難しい油の話が続きます。  

 これから油脂の劣化の話をします。これを理解するためには最低限の有機化学の知識が必要になります。僕自身、大分苦労してやっとわかるようになりました。数回にわけて傷んだ油の害について説明していきます。
 出来る限り簡単に説明しますが....、それでもやはり小難しいのよね〜...油篇  

 まずは劣化した油を食べるとどんな症状が起こるのかお話します。

  長い間保存したり、光や熱を加えて油脂の品質が悪くなることを「変敗」といいます。変敗した油脂はれっきとした中毒物質で「食中毒予防必携」という本にもボツリヌス菌やダイオキシンと堂々と肩を並べています。
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 代表的な食中毒の事例としては昭和39年のインスタントラーメンによる食中毒があります。

 これは同年6月21日〜8月26日の間、インスタントラーメンに含まれる油脂の劣化によって引き起こされた食中毒事件です。大阪府・京都府等、関西地域を中心に69名が腹痛、 下痢、嘔吐等の中毒症状が出ました(1)。

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 この事件を契機にインスタントラーメンの品質管理がクローズアップされ、翌年10月にはJAS規格が施行されています。これはかなり厳しい規制でその後はインスタントラーメンによる中毒の報告はないようです。

 めでたし、めでたし....でしょうか。

 たしかに、昭和39年と比べて現在ではかなり油や油を使用した食品に対する規制が強くなっているのでこのような集団食中毒は見られなくなっていると思います。

 しかし、おそらくは劣化した油が原因だろうと思われる胃腸の症状を訴える患者さんはたくさん外来に来ます。

 劣化した油の害はトランス脂肪酸と比べてわかりやすいです。食べてから短時間で吐き気、食欲不振、腹痛、下痢、胃もたれなどの症状が出てきます。食中毒たる所以です。

 だけど、集団で来ることはありませんし、はっきり食中毒というほどの強い嘔気・嘔吐、腹痛、下痢などが起こるわけでもありません。なんとなく気持ちが悪く、食欲がはかばかしくないという程度のことが多いです。

 さらに、同じものを食べても多くの人は大丈夫で、症状が出るのは普段から胃腸が弱い人だけです。そこ食べ物が悪いとは考えず、自分の胃腸が弱いのが原因と思い込むことが多いです。まして医者は想定さえしていないことがほとんどです。

 ある70代の女性が急に胃がもたれて食欲が無くなったと訴えて受診されました。よくよく話を聞いてみると法事で天ぷらを食べた後に症状が出ていました。だけど、他の人は大丈夫だから「天ぷらが原因」とは思わないのです。この患者さんのカルテをさかのぼってみると半年くらい前にも同じような症状がありその時は外食で牛丼を食べていました。
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 症状が半日や1日で治まれば病院にまでは来ません。「胃腸が弱い」人は劣化油のダメージを週単位で引きずるようです。

 「他の人は大丈夫」→「だから、自分は病気」→「胃癌でもできていないか心配だ」というようなストーリーで来るのです。そんなことを一年や半年ごとに繰り返している人も結構います。

 そうすると医者の方でも望まれるままに血液検査をして胃カメラをオーダーします。ほとんどの場合はたいした所見は見つかりません。

 こういった劣化油に弱い人が本当に「胃腸が虚弱で不健康」なのでしょうか?

 僕も以前はもっと食べ物に無頓着でした。家族が不在の時などはコンビニ弁当やコンビニの菓子パンや出前ピザで数日暮らすこともありました。それでも、特に胃腸の調子が悪くなることはありませんでした

 しかし、この数年、食べ物に気を遣い、運動を心がけ、規則正しい生活を心がけてきました。自分なりに「命を育んで」来たと思います。

 ところが先日ちょっと(?)お酒を飲んで夜遅くなり、おなかが減ったのでついつい近くのコンビニに行ってカロリーの高そうな菓子パンを数個買って食べてしまいました。

 舌の先ではジャンクではありますが確かにいくらか「美味しい」とも感じました。だけど、舌以外の体は拒否反応を示し、すぐに気分が悪くなりました。
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 そして次の日、日課のランニングをしました。予定では20KMくらい走るつもりだったのですが、5KMを過ぎた位からなんだか吐き気がしてきてどんどんスピードが落ちました。そして7KMに達すると吐き気がひどくてとても走れない状態になりました。仕方ないのでほとんど歩いて家に帰りました。こんなことは1年半前に走り始めてから初めてのことでした。

 一定の期間にわたって体によい食べものを食べ続けていると、体に悪い食べ物には身体がとても敏感になります。体に悪いものはそもそも本当に美味しいとは感じなくなるし、そういう食べ物が咽から下に落ちていくとなんだか胃腸の動きが止まってストライキを始めたように感じるものです。

 ひと言で言って「身体が受け付けない」のです。

 これは身体が研ぎ澄まされて毒になるものに対して敏感になっているのだと思います。

 これは身体の智慧ともいうべきものです。

 だから、平気で外食や市販の揚げ物を食べられる人が本当に「胃腸の強い」元気な人なのかどうか? とても疑問です。

 テレビや雑誌でいろいろな医療情報の断片が氾濫しています。体調が悪くなるとすぐにいろいろな病気が心配になって病院にかかる人がいます。

 たしかに誰でもどんな病気にでもかかる可能性はゼロではありません(「男性の子宮癌」のようなものを除いて)。こういう心配性の患者さんが心配している病気のために何か検査をせざるを得ない場合が少なくありません。まれに本当の病気が見つかることもありますがほとんどは異常がありません。そういう意味で検診となんら変わりはないと感じます。

7 本当に具合が悪くなったら病院に行くことも大切ではあります。しかし、その原因が生活の中にないかどうかを自分で考えることも同じくらい大切だと思います。

 これは特に「生活習慣病」に当てはまります。衣食住、仕事、身体活動、社会生活などの生活の乱れから生じてきた病気は本来は生活の改善で治すものだと思います。それで、どうしても必要なら最低限の薬を使うのがよいと思いま
す。薬だけではけして健康を育むことはできません。

 生活を見直す力と適切な医療の利用は健康の両輪だと思います。

 若年女性に多い「過敏性腸症候群」と診断されている場合でも食べ物が原因のことがあります。

 数年前から外来で診察している過敏性腸症候群の30代女性はしょっちゅう便秘、下痢、腹痛を繰り返していました。この腹痛があんまり激しくて何回か救急車を呼んだこともあるくらいです。

 僕は漢方が専門ですから初めはいろいろな漢方薬を試し、いくらかは症状が軽くなりました。ところがそれから長い間、進展がありませんでした。あるとき食生活を思い切って変えることを提案しました。過敏性腸症候群ではスタンダードなアプローチとしていくつかの食品を控えるように勧められているからです。それまでは彼女はファストフードやスナック、お菓子をよく食べていましたが、動物性脂肪(魚を除く)は極力避ける、特に乳製品はできれば一切摂らないようにするように勧めました。

 もちろん、はじめのうちはなかなか徹底できませんでした。だけど、そうやって意識するようになると、患者さん自身が、確かに動物性脂肪やスナックなどを食べた時にひどい腹痛や下痢が起こる、摂らないでいるとあまり症状はなくあっても軽いことに気づくようになりました。

 それからは大きく食生活が変わりました。

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 今ではあまり薬を使わなくてもひどい症状は起こらなくなりました。

 このように揚げ物や油を多く含む食べ物、特に外食や弁当、スーパーの惣菜などで買ったものを食べると胃腸の調子が悪くなる患者さんが一定の割合でいます。こんな人でも自宅で良い油を使って揚げれば案外大丈夫だったりするのです。

 こういう患者さんたちは「胃腸虚弱」とか「過敏性腸症候群」というよりは

「劣化油症候群」

と呼んだ方が適切だと思っています。


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 次回は油脂の劣化についてちょっと詳しく説明します。何で市販の揚げ物がよろしくないかということを理解する基礎知識になりますが....、

 ごめんなさい...。

 やっぱり小難しいです。

1)「国内で発生した事故・事例を対象として 食品安全に係る情報の収集と提供に関する調査報告書」(内閣府食品安全委員会の報告書、2005)
*文献名をネット検索してPDFのリンクに飛ぶとすぐにダウンロードされます。