2017年08月12日

長崎街道境原(さかいばる)宿

今朝は先ずお墓掃除。墓地全体の草取りは地域の人たちの共同作業で終了しているのですが、自分の家のお墓の掃除のために箒と雑巾を持っていってきました。
先日の突然の大嵐で墓石が倒れたと聞いていたのですが、正しくは大嵐で倒れた木の撤去作業中に、墓石が巻き込まれて倒れたとのことで、納得。

昨日、中原製麺のご主人との話の中で、長崎街道境原(さかいばる)宿の話が出ました。
ここは、他の宿と違って古い建物は一軒もありません・・・。
何故ならば、佐賀の乱で焼き払われてしまったところだからです。
また、ここには中地江川もあるので、水運の便もよかったはずです。
商家がたくさん並んでいたようで、今も間口の狭い細長い敷地が並んでいます。

森鴎外の「井沢蘭軒」という作品の、その49には、この宿にある浄覚寺というお寺のことが出ています。
ご主人は現在浄覚寺の檀家の役員をされているそうで、興味深そうでした。

ちなみに森鴎外の後妻志げは、佐賀藩士荒木博臣の娘で、鴎外は佐賀とのかかわりが深いのです。





bakumatusaga at 21:55│Comments(0)

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