4大スポーツ選手列伝

MLB、NFL、NBA、NHLの4大スポーツの選手のエピソードを紹介していこうと思います

マスコット

ミスター・メッツ ~Mr.マスコット~

0086日本人初の大リーガーは誰かと聞くと、ほとんどの人は野茂英雄と答える。実際は村上雅則なのだが、時代が古すぎて知っている人は少ない。

 

同じ理由でミスター・メッツがMLB初のマスコットだと知っている人は少ない。大抵の人はフィリー・ファナティックかサンディエゴ・チキンが最初のマスコットだと思っている。

 

フィリーやチキンに先駆けること実に10年以上前、1963年にメッツのファンブックや名鑑に登場したミスター。翌1964年に人形として登場し、MLBの歴史に大きな一歩を踏み出した。

 

1964年にはマスコットの新人王を受賞(したとメッツのHPには書かれている)

 

その後妻と3人の子供に恵まれ、メッツ初のボブルヘッドのモデルになるなど活躍を続けたが、1970年代半ば、多くのマスコットが登場する前に突如として姿を消した。

 

その後、どの球団でもマスコットが当たり前のように暴れるようになった1994年に復活。ファンとの記念撮影にポーズをとって応じ、レンタルでホームパーティーにも駆けつけるファンサービスのいいミスターは、たちまちニューヨーカーの支持を獲得した。

 

ちなみにメッツのHPによると、人気の秘密はミスターの頭に引力が生じており、それにファンが引き寄せられるからだという。

 

0087応援のしすぎで声が出なくなり、現在はしゃべれないが、12ヶ国語のジェスチャーができるというミスター。2000年にはメッツとともに東京ドームに遠征し、MLBのマスコットとして初めて海外の公式戦に登場したマスコットとなった。

 

2002年には40歳の誕生日パーティーが催され、MLB全球団の“後輩”たちがニューヨークに集まり、ミスターを祝福した。

 

フィールド以外にも、ニューヨークのあちこちに設置された広告や、シティー・フィールド内で使われる商品券の肖像で姿を見ることができる。

 

マスコットの歴史を作った偉大なミスターマスコット、ミスター・メッツ。2007年にマスコットの殿堂入りを果たしている。

サンディエゴ・チキン ~鉄ニワトリ~

1974年、サンディエゴ動物園でキャンディを配るために初お目見えしたチキン。パドレスのマスコットだと思われがちだが、実は地元のラジオ局のマスコットである。

 

0078チキンの中身のテッド・ジアンノーラスが野球好きなので、ほぼ毎試合パドレスの試合には駆けつけるが、実質フリーランスのマスコットなのでどんなイベントにも出演できる。現にフットボールバスケットの試合に登場することもしばしばある。

 

チキンが登場した当時、すでにMLBのいくつかの球団にはマスコットがいたが、現在のそれにくらべておとなしく、あまり目立たない物であった。

 

しかし、チキンは違った。ロックの大音響とともに球場に現れ、過激なパフォーマンスを披露する姿はフィリーズのフィリー・ファナティックとともにマスコットの在り方を方向づけた。


現に球場にオルガン演奏だけでなくロックが流されるようになったのは、ほかならぬチキンの功績である。


0079マスコットでありながらスーツが暑いとHPで発言したり、鶏肉を食べると公言したり、20世紀のスポーツにもっとも影響力のあった100人に選ばれたり、レコードのジャケットに登場し、カードになり、経済学のビデオに出演し、フリーランスならではの行動範囲の広さと過激さでサンディエゴにとどまらず、アメリカ中を飛び回っている。

 

35年以上にわたって17000以上ものイベントに出演し、現在も活躍しているチキンだが、今まで1回もイベントを欠場したことはないという。

 

マスコットの鏡、サンディエゴ・チキン。2005年に創設されたマスコット栄誉の殿堂に顕彰されている。

ユッピー ~モントリオールの元気者~

1989823日、モントリオール・エクスポズの本拠地、オリンピック・スタジアムでロサンゼルス・ドジャース戦が行われていた。

 

当時のエクスポズは弱小不人気を絵に描いたような球団で、淡白な試合展開に少ない観客はうんざりしていた。

 

0058しかし延長11回、背番号“!”のエクスポズのユニフォームを纏ったオレンジ色の何かが突然ドジャース側のダッグアウトの上に騒々しく降り立ち、ダッグアウトの上を暴れながら走り回った。

 

観客がどのような反応をしたのかは定かではないが、オレンジ色の何かはトミー・ラソーダの抗議で退場させられた。

 

このオレンジ色の何か、ユッピーは、セサミストリートの人形を製作したことで知られるハリソン・エリクソン社で作られたエクスポズのマスコットであった。

 

以後、活躍の場をエクスポズ側のダッグアウト上に移し、腕を振り回しながらガラガラのスタンドを元気よく走り回るユッピーは、弱くて不人気なエクスポズの数少ない人気者の一人であった。

 

フィリー・ファナティックやサンディエゴ・チキンとともに野球殿堂にレリーフが飾られるほどの(もちろんジョークで、正式に殿堂入りしているわけではない)MLBを代表するマスコットであったが、2004年、エクスポズがワシントンに移転し、ワシントン・ナショナルズに名前を改めるのを機に新しいマスコットが誕生し、ユッピーは”失業”してしまった。

 

しかし、人気者のユッピーは引く手あまたで、エクスポズがユッピーを手放したと報じられるや否や、モントリオールの10以上の企業や団体からユッピーを引き取るという申し出が殺到した。

 

引き取り手はすぐに決まった。ユッピーはNHLモントリオール・カナディアンズに移籍することになった。

 

カナディアンズは一時期財政難に陥ったことがあり、マスコットを置くことができず、そのままタイミングを逃してマスコットを置かずにいたのだった。

 

0059マスコットの移籍、それも違うリーグへの移籍は前代未聞のことで、法手続きが難航したものの、2005-2006シーズンからカナディアンズのマスコットとして活動を開始。相変わらず暴れ回り、モントリオール市民の人気を集めているという

 

この分なら、もし将来カナディアンズが移転したとしても、ユッピーの新しい移籍先はすぐに見つかるだろう。

ザ・サンズ・ゴリラ ~Flying Gorilla~

マスコットには可愛い見た目で愛嬌をふりまくタイプと、過激なパフォーマンスで人気を集めるタイプの2種類がいる。

 

0069今回の主人公、サンズ・ゴリラは典型的な後者のタイプである。見た目はどう勘定しても可愛いとは言えない。しかし、パフォーマンスは見事の一言である。

 

1980320日に初めてお目見えしたゴリラ。ゴリラのくせにバナナは苦手という設定で、毎試合何かしらの仮装をしてアリーナに現れ、試合前にひとしきり暴れ、第3Qと第4Qの間にトランポリンを使ってダンクシュートを決める。


しかもただのダンクではなく色々と趣向を凝らしたアクロバティックなもので、時には写真のように火の輪くぐりのおまけまでつくのだから、その能力のほどがわかるというものである。

 

他にもアリーナでバイクやジープを乗り回し、Twitterをやり、猫を可愛がり、自分の体をボールにボーリングをやり、マスコットのじゃんけん大会で優勝し(インチキをして)、スカイダイビングをやり、異常なまでの行動力で登場から30年以上ファンを楽しませている。

 

一方、これだけ暴れるのだから失敗も多いようで、サンズの公式HPをみると、両肩脱臼、ヘルニア、骨折、肉離れ、脳震盪、頭の50針の縫合などそうそうたる故障歴が見られるが、この故障もマスコットの勲章である。現に自慢げに見せびらかすような書き方がなされている。

 

0070体を張っているだけにファンからの支持は絶大で、年に300回以上もチャリティーで世界中を訪問し、CMに出演したり、ゲームの隠しキャラクターとして登場したりと引っ張りだこである。

 

2005年にはマスコット栄誉の殿堂最初のメンバーのうちの一人に選ばれるなど、NBAを代表するマスコットとして世界中で愛されている。

 

これからも大けがをせず、過激で愉快なパフォーマンスを見せてほしいものである。

フィリー・ファナティック ~マスコット界のパイオニア~

メジャー屈指の老舗球団で、今でこそ人気も実力もあるフィラデルフィア・フィリーズだが、70年代後半までは弱小球団で、ファンも熱狂的だが柄が悪く、お世辞にも人気があるとは言えなかった。

 

0060球団首脳陣はフィリーズは女性や子供に愛される球団であるべきと考えており、人気アップのテコ入れとして導入されたのがフィリー・ファナティックである。

 

ガラパゴス生まれの謎の生物、フィリーは1978425日に突如としてスタジアムに現れた。

 

以後、いたずら好きで愛嬌のあるフィリーはファンの絶大な支持を獲得した。

 

ATVでフィールドを走り回り、(このパフォーマンスを発明したのはフィリーである)練習中の選手のグラブを勝手にスタンドに投げ込み、ブルペンで投球練習をし、ダッグアウトの上に登って相手投手に魔法をかけようと試み、自由奔放に球場を暴れ回った。

 

その暴れぶりはサンディエゴ・チキンとともに他のマスコットの手本となり、マスコットというものの在り方を方向づけた。

 

暴れ過ぎて観客に怪我をさせることもしばしばで、訴訟を起こされた回数は数知れず、250万ドルの損害賠償を命じられたこともある。

 

それでもフィリーはアメリカのスポーツマスコットで一番の人気者だが、敵チームの人物にはフィリーを快く思っていない人物も少なくない。

 

0061その最たる例が闘将トミー・ラソーダで、ドジャースを小馬鹿にしたようなパフォーマンスをするフィリーを日頃から嫌っていた。

 

その不満は1988年に爆発した。ある試合でフィリーがラソーダのユニフォームを着た人形を踏みつけるという過激なパフォーマンスを行ったとろ、ラソーダは激怒しフィリーに襲いかかった。

 

幸か不幸かその試合は全国ネットで中継されており、全米のリビングにラソーダに襲われるフィリーの姿が流れた。

 

2004年には頭を盗まれ、2006年にはキャンペーンの一環で真っ赤に塗られるなど、登場から30年以上たった今日でも話題は尽きない。

 

2005年に創設されたスポーツマスコットの殿堂に創設と同時に殿堂入り。クーパーズタウンの野球殿堂にレリーフが飾られるなど、スポーツマスコットとしては特別な存在である。

ちなみに、姿が良く似ている広島東洋カープのマスコット、スラィリーとは片割れどうしとのことである。
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