0422クリーブランドで生まれ、高校時代にはRBとしてオールアメリカンに選ばれたハワードは、ミシガン大学でも素晴らしい活躍を見せ、1991年にはBig10カンファレンストップの138得点を記録。ハイズマン賞を受賞した。

 

この功績をたたえて2010年にはカレッジフットボール殿堂入りを果たしている。

 

1992年に全体4位でワシントン・レッドスキンズに入団。レッドスキンズは前年スーパーボウルを制しており、わざわざトレードアップをしての指名であった。

 

NFLではWRにコンバートされ、さらにリターナーも兼任。1年目から22回の3レシーブで20ヤード、22回のKR462ヤード、6回のPR84ヤード、1TDを記録している。

 

レッドスキンズではWRとしての期待が大きかったらしく、1994年にはWRに専念。15試合に先発し、40レシーブで727ヤード、5TD,リーグ7位のレシーブ平均18.7ヤードを記録。

 

1995年にジャクソンビル・ジャガーズに移籍。ジャガーズでもWRとして6試合に先発するなどWRとしての起用も多くかった。

 

しかし、1997年にグリーンベイ・パッカーズに移籍するとついにその真価を発揮する。

 

WRをほとんど廃業し、リターナーに専念。22回のKR460ヤード、RPはさらに凄まじく、いずれもリーグ最多の58PR875ヤード、3TDを記録。875ヤードはいまだにNFL記録である。

 

プレーオフでもハワードのリターンは冴えわたり、ディビショナルプレーオフでサンフランシスコ49ersを相手にPRTDを決め、スーパーボウルに進出した。

 

27-21とパッカーズリードで迎えた第3クォーター、ハワードは99ヤードのロングPRTDを決め、流れを完全にパッカーズに手繰り寄せた。

 

0423試合はそのままパッカーズが勝利。ハワードはMVPを受賞。スペシャルチーマーとして」初の受賞であるとともに、スーパーボウルMVPとハイズマン賞を受賞した4人目の選手となった。

 

1997年はオークランド・レイダーズに移籍。レイダーズでも1998年にリーグ最多の2PRTDを記録するなどリターナーとして大いに活躍した。

 

1999年にパッカーズに復帰も、シーズン途中にデトロイト・ライオンズにトレード。ライオンズでは2000年にプロボウルに初選出。チームで唯一の選出であった。

 

2002年に現役を引退。現在はカレッジの解説者を務めている。

 

フットボーラーとして最高の名誉を二つも手にしたハワード。リターンヤード10854ヤードは歴代6位の大記録である。