4大スポーツ選手列伝

MLB、NFL、NBA、NHLの4大スポーツの選手のエピソードを紹介していこうと思います

2011年08月

ジョン・ハナ ~Greatest Lineman~

0555父のハーバートと弟のチャーリーもNFLOLというラインマン一家に生まれたハナは、OTとしてアラバマ大学に進学。19711972年とオールアメリカンを受賞した。

 

名将ポール・ブライアントいわく今まで見た最高のラインマンの評価を引っ提げ、1973年に全体4位でニューイングランド・ペイトリオッツに入団した。

 

入団後にOGにコンバートされ、1年目からLGのポジションを獲得。最終戦以外13試合にフル出場した。

 

身長188センチとラインマンとしては小柄だったが、それを補って余りある技術と俊敏さを持っており、ランプレーのブロッカーとして活躍。

 

LTのレオン・グレイ、TEのラス・フランシスとの左サイドは鉄壁で、チームは1978年にNFL記録の3165ラッシングヤードを稼いでいる。

 

故障も少なく、13シーズンのキャリアで欠場はわずかに5試合。そのうち3試合は契約の問題からホールドアウトで欠場したものであった。

 

0556長きにわたってペイトリオッツラインの要として仲間を守り続け、1985年には地区優勝を達成。スーパーボウルに進出したが、シカゴ・ベアーズに敗れ、それを花道に現役を引退した。引退後は高校のコーチを少し務めている。

 

プロボウル9回、オールプロ10回、70年代、80年代のオールディケードチーム、NFL75周年記念チームに加え、1991年には殿堂入りを果たし、さらに背番号73は永久欠番である。

 

チャンピオンリングは手にできなかったが、NFL史上最高のOLの呼び声も高い

ブライアント・リーブス ~Big Country~

0554アーカンソーの田舎町に生まれた大きな白人選手、ブライアント・リーブスは、オクラホマ州立大学で平均21.5得点を記録し、1995年に全体6位でバンクーバー・グリズリーズに入団した。

 

213センチの長身と高いシュート技術を武器に1年目からセンターの地位をつかみ、平均13.3得点、7.4リバウンドを記録。オールルーキーに選ばれた。

 

田舎生まれのビッグマンをファンたちは"Big Country(大きな田舎者)”と呼んだ。

 

翌シーズンにはさらに成績を伸ばし、平均16.2得点、8.1リバウンドを記録。シーズン終了後に6年総額6180万ドルの超大型契約を結び、名実ともにグリズリーズの看板選手となった。

 

1997-1998シーズンにはキャリアハイの平均16.3得点、7.9リバウンド、1.1ブロックを記録。その後も飛躍を期待されたが、そううまくはいかないものらしい。

 

これ以降リーブスは怪我と体重の増加に苦しむようになり、成績は低下。先発の座は何とか保っていたものの、出場時間は目に見えて減っていった。

 

0553平均8.3得点に終わった2000-2001シーズン終了後、チームはバンクーバーからメンフィスに移転。しかし、リーブスは腰痛を悪化させて満足にプレーできなくなり、開幕前に現役を引退した。

 

しかし、契約はまだ残っていたため、2001-2002シーズンには1155万ドル、2002-2003シーズンには1300万ドルもの年俸がリーブスに支払われた。

 

わずか6年のキャリアだったが、通算4947得点はグリズリーズ歴代3位の記録である。

ローリー・ボッシュマン ~神がかり~

0552WHLで活躍し、1979年に全体9位でトロント・メープルリーフスに入団したボッシュマンだったが、マイナーに送られるなど伸び悩み、1981-1982シーズン途中にエドモントン・オイラーズに移籍した。

 

この頃熱心なクリスチャンとなったが、それでもなかなか芽が出ず、1982-1983シーズン途中にウィニペグ・ジェッツにトレードされた。

 

信心が神様に通じたのかジェッツで開花し、1983-1984シーズンに28ゴール、74ポイントを稼いでブレイク。ついに1順指名の真価を発揮した。

 

その後もファイトあふれるプレーを披露し、1984-1985シーズンには自己最高の32ゴール、76ポイントを記録。NHL記録となる6人が30ゴールを達成したジェッツ強力オフェンスの中核として活躍を続けた。

 

しかし、当時強豪中の強豪であったオイラーズとカルガリー・フレームズと同地区であったため、プレーオフでは勝ちあがることができず、チームはだんだんと弱体化していった。

 

ボッシュマンも1990年にニュージャージー・デビルズにトレード。デビルズでは20ポイント台まで得点を減らし、1992年にエキスパンションドラフトで新設のオタワ・セネターズに移籍した。

 

0551セネターズでは実績とリーダーシップを買われて初代キャプテンに就任。70試合に出場したが、16ポイントしか稼げず、同年限りで一旦引退した。

 

その後、1994-1995シーズンにイギリスのファイフ・フライヤーズで現役復帰し、7試合プレーしたのちに本当に現役を引退した。

 

神の力を信じて戦ったボッシュマン。現在はキリスト教を通じてホッケーの普及活動を行っている。

お詫び ~更新の再開について~

いつも当ブログをご覧いただき誠にありがとうございます。

27日まで更新を休止すると先の記事に書きましたが、思いのほか時間がかかり、30日までずれこんでしまいました。

本日より更新を再開しますので、どうかご容赦ください。

お詫び ~更新の一時休止~

いつも当ブログをご覧いただき誠にありがとうございます。

最近本業が忙しい状態が続き、ブログの更新が滞り気味になっています。

つきましては、誠に勝手ながら8月27日まで更新を親亜炭させていただきます。

その後は平常通りの更新ができると思いますので、どうぞご勘弁の程をよろしくお願いいたします。
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