黒田チカ没後50年 黒田チカを語る会初代佐賀県令 鎌田景弼

2018年11月09日

構口(かまえくち)から神埼橋まで

本日は佐賀市の構口(かまえくち)から、神埼橋まで車で走りました。
この道路、初代佐賀県令の鎌田景弼氏が造った道路です。

地図に定規でまっすぐな線を引いて造ったと言われるこの道路、交通量が多く、今では拡幅され、バイパスとの合流点などふくらみがあったりしますが、ほんとに真っ直ぐな道路である事を実感できるのです!!
距離は約4.5キロメートルあります。

鎌田景弼は、今の佐賀県がスタートした明治16(1883)年に県令(県知事)として赴任してきて、21(1888)年、現職中に亡くなっています。
当時は車などない時代だから、道路を往来していたのは人と馬かな・・・?

そんな中で、将来を見越し、佐賀の発展のためには道路の建設が必要であると地図に定規を当てて真っ直ぐに線を引き、道路を計画した鎌田景弼の先見の明には驚きます。

ところで日本で一番初めに走った自動車のことが知りたいと思ってwebで検索すると、1898年1月に、フランスからの車が築地-上野の間で試運転されたのが最初とされると知りました。
なんと、鎌田景弼が亡くなって10年後です・・・。

一事が万事、景弼さんは先の先まで見越して、県政に尽力されたのだと思います。
だから、県民にとても慕われた知事だったのです。

でも、今ではそのことを知る人はほとんどないと思います・・・。

多くの佐賀県民が今も利用しているこの道路の歴史を知れば、佐賀の歴史に興味を持つ人も増えるのではないでしょうか。



bakumatusaga at 22:05│Comments(0)

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