2008年03月19日

講座終了☆

約4ヶ月間、毎週水曜日の夜に通っていた食育の講座が本日で終了しました。
今日は最終日なので講義ではなくテスト。一緒に提出する食育プランニングシートと合わせて合格点に達すれば、食育スペシャリストという資格が取れることになっています。
この資格、別に国家資格でもなんでもなく、NPO法人「みんなの食育」が認定している資格なので、取れたからといって即仕事に結びつくようなものではありません。食育という分野自体まだ新しいので、特にこれといって確立した仕事があるわけでもないのです。
ただしその分、いろんな可能性が広がっているといえます。食の安全だのメタボリックだの、最近特に注目を集めている分野だというだけでなく、生きる基本であり楽しみでもある「食」については、常に多くの人が関心を持っているからです。
ちょっと大げさにいえば、食べることを学ぶことは生きることを学ぶこと。毎日すぐに役立つような小さなことを学んでいるようで、実は人生全体、ひいては日本の将来のことまで見据えた、スケールの大きな内容でした。

学んだ内容も濃くておもしろかったけれど、この講座をとってほんとによかったなぁと思うのは、素敵な講師や受講者の人たちと出会えたから。
今回のクラスは全員女性。ひとりひとりが個性的で前向きで夢を持っている人たちだった。やっている仕事も食関係だったりそうでなかったりバラバラだけど、同じことに関心をもつ者同士のゆるやかな連帯感みたいなものがあって、終始リラックスした空気が流れるいい感じのクラスでした。

講座はぜんぶで16回。一度も休まず参加しましたが、毎回毎回「今日も楽しかったな〜」って思えた。お腹も大きくなってきてなるべくなら混雑した電車には乗りたくなかったし、やたら寒かったり雨なんか降ってたりする日にはわざわざ夜に家から出かけるのを億劫に感じることもあったけれど、行けばいつも「あー今日も休まなくてよかった」って思えた。
だから講座が終わってしまうのは、ほっとすると同時になんだか寂しくもあります。
でも人とのつながりができたから、ただの「終わり」じゃなくてここから何かを始める「出発点」であるような気もしています。
ここで学んだことを、生きた内容として日々活用しつつ、自分のやりたいことに結びつけていけるようにがんばろうと思います  

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2008年03月17日

情けない話

36週目の検診。
自分でもわかってはいたけど、やっぱりまだ逆子は直ってませんでした〜(;_;)
ということで、手術前の検査と入院の手続きを済ませ、助産士さんにいろいろ帝王切開の場合の説明なんかを受けてきました。

私の通っている病院では、特に経過に問題のない妊婦さんは「助産士外来」といって助産士さんが通常の検診を担当します。そして初期、中期、後期に一度ずつ産科医の先生が診てくれます。
待ち時間を少なくするためのシステムだと思うのですが、助産士外来のときでももちろん、何か特別なことや問題があればすぐに産科医にまわされることになっているので心配なことも特にないし、私としてはすごくいいシステムだと思います。
というのも、実際に待ち時間が少なくてすむだけでなく、助産士さんだとほんとに話しやすいというか、質問とかも気軽にできる感じで居心地がいいのです。
もちろん産科医の先生もみんな親切ではありますが、やっぱりなんとなく忙しそうな雰囲気をまとっているので、ちょっぴり緊張してしまって聞こうと思っていたことを忘れてしまったり。その点、助産士さんだとリラックスして話しているうちに「あ、そうそう、こういうことがあったんですけど大丈夫ですかね?」なんて、別に聞く気がなかったことまで気軽に聞いたりできるのです。

今回は後期の医師検診ということでまず産科医の先生に診てもらい、それから手術前の各種検査などをすませたあと、助産士さんが入院や手術に関することをいろいろ説明してくれました。
来週の検診で逆子が直っていなければとりあえず手術前日の入院が確定。もちろん入院日に逆子が直っていれば、手術はキャンセルになって自然分娩となるのですが、なんだか病院内をまわってレントゲンだの血液検査だのをしていたら、もう手術が確定したような気がしてすっかり気分は落ち込みぎみに。
まだ直る可能性だってあるしとか、帝王切開だって元気に産まれてきてくれるならそれでいいんだしとか、一生懸命ポジティブに考えようとしつつ、検査のあと優しい助産士さんに説明を受けていたら、とうとう最後に我慢できなくなって涙が出てきてしまいました・・・うぅ、情けない、ほんとスイマセン(-_-)

ただ、初めてのお産だし、次があるかわからないし、めったにないこの貴重な機会に「お産」というもののすべてを体験しておきたかったんです。
陣痛の痛みは誰もが半端なくすさまじかったと言うけれど、それはそれで経験しておきたかった。その痛みに耐えて乗り越えて、同時に赤ちゃんも一生懸命がんばって狭い産道を通ってきて、そういう双方の努力の結果として初めてこの世に産まれ出た赤ちゃんに会えるっていう瞬間がほしかった。
手術が怖いとか、手術だとあとが大変とか、そういうことよりもとにかく自然分娩で普通に経験するはずのことを経験できないことがほんとに残念だなぁと思って。

でもそれって、ある意味ただの私のエゴだし、たぶん産まれてしまえばそんなことはどうでもよくなるんだろうなとも思います。最後まで逆子体操をつづけて、それでも直らなければ赤ちゃんの方にもそれなりの理由があるんでしょうから。
あたりまえのことですけど、いちばん大事なのは、赤ちゃんが元気に産まれてくることですもんね!
情けない愚痴をこぼしてすいませんでした。  
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2008年03月16日

引き寄せの法則?

みごとなミモザ幼なじみのNがうちに遊びに来てくれました♪
いよいよ出産間近になってきて、予定ではもうあまり出かけたりもせずに、おとなしく家で編み物でもして過ごす(←ウソです。笑)はずが、ここのところ週末となれば人をよんだり人の家に遊びに行ったり・・・。平日もいまだに未練がましく友だちとランチの予定を入れてるし、結局ぎりぎりまで動き回ってそうな予感。
でもほんとならまだ、予定日まであと3週間はあるはずだったのです。一応まだあきらめてないけど、このまま逆子が直らなければあと10日ほどで帝王切開。

あ、またこんなこと書いちゃった!!だから逆子が直らないのかな。
Nが最近読んだ本に「引き寄せの法則」というのがあったらしく、何かを強く思ったり口に出したりしていると、それが現実のものとして引き寄せられるそうなのです。
よく「強く願っていれば必ずその願いは叶う」とか言われますよね。この「引き寄せの法則」もそれと似たようなことなんだそうですが、ちょっと違うのはネガティブなことでも口にしてると引き寄せちゃうということらしい。
つまり「お金持ちになりたいなぁ」と思っていればお金持ちになれるけど「貧乏になりたくないなぁ」と思っていると貧乏になってしまうってことかな(笑)

そういえば私、病院で逆子といわれてから、そのことばかり気にして逆子逆子って口にしまくってました。「手術」とか「帝王切開」とか、そんな言葉もたくさん頭に浮かべてた。
あんまり気にせず、直るのがあたりまえと思って過ごしているべきだったのかな。
だから今日からは、「逆子が直りますように」じゃなくて「自然分娩できますように!」って強く願うことにします。
ちなみに「引き寄せの法則」って検索したらやたらたくさん出てきました。どうやら流行っているみたいですねー。ぜんぜん知りませんでした。
聞かなかったけど、Nが読んだのは「ザ・シークレット」っていう本なのかな?

写真はうちの近くのおうちに植えられているみごとなミモザの木です。暖かくて天気がよかったので、Nと一緒にぷらっと散歩がてら撮影してきました。
3月といえばミモザ。よその家のお庭にもちらほらと咲いているのを見かけますが、こんなに立派に満開になっているミモザの木は初めてです。
Nはフラワーアレンジメントをずっと習っていてお花が好きなので、このミモザはぜひ見てもらわなくちゃと思っていたのです。(って人の家の木ですけどね・・・勝手に撮影してごめんなさい)
でも、お花屋さんで売られている形でしか見たことがなかったって喜んでくれました♪

最後になったけど、遠くまでわざわざ遊びに来てくれてありがとうね、N!  
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2008年03月01日

おもてなしで発見

働いていた会社の人がふたり、うちに遊びに来てくれました♪
赤ちゃんが出てきたらなかなかできなくなることのひとつである「おもてなし」がしたくて、うちでランチでもどうでしょうって提案してみたのです。
企画にのってくれたのは雑貨好きのSさんとアジア好きのIさん。SさんもIさんも、私の所属していたのとは違う部署の人ですが、気さくでおもしろくて優しいので勝手に慕っておりました。
Sさんは私が会社を辞めるときに安産のお守りをくれた人。そういう心遣いが温かいし、笑いのセンスも服や雑貨のセンスも好き。今日着てた服もかわいかった♪
Iさんは私のタップの発表会を見に来てくれた人。そういうフットワークの軽さを持っている人って優しくて信用できる。おもしろくて裏表がなくて、一緒にいると安心できるタイプです。
そんな二人が一緒に来てくれたので、なんだかほんとに楽しかった。
二人がうちにいてくれたその時間と空間は私にとってとても居心地がよくて、私は今まで「おもてなしをして人に喜んでもらうのが好き」なのかと思っていたけれど、実はそうじゃなくて、来てくれた人の雰囲気に染まる我が家の時間と空間を、自分が楽しませてもらってたんだということに今さらながら気づいたのでした。

それから二人のおかげでもうひとつ発見。
今までその存在は知っていたけれど、一度も買ったことのなかった地元の老舗の和菓子屋さんと洋菓子屋さんのお菓子が、どちらもとても美味しかったこと。
二人が手土産として買ってきてくれたのです。ごちそうさまでした!
老舗ってやっぱり長く続いているだけの理由があるんだなぁと思った。今度からもっと利用させてもらいます。
Sさん、Iさん、またぜひ遊びに来てくださいね〜♪  
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2008年01月22日

性別知りたい派?

今日は28週目の検診に行ってきました。
いつもどおり、特に問題なし。そして赤ちゃんの性別を聞いてきました。
もちろん100%というわけではなく、おそらくこちらでしょうというのを。

私も(夫)も、産まれてくる子が男の子でも女の子でもまったくかまいません。
どっちか選べるなんて言われたらかえって困ってしまうから、神さまに決めてもらうのがいちばん。人間に選ぶ権限がなくてほんとによかったと思う。
そして決めてもらった性別は、私はすぐに知りたい派。心の準備とか実際の準備とかもあるけど、そうでなくてもただ「早く知りたい!」っていう好奇心の問題。
でも人によっては、産まれるまでその瞬間はとっておきたいっていう人もいますよね。昔は産まれて初めて性別がわかるのがあたりまえだったのだから、その方が自然に従った正しいことなのかもしれません。
(夫)は実はこちらのタイプ。

産まれるまで性別は知りたくないという人の気持ち、わからなくもないような気もしつつ、正直なところ私はやっぱりわからなかった。
でも、今ならちょっとわかる気がします。

実は私は2週間前の検診のときに、性別を聞いてみたのです。今日は別のお医者さんだったので、もう一度同じことを言われるかどうか確認してみた感じ。
2週間前に「今日、性別を聞いてきたよ」と伝えたとき、(夫)はにわかに緊張した面持ちをして、それからしばらくして「性別を聞くかどうか考えるから週末まで待って」と言いました。いったい何を考えるんだろう?って可笑しく思いながら待ってました。
週末になって(夫)は、「いろいろ考えたんだけど、やっぱり聞かないことにする」と言いました。OK、じゃあ私もうっかり言わないように気をつけるね。
でもいったい何をそんなに考えていたのか聞いてみた。以下、(夫)の答え。


 男の子でも女の子でも本当にどっちでもかまわない。
 どっちでもうれしいことに変わりはないんだけど、今までは性別とかは関係なく
 漠然と楽しみにしていたものが、どちらか聞くことによって、男の子だったら
 あんなことができたかも、女の子だったらこんな楽しみがあったかも、とどこかで
 ちょっぴり残念に思う気持ちがうまれてしまうかもしれなくて、ちょっとでも
 そんな風に思ってしまうかもしれないことが、お腹の子に対して申し訳ないから。

だそうです。
それを聞いて私は「う〜ん、なるほど〜〜〜。」と思ってしまいました。
自分が性別を聞く前ならそれを聞いてもまだよくわからなかったかもしれない。
でもたしかに(夫)の言うことにも一理あると思ったのは、性別を聞く前と後では自分でも予想以上にお腹の子に対する気の持ちように変化があったから。
おそらくこっちと言われて、急に具体的にイメージできるようになって、改めて幸せな気持ちに包まれてるんるんとおうちに帰ってきた。もちろんもう一方の性別を言われたとしても、同じように幸せな気持ちになってるんるんしただろうことに間違いはありません。
でも、いきなり半分の可能性がすこーんと抜け落ちたことに対するとまどいも全くなかったとはいえないのです。性別という面で漠然とした存在だった子が、急に違う存在に変わったわけですから。

というわけで、うちでは性別を口にできない日々が続いています(笑)
両方の両親ももう知ってるし、いつ誰かがうっかり口を滑らせてしまうかはわからないけれど、私としても一応細心の注意を払っているつもり。
ここでは性別を書けないので、知りたいと言ってくださる方には個別にお知らせしますね☆
そして知った後は、(夫)にわかってしまわないよう温かいご配慮をお願いしまーす(^^)  
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2007年10月17日

新しいコト

寒い冬が終わって日差しが明るくなり始める春、そして暑い夏が終わって空気が澄んでくる秋。このふたつの季節には、なぜか何か新しいコトを始めたくなる。
世の中のいろんな講座や学校も、春と秋に開講するものが多いですよね。
ということで、どんどんと秋めいてきた今日この頃、私の中でも新しいコトに対する好奇心がふくらみ始めました。

ネットで調べたり、いくつか講座のパンフレットなどを取り寄せたりした中で、今自分が求めているのはコレかもっていうものがひとつ見つかった。
それは「食育」という分野の勉強です。最近よく聞くようになった言葉ですね。
最初は料理でも習ってみようかなぁと思ってた。料理は好きだけど、今まで一度も料理教室というものに通ったことがなかったから。
だけど、どうしても「これを習いたい」「この教室に行ってみたい」って思うものが見つからなかった。食べたことはあるけれど、作ったことのないおいしい料理を習ってその場で作って、みんなでそれを食べたり持ち帰って家族に披露したりするのは、きっとすごく楽しいだろうなぁって思う。
だから、趣味でタップを習うのと同じように、楽しむために料理を習うのならぜんぜんOKなのです。
でも自分の今の気持ちをもう少しひも解いて分析してみると、どうやら私が求めているのはそういうのではないみたい。趣味ではなく、何か新しいコトを学んで身につけたいということらしいのです。(←他人事風)

とりあえず今日、食育の分野で活躍しているという人の無料のセミナーが、講座を提供している学校で行われるということだったので、仕事の帰りに行ってみました。
うんうん、なんだかおもしろそう。まだできたばかりの新しい分野だから、その知識を身につけると何ができるっていうものでもないのだけれど、その分いろんな可能性が広がっていて、自分次第でなんでもアリって感じのところが気に入りました。
私みたいになんにも得意分野がなくても、学んだあとすぐに仕事に結びつけることが不可能な場合でも、とにかくこれまでとこれからのすべての経験がこの分野で役に立つっていう話があったのは、なんだかやんわりと自分を肯定されたようで勇気付けられました。

また新しいコトを習い始めるなんていうと、父親に「いつもいろんなのを始めては、どれも中途半端でモノになってない」な〜んて言われてしまいそうですが(そしてそれはまったくその通りで、ぜんぜん反論する気もないのですが)、人間「何かをやりたい、学びたい」っていう気持ちが大切ですよね〜。
私の新しい挑戦、しばらく父親にはだまってようっと♪  
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2007年05月29日

お休みの理由

昨日ふと気がついた。
「明日(つまり今日)、会社にいてもやることがほとんどない。。。」
外からの電話もかかってこない、グループ内の庶務的な仕事もない、通常業務以外の雑務もほとんどない、という今の仕事では、自分の担当としてスケジュールされた仕事が早めに終わってしまったりすると、ふいにヒマになってしまうことがあります。
次の日からやる予定の案件が、すでに自分のところにきていれば、前倒しでそれに取り掛かればいいのですが、それもまだきていなかったりすると、いよいよやることがありません。
それで今朝、会社に来てから急遽午後半をもらうことにしました。
「すみません。今日は午後何もやることがないので、半休いただいてもいいですか?」
グループ内の全員のスケジューリングを担当しているのはリーダーなので、事情はよくわかっているようで快諾してくれました。

ここで質問。
普通は「何もすることがないので」なんて上司に言ったりしないものですか?
それは本来、社会人としてお休みをもらう正当な理由にはならないのでしょうか?

実は前の会社でもとてもヒマになったときにそれを理由に半休をもらおうとしたら、上司に「急用ができたから、でしょ?笑」といわれてあわてて「あ、そうそう。急用ができたので午後半もらっていいでしょうか?」と言い直した(言い直させられた?笑)ことがありました。
そのときは「何もすることがないからって言われたら、上司として承認するわけにいかないからさー。」と言われて、「あはは、そうですよねー。」って言ったけど、実は「なんで?そうなの??」って思ってました。
そういえば、新入社員で入った会社でも、珍しくぽっかりとヒマになったときに、ほんとにすることがなくなって先輩に「午後帰ってもいいですかね?」と聞いたら、「いいよいいよー。あ、でも課長にはヒマだから、なんて言っちゃだめだよ〜。体調悪いから、とか言うんだよ。」と言われて、「へぇ〜、そういうものなんだ〜。」と思って具合悪そうにしてお休みもらったこともありました。

たしかに仕事は自分で見つけていくものだし、そうだとすれば「やることがない」ということは「私は怠け者です。」って言っているようなものかもしれません。本来ならば、通常業務に余裕ができたときこそ、普段はできない、何か会社のためになるようなことを見つけ出してチャレンジしていこうとする姿勢が大事なのかも。
でも一方で、お休みをもらうのが従業員の権利であるならば、その理由について会社が「いい」とか「ダメ」とか言うのはおかしいような気もするのです。
会社は、その人が休む理由よりも、その人が休むことで会社の業務に著しく支障があるかどうか、で判断するべきじゃないのかなぁって。
もちろん、著しく支障がある場合になら、それでもどうしても休まなければならないのかを知るために理由を聞くというのはわかるんですけど。。。

というわけで、理想の社会人像からは外れる行為ですが、本日私は「ヒマ」を理由に午後半をいただきました(笑)
帰りにスーパーに寄って大量に食材を買い込み、週末に作れなかった今週のおかずをまとめて作っていたら、結局いつも帰ってくる時間と同じになってました。
でも私、冷蔵庫がおかずでいっぱいになっていないと落ち着かないのです。
これでようやく週の残りを落ち着いて過ごせそうです〜。よかったよかった。  
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2007年05月05日

しなやかな強さについて

前の会社の友人と4人で集まりました。
11月に結婚したばかり、来月ハワイで式をあげるTJが新婚ほやほやのおうちによんでくれて、手料理でおもてなししてくれました。
白い家具、白いカーテン、白い食器。私たちを笑顔で迎え、それから出かけてくれた旦那さん、そんな彼を優しく見送っていたTJ・・・。あーなんか新婚さんって感じ〜☆
雑貨だらけの自分の家に比べて、TJのおうちはものが少なくてとってもすっきり。厳選した小物だけを決まったスペースにきっちり並べてある。
もちろんシンプル志向ってこともあるのでしょうけれど、ものを増やさないのは近々転勤になることが決まっているからなんだそう。中近東かもしれないしインドかもしれない。転勤先はどこになるかまったくわからないけど、どこになるんだろうって楽しみなんだって。
そんなところがすごくTJらしい。
自分もバリバリ仕事をしているけれど、きっと旦那さんの転勤が決まったらすぱっと辞めてついていくんだと思う。TJなら世界中のどこに行っても、旦那さんをサポートしつつ強くまっすぐ生きていける感じがする。

この仲間と集まったあとにはいつも、ただ楽しかったというだけじゃない、なにか大切な余韻が残る気がします。
「あーおもしろかった」ってスカッとしてすぐに忘れてしまうアクション映画じゃなくて、たいした筋はなくても笑ったりしんみりしたりして、見終わったあとにじんわりと心に残るロードムービーみたいな感じ。普通にしゃべって笑ってるだけなのに不思議です。
今回は特にその余韻が強かったので、改めてその理由について考えてみた。
そして原因は、彼女たち3人が共通して持っている「しなやかな強さ」にあるんじゃないかっていう結論に達しました。

「しなやかで強い」ことを表すぴったりの形容詞ってなにかあったかな?
なにかありそうでずっと考えているんだけど、どうしても思いつかない。
変化に立ち向かう固くて壊れない強さじゃなくて、変化を受け入れる柔軟で折れない強さ。そんなものを彼女たちからはすごく感じるのです。
決して気が強いわけじゃないのに芯がしっかりしていて、明るくて柔らかくて包容力がある。なにがあってもジタバタしないほど強いわけじゃないけど、ジタバタしたってちゃんとまっすぐに向き合って解決していく健やかさを持ってる。
そんな彼女たちが私は大好きで、彼女たちと会ったときにはそういう余韻を感じてるんだと思いました。
・・・って、余韻感じてるだけじゃなくて私も見習わなくちゃですね!  
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2007年04月21日

誕生日のゆううつ

本日をもって35歳になりました。

誕生日を迎えた瞬間、(夫)は仕事でまだ帰っておらず、私はおうちでひとりでパンツを干しておりました(笑)
トイレに行ったら生理が始まっており、お風呂に入ったら足がつりました。
なんだか今年もいやな予感・・・。

そう。毎年私は誕生日当日、ひどく気分がどんよりするのです。
とても恥ずかしい話だけれど、今日はこの問題について正直に書いてみようと思います。
気分が落ち込むのは歳をとるのがいやだから、ではありません。
もちろん歳をとるのはいやだけど、でも年齢相応に楽しいこともあるし、そんなことでブルーになったりはしません。
そういうことじゃなくて、原因は私の誕生日というものに対する思い入れが強すぎること。
自分でも本当に子どもじみていてバカみたいだと思うんだけど、どうしてもその日が特別な一日のような気がしてしまうのです。
だから、昨日までと変わらない普通の一日が始まることが、とても不満に思えてしまう。
毎日している普通のことが誕生日の日だけはなにもかもいやになってしまう。
「どうして私がゴミ出ししなくちゃいけないの?誕生日なのに。」
「どうして私が朝ごはん作らなくちゃいけないの?誕生日なのに。」
なんで?どうして?!誕生日なのに!!って・・・(笑)

あーもう、書いてて恥ずかしい。本当は自分でもわかってるんです。
今日が他の普通の日と変わらない、365日のうちの1日だってことくらい。
こんなこと、とても35歳になった人間が考えることじゃないですよね。
だけどなぜか、当日だけはどうしてもそういうふうに割り切れない。
前日まではそんなこと夢にも思わないし、次の日からはなんでもない平和な一日に感謝と幸せを感じる毎日に戻れるのに、どうしてもどうしても当日だけはだめなんです。
だから誕生日は自分にとってすごく楽しみで特別な一日にもかかわらず、この変な憂鬱感から逃れたくて「早く今日が終わらないかなぁ」なんて思ってしまう。
ほんとにバカみたいですね。
ときどき友達で「お誕生日おめでとう!」ってメールを送ると「メールもらうまですっかり忘れてた!」なんていう人がいますが、私はそういう人がうらやましくてしょうがありません。
私も一生に一度でいいから、自分の誕生日を忘れてみたい・・・。

誤解されたくないのは、自分が自分の誕生日を特別だと思っているからって、他人にもそれを求めているわけではないってこと。あたりまえですけど(^^;)
人の誕生日なんて、しょせん人の誕生日。もちろん誰かに何かを求めているわけではなく、あくまでも自分が克服すべき自分の中の問題です。
ただ、それだけに毎年覚えててメールを送ってくれる友人たちは本当にありがたいし優しいなぁと思う。だって普通じゃできない、すごーく特別なことをしてくれているんだもの。その日に私のことを思い出してくれただけでも奇蹟みたいなことです。
だから、そんなメールをもらうたびに、さすがの私も憂鬱な気持ちがほどけていくのがわかります。たぶんみんなが思っている以上に私の心には沁みてます。

New Tap Shose♪つま先とかかとにチップがついてます
今年はお誕生日に新しいタップシューズを買ってもらいました!
タップシューズなんて必需品で消耗品だから、誕生日プレゼントとしてもらうのはつまらないかなぁ?と思っていたけれど大間違い。もらった瞬間からうれしくてうれしくてワクワクしてしまいました。
たとえて言うなら、ランドセルを買ってもらった一年生みたいな気分です。
浅草橋でタップシューズを買ってぶらぶらし、吉祥寺に場所を移してまたぶらぶらし、久しぶりにふたりでのんびりお酒を飲んで帰ってきました。
憂鬱だ憂鬱だって思いつつ、振り返ってみればとても充実した楽しい一日でした。
みんなにほんとに感謝です。
私もそろそろ大人になって、こんなばかげた気持ちになるのは今年で終わりにします。
ということで来年の目標:自分の誕生日を忘れる!(・・・無理。笑)  
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2007年04月03日

TO DO リスト

うちの冷蔵庫には買い物リストが貼ってあります。
ちゃんと裏にマグネットがついた、買い物リスト用の長細いメモ帖。
そろそろこれがなくなりそうだから買っておかなくちゃ、というものを思いついたときにすぐメモ・・・するつもりなんだけど、歯を磨いてるときに思いついたり、夜ふとんの中で思い出したりして、ついつい書き忘れてしまうこともしばしば。
翌日、冷蔵庫の前で「なんだっけな〜。昨日なにか思いついたんだけどな〜。」と悩むことになるのです。
そうやって何度も「あー、また買い忘れた!」ってものがたまってきたので、気合いを入れてすべてまとめて書き出してみた。
ん〜すっきり!(書いただけでまだ買ってないんだけどね^^;)

不思議なことにこの作業を終えたら、あれやらなきゃ、これやっとかなきゃってこともやたら浮かんできたので、頭の冴えてるうちにこれもメモ。
私、書いておかないと、自分でも驚くほどあっという間に忘れてしまうのです。もちろん脳の老化のせいもあるけど、これはけっこう生まれつきかも。
あさってまでに送るもの、来週までに準備しておくもの、申込み手続きをするもの、なるべく早くメールする人、夏休みの計画をたてること、皮膚科(イボ)、眼科(コンタクト)、美容院・・・。
何日までにやらなくちゃっていうタイムリミットのあるものがけっこうたくさんあってびっくりしました。来週末までにやればいいと思っていたことも、実は来週はもうやる日がないので今週の、しかも木曜までにやらなきゃじゃん!なんてこともわかったり。
よかった〜、書きだしてみて。

TO DOリストって、頭の中だけでは覚えきれない用事を忘れないだけじゃなく、整理して優先順位がつけられるから効率的にこなしていけるし、ひとつひとつ終わったものをつぶしていく快感もありますよね。
なんだかうっかりデキる女になったみたいな気になってしまう(笑)。
この感覚、しばらく忘れてました。前は会社を出る前に必ず次の日用のTO DOリストを机に置いて帰ったものだし、スケジュール帳は、左側が一週間分の予定表、右側がメモ帖になっているものを好んで買って、右側をTO DOリストにしたりしてたんだけどな。
最近はなるべくかさばらないのを選ぶようになり、さらにかさばらないというのに持ち歩かなくなり、あんまりスケジュール帳というものを活用しなくなってしまいました。
でも私みたいに忘れっぽい人は、ほんとはもっともっとメモ魔にならなきゃいけないんです。
これからはマメにTO DOリスト作ろうっと。目標、脱うっかりさん。
ちなみにうちの(夫)はかなりのメモ魔です。おかげで何か頼みごとをしても絶対に忘れないでやってくれます。感心感心。私もこういう人になろうっと。  
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2006年12月25日

今年いちばんのショック

年末も押し迫ったところで今年いちばんのショックなニュース。
自転車盗まれたことなんて、テニスが下手くそになっていたことなんて、今思えばたいしたことじゃなかった。
なんと、私が肩こりの救世主として心のよりどころにしていたハリのミヤーイ先生が、今年いっぱいでやめることになってしまったとのこと!ガーン(T_T)

でも、最近ちょっと先生の様子が前と違うと思っていたところだったのです。
あんなにダジャレを飛ばしていたおかしな先生が、最近はめっきり話さなくなって、黙々と仕事をこなしている感じ。前はしゃべりながら、のんびりと1時間くらいかけてやっていたことを、超集中してきっちり30分で終わらせるようにもなってました。
どうしちゃったんだろうとは思ってたのですが、どうやらやっぱり先生の調子がよくなかったみたいです。

とても残念。
でも先生には今まで本当にお疲れさまでしたっていう気持ちでいっぱいです。
なんてったって10年の修行のあと、今の場所に医院をかまえて36年間がんばってきたんですからね。
短い間でしたが私もとてもお世話になりました。やめると聞いたときにはあまりのショックできちんとお礼が言えなかったけれど、最後にもう一度お礼を言いにいけたらと思っています。
先生、ほんとにありがとう。そしてこれからは身体を大切にしながらゆっくり残りの人生を楽しんでくださいね!

・・・とはいえ、やはりショックは大きいです。
私はこれからこの肩こりとどうやってつきあっていったらいいんでしょう、先生(T_T)  
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2006年11月15日

警察官ABC

自転車を盗まれてしまったので、とりあえず警察に届けておこうと駅前の交番に寄りました。
どこかで見つかったときに連絡がほしいから、ではなく、どこかに放置されていて「違法駐輪」とかいって罰金請求されたりしたらイヤだから(笑)。

交番の前に立っていたのは、ひょっとしてティーンエイジャー?っていうくらい若くてかわいらしい顔の警官Aくん。
事情を説明して、「こういうわけなんだけど、届けておいた方がいいですよね?」と相談すると、「そうですね。」ってことで交番の中に案内されました。
机に座っていたのは、年のころ50くらいの警官B。いかにもふてぶてしい感じ。

A 「自転車を盗まれたということで、盗難届けを出したいそうです。」
B 「(私に向かって)カードはあるの?」
私「は?カード??」
B 「(Aに向かって)聞いてないの?カードのこと。」
A 「カード??」
B 「・・・(しばらく非難するようにAを見つめる)。だから、防犯登録カード。」
A 「あぁ。(私に)防犯登録はしてあるんですよね。」
私「はい。」
B 「で、カードあるの?」
私「え、今は持ってないんですけど・・・。」
B 「それじゃあ盗難届けは出せない。」
私「・・・。」

そこへ、救世主のごとく奥から30歳くらいの警官Cさんが出てくる。
C 「自転車を買ったときに防犯登録をすると、青い半券みたいなのをもらうんですよね。
 それが防犯登録カードです。こちらでは、その情報を本部に送って依頼を出すんです。
 もしお持ちでなければ、自転車を買ったお店でも保管してあるはずなので、
 行ってみるといいですよ。そのカードを持って、もう一度こちらに来てもらえれば、
 盗難届けを出すことができますので。」

パチパチパチパチ!と手をたたきたくなってしまいましたよ〜。
すばらしく明瞭で簡潔で感じのいい説明!こんな風に説明してくれたらとても納得です。
それに比べてBの態度はあんまりだと思ったので、ささやかな抗議の意を込めて、CさんとAくんだけに「ありがとうございました。」とお礼を言って出てきました(笑)。
でもほんと、Cさんがいなかったら、おそろしく不愉快な気持ちで交番を去ってたかも。

それにしても、まるで絵に描いたような3人組で可笑しくなりました。
新米でちょっと頼りないAくん、意味もなくえばりくさっているベテランB、そしてその間にたっててきぱきと実務をこなすCさん・・・バラバラなようで、意外と絶妙にバランスが取れてたりして。
なんかこの3人をモデルにしてドラマでも作れそうです(^^)。

そういうわけなので、自転車を盗まれて盗難届けを出したい場合には、「防犯登録カード」が必要らしいですよ!
私は一応家に帰ってきて探してみたけれど、5年前にもらった半券をどこにやったかなど覚えているわけもなく、出てきませんでした・・・(^^;)
週末に購入したお店に行ってみることにします〜。  
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2006年09月30日

お願い

今、友達が友達のためにがんばっていることがあります。
友達が職場で同僚だった方の4歳の女の子、上田さくらちゃんが心臓の病気にかかっていることが判明し、海外での移植手術を受けられるように募金活動を行っているのです。

さくらちゃんの病気は「特発性拘束型心筋症」という難病で、今のところ有効な薬や治療法がなく、心臓の移植以外に命をつなぐ道がないそうです。
日本では幼いこどもが移植手術を受ける道は閉ざされているということで、アメリカで移植手術を受けることを考えており、カリフォルニア州のロマリンダ大学病院に受け入れが内定しているそうです。

ただ、海外での臓器移植には保険が適用されないため、莫大な費用がかかります。
その額、なんと1億3600万円・・・。悲しくなるほどの大きなお金です。個人ではとても負担できる金額ではないですものね。
それで、さくらちゃんの両親の友人たちが「さくらちゃんを救う会」を結成し、募金活動を開始したのです。

今日は吉祥寺の街頭で活動しているとのことだったので、私も募金しに行ってきました。
友達がいるかどうかわからなかったのですが、行ってみたらいました。
さくらちゃんのお母さんや、兄弟の方たちに交じって一生懸命活動していました。
お金を振り込もうかとも思ったけれど、どうせ募金するなら直接行って、がんばっている人たちに「がんばってください」って言えた方がいいかなと思って行ってみたのですが、やっぱり行ってよかったです。

2、3日前に友達がこの活動を始めたことを知って、そのことがあまりにその子らしくて、変な話だけどその子らしいというそのことにとても心を動かされました。
いつも自分のことにばかり時間やお金を使っている自分を省みて、私に決定的に欠けているものを教えられた気もしました。

実は今まで、災害被災者への義援金などでお金を振り込んだことはあっても、個人の「○○ちゃんのために」というのに募金をしたことはありませんでした。
なんとなく、他にも同じような子がたくさんいるはずかと思うと、その○○ちゃんだけのために募金をすることに抵抗があって。
そう思ってしまうのはやっぱり、○○ちゃんが自分とは関係ないと思っているからなんですよね。本当は広い目で見れば関係ないなんてことはないのかもしれないけれど、どうしても自分と関係のあることのように思えなくて。
本当に正直に言うと、今回もさくらちゃんのためというより、さくらちゃんのためにがんばっている友達を少しでも応援したい気持ちで募金してきました。
でも、そうやって当事者の人たちの熱意が周りの善意を呼び、周りの善意がさらにその周りの善意を呼んで、その結果ひとつの命が救えるなら、その中のひとりになりたいと思う。

そんな未熟な私の勝手なお願いですが、この日記を読んでくれた方がそのひとりになっていただけたらとてもうれしいです。友達のためにがんばっている私の友達のために、少額でもかまいませんのでご協力いただけないでしょうか。
ご協力いただける場合は、以下の振り込み先までお願いいたします。

◎三井住友銀行 吉祥寺支店 普通 7186752
◎みずほ銀行 吉祥寺支店 普通 1121503
◎三菱東京UFJ銀行 吉祥寺支店 普通 2531715
◎郵便局 振替口座 00140-0-446479

いずれも振込先名義は「さくらちゃんを救う会」です。
「さくらちゃんを救う会」の活動内容や今後の活動予定、これまでに集まった募金の合計などは以下のHPから見ることができます。
http://www.sakurahelp.com

突然のお願いでごめんなさい。
どうぞよろしくお願いしますm(__)m  
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2006年09月18日

子育て観察

この3連休は、3家族で軽井沢に行ってきました。
例によって友人の友人のご両親のもつ別荘へ。いつものようにゴルフをやって、子どもたちと遊んで、美味しいものを大量に食べました。

友人は子どもがひとり、友人の友人は子どもがふたりいるので、3家族集まるとなんともにぎやか。3歳、5歳、7歳、とちょうどいい感じに離れているので、さながら3兄弟のようです。
実際は5歳の男の子と7歳の女の子がほんとの兄弟なんですが、ふたりともこの3歳の女の子のことが大好き。片時も離れようとしないものだから、いつも3人でごちゃごちゃかたまって遊んでは、けんかしてお母さんに怒られて泣いて・・・の繰り返し。
でもこの繰り返しがきっと、成長過程においてすごく大事なんですよね!
こんなに小さな3人の子どもたちの中にも、ちゃんと小さな社会が成り立っていて、お互いのエゴをぶつけあいながら我慢したり譲ってあげたりってことを一生懸命学んでる。
子どももすごいけど、そこには親の教育とかしつけという介在があってこそ、より正しいことを学んでいるわけだから、親もエライ。
ここへ来るといつも、子育ての現場をまるごと見学させてもらっているような気になります。

そして、教育とかしつけの中身も、それぞれの親の価値観によって違ってくるんだろうなぁと思うとこれまた興味深い。
たとえば、3歳のMちゃんはみんなと同じようにお箸を使いたくてしょうがない。
一生懸命お箸でお皿に入ったソーセージをつかもうとしていましたがなかなかつかめず、別のソーセージに挑戦。そこでMちゃんのお父さんが言いました。
「コラコラ、みんなのソーセージなんだからいろんなのに手をつけたらダメ!」
それを見ていた2児のお父さん、「別にいいじゃん。好きにやらせれば。笑」
だけどその直後に、どうしてもソーセージがつかめなくてイライラしたMちゃんが、両手に1本ずつお箸を持ってソーセージに挑みはじめたときは、2児のお父さんの方が「あ、Mちゃん、その使い方はダメ!」

こんなささやかな日常のひとコマにも、いろんな価値観に基づいたいろんなしつけがある。そんな教育の成果が積み重なりつつ子どもは成長していくんだなぁと思ったら、親のもつ責任の大きさを改めて思い知らされた気がしました。
そして第三者の私がこんな風に思うくらいだから、当の親たちはもっともっと子どもたちからいろんなことを思い知らされているんでしょうね。
子育てってほんとに大きなスケールの仕事ですね。  
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2006年06月26日

不思議な葉っぱ

造りものみたいな葉っぱ
駅から会社に行く途中に、いつも気になる葉っぱがあります。(写真)
ぼんやり歩いてても、その横を通るとなぜか目に入ってくる。
なんか「造りものみたい」って思ってしまうんです、完璧すぎて。
そして、いつもの不毛な堂々巡りの思考に入ります。
造りものみたいっていうのはおかしいよな。もとは自然のものをまねして造ったのが造りものなんだから。でも完璧すぎると不自然な感じがするし、でも実際こんな完璧な自然もあるし、いったいほんとに自然らしいのはどっちなんだろう・・・ぐるぐるぐる。

たとえば、ここに2枚の葉っぱがあるとします。
一枚はきれいなグリーンで左右対称で完全な葉っぱの形、もう一枚はちょっと虫食いがあって先っぽが茶色くなってたりする。さてどっちが本物でどっちが造りもの?
たぶん誰でも後者が本物だと思うでしょう。
もとはと言えば自然をモデルにして造ったのが造りものなのに、モデルとなった完璧な形の自然を目にすると「不自然」に見えてしまうのはどうして?
自然の中には完璧なものなんてほんとは存在しないんでしょうか?

いつもは「なんでだろ。あー不思議。」で思考は終わっていたのですが、今日はそのまま眠ろうとする思考をたたき起こしてもう少し考えてみました。
で、結論。
自然の中に完璧な形のものはもちろんある。
だけど、自然の中では完璧なものが永遠に完璧であることはあり得ない。完璧だった葉っぱは虫に食われて枯れていくし、完璧な六角形や八角形の雪の結晶は溶けてしまう。
造りものは自然をまねして造ったものだけど、それが「その形のまま変わらない」ってところが自然とは違って不自然なところなんですね。
だから、普通は一瞬で通り過ぎてしまう完璧な形を、たまたま自然の中で見つけたりすると、それが永遠に続いてるみたいな錯角がして、不自然(=造りもの)みたいに思えてしまう。と、そういうことなんじゃないかと思いました。

あーすっきり☆
って、くだらない思考につきあわせてすみません。。。
そもそも「完璧」ってなんだよって言われたらそれまでなんですけどね(^^)
でもこの葉っぱはほんとにきれいでしょう?
虫にもあまり食われないみたいだし、なんだかやっぱり不思議な葉っぱなのです。  
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2006年04月09日

妊婦Kの出産レポート

先月末、妊婦KがとうとうKママになりました。
そして今日、ケータイメールでKママから陣痛&出産レポートが(>_<)!
それはそれはリアルでちょっぴり痛々しく、そして感動的なものでした。

妊婦時代から、妊娠するとどこの毛が濃くなるとかここが黒ずむとか、他の人は教えてくれない妊婦の体のふしぎについて赤裸々に語ってくれていたのですが、そんなKの出産レポートはやっぱり「さすが!」というべきものでした。
私がもっとも感動したのは、「生まれたばかりの赤子は生ぬるく、生臭いと言えます。」のくだり。そんなの誰も教えてくれなかったし、でも考えてみたらそりゃあ生温かいだろうし、生くさくもあるんだろうと思ったら、なんだか猛烈に実感がわいてきてしまったのです。
赤ちゃん、すごくがんばって産まれてきたんだなぁって。
「生ぬるい」っていうのは「生」の温度で、「生臭い」っていうのは「生」の匂いなんだなぁって・・・。産まれたばかりの赤ちゃんをこれほど言い表すことばって他にないような気がしました。

ところで「産まれる」って言葉を口にするときに、いつも意識することがあります。
「産まれる」は「産む」の受動態だっていうこと。考えたことありますか?
これはずーーーーっと昔に、学校の教科書だか別の教材だかで読んだ文章に出てきたもの。英語を勉強して初めて、「産まれる」が受動態だったことを知ったという文章でした。もしかするとそういう内容の詩だったかもしれない。
私もそれまで、そんなことを考えたことがなかったので、すごく衝撃だったのです。
たとえば「私は何月何日に生まれました」って言うとき、「生まれる」っていう言葉を「この世の中に出てくる」っていう意味の自動詞みたいに使ってる。
でも本当は違うんだ。自分で出てきたんじゃなくて、産んでもらったというか産み落とされたというか、つまり「産まれた」んだって。
別にだからってことさら「産んでもらったことを感謝しなくっちゃ!」とか思うわけでもなくて、ただただ「産まれた」が受動態だということに、いつも単純に純粋に新鮮な感動があるだけなんですが・・・。

だけどよく考えてみたら、生のぬくもりを持って生の匂いをまとってこの世に出てきた赤ちゃんが、ただ受け身で産み落とされただけとはやっぱり思えない。
そもそも出たいと合図するのは赤ちゃんだし、赤ちゃんにも「よし、行くぞ!」みたいな意志がきっとあるはずですよね。そうじゃないと、狭い産道を通って大変な思いして出ていくことなんてできないはずです、きっと。
もともとの成り立ちは「産む」の受動態としてできた言葉だったかもしれないけど、やっぱり意味としては「世の中に出ていく」みたいなのが正しいのかも。
つまりは赤ちゃんが「産まれる」ということは、その辺の微妙なニュアンスもすべて含めてお母さんと子どもの共同作業ってことなのかもしれないですね。

なんにせよ「産まれる」ってすごいことなんだ。
Kママも赤ちゃんもよくがんばった!エライ!!  
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2006年02月24日

シズカさんとポール

荒川静香さん、やりましたね〜。フィギュア界でアジア初の金メダル。

実は今回のオリンピック、ぜんぜん見ていなかったのですが、たまたま22日に女子フィギュアのショートプログラムを見ていて、日本人があまりに健闘していたので、フリーの演技だけは早起きして生で見ました。前の晩にわざわざ早めに寝たりして。(といっても、最終グループに間に合うように起きただけですが・・・)
いやいや、早起きした甲斐がありました〜。荒川選手も村主選手も、ほんとにきれいに滑っていましたね。感動しました。
なにがすごいって、やっぱりあのプレッシャーの中でミスなく滑れるということ。
もちろん技術の高さとかはあるにしても、練習だったらすばらしい演技ができている選手はきっといっぱいいっぱいいるんだと思うんですが、極度の緊張の中で実力を発揮できるという、そのことがとにかく一番すごい。
私なんて、たかがタップの発表会ごときで、足がもつれて動かなくなりましたから・・・←自分と比べるなって感じですね(^^;)

そういえば昔、荒川静香さんに間違われたことあるんです、私〜。
なーんていうと大げさだけど、私の名前はChizukoなので、Shizukaとちょっぴり似てますね。え?似てない?うーん、たしかに日本人なら似てるとも思わないけど、外人にはあまり区別がつかなかったみたいで(^^)
3年くらい前でしょうか。仕事でやりとりしていたアメリカ人の担当者が、「昨日TVでなにげなくスケートを見てたら、Chizuko、Chizukoって連呼してるから、ひょ、ひょっとして、Chizukoって自分がよくやりとりしてる、あのChizuko??と思って真剣に見てしまったよ〜。最後にフルネームが出てきたらArakawaって名字だったけど。」ってメールを送ってきたのです。
思わず笑ってしまいました。残念ながら私は彼女ほど若くもないしきれいでもないのです、しかも仕事が忙しくてスケートの練習してるひまもないのです〜なんて返信した気がします。
そしてそれでわかったんですけど、彼は私の名前を「チズコ」じゃなくて「シズコ」だと思ってたんですね。Chiって英語だと「シ」って発音することもありますもんね。

ポールっていう名前のおじさんだった。元気かな。
もう昔のことだから私のことなど忘れているとは思うけれど、ひょっとしてShizukaさんの金メダルを見て、私のこと思い出してくれてたりしたらちょっと嬉しいなぁ(笑)  
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2005年10月25日

苦手な質問

私には、つねづね聞かれるのを恐れている苦手な質問というのがあります。
それは「基礎化粧品は何をお使いですか?」というもの。
え〜と・・・特に決めているものがあるわけではなく、そのときどきで適当に・・・ごにょごにょ。

私は化粧品にまったく興味がなくて、大学1、2年の頃はファンデーションも塗らずにビューラーと口紅だけでお化粧をした気になっておりました。
3、4年の頃は、親に「紫外線に直接あたるのはよくないから、ファンデーションくらい塗りなさい」と言われてとりあえず塗るようにはなったものの、化粧水も乳液も下地もつけずにいきなりファンデーションをはたいて「粉っぽくなるからやーね」などと思っておりました。

化粧水をつけるのは、冬のお風呂上りに肌が乾いてピリピリするときくらい。
ときどき乾燥したなーと思うときは、手持ちのハンドクリームをペタペタ塗ってしのいでました。
実はこんなことを数年前まで続けてたのです。一応自分でもよくないなぁと後ろめたく思う気持ちはあったため、友達にすら「何使ってるの?」って聞かれるとドキドキしたものです。だってハンドクリームなんて言おうものなら、みんなに目をむいて驚かれてしまうから・・・。
だから、化粧品販売店のお姉さんに上記の質問をされたりした日には、いつも必要以上に赤くなって視線を泳がせつつ口をにごしていたのでした。

でももちろん、こんなのが通用していたのは若かったからなのであります。
今でこそいちおう化粧水とか乳液くらいは塗るようにしているけれど、もう遅い。
若かりし頃の無精がたたって、私の顔はシワだらけ。特に気になるのはおでこのシワです〜!あ〜あ、年とるってやーね。←自分のせいだけど

ところで2、3週間前に友人が、友達紹介ってことでHABAのサンプルセットを送ってくれました。
反省が足りずいまだに適当な化粧水と乳液ですませている私は、ただただ喜んでそれを使っていたのですが、気のせいでしょうか、最近どうも肌の調子がよいようなのです。あんまり熱心に研究はしていなかったにせよ、今まではどれを使っても別に変わらない気がしていたのですが、今回はちょっと違う感じ。
ちょっと〜、今度から基礎化粧品をHABAにしてみようかしら!
そしたらそしたら、もうあの質問にびくびくしなくてもよくなるんですね!

ただ、化粧品に疎い私は「HABA」を「ハーバー」と読むことを、サンプルをもらって初めて知りました。名前くらいは知っていたつもりだったけど、「ハバ」って読むのかと思ってて(^^;)
例の質問をされたときには、うっかり胸をはって「ハバです!」なんて答えないよう気をつけます〜。  
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2005年10月14日

気がきく女 2005

達成できないままに、今年ももう残り2ヶ月ちょっとになってしまいましたが、私の今年の目標は、「気がきく女 2005」というものでした。
(もちろん2005のところはトゥーサウザンファイブと読みます。)
ぼんやりしていて気がきかない私は、たとえば身のまわりにいる人が今望んでいることを見極めて、さりげなく手助けしたりフォローしたりできる人のことをすごく尊敬します。

今日、そんな憧れの「気がきく女」を帰りの電車の中で見かけました。
私のとなりに座っていたおばさんが、突然席をたって中学生くらいの女の子に席をゆずったのです。どうやら、急に鼻血が出てしまったみたいで、その子はティッシュを鼻にあててちょっと慌てていました。
私にできたのは、せいぜい持っていたポケットティッシュを渡してあげたことくらい。
あとはどうしてあげたらいいかわからなくて、ただ隣でハラハラしてただけでした。

おばさんはその子の斜め前くらいに立って、まずは自分もティッシュを差し出しました。
そして鼻血が少し落ち着いてきた頃、今度はお店でよく出てくるようなウェットティッシュ(おしぼり?)を渡してあげたのです。しかも封を切ってとりやすいようにして。
ようやく鼻血がおさまって、女の子はそのウェットティッシュで手や鼻の周りを拭くことができたのですが、まだ出てるのではないかとちょっと不安げな様子。
するとまたカバンをごそごそして、今度は小さな手鏡を「はい」って。
すばらしい〜!この、痒いところに手が届くような、ゆきとどいた気配り!
これみよがしに介抱したりするのではなく、近すぎない距離からさりげなくフォローの手を差し伸べる、細やかな気遣い!
鏡できちんときれいになったことを確かめた女の子は、すごく爽やかな笑顔で「ほんとにありがとうございました」ってお礼を言って降りていきました。

ちなみに私の来年の目標はさらに高く、「できる女 2006」。
(これもトゥーサウザンシックスでお願いします。)
周りの人が今何を求めているか、ということだけに留まらず、この先の行動や気持ちを先読みしてサービスができる人になりたいなぁと思います。
って、その前に自分の先の行動をよく考えろって感じなんですけどね。
図書館に本を返しにいくのに、返す本を持たずに家を出てしまうような私が、どうして人の先の行動まで読めるのかと言われたら、返す言葉もないわけで・・・。
まぁ目標ですからあくまでも高くということで、めざします。できる女。  
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2005年08月15日

すごい雷でした!
ひっきりなしに外がチカチカ明るくなっては、ゴロゴロドドーンと音がして、たまにピカッと強烈に光ったときには、即座にバリバリバリバリッと身もすくむような大音響。
怖いんだけど、もしかすると空に稲妻が走るのが見えるかもしれない、とずっと窓の外を眺めてました。

あれは小学校1年生の頃だったと思いますが、友達の家で二人で遊んでいたら、外が真っ暗になって雨がざーざー降ってきて、それこそピカッゴロゴロゴロゴロ〜ッとすごい夕立がきたんです。
親は出かけていて、家の中には誰もいなかったものだから、もう怖くて怖くて、二人で「お母さ〜〜〜ん!」って泣きながら大声で呼んだのを覚えています。
あのとき友達が、「こういうときは大きな声でお母さんを呼ぶといいんだよ。」って言ったから。二人とも本気でした。愚かな子ども時代の思い出・・・。

有馬温泉の旅行で一緒だった3人の子どもたちのうち、一番上の子が小学校1年生だったせいか、ここのところ「あの頃の自分てどんなだったかなー。」って考えてしまいます。
あまりに小さい子だと、さすがにその頃の自分については覚えていないけれど、小学校にあがるくらいになると、いくつかエピソードなんかも思い出せる年齢だからでしょうか。
一年生の頃ってまだまだ、現実と妄想が半々くらいの世界で生きていた気がします。
「大人になる」というのは「現実を知ること」なのかもしれないけれど、本気で信じられる想像の世界のことも、忘れてしまわないようにしたいものです。  
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2005年07月30日

大人になったら

大人になると、時間がたつのがどんどん早くなります。
昔「なんでだろう?」って不思議でたまらなかったのですが、ある人に
「あたりまえだよ。だって5歳の子にとっての1年は人生の1/5にあたるけど、20歳にとっての1年は人生の1/20。50歳になったら1/50だよ。どんどん短くなるのはあたりまえ。」
と言われて、なるほど〜!!と膝を打ったことがありました。

だから大人になったら、友人とは会おうと思ったときにすぐに会う約束をしないといけません。そうしないとあっという間に1年も2年もたってしまいます。
今回もそんなわけで、ちょっと用事があってメールした折に「ビールでも飲もう!」という話になって即、日程調整。
結局、他にも2家族を誘って、本日うちに集まることになったのでした。
おかげで、1年ぶりくらいに会えた友人もいて楽しかった〜。

学生時代はほんとに気軽にしょっちゅう遊んでいたのに、仕事を持って家庭を持って、となるとなかなかそうはいかなくなります。
赤ちゃんがいたりすればなおさら、時間の自由はきかなくなるものです。
近いうちに会おう会おう、と思ってるうちに日々の忙しさにまぎれて、気がつくと何ヶ月もたってしまってる。
でも、日程さえ決めてしまえばなんとかなっちゃうものなんですよね。
そして集まってしまいさえすれば、赤ちゃんも一緒にみんなで楽しい時間が過ごせる。
人生の時間はどんどん早くなる一方です。ごちゃごちゃ考える前にさっさと日程を決めてしまいましょう!

今日は改めてそんなことを思った一日でした(^^)  
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2005年07月21日

夢のお告げ・・・

私は夢見が悪い方です。
夢はよく見るけれど、いつもあんまりいい夢じゃないんです。
ものすごく怖い夢とか悲しい夢、というわけではないけれど、
「あ、夢か。よかったー。」って思うことがほとんどです。

今朝がた見た夢もイマイチでした。
夢って本当に不思議で、起きてすぐはものすごく鮮明に覚えているのに
意識の霧が晴れていくと同時に夢の記憶は遠ざかってしまいます。
だからもう抽象的にしか覚えていないのですが・・・

私と(夫)は同じ何か大きな組織に属していて(もちろんそんな組織知りませんが^^;)、
そこの上層部から、(夫)が「あいつにもっと勉強するように言っとけ」と言われるんです。(もちろん私のこと。)
それを聞いて、予想以上にできなかった過去のテストだか課題だかを思い出してがっかりする私。
・・・よくわからないけれど、そんな冴えない夢でした。
あ、前半はもう少し筋があってドラマチックだったんですけどね。
サッカーとかやってて、(夫)が透明人間になってて、シュートしたときに足の部分だけ透明じゃなくなって見えてしまって、とかそんな感じ(^^;)
そうだ、それで(夫)が上層部に呼ばれたんだ!
・・・ってどうでもいいか

なんにせよ、たしかに最近がんばってないです、私。
英語の学校が終わってから、ほとんど英語の勉強もしていないことがいつも心のどこかにひっかかっていて、それが夢になって出てきたのかもしれません。
そろそろ行動を起こさないと、そろそろ始めないとっていう自分から自分へのお告げかもしれないですね。
夢って結局、自分の心の表れですもんね。  
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2005年05月21日

痛み止めの大切さ・・・

今朝、6時半頃からお腹が痛くなりだし、すぐに痛み止めの薬を飲んだけれどぜんぜん効かなくて、あ〜もうほんとに辛かったです〜(T-T)
縦になっても横になっても丸くなっても平たくなっても、どうにもこうにも痛みは変わらず、まぁ痛い話を書いてもしょうがないので詳細はひかえますが(^^;)、痛み止めって本当に大切なんだということが心からわかりました。
モルヒネを発見した人はエライ!などと朦朧とした頭で考えたりしました。
モルヒネなしで手術されるよりはましだ、などと自分を励ましていたつもりなのか・・・

私は頭痛にもよくなるので、痛み止めはいつもカバンに入れておくようにしています。
あんまり頻繁に飲むと効かなくなる、という恐怖から、なるべく飲まないようにしていますが、どうしても我慢できないときとか、せっかくの旅行の時とかは飲んでしまいます。頭痛にはテキメンに効きます。
いつも思うのですが、頭痛薬って精神高揚剤とか入ってるのかな。
飲んで30分くらいすると、なんだか頭痛でない通常の状態よりもさらにすっきり元気になる気がするのは気のせいでしょうか・・・。

それにしてもどうして今回は痛み止めが効かなかったんだろー。
今後がコワイヨー。  
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2005年05月12日

杜氏の挑戦

どこの業界でもそうなのでしょうが、競争が激しくなったり売り上げが低迷したりすると、生き残るために、新しいサービスを提供することで差別化をはかろうとします。

今朝、NHKの朝のニュースでとりあげられていたのは、どこかの県の酒造家の話でした。
そこのお酒は、さらりとしていてとてもいい日本酒なのだけれど、それだけでは売り上げが伸びなくなってきたため、新しいサービスに挑戦することになったのです。
それは、ガラス張りの樽を作って、ぶくぶくと音をたてている麹など、醸造過程の映像を、インターネットで見られるようにしたというものでした。
また、オーナーがお米の選択から関与できるようにし、幾種類かのお米をブレンドしたりすることも可能になったとのこと。
オーナーは、自分で選んだお米で作られたお酒ができあがっていく過程を、インターネットでいつでも見ることができるというわけです。
現在5人のオーナーから注文が入っているそうです。

そんな初めての試みに、杜氏はとても不安そうで、
「なんだか性格の違う5人の子どもを預かったような気分です。」
と語っていたのが印象的でした。
あぁ、やっぱり職人さんにとって、その対象は子どもみたいなものなんだなぁって妙に納得してしまったのです。
お米が変われば、長年の勘にたよることも難しくなります。
長い時間をかけて受け継ぎ熟練した技で、誇りをもって作ってきたものややり方を、時代の流れにあわせて変えていかなければならない戸惑いや悲しみみたいなものが、その言葉から伝わってくる気がしました。

ちなみに、今日たまたま学校で習ったのですが、誰かの言葉が「妙に気になっている」と英語で言うときは、
be preoccupied with とか、be on my mind
なんていう表現を使うらしいです。

The word of a chief brewer of sake is on my mind...て感じでしょうか。  
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2005年04月21日

誕生日なのに・・・

今日は誕生日。それなのに・・・
朝から晩まで勉強漬けでまったく色気のない一日(>_<)
当日重視派なのでけっこう本気で悲しくなったのですが、
誕生日を覚えていてくれた心優しい友人たちが
かわるがわるにメールを送ってくれて、
ほんとにほんとーにうれしかった。

お誕生日に「おめでとう」と言うのって、
その人のことを気にかけているよ、という
ひとつの優しさの表現なんですよね。

優しくしてくれてありがとう!!
  
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2005年03月13日

晴れ女

今日はおじいちゃんの3回忌でした。
おじいちゃんはおととし98歳で亡くなったのですが、お葬式の日も四十九日も一周忌も、すばらしいお天気でした。そしてもちろん今日も、空が真っ青で春らしい温かな日。
おばあちゃんの家に集まって、お経を読んでもらったあと、みんなでお墓参りをしてきましたが、青空の下に梅がたくさん咲きほこってとてもきれいでした。

晴れ男とか雨女とかは気の持ちようだという人もいますが、私はけっこう本気で信じています。
ちなみに私は雨女。入学式とか卒業式とか、今までの人生のイベント時にはたいてい雨が降っていました。初めての海外旅行では、20年ぶりにハワイを襲った台風に鉢合わせするという念の入れようです。

ではなぜ、おじいちゃんの法事でいつも天気がよいのか?
それはおじいちゃんが晴れ男だったから、というよりは、むしろおばあちゃんのパワーに違いないと私はふんでいます。
おばあちゃんは今年95歳になりますが、とてもそうは見えない若々しさで、しょっちゅう俳句だなんだと出かけては、「一日出歩いててもそんなに疲れないのよねぇ。」なんて自分で不思議がっています。
そしてとにかく、強烈な晴れ女なのです。おばあちゃんが出かける日は98%は晴れているのではないかと思います。たとえ天気予報が雨だったとしても、です。

おばあちゃんを前にしては、私の雨女も出る幕がないみたいです。雨女や晴れ女にも、パワーの強弱やバッティングしたときの相性(?)なんかがあるようです。  
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2005年03月11日

小市民 コンタクト編

嘉門達夫さんの「小市民」という歌を知っていますか?
みんながなんとなく思っていた小さなことを歌にして、「あるある!」と共感を呼んで大ブームになったことがありましたね。
詳しくは覚えていないけれど、たとえば、♪みかんを食べていて赤ちゃんみかん(小さな房のやつ!)が出てくるとなぜか嬉しい、あ〜小市民〜♪とか。
「やっぱり私だけじゃないんだ!」と思って可笑しかったのを覚えています。

私は目がとても悪く、コンタクト常用者です。
二週間で交換するタイプのソフトコンタクトレンズを使っているので、二週間に一度だけ、その日ばかりはコンタクトを洗ったりせずに、ぽいっと捨ててすぐに寝られるという喜びがあります。昨日の夜がそれでした。
これなんかもある意味、小市民的快感ですよね♪

昔はソフトコンタクトといえば、煮沸消毒なんかがあって手入れにとても手間がかかりました。それが嫌で、私もその頃はハードコンタクトを使っていたのです。
今の使い捨てソフトコンタクトは、そんな面倒な手入れはありませんが、それでも、毎日寝る前にレンズをはずし、洗浄液で洗って保存液につけるという作業はわずらわしくて、「あー、このままコンタクトなど気にせずに寝られたらどんなにいいだろう。」といつも思います。

だから、二週間に一度のその小さな夢をかなえるチャンスをとても楽しみにしていて、交換する日なのにいつものくせでうっかりレンズを洗ってしまったりすると、もったいなくて交換日を次の日に延ばしてしまったりします。
・・・正直に白状します。実は今回も交換日は昨日ではなくおとといでした。コンタクトを洗い終わったところで気づいてしまったので、つい・・・(^^;)。
  
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