0679QMJHLでかなりの得点を稼いでいたロビテイルだったが、スケーティングに難があり、1984年に唯一目をかけてくれたロサンゼルス・キングスに指名されたものの、指名順位は9巡目171位であった。

 

ドラフト会場に足を運んだロビテイルは、指名された後、キングスのGMロガシアン・ヴァションに挨拶をした。ちなみにこの年のキングスが4巡目に指名したのが、MLB300勝投手となるトム・グラビンであった。

 

その後しばらくジュニアでプレーし、1985-1986シーズンには63試合で191ポイントを稼ぎ、MVPを獲得。翌1986-1987シーズンからキングスに加入した。

 

ルーキーイヤーから45ゴール、84ポイントを獲得し、カルダー賞を獲得。翌シーズンには53ゴール、11ポイントを獲得し、グレツキーに次ぐスコアラーとしての地位を獲得した。

 

なんといっても正確なシュートが持ち味で、1989-1990シーズンにはリーグ最高のシュート成功率24.8%を記録。一方でペナルティが少なく、同年はわずか38分しかない。

 

1992-1993シーズン、グレツキーが故障してしまったため、ロビテイルが代理のキャプテンに就任。いずれもLWの最高記録となる63ゴール、125ポイントを記録し、グレツキーの代わりを立派に務めあげた。

 

同年はプレーオフに進出し、24試合で9ゴール、22ポイントを記録したが、ファイナルでモントリオール・カナディアンズに敗れ、スタンレー・カップ獲得はならなかった。

 

翌シーズンは86ポイントと物足りない成績に終わり、シーズン終了後リック・トケットと指名権とのトレードでピッツバーグ・ペンギンズに移籍した。

 

マリオ・ルミューやヤロミール・ヤーガーを擁するペンギンズは強豪であり、当然ロビテイルは期待されたが、怪我でわずか46試合しか出場できず、デビュー以来最低の42ポイントしか記録できなかった。

 

翌シーズンニューヨーク・レンジャーズトレードされたが、ポイントが減ったばかりかペナルティが増え、69ポイントに対してペナルティ80分と初めてポイントがペナルティを下回った。

 

06801997年にトレードでキングスに復帰。若いころほどの得点力はないものの、2年連続で74ポイントを記録するなど活躍した。

 

2000年に年俸削減のためトレードを打診されたが拒否し、FAでデトロイト・レッドウィングスに移籍。同年始めてファイナルを制し、悲願のスタンレー・カップを獲得した。

 

2002年に再びキングスに復帰し、51ポイントを記録したが、ロックアウトが明けた2005-2006シーズンは24ポイントしか稼げず、同年限りで現役を引退した。

 

1394ポイントはLWとして歴代1位。全体171位指名での1000ポイント達成は、210位で達成したデーブ・テイラーに次ぐ歴代2位の記録である。

 

2009年に殿堂入り。背番号20はキングスの永久欠番となっている。

 

難癖のある選手を安く獲得し、上手く使うのはプロスポーツの理想の一つである。それを最高のレベルで成功させたキングスのフロントは優秀である。