0091RBの影には必ず素晴らしいリードブロッカーがいる。今回の主人公、ダリル・ジョンストンはその最たる例と言えよう。

 

シラキュース大学で1988年、1989年にオールアメリカンに選出され、1989年のドラフト2巡目でダラス・カウボーイズに指名されたジョンストン。

 

FBとしてのランもさることながら、レシーブやパスプロテクションの名手でもあり、1年目から16レシーブで133ヤード、3TDを記録している。

 

2年目の1990年にエミット・スミスが入団してくると、リードブロッカーとして真価を本格的に発揮し始めた。スミスに立ちはだかるディフェンダーを跳ね飛ばすジョンストンの姿にダラスのファンは熱狂した。

 

その活躍ぶりはダラスにとどまらずNFL全体に衝撃を与え、1993年にはプロボウルの投票にFBの枠が新設され、記念すべき1人目にはもちろんジョンストンが選ばれた。

 

固い友情で結ばれたスミスとジョンストンは二人三脚でラッシングヤードを稼いでいったが、やがて2人にも別れの時は来た。

 

0092首の故障でジョンストンはだんだん試合に出られなくなり、1999年、ついに引退した。

 

ジョンストンの出場機会が減っていくにつれてスミスの成績もだんだんと落ちていった。

 

しかし2002年、スミスは偉大な記録を達成する。ウォルター・ペイトンが持っていたラッシングヤードのNFL記録を塗り替えたのだ。

 

記録達成の瞬間、解説者に転じていたジョンストンは放送席にいた。ジョンストンはフィールドに降りて行き、スミスと泣きながら熱い抱擁を交わした。

 

“ジョンストンがいたから今の自分がいる”

 

エミットは引退会見で涙ながらにそう語った。リードブロッカーたるもの、こうありたいものである。