有明海の貝馬渡八郎の墓

2018年05月16日

ゆめさが大学での話

本日はゆめさが大学で「佐賀に縁ある女たち」の話をして来ました。

ゆめさが大学は、佐賀県長寿社会振興財団が運営する大学です。
1学年に4クラスあって、私は年間1クラスにつき1コマずつ、4クラスでお話をしています。
今日は、今年度最後の4クラス目でした。

「どうして女性といわずに女と題しているか?」と質問がありました。
「女性」という言葉は何か改まった感じを受けるので、あえて「女」とし、身近に感じてもらいたいという意味を込めていることをお伝えしたところ、納得していただいたようです。

紹介したのは、今、南里邸でパネルで紹介中の、鐘ヶ江録子さん、石井筆子さん、クーデンホーフ光子さん、江木欣々さん、日下部米鶴さん、黒田チカさん、大橋リュフさんです。どの人をとっても、当時の一般的な人から見れば飛びぬけた存在ですが、身近に感じていただきたいと思うのです。

理系女子のシンボルとして今日に伝えられている黒田チカさんは、帝国大学と初めて女性に門戸を開いた東北帝国大学に大正2年に入学し、初の女子帝大生となりました。
ちなみに、東京大学が女子に門戸を開いたのは昭和21年(1946年)のことなのです。
女子が帝国大学(国立大学)に入学できるようになって、まだまだ歴史が浅いのです。

女医として活躍された大橋リュフさんは東京女子医専を卒業し、大正9年に産婦人科医として就職しましたが、当時女医はとっても稀有な存在で、男性医師に比べれば頼りにならない存在として患者たちは見ていたようです。
患者が頼ってくれるような医者になりたいと思った彼女は、海外留学を志し、アメリカ、ドイツで医学の勉強をして来ました。

受講生の皆さんに、そんな彼女たちの生き方の一端をお話できてよかったな〜と思っています。



bakumatusaga at 21:06│Comments(0)

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