0714ディビションⅡのソノマ州立大学で頭角を亜表し、同大のパスに関する記録を10個も塗り替えさせたアレンは、1994年に全体46位でダラス・カウボーイズに入団した。

一見あまり高い順位に見えないが、カウボーイズがこれ以上の順位でOLを指名したのは1981年以来のことである。

1年目からRTのポジションを獲得し、チーム全体のサック数をわずか20に抑え、オールルーキーに選出された。

センター以外のあらゆるポジションをこなす便利なラインマンで、191センチ147キロの巨体とベンチプレス313キロの怪力を誇り、ディフェンダーをこともなげに跳ね飛ばした。

翌シーズンからRGにコンバートされ、エミット・スミスのブロッカーとしてチームレコードの1773ヤードランに貢献。チームはスーパーボウルを制し、アレンはプロボウルに初選出された。

1996年もリーグトップの19サックにとどめ、プロボウルに加えてオールプロにも選出された。

1998年にLTにコンバート。4年連続となるプロボウルに選出された。

翌シーズンからはLGとなり、再びプロボウルに選出。RT、LT、LGの3ポジションでの選出となった。

毎年プロボウルとオールプロに名を連ねるNFL最高のラインマンであったが、2002年シーズンは肘の故障で5試合しか出場できず、プロボウル連続出場は7年、オールプロは6年で途切れてしまった。

しかし翌シーズンには復活を果たし、LGとして全試合に先発。プロボウルに返り咲き、連続出場を再開させる。

07132006年のプロボウルでは"ストロンゲストマン"に選ばれたが、同年3月21日に解雇され、サンフランシスコ・49ersに移籍した。

49ersでもLGとして11試合に先発し、4年連続11回目のプロボウルに選出。2007年も全試合に先発したがシーズン終了後に解雇された。

2008年8月29日にカウボーイズと一日限りの契約を結び、現役を引退した。

2011年にはカウボーイズ・リング・オブ・オナーを受賞。90年代、00年代のオールディケードチームにも選ばれている。

現役時代からチャリティーに熱心で、カウボーイズの他のラインマンとともに、ダウン症の子供のために"First Down for Down syndrome"というプロジェクトに参加している。


心やさしいラインマン、アレン。彼なくしてトリプレッツの活躍はない。