0381KRのビッグリターンは勝利に直接結び付く。30ヤード地点までリターンしたとすれば、労せずして1回ファーストダウンをとったようなものである。この10ヤードがチームに勢いと勝利をもたらすのだ。

 

さらにリターンTDなど決めようものなら、流れは完全に攻撃側のものである。

 

ベイツがどれだけパンサーズに勝利をもたらしたかは計り知れないものである。

 

高校時代から陸上とフットボールのヒーローだったベイツは、アリゾナ大学でもその両方をプレーした。

 

フットボールもさることながら、陸上は特にすばらしい成績を残し、200m走ではPAC10カンファレンスのチャンピオンで、400mリレーの選手として全米2位に輝いたこともある。

 

1992年にはバルセロナ五輪の200m走の予選に出場し、20.01の好タイムをマーク。バルセロナへの切符を手にした。

 

バルセロナでは20.38とタイムを落としたものの、他の選手のトラブルもあり、銅メダルを手にした。

 

同年のNFLドラフトでシアトル・シーホークスが6順目150位で指名。ベイラーはNFLの世界にも足を踏み入れた。

 

ベイツの世界的なスピードを生かすために用意されたポジションはKRであった。1年目から30リターンで603ヤード。平均20.1ヤードをリターンするなど、悪くない成績を残した。

 

しかし、1995年にクリーブランド・ブラウンズに移籍すると控えに回され、わずか9回のリターンで176ヤード、平均19.6ヤードに終わった。

 

だが、ベイツはその才能をまだフルに発揮していなかった。翌シーズンにカロライナ・パンサーズに移籍すると、その才能は一気に開花した。

 

33回のリターンで998ヤード、1TD、平均ヤードはなんと30.2を記録。オールプロとプロボウルに選出された。

 

0380翌シーズンは47回のリターンで自己最高の1480ヤード、平均27.3ヤードを記録。2年連続のプロボウルに選出された。

 

その後2000年まで5年連続でプロボウルに選出され、リーグを代表するKRとなった。1999年にはリーグ最多の2KRTDを記録している。

 

2001年にワシントン・レッドスキンズに移籍。26リターンで1150ヤード、平均23.5ヤードを記録したが、プロボウルには選ばれなかった。

 

翌シーズンにはジェッツとカウボーイズの2チームでプレーし、シーズン終了後に引退した。

 

KRで稼いだ9110ヤードは歴代6位の記録である。

 

スーパーボウルリングは流石に手にできなかったが、フットボーラーとして数多くの名誉を手にしたベイツ。1990年代のオールディゲートチームに選出されている。