バリ島のブログ!バリチリ家の人々

バリ島現地旅行会社バリチリのスタッフが、
バリ島情報をあれやこれやとご紹介いたします。
週替わりのテーマに沿って、それぞれが自由にお伝えしていきます。

2016年12月

2016年は世界情勢の劇的な変化のはじまりの年として記憶されるかもしれません。

 

インドネシアやバリ島にとっても高い成長がはじまって以来、はじめて経験する「停滞」や不況を誰もが認めざる得ない年になりました。一方でバリ島リゾートエリアでは近代的リゾートの大きな流れが決定的となった年といえるかもしれません。

 

バリチリは過去14年間ビジネスそして趣味も兼ねて、バリ島リゾートを追かけてきました。数えきれないリゾートの視察の中で、庭やガーデニングの話には、かなりの頻度で名前がでてくる造園家(造園会社)がありました。また初期にはバリハイアットやオベロイなど特定のホテルに「特に素敵だね」と思う共有イメージのホテルがあり、後に気がつくのですが、「特に素敵だねのホテル」がマデ・ウィジャヤの造園したホテルの割合が高すぎて、偶然とは思えないものであることがわかりました。
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【マデ・ウィジャヤ氏】

すなわちバリチリが「素敵なホテルだね」と感じたものの多くにこの造園家が携わっていたことが後からわかります。またさらに彼が携わったものでなくても彼の造園を模倣した造園を「いいね」と多く感じていました。
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【フォーシーズン・ジンバラン】

すなわち彼の造園(ランドスケープ・ガーデニング)は30年前から高級リゾートの多くを手掛け。現在のバリ島リゾートのイメージの大きな部分を創造したランドスケープデザイナーだったのです。外国人が「バリ風の建築・造園」といった場合ほとんど彼の影響を受けてたものではないでしょうか?バリ島リゾートの建築造園の巨人と言えます。

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【フォーシーズン・ジンバラン】

今年、その世界的に有名な造園家マデ・ウィジャヤ(63歳)がシドニーで9月に亡くなり、10月にはバリ島で火葬のセレモニーがありました。

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【フォーシーズン・ジンバラン】

オーストラリアで生まれ、マイケル・ホワイトと名付けられた彼は、43年前の1973年に初めてバリに旅行した。バリ島に住むという夢を追求し、後に彼はバラモン族の養子になり「ウィジャヤ」という名前をもらい、バリ・ヒンドゥー教に改宗しました。

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【アマンダリ】

彼の初期のプロジェクトはバリハイアットとバリオベロイの庭園をはじめ、アマンダリ、フォーシーズンジンバラン、ブルガリ、サンティカビーチ、ヌサドゥアビーチ、ティルタバリ、ウエスティンなど数えきれないバリ島リゾートの造園を担当しました。

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【アマンダリ】

そして彼の最も有名なプロジェクトは、プライベートカリブ海の島のMustiqueにある英国のシンガーソングライターDavid Bowieのバリ風の家の庭でした。彼の最も誇るバリ島の庭園のコンセプトは、おそらくフロリダのナポリ植物園のLea Asian Gardenセクションだったと言われています。MadeWijaya社は、東南アジアからオーストラリア、インド、スペイン、モロッコ、ベリーズ、メキシコ、米国に至るまで、約600の庭園を設計したと推定されています。
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【ブルガリ・バリ】

マデ・ウィジャヤの自宅はサヌールのダナウポソからすぐ入った弊社の近くでした。一生涯彼がサヌールを愛したのは分かる気がします。
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【オベロイ・バリ】

彼は人目をはばからないゲイカルチャーの信奉者でした。ここでゲイとはもともとの語源である「お気楽」「しあわせ」「明るく楽しく」「いい気分」「目立ちたい」ために男性が誇張した女性性を演出するスタイルをさします。ここではホモセクシャルか否かの問題ではありません。
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【オベロイ・バリ】

ホモセクシャルではない男性でも多くが「ゲイ」に目覚めることが多いと聞きます。男性が好きだから女性の恰好をするのではなく、男性である自身が女性の恰好をしたら、なんだかかいつもより軽い気分になれた。など日常生活での重い男性性の苦しさにはじめて気がついた。すなわち男でも女でもなく「ゲイ」という生き方のスタイルかもしれません。

 さまざまな悩みや不安を抱えて生きていたのに人前で「ゲイ」として生きて(演技して)た瞬間から軽やかになり不安も消える。一瞬にして幸せになれた。ひとは自分の創った物語の中かで演技し、その中で苦しみなかなか抜け出せない。しかし「ゲイ」としてはっきり演技して、おばかだが、明るい、悩みがないキャラを設定してみると本当にそうなる。よって一瞬にして苦しみから解放される可能性がある。

またこのとき、はっきり日常の自分は苦しみを社会や環境の中ではあるが、ほとんど自分自身で不幸物語を作成していることを自覚する。自身が創った重苦しい「主体性」から解放された瞬間だ。

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【アラヤリゾート・ウブド】

またバリ島のヒンドゥー共同体にふれると、先進国の生活の中で自身が作成している重い近代的物語から解放されることおが多い。またバリヒンドゥーの葬儀をはじめとするセレモニーに参加すると「ゲイ体験」と同様に「セレモニー体験」が先進国での日常の苦しみから一瞬にして解放されることがある。共通するのは日常、重く苦しい「主体性」から解放される瞬間が発生したのである。

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【最後の作品となったアラヤリゾート・ウブド】

この意味で彼はバリ島において「重く苦しい主体性」から解放される方法を最低2つ知ったのである。生前彼はデンパサールやサヌールでローカルのスンバヤン(セレモ二―)に数えきれないほど参加した。かつ「ゲイカルチャー」の信奉者であることを一切隠すことなくセレモニーにおいてユニセックスファッションやゲイ表現を楽しんでいまいした。

ゲイとしてバリの葬儀に参加することは2重の意味合いで「重い主体性」からの解放であったと思える。

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【マデ氏が参加撮影していた無数の葬儀】

2016年は世界情勢の劇的な変化であり、2つの世界大戦よりさらにさかのぼり、「自由・平等・平和」の理念の近代政治のスタートであるフランス革命までさかのぼらなければならない、ほどの根源的な変化が起きているのかもしれません。よってその間にできた「民主主義」とか「人権」の理念などは、かなり早い段階で現在のような普遍性は薄まってゆくのかもしれません。

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【マデ氏は無数のスンバヤンを撮影】

バリ島に新国際ターミナル建設や高速道路計画によってインドネシア政府のバリ島投資の本気度が実証され、国内外から多くが投資されはじめたころから、ホテルやレストランの造りがバリ風なものから海外の一般的な建築が多く入り込むようになり、それに伴いホテルが造園や庭園などをつくらなくなっています。バリ島もやがて世界水準の普通のホテル建築でおおいつくされる日は近いと思われます。

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【マデ氏収集の石像写真】

旧バリハイアットの庭園とバリオベロイ、アマンダリ、フォーシーズンジンバラン、ブルガリ、他にも伝統的なバリ風なアヤナリゾートの庭園やタンジュンサリ、プリサントリアン又、愛すべきウブドのバリ風アコモ、これらのランドスケープや造園は現在の施設の老朽化とともにメンテナンスや建てかえをせまられます。また多くのホテルが立てかえの際には近代的な建築に切り替える可能性が高く、これらの内、残ったホテルは博物的価値が高くなってしまうかもしれません。

 

クタのサンティカビーチはマデウィジャヤ氏のランドスケープや造園は取り壊され、新しいホテルが今年完成しました。2016年に彼が亡くなったのはバリ風リゾートの大きなターニングポイントだったのもしれません。サヌールもクタも南部エリアもウブドも、かつてのバリ風の景観(当たり前)から、石や木などの素材を使用せず、新しい素材でシンガポールやジャカルタのような景観に近くなっていくのかもしれません。

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【マデ氏撮影木彫り写真】

先進国からバリ島旅行にくるツーリストは当たりまえですが、近代人特有の「重い主体性」も抱えて(自覚があってもなくても)やってきます。マデウィジャヤの創ったランドスケープは一瞬で「重い主体性」を解放するのに役立つ大きな力があると思われます。彼自身が「重い主体性」から解放される方法を経験していたに違いありません。広い土地や植物や池の在り方を「きれいなリゾートだね」と感想しますが、このときツーリストは少しだけ目覚め、少しだけ解放されるのではないでしょうか。

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【マデ・ウィジャヤ、サヌールの書斎にて】

人間はもはや自然にはかえれません、近代世界も疲れ生きにくい。マデウィジャヤは人口的な意識的なミニ自然をつくりました。人間がかつて失った楽園を再び創造したいと考えていたのかもしれません。私たちが3泊だけ楽園に居られる(宿泊できる)ように、そして、バリ島の楽園体験を通して帰国後も、いつでも楽園に居られるように。

 

 (写真一部:P.T.Wijaya Tribwana International

→マデ・ウジャヤとバリ島リゾート2016のご感想はこちら!


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バリの東部エリアには「本来のバリ島のイメージ」「バリ島らしいバリ島」がたくさんあります!バリ島旅行ではバリらしい場所とはウブドエリアが多く支持されているようです。

ウブドはのどかな里山と王族や芸術といったキーワードの通りの場所です。ウブドに住むバリ人の多くは王族を誇りとしているが分かります。これにシドメンをつい比較したくなるのですが、シドメンからは神の山アグン山が、かなり近く感じられ、バリヒンドゥーの総本山などにも近く、シドメンは神々があたりまえのようにいる村かもしれません。

南部エリアやウブドなどの都会からも離れた山々に囲まれた田園地帯です。最近できた一部のアコモやカフェなどを除くと1000年前からほとんどかわっていないのかな?と思われるようなところで多くの日本人が「なつかしい」といった感想をもちます。

昔のウブドも静かでしたが、それ以上にシドメンは静か!です。日本とバリ島の1000年前の姿であり、懐かしさもバリ人と共有できるのかもしれません。

下写真はシドメンのアコモが多いエリアですがこんな景観が広がる場所がたくさんあります。このエリアは稲作が本当に多いのでとても里山感がでています。
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だんだんになっている棚田もたくさんあるので嬉しい。これもバリ島を象徴している
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シドメンのアコモが集中しているエリアの看板
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この日はちょうど稲穂のコンディションがよかったのでじゃんじゃじゃーんといった感じの景観
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山々とココナツの木と田園と青い空、まぜか日本の田舎の真夏を想いだします。
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サワインダヴィラ、ヴィラといってもお部屋はヴィラっぽい造りではありません。3階建ての木造アコモですが、この方がシドメンに溶け込んでいるような気がします。
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「いっらしゃいませ」2階がレストランですよ。
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ガーデニングと田園と森林が一緒にみえた。
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「ジャンジャジャジャーン」な景観が目に飛び込んんできます。
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こちらサイドも、ようするに360度、山々に囲まれている。
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こちらのテーブルも違った山里景観
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同じテーブルでも違う角度からだと違うビューとなる(あたりまえですね)
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このレストランの前方に3階建てのホテルがあり、そこまで歩くのにもちょっとした散歩のよう、こちらも上方に山があります。自身の田舎にもみえますし、アルプスのハイジの村にもみえます。しかし、シドメンこそが最もバリ島っぽいとも感じてしまいます。
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この景観でお食事だとアクアも輝いてみえる。ここでお食事かカフェできるなら飲み物、食べ物は何でもよいという気分になる。
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こちらのスタッフさんは2年前に宿泊した際にお部屋で何か頼んだ方、下に前回宿泊のブログリンクにちらっと写っていました。他のホテルやカフェでも同じことがあったのでシドメン子は仕事を長くやるのかな?とか、シドメンの女の子は昔の日本人に似ているな、とかつらつらと思ってしまいました。
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カプチーノ
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パラソルを開くところ「ザバッ」
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レストランの全景、いいですね。
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こちらはテラス席のさっきのパラソル、パラソル1つでリゾート感がでますね。
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こちらからは全面的に近くの田んぼや畑や林や森が一望でき、また感じられます。ときどき農作業も観られるのです、農作業してらっしゃるのにこちらではお茶していると少し失礼ともおもわれますが、やはりなつかしく、なんとも長く長く観ていると(日本ではこんなチャンスはほとんどないように思われる)童心のころをおもいだすのです。
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こちらはレストランの小さなバー
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遠くの熱帯森林、近くの熱帯森林といってもちょっと日本っぽい(ヤシの木以外)
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畑もそのままで綺麗
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帰りたくない、また来よう!とおもいつつ「さようなら」
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サワインダヴィラを出ると通りは看板が多い、景色がよい場所なのでアコモやカフェが連なっている。最近突然看板が増えたのかもしれない。
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ジョグローデウマの看板
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ジョグローが売りのレストラン、たしかにシドメンにジョグローは凄いような気がする。

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おもったよりキチントした綺麗なジョグーだ。屋根だけであることを生かし360度の景観
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目の前が田園で下に川、そしてその向こうに山、山には里山の風景、こちらも小さな渓谷ですがウブド奥の渓谷と原生林ではなく人の生活も感じられる「里山」ビューが多いのです。
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→【シドメン】バリ島の中のバリ島は東部バリにあります!「後編」バリチリチャーターカーの旅

ちなみに2014年にシドメンに宿泊していました。
時間がなかったので同じアコモにしました。
以下はそのときのブログです。






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シドメン方面に向かうにはバリチリのチャーターカーが便利です!


→【シドメン】バリ島の中のバリ島は東部バリにあります!「前編」のご感想はこちら!
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