平林伊平の洋食器直彬さんの事

2018年11月06日

初代佐賀県令鎌田景弼の仕事

本日も、とってもよいお天気の佐賀でした。
今日は、南里邸企画展にご協力いただいた諸所へお礼とご報告に行ってきました。

佐賀県立博物館、佐賀城本丸歴史館などでは、企画展等々を見ながら、研修です。

私が知っている限り、佐賀城の鯱の門前の天守台には、協和館が建っていました。
協和館は和風の建物だったと記憶しています。

が、洋風の建物が建っている写真があり、よくよく説明を見ると、佐賀県佐賀地方測候所です。明治23年、樺山知事のときに建てられたようです。

この辺りのことを調べてみると、
明治17年に県令鎌田景弼が佐賀測候所を設立し、同年9月1日から観測を開始したが12月の九州地方暴風で観測機器が破損し、廃止された。
明治20年に、国は測候所の位置を佐賀市に指定し、明治23年8月1日佐嘉城天守閣跡に「佐賀県立佐賀2等測候所」を設置。
その後、昭和13年4月菊に佐賀市赤松町10番地(現、佐賀市城内2−8−14)へ移転。
となっていました。
明治17年に設立された佐賀測候所の位置は何処なのだろう・・・

一方、協和館は明治維新以降の公共建築として最初に建てられもので、初代佐賀県知事が明治19年に松原二丁目に公会堂式の大衆も使える建物として建設されたもので、社交場としても利用されたことから、佐賀の鹿鳴館と呼ばれていた。
明治27年に佐賀市が佐賀県から買収し、佐賀市庁舎として利用されることになったが、その後は佐賀県及び佐賀市有を繰り返しながら、昭和32年に、建物は佐賀城天守台に移築され、集会施設として利用されていた。
平成16年佐賀城本丸歴史館の開館に伴い解体された。
とのこと。

私が覚えている協和館は、佐賀城天守台に建っていた頃で、お城だと思っていました・・・。
大学生の頃は、コンパで利用した記憶ありです。

それにしても、佐賀県が長崎県から分離した明治16年に、初代県令(知事)として赴任した鎌田景弼の仕事、多岐にわたって、大変だったことでしょう・・・

ちなみに今日のランチ、佐賀城前のレストラン、佐賀レトロ館でした。
佐賀レトロ館の建物の歴史は
明治20年 警察部庁舎として現在の県庁本館付近に建築 。
昭和11年に警察本部の建て替えに伴い現在地へ移設 。
その後、佐賀県蚕糸取締所、佐賀地方経済調査庁、視聴覚ライブラリーなどとして活用 。
平成21年「さがレトロ館」として活用開始。

これまた、鎌田知事の時代の建物でした!!

今日は鎌田景弼さんを身近に感じる一日でした!!





bakumatusaga at 22:48│Comments(0)

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