庭のゲットウ江戸時代に海外を見た佐賀の人

2017年12月06日

草場佩川と杵島炭坑のつながり

今日は昨日よりはちょっと暖かい感じの佐賀でした。
日中、佐賀市の市街地を車で通りましたが、まだ師走の実感がありません・・・

さて、今朝の新聞に草場佩川の書画の最高傑作について、の記事がありました。

草場佩川は佐賀藩校弘道館の教授を勤めた人で、当時の日本を代表する儒学者の一人。
1787(天明7)年生まれで、1867(慶応3)年没。

肥前の炭坑王高取伊好は佩川の甥にあたるそうです。

杵島炭坑は、高取伊好が、1909年(明治42)、当時北方村大字志久にあった諸炭鉱を買収統合し、本格的開発が緒につき、1919年(大正8)の出炭量58.6万トンは県下の約27%を占め、三菱の相知・芳谷の大炭鉱を上回ったとのこと。

杵島炭坑のことを知りたいと思います。


bakumatusaga at 22:51│Comments(0)

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