2017年02月21日

米国の日系人の歴史

今朝の新聞で、第2次大戦中の日系人強制収用の特別展が、アメリカの博物館で始まったそうです。

1942年に大統領令で、アメリカ在住の日本人は敵性外国人として、砂漠に建てられた収容所へと送られた歴史があります。
昨今の情勢の中、差別の悲劇を繰り返さないでほしいと訴える展覧会のようです。

『コルマの丘に眠る』の著者久保三八子氏は1917年ロサンゼルス生れ。
両親は明治時代にアメリカへ移民。

本の中に、カリフォルニアの日系人が開いた延々と続くオレンジ畑を見て、巨木の根を起こし、掘れども掘れども出てくるのは石の塊ばかりの荒野を、名前でなく「イエロー」と呼び捨てられ、ヨーロッパ移民よりも賃金が低く、一段と過酷な条件を押し付けられるなど、あらゆる苦難と屈辱に耐えて、カリフォルニアの大沃野を生み出した日本人移民の血と汗との歴史のことが書かれています。

日系人の強制収用以前の歴史の一端を知ることができました。

bakumatusaga at 22:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月20日

『コルマの丘に眠る』

本日はひどい雨でした。
年明け以来計画してきた、我が家のリフォーム工事が大雨の中始まりました。

私は邪魔にならないように、コタツで読書・・・

先日来気になっいるのが、野田音三郎なのですが、米国カリフォルニアのコレサで稲作に従事したとあり、 以前、『コルマの丘に眠る』という本を読んだことがあったので、何か関係はないだろうかと、読み返してみました。

この本は、明治時代にアメリカに移住した佐賀出身の方の娘さんが書かれたもので、移民一世の気概と困難等についてもかかれていました。

著者の久保三八子氏は1917年ロサンゼルス生れ。
著者の母、久保綱子は佐賀鹿島の医師久布白勝太の次女。
文学を通して有島武郎や与謝野晶子らとも交流があったようですし、アメリカでは新渡戸稲造とも行き来があったようです。
鍋島直縄とのエピソードも出てきます。

明治36年に移民としてアメリカへ渡った俳人下山逸蒼は著者の実父。
逸蒼は「水平一線かぎるまま帰らぬ故郷」と遺し、サンフランシスコ郊外のコルマの丘の国際共同墓地に眠られているそうです。 

野田音三郎を調べていて出てきた、コレサはコルマのことだろうと思います。

この本を紹介してくださった方は、昭和の時代にアメリカでのビジネスに成功をされた方で、「排日運動の高まりの中で苦労した移民一世の人たちのことを思うと涙が出てくるよ」と言われていました。






bakumatusaga at 21:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月19日

佐賀の出来事

今日も昨日に引き続き、良いお天気の佐賀でしたので、久々に家の外回りの掃除・・・
風が結構強く吹いていました。

ところで、昨日の佐賀市街地、お昼過ぎに通ったところ、物々しい警備で、いったい何事かと思いました。
県内一周駅伝大会の警備にしては、機動隊のバスが連なっているのは変だし、政府の要人でも来るのだろうかと思うほどでした。

今朝の新聞で、玄海原発再稼動阻止の集会、デモ行進の警備のためだと知りました・・・
主催者発表は1800人の参加。

佐賀で、あれだけの警備を見たのは初めてです。警備の訓練もされていたのでしょうか?


bakumatusaga at 19:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月18日

公民館掃除

昨日はとても暖かな一日でしたが、今日は冷たい風が吹く佐賀でした。

今日はご近所さんと3人で公民館掃除。
最近はお隣でもめったに顔を合わせることがなく、「元気だった〜」とご挨拶。

集落で当番で清掃するのは公民館と氏神様です。

氏神様はクリークと木々に囲まれているので、夏場は蚊に悩まされ、落ち葉の季節は掃いても掃いてもきりがない・・・。それに比べると、今日の公民館の清掃はとても楽でした・・・。

庭の梅に花が咲き、レースのカーテン越しに見て、思わず雪かと思ってしまいました。
草の青さも目立ってきました。



bakumatusaga at 22:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月17日

野田音三郎

モントレー湾でのアワビ漁について、かかわりの深い野田音三郎(佐賀県小城郡南多久村出身)について、webで調べてみました。

1869(明治2)年生まれ。1885年 25歳で渡米。労働者の斡旋や開墾を請負。モントレー海岸で大量のアワビの存在を知る。当時、アメリカにアワビを食する習慣は無し。日本の農商務省にモントレーでのアワビの養殖の可能性について、政策提言。技術者、専門家の派遣を要請。
1897(明治30)年千葉の小谷仲次郎、安田大助、安田市之助、山本林治が漁業、製造監督のため渡米。
日本人排斥の気運の高まりの中、小谷らはAMアランの協力でポイントロボス缶詰会社設立。
反日キャンペーンが高まる中
1907(明治40)年小谷仲次郎帰国。
1915(大正4)年 サンフランシスコでアワビのステーキが紹介される。
1942(昭和17)アメリカ大統領行政命令で日本人の強制立ち退き。アメリカでの日本人の漁業は完全消滅。

一方、野田音三郎は、1912,13年、カリフォルニアコルサで稲作に従事。
ということは、カリフォルニア米にも関わりが深いということでしょうか?
1914年4月23日没です。

多久市制70周年の人物史にも記述があるそうです。
確かこれは見たことがあるのだけれど、資料が見当たりません・・・。

やっぱり、幕末に海外を見ていた佐賀の人々は、明治に海外に出て行って先駆的な仕事をしている・・・と思えます。



bakumatusaga at 21:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月16日

モントレー湾での鮑漁

アメリカ西海岸のモントレー湾での鮑漁に佐賀出身の野田音三郎が深く関わっていること、もう少し調べてみたいものです。

bakumatusaga at 20:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月15日

佐賀城下ひな祭り

佐賀城下ひな祭りに行ってきました。

徴古館では学芸員の方から説明を聞くことができ、いっそう興味がわいてきました。
長崎街道周辺のお雛様も見ごたえがあり、楽しめました。

長崎からのお客様を案内したのですが、「こんなに多種多様なお雛様を、趣のある所で見ることができるとは思わなかった」と喜んでいただけました。



bakumatusaga at 21:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月14日

今日は鐘ヶ江晴朝の命日

明治14年の今日、2月14日に鐘ヶ江晴朝は亡くなっています。
芝浦に海水浴場を造って3年目、志半ばの死でした。

生年が分からないので、おいくつであったか分かりませんが、まだまだ活躍が期待される若さであったと思います。

若くして亡くなった方も、後世に伝えられ、歴史に残ることは少ないです・・・


bakumatusaga at 22:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月13日

忘れられた佐賀の人

鐘ヶ江晴朝は、日本で初めての海水浴場を、東京芝浦に造った佐賀藩出身の医師です。

明治7年に東京へ出る以前は県立好生館病院の医師をしていて、いろいろな記録に名前のある人なのですが、いつの間にか佐賀では忘れ去られた方のようです。

明治11年に東京で海水浴場を開き、明治14年に志半ばで亡くなり、東京青山霊園にお墓があります。
この頃、佐賀県は長崎県に併合されていたので、墓地にも海水浴場開設願いにも、長崎県士族となっています。
このことが、佐賀出身者として認知されないことの一因だと思います。

もっと沢山の佐賀出身の方が忘れ去られていると思えてなりません。




bakumatusaga at 22:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月12日

鐘ヶ江晴朝との出会い

鐘ヶ江晴朝との出会いは、返す返す不思議だったと思い起こしています。

たまたま、道祖元町を私が散策しているときに、向こうから歩いてきた方に声をかけられ、道を聞かれたのですが、その方が探しているところに私も興味があったので、一緒に探して歩いたのです。
歩きながら、いろいろ話が弾んだのですが、その方は、佐賀出身の鐘ヶ江録子について、調べているとの事でした。

鐘ヶ江録子とは聞いたことがあるお名前でした。有田の歴史民族資料館の季刊紙「皿山」に、鐘ヶ江録子の名があり、サンモール修道会を後援し、築地に仏語学校を開いたことなどが書かれていたのを、江副廉蔵さんのお孫さんが見つけ、廉蔵さんの娘たちはこの仏語学校で学んだと教えてくださっていたからです。

「鐘ヶ江録子を知っている佐賀県人にはじめて出会ったよ!!」と、道祖元町で出会ったNさんは大喜びでした。
で、連絡先を交換したのです。

翌日資料を持って行ったら、また大変喜ばれました。
で、話が弾み、録子が関わった仏語学校は後の雙葉学園であることや、夫も佐賀の出身で鐘ヶ江晴朝といい、医者で、東京芝浦に海水浴場を造った人だと教えていただきました。

それで、鐘ヶ江晴朝に興味を持ち、佐賀医学史研究会に問い合わせをしても最初は分からなかったのですが、その後、日本初の海水浴場を開いた鐘ヶ江晴朝の論文があると教えていただき、いろいろ分かってきました。

そんなわけで、いろいろな偶然が重なって、次々に鐘ヶ江夫妻について分かってきたのです。

こうして明らかになってきたのは、鐘ヶ江夫妻のことをもっと知ってほしいと、守護の天使の悪戯したのかもしれません・・・
きっとそうだと思います・・・










bakumatusaga at 23:46|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月11日

唐津炭田

朝は雪が積もっていた佐賀です。
天山は真っ白でした。

今朝の新聞に唐津炭田の記事がありました。

唐津は享保年間に燃える石が偶然に発見され、炭層が地表に近かったので採炭も容易だったため、1788(天明8)に唐津藩が、九州の諸藩に先駆け石炭採掘に関する法令を定め、専売化したそうです。

4年ほど前に、佐賀近代史研究会の見学会で、炭鉱跡を見に行ったことを思い出しました。

写真は第三抗の入り口跡と、その近くで見ることができる石炭層です。
P1080137 (1024x768)P1080138P1080150

昭和の時代には、ボタ山が沢山あったのですが、今は見ることはありません・・・

bakumatusaga at 18:43|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月10日

今日は時折雪が舞う佐賀です。
風も強く、寒い寒い・・・

今、ひどく吹雪いていますので、積もりそうです。
今夜は水道管が破裂しないための対策を講じなくては・・・

週末は家に篭るしかなさそうです。

bakumatusaga at 15:47|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月09日

今季一番の寒波

今季一番の寒波襲来とのこと、寒いです・・・

風も強く、自転車の方たち、辛そうです・・・

雪雲が山を包み、天山が真っ白く見えます。

明日の朝、雪が積もっていなければ良いのですが・・・

bakumatusaga at 20:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月08日

唐津へ

本日は急遽、唐津で、「大隈重信と江副廉蔵」の題でお話をしてきました。

我が家から唐津までは、車で2時間弱。とても急なことだったのですが、何とか対応でき、ホッとしました。

一時期、自分の気力、体力が著しく後退したと感じることがありましたが、すぐに動けたことで、回復してきたことを実感し、嬉しくなってしまいました。

受講生の方々から、イチゴやふきのとう、手作りのクッキー、加部島産の落花生などを頂き、どれもこれもおいしくて、また唐津に行きたい!!と思います。

bakumatusaga at 23:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月07日

観梅

P1110506本日は、福岡県みやま市に梅の花を見に行きました。

長い歳月を掛けた大きな大きな見事な盆栽の梅を、100畳の座敷に沢山並べてあります。
中には8メートルも枝の張った梅を鉢に上げ、盆栽に仕立てた梅もあり圧巻です。
管理に、どれだけ気を使っていらっしゃるのでしょうか!!

梅だけでなく待つの盆栽も沢山。
普段は2人で管理され、座敷に並べたりするときには、6人ほどで作業をされるとの事でした。

まだ蕾が多かったのですが、ほんのり梅の香が漂い、素敵な空間でした。
P1110510


bakumatusaga at 21:59|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月06日

嬉野観光・・・

「うれしのあったかまつり」の、ランタンのアート「なまずの寝床」の写真が、とても素敵で、行って見たくなります。

嬉野は温泉とお茶で楽しめるところです。
12日まで・・・行けるといいのだけれど・・・

bakumatusaga at 22:02|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月05日

佐賀は世界を見て・・・

昨日いただいた大きな大根、半分をおでんに使いました。
とってもおいしいです。

佐賀の「明治維新150年」のキャッチコピーは「その時、日本は佐賀を見ていた。佐賀は世界を見ていた。」です。

明治期に、たくさんの佐賀の人々が海外に出て行って活躍したのは、幕末期から世界を見ていたからかもしれません。

進取の精神、どこから来たのでしょう・・・



bakumatusaga at 20:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月04日

嬉野茶

今朝の佐賀新聞、明治維新150年の特集は、「パリ万博の残映 嬉野茶、挑戦の歴史脈々」。
嬉野茶をいただきながらとても興味深く読みました。

午後からは友人宅へ伺い、話題が尽きない楽しい会話。
「高度経済成長期に育った私たち世代は、あんまり苦労することなく育ったせいか、ピリッとした人があんまりいないね〜」と言われました。
そうかもしれない・・・

帰りに、家庭菜園でできた大きな大根をいただいてきました。
みずみずしくておいしそうです。明日、おでんにしようと思います。









bakumatusaga at 21:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月03日

大隈重信旧宅

今日も良いお天気の佐賀でした。

大隈重信旧宅の保存修理工事が完了し、11日から一般公開されるそうです。
これまでは、イベント時に一般公開されるのみでしたが、耐久性が高まったので常時公開されるとのことです。

大隈重信の佐賀時代の妻、美登さんはこの家で家事に子育てに励んでいたことと思います。

そんなことを思いながら、また訪ねてみたいと思います。

bakumatusaga at 21:52|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2017年02月02日

明日は節分

今日は澄んだ空気に青空が広がり、遠くの山が近くに見える佐賀でした。

明日は節分。引き続き良いお天気で、今日よりも暖かくなるそうです。

そんな天気予報にうれしくなります・・・


bakumatusaga at 20:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)