4大スポーツ選手列伝

MLB、NFL、NBA、NHLの4大スポーツの選手のエピソードを紹介していこうと思います

CBJ

マルク・ドニ ~青い守護神~

0537QMJHLで活躍し、1995年に全体25位でコロラド・アバランチに入団したドニだったが、アバランチではずっとマイナー暮らしで、でわずか28試合の出場機会しか得られず、2000-2001シーズン開幕前に新設のコロンバス・ブルージャケッツに放出された。

 

ジャケッツでは1年目から正ゴーリーとして起用され、32試合でセーブ率.895、防御率3.25と悪くない成績を残したが、新設チームの常で得点が少なく、勝敗は620敗と散々に終わった。

 

2001-2002シーズンも924敗だったが、2002-2003シーズンにはNHL最多の77試合、4511分の出場機会を得、セーブ率.903、防御率3.09を記録。27勝をマークしたが、その一方でリーグ最多敗となる41敗を記録した。

 

しかし、このシーズンジャケッツはわずか29勝しかしておらず、ドニはジャケッツにとってかけがえのない重要な選手であった。

 

翌シーズンも防御率2.56ながら2136敗で最多敗を喫したが、チームは25勝。さらにホッケー世界選手権にカナダ代表で選出。控えゴーリーで出場機会はなかったが、金メダルを獲得した。

 

0538ロックアウトを挟んで2005-2006シーズンは出場機会を減らしたものの、2125敗、チームは35勝であり、以前ジャケッツの重要な戦力であった。

 

しかし、2006年にタンパベイ・ライトニングにトレードされ、1718敗を記録するものの、翌シーズンは控えに終始。ウェーバーにかけられたものの引き取り手はなく、AHLに送られた。

 

シーズン終了後にFAになり、モントリオール・カナディアンズに移籍したが、1試合出場しただけで現役を引退した。現在は解説者を務めている。

 

2010-2011シーズン時点でジャケッツは通算313勝だが、そのうち実に81勝はドニが稼いだものである。

 

通算112179敗と勝ちには恵まれなかったが、通算防御率3.02は歴代91位の立派な記録である。

ジェフ・サンダーソン ~乞われて行くもの~

0444例外もあるが、トレードとは相手に乞われて行くものという原則がある。特にシーズン途中のトレードならなおのことである。何としても欲しいから、わざわざトレードまでして獲得するのである。

 

そういう意味ではジェフ・サンダーソンはチーム首脳陣にとって魅力的だったのだろう。

 

1990年に全体36位でハートフォード・ホエーラーズに指名されたサンダーソンは、1990-1991シーズン終盤にNHLデビュー。

 

続く1991-1992シーズンには64試合で13ゴール、31ポイントと頭角を現し、1992-1993シーズンにはキャリアハイの46ゴール、89ポイントを記録した。

 

1993-1994シーズンにも41ゴール、67ポイントを記録。オールスターに初選出。

 

その後もホエーラーズになくてはならない得点源として活躍を続け、1996-1997シーズンにもオールスターに選出されたが、チームがカロライナ・ハリケーンズに変わった1997-1998シーズン途中にヴァンクーバー・カナックス、バッファロー・セイバーズとトレードで移籍し、1シーズンに2回も移籍を経験した。

 

セイバーズでは成績を落とし、2000年のエキスパンションドラフトで新設のコロンバス・ブルージャケッツに移籍した。

 

0443ジャケッツでは1年目から30ゴール、56ポイントを記録し復活。ジャケッツの稼ぎ頭となった。

 

2001-2002シーズンには16ポイントと低迷したものの、2002-2003シーズンには67ポイントを挙げて復活。しかし2003-2004シーズン開幕直後にカナックスに復帰。

 

ロックアウトの間はスイスでプレーし、ロックアウト明けにジャケッツに出戻り、さらに2005-2006シーズン途中にフェニックス・コヨーテズにトレード。

 

コヨーテズでも75試合で46ポイントと健闘したものの、翌シーズンにはフィラデルフィア・フライヤーズに移籍。さらに翌シーズンにはエドモントン・オイラーズに移籍し、同年限りで引退した。

 

通算1104試合で355ゴール700ポイント。移籍すること8回、うちシーズン中の移籍4回というさすらいの選手人生であった。

ダリル・シドア ~Sid in Dallas~

0109WHLで素晴らしい成績を残し、1990年に全体7位でロサンゼルス・キングスに指名されたシドアだが、2年間WHLに残り、キングスに加入したのは1991-1992シーズン終盤であった。

 

1992-1993シーズンはフルに出場。6ゴール、23アシストとまずまずの成績を残し、プレーオフに出場。プレーオフでは23試合で3ゴール、8アシストの成績を残し、ファイナルまで進出したが、モントリオール・カナディアンズに敗れ、スタンレー・カップ獲得はならなかった。

 

その後もキングスは強豪として名をはせたが、カップを獲得できず、シドアも1995-1996シーズン途中にダラス・スターズへトレードされた。

 

ダラスで本格的に全盛期を迎え、1996-1997シーズンには82試合にフル出場し、自己最高の40アシスト、48ポイントを記録。プレーオフにも進出した。

 

その後もデリアン・ハッチャー、セルゲイ・ズボブらとともにスターズの強力ディフェンス陣の一角を担い、1997-1998シーズンは11ゴール、35アシストでオールスターに初選出。

 

1998-1999には14ゴール、34アシストの好成績でプレーオフに進出。3ゴール、9アシストの好成績でついにスタンレー・カップを手にした。

 

01101999-2000シーズンもプレーオフファイナルに進出。連覇を狙ったが、ニュージャージー・デビルスに敗れた。

 

その後は少しずつ成績を落としていき、2003-2004シーズンはコロンバス・ブルージャケッツに移籍。さらにシーズン途中にタンパベイ・ライトニングに移籍。

 

ライトニングではプレーオフに進出。見事ファイナルを制し、2回目のスタンレー・カップを手にした。

 

2006-2007シーズンはスターズに復帰。シーズン終了後にFAでピッツバーグ・ペンギンズに移籍したが、2008-2009シーズン途中に三度スターズに移籍。

 

2009-2010はセントルイス・ブルースに移籍し、7番目のディフェンスマンとして活躍。そのまま引退した。

 

移籍はプロスポーツの常とはいえ、3回も同じチームに移籍したのはこのシドアくらいだろう。

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