メジャー屈指の老舗球団で、今でこそ人気も実力もあるフィラデルフィア・フィリーズだが、70年代後半までは弱小球団で、ファンも熱狂的だが柄が悪く、お世辞にも人気があるとは言えなかった。

 

0060球団首脳陣はフィリーズは女性や子供に愛される球団であるべきと考えており、人気アップのテコ入れとして導入されたのがフィリー・ファナティックである。

 

ガラパゴス生まれの謎の生物、フィリーは1978425日に突如としてスタジアムに現れた。

 

以後、いたずら好きで愛嬌のあるフィリーはファンの絶大な支持を獲得した。

 

ATVでフィールドを走り回り、(このパフォーマンスを発明したのはフィリーである)練習中の選手のグラブを勝手にスタンドに投げ込み、ブルペンで投球練習をし、ダッグアウトの上に登って相手投手に魔法をかけようと試み、自由奔放に球場を暴れ回った。

 

その暴れぶりはサンディエゴ・チキンとともに他のマスコットの手本となり、マスコットというものの在り方を方向づけた。

 

暴れ過ぎて観客に怪我をさせることもしばしばで、訴訟を起こされた回数は数知れず、250万ドルの損害賠償を命じられたこともある。

 

それでもフィリーはアメリカのスポーツマスコットで一番の人気者だが、敵チームの人物にはフィリーを快く思っていない人物も少なくない。

 

0061その最たる例が闘将トミー・ラソーダで、ドジャースを小馬鹿にしたようなパフォーマンスをするフィリーを日頃から嫌っていた。

 

その不満は1988年に爆発した。ある試合でフィリーがラソーダのユニフォームを着た人形を踏みつけるという過激なパフォーマンスを行ったとろ、ラソーダは激怒しフィリーに襲いかかった。

 

幸か不幸かその試合は全国ネットで中継されており、全米のリビングにラソーダに襲われるフィリーの姿が流れた。

 

2004年には頭を盗まれ、2006年にはキャンペーンの一環で真っ赤に塗られるなど、登場から30年以上たった今日でも話題は尽きない。

 

2005年に創設されたスポーツマスコットの殿堂に創設と同時に殿堂入り。クーパーズタウンの野球殿堂にレリーフが飾られるなど、スポーツマスコットとしては特別な存在である。

ちなみに、姿が良く似ている広島東洋カープのマスコット、スラィリーとは片割れどうしとのことである。