4大スポーツ選手列伝

MLB、NFL、NBA、NHLの4大スポーツの選手のエピソードを紹介していこうと思います

JAX

トニー・ボセーリ ~Boselli Burger~

0730カレッジの名門USCで3回もオールアメリカンに選ばれた名タックル、ボセーリは、1995年にドラフト2巡目で新設のジャクソンビル・ジャガーズに入団した。

1年目は12先発にとどまったものの、続く1996年にはLTとして16試合にフル出場。プロボウルに選出された。

ジャガーズのドラフト一期生にしてマーク・ブルネルと並ぶ初代スターであり、ファンの人気は絶大で、ジャクソンビルのマクドナルドでは"ボセーリ・バーガー"なるハンバーガーが売り出されたほどであった。

翌シーズンからプロボウルに加えてオールプロにも3年連続で選出。躍進を続ける若きジャガーズの最前線に立ち続けた。

2000年もオールプロからは漏れたものの5年連続となるプロボウルに選出されたが、翌シーズンは故障で3試合の出場に終わった。

0729そのせいでプロテクトからはずれ、エキスパンションドラフトで新設のヒューストン・テキサンズに指名され移籍したが、故障ですぐに解雇され、そのまま現役を引退した。

2005年ジャガーズと1日限りの契約を結び、本当に現役を引退した。

引退後は解説者を務める傍ら、現役時代から熱心に取り組んでいたチャリティー活動に精を出し、かつてのチームメイトとともにマットレスの販売会社を経営。

ジャクソンビルではいまだに人気絶大で、ジャクソンビル市長選挙の候補にもなっている。

1990年のオールディケードチームに選出されたほか、2006年にはジャガーズの殿堂入り。今のところ殿堂入りしているのはボセーリのみである。

アーロン・グレン ~Jet aircraft~

0674ナバロ大学とテキサスA&M大学でオールアメリカンを3回受賞したグレンは、1994年に全体12位でニューヨーク・ジェッツに入団した。

 

1年目からCBKRとして15試合に出場し、CBとして67タックル、2FF1FRを記録。さらにKRとして27リターンで582ヤードをリターンした。

 

翌シーズンは52タックル、1INT1FF1FRと今一つだったが、1996年は4INT44タックル、リーグ最多の2INTTDを記録。100ヤードの劇的リターンTDも決め、風格を見せた。

 

1997年はグレンの守る左サイドにほとんどパスが飛んでこず、1INT65タックルを記録。さらにKRとして28リターンで741ヤード、1TDを記録。プロボウルに選出された。

 

翌シーズンはなんと6INTを稼ぎ、リターナーとしても24リターンで585ヤードを記録。2年連続でプロボウルに選出された。

 

その後3INT4INT5INTと活躍を続けたが、2002年にエキスパンションドラフトでヒューストン・テキサンズに移籍。創設まもないテキサンズディフェンスの要として5INT67タックル、1.0サックを記録。DEのゲーリー・ウォーカーとともにチーム初のプロボウラーとなった。

 

06732005年にダラス・カウボーイズに移籍。ジェッツ時代のHC,ビル・パーセルズと再会し、7先発ながら4INTを記録した。

 

2006年以降は先発に復帰できず、2007年にジャクソンビル・ジャガーズ、2008年にニューオーリンズ・セインツに移籍。

 

セインツでもさしたる活躍はできず、シーズン終了後に解雇。2010728日にテキサンズと1日だけの契約を結び、これを最後に現役を引退した。

 

ジェッツで記録した24INTはチーム歴代3位。ジェッツのオールタイムチームに選出されている。

ジャーメイン・ルイス ~リターンの鬼~

0588メリーランド大学でWRとして活躍し、カンファレンス記録となる193」レシーブを記録したルイスは、1996年にドラフト5巡目でボルチモア・レイブンズに入団した。

 

プロでは主にリターナーとして起用され、36PR339ヤード、41KR883ヤードを記録したほか、スロットバックとしても起用され、5レシーブで78ヤード、1TDを記録した。

 

1997年にはWRとしても7先発し、28PR437ヤード、2TD41KR905ヤード、42レシーブで648ヤード、6TDを記録。総獲得ヤードは実に2025ヤードに達し、リーグ5位を記録した。

 

翌シーズンはWRとして13試合に先発。32PR405ヤード、リーグ最多の2TDを記録し、41レシーブで784ヤード、6TDを記録。プロボウルとオールプロに選出された。

 

1999年もWRとして6先発したものの、以後はリターナーに専念し、WRでの出場機会は減ったが、時折起用されてはビッグプレーを連発した。

 

2001年にはリーグ最多の42PR519ヤード、42KR1039ヤードを稼ぎ、チームのスーパーボウル進出に貢献した。

 

さらにニューヨーク・ジャイアンツを迎え撃ってのスーパーボウルではKR111ヤード、PR34ヤード、レシーブで7ヤード、ランで1ヤードの系152ヤードを稼ぎ、第3Qでは84ヤードのKRTDを決め、チャンピオンリングを獲得。プロボウルに返り咲いた。

 

05872002年にエキスパンションドラフトで新設のヒューストン・テキサンズに移籍。しかしレイブンズ時代から大きく成績を落とし、シーズン終了後に解雇。

 

2003年からジャクソンビル・ジャガーズに移籍したが、故障もあって往時ほどの成績は残せず、2004年に現役を引退した。

 

通算507リターンは歴代12位、7893ヤードは15位の記録である。

 

その後はボルチモアでチャリティー活動をしながら家族とともに暮らしていたが、2011815日にひき逃げで逮捕された。

 

チャリティーをするほどの人格者がひき逃げとは問題である。社会復帰が待たれる。

キーナン・マッカーデル ~Thunder~

0580ネバダ大学ラスベガス校で活躍したマッカーデルは、1991年にドラフト12順でワシントン・レッドスキンズに入団した。

 

ルーキーイヤーにチームはスーパーボウルを制し、マッカーデルにもチャンピオンリングが贈られたものの、肝心の出場機会はなく、シーズン終了後に解雇された。

 

直後にクリーブランド・ブラウンズと契約。1992年は1レシーブに終わったものの、続く1993年には控えながら13レシーブで234ヤード、4TDを記録した。

 

その後も順調に成長し、PRとしても起用され、1996年に新設ジャクソンビル・ジャガーズに移籍。ジャガーズで本格的に全盛期を迎えることになる。

 

レシーブしてからフィールドを斬り裂くように走るマッカーデルは”Thunder”と呼ばれ、同じく”Lightning”と呼ばれたWRジョー・スミスとともに"Thunder and Lightning"と呼ばれるWRデュオを結成した。

 

85レシーブで1129ヤード、3TDを稼ぎ、プロボウルに初選出。名実ともに一流に上り詰めた。

 

その後も長きにわたってジャガーズオフェンスをけん引し続け、2000年には自己最高の94レシーブ、1207ヤードを記録した。

 

2002年にタンパベイ・バッカニアーズに移籍。移籍1年目は670ヤードしか稼げなかったものの、6TDを記録してチームのスーパーボウル制覇に貢献。2003年は1174ヤード、8TDを稼ぎ、2回目のプロボウルに選出された。

 

0579しかし、シーズン終了後の契約交渉が決裂し、マッカーデルはホールドアウト。結局翌シーズン途中にサンディエゴ・チャージャーズに放出された。

 

チャージャーズでは獲得ヤードが減ったものの、2005年には自己最高の9TDを記録。勝負強さを見せつけた。

 

しあKし、2006年に437ヤード、TDなしに終わり、シーズン終了後に解雇。古巣レッドスキンズに復帰し、256ヤード、1TDを記録して現役を引退した。現在はレッドスキンズのWRコーチを務めている。

 

稲妻のごとくンNFLを駆け抜けたマッカーデル。883レシーブは歴代14位、11373ヤードは歴代24位の立派な記録である。

デスモンド・ハワード ~Double Honor~

0422クリーブランドで生まれ、高校時代にはRBとしてオールアメリカンに選ばれたハワードは、ミシガン大学でも素晴らしい活躍を見せ、1991年にはBig10カンファレンストップの138得点を記録。ハイズマン賞を受賞した。

 

この功績をたたえて2010年にはカレッジフットボール殿堂入りを果たしている。

 

1992年に全体4位でワシントン・レッドスキンズに入団。レッドスキンズは前年スーパーボウルを制しており、わざわざトレードアップをしての指名であった。

 

NFLではWRにコンバートされ、さらにリターナーも兼任。1年目から22回の3レシーブで20ヤード、22回のKR462ヤード、6回のPR84ヤード、1TDを記録している。

 

レッドスキンズではWRとしての期待が大きかったらしく、1994年にはWRに専念。15試合に先発し、40レシーブで727ヤード、5TD,リーグ7位のレシーブ平均18.7ヤードを記録。

 

1995年にジャクソンビル・ジャガーズに移籍。ジャガーズでもWRとして6試合に先発するなどWRとしての起用も多くかった。

 

しかし、1997年にグリーンベイ・パッカーズに移籍するとついにその真価を発揮する。

 

WRをほとんど廃業し、リターナーに専念。22回のKR460ヤード、RPはさらに凄まじく、いずれもリーグ最多の58PR875ヤード、3TDを記録。875ヤードはいまだにNFL記録である。

 

プレーオフでもハワードのリターンは冴えわたり、ディビショナルプレーオフでサンフランシスコ49ersを相手にPRTDを決め、スーパーボウルに進出した。

 

27-21とパッカーズリードで迎えた第3クォーター、ハワードは99ヤードのロングPRTDを決め、流れを完全にパッカーズに手繰り寄せた。

 

0423試合はそのままパッカーズが勝利。ハワードはMVPを受賞。スペシャルチーマーとして」初の受賞であるとともに、スーパーボウルMVPとハイズマン賞を受賞した4人目の選手となった。

 

1997年はオークランド・レイダーズに移籍。レイダーズでも1998年にリーグ最多の2PRTDを記録するなどリターナーとして大いに活躍した。

 

1999年にパッカーズに復帰も、シーズン途中にデトロイト・ライオンズにトレード。ライオンズでは2000年にプロボウルに初選出。チームで唯一の選出であった。

 

2002年に現役を引退。現在はカレッジの解説者を務めている。

 

フットボーラーとして最高の名誉を二つも手にしたハワード。リターンヤード10854ヤードは歴代6位の大記録である。

記事検索
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

最新コメント
プロフィール

ballgamer

当ブログについてご意見、感想、苦情、あるいはリクエストなどございましたら、コメント欄までよろしくお願いいたします
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ