2018年12月19日

庭仕事の続き

本日は庭仕事の続きです。

終わりが見えないけれど、少しずつでもやるしかない・・・
それにしても、木々の生命力は強い・・・

明日は雨とのことなので、休止です。


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2018年12月18日

庭仕事・・・

このところ、お天気がすっきりとしなかったのですが、今日は青空が見えたので庭仕事。
茂りすぎた山茶花、オガタマノキ、椿などを自己流に剪定・・・

山茶花は樹齢100年以上。元々分家の敷地にあったものを、我が家に移植したらしい。
幹はかなり大きくなっているのだけれど、入り口にあり邪魔なので、枝はいつもバッサバッサと切っております・・・
山茶花は毛虫がつくので寒くなってからでないと扱えません。

オガタマノキは初夏にバナナの匂いのする花を咲かせます。
かなりばっさり切っても、直ぐに茂ってしまいます。
もっと切りたいのだけれど、花芽は少しは残しておきたい・・・

椿も蕾を残して、バッサバッサ・・・

ロウバイにはサネカズラが巻きついて、昨年はほんの少ししか花が咲かなかったのですが、今年はかなり蕾があり、楽しみです。

明日も続きをやりましょう・・・

雨が降りませんように・・・


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2018年12月17日

大隈熊子と佐賀縁の女たち

12月14日付の産経新聞、九州・山口総合版に、大隈重信の長女、熊子のことが大きく載っています。私も取材に協力したので記者さんが送ってくださいました。

女子教育振興に尽力した熊子さんのこと、大変興味深く読ませていただきました。

今年南里邸で8ヶ月間開催してきたパネル展で紹介した7人の佐賀縁の女性たちの生没グラフに、熊子さんをプラスしてみたら、接点があったに違いないと思いました。
佐賀の女性生没グラフその2

南里邸で紹介してきた7人は次ぎの7人です。
鐘ヶ江録子 嘉永5(1852)年〜昭和15(1940)年・・・雙葉学園の創設に寄与     
夫鐘ヶ江晴朝は佐賀出身の医者。西洋のマナーや言葉を学ぶ女子のための学校を創設。

石井筆子 文久元(1861)年〜昭和19(1944)年・・・教育と福祉に捧げた鹿鳴館の華
佐賀藩出身の夫亮一と夫婦で築いた知的障害者のための滝乃川学園は東京国立に今も存続。

クーデンホーフ光子 明治7(1874)年〜昭和16(1941)年・・・黒い瞳の伯爵夫人
父青山喜八は佐賀出身で、東京の骨董商。オーストリア=ハンガリー帝国の伯爵と結婚。

江木欣々 明治10(1877)年〜昭和5(1930)年・・・多彩な才能でスター的存在
父関新平は佐賀藩出身で愛媛県知事。多彩な才能を持ち、大正の三美人の一人。

日下部米鶴 明治15(1882)年〜昭和31(1956)年・・・ 愛に満ちた外交官婦人
父江副廉蔵は佐賀藩出身の実業家。外交官夫人として国際交流に貢献。

黒田チカ 明治17(1884)年〜昭和43(1968)年・・・理系女子のシンボル
佐賀市松原町生まれ。父は旧佐賀藩士黒田平八。女子帝国大学生第1号の理学博士。

大橋リュフ 明治32(1899)年〜平成8(1996)年・・・ 米、独、日で医者をした医学博士
佐賀県太良町生まれ。父吉原真隆は僧侶。患者に頼りにされる女医を目指して留学。





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2018年12月16日

「阿由葉レツ刺繍展」

本日は、南里邸の研修会!

P1130082P1130086P1130088山口亮一邸で開催されている「阿由葉レツ刺繍展」へ行ってきました。
本日が最終日のこの展覧会の事は先日佐賀新聞で知り、とても気になっていたのです。刺繍そのものにも興味があったのですが、主催者の原岡さんは南里邸での私たちのパネル展を見に来てくださった方で、色々とお話を聞かせていただいたことをおぼろげながら覚えていたからです。

で、急遽、南里さんと二人で出かけました。
まず、刺繍に驚きました!!
刺繍展については、こちらをご覧ください。

絹糸で織られた生地に絹糸で施す日本刺繍とは全く違うのです!
晒の布に、隅々までびっしりと刺繍が施され、中心となる部分には少し光沢のある刺繍糸が使われているようですが、バックはびっしりと、しつけ糸で、まるで油絵のように色を重ねてあり、気取らず、ふっくらとしていて、とても温かみのある感じで、今までに見たことがない技法だったのです。

呉服にくわしい南里さんによれば、帯に施す刺繍に似ているとのことでした。

これらの刺繍を残された阿由葉レツさんは、1993年に97歳で亡くなられ、同居されていた息子さんたちがこれらの作品をお持ちだったのだけれども、レツさんの姪に当る原岡美佐子さんに託されたとのこと。

美佐子さんのお嬢さんや姪御さんたちが発起人となり、今回の展覧会を開催されたそうです。
レツさんに繋がる家系の方たちの温かさに触れる展覧会でした。

で、私はこれらの刺繍を、レツさんがどんなヒントをもらってつくりあげられたかが気になりました。

レツさんは1923年に、栃木県足利出身の夫を亡くし、佐賀に戻り、母親のハルさんと一緒に暮されたとのこと。
この、ハルさんの叔母に当る方が、鍋島直正の娘貢姫に仕えた幾山なのです。
鍋島直正が愛娘貢姫に当てた手紙には度々幾山の名が出てきます。

原岡さんが南里邸にお見えの時に、幾山に繋がる系図を見せていただいたので気になって、今日も見せていただきました。

で、原岡さんの母方の祖父は秀島周道とあり、お墓は山口亮一邸のすぐ隣にある泰長院にあるとのこと。
南里邸の二人は、刺繍展の帰りに泰長院にも行ってきました。

なんと、江副廉蔵の父、江副道保のお墓の直ぐ側だったのです!!
江副道保は貢姫の指南役でもありました。

なんだかとても深いところで、みんな繋がっているような気がしてなりません・・・







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2018年12月15日

南里邸企画の思わぬ効用

今日は佐賀近代史研究会の定例会に、久々に参加することが出来ました!!

本日は大正6年3月の佐賀新聞から拾い上げた記事で年表を作る検討会でした。
とっても地道な作業ですが、とっても勉強になります!

今日検討した記事の中に、今泉良子が出て来ました。この人は佐賀の農業にとって、とっても重要な人物なのですが、資料が少なく分からない事が多いそうです。

今年6月、南里邸に先祖が佐賀出身なので、佐賀の維新博を見に来られたとおっしゃる親子がいらっしゃいました。ご先祖のお名前をお聞きすると今泉良子と言われ、私は驚きました!
近代史研究会で度々聞く名で、私が担当した新聞記事にも色々記述があったからです。

連絡先を教えていただき、その後資料を送ったり、連絡を取り合っていましたので、本日の研究会ではそのことを伝えました。そして、その場で連絡をし、今泉良子さんのご子孫と近代史研究会をつなぐ事ができました!!

南里邸での企画がこんな所でも役立つ事ができ、嬉しい限りです!!




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2018年12月14日

トルコの話

本日はトルコのトプカプ宮殿の学芸員のお話を聴く機会を得ました。

トプカプ宮殿はオスマントルコ皇帝の住まいだった所で、1299年の建国から1922年まで600年以上続いたオスマントルコの宝物がたくさんあり、1日10000〜15000人の観光客が訪れるそうです。

オスマン帝国の初代皇帝は、オスマン。
オスマンの父がエルトゥールルだそうです。

オスマントルコの最盛期は16世紀で、ヨーロッパからアジア、アラビア、北アフリカに及ぶ広大な領土を持ち、1922年の滅亡後、64カ国ができたそうです。

興味深かったのは、オスマン帝国の皇帝の妻は外国人から選んだことや、羊を食し、羊は骨まで捨てることなく食することなどなど・・・。

今日はガラスの小さなカッブを小さな焼物のお皿に乗せてトルコ流のチャイをご馳走になりました。
また、宿題も頂きました・・・

この数日間、CDやDVDと格闘して、一番の教訓は、音声や映像で記録したものから必要なものをピックアップするというのは大変で、時間を多く費やすという事。しかも、それを人に伝えるのはもっと大変。一番確実なのは紙媒体で、気になることは、その場で単語だけでよいから記録する事が一番効率が良いということ!!


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2018年12月13日

EUの礎を築いたクーデンホーフ

本日も寒い佐賀でした。
雨は降らなかったのですが、どんよりとして、洗濯物が乾きません・・・

欧州連合EUのことが色々と話題になっています。

EUの礎を築いたリヒャルト・クーデンホーフは、クーデンホーフ光子の二男です。

10月20日の南里邸の講演会では、EUについての研究者内藤徹雄先生は、クーデンホーフ光子の祖父青山喜八は、佐賀の出身で東京に出られているので、光子には佐賀人のDNAが4分の一、リヒャルトには8分の一存在しているとお話されました。

クーデンホーフ家の血統には、オランダ、ドイツ、ロシア、ポーランド、ギリシャの血筋が流れ、リヒャルトさんには2分の一日本の血も流れています。
リヒャルトさんは民族、人種にとらわれず、妻の女優イダ・ローランはユダヤ人です。

EUのことも気になるようになってきました・・・。



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2018年12月12日

疲労感・・・

今日も寒い佐賀です。

地デジは、ディスクレコーダーを通じて、見ることができました。
普段はディスクレコーダーを使うことはほとんどないので、リモコンの扱いになれず、大変です。

DVDに記録したテレビの番組を、パソコンでコピーしようと思ったけれど、出来ない・・・
何で出来ないのかいろいろ調べて、結局、著作権の問題だとわかりました。

色々と勉強になりました。

佐賀のテレビの情報を、遠くに住まわれている関係者の方に見ていただこうと思ってやり始めた作業だったのですが、伝えることは難しいです。

講演会の記録のボイスレコーダーの音声は、途中で音がとても小さくなって聞き取りにくかったので、音声を増幅したいと思い、あれこれやった分は、うまくCDに記録でき、車で聞いています。
EUのことや、ヨーロッパの事、政治と経済など、とても勉強になる内容です。

年をとると、運動後数日して筋肉痛になるようですが、脳も同じで、時間差で疲れが出てくるのでしょうか。
今日は動き回っていたのに、頭がボーっとする感じです。




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2018年12月11日

一難去ってまた一難・・・

本日は雨・・・
コタツに入っての作業に専念することにしました。

テレビに録画していた番組をブルーレイディスクレコーダーにダビングする事ができずに困っていたのですが、ここはクリアできました!!
取扱説明書を見ながら、ネットワークの接続、設定を確認して解決しました。
大きな大きな進歩です!!

ブルーレイディスクレコーダーの番組を編集してDVD-RWに焼き付ける事も出来ました!!

とっても気をよくしていたところが、テレビの地デジが受信できなくなってしまいました・・・

どうして??

一難去ってまた一難・・・


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2018年12月10日

寒い・・・

今朝は寒く、洗濯物を干す手が凍えました・・・
先日は夏のように暖かかったのに・・・
気温の乱高下に体が順応するのは大変です。

家の周りの田んぼでは大豆の刈り取り作業が続いていましたが、今年は不作とのこと。
植物は人よりも環境に順応するのにもっと大変だと思います。

明日は雨とのこと。
平年並みに寒くなることでしょう・・・


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2018年12月09日

冬瓜

本日は妹がやって来ました。

先日叔母からもらった冬瓜を半分もらってもらいました。
この辺りの冬瓜は「とーが」とよび、大人の頭の2倍はあるほどの大きさで、真っ白い粉を吹いています。
冬瓜そのものは淡白で味がないので、鶏肉や豚肉などと一緒に煮るととっても美味しいし、ナマスにしても美味しいです。

大きすぎて、小さな包丁では切り分けづらいし、皮も硬く剥くのは大変なのですが、私たちにとってはとても懐かしい味です。
小さい頃は、何処の家にも、冬瓜がゴロゴロしていましたが、最近は丸ごとの冬瓜を見ることはほとんどありません。祖母や母を思いながら明日は双方冬瓜の煮物ですね。








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2018年12月08日

コタツムリ・・・

本日もほぼ一日コタツに入ってパソコンとにらめっこです。

日頃使い慣れないソフトを扱うのは一苦労です・・・

音声や映像として記録を残す事に挑戦しているのだけれど、なかなかうまく行きません。一つ一つ原因を探し出して、解決していくしかないので、ブツブツ言いながら座りっぱなしです・・・

少しずつ前進しているはずなのだけれど、結果をだして見てもらわねば人には伝わらないです。
見ていただきたい人がたくさんいるから、もう少し頑張ってみようと思います。

明日は少し動かねば!!



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2018年12月07日

ひと仕事を終えて・・・

頼まれていた原稿を、締め切りよりも随分と早く提出し終えました!
私にとっては珍事です。

さあて、あれこれやりたい事がいっぱいあります。
年明けには町歩きのガイドを引き受けたり、あちこち行きたいところがあるので、足腰も鍛えねば!!

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2018年12月06日

女性の博士の学位取得の大変さ

本日はぐずついたお天気の佐賀でした。
頼まれていた原稿に取り掛かったら、あーでもないこーでもないと思いあぐね、結局一日中コタツに座りっぱなしでした・・・。

女性博士について調べてみました。南里邸で紹介してきた佐賀に縁ある女性7人のうち、理学博士の黒田チカさん、医学博士の大橋リュフさんがいます。私たちは彼女たちのことを「博士の学位を取得し・・・」と淡々と説明してきたのですが、女性が博士の学位を取得する事がどれ程困難なものなのか知りたいと思いました。

調べてみたら、昭和12年4月20日までに学位を取得した日本の博士は文系も含めて12,356人いるとのことです。
このうち女性は21人で、黒田チカさんも大橋リュフさんもこの中に含まれます。
数字を見るだけで、女性が博士になることがいかに大変なことであったかがわかりますし、佐賀って男女共同参画社会に向けても先進的な県だったのかもと思いもします・・・。

せっかく知りえた情報、きちんと伝えたいと思うから、残しておかなくては・・・




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2018年12月05日

エリザシドモアの記事

本日も暖かい佐賀です。

1898(明治31)年1月22日付けの HARPER'S WEEKLY にエリザシドモアの、日本の陶芸家についての記事をながめています。

佐賀県庁を訪ね、田辺知事から歓迎を受けた事が書かれています。
田辺知事は、明治27年1月に第5代佐賀県知事に就任し、次ぎの大山知事の就任は明治29年8月です。

その頃の佐賀のことがアメリカで紹介されているのです。

英文の記事なので、単語の拾い読みですが、面白いです。

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2018年12月04日

師走・・・

今日もすっきりしないお天気で、暖かすぎました・・・
晴れ間がのぞいたかと思うと、午後には、風雨が激しくなったり、師走らしくありません・・・

あれこれ走り回って、本日も忙しく過ごし、頼まれ事は大分はかどりましたが、まだまだです。

今年は、明治150年にちなみ、南里邸(佐賀市柳町)でパネル展を開いた事で、あちこちで急展開があり、急に忙しくなった感があります。
主婦としてもこれからとっても忙しい!
肩肘張らず楽しいことを見つけ出すのが得意な南里・末岡のおばさんコンビなのですが、肩が凝り、首が回らずケトプロフェンのお世話になっています。



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2018年12月03日

雨・・・

今日は雨の佐賀です。
12月というのに、こんなに暖かくて良いのかと心配になります・・・

一雨ごとに寒くなっていくのでしょうか・・・

雨の中、真っ赤に紅葉したハゼの木が美しいです。



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2018年12月02日

氏神様のお祭り

P1130036P1130043bad7ce2b本日は12月の第一日曜日。
私の住む地区では、氏神様のお祭りです。
東野ヶ里(とうのかり)という地区で、条里制名残の地名であると言われていますし、200年前の伊能忠敬の地図にも東野ヶ里村の地名があります。
古くからの土地の人は「とーのかい」と発音します。

氏神様は地図や鳥居には武内神社とありますが、白髭大明神の額が掛かっています。地元の人には「しらひげさん」または「おみやさん」で通用します。

ここは神埼荘(かんざきのしょう)。平安時代〜室町時代にかけて肥前国にあった荘園で皇室領であったそうです。
平安時代には日宋貿易の拠点であったそうな・・・

本日のお祭りは収穫に感謝する神事ですので、新嘗祭の流れをくむものなのでしょうか?

今では新しい住宅が沢山建つ地域ですが、神事は古くから住む人たちが簡略化しながらも担っています。

先日、ユネスコの無形文化遺産に登録された「見島(みしま)のカセドリ」に隣接する地域でもあります。

今日は我が家は施主でした・・・。




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2018年12月01日

窯焚き見学

今日から12月。なのに、とっても暖かい佐賀でした。

P1130017P1130021P1130028窯焚き中の、陶芸家の岩田義實さんに鹿島のミカンの差し入れをしてきました。
窯焚きの見学は初めてです。

3日間の窯焚き。一昨日に火を入れ、夜はやすみ、再び昨日の朝から夜通しで焚いているとのこと。
窯は岩田さんの手作りです。
温度は1160℃。もう少し高めたいのだけれど、久々の窯焚きなので、なかなか上がらないそうです。

燃料の薪はスギとマツ。
マツのほうが高温になるとのこと。

温度を見ながら蓋をあけて薪を補給。薪を補給すると真っ黒な煙が昇り、炎も上がってきました。

窯焚きは、焼物作りの最終段階。

思い通りの色に仕上げるのはとっても難しいと聞くし、思いも寄らない素晴らしい仕上がりとなったと聞くこともあるし、火を操るのはとっても難しいと思います。

窯の中の作品、どんな変化をしているのでしょうか・・・

窯の前でおにぎりと豚汁をご馳走になりました!

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2018年11月30日

忘年会

今夜は忘年会でした。
高校を卒業して以来45年にもなりますが、たまに集まって旧交を温めています。

今日集まった仲間の一人が、初代佐賀県令鎌田景弼の縁者です。
鎌田景弼の功績の一は、佐賀市構口から神埼橋までの8kmの直線の国道です。
日本で一番初めに自動車が走ったのは、1898年1月に、フランスからの車が築地-上野の間で試運転されたのが最初です。
鎌田景弼は、今の佐賀県がスタートした明治16(1883)年に県令(県知事)として赴任してきて、21(1888)年、現職中に亡くなっていますので、鎌田景弼が国道を計画した当時は道路を往来していたのは人と馬でしょうか・・・?
そんな中で、鎌田知事はモータリゼーションを予見していたのでしょうか?
佐賀の発展のためには道路の建設が必要であると地図に定規を当てて真っ直ぐに線を引き、道路を計画した鎌田景弼の先見の明には驚きます。

鎌田景弼の縁者である友人も面白い発想をする人で、血は争えぬ・・・ってことでしょうか・・・

私が鎌田景弼のことを知ったのはこの友人からです。
身近な友人から様々な情報を得られ、とっても面白い・・・




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