2018年09月20日

万国女医会

大橋リュフを調べていると、万国女医会との関わりが出てきます。

MEDICAL WOMEN'S INTERNATIONAL ASSOCIATION

これを知りたいので、調べなければ・・・




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2018年09月19日

江副廉蔵について

本日、夕方のサガテレビで、幕末維新期の佐賀の人として江副廉蔵さんについて紹介がありました。

1週間ほど前に、南里邸、有田の香蘭社で撮影された映像も映し出されました。

3分程度なので限られた内容ですが、テレビ局でうまくまとめてくださっていて、江副廉蔵さんについて興味を持ってくださる人が増えるに違いないと思いました。


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2018年09月18日

『人生に悩んだら「日本史」に聞こう』

本日は草取り日和。
腰や膝をいたわりながら、ボチボチとやっています。

『人生に悩んだら「日本史」に聞こう』という本を読み始めたら面白くてたまりません。

こういう切り口で、佐賀の歴史を語れば面白いかもです。


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2018年09月17日

小出千之助のこと

本日、南里邸に来られたお客様が、小出千之助のパネルを見て「私の友達が小出千之助の縁者でした。彼女が載った新聞記事も持っておりますよ」とお話され、ビックリしました!!

佐賀新聞のサイトに、その新聞記事もありました!!
こちらです。

この時のこと、よく覚えています!!
このブログが繋いでくれたご縁でした。

これを機に、疎遠となっていた縁者の方々が次々とわかってきました。
小出千之助のことを誇りに思っておられ、落馬事故による突然の死を残念がっておられた縁者の皆さんは、昨年は千之助のお墓のある多聞院に集まり、150回忌法要を執り行われました。

明治維新150年の今年は小出千之助没後150年の年でもあります。

南里邸では、10月20日に『佐賀縁の人々を偲ぶ講演会』を予定し、小出千之助についても語っていただく予定です。

不思議な縁を感じます・・・。

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2018年09月16日

佐賀藩の技術・・・

本日は蒸し暑い佐賀でした。

南里邸では、今日もとっても密度の濃い佐賀談義が出来ました。

南里邸では、明治になる以前に海外を見てきた佐賀の人々を紹介しているのですが、その中に、万延元年(1860年)に幕府の遣米使節の一員として、また慶応3年(1867年)のパリ万博に参加した小出千之助がいます。

小出千之助のパネルには、遣米使節団はワシントンで特許庁を訪問し、当時の特許庁長官から特許関係刊行物を贈られ、佐賀藩は同様の図書を購入してきた事が『工業所有権制度百年史』に書かれていることを紹介しています。

その辺りの事に凄く注目してくださって、たまたま立ち寄った南里邸で、そんな事を話せるとは思わなかった!と喜んでいただけました。

他にも、写真のことや、佐賀藩の様々な技術についてお話を聞かせて頂きました。
また来てくださるそうです。

横浜から2度目のお客様もあり、いろいろな話で盛り上がりました!!


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2018年09月15日

佐賀の軽便鉄道の話

今日は暑さがもどってきました。
南里邸の開館日です。

今日も様々な方々が見えられました。

今日、お客様とお話している中で、高尾から崎村まで走っていた軽便鉄道の話が出ました。
軽便鉄道は、軌道の幅が狭い鉄道で、全国各地にあったようです。

この鉄道を実際に利用した事のある、故斎藤章先生からいただいたお手紙を、再度紹介します。
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現佐賀市高尾⇔崎村間に大正末頃から肥筑軌道株式会社経営の軽便鉄道がありました。昭和9年ごろ廃業となり線路も回収されました。社名の如く肥前より筑後久留米まで開通を目的に設立されましたが資金不足の為廃止のやむなきに至る。大株主は巨勢(真崎鉄工所)、蓮池(郵便局、大地主横尾佐一郎)、蒲田津(田中伝次郎酒屋)、崎村(多額納税者兵動氏)他に小株主多数あり。社長は兵動氏だったと思います。
東川副小学校では遠足のときは蓮池駅→高尾で下車して徒歩。佐賀駅から川上軌道(電車)に乗って淀姫さんまでこれは3年生。4年生は武雄まではじめて汽車に乗る。5年生は大宰府行き(二日市で降りて歩いて行く)、6年生は博多まで汽車、市内は電車で日蓮さんまで。いつも帰りは晩くなるので父兄が蓮池駅に来てまっていました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今となっては大変貴重な資料です。
斎藤先生に色々と教えていただいたこと思い出します。

ちなみに、肥筑軌道は神戸にあった総合商社鈴木商店と深いかかわりが合ったようで、鈴木商店を紹介するサイトに、肥筑軌道について、も詳しく書かれています。
斎藤先生のお手紙にある関係者名は、地元の方々のお名前ですが、鈴木商店のサイトにはこれらの方々のお名前はなく、鈴木商店関係者のお名前が沢山あります。

鈴木商店のサイトはこちらです。
写真もありますので、是非ご覧ください。

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2018年09月14日

久米島と南里邸

今夜はサガテレビで「わがまま 気まま 旅気分」が放送され、南里邸もちょっぴり出ました。

小島よしおさん、石本愛さんにいろいろと南里邸のパネルを紹介したのですが、小島さんの出身地久米島の話で盛り上がっている南里邸が映し出されました。

九州内のフジテレビ系列のテレビ局で順次放送されるとのことです。



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2018年09月13日

フィラデルフィア博覧会土産のシャンデリア

昨日は有田で明治期の輸出有田焼を沢山見せていただきました!!

香蘭社は電信線架設に必要な碍子を磁器で製造する事に成功し、大きな富を得て、美術品の製造に資金を沢山まわし、輸出品を沢山製造していたようです。

香蘭社の貴賓室のバルコニーから正面にある磁器碍子工場を見ながら、いろいろ説明をしていただいて、とてもラッキーでした。

何の目的で行ったかというと、テレビ局の方たちと一緒に香蘭社の貴賓室のシャンデリアの撮影です。
幕末維新期の佐賀の人として江副廉蔵さんをテレビで取り上げられることになり、明治9年のフィラデルフィア博覧会に香蘭社の通訳として参加し、香蘭社の人たちが土産に買ってきたシャンデリアです。

江副廉蔵さんは佐賀出身の人ですが、活躍の場は佐賀以外なので、県内に残る数少ない縁の品のシャンデリアの紹介です。

江副廉蔵さんについて興味を持ってくださる方が増えると良いな~と思いながら、有田を楽しんで来ました。

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2018年09月12日

初の女子東京大学生は?

本日の佐賀新聞の地域の話題に南里邸パネル展が紹介されていました。
先日、リポーターの取材を受けたものが記事となっています。

好奇心旺盛なパネル展の主催者の思いを、とってもよくまとめてくださっていて、嬉しいです。

私は来館者の皆様に、黒田チカさんについて説明するときに、初めての女子帝国大学生となった人である事を紹介し、女子の入学を最初に許可したのは東北帝国大学で、大正2年の事であると強調して説明しています。
そして、東京大学に女子が入学できるようになったのは、昭和21年の事だと付け加えています。

ところが、今日の記事の中では、東大に女子が受験できるようになったのは昭和22年の事となっていました。
私が間違っていたのかと確認したところ、正解は昭和21年でした。

下記のサイトに当時の新聞の記事も紹介されているので間違いないと思います。
是非、ご覧ください。
男女共同参画オフィス

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2018年09月11日

カリフォルニアのワイン王 長沢鼎

先日、南里邸に見えられたお客様より、カリフォルニアで有名なワイン商となった長沢鼎のことを聞きました。

薩摩藩が1865年にイギリスに送り込んだ留学生の一人です。
留学当時14歳。本名は磯永彦助。

1867年にアメリカに転学。後に、カリフォルニアのワイン作りに貢献し、生涯アメリカで暮されたそうです。
ゆかりの醸造所やブドウ畑が昨年の大きな山火事で全部焼けてしまったそうです。

長沢が実際に使った刀や袴なども展示されていたけれども全て灰となりとても残念とのことでした。

長沢鼎は薩摩スチューデントと呼ばれる人の一人で、一番若かった人です。

長沢鼎については、2009年に東京新聞に連載されていたようで、ひょっとしたら、私は切抜きを持っているかもしれない・・・
でも、探し出せそうにない・・・









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2018年09月10日

長崎街道歩き

爽やかな一日、窓から入る風が冷たく感じられ、猛暑の日々が恋しくなりました。

本日の南里邸には、長崎街道を自転車で旅する方が立ち寄られました。
仕事の休日を利用し、少しずつ街道踏破をされているとのこと。

街道踏破を計画し、南里邸の前を通る方は多く、これまで何人もの方が南里邸に立ち寄っていかれました。
みなさん「いや〜小さい頃遊びに行った田舎の祖父母のうちのようで懐かしくホッとする!!」と皆さん言われていました。

長崎街道歩きを計画されている方々、南里邸が開いておりましたら、どうぞお立ち寄りください!

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2018年09月09日

目から鱗

昨日、南里邸でお聞きした話の中に丹頂鶴のことが出て来ました。

丹頂鶴は、北海道の釧路湿原に飛来し、飛ぶときはかなり助走をつけないと飛び上がれない。
だから、年賀状のイラストなどに松の木にとまる丹頂鶴の絵があるけれど、あれはあり得ないとのこと。

私は今まで、何の疑問も持たずに見てきたイラストだけれど、目から鱗が落ちる思いで聞かせていただきました。

いろいろな方から多種多様直話を聞くことはとても面白い!!



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2018年09月08日

大阪から2度目のお客様

今日は雨で、寒いと感じる佐賀でした。

本日は南里邸の開催日。
大阪から2度目のお客様がありました。

一度目も沢山お話が出来、とても楽しかったのですが、本日もまた沢山情報交換が出来、とっても勉強になりました。

特に、台風の直撃を受け、停電。
情報が全く入ってこず、どういう状況になっているか判らなかった。
災害時には食糧と電気は自前できるようにしなければいけない。

そして、今回一番役に立ったものは、ソーラー式の充電器であったと、リュックの中から出して見せてくださいました。
P1120699
成程!!

これはとっても大事なことだと思いました!!

他にもたくさん、お聞きしたこと、ボチボチ紹介していきます。

bakumatusaga at 20:54|PermalinkComments(0)

2018年09月07日

『佐賀縁の人々を偲ぶ講演会』

10月20日(土)14:00から、南里邸主催の『佐賀縁の人々を偲ぶ講演会』は、

柳原三佳氏(ノンフィクション作家 万延元年遣米使節子孫の会 佐野鼎親族)の
「小出千之助と佐野鼎
〜幕末、遣米使節として2人が見た世界と英語教育にかけた思い〜 」



内藤徹雄氏(共栄大学名誉教授 佐野鼎研究会世話人)の
「EU統合思想の提唱者クーデンホーフと、その母光子」    

です。

ご興味ある方は、是非南里邸へおいでください。

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2018年09月06日

南里邸講演会

安政5年(1858年)に締結された日米修好通商条約は、批准書の交換はワシントンで行うとされたため、江戸幕府は米国に使節団を派遣することとなりました。
これが、万延元年(1860年)の遣米使節団です。使節団は帰りにはアフリカ経由。世界を一周してきます。

当時、日本では西洋といえばオランダでした。しかし、使節団は最早世界に通用する言葉はオランダ語ではなく英語だと痛感して返って来ました。

この時の使節団77人のうち、7人が佐賀藩からで、小出千之助はその一人です。
小出千之助は、英語教育の必要性を説き、佐賀藩の英学校設立につなげました。

小出千之助が使節団で特に親しくしていたという、金沢藩から参加した佐野鼎は、東京神田淡路町に共立(きょうりゅう)学校を創立しました。この学校は現在の開成学校で、東京大学合格者数が全国一。

佐野鼎研究会の方々が、さが幕末維新博見学のため、佐賀に来られることとなり、では、南里邸でお話をしていただこうということになり、10月20日(土)14:00から、講演会を開くことにしました。

どんなお話しが聞けるか、とても楽しみです。

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2018年09月05日

南里邸『佐賀縁の人々を偲ぶ講演会』

南里邸では10月20日(土)に、『佐賀縁の人々を偲ぶ講演会』を企画しています。

現在、南里邸で紹介している人物のうち、小出千之助(万延元年(1860年)の幕府の遣米使節の一員としてアメリカに派遣され、その後1867年のパリ万博に佐賀藩派遣団の通訳として参加)とクーデンホーフ光子(オーストリア=ハンガリー帝国伯爵夫人。祖父が佐賀の人)について、講演をしていただく予定で進めています。

詳しくは、このブログでもボチボチと紹介していきます。

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2018年09月04日

「秋山春海」

「秋山春海」とは人の名ではなく、有明海沿岸地域で言われていた天気に関することわざで、秋雨は北の山の方から降りだし、春雨は有明海の方から降ってくるという表現だそうです。

風邪をひいてしまって、全快まであと一歩・・・

ゆっくりのんびりと、一日を過ごしました。



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2018年09月03日

鹿島の犬塚家のお墓

昨日、南里邸に、大隈重信の妻であった美登さんのお墓を訪ねたいとおっしゃる方が、ゼンリン地図を持ってお見えになりました。

ご先祖が、美登さんの再婚先の犬塚家と関わりが深かったそうです。

犬塚家のお墓は、鹿島の祐徳神社の向かいの山をくねくねと登ったところで、何度行っても迷うところで、地図で追って行くのは大変・・・。

で、やっと見つけました!

私は鹿島市古枝鮒越と思い込んでいたのですが、地図により鹿島市浜であることがわかりました。


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2018年09月02日

日の丸の旗

以前よりとっても気になっていることがありました。

それは日の丸の旗について、です。

万延元(1860)年の遣米使節の折、ニューヨークのブロードウェイでアメリカの軍隊や市民に熱烈歓迎を受け、行進をしている幕府の使節団の写真があるのですが、この写真には沿道のビルにびっしりと日の丸の旗がはためいているのが写っています。

日の丸っていつから使われているのだろうか・・・。那須与一の扇の的あたりなのだろうかと、漠然と思っていたのですが、やっと判明しました!!

国旗の寸法などは、明治3(1870)年1月の太政官布告による「商船規則」の中で、商船に掲げる国旗の寸法を公示しているそうで、明治になって定められたとのこと。

ところが、幕末の嘉永7(1854)年、幕府は「異国船に紛れざるやう日本総船舶印は白地日の丸幟」と定めて諸藩に布告しているそうで、この時から日の丸は日本のしるしとして対外的な意味を持ったと書いてあるのを見つけました。

なるほど・・・。これで納得できました!!

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2018年09月01日

ローストビーフ用皿

今日は雨になり、幾分涼しくなった佐賀です。
南里邸もお客様で賑わって来ました。

ところで、昨日のこのブログで紹介した、窪みのあるお皿のことですが、この種のお皿は現在アメリカではローストビーフを盛り付けるお皿として市販されていると教えていただきました。

肉汁が窪みにたまる仕組みです。

成る程・・・勉強になります!

bakumatusaga at 20:46|PermalinkComments(0)