守護の天使の悪戯・・・神埼の藤山種広

2018年06月14日

条約批准書の交換

安政5年(1858年)に締結された日米修好通商条約の批准書の交換はワシントンで行うとされたため、万延元年(1860年)に江戸幕府が米国に使節団を派遣したのが万延元年の遣米使節団です。

先日の米朝首脳会談の様子をテレビなどで見ながら、こんな風にして幕府使節団正使の新見正興は、アメリカのブキャナン大統領と条約の批准書を交換したのかと想像してしまいます。
使節団副使村垣範正が書き残した日記には、ワシントンでの様子が次のように書かれているそうです。
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3月28日は大統領との会見の日だった。3人の使節は武家の正装の狩衣(かりぎぬ)に萌黄色の烏帽子(えぼし)をかぶり、立派な飾り太刀をつけた。お付の役人も夫々その格により布衣(ほい)や素袍(すおう)、麻裃で正装した。儀仗兵や騎兵隊、楽隊と共に条約批准書を入れた飾り箱が 進み、お付の役人と共に夫々一人づつ米国の案内人をつけた3使節の馬車が続いた。
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今、南里邸では、この幕府派遣団の77人の内、7人の佐賀藩士について紹介しています。

bakumatusaga at 22:13│Comments(0)

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