で正装した。儀仗兵や騎兵隊、楽隊と共に条約批准書を入れた飾り箱が 進み、お付の役人と共に夫々一人づつ米国の案内人をつけた3使節の馬車が続いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今、南里邸では、この幕府派遣団の77人の内、7人の佐賀藩士について紹介しています。

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2018年06月13日

守護の天使の悪戯・・・

南里邸にはいろいろなお客様がお見えになりますが、先日、白い髭を蓄えたとてもお元気な方が来られました。
パネルをじっくり読まれてお連れの方といろいろ話されながら、パシャパシャと写真を撮り情報収集されていました。
お茶と丸ぼうろを出して会話に加わったら、とても楽しい方でした。
帰りがけに、パネル集や本を沢山お買い上げいただき、名刺が欲しいと言われたので差し上げたら、その方は、ポケットのあちこちを探してやっと見つけ出されたボロッボロッになったご自分の名刺を下さいました。大阪の産婦人科のお医者様でした。
で、先日、その方からご自分の著書が沢山送られて来ました。読んでみると、どれもこれもとても面白くて、ついつい夜更かしをしてしまいました。
私もお礼に、本を送ったところ、本日お礼のメールが届きました。

南里邸に来られた方は昇幹夫先生で、今度の土曜日に岡山で帯津良一先生とジョイント講演をされるとのことで、私はとっても驚きました!!

というのは、帯津良一先生は、24年前にお目にかかり、私が佐賀にUターンするきっかけを作ってくださった方といっても過言ではない方です。Uターンしなかったら、佐賀の歴史に興味を持つこともなかったと思います。

思いもかけない不思議なご縁に驚くばかりです!!

時空を越えた楽しいつながりは、きっと守護の天使の悪戯なのでしょう・・・

南里邸周辺には守護の天使がウジャウジャしているのかな?

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2018年06月12日

竹退治

本日は家の周りの笹竹と竹と格闘・・・

葛と藤が絡みついているので、それはそれは大変で汗だくになりました・・・

我が家の辺りの古い家の敷地には竹林があります。
竹は、昔は作物の柵にしたり、建築資材に使ったり、籠をあんだり、筍食べたりと生活必需品だったようです。
しかし、今では厄介者です。地下茎で伸びてあちこちから出てきて、あっという間に大きくなるので大変なのです。

我が家も、この一月ぐらいの間に、あちこちからニョキニョキと竹が出てきてあっという間に大きくなってしまいました。
まだ柔らかい今のうちに切っておかねば・・・

根絶したいと思うのですが、竹が根を張ってくれて、堀の護岸に役立っている側面もあり、困ったものです・・・



南里邸の二階へ上れば竹を建築資材として使っている様子を見ることができますよ。



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2018年06月11日

有田へ行きたい・・・

今日は雨。
朝は雷もなり、雨もひどく、肌寒く、薄手のカーディガンを羽織る一日でした。

今日、南里邸に来られたお客様から、有田の陶芸家、葉山有樹さんのギャラリーのことを教えていただきました。
若手の葉山有樹さんの作品のことは随分以前に有田の方にお聞きしたことがあります。

写真で見る絵柄、気が遠くなりそうなくらい緻密です。明治の頃の輸出用有田焼のとても緻密な絵柄に通ずるところがあり、是非作品をみたいと思っていましたので、機会を作って訪ねたいと思います。





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2018年06月10日

歴女の語らい

本日の南里邸には歴女のグループが来られました。

あちこち、歴史散策をし巡り歩いていらっしゃるそうです。
今回の佐賀の旅は末維新博を中心に見て回り、3日目だそうで、どこの展示もとても面白かったとのことでした。

南里邸の展示について「パンフレットなどありますか?」とのことで、パネル展のパネル集を紹介したところ、「こんなのが欲しかったんです!他の展示館には何処にもありませんでした。」と、皆さんお買い上げくださいました。

やっぱり、展示の内容を紹介する紙媒体、欲しいのです・・・

幕末のパリ万博に幕府の派遣団の一人として参加した医師、高松凌雲について、教えていただいたり、楽しいひとときを一緒に過ごさせてもらいました。








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2018年06月09日

幕末維新の頃の人たち

本日は南里邸の開館日。
今日も暑い中、大勢のお客様が来てくださいました。
リピーターが多いのも、とっても嬉しいことです。

今日は「幕末維新の頃の人たちは、短い期間で何でもものにしている。私はいったい今まで何をしてきたんだろうと、情けなくなってしまう・・・」とおっしゃる方がいらっしゃいました。

私も全く同感・・・

しかし、今夜もぼんやりと過ごしてしまいました・・・





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2018年06月08日

「医とくすりへの志」と「さが幕末維新の書」

本日は、佐賀県立博物館で開催中の「医とくすりへの志」展へ行ってきました。
小、中学生の皆さんが、大勢見学に来ておられ、充実した内容でびっくりでした!!
映像や音声を駆使した、展示の方法は、次世代を担う若い人たちにはスーッと入っていくのではないかなと思いましたが、パネルの文字が小さくて、私にはちょっと読みづらくて残念でした・・・

隣の佐賀県立美術館の特別展「さが幕末維新の書」、これも見ごたえがありました。
幕末維新期に活躍した人たちが書いた文字は、とても味があり、力強い!!

副島種臣の書は、中でも格別でした!!




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2018年06月07日

日本初の女性理学博士

本日は、通仙亭で、「佐賀に縁ある女たち」について話して来ました。

黒田チカさんについて、初の女子帝国大学生で、日本で2番目の女子理学博士と紹介したところ、日本女性初の理学博士はどなたかと質問がありました。

即答できませんでした・・・

保井コノでした。
保井コノは、1880年生まれで、女子高等師範学校(現お茶の水大学)を出て、アメリカ留学 シカゴ大学、ハーバード大学で学んで帰国。

1927年(昭和2年)に 「日本産の亜炭、褐炭、瀝青炭の構造について」の研究で東京帝国大学で日本初の女性理学博士となったそうです。

黒田チカは1884年生まれで、東北帝国大学を卒業し、保井コノに次いで、1929年(昭和4年)に理学博士となっています。

ところで、東京大学に初めて女子学生が入学したのは1946(昭和21)のことです。
保井コノは東大遺伝学講座の嘱託となり、学生実験を担当しながら研究を続けたのだそうです。

いろいろ、難しい・・・



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2018年06月06日

「佐賀に縁ある女たち」の話

昨日今日と雨で、肌寒い佐賀です。

明日は肥前通仙亭で、「佐賀に縁ある女たち」の話をしなければなりません。

写真を見ていただきながら、聞いていただくことにしたので、どの写真を紹介するかあれこれ悩みながらチョイスしています。

先ずは、南里邸で『佐賀に縁ある女たち』を企画した理由についてをお話しようと思います。

しかし、女性たちを取り上げたことで、あちこちからの反応が大きすぎて驚いています。
今まで女性が取り上げられなかったので珍しいのだと思います。
真摯に生きた女性たち、その生き様は様々です。




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2018年06月05日

生放送・・・

今日の佐賀は雨で少々肌寒いです。

今日はNHK佐賀放送局の情報番組で生出演・・・
緊張しました・・・
8分間は、ほんとにアッという間でした・・・

テレビの番組つくりの
いつも見ているテレビの向こう側で、情報を伝えるために尽力されている方々の大変さを、垣間見させていただきました。

何とか終わって、今日はほっとしてよく眠れそうです。


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2018年06月04日

起立工商会社

今日も暑い一日でした。

有田町歴史民族資料館の館報『季刊 皿山』が届きました。

一面は「起立工商会社ー明治期の有田焼を世界へー」でした。

起立工商会社には佐賀に縁のある方がたくさんいらっしゃるのですが、佐賀ではあまり知られてきませんでした。
活躍の舞台が海外ですので、きっと佐賀には資料がほとんど残っていないからでしょう。

明治になったばかりの頃に、海外に留学された佐賀藩の人々が多くかかわっている起立工商会社のことについて研究が進めば、佐賀の歴史はもっと面白くなるのではないかと思います。

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2018年06月03日

日曜日の南里邸・・・

本日は日曜日。
なのに、人っ子一人通らない南里邸前の長崎街道・・・。

今日は一人も来館者がないのではと思っていたら、お昼をかなり回った頃からお客様がお見えになりました。

周辺の道路もとても静かで、人通りがありませんでした・・・
暑いからでしょうか?

6月23日〜30日は、アバンセ(佐賀県立男女共同参画センター・佐賀県立生涯学習センター)での出張展示も始まります。

男女共同参画週間に合わせての展示です。
多くの方に見ていただけると良いのですが・・・。


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2018年06月02日

三和土(たたき)の土間

今日は真夏のように暑い佐賀でしたが、南里邸に一歩入ると、外より格段に涼しく感じられます。

築300年の南里邸の三和土(たたき)の土間の恩恵だと思います。
三和土とは、土に石灰や水をまぜて練って、たたき固めて仕上げた土間のことだそうです。
一見、コンクリートのように見えるのですが、土なのです。

本日の南里邸は、外の熱い空気が入ってこないように窓を閉め切って過ごしました。

6月はじめにしてこの暑さ・・・。今年の夏はどうなることかと思いやられます・・・。

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2018年06月01日

今日から6月

今日から6月。
とてもさわやかなお天気の一日でした。

6月1日は衣替え。
この頃は日々気温が大きく変動し、毎日、着るものをどうしようかと悩みます。
明日の佐賀の気温は33度にもなるそうです。
7月下旬の気温です。
体がついていくのに大変な毎日です・・・。




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