踊れないスチュワーデス物語

空の仕事のあれこれ、そしてつぶやき。 人気ブログランキングへ

一年ぶりに更新など・・・ 飛んでます&引っ越しました

気が付けば一年以上も放ったらかしにしていたこのブログ。 もう読んでくれている人なんていないはず・・・と怖いもの見たさで時々のぞいてみると、毎日必ず数十人の方が覗きに来て下さっている。 しかも、コメントを残して下さる方も。 そんな時の私は申し訳なさでいたたまれなく、その場で穴を掘って埋まってしまいたくなるほど…。 それでもやはり、一旦ブログから離れてしまうと戻ってくるのは本当に難しい。 かなりの気力が必要なのです。

そんな私が急にブログを書く気になったのは、ただ「急に書きたくなったから」。 思いつくのは、先週まで息をつく暇もなく忙しかったのが、ここ数日ぽっかりと何もする事がない日が続き、外は良いお天気、お散歩がてらに美味しいコーヒーを買いに行き、帰ってきたらあまりに気分が良くて、ふと急にブログが書きたくなった、のかも…。 気紛れすぎます、自分。

でもせっかく書きたくなったのだからこの際一気に書こう! 

という訳で、夏ももうそろそろ終わり。 アメリカでは子供たちが夏休みを終えて学校に戻り始めている。 飛行機も夏休みの旅行客で満々席状態が数ヶ月続いたけど、その喧騒も終わりに近づき、私達乗務員もホッと一息。

この数ヶ月、私は本当に有り得ないスケジュールで飛ばされていた。 人員削減がかなり進んでいる我が社では、少ない人員を最大限に有効活用する事に命をかけているらしく、クルーデスクも私達の契約違反ギリギリの所まで攻めてくる。 特にシニア達がバケーションに入る夏の間、ジュニア達は馬車馬のように働かされた。 6月、7月の私のフライトタイム、あと5分で契約違反。 有り得ないでしょ。 しかしこんなギリギリまで人員を使いこなすクルーデスクも、ある意味職人技かも…、と感心している場合ではない。 おかげで私達クルーの体はボロ雑巾状態なのだ。

5月の半ばから現在までに、

シドニー・メルボルン6日間を2回

国内線ドサ周り5日間を2回

成田・ソウル・台北6日間を1回

もう一度シドニー・メルボルン6日間を1回

ハワイ往復乗務(しかも帰りは深夜便)を1回

国内線ドサ周り3日間を3回

ロンドン3日間を1回

…と、これだけを飛ばされた私。 そして私の場合は、この他にハワイ−LA間のコミュートが入る。 4日間の休みは実質2日間になってしまう。 そして夏の間のハワイ−LA便は満席続きだ。 お客様用の座席を確保出来ず、仕方なくジャンプシートで飛ぶ事80%の確立。 しかもジャンプシートでは寝る事が許されない。 座り心地の悪いジャンプシートで、一睡もせずに6時間耐えるというのは、かなりの拷問に近いのだ。

おかげで体を休める暇もなく、この間に唾液腺が詰まって顔がおたふくのように腫れる事1回、あまりの疲労でもう仕事できましぇん状態に陥る事1回、計2回ほど仕事を病欠した。 私の記憶の中でもこんなに凄まじい数ヶ月を過ごした事は初めてだ。 一説によると、クルーデスクが6月7月にバケーションを許可し過ぎてしまい、予定よりも少ない人数でオペレーションを回さなくてはならなくなった、という事らしい。 もうちょっとー、クルーデスク、そういう事、ちゃんとしてよね!!

で、ようやく通常業務パターンに戻りつつある現在。 おかげで私もこうしてのんびりとLAのクラッシュパッドで仕事の入らない休日を楽しむ事が出来るようになった。

ちなみに、ハワイの我が家でもちょっとしたニュースが。 今まで住んでいたコンドミニアムを引越し、歩いて5分ほどのところにある2階建てアパートに引越しをした。

今までのコンドミニアムもとても気に入っていたのだけど、何せ大通りの大交差点に面していたので、騒音のうるささが尋常ではなかったの。 そして私達の部屋は7階にあったのだけど、どうやら鉄筋ビルの7階というのは反射音が一番入って来る階らしく、私達の部屋でも、大通りの向こう側の歩道で、携帯で話しながら歩いている人の話し声が普通に聞こえてくる、という不思議な現象にも悩まされた。

とにかくどんな音も入ってくるのでうるさい、うるさい。 休日の朝もゆっくり寝坊したいのに、朝から車の排気音で目が覚めるというのは、あまり爽やかなものではなかった。 しかもうちの夫の場合は職場が家の中なので、一日中家の中にいる夫が一番の被害者だったかも。

このコンドもとても良い物件で、良い大家さんと窓から見える壮大なマノアの山の景色とお別れするのは少し寂しかったけれど、とにかく静かな家を探そう、という事で新しい住みか探しを開始。 探し始めて数日後に、この新しいアパートと出会った。

古いアパートを全面改装したばかりのこのアパートは、中が二階建てで、アパートと言うよりはタウンハウスという感じ。 一階にリビングルームとキッチン、そして小さい小さいダイニングエリア。 階段を上って二階にベッドルームが二つとバスルームが一つ。 間取りとしては前のコンドミニアムと変わりはないけれど、一階と二階に分かれているだけで、かなり印象が違って広々とした感じだ。 しかも前の場所よりも収納スペースが多いのがありがたい。 キッチンも広くなったので、私としてはこれが一番嬉しいなぁ。

そして何より、今までのコンドから歩いて5分しか離れていないなんて信じられないほど静かだ。 アパートの裏にはアラワイ運河の支流が流れ、アヒルの家族が住んでいる。 その向こうは高校のグランドになっていて、日中は高校生がスポーツで汗を流すのが遠くに見える。 そしてその先にはダイアモンドヘッドの雄姿が。 今までの大交差点の風景からするとなんてのどかな風景だろう。 外をボンヤリ眺めているだけで心が穏やかになってくる。

夫が一人で初めてこのアパートを見学した日、私は仕事があったので行けなかったのだけど、ここの管理人さんと不動産屋さんが夫の事をいたく気に入ってくださり、私達の前にこの部屋の申し込みが3件ほどあったらしいのを全部断り、ぜひうちに、とおっしゃって下さったのだった。 しかも申し込みの列はその後にも30件ほど続いていたらしい。

管理人さんの叔父さんという人がここのオーナーで、日系1世の方なのだけど、戦中、戦後に非常な苦労をされて、その後に建築業界に入られ、「良い人達に、良い物件を、良い値段で」提供する事が彼の望みなのだと、その甥っ子の管理人さんがおっしゃっていたそうだ。 そのおかげでお隣さんやお向かいさん達も、とても良さそうな人達ばかり。 今までの高層コンドミニアムでは「お隣さん」なんて感覚すらなかったけれど、ここでは昔の日本の「ご近所さん」的雰囲気が残っている。

善良市民の夫のおかげ(?)で、とても素敵な物件を非常に良いお値段で契約させていただく事が出来た。

そして引越しの日。 歩いて5分のところだから引越しも簡単よねー、なんて高をくくっていたら、やっぱり引越しは大変だった! ソファーやベッドなどの大きいものはさすがに引越し屋さんにお願いしたけれど、後は全部自分達で。 少しずつ荷物をまとめて車に積んで、何度も何度も往復をしながらようやく荷物の引越しは終わり。 その時点で私はもう仕事に出なければならなかったので、疲れきった夫を一人残しLAへ。 残された可哀相な夫は、その後の片付けをすべて一人で終えてくれた。 持つべき物は出来た夫です。

今夫はウチの中で一番良い部屋を独り占めしています。 大きな窓の向こうには雄大なダイアモンドヘッドが眼前に迫り、眼下にはアラワイの流れ。 その窓際に机を据えて、せっせとお仕事に勤しむ夫。 引っ越して来て本当に良かったね。

私はまだあと1週間ほどハワイに帰れないのだけど、帰ったらいろいろとインテリアを考えるのが楽しみです!

ご無沙汰しております

再び「ブログ更新面倒くさい病」にかかっていた私。 いよいよ日本に住む親から「ブログ更新しておくれ」メールが届き、さすがの私も重い腰をよっこらしょと持ち上げる事に。 皆様お元気ですか? 毎日毎日こんなふがいない私のブログを覗いて下さって本当にありがとうございます。

私は今LAの空港オフィスの穴倉のようなクルーラウンジ(クルー用の休憩場所)で空港スタンバイ中。 朝7時45分から4時間。 もうすでに何事もなく3時間が過ぎた。 あと1時間で開放される〜。

さて、私がホノルルに引越し、LAベースにトランスファーしてから、すでに半年が過ぎた。 時がたつのは本当に速い。 この間、心配していたホノルル−LA間のコミュートも思ったよりもスムーズで、まさに「案ずるより産むが易し」だ。 でも十分に案ずる事も大切、と個人的には思うけれど。

そんな中、我が社では二回目のファーロー(長期無給休暇)が実施された。 前回は1550人がファーローされたのだけれど(この時は全員が希望者で、希望しない人の強制ファーローは避けられたの)、ファーロー後も景気が回復するどころか更に悪化し、客足の復活も会社の予想よりもだいぶ遅いという事で、更に600人が追加され合計2150人がファーローされる事になった。

我が社の規定で、一旦決まったファーローの人数を変える場合は、現在ファーローしている人達を全員呼び戻し、もう一度最初から希望を取り直さなければならない、という決まりがある。 前回のファーローは、例のウォールストリートの崩壊の直前だったため、今よりも景気も良く失業率も全然低かったので、たくさんの人が希望しファーローしていった。 ところが今回は未曾有の大不況の真っ只中。 家族や配偶者が失業中、という人が多い中のファーロー。 前回よりも希望者の数が大幅に低くなる事が予想されていた。

ファーロー前に会社が出した「希望者がゼロだった場合の予想される強制ファーローのセニョリティ」の中には、しっかり私も含まれていた。 こういう場合は社歴の低い順番に下から切られるので、今回は2000年入社の人達までが含まれていた。 焦ったのは私達ジュニア達。 私は2006年入社なので強制ファーローの可能性超大だったのだ。

ファーローを希望して取った場合、ファーローしている間も社歴を積み上げる事が出来、福利厚生をそのままキープ出来る、というメリットがある。 一方、強制ファーローされた場合は社歴はそこでストップ、福利厚生も取り上げられてしまう。 そこで2006年入社以下のジュニア達がこぞってファーローの希望を出した。 本当ならまだまだ飛び続けたいけれど、この不況の中、特に家族のいる人達は、健康保険を取り上げられてしまうというのは不安が大きすぎる(アメリカには国民保険というものは存在しないの)。 ファーローしても次の仕事が見つかる保障はまったくない中、本当にたくさんのジュニア達が(しかも私達はすでに薄給なのに)、本来なら希望しないファーローを希望せざるを得なかった。

一方の私はというと、持ち前の(?)大らかさというか暢気さというか考えのなさで、ファーローは希望しなかった。 もし強制ファーローされるのだったら、その時はその時。 無駄に不安になったり心配したりせずに、目の前に来る物に1つ1つ対処していこう、そう思っていた。

結果は会社が必要とした2150人に足る人達が(その大多数がジュニアだったけど…)ファーローを希望し、私は強制ファーローをまぬがれた。 本当にありがたいと思った。

もし私が今ファーローされたら、この失業率の高いハワイ内で仕事を見つけるのはほぼ不可能に近い。 出来るとしてもバイトを2つも3つも掛け持ちしなければならないような状況になってしまう。 私は自分の幸運に感謝すると共に、もうどうしようもなく、ファーローを希望する選択しか出来なかったジュニアの同僚達に心を馳せた。

彼らは今月末で最長2年半の休職に入る。 ある同僚は希望してファーローを取ったのだけど、その理由は現在ご主人が失業中だったから。 もしこれで彼女まで強制的にファーローさせられたら、今二人を支えている健康保険を失ってしまう事になってしまう。 それを避けるために希望しないファーローを希望せざるを得なかったと彼女。 おかげで健康保険はキープする事が出来たけれど、今度は夫婦二人とも失業中の身となってしまった。 今アメリカの失業率は10%に迫る勢いだ。 収入が途絶えてしまい、彼女は不安におののいている。

実はアメリカではこんな人達は珍しくない。 本当に悲劇的な話をあちこちで聞く。 そう思うと、今仕事のある自分の身に感謝せずにはいられなくなる。 ありがたい事に夫も良い仕事に恵まれている。 こんなご時世、不満など言ったらバチが当たるのだ。

ハワイも不況にあえいでいる。 ハワイの主要産業である観光業も例外ではなく、ワイキキに林立するホテルの集客率は60%程度だと聞く。 週に5日働いている人は非常に少なく、みんな週に2日か3日働く仕事をいくつか掛け持ちして日々なんとか生きている。 特に今年は新型インフルエンザの影響で、ゴールデンウィークに予想された日本からの旅行客数が大打撃を受けたために、ハワイにとっては辛い一年となりそうだ。

そんな中でも私達夫婦は何とかやって行けています。 ありがたい事です。 私の給料も減り、ハワイに住む事で日々の出費も増え、生活は決して楽ではないけれど、毎日ご飯が食べられて、二人とも健康で、とりあえず笑って暮らせているので大丈夫です。 今が踏ん張り時。 嵐が吹き荒れようとも、身を低くして嵐が通り過ぎるのを待っていれば、いつか嵐はやみ、そのあとには晴天が待っています。 今これを読んで下さっているかもしれない今が辛い方達も、希望を捨てずに前を向いて一緒に頑張りましょう!

今日のLAの空は珍しくグレー。 ハワイのおうちが恋しいよ。

まるで交換留学生?! LAでハワイアンライフ体験中

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皆様お久しぶりでございます。 私は元気にLAベースFA生活を満喫しております。 心配していたコミュートも今のところは特に問題なく、仕事に穴を開ける事もなく、無事に飛行機通勤を続けています。 不況のあおりを受けて相変わらず私達リザーブに回ってくる仕事は少ないですが、LAからはハワイ便が多い事もあって(ホノルル、マウイ、コナ、カウアイへのフライトがあります)、今までDCで飛んでいたフライトとはガラッと様相の違うフライトを経験出来るのが楽しいです。

またLAベースの人達の人柄も最高です。 西海岸の人達のフレンドリーさは、東海岸の勝気で直球勝負の人達の中で揉まれて来た私にとっては、とても新鮮です(と言って東海岸の人達が意地悪という訳ではなく、それは別の種類の優しさです)。 世界中にたくさんのフライトを持ち、毎日西へ東へとたくさんのFA達がひっきりなしに飛び立ち、何年いても初対面の人達ばかりのDCベースに所属していた私から見ると、フライト数も少なく国内線がメインで、所属人数もベース自体も小さく、どこですれ違っても顔見知りばかりのLAベースは、本当にこじんまりとしたアットホームなベースで居心地は抜群です。

コミューターなのでハワイの家にいられるのが月のうち10日前後というのが少し寂しいですが、その代わりにLAでの仮の棲家であるクラッシュパッド生活がとても楽しいので、楽しい時間はあっという間に過ぎ、その合間にしている少ない仕事もあっという間に終わり、気が付けばお休みでハワイに戻っている、という生活です。 こんな生活も悪くありません。

さて、私のクラッシュパッドには私を入れて8人の女性が住んでいます。 全員がホノルル出身の生粋のハワイアンです(そしてほとんどが日系人)。 クラッシュパッドの中はハワイの食べ物が溢れ、ハワイ訛りの英語が飛び交い、そんな彼女達と一緒に暮らしていると、まるでハワイの家にホームステイしているかのような錯覚に陥る事があります。 ちなみに余談ですが、このハワイ訛りの英語はメインランドから来た者にはけっこう曲者です。 うちの夫はいまだにこのハワイ訛りの英語に苦労しているようで、お店やレストランで店員さんの話している言葉がわからない事が多々あるようですが、私はこのホームステイのおかげで今ではすっかり問題ありません。 しかも最近では自分もハワイ訛りの英語を話す事も多くなりました。 「影響されやすい」とは私のためにあるような言葉です。

ハワイの人達は2人以上が集まると必ず何か食べ物を出してくるのですが、こういうところはやっぱりアジアの影響なんだろうなぁ、と思います。 出てくる食べ物で多いのが、ポップコーンにあられを混ぜた物(ハワイではハリケーンポップコーンとして最初から混ざった物がスーパーでも売られてます)や、おにぎり(必ず焼いたスパムとかGoteborgというソーセージと一緒に出て来ます)、バター餅(カスタード味のお餅、と言う感じなのですが、モチモチとして甘くて香ばしくて、とにかくもんのすごく美味しくて一度食べ始めたら止まりません)などです。

ポップコーンもおにぎりもお餅もすべて日本でも食べ慣れた物だけど、ちょっとしたひと工夫で完全にハワイアンになっているところが見事です。

ハリケーンポップコーン
ポップコーンを電子レンジでポップしたら、お好みのアラレを混ぜるだけ。 ぷりかけを一緒に振りかけても美味しいそうです。

おにぎり
おにぎりの成型はおにぎりの型で。 塩はまぶしません。 三角形の型で押したおにぎりに、「両面」をたっぷりと醤油に浸した海苔を巻きます。 醤油でしっとりとした海苔がご飯にぺったりとくっ付くところがミソです。

Goteborg(ゴテボーグ?)
もともとはカウアイ島でメジャーだった食材らしいのですが、最近になってオアフ島でも見られるようになったようです。 見た目はサラミの大きなバージョンに似ています。 薄くスライスしたGoteborgを、フライパンで焦げ目が付くまで焼き、油が出たらペーパータオルで余分な油をふき取ります。 カリカリになった所をおにぎりと一緒にいただきます。 焼いたGoteborgに丸めたご飯を乗せて、その上にふりかけなどをかけた物を「Goteborg Musubi」というそうです。

スパムむすび
これは日本人の人にもすっかり有名になりました。 ランチョンミートのスパムを薄くスライスした物をフライパンで焦げ目が付くまで焼き、余分な油をふき取ったら、そこにスパムの空き缶を利用してスパム型に押したご飯を乗せ、海苔でくるりと巻きます。

バター餅
ハワイではTimesというスーパーで売っているそうです。 レシピは非常に簡単なのでご家庭でも試してみてください。 アメリカのレシピを教わりましたが、分量や温度の単位が違うので、日本の皆さんもお試しいただけるようにこちらからレシピをお借りしました。 ココナッツミルクが入っていますが、レシピを見るまではココナッツミルクが入っている事さえわからなかったくらいなので、ココナッツミルクが苦手な方でも大丈夫だと思います。

材料
・もち粉 1ポンド (約454g ハワイで市販のもち粉なら1箱)
・砂糖 カップ2
・ベーキングパウダー 小さじ2
・バター カップ1/2 (120g)
・バニラエッセンス 小さじ1
・卵 4個
・エバミルク 1缶(12オンス)
・ココナッツミルク 1缶(12オンス)

作り方
1. 大きめのボウルでもち粉、砂糖、ベーキングパウダーをよく混ぜる
2. 別のボウルで、溶かしたバター、エバミルク、ココナツミルク、バニラエッセンス、卵をよく混ぜる
3. 1を混ぜ入れ、またよく混ぜて、バットに入れる
4. あらかじめ、180℃に熱しておいたオーブンで約1時間焼く
5. 冷まして切り分ける

こんな感じで、LAのアパートで、ハワイの人達に囲まれ、ハワイ訛りの言葉の波に飲み込まれ、美味しいハワイの食べ物に舌鼓を打ち、ハワイの人達の温かい人柄に日々感激しています。 それはまるで高校生の子供が初めて外国でホームステイをする時のように、すべての事柄に感激しながら、教えられ、助けられ、あれもこれもと吸収したくなる気持ちに似ています。

…あれ? 私、ここに仕事しに来てるんだったよね…?? ま、いっか。

ホットコーラとはなんぞや、という方へ

去年の終わり辺りにホットコーラについてのブログをアップしたのですが、最近このブログを読み始めて下さった方で「ホットコーラって何?」という方のために、もう一度ホットコーラの作り方を。

コーラ(またはお好みでダイエットコーラ)をマグカップに注ぎ、その中に摩り下ろした生姜を大匙1杯ほど入れ(チューブの物でもOK)、そのままレンジで沸騰するまでチンします。 沸騰したら中身を良くかき混ぜ、熱いうちに一気に飲む!

これで体中ポカポカと温まり、そのまま寝てしまえば汗をたっぷりとかいて、翌日は喉の痛みや鼻水などの風邪の症状も治ってスッキリと目覚めます。

これは中国ではとてもポピュラーな風邪の民間療法なのだそうです。 フランスでも風邪を引いたら炭酸を抜いたコーラを飲むそうですよ。 この「炭酸を抜く」というところがポイントみたいです。 中国でコーラを温めるのも(中国ではお鍋でコーラの量が半分になるまで煮詰めるらしいです)炭酸を抜くのが目的だそうです。 炭酸の入っていないコーラの「コーラシロップ」には、生薬成分が入っているので、実はアメリカでも昔から胃腸の薬として薬局などでも売られていたそうです。 いろいろやり方はありますが、風邪の時は「温めたコーラに生姜を入れて徹底的に体を温めよう」という中国風のやり方が、やっぱり効き目は抜群のような気がします。

私はいつも「風邪の引き始めに徹底的に薬を飲む」というやり方を信じていたのですが、特にアメリカの薬は効き目が疑わしく、どうも薬を飲んでも風邪は悪くなるばかり…のような気がしていたんです。 薬を飲んでも飲まなくても1週間くらいで風邪は治る(というか、1週間は治らない)ので、だったら飲まない方が良いくらいかも、と思っていました。 そんな時にあまりに寒かった風邪気味の冬の日、ふとこのホットコーラの事を思い出して作ってみたら、効果絶大だった、という訳です。 それ以来私は風邪にはホットコーラ一本です!

まだ未体験の方、本当に騙されたと思ってお試し下さい。 その効果にビックリしますよ!

ハワイに帰って来ました

ハワイに帰ってくるたびに思うのは、ハワイの空気と水の美しさ。 飛行機でホノルル空港にアプローチし始めると、まず目に入ってくるのが真っ青な空に映える緑の山々。 そしてエメラルドグリーンの海の水。 こんな美しい島を自分の住む場所だと呼べる事に感謝せずにはいられない。

アメリカの大都市・小都市を合わせていろいろな空港にアプローチして来たけれど、やはり大都市上空は共通して空気の色が悪い。 特にロサンゼルス上空は空気の汚さで不名誉なナンバー1をつけられている都市だ。 グレーのスモッグのような空気がダウンタウン上空を覆っているのが見える。 その点ワシントンDCは、大都市とは言えまだまだ上空の空気の綺麗な都市だった。 ダレス空港やレーガン・ナショナル空港の位置するヴァージニアが非常に緑の多い都市なので、特に夏の盛りのDCの空港アプローチは、むせ返るような緑とそこここに点在する白亜の建物の作る景色が本当に美しかった。

でも夜景となるとまた一味違ってくる。 夜景の美しさナンバー1と言えばやっぱりシカゴ上空。 シカゴのオヘア空港からエリー湖の辺りまでの夜景は、光の数が本当に多くてまるで宝石箱を引っくり返したかのよう。 またロサンゼルス周辺の上空から見る夜景もシカゴに負けず劣らず美しい。 昼間はコンクリートで出来たビルや高速道路などの灰色一色の景色も、夜になるとその明かりが一斉に光り出し、昼間とはまったく別世界にいるような景色だ。

また、昼間見える景色で私が一番お勧めするのが、グランドキャニオン上空から見る地上の景色。 まるで火星かどこかの上を飛んでいるのではないかと思わずにはいられないくらい、見渡す限りに地表が割れているのが見える。 この壮大な景色を見ていると、アメリカの自然の雄大さに飲み込まれて、息をするのも忘れてしまう。

さて、アメリカは今ようやく春休みシーズンが終わりかけている頃だ。 アメリカの春休みシーズンは3月の初旬から4月の下旬にかけて。 この間にそれぞれの学校が1週間程度の休みを取る。 この頃は家族連れの旅行者がグッと増え、生まれて初めて自分の住む州を出るとか、生まれて初めて飛行機に乗る、なんていう人達も多くなる(アメリカは大きいので、自分の住む州から一歩も出ずに一生を終える、という人達も少なくないのだ)。 高校生達のクラブ活動の遠征旅行や、海外に留学している学生グループがアメリカに短期帰国、なんていうのも多い。

こういう旅客が多い時期は、普段旅慣れたビジネスマンばかりのフライトとは一味違うフライトになる。 まず、旅客からの質問が増える。 それも、「この飛行機は何時に到着しますか」とか「あと何時間で着きますか」というようなオーソドックスなものから、トイレのドアの開け方がわからない、トイレを使った後の流し方がわからない、トイレのドアのロックの仕方がわからない、シートベルトの締め方がわからない、というようなテクニカルな問題(こういうのって飛行機に乗った事のない人にはわかりにくいんだよね)が多い。

そしてビックリするのは、「携帯から電話かけて良いですか」とか、「僕のコンピューター、ワイヤレスのホットスポット付いてるんだけど、インターネット使っても良いですか」とか、「(映画上映中に全旅客共有のテレビモニターを指して)このテレビつまらないのでチャンネル変えたいんですけど、リモコンありますか」とか、いやまぁ、本当にこちらの意表を付く面白い質問を投げ掛けてくれるお客様達。 こんな時、忙しいフライトの中、ふと心が和む一瞬だ。

先日のフライトでは、3歳か4歳くらいの男の子が、お飲み物のサービスをする私をジーっと見つめながら「What are you doing?(何してるの?)」と聞いてきた。 「I’m serving drinks to people(みんなに飲み物を配ってるのよ)」と答える私に一言、「Why?(なんで?)」。 その言い方が「何でそんなつまんない事してるの?」とでも言いたげな「Why?」だったので、私も、周りにいるお客様も、その男の子のお父さんも、思わず吹き出さずにはいられなかった。 いやね、この仕事、見た目ほどつまらなくはないんだよ…。

子供達が多い時期には、パイロット達もサービス精神旺盛になる。 旅客搭乗や降機の間に子供達をコックピットに招き入れ、飛行機をどうやって飛ばすかという説明をしたり、子供用の胸に付けるウィングバッヂを配ったり、降機時にはお客様を見送りながら、降りていく子供達1人1人とハイファイブをしたり。 子供達は制服に身を包んだ本物のパイロットと接する事が出来て大喜び。 こんな風に子供達の夢を膨らませる事が出来る仕事って良いなぁと、横で見ている私もちょっぴり羨ましくなる。

そんな春休みシーズンももうすぐ終わり。 私達の心を和ませてくれる楽しいキッズ達ともしばしのお別れ。 次に彼らに会えるのは6月から始まる夏休みだ。

さて私は今5連休中。 6日間のリザーブブロックのうち、フライトが入ったのは最初の3日間だけだったので、最後の1日はお休みを取って一日早くハワイに戻って来る事にした。 帰ってきた途端にくしゃみと鼻水が出始めたので、せっせとホットコーラを飲んでいたら、汗だくになって起きた翌日には喉の痛みも引き鼻詰まりも治り、すっかり元気です。 もう風邪薬は信用できなくなっている私。 風邪にはやっぱり生姜入りホットコーラですぜ。

コミュート生活、クラッシュパッド生活ってどんな感じ? 2

ところで、それぞれのクラッシュパッドにはそれぞれにルールがあって、そこに住む人はそのルールに従って暮らさなければならない。 私のクラッシュパッドにあるルールは3つ。

1. 名前の書いてある食べ物は誰かの物なので食べてはいけないけれど、名前の書いてないものは「みなさんでどうぞ」という意味なので誰が食べても良い
(また「家族」という意味のハワイ語「OHANA」と書いてある物もみなさんでどうぞ用)

2. クラッシュパッドを出る前には家の中のゴミをすべてゴミ捨て場に出す
(ここには毎日人がいる訳ではないので、ゴミは家を空ける前に出した人が責任を持って捨てに行く)

3. その日クラッシュパッドにいる人が郵便をチェックし、請求書などが来ていたらクラッシュパッド専用口座から支払いをする

その他、何かを使った後はきちんと後片付けをするとか、気がついた人が掃除をするとか、生活用品で足りない物があったら(トイレットペーパーとか洗剤とか)気がついた人が立て替えて買って補充しておくとか、そういうところはみんなが協力して助け合う。

初めてのクラッシュパッド生活にかなりドキドキでやって来た私だったけれど、実際に、きれいに片付き、整理整頓され、秩序の保たれたこの場所をこの目で見て、そんな不安も一気に吹き飛んだ。 大丈夫、きっと上手くやって行ける。 その晩はすっかりリラックスしてまるで自分のベッドで眠るように熟睡した。 

さて、初日は最初にも言ったように朝5時からのスタンバイ。 でもそのままフライトもつかずに帰された私は、LAでの我が家、クラッシュパッドに戻って来た。 結局その翌日も仕事は付かずに業務開放になったので、ゆっくりと寝坊して前日の寝不足も解消。 体調もバッチリの私は朝からクラッシュパッドの掃除やら洗濯やらをして過ごしていた。 そこへちょうどルームメートの1人がシドニーから帰着。 そう、LAからはシドニー便があるのだ。 いつかこれに乗務するのも私の楽しみの一つ。

初対面同士だけど、それまでずっとメールでやりとりして来たので初めてのような気がしない。 彼女も私のトランスファーが決まってから、新しい場所で私が不自由しないようにと色々心を砕いてくれた人なので、初めて実際に会ってお礼を言う事が出来て本当に良かった。

深夜便のシドニーから朝到着して帰ってきたばかりの彼女は、今日これからハワイの自宅へ向かう。 その前にシャワーを浴びて仮眠を取るためにこのクラッシュパッドにやって来たのだった。 本当は疲れているはずなので早く仮眠を取らせてあげたいのに、おしゃべりがはずんでしまってなかなか彼女が寝る事が出来ない。 フライトの時間も迫ってきてしまうので、無理やり彼女をベッドルームに送り込んだ。

そして数時間後、ホノルルへ帰るフライトに乗るために出て行った彼女を送り出し、コンピューターをチェックすると、翌日のアサインメントがついていた。 3日間の国内線乗務だ。 1ヶ月以上ぶりのフライトに腕が鳴る。 スケジュールを見てみると、アメリカ中を回るこの勤務はまるで「ツアーアメリカ」。

1日目:LA−デンバー−リノ(泊)
2日目:リノ−デンバー−タンパ(泊)
3日目:タンパ−DC−LA(帰着)

南カリフォルニアからロッキー山脈を超えたと思ったら、次は北カリフォルニア(訂正)ネバダ州へ向かい、翌日は再びロッキー山脈を越えて、今度は東海岸のフロリダまでひとっ飛び。 フロリダを出たらアメリカ合衆国の首都、ワシントンDCを訪れ、最後は大陸を横断して東海岸から西海岸までのロングフライトでLAへ帰着。 3日間でのフライトタイムが18時間半という大仕事だ。

3日目の最後の便のLA到着が午後12時。 これだと1時のホノルル便に乗ってその日のうちに家に帰れそうだ。 そう思ってその便の予約状況を見てみると、なんと満々席。 この分だと乗れる可能性は低そうだな。 次の便も同じく満々席だし、もしかしたら次の日まで帰れないかも…。

そんな事を思いつつ、また別のルームメートとメールのやり取りをしていると、その彼女が予約係りが使うコンピューターを叩いて調べてくれた。 それによると、その便は確かに満席だけれど、今のところこの便にリストしている社員に私以外のFAがいないらしい。 実はFAというのは、その便のジャンプシートに空きがあれば、そのジャンプシートに座っても良いという決まりになっている(これはパイロットも然り。 でもパイロットはコックピット内のジャンプシートのみに座れる)。 この便に使われている機材は2クラス仕様のボーイング767型機。 この飛行機には全部で10席のジャンプシートがある。 そしてこの便のクルー編成は7人。 という事はつまり3席のジャンプシートが空いているという事になる。

その便の出発30分前までに私よりシニアのFAが2人以上現れなければ、無事そのジャンプシートのうちの一つは私のものになる。 また出発時刻まで30分を切れば、その後は早いもの勝ち。 私はまたもドキドキしながらゲートの真横で「誰も来ませんように」と祈り続けなければならないのだ。

3日間のツアーアメリカは無事終了したものの、最後のLA到着の便が整備の関係で予定よりもだいぶ遅れて到着したため、私の乗る予定のホノルル行きの便の出発時刻ギリギリになってゲートに駆け込んだ。 最後の数人の乗客の搭乗を待っている地上係員に「席は空いてないと思うけど、ジャンプシートは空いてる?」と聞いてみると「ジャンプシートなら空いてるわよ」との嬉しいお言葉。 地上係員の彼女に社員番号を伝えてそのまま飛行機に乗り込んだ。

機内でパーサーに挨拶をし、再びクルー専用のクローゼットにスーツケースを入れさせてもらい、無事に空いているジャンプシートを確保。 ところでこのジャンプシートに座る場合、そのクルーの1人として仕事をしていなくても、眠ったりお酒を飲んだりしてはいけないというルールがある。 3日間乗務の最後の日、この日は東海岸の朝4時半のピックアップで、総勤務時間が12時間という長丁場だった私は、体はクタクタで寝不足の度合いも半端ではなかった。 そんな時にハワイまでの5時間以上あるフライトで寝てはいけないなんて…。 これはほぼ拷問に等しい。

最初のうちはジャンプシートに座って本を読んだりしていたけれど、座ったまま本なんて読んでいたらあっという間に瞼が閉じてくる。 他のクルーとおしゃべりしたりしていても、あちらも忙しいのでそんなに私にばかりかまってはいられない。 仕方がないのでギャレーの中で立ったまま本を読んでいた。 でもそんな風に同じ場所にずっと動かずに立っていると、今度はそのうち足が疲れて腰も痛くなって来る。

なので最後にはクルーに混じってサービスに参加してしまった。 あぁ、この方が百万倍マシだ。

こうして無事に飛行機はホノルルに到着し、私は自宅へ帰る事が出来た。

迎えに来てくれた夫の車で空港を出ると、目の前には大きな虹がかかっていた。 夕焼けにかかる虹は、昼間の虹ともちょっと雰囲気が違ってとっても綺麗。 その時私は、飛行機がホノルル空港に着陸する瞬間にふと感じていた思いを、さらに強くした。 「It’s so worth it.(コミュートはいろいろと大変だけど、この美しいハワイに住めるのなら、頑張るだけの価値はある!)」

その夜は本当にクタクタで、ずっと食べたいと思っていたハワイ名物のチョップステーキを口に運びながら、瞼は半分以上閉じていたと思う。 これから4日間のお休み。 とりあえずはゆっくり休んで体力を回復しなければ。

こんな感じで私の「コミュート初体験物語」は無事終了いたしました。 次もこんな風に上手く行くと良いな。

コミュート生活、クラッシュパッド生活ってどんな感じ? 1

3月は1ヶ月の休みを取り、ハワイに引っ越し、新しい家に家具を揃えてすっかり落ち着き、毎日のんびりとハワイの暖かい気候にうつつを抜かし、美味しい物を食べ、夕食の後にはワイキキを散歩し、週末にはビーチに行き、スーパーに普通に並ぶ日本食に感激し、日本語の新聞を読んで日本語のテレビを見る、そんな生活に浸りきっていた。

あぁ、でも。 そんな極楽の生活にもやっぱり終わりはやって来る。 復帰第1日目の4月1日よりしっかり仕事がつきました。 しかも朝5時から。 ちなみにLAの朝5時って、ハワイの朝2時なんだよね…。

復帰後一本目の仕事は朝5時からの空港スタンバイ。 寝不足と休みボケでメールボックスの中を確認するだけで数分かかるというありさまだった私は、必死に頭を仕事モードに切り替えようとするけれど、なかなか上手く行かずにかなり焦った。 とりあえずクルー専用の休憩室にあるソファーにひっそりを身を隠し、何かあればクルーデスクが電話をかけてくるので携帯をそばに置き、ボーっとした頭で本を読みながら「あぁお願い、神様お願い、このままフライトを付けずに帰して下さい」と4時間祈り続けていた。 その甲斐あってかこの日は特に大きなスケジュールの乱れもなく、午前9時、無事に寝ぼけ頭のまま勤務終了。 神様ありがとうございました。

さて、4月1日から業務だった私は、3月31日の夜までにLAにいなければならなかった。 前日の空席状況を見てみると、1日に3便あるホノルル−LA間のフライトは、どれも20席くらいの空席になんと30人から50人近くがリストしている(「リスト」とは、簡単に言うと社員が空席待ちのリクエストをする事)。 という事はつまり、どの便でも10人から30人位が乗りそびれるという計算だ。 こういう状況の場合、この会社でのセニョリティがまだ4年目という超ジュニアの私には乗れる可能性がほとんどない。 しかもホノルルやLAのように社歴30年、40年選手がゴロゴロしている場所では、私なんて存在感すらない。

これはもしかしたら初日から仕事に穴を開ける事になるのか? いや、それだけは避けたい。 他社便が出している航空会社社員用の格安チケットは事前に手配してあったので、もしかしたらこれを使わなければならなくなるかも。 その場合にも備えて乗れる可能性のあるすべての会社のチケットを用意して空港に向かった。

それでも一応、志だけは高く、ダメもとで朝一番の自社便にチェックインしてみた。 荷物が多かったのでチェックインカウンターでスーツケースを預け、出発ゲートに向かう。 出発時刻までまだ1時間あまりあったので、きっとこの便には乗れないだろうと思い込んでいた私は、ゲートの隅っこでかなりリラックスして本を読んでいた。 出発時刻の1時間前にゲートのカウンターが開き、40分前にはボーディングが始まる。 1人、2人と名前が呼ばれているのはアップグレードを待っている人や私の様に空席を待っている社員達。 絶対に呼ばれないと油断していた私の耳に、突然自分の名前が飛び込んできた。 慌てて立ち上がり、もう1つのスーツケースを引きずってカウンターまで行くと、地上係員が「窓側と通路側とどっちが良い? ファーストだよ」などとおっしゃる。 えー、ホント?! スゴイ!!! こんなにジュニアの私が、ただ乗れるだけじゃなくてファーストに乗れるなんて。 まるで夢見てるみたい。

昨日までいたあの50人の人達が全員私よりジュニアだとは考えられないので、きっとリストだけして気が変わったり予定が変わったりした人達がたくさんいたという事だろう。 社員のこうした空席待ちでの旅行の良いところは、直前に気が変わってもまったく問題ないところ。 突然「あそこに行こう!」と思い立ったら行けちゃうのだ。 そして突然「やっぱりやめよう!」と思ってもなんのペナルティもない。 この気楽さがアメリカの航空会社で働く一番のベネフィットだと思う。

ファーストクラスに乗り込んで上の棚に荷物を入れようとしていると、私がクルーだと気付いたFAが「そんな重い物を上に上げなくても良いわよ」とクルー用のクローゼットに荷物を入れさせてくれた。 ありがとう〜。 すぐにオレンジジュースのサービスまでしてくれて一気に良い気分。 何だか幸先良いじゃない? 昨日まで「乗れなかったらどうしよ〜」と不安で一杯だった気持ちがすっかり消え、気分はまるでバケーション。

しばらくして私の隣に人が座った。 彼もうちの社員でハワイのバケーションからメインランドに帰る所だそうだ。 なんと家族を6人も連れての旅行で、6人全員の座席がなかなか確保できず、今日で空席待ち4日目だったと言う。 聞くとその彼は私よりも1年ジュニア。 ジュニア同士、ドキドキ感を分かち合った私達は「乗れて良かったね〜」とお互いの幸運を喜び合った。

ファーストクラスという事で温かい食事も出され(そんな事期待してなかった私は、ちゃんとおにぎり持参で行ったのに… おにぎりは後で全部食べましたが)、快適なシートでグッスリと眠り、5時間のフライトもあっという間にLAに到着した。 出だし快調。 預けていた荷物を受け取り空港の外に出る。

LAの空は快晴で吹く風も爽やか。 私がこれから向かうのは「クラッシュパッド」と呼ばれる、クルー専用の宿泊場所だ。 私のクラッシュパッドは空港から車で5分くらいのところにある。 空港近くの某ホテルから歩いて1分くらいの場所にあるので、そのホテルのスタッフの好意により、ホテルの空港送迎バスを利用させて貰っている。

通常クラッシュパッドとは、複数部屋あるアパートや一軒家を、10人から20人のパイロットやフライトアテンダントが、フライトとフライトの間に交代で寝泊り出来るようにしてある場所の事を言う。 私達コミューターは自宅ではないこの場所に毎日住む訳ではないので、こうして大人数で部屋を借りる事で家賃を格安に抑える事が出来るのだ。 このクラッシュパッドの平均的家賃はだいたい150ドルから250ドルくらい。 極端な話、通常の家賃の10分の1程度の値段で借りられる。

「クラッシュ」とは英語で「人の家に泊めてもらう」というような意味の言葉。 それに「家」とか「部屋」とかいうような意味の「パッド」を付けたこの言葉は、航空業界独特の言い方らしい。 それだけこういう宿泊形態は、この業界以外の人達にはあまり馴染みがないみたいだ(現にうちの夫も今回初めてこの言葉を聞いたそうです)。

さて、空港から某ホテル行きのシャトルバスに乗り、某ホテルに到着。 そこからホテルの中を抜けて裏道に入り、角を2回曲がれば目指すクラッシュパッドに到着。 鉄で出来たゲートの鍵を開けると目の前には小さなプールがあり、それをぐるりと取り囲むように2階建てのアパートが3棟建っている。 アパートに到着し鍵を開けると中は真っ暗。 今日は私1人しか来ていないらしい。 こうして私の初クラッシュパッド生活が始まった。

中は入ってすぐにわりと広いリビングルームとキッチンがあり、その奥にベッドルームが2つとバスルームが2つある。 さすがハワイ人の集まったクラッシュパッド、いたるところにハワイのポスターやレイなどが飾ってある。 キッチンのテーブルの上を見ると、いくつかのハワイのお菓子の箱と一緒に私宛の封筒が置かれていた。 中を開けると、それは私への歓迎のカードだった。 まだ会った事もない人達だけど、全員の本当に温かい心が伝わって来る。

前もって言われていた方のベッドルームに入ると、クローゼットの中には私専用の小さなスペースが作られてあり(ちゃんと名前のラベルも貼ってある)、洋服ダンスの引き出しの1つも割り当ててくれている。 そのような場所に自分専用の毛布やシーツやタオル、着替え、化粧品や洗面道具などをきちんと整理して入れておく。 またキッチンの中のキャビネットにも私専用のスペースがあって、そこには自分で食料をしまっておく事も出来る。

(続く)

ラニカイビーチ

私が仕事に戻る前の最後の週末、夫と2人でラニカイビーチへ行ってきました。 世界一美しいビーチにも選ばれた事のあるラニカイビーチとは天国の海(ラニ=天国、カイ=海)、という意味なのだそうです。 ここに来るといつも思うのですが、写真を撮った時のその色合いが他のビーチで撮ったものとまったく違うのです。 まさにこれが天国の海の色なのだろうな、と思います。 砂浜には誰が作ったか見事な砂のピラミッドが。 その近くを散歩していたチワワの足跡があまりに可愛いので思わず写真を撮りました。

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最初の1週間が過ぎました

ハワイには何度も来ているし結婚前には1年ほど留学していた事もあるので、特にハワイに関して「ビックリ!」とカルチャーショックを受ける事はあまりない。 それでも長く暮らした東海岸から西海岸を通り越してハワイに腰を落ち着けてみると、今まで見ていたようで見ていなかった事が見えてくるみたいだ。

とにもかくにも日本人が多い。 それも観光客でなく地元に住んでいる日本人達が本当に多い。 東海岸と言っても、ワシントンDCはニューヨークとは違って日本人がほとんど住んでいない地域だ。 道を歩いていて日本人にすれ違う事なんてまずない。 それが、ハワイではまるで東京の街を歩いているかのように日本人にすれ違う。 お店で働いている人達も日本語でおしゃべり。 さすが、100年を超える日本人移民の歴史を持つハワイだ。 ハワイの子供達が英語の中に普通に「オバアチャン」などの単語を挟みながら会話をしているのも、何だかふっと温かい気持ちにさせられる。

それより、今回とても驚いたのが日本人高校生の修学旅行生の数。 あのー、修学旅行って、京都・奈良とかに行くんじゃないの? それともそういうのってもう古いのだろうか? しばらく日本を留守にしている間に時代が変わってしまったようだ。 今時の高校生達って恵まれてるなー。 ちなみに私が高校生の時の修学旅行は萩・津和野だったっけ。

そして日々良い意味で驚かされているのがハワイの人々の温かさ。 いやー、噂には聞いていたけれどハワイの人達のアロハスピリットは本当に素晴らしい。 優しいとか温かいとかいうレベルを超えていると思う。 私が今回最初に出会う事になったハワイ人の人達は私のLAでのルームメート達だったけれど、とにかくこの人達の温かさと言ったら私の常識を超えていた。

アメリカ大陸を越えてやってくるこの新しいルームメートが、不都合なく、スムーズに引越しやトランスファーを終えられるように、本当に心を砕いてくれた。 メールを通して何度も何度も細かいところまで教えてくれたり、道に迷わないようにアパートや空港オフィスまでの往き方を詳しい地図にしてくれたり、まだ会った事もない人達も歓迎のメールを送ってくれたり、とにかく私が歓迎されているという事を頭の先からつま先まで感じさせてくれる人達。  また私が初めてLAのアパートに泊まった夜、この日は他のルームメート達はここにいなかったので私1人で泊まる事になったのだけど、アパートの中にはいろいろな場所に私宛のメッセージが張られていて、私が使い方を迷わないようになっていた。 そしてテーブルの上には「ウェルカム」のカードと簡単なお菓子の詰め合わせが置いてあった。

気候の厳しい東海岸に住む人達は気が強い人達が多い。 また政治や経済の中心で活躍している人達が多いため、競争心の強い人達も多い。 そんな中で15年近く暮らしてきた私は、知らず知らずのうちにそんな東海岸気質を身に付けてしまったみたいだ。 そしてそんな私は今、ハワイの人達の柔らかく温かいアロハスピリットに癒されている。 ここに来てまだ1週間なのに、もうこの温かさから抜け出せなそうな感覚に陥っている私。 あぁ、もう東海岸なんかには帰れない…というか、帰りたくなーい!

さて、そんなこんなで私はハワイ生活を十二分にエンジョイしている。 この時期のハワイは冬が終わってもうそろそろ春かな…という頃。 昼間は半袖でも歩けるけれど、朝晩は結構冷え込むし風も強いのでやっぱり厚手の長袖が必要。 天気の良い日の昼間、家の中の窓を開けていると、一日中気持ちの良い風が吹き込んでくる。 そうかと思うと山の向こうの空がみるみるうちに黒い雲に隠れ、ザーッと一雨やって来たりする。 でも次の瞬間にはまた太陽が差し込む。 そうそう、ハワイってこんな天気だったな。 晴れていても雨が降ってもハワイらしい。 そして美しい。

ところで、私達の住むこのコンドミニアム、築年数はそんなに古くない。 半年前には全館改装済み。 そして我が家は地上7階。 でもやっぱり、出るものは出る。 引っ越して来て3日目には我が家への初訪問者が。 そしてそのまま3日連続でいろいろな種類の訪問者がやって来た。 その種類にはあえて触れないけれど…やっぱりこれは常夏のハワイ生活の中では避けては通れない道みたいだ。 まぁ、その大きさが巨大でなかった事に感謝する事にしよう。

目標は今週末中にソファーとテーブルを揃える事。 それからベッドフレームも必要だなー。 あぁ、まだまだ買い物は続きます。 どこかにお金の成る木は生えてないかな?

ブログ不具合について

昨日か一昨日あたりにコメントを入れて下さったのにブログに反映されていないという方が2名いるはずなのですが、どういう訳かこちらでそのコメントを見る事が出来ません。 申し訳ありません。 もしよろしければ、今日のブログの方にもう一度コメントいただけるとありがたいです。 こちらでコメントをアップデート出来るかどうか、もう一度試してみます。 よろしくお願いいたします。

ハワイ上陸! 3日間平均睡眠時間4時間で片付け中

昨日、ようやくダイニングテーブルが出来上がり、「食べる場所」を確保。 今日は大特急でキッチンを片付け、最低限必要なキッチン用品の買い物も済ませ、今夜からは白いご飯とお味噌汁が食べられそうなのでホッと一安心。 ハワイに来てからずっと外食続き(正しくはLAにいた2日間も含めて)なので、そろそろ体が悲鳴を上げ始めている。 左のほっぺたには吹き出物がポツン。 これはいけません。 早く健康的な食生活にもどらなければ。

今あるのはテレビとダイニングセットだけ。 ソファーやコーヒーテーブルなどはまだ気に入ったのが見つかりません。 夫の買い物リストのトップにあったテレビだけがリビングの真ん中にデーンと座っています。 今日から仕事に復帰した夫は夕べ大急ぎでオフィスのデスクを組み立てました。 2人とも昼間は買い物などで出ずっぱり(しかも家具などの大きくて重い物ばかり)でクタクタ、なのに夜は片付けで睡眠不足。 引越しは本当に大変ですね。

でも、暖かいハワイの風に吹かれていると、そんな苦労も苦労なんて思うどころか、自分達の幸運に感謝するばかりです。 さて、もう一踏ん張り頑張ります。 まだまだ洗濯物が山積みなの…。

さよならDC! いよいよ明日出発、ラストスパートで大掃除中

いよいよ明日の朝の便で出発します。 LA経由のフライトで、私はLAで途中下車。 夫はそのままホノルルへ向かいます。 私は翌々日に新しい所属ベース、LAXでのオリエンテーションに出席しなければなりません。 オリエンテーション終了後、その足でホノルルへ行く予定です。

今、最後の大掃除にラストスパートかけてます。 疲れた…。

引越しまでのカウントダウン開始−あと7日!

荷物は徐々にまとめられ、少しずつ現地に送っています。

2台あった車のうち私が運転していた1台はすでにハワイに送りました。 そろそろハワイに着いている頃。 もう1台は夫の愛車だったAcura TL。 夫は泣く泣くお別れをしディーラーに売却済み。

私達の命の綱でもあるテンピュール社製のキングサイズベッド。 まだ買ってから3年程しかたっていません。 腰や肩の悪い夫や肉体労働者の私には必需品なので何とかハワイに送れないかと思案していたところ、その運送費はもう1つ新しいベッドが買える程…。 仕方がないのでかなり格安で欲しい方に買っていただき、ハワイでもう一度同じベッドを買う事になりました。 とりあえず半額以上で買ってもらえて助かった…(だってすごく高いんだもん、あのベッド!)

先週末は夫の弟とそのガールフレンドがうちに泊まりに来て、最後の打ち合わせ。 引越しの手順、電話や水道、電気、ガスなどの名前の書き換えの手続きに合わせて鍵の引渡しも終了。

私はLAでのアパートの鍵を受け取りました。

またこちらでは夫や私の友人達が送別会を開いてくれています。 忙しさの中に紛れて寂しさを感じる暇もありませんが、こんな瞬間、ふと寂しさが湧いて来ます。

そんな間にも、私達のハワイでの大家さん、何と、すでに一度シャンプーをしているカーペットを再びシャンプーして下さったそうな…。 今回はスクラバーという物を使ってのディープクリーニング。 「見違えるほど綺麗になりました」との事。 もうすでにとっても綺麗だったのに。 あぁ大家さん、ありがとうございます。

すると突然ある知り合いからハワイの某ホテルで働かないかというお誘いが。 あれよあれよという間に人事との電話面接までスケジュールされてしまいました。 もうすでにコミュートする覚悟を決めた後だったので非常に迷いましたが、世の中がこの不景気な時に仕事を選べるという有難さ。 これをお断りしてはバチが当たると思い、それも何かのサインかと思う事にして流れにのって面接を受ける事にしました。 とりあえず短期間でももう一度迷ってみます。

私の3月のスケジュールの希望提出期限が明日に迫っていますが、事前に提出していた「3月1ヶ月間無給休暇」のリクエストが受理され、無事に3月は無給ですが1ヶ月間お休み出来る事になりました。 とりあえずLAまでのコミュートは4月まで1ヶ月先送りになりホッと一安心。

その間をぬって国内線や国際線を飛んでいます。 成田から帰ってきた翌日は久しぶりにベッドの中で過ごしました。 もう立ち上がれないかと思った…。

あと1週間、頑張りまっす。

ハワイの家とロスでの住みかが見つかりました 2

この数日の間、私達と頻繁にメールのやり取りをして下さったのは、あの家主さん1人だった。 私達がお礼のメールを出す前に「見に来てくれてありがとう。 お2人がテナントになってくれたら嬉しいです」というような内容のメールをあちらから送って下さった。 こんな家主さんは他にはいない。 メールのやり取りの間に私がちょっと気になっていたシャワーの質問をしたら、翌日、すぐに調べて下さって「気になったから」と言って翌朝一番で配管工を呼び、検査をして問題ない事を調べた上に、シャワーヘッドまで新しいのに取り替えて下さった。

また、私達は3月からの賃貸を考えていたので、すぐに借りるための費用を用意せずにハワイに向かったため、本来なら契約の時点で2か月分払わなければならないお金を用意出来ない状況だった。 そこを私達を信頼して下さって、1ヶ月分だけで契約をして下さる(後にもう1か月分は払います)という柔軟さも見せて下さった。

ここまでされては私達ももう迷う事はない。 最初の閃き通り、最初に出会ったあの物件に決める事にしよう。 あのおじさんとの出会いもきっと運命だったんだ。

「契約させていただきます。」というメールを出すと、すぐに嬉しそうな返事が返ってきた。 翌日また以前と同じ場所で待ち合わせをすると、会うなり「庭で取れたオレンジなんですよ」と大きなオレンジを2つも下さった。 そしてお嫁さんが作ったというお菓子も。 ハワイに来てから、人とのつながりとか、人との出会いとか、そういう事についてずっと感じさせられている私…。

中に入るとすぐに奥様がいらっしゃった。 奥様も同じく日系人のとても優しそうな方だ。 お2人の話を聞いていると、お2人がこのコンドミニアムをとても大切に扱っている事が良くわかる。 キッチンの吊り戸棚の中には奥様が1つ1つ丁寧に中敷を敷いて下さり、各部屋の電気は省エネタイプの電球に取り替えられ、洗濯・乾燥機はドイツ製の物が入れられ、コンセントとスイッチの関係がわかりにくいだろうからと、赤いペンで、でも目立たないように小さな小さな丸で目印をつけて下さり、カーテンはエアコンの吹き出し口を隠さないようにときちんとエアコンの形に合わせてカットされて綺麗に縫い合わされ、カーテンを吊るすフックが少々さび付いていたからと、あの小さなフックをすべて取り外して1つ1つ磨き、錆止め液に漬けて、糸を張った所に一晩吊るして乾かして下さったそうだ。

ここまでこの部屋を丁寧に扱っていらっしゃる家主さんからお部屋を借りるのは、非常に緊張すると共にやはりとても嬉しい。 実は私にも似たようなところがあって、暇さえあればキッチンのカウンターや床を磨いたり、棚のホコリを拭き取ったり部屋のカーペットに掃除機をかけたりしているので、そんな話をする私の事もお2人は気に入って下さったみたいだ。 私達が行った時も、新品同様のカーペットの上に、また掃除機をかけていらっしゃる所だった。

お2人とお話をさせていただくうちに、お2人の優しい人柄にすっかり気持ちが和んでいった。 お子さんは独立されてご主人もリタイヤされて、今はご夫婦で悠々自適の暮らしをされている様子。 最初にお会いした時から「私はお2人が気に入りました」と言って下さっていた通り、ご主人も奥様も優しく色々と教えて下さる様子が、あぁきっと、私達はこの家主さんとこの部屋に出会うべくして出会ったんだなぁ、と思わずにはいられなかった。 やっぱり出会いってあるんだな。

こうして私達は無事にこちらの家主さんからコンドミニアムを借りる事となった。

ところで出会いと言えば、私には同時期にもう1つの大切な出会いがあった。 

私がハワイからロスにコミュートするにあたって、ロスでの宿泊先を決めなければならないという問題があった。 多くのコミューター達は「クラッシュパッド」と呼ばれる、コミューター達がお金を出し合って借りているアパートの一室に、交代で寝泊りしている。 大抵の場合、2つか3つのベッドルームがあるアパートや一軒家に10人から20人くらいのフライトアテンダントが宿泊している。 とは言っても、それぞれのスケジュールがまちまちなので、同じ日にそこで寝泊りするのは3人から4人、多くても5人以下くらいになる。 こうする事によって格安で(月に150ドルから250ドルくらい)で部屋を借りる事が出来るのだ。

また人によって自分だけのスペースが欲しいという人は、空港近くのホテルに寝泊りしている人達もいる。 でも、これはけっこう経済的に余裕のある人に限られるけれど。 いくらFA割引レートが格安だとは言え、特に私のようなリザーブだと月に10日も宿泊しなければいけない事もある訳で(仕事が入るか入らないかわからないので)、薄給のジュニアFAがそんな事をしていたらすぐに破産してしまう。 ただホテルの良いところは、空港までの送迎バスがあるという事。 ロスで車を持たないつもりだった私は、最終的にはホテル住まいをしなければならないかも…と、ある程度の覚悟はしていた。

そんな時に以前のブログでも話したLAベースのFAが紹介してくれた、ホノルルからLAへのコミューターの人にメールしてみる事にした。 彼女達はホノルルコミューター達だけで集まって、空港近くのホテルに隣接するアパートを借りている人達だ。 このアパートからは空港送迎バスが利用出来る。 まさに今の私にピッタリの条件。

「3月からLAにトランスファーするのですが、ホノルルからコミュートする事になります。 そちらのクラッシュパッドに空きはありますか?」という私の質問に、すぐさま、ものすごく温かい歓迎の言葉の溢れたメールが返って来た。

「ALOHA! 空きはありますよ! ここのメンバーは全員がホノルルのコミューターなので、何かわからない事があればなんでも言ってね。 新しい環境に慣れるのは簡単な事ではないけれど、あなたにはもうたくさんの新しい友達がいるわよ! 全員でサポートするから心配しないで!」

このアパートには現在6人が住んでいて、私が7人目、5月には長期休職から戻って来る人がいるので総勢8人となる。 でも、私以外の全員はかなりシニアのFA達で全員がラインホルダー。 聞いてみると、多くの人達はかなりのフライトを落として月に1回か2回くらいしかフライトしないらしい。 だから、私がこのアパートに寝泊りする事になっても、もしかしたら多くの場合、その夜は泊まっているのは私1人だけ、という事もあるみたいだ。 それで1/8の家賃と光熱費しか払わなくて良いというのは、本当にありがたい。

その後に続く丁寧なメールで、彼女はこのクラッシュパッドに関するいろいろな事を教えてくれた。 この、あまりにも温かい好意に溢れたメールに、ある意味私は打ちのめされた。 これがアロハ・スピリットなんだ。 タフな東海岸で十数年も揉まれて来た私には、本当に新鮮で心地良い驚きだった。 そんな心地良さに浸っていると、今度はクラッシュパッドでルームメートとなるお姉さま達から続々とメールが届き始めた。 「よろしくね!」「手伝える事があったら何でも言ってね!」「早くお会いしたいわ!」などと、どの人もみんな温かい。

知らない場所に行く不安と、寝泊りする場所が確定していない不安とで、楽しみでありつつも不安も大きかった今回のトランスファーだけど、このホノルルのお姉さま達のおかげでその不安も一気に吹き飛んだ。 そしてあの家主さんご夫婦とあのコンドミニアムとの出会い。 本当に今回のハワイ移住は、何だかとっても良い「気」の流れに流されているような気がしてならない。

後1ヶ月。 荷造り頑張らなくちゃ。

ハワイの家とロスでの住みかが見つかりました 1

アメリカ中が新しい大統領の誕生にワクワクしていた1月20日の早朝、私と夫は凍えるような寒さの中、ハワイに向かって出発した。 オバマさんの大統領就任の瞬間に立ち会えない事への「ごめんね」の気持ちを込めて(?)、空港のお土産屋さんで買った夫のオバマ帽子と私のオバマTシャツ。 その帽子をかぶって空港ターミナル内を歩いていた夫に、「良い帽子だね!」と声をかけてくれたのはうちの会社のパイロット。 ちなみにハワイに着いて色々なところで「昨日DCから来ました」と言うと、「なんでせっかくDCにいるのにハワイになんか来るの〜! ハワイ人はみんなDCに行けなくてギルティ(罪悪感を感じている)なのに〜!」と言われました。 そうなのよ、本当にごめんね、オバマさん。

私達はロス経由でハワイに入ったのだけど、ロスまでのフライトの途中でDC時間の午後12時を迎えた。 法律では1月20日の午後12時に新しい大統領が就任する事になっている。 しばらくすると突然キャプテンからのアナウンスが入った。 「たった今、我が国に新しい大統領が誕生しました。 オバマ大統領のスピーチを聞きたい方は9チャンネルでお聞きになれます。」

うちの会社のオーディオシステムの9チャンネルは外の無線とつながっているのだけど(コックピットと管制塔とのやり取りを聞く事が出来て、それもお客様から人気のサービスの1つなのよ)、その周波数はラジオに合わせる事も出来る。 キャプテンからこのアナウンスが入ると、周りにいたお客様達もザワザワとヘッドフォンを9チャンネルに合わせ始めた。 やっぱりみんな、気になっていたんだねー。

おそらく、キャプテンがこんなアナウンスを入れる事も、9チャンネルで新大統領のスピーチを流す事も、滅多にない事のはず。 それだけ多くの人達がこの新しい大統領を待ち焦がれていたという事なのだろう。 戦争や不況でボロボロ状態のこのアメリカを救ってくれるのは、もうこの人しかいないんじゃないだろうか。 みんながそんな期待と希望を持てる、そんな新しい大統領の素晴らしいスピーチだった。

さて、今回のハワイ滞在は家探し。 なのでゆっくりしている暇はない。 夕方にハワイに着いて、夕食を友人家族と共にしたら、外はもうすっかり夜。 ホテルにチェックインしたら後はもう寝るだけ。 いつものようにバケーションでハワイに来た時に感じるような、嬉しいような楽しいような、ワクワクした感じはまったくない。 こんな風に感じているのは私だけなのかと夫に聞いてみると、やっぱり夫も同じらしく、いつものハワイにいる時の感覚とはまったく違うと言う。 どうやら、私も夫もやらなければならない事で頭が一杯で、それどころではないらしい。

翌日は朝早くからさっそく1ヶ所目の家を見学。 ここは私達が作っていた「見学リスト」には入っていない所だったのだけど、家を出る直前に夫が「ここもついでに」とリストに加えた場所だった。 その情報を詳しくは私も見ていないし写真も載っていなかったので、私達はあまり期待せずに見学に行く事にした。

約束の時間ちょうどに約束の場所に着くと、家主さんはもうすでにその場に立って私達を待っていた。 「Right on time! (時間ピッタリだねぇ!)」と嬉しそうにおっしゃる家主さんは白髪の日系人のおじさん。 はじめまして、とご挨拶をしてコンドミニアムの中と外を案内してもらう。

ここはわとワイキキに近いエリアにあるので、空港に出退勤する私の利便性を考えるとあまり乗り気ではなかった物件だった。 ところが、コンドミニアムの中に入った途端、まず公共のエリアが綺麗にメンテナンスされている事に第一印象アップ! 聞くと建物全体が改築されたのが半年ほど前だと言う。 目的の部屋に着いてドアを開けた途端、私と夫は「ワ〜オ」。 目の前の大きな窓の外に広がるのはマノアの山の景色。 部屋の中もとっても明るい。

案内して下さる家主さんに従ってキッチン、ベッドルーム、バスルームと中を隈なく見ていくけれど、どこもかしこもすべて半年前に改築されたばかりで新品同様だ。 不思議な事に見て行くそばから「ここをオフィスにして、ここをベッドルームにして、ここにテーブルを置いて、ここにソファーを置いて…」とどんどんイメージが広がって行く。 これは最初から幸先が良い。 とは言え、今日はまだハワイ初日。 とても気に入った物件だったけれど、私達の「見学リスト」にはまだまだ10件近く見なければいけない物件が載っている。 今日決断する事は出来ない。

「正直に申し上げますが、この物件はとても気に入りましたが、私達にはまだ見たいと思っている物件がいくつかあるんです。 そこを見て、他と比べてからお返事したいと思っています。 もし私達が決めかねている間に他の方がいらして、その方と契約を結ばれても、仕方ないと思います。 それでも良いでしょうか。」

夫のこの言葉に、家主さんは一瞬表情を曇らせた。 私は「あぁ、ビジネスが取れなかったので残念なんだな」と思ったのだけど、次の言葉に私と夫は心を打たれた。 「私はあなた達2人が気に入りました。 ぜひうちのテナントになってもらいたいと思います。 だから、2人が決断するまで、他の人にはこの物件を見せずに待ってますよ。」

「いやいや、それではあまりに申し訳ありません。 もし他に見たいという方がいらっしゃったら見せてあげて下さい」

「いえ、良いんです。 心配しないで。 帰るのは来週の月曜日ですか? それなら日曜日までには返事をくれるのですね。」

ここはハワイだからこんなに良い人なのか? それともこのおじさんが極端に良い人なのか?! と、私達は少々戸惑いながらも次の物件へと向かった。

次は同じくワイキキに近いエリアだけれど、最初の物件よりは間取りが広い。 また光熱費が家賃に含まれているのが嬉しい。 ここの家主さんはご夫婦で迎えてくれた。 またこの人達も本当に良い人達で、部屋の隅々までいろいろと説明をして下さる。 ここもきちんと改築済みの物件だ。 ただ何となく、前回のおじさんの物件で入った瞬間に感じたような「ここが良い!」という閃きがないし、自分達がここに住むというイメージも湧いて来ないのだ。 とりあえずここでも「まだ数件見たい物件があるので、2−3日の間にお返事します」という事で失礼した。

その後、数日をかけて、ホノルルエリアの物件を更に数件、そして空港に近い物件を更に数件見学した。 物件はさまざまだけど、ほとんどが綺麗に改築されているか、まさに昨日出来上がったばかりで新品同様という物件。 レイアウトもだいたいどこも似通っているし、家賃もみんな同じ位、そして家主さん達はみんな丁寧にいろいろと見せて下さる良い人達ばかりだ。 決め手になるのは地理的条件だけ、という状況になって来た。

地理的条件だけで考えると、空港のすぐ近くに新築の物件がいくつかあった。 家賃も良心的だしエリアも悪くない。 ただ、なんとなく、あの最初の物件であの時に感じた「ここが良い!」という閃きを感じられないのだ。 言葉ではとても説明しにくいのだけど、つまり、一目惚れみたいな感じで、理由はないんだけど好き、という感じ。 あの部屋と私の相性がすごく良いような感じがするのだ。 夫はどう思っているかと思えば、彼も同じく、あの部屋で最初に感じた「ここだ!」という感覚を、他の場所では感じなかったと言う。

あの物件は、条件的には最高の条件ではない。 地理的にも空港からは少し離れているし、部屋も他の物件に比べて広い訳でもないし、2つは欲しいと思っていたバスルームも1つしかない。 そもそも、最初は私達の「見学リスト」も載っていなかった物件なのだ。 それでも、あの大きな窓から見える素晴らしい景色は何物にも代えがたいし、あの部屋にいた時に感じた居心地のよさは忘れる事が出来ない。 それより何より、あの家主さんの一生懸命さ。


(続く)

アメリカの歴史的な日、私達は一路ハワイへ

私の誕生日でもある1月20日は、4年に1回、アメリカ合衆国大統領の就任式が行われる。 アメリカで迎える私の誕生日も今年で15回目になるけれど、今回ほど自分の誕生日が誇らしく思える日は初めてだ。 明日、アメリカに初の黒人大統領が誕生する。

ここ数日のDCの盛り上がりは、もうすでに最高潮に達しているとしか言いようがない。 黒人初の大統領誕生という歴史的にも非常に重要なファクターにオバマ時期大統領のカリスマ性もあいまって、この大不況の中、アメリカの人々の心は今、希望の光に満ち溢れている。 3日前、アムステルダムへの仕事のために空港に出勤した私は、空港の到着ロビーがたった今到着した人々で埋め尽くされているのを見た。 この到着ロビーでこんなにたくさんの人々を見たのは初めての事。 みんな、この歴史的な一日をその目で見て自身で体験するために、アメリカ国内はもとより世界中から集まってきた人達なのだろう。

DCは今、例年にない寒波に見舞われている。 連日氷点下を割る気温なのにも関わらず、朝も昼も夜も、大統領就任式が行われる国会議事堂から繋がるワシントン・ナショナル・モールと呼ばれる広場に本当にたくさんの人達が集っている。

そんな歴史的な瞬間をこの目で見られるような距離にいるというのに、私達は明日、ハワイに向けて出発する。 いよいよ目星を付けた家を下見に行かなければならない。 なぜこんな重要な日にDCを離れるの? だって、明日のフライト、どこもガラガラなんだもの! 明日はみんなDCにいるか、そうでなければ家でテレビに噛り付いて就任式の様子を見ているらしく、どのフライトを調べても空席だらけ。 明日は私達のような空席待ちトラベラーには最高の日なのだ。

オバマさん、ごめんね、ちゃんとビデオに撮って後で見るからね〜。 とりあえず、オバマTシャツを着て行こう。
 

ロサンゼルスへの転勤が決まりました

数日前に提出していたロサンゼルスへの転勤希望が無事に受理され、3月のスケジュールから正式にロサンゼルスベース所属となる事になった。 うちの会社の西海岸ベースにはロサンゼルスの他にもサンフランシスコとシアトルベースがあるのだけれど、ホノルルからの通勤のしやすさ(フライトの本数や時間帯)を考えてロサンゼルスを第一希望としていたので、無事に決まった今はホッと一安心。

一応書類の上では3月付けで、という事になっているのだけど、出来れば3月は1ヶ月のお休みを取りたいと思っているので(引越した後の片付けもあるし、忙しくなる前に少しハワイでゆっくりしたいしね)、もし希望が通れば実際にロスからフライトを始めるのは4月から、という事になるかもしれない。

でも、この転勤が決まるまで、実はいろいろと紆余曲折(?)もあった。

ハワイへの引越しを決めてから、いよいよ私の仕事をどうするか、という問題と毎日向き合った。 もちろん最初は今の仕事を辞めずにこのままホノルルから西海岸へコミュート(飛行機通勤)する可能性を第一に考えていたけれど、コミュートの経験のない私は、フライトで一緒になるコミューター達の苦労を目の当たりにすると(長い通勤時間での疲労やフライトに乗れなかったらという不安とストレス)、自分もその苦労を受け入れられるだろうか、と非常に不安になり始めた。

不安を取り除くためにはリサーチしかない。 そこで私は、西海岸にあるそれぞれのベースとホノルルとの間には一日に何本のフライトがあるのか、何時のフライトがあってどれに乗れば翌日の乗務に間に合うのか、他の航空会社はどこが何便飛んでいるのか、そのうち我が社と提携している航空会社はどこか(提携している航空会社だと、他社でも自社便と同じように無料で空席に座る事が出来るの)、などの情報から、仕事の前夜に泊まるのはホテルにするのか、ホテルならどこのホテルがクルー割引を出しているのか、又は「クラッシュパッド」と呼ばれる、同じようなコミューター達がお金を出し合って借りているアパートの一室のようなところを借りるのか、もしアパートを借りるのであれば車はどうするのか、車の保険はどうするのか、車をレジスターするなら免許はハワイではなくてカリフォルニアで書き換えなければならないのか…等々、とにかくあらゆる可能性と疑問について考えていた。

こういう具体的な問題について考え始めたら、私はますます不安になって怖気づき始めた。 コミュートというのは社員の自己責任においてのみ成り立つ。 つまり、例え飛行機で長距離通勤しているからと言って、遅刻や欠勤は絶対に許されない。 それが天候が理由であろうと、バケーションシーズンで空席がまったくない状況だからであろうと、コミューターは、そんな事を理由に仕事に穴を開けることは許されないのだ。 自由だからこそ厳しい。 それは当たり前の事。

またコミュートに使う時間は「自分の時間」だ。 勤務時間ではない。 自分の休日の時間を潰して通勤に当てる訳で、それはつまり、自宅にいられる時間が極端に少なくなる、という事でもある。 私の場合、勤務日の前日の朝にホノルルを出て西海岸の午後にベースに到着、そこで一泊して翌日の乗務に備える、というパターンになる。 帰りも、もし帰着が夜遅ければホノルル行きの最終便に間に合わないので、またベース地で一泊して翌朝一番のフライトでホノルルに帰る事になる。 この「翌日」も私の貴重な休日のうちの一日だ。

つまり私のリサーチ結果をすべて総合すると、ホノルルに住んで西海岸で仕事をするという事は、自分の時間とお金を大量に注ぎ込むという事になるのだ。 それだけではない。 空席待ちでコミュートする私達は、そのフライトに乗れるか乗れないか、毎回がストレスとの戦いだ。 この空席待ちの順番も社歴順に決まるので、まだまだジュニアの私には乗れないという可能性も大きい。 乗れなければ新たに乗れる便を探すか、高いお金を払って自腹で飛行機に乗らなければならない。 そこまでの苦労をしてまでコミュートする価値があるのだろうか。

毎日毎日コミュートについて悩んでいた私は、この辺りに来てかなり煮詰まっていた。 そして一旦はコミュートを諦め、会社を辞めてハワイに行く事についても考え始めていた。 ハワイは観光都市。 星の数ほどもあるホテルの中で、1つくらいは私を雇ってくれるホテルもあるだろう。 だって私には10年近いホテル勤務の経験もあるんだから…。 そう思い始めていた。

そんな中、フライトで出会うたくさんの先輩フライトアテンダント達に話を聞いてもらい相談した。 今の自分の置かれている状況、自分の気持ち、ジレンマ、本当の希望。 色々な立場の人達がいた。 私と変わらないような社歴のジュニア達から、中堅シニア、そして超ベテランシニアまで、本当にたくさんの人達に話を聞いてもらった。 そして、彼ら、彼女らは、見事に全員が口を揃えて「辞めちゃダメ」だと言った。 ただし、同じように口を揃えて言うのも「コミュートは大変」だという事。

簡単なコミュートなんてものはない。 社歴が30年以上ある人でも苦労する事もある。 「乗れないかもしれない」というストレスは筆舌に尽くしがたい。 それでも、みんなが「辞めちゃだめ。 この仕事ほど素晴らしい仕事はない。 辞める事は簡単だしダメならいつでも辞める事は出来る。 でもこの仕事が好きなら、頑張って続けるべき」だと言う。

最後の最後まで迷っていた。 私にはこの仕事に対して、そこまでの根性と、そしてそこまでの愛情があるだろうか。 コミュートに対する大きな不安から「いっそすべてを捨てて新しい気持ちでハワイで一からやり直すのも良いかもしれない」という考えが、非常に甘い囁きに聞こえていた。

3月付けで異動が決まる希望提出の期限がギリギリ迫っていた数日前、偶然ロサンゼルスベースのクルーと一緒に仕事をする事になった。 私の中で何かがパチンと鳴った。 フライトタイムは2時間ちょっと。 その間、私はサービスの合間の時間を最大限に使って彼らから色々な話を聞き出した。 ロサンゼルスでのフライトの様子、リザーブの様子、ベースの雰囲気、天候(これはスケジュールにも関わってくるので大事)、そんな事を実際にロサンゼルスベースのクルーから聞く事が出来て、私のイメージも一気に現実的になって行った。

すると偶然にもその中の1人がホノルルからロサンゼルスまでのコミューター達に知り合いが多くいる人で、彼らのコミュート状況を良く知っていた。 どうやらホノルルからロサンゼルスへのコミューター達は何人かで集まって、空港近くにある、空港への送迎バスのあるアパートを借りて、そこに寝泊りしているらしいのだ。 これなら車を買う必要もない。 そして彼女は困った時に私が相談出来るように、彼女の友達の1人でホノルルのコミューターを紹介してくれた。

「次に会うのはロサンゼルスでね!」と温かく声を掛けてくれて別れた彼らのおかげで、私の中にあった不安がスッと軽くなり、「やっぱり私はこの仕事が好きだから今はまだ辞めたくない」という気持ちがどんどん大きくなって行った。

その夜、家に帰るとすぐに、私はロサンゼルスへの転勤希望を出した。 それまで何ヶ月も悩んでいた気持ちは何だったんだろう、と思うほどに迷いはない。 自分の仕事に対する気持ちを再確認し、それなら出来るだけの事をしてみようという覚悟が出来た。 ダメだったらその時に辞めれば良い。 それまでは最大限の努力をしよう。

こうしてあれからほんの数日がたち、昨日、ギリギリセーフで3月からのロサンゼルスへの転勤が受理された。

ところで私がここ数ヶ月、こうして悩みに悩んでいた間、そんな私を傍で見ていた夫は、私の決断に対しては常に無言だった。 「ねぇ、私、どうしたら良い?」「仕事、辞めた方が良いかな?」「私が仕事辞めたら嬉しい?」などの私からの誘導尋問にもまったく動じる事なく、彼は自分のスタンスを貫いた。 何度、「仕事辞めてくれる?」と言ってくれないだろうか、と思った事か。 夫がそう言ってくれさえすれば、二つ返事で「はい、辞めます!」と言って思い切って仕事を辞める事が出来るのに…と。

でも、彼は絶対にその一言だけは言わなかった。 きっとわかっていたんだろうと思う。 もし彼が私に仕事を辞めるように言えば、私はそれ以上深く考えずに仕事を辞めただろうし、辞めてきっと後悔し、私は一生「夫に辞めろと言われたから辞める事を決めた」と思い続けて生きて行く事になる。 そして私が何よりも嫌う「あの時こうしていれば…」の思いを捨てる事が出来なくなってしまう。 そのせいで不幸になるのは、夫ではない。 私自身なのだから。

今、私はこれだけの時間をかけて自分で決めた決断に満足しているし、自分で決めた事に対しての責任感から湧いて来るやる気も感じている。 そして何より「私ってこんなにこの仕事が好きだったんだ」という事を、改めて自分で知る事が出来た事も大きい。 私があーだ、こーだと悩み続けていた間、それを横で見ながらずっと傍で私が決断するのを黙って待っていてくれた夫に、感謝の気持ちで一杯です。

住み慣れたDCを離れるのは寂しいし、通いなれたDCの空港から飛べなくなるのも寂しいけれど、これからは温かく青空の眩しいロサンゼルスの空の下から世界に飛び立って行きたいと思います。

風邪にはホットコーラが効きます

以前日本で、職場の上司が「コーラを飲むと風邪ひかない」と言っていたのを聞いて「また〜、冗談ばっかり〜」と同期と笑っていたのを思い出す。 そして今は彼女に謝りたい気持ちで一杯です。

あれから何年も経ち、数年前、中国人の知り合いから「風邪をひいたらホットコーラを飲む」と聞いて日本の上司の話を思い出した。 それを横で聞いていたフランス人の同僚が「フランスでも風邪をひいたらコーラを飲むよ」と言っていた。 へ〜、コーラって風邪に効くんだ!

昨日、少し風邪っぽかったのでふと思い出しホットコーラを作ってみた。 作り方は簡単。 マグカップにコーラ(またはダイエットコーラ)を注ぎ、その中に摩り下ろしたショウガを入れ(私はチューブのショウガを使いました)、沸騰するまでレンジでチン。 沸騰したら中身を良くかき混ぜて一気に飲む!

味は悪くない。 すごいのは、飲み終わった途端にお腹から指先からつま先まで一気にポッカポカになってきた事。 さっきまで止まらなかったくしゃみが止まった。 ゾクゾクしていたのも止まり、そのままベッドに入ったらあまりに温かくてすぐにウトウトし始めた。 そして汗をびっしょりかいて朝起きたら、昨日までイガイガしていた喉の痛みもなくなっていた。

すごいぞコーラパワー。

調べてみたら、コーラの実から取れるシロップは何百年も昔から薬として利用されて来たんだって。

この冬、風邪気味のあなたにホットコーラをオススメします。

あけましておめでとうございます&スーパーFAの巻

遅くなりましたが新年あけましておめでとうございます。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、私は元旦早々成田へのフライトで新年を迎えました。 年末は成田便で仕事納めをした私ですが、新年の仕事始めも成田。 そう言えば去年の仕事始めも確か成田だったなぁ。

元旦早々に職場のドアを開けると、同じく元旦早々からフライトのあるFA達がもうすでに集まっている。 行き先はそれぞれ別々だけれど、ここDCを基点にアメリカ中、世界中を飛び回るFA達。 「Happy New Year! Fly safely!」とお互いに声をかけながらそれぞれの目的地に向かって飛び立っていく新年の朝。

(ところでものすごく関係ない話になるけれど、もう何年も気になって気になって仕方のなかった事があるのを思い出したのでここで1つ。 日本人の人達が英語で「あけましておめでとう」と言ったり書いたりする時、なぜか「A」を頭につけてしまうの。 「A Happy New Year!」ってな具合に。 これ、間違いです。 「あけましておめでとう」という挨拶に使う時には「A」は付けずに「Happy New Year」で良いのです。 一方、例えば「良い1年をお過ごし下さい」みたいな事を言いたい場合は、挨拶ではなくて文章になるので「Wish you a happy new year」と「a」を付けます。 これは正解。 本当に無駄話だけれど本当にずっと気になっていたので、どうしても言いたかったのです。 失礼しました。)

コーヒーを飲みながらコンピューターで今日のフライト情報をチェックしつつ、必要書類をプリントアウトしたりして事務的な事を済ませると、成田便のクルーの集まるブリーフィングルームへ向かった。 私はいつも一番乗り。 だいたい出社時間の15分から20分前には入るようにしているから。 日本の会社で働いていた時は出社時間の1時間半前には会社にいたのを考えると、これでも随分とゆっくりしているつもりなんだけど、ここではみんな出社時間の5分前くらいに集まってくる。 それでも遅刻する人はいない。 どんなに遅くてもきっちりと出社時間ギリギリに滑り込んで来るのはやっぱりFA魂。

1人の部屋でコーヒーの続きを飲みながら書類をチェックしたりしていると、ようやく今日のクルーが続々と集まり始めた。 一番最初に入ってきたのは今日のパーサー。 「Happy new year! 新年だからHugさせてねー」といきなりHugでご挨拶。 彼女とは何回か一緒した事があるのだけどとても良いパーサーだ。 しばらくすると今日一緒に日本語を担当する日本語スピーカーがやって来た。 年齢は私と1歳しか違わないけれど、この会社での社歴は私よりも5年も先輩だ。 彼女はおそらくDCベースの中で私が一番仲の良いFA。 今までも成田便では2回くらいしか一緒した事はないのだけれど、その他に国内線でも何度か一緒しているという珍しい人。 家も近いのでおうちに招待していただいた事もある、とっても優しくて素敵な人だ。

彼女のボーイフレンドもうちの会社のFAなんだけど、今日は彼も一緒に乗務。 スケジュールを調整してこんな風に家族や恋人と一緒に仕事が出来るのもこの仕事の良いところだ。 「あけましておめでとうございます。 今年もよろしくお願いします」とご挨拶を終えて、今日は仲良しの多いフライトなので楽しくなりそうだとちょっとワクワクする。

すると突然彼女が「あのね、おせち料理作ってきたの。 ○○ちゃん(私)の分も作ってきたから、後で一緒に食べようねー」などとおっしゃる。 えー、おせち料理?! すごーい! しかもアメリカに住んでいるのに材料はどうしたの? 「先月はラッキーな事に成田がホールド出来たから(成田便を専属で飛ぶスケジュールが取れたから)、成田に行くたびに少しずつ買い揃えて行ったのよ」とサラリと笑顔で言う彼女。

彼女の大きな荷物の中には、私と彼女と彼女のボーイフレンドの3人分のおせちが入っているのだ。 ここまでしてくれる友人の優しさに感動、感激。 「昨日作ったの?」と聞く私に「2日前くらいから少しずつ作ったの。 昨日はちゃんと年越しそばも食べて、今朝は2人でお雑煮も食べて来たのよ。」 あなたは偉い!!! 私なんて今朝は「元旦から仕事なんて…」とブツブツ言いながら寝ぼけ眼でようやく身支度を済ませて出てきたというのに。 こういう人と接すると我が身を振り返って本当に恥ずかしくなる。 でも、彼女のおかげでちょっとでもお正月らしい雰囲気を味わえる事に感謝するひと時。

飛行機に乗り込んですぐに「はいこれ」と手渡してくれたお弁当箱には、黒豆、お煮しめ、栗きんとん、なます、有頭えび、しいたけ、かまぼこ、そしてお赤飯が彩り良く綺麗に盛り付けられた「ザ・おせち」が。 すごいすごーい! 本当にありがとう。 年末年始の忙しい時に、それも元旦から出勤するような不規則な仕事の合間に、こんなに立派なおせちを作ってしまうあなたは素晴らしい。 今朝は本当に寒かったけれど(マイナス5度くらい)、年明けからの素敵なサプライズで心もホカホカであったか。

今回のクルーは全員が成田便のベテランばかりだったので、サービスもスムーズ過ぎるくらいにスムーズに進んだ。 一番ジュニアの私は予想通りにビジネスクラスのギャレー担当となったのだけど、ビジネスクラスのその他のメンバーが全員本当に良く働く仕事の出来る人達ばかりだったので、私の負担は普段の半分くらい。 私が何も言わなくても仕事がどんどん進められて終えられて行く。 おかげで私の体力も余りまくり。 スゴイ。

そんな訳で成田到着後も、かの日本語スピーカーの彼女からの「みんなでご飯食べに行かない?」というお誘いにも二つ返事でOK。 ホテルにチェックインした後、総勢4人ですぐにモール行きのバスに乗り込んでさっそく夕ご飯の相談。 「とんかつかステーキにしようって言ってるんだけど…」。 うぅ…、すごいボリュームのあるチョイスですなぁ。 そう言えば前回、年末の成田でも「とんかつ食べに行かない?」と誘われて断ったんだっけなー(FAってとんかつ好き?)。 なので「じゃぁとんかつで」という事になり、意気揚々ととんかつ屋さんに向かった私達。

ところが、とんかつ屋さんに到着するとそこには順番を待つ長―い列が…。 今日はお正月三が日のど真ん中、外食する人達も多いのだろうなー。 仕方なくとんかつは諦め(またとんかつ食べ損ねた!)、モールの中にある『ペッパーランチ』でステーキを食べる事に。 この「ファーストフードのステーキ屋さん」というのはとっても良いアイディアだよねー。 熱々に焼けた鉄板の上に生の肉を乗せたら、そのトレーを持ってテーブルまで歩いている間に片面はもう焼けちゃう。 テーブルに着いて肉をひっくり返したら、もう食べごろ。 出てくるスピードはもしかしたらマ○ドナルドよりも早いかも。 付け合せに野菜とご飯も付いて、ハンバーガーよりも栄養のバランスも良さそうだし。 お肉もとっても美味しくて大満足な夕食でした。

食事の後はそれぞれお買い物へ。 私はいろいろと食料品を買いたかったのでモール内のスーパーマーケットへ。 季節限定のお菓子とか初めて見る美味しそうなお菓子は、どれもこれも欲しくなってキリがない。 持って帰れる量にも限りがあるので、泣く泣く諦めたお菓子も多数。 絶対に買わなければならなかったのは私用のおせんべい各種とダシ用のお徳用かつお節。 基本的に軽くて日持ちのする物ばかり。

1時間後、待ち合わせ場所に現れた友人カップルの両手には大きな袋が。 「何買って来たの?」という私の質問に、「お刺身と、卵と、コタツ。」 は? お刺身? 卵? コタツ?!

「お刺身は冷凍して持って帰るの。 卵はすき焼きが食べたいなーと思って…。 そっと持って帰れば大丈夫よ。 コタツはヒーターの部分だけ。」

まぁ機内には冷蔵庫もドライアイスもあるから、大切に持って帰ればお刺身も卵も壊さずに新鮮なまま持って帰れるだろう。 ただちょっと取り扱いに非常に注意だけど。 それにしても、コタツって…。 テーブルの部分はどうするのだ?

「テーブルはね、自分で作ったの。」 は?! 自分で?!?!

「さすがにコタツを丸々持って帰る事は出来ないから、通信販売で買おうと思ったん だけど、それだと5万円以上もかかっちゃうから、自分で作る事にしたの。 ホームディポ(アメリカのホームセンター)でテーブルの足を買って、木で枠を組んだ所に足を付けて、テーブルの部分は大きな一枚の板にサンドペーパーをかけて、ニスを塗るかペンキを塗るかはまだ考えてるんだけど。 コタツ布団はクイーンサイズのカンフォター(アメリカの掛け布団)でちょうど良いみたい。」 

あなたは本当にスゴイ。 クリクリお目目の本当に女の子っぽい可愛い顔をしているのに、料理は上手な上に大工仕事も出来ちゃうなんて…。 そういえば彼女、仕事で行った成田でウォシュレットを買って持ち帰った(しかも2つも!)という伝説も持っているのだ。 その女性らしく柔らかい顔の下には行動派の逞しい素顔が隠れている彼女。 彼氏が彼女に夢中なのも頷けるのだ。

ホテルに向かう帰りのバスの中では眠気で気を失いそうになりながら、ようやくホテルに到着。 私はもうダメ〜。 熱いお風呂に入ったらすぐにベッドにもぐりこんで、お正月番組を見ながらすっかり夢の中。 翌日はのんびりと寝坊して午後からの乗務に備えた。 一方、かのパワフルカップルは、朝は8時ごろから成田山へ初詣に行ってきたらしい。 あなた達はどこまで体力があるのですか。

往きの便で素晴らしいチームワークを見せた私達は、帰り便も更に素晴らしい仕事をした。 往きも帰りも満席だったにも関わらず、サービスは無駄な時間もなく滞りなく終了。 今年一番の仕事を、素敵な仲間達ととても良いスタートを切る事が出来た。

さて、新年の抱負などを1つ…。

今まで、私の新年の抱負は毎年変わらなかった。 「家族が全員健康で、幸せで、笑顔でいられて、明日のご飯の心配がなく、雨風をしのげる壁と屋根がある事」。 でも今年は少し違う。 今年はいよいよハワイに引っ越しの年。 新しい土地で新しい人達に出会って、新しい経験を積みながら新しい生活を築き上げていく事。 夫と2人、きちんとハワイに受け入れてもらえる事。 それが私の今年の新年の抱負です。

皆様の2009年も健康で安全でありますように、お祈り申し上げます。 

コメントありがとうございます

皆様からのコメント、いつも嬉しく読ませていただいております。 本当にありがとうございます。 特に今回ハワイに引っ越す事になった私達にハワイ在住の方達からの具体的なお話やアドバイスなどをいただき、大変ありがたく思っております。 また「質問があればどうぞ」とメールアドレスをのせて下さった方々も本当にありがとうございました。 その折にはどうぞよろしくお願いいたします。 皆様の温かいお気持ち、本当に感謝しております。

成田やホノルルベースに希望を出してはどうですか、という提案もいただきました。 本当に成田やホノルルベースに所属出来れば良いのですが、現在のところ、成田やホノルルベースは異動希望者を受け付けていないようです。 残念! ある社歴36年のシニアのお姉さまによれば、ホノルルベースなんて過去36年で1回しか異動希望者を受け入れた事がないとの事。 おかげでホノルルベース所属者の平均社歴は高くなる一方で、1970年代入社の人達が未だにリザーブを飛んでいるとか…。 すごすぎます。 という訳で私がホノルルベースに移れる望みは限りなくゼロに近そうです。

以前から重ね重ね申し上げておりますように、私の勝手なわがままで思うところにより、個々のコメントへのお返事を遠慮させていただいているため、今回こちらでのお礼に代えさせていただきました。 何卒ご了承下さいませ。

今後とも皆様のコメントはありがたく読ませていただきたいと思っております。 いつも本当にありがとうございます!
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