2007年09月14日

NOEL ノエル

NOEL
ケーブルTVで「NOEL」という映画を見ました。
季節はずれだけれど、その名のとおりクリスマスのお話です。
クリスマスの季節に特有のあの温かな雰囲気にたっぷり浸りたいのなら、この映画はまさにぴったり。心温まるなかなかいい映画でした。
母親の介護にかかりきりの40過ぎの独身女性、男性の嫉妬深さが原因ですれ違いが生じる結婚間際のカップル、20年聖職者として人生をささげたあとに信仰を失ってしまった独身男性、14歳のときに病院で過ごしたクリスマスが忘れられずに自傷行為に走る若者、急にストーカーまがいの行動をとりはじめる初老の男性・・・
それぞれは赤の他人でありながら、クリスマスの飾りに彩られたNYの街の中で、それぞれの人生がほんの少しだけ交わります。
ひとつひとつのエピソードにそれなりに意外な局面があるのもおもしろい。

結論を言ってしまえば、クリスマスに起こる小さな奇跡で、登場人物がみんなハッピーになるハッピーエンド・ストーリー。だから、安心して見ていられて見終わったあとにとても幸せな気持ちになれる。
でもこういうのって、一歩間違えばただの出来すぎでつまらないストーリーにもなりがちですよね。
この映画がそうならなかったのは、クリスマスに起こる奇跡が、外から与えられた力によって起こった奇跡ではなく、登場人物たちが自分たちで起こした奇跡だからという気がします。

人生がうまくいかないときには、自分では気づかなくても必ずなにか原因があるものです。その原因がとりのぞかれたときに、ようやく人生はうまく回り始めます。
でも原因を見つけるのもそれを取り除くのも、なかなか簡単にできるものではありません。ここに出てくる登場人物たちも、なんとかしたいと思いつつもどうにもできない状況に苛立ち、悲しみ、途方にくれていました。
でも彼らは、クリスマスの日、自分たちでその原因をとりのぞくという作業をやってのける。それぞれに代償の痛みを受けながら。
そして大事なのは、その作業を誰も自分ひとりではできなかったということです。
人との交わりを恐れずに、ほんの少し誰かの人生に踏み込んだときに、奇跡というのは起こるものなのですね。それを奇跡というならば。
映画を見て幸せな気分になったあと、そんなことを少し考えました。  

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2007年09月08日

フラガール

最近涙もろくなったような気がします。
もともと涙腺はゆるい方で、うれしくても悲しくても笑っても怒っても、ぜんぶ涙になってしまう性質ですが、最近ますますこの傾向が強くなってきた。
たぶんこれも「歳をとった」ってことなんでしょうね(-_-;)

そういうわけで「フラガール」。何度も何度も泣きました。
可笑しくって悲しくって、そして勇気が出る映画でした。
観た人がみんなおもしろかったというので期待はしていましたが、期待以上でした。
公開中は見逃してしまい、そのうちDVDで見ようとは思っては後回しにしていたところ、ちょうど地元の公会堂で「フラガール」を無料で上映するという記事を見つけたのです。見逃した映画を図らずも劇場で見ることができて、ほんとにラッキーでした。

(ここから内容の説明になるので、これから見る人は読まない方がいいかも。)
舞台は昭和40年の炭鉱の町。貧しい生活の中、誰もが辛く危険な炭鉱の仕事について歯を食いしばって生きていました。炭鉱以外に何もないその町には、他に仕事などなかったのです。
だけどそんな小さな町にも時代の波はひたひたと押し寄せてきていました。石炭の時代は去りつつあり、町の唯一の産業である炭鉱の閉鎖はもう時間の問題でした。
町は生き残りを賭けて、「ハワイアン・センター」なるものを作ることにより新しい産業を興そうとします。寒々しい炭鉱の町に「ハワイアン・センター」!なんだかもう、涙ぐましいというより痛々しい感じすら漂います。
町の人々はもちろん猛反対。炭鉱の仕事がなくなれば生活ができなくなるという切実な問題に加え、誰もが時代の変化を認めたくなかったのです。

そんな町に東京からやってきたフラダンスの講師。まったくダンスなどやったこともない炭坑夫の娘たちをプロのフラダンサーとして育てようとします。
ここからの講師の奮闘は、そのまま町の人たちの心の葛藤を映し出したものでもあります。それまでの生活を否定され、まったくなじみのないものを受け入れなければならない苦しみ。それは、移植しなければ助からない臓器を、他人の体から移植したときに起こる拒絶反応のようなものかもしれません。
何より辛いのは、それを乗り越えなければ助からないけれど、乗り越えたからといって必ず助かるかどうかもわからないところ。とにかく信じるしかないのです。

いちばん最初に変化を受け入れようと一歩を踏み出したのは、フラガールをめざした女性たちでした。新しい時代を感じ取り、何かを変えたいという思いをもともと持っていた人もいました。背水の陣で臨むフラガールたちのひたむきさに、自らも困難を抱えていた講師も変わっていきます。
人間が新しいものを受け入れるときの激しい葛藤と、それをやり遂げた後にある成長とを、笑いと涙に包んで丁寧に描き出したとてもいい映画でした。
素敵なフラガールたちにならって、私もたまには涙をこらえないといけません。  
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2007年03月24日

21グラム

録り溜めていた録画の中から『21グラム』という映画を見ました。
悲しくてずっしりと重たい映画でした。
だけどとてもよくできた映画で、最初から最後まで一瞬たりとも目を離せないようなすごい吸引力があった。ストーリー展開にもとても引き付けられるんだけど、この映画のパズルのような構成手法も目が離せなかった一因かもしれません。

なにしろほんとにパズルみたいなんです。1カット1カット細切れで、時間も場所も登場人物もまったくばらばらの映像が、なんの脈絡もなく気まぐれに現れてくる感じ。普通のパズルなら平面だけど、動く映像で、しかも時間軸もまったくばらばらの4次元パズルです。
まったく何の関わりもない、通常ならすれ違うことだってなかったかもしれない3人の人物。それぞれがまったく無関係に過ごしていた生活から、目に見えない強い力に導かれるようにしてお互いの人生に激しく交わることになるまでの過程が、パズルの1ピース1ピースになって淡々と順不同で提示されます。

最初のうちはもちろんつながりが読めなくて「?」「?」という感じなのですが、人間の脳とは不思議なもので、細切れの映像の中から少しずつ全体像を組み立てていくことができるものなんですね。
そしてだんだん穴が埋まっていくにつれて、ストーリーがはっきり見えてきて、次の映像が始まると「今度はどこの穴にはまるピースだろう?」と考えている自分がいるのです。
これから見る人がいるかもしれないので筋については触れないことにしますが、これはすごいインパクトでした。
こうやってばらばらの映像を寄せ集めて自分の頭の中で組み立てたストーリーというのが、時間軸に沿ってわかりやすく見せられた映像よりも、むしろ細かいところまで鮮明に脳裏に刻まれるというのは新鮮な驚きです。

人間は死ぬと21グラムだけ体重が軽くなるんだそうです。いったい何の重みなのでしょう。
絶望感や自己嫌悪や虚しさや、そんな重たいものばかり抱えても生きていかなければならない人間の悲しみの重さでしょうか。
そんなことを考えてしまうくらいとても重たい映画なんだけれど、最後まで見るとなぜか少しだけ気持ちが軽くなる。
生きていることのどうしようもない悲しさを激しくぶつけあったことで、悲しみにばかり向かっていたエネルギーが砕けて小さくなったんだったらいいな、と思うから。
ということで、個人的には重たいだけじゃなく、新しい人生へのかすかな余韻も残している映画のような気がしています。
だって、この映画で何度も出てくるように、「それでも人生は続く」んだから・・・。  
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2007年03月16日

ホリデイ

友達に誘われて、24日から公開の『ホリデイ』の試写会に行ってきました。
キャメロン・ディアス、ケイト・ウィンスレット、ジュード・ロウ、ジャック・ブラックという豪華メンバーによるラブコメディ。
彼の浮気や突然の婚約発表によるショックを、どこか遠いところでの休暇でまぎらわそうと、アマンダとアイリスは「ホームエクスチェンジ」を行います。ホーム・エクスチェンジとは、ネットで条件を確認し合い、条件が合えばお互いの家や車を含む生活全体を一定期間交換するというもの。
片やロサンゼルスの豪邸、片やイギリス郊外のコテージ。それまでの生活をリセットして、まったく違う環境での休暇を過ごし始める二人に、新たな出会いが訪れ・・・というお話。

この映画には温かい幸せの形がたくさん詰まってます。新しい環境で人が感じる幸せってなんだろうって考えたときに、思いつきそうなものをたくさん詰め込んだ感じ。
快適なおうち、心ひかれる人との出会い、新しい人との交流、人の役に立つこと、人に必要とされること・・・
だから、見終わったあととても幸せな気持ちになれる。たぶんそういう映画なんだと思う。
たぶん。。。

だけど、ほんとはどうなんだろう?
まぁ紆余曲折はあるにしろ、最終的には大団円でめでたしめでたしって終わってるけど、この幸せってどう考えても一時的なもの。だってなんてったって「ホリデイ」だから。
そしてよく見てみると、この映画の広告にはタイトルの下に「人生に一度だけ、誰にでも運命の休暇がある」って書いてある。運命の休暇ってことは、この幸せ自体がしょせんは現実を離れた一時的な幸せでしかないってことだとも受け取れちゃいますよね。私がひねくれてるだけ?
どうなの?この映画を作った人のほんとの意図は??ほんとにわかりません。
誰かこの映画を見たら教えてくださ〜い。
もちろん、映画なんて受け取り方はいろいろでよくて、「ほんとの意図」なんて関係ないんでしょうけどね。

そしてなにはともあれ、やっぱりキャメロンはかわいくてスタイルがよかったです〜☆
それだけでも見る価値アリ。  
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2007年03月01日

拝啓 父上様

今日、会社の帰りになんだか心が躍っている自分を発見。
なんのことはない、家に帰って見るドラマが楽しみだったんでした。
「拝啓 父上様」。見てますか?とってもおもしろいです、これ。
私はあまりTVを見る習慣がなくて、朝のNHKのニュース以外は、特にこれと決めたものがなければTVをつけないし、これと決める番組すら少ないのですが、このドラマにはすっかりハマってしまいました。
めずらしくぼんやりとTVをつけっぱなしにしていたときに、たまたま第三回くらいのを見て、「なにこれ、おもしろいじゃん!」とやめられなくなった。だから実は最初の方は知らないんですが・・・。

ドラマの内容や脚本がおもしろいのはもちろんのこと、神楽坂という場所に息づく「粋」の文化が見られることがまた、このドラマの魅力でもあります。
そしてやっぱり、出ている俳優たちの演技が見事なのです。みんな本当に上手!だから本当におもしろい!
まだ終わってないのに、今からもう再放送、もしくはビデオ化(DVD化っていうべき?)が楽しみ。もう一度さいしょからきちんと見たいのです。

このドラマといえば、友達に聞いた話もおもしろかった。
私の友人Nが、お母さんと一緒にこのドラマを見ておもしろかったので、翌週も楽しみにしていたら急に予定が入ってしまった。ケータイで、お母さんに「拝啓 父上様」という題名で「録画しておいて〜」とメールを打ったら、お母さんから「お父さんなら出かけてるけど?」って返信がきたそうです(笑)。
  
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2006年11月19日

プラダを着た悪魔

幼なじみのNと「プラダを着た悪魔」を観てきました。
メリル・ストリープとアン・ハサウェイの魅力がたっぷり詰まった、おしゃれで一生懸命な、元気が出る映画です。
アン・ハサウェイ演じるアンディが、最初は「ダサくて太っている」という設定だったのにはかなり無理を感じたけど、ブランド物に身を包んで変身したあとのアンディはたしかに別人でした。髪型もメイクも変えて出てくる数々のきらびやかな着こなしは、どれもかわいくて目を楽しませてくれるものばかり。
ま、私はブランドにはちっとも興味がないので、むしろ最初の面接のときの服装がとても好みだったりするんですけどね。

物語は、ファッションには興味がなくジャーナリストを志すアンディが、女性たちの憧れの的である一流ファッション誌の面接を受けるところから始まります。
辣腕カリスマ編集長ミランダの気まぐれで奇跡的に採用され、そこから始まる悪夢のような日々に奮闘しつつ、困難を乗り越えひとつずつ階段を昇っていくお話。
そして私が考えるこの映画のキーワードは「決めるのはあなたよ。」というセリフ。
さて、アンディが最後に決めたこととは・・・?

人生とは偶然と選択の連続です。
だから現在の自分は、無数の偶然と無数の選択の結果そのもの。
偶然とは、自分では選択できない運命のようなもの。たとえば私が日本という国で、私のお父さんとお母さんの子どもとして、女に産まれたこと。
選択とは、日々の自分の行動すべて。何を食べて何を着て、いつ誰と会って何をするか。
こう書くと、何が偶然で何が選択かはとても明白な気がするけれど、これが案外難しい。なぜなら偶然と選択はいつでも隣り合わせだから。
たとえば、交通事故にあってしまった場合。よそ見運転の車の前をたまたま通りがかったのは偶然かもしれないけれど、普段からぼんやり歩くクセがあったからぶつかってしまったのかもしれない。いつも注意深く周りを見て歩くという選択をしていたら、事故にはあわなかったかもしれない。
たとえば、自分の憧れていた会社に、たまたま求人募集が出て就職できた場合。欠員が出たのは偶然かもしれないけれど、そこで働きたいという思いでアンテナを張っていたおかげで、求人広告に目が留まったのかもしれない。働きたいけど入れるわけがないとあきらめていたら、求人広告には気づかなかったかもしれない。
いつでも偶然の先に選択があり、選択の先に偶然があるものですよね。

だから、それはときにごっちゃになってしまって、偶然で仕方のなかったことなのに自分を責めてしまったり、本当は自分の選んだことなのに運命のせいにしてしまったりする。
この映画では、ワンマンで威圧的な編集長の下で、その命令が絶対であるがゆえに「逃れられない運命」として翻弄される人たちがたくさん出てきます。
もちろんアンディもそのひとり。でもあるとき、アンディはそれが運命なんかではなく、自分の選択であったことに気づくのです。
何が運命で何が選択なのかを見極めたアンディのすがすがしさが、そのまま映画を見終わったあとのすがすがしさに重なります。  
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2006年11月18日

東京タワー ドラマ版

リリーフランキーさんのベストセラー「東京タワー」のドラマをやるというので、見てみました。
実はあんまり期待してなかった。本があまりによかったし、あの文章がいいのであって、ドラマにしたからってそのよさが映像に出せるとは思えなかったから。
話だって特にドラマになるような事件があるわけでもなく、基本的には淡々とした内容のものだから、これをどんな風にドラマにするんだろうってちょっと興味半分で見たところがありました。
でも、これが期待に反して(?)おもしろかったんです。なかなか上手にできていて感心しました。演出家ってすごいもんですね。
子どもの頃のエピソードはだいぶ端折られていたけれど、代わりにひとりの彼女との話をふくらませてドラマ用に大幅に脚色してありました。

なにがよかったってまず、みんな役者がハマリ役だった。
主役の大泉洋と、おかん役の田中裕子は、もうそれ以外ありえないって感じ。
そして出ている役者がみんな、そろいもそろって上手な人たちばかりで安心して見ていられた。
広末涼子も、昔はぜんぜん好きじゃなかったけど、最近は演技がとても上手になったのですっかり見直しているところだし。
たぶん、とてもおもしろい話を下手な役者が演じたものより、たとえおもしろくない話でも上手な役者が演じたものの方が、見たあとの満足度は高いと思う。
そういう意味でも、上質な役者の演技を思う存分堪能できたドラマでした。
それから、本を読んだときの、笑えるんだけど泣ける感じというか、涙を流しながらもクスッとしてしまう感じが、きちんと出せていたのがすごいと思った。
ちゃんと本の「味」が出てました。こういうのは難しいのによくがんばったなぁって、えらそうに思ってしまいました。

でもやっぱりというか、もちろんというか、本の方がおすすめですね。
たまに原作よりドラマの方が越えてしまう作品もあるけれど、これには当てはまらないと思いました。
ドラマもとてもよかった。でも本はもっといい、です(^^)。  
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2006年11月05日

ワールド・トレード・センター

9.11を扱った映画「ワールド・トレード・センター」を観てきました。
あれがもう5年も前のことだなんて、なんだか信じられませんね・・・。

主人公は、救助活動に向かっている最中にビルが崩壊して瓦礫に閉じ込められた警察官ふたり。実話です。
絶えず襲ってくる痛みと恐怖と孤独と絶望の中で、お互いに励ましあいながらなんとか生き延びた強い精神力と、二人の安否がわからずに苦しむ家族の痛々しい気持ちがとても丁寧に描かれてます。家族なり恋人なり、絶対にこの世からいなくならないでほしい大切な人がいるならば、きっと誰でも泣いてしまうと思う。

ただ、ものすごくいろんなことに気を遣って作られた映画なんだなぁというのが正直な感想です。
政治色はいっさい廃し、9.11が起こった背景を考察するなんてことはもちろんせず、とりあえずテロであることには言及しているものの、それすらも必要最小限に抑えた感じ。全体像には触れずに、ひたすら個々人の内面を追ったものになっています。
そして、助かった二人の家族だけにスポットを当て、亡くなった方たちの家族はひとりも出てきません。本当にあったことだけに、深い傷を負った人たちをまた悲しみで刺激してしまうような内容にはしたくなかったのかもしれません。
あれからもう5年。でも当事者の方々にとっては、たったの5年しか経っていないんですものね。
まだ生々しいままの衝撃的なできごとを題材に、映画を作り収入をあげるということに対して大きな配慮があったのかもしれないし、やはりそれだけ難しいことだったとも言えると思います。

この映画からは、ヒトという個体の強さと、集団として人が気持ちをひとつにしてできることの偉大さが伝わってきます。
これに対して素直に感動できるのは、やっぱりこれが真実の話だから。
でも誤解を恐れずに言うならば、もしこれが実話でなかったら映画としてはあまりおもしろくないのかもしれないとも思いました。
なんていうか、9.11を扱った映画としては中途半端な気がしてしまうんです。
「ワールド・トレード・センター」というタイトルがついているわりには、事件そのものについての掘り下げはなく、特定のふたりとその家族の感動実話にとどまっているから。もちろん、その実話部分自体がすごいことだから見ごたえはあるし、メッセージも伝わってくるんですけどね。
題材があまりにセンシティブで映画にするのが難しかったのはわかります。
もしこの映画に、9.11にちなんだタイトルがついていなくて、でもこの映画の興行収入は9.11で亡くなった人たちのために寄付しますっていう映画だったら、すごく納得できたと思うんだけどな〜。

・・・とかいって、実は見ていたときは最初から最後まで号泣してたんですけどね。
あれだけ泣いておいてこんな冷めた感想?!って声が聞こえてきそう(笑)。  
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2006年10月22日

ロスト・イン・トランスレーション

公園で映画鑑賞♪
朝のうちは薄曇りだったのにだんだん陽射しがでてきた。風はなく湿気もなく、爽やかであたたかくてほんとに気持ちのいい天気!
こうなると俄然、家にいるのはもったいない気がしてきてしまいます。
あわてて洗濯をすませて、よし、今日は携帯型のDVDプレイヤーを持って公園へゴー!

このDVDプレイヤーはつい最近我が家にやってきたもの。
以前に、ケーブルTVのプレゼントキャンペーンにいつのまにか応募していた(夫)が、デジタルビデオカメラを当てた話を書きましたが、なんとまた(!)(夫)vが、なにやらポイントを集めて応募したものに当たってこれが送られてきたのです。
いったいこのくじ運、どこから湧いてでてくるんでしょう・・・。

というわけで、そのラッキーさに便乗して今日は公園での青空プライベート・シアター企画を提案してみたのでした。
途中パン屋さんでランチを仕入れ、テーブルとイスのある場所を選んでDVDをセット。
明るくて見にくいので、まわりにカバンや飲み物を立てて上から黒い上着をかぶせたりと、工夫を重ねてミニミニシアターの完成です。
本日の上映演目はソフィア・コッポラ監督の「ロスト・イン・トランスレーション」。

CMの撮影で来日した有名ベテラン俳優のボブは結婚25年目。言葉の通じない国での仕事にストレスをためているけれど、電話で話す妻の興味は子どもと家のことばかり。
そして夫の仕事で日本についてきた結婚2年目のシャーロットは、ホテルに取り残されて寂しさと不安で自分を見失いかけています。
慣れない異国の地「東京」での短い滞在を楽しむことができず、ただ強い違和感に居場所のなさを感じているふたり。心が弱っているときは、同じように弱っている人をなぜか直感的に見分けられるもの。偶然か必然か二人は出会い、一緒にいることで心のすきまが埋まるのを感じます。・・・

この映画で印象的なのは、とてもリアルで人格をもった東京の街。雑多で活気があって刺激的だけど、知らない者には心を開いてくれない冷たさを感じる街。リアルすぎて、自分の声をテープで聞くような恥ずかしさまで感じてしまうほどの東京っぷりです。
渋谷や新宿の景色がたくさんでてきて、私たちにとってはものすごくありのままの見慣れた東京なんだけど、なぜかその映像には外人の目というフィルターを通した何かが確かに感じられて、だからちょっと恥ずかしい気がしてしまうんでしょうか。

そんな東京も、二人が出会って心細さが半分になると、少しずつ黄色い光の漏れてくる扉を開け始めます。この映画が上手いなぁと思ったのは、そんな東京と二人の変化の重なり方が絶妙だから。
つまらない日々を過ごしていたときは冴えない感じだった二人が、一緒にいるときには本来の魅力を取り戻してとても素敵になる。ボブの皮肉のきいたユーモアとシャーロットの抑制のきいた聡明さがつくりだす味のある会話が心地いい。
心を閉じていたのは東京という街ではなくて、それを感じていた人間の方なのかもしれません。街と人の関係ってけっこうそういうところがあるものだから。

じゃあ、家族や夫婦はどうでしょう。家族の中で孤独を感じてしまうのも、感じる側の心の持ちよう?・・・
その答えはこの映画では出てこないけれど、ひとつだけ言えるのは、このときこの場所で、このふたりにはお互いが必要だったということ。男女としてではなく、友達としてでもなく、人間として。
甘いような苦いような、切ないような温かいようなラストにすとんとハマりました。  
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2006年09月12日

バッファロー’66

なんか・・・かわいい。この映画。
なんの前知識もなく見始めて、およそかわいくなさそうな感じなのに、なんだろう、この見終わったあとの愛おしさ(笑)。ある意味裏切られた感じです。
自分勝手で潔癖で繊細なんだけど、ものすごく単純な主人公と、とてもセクシーで、ひどく災難な目にあってるはずなのに、いつのまにか逆の方向に話を展開させていく女性。こういう、登場人物たちの見た目と中身のギャップにも裏切られるし、ストーリー的にもなんというか、ハズし具合が絶妙なのです。
結局、主人公がこの映画の中でしたことといったら、トイレと電話とボーリングくらい?
いやいや、そういえば刑務所から出てきて女を誘拐し、親を騙して男を殺しに行ってる。

たぶん見てない人が↑この説明を読んだら、いったいどんな映画だって思うかもしれないけど、ほんとにこんな映画なんです。
変わった人が普通の人とぶつかると、そこに衝撃が生まれて事件やドラマになるけれど、変わった人が変わった人とぶつかっても衝撃は生まれず、かえってとても普通の結果を招くことになるのかもしれません。
って、抽象的でわかりにくいでしょうけど、でもきっと屈折した変わり者の主人公がラストにどうなるかを見たら、なんとなく私の言いたいこと、わかってくれると思います・・・。

そして案外と世の中の犯罪の原因と解決の糸口も、こんなところにあるのかもしれないなぁ、なんて思いました。
ちょっと変わってて、なんとなくおもしろい映画です。  
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2006年07月04日

ボウリング・フォー・コロンバイン

かなり遅れ馳せながら、マイケル・ムーアの「ボウリング・フォー・コロンバイン」(2002年)を見ました。
録画したままHDDに眠らせること2年以上。容量が少なくなってきたし、そろそろこれを見て削除して、少しでも空き容量を増やすか、なんていう気持ちで見始めたものの、その内容の骨太さに感動して結局消せず。保存版としてDVD行きが決定いたしました。

ほんとに今さらなんだけど、これはすごいね。
カメラ一台と勇気と行動力があれば、ひとりの人間が世の中を変えることもできるかもしれないって、なんとなくではなく実感として感じられるドキュメンタリー。
マイケル・ムーアは、軽いフットワークで相手のふところにさっさと入り込んで、その人の人間性をさらけだす。超有名人だろうが学校をさぼって遊んでる高校生だろうが、誰に対してもおんなじような口調でおんなじように質問して、心の内側をどんどん引き出していきます。
テンポよく質問することで、回答者が体裁を整えたり耳当たりのいい言葉で繕ったりする時間を与えない。そしてポロリとこぼした本音を決して聞き逃さない。どんなに自信満々に語っている人も、マイケル・ムーアのインタビューにはだんだんしどろもどろになり、最後には逃げ腰になっていくのが手に取るようにわかります。
逆にしっかりと自分を持って真摯に生きている人は、ぼそぼそしゃべっててもそのまっすぐな清潔さが伝わってくる。一見破壊的なヘヴィメタ・ロッカーのマリリン・マンソンのインタビューにはちょっと感動を覚えました。

多くのドキュメンタリーは、「まずは真実を多くの人に知らせる」ことで、世の中を変える「きっかけ」を与えてくれます。ただ、実際に変わるかどうかは、その後それを知った人たちがどう考えてどう動くかにかかってくる。
だけどこのドキュメンタリーでは、すでにこの中で世の中が動いているんです。だって実際、Kマートに銃弾の販売停止を約束させたんですから。
きっと報道に携わっている人ならみんな、こういう形で自分の仕事が世の中に還元されることを目指しているんじゃないかと思いました。それをさらりとやってのけたマイケル・ムーアはすごい。
個人の力でも、大掛かりなしかけがなくても、世の中は確実に変えられるということを示してくれたマイケル・ムーアはやっぱりすごいと思いました。  
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2006年06月29日

ラヂオの時間

録画してあった「ラヂオの時間」を観ました。
1997年公開の三谷幸喜さん脚本・監督の映画。これは彼の映画初監督作品だそうです。

初めて書いたシナリオがラジオドラマの脚本に選ばれ、喜びと緊張でいっぱいの主婦みやこ。ところがスタジオで生放送される直前になって、主演の女優が「役名が気に入らない」と言い出します。これをきっかけにして、登場人物の名前に始まり、だんだんとみやこのシナリオに修正が加えられていきます。本番の生放送が始まってからも、みやこの思いとは裏腹に、修正部分のつじつま合わせのためにストーリーはどんどん違う方向へ。
気分屋でプライドの高い役者たち、そんな役者をなだめすかしつつなんとか無事に放送を終わらせたいプロデューサー、そんなプロデューサーの指示に従って仕事をこなすことに精一杯な技術スタッフたち。彼らによって、とうとう元の脚本とは正反対のラストを迎えるところまで話は進んでしまうのですが・・・。
という、ラジオドラマ生放送中のドタバタ劇。

もう、文句なくおもしろかったです。
業界のいろんなしがらみや慣習、なあなあの雰囲気をおもしろおかしく演出しながら、生放送という緊張感の中でとにかくなんとかしてドラマを完結させようと、みんなが必死になっている姿が滑稽に描かれていて、最初から最後まで笑いっぱなし。
そして笑いの最後にはちょっぴり感動(ただし湿っぽすぎない)も待っていたりして、とにかくカラッと明るい映画です。

みんなわがままばかりで、みやこ以外にはストーリーの良し悪しなんかに関心のある人は誰もいません。
それでもどこか見ていて気持ちがいいのは、仕事に対していい加減な人というのもひとりもいないからかもしれません。それどころかみんなものすごく必死で一生懸命で、次々にやってくる問題に泣いている暇もなく、プロの仕事人としてなんとかかんとか乗り越えていくんです。
自分のことばかり考えて勝手な人たちなんだけれど、最後にはみんながそれなりにいい人に見えてくる。「ヤレヤレ、今日もいろいろあって大変だった。仕方がないから明日もがんばろう。」って、そんな脱力系で前向きな登場人物たちのセリフが聞こえてきそう。
つられてこっちも「あーおもしろかった。仕方がないから明日もがんばろう。」って言ってしまいそうな楽しい映画でした。  
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2006年06月04日

ダ・ヴィンチ・コード

思えば昨日は流行先取りの一日でした。
実はホットヨガのあと、遅めのランチをとって向かった先は映画館。そう、ホットヨガよりさらにホットな話題の「ダ・ヴィンチ・コード」を見にいったのです。
公開後まだ間もない週末だったので、席がなくなるといけないと思い、開始時間の45分ほど前からスタンバイ。おかげで席は選び放題。ど真ん中の特等席で見ることができました。

この映画、話題のわりには期待が大きすぎるのかあまりいい評価を聞きません。
聞こえてくるのは「難しくてよくわからなかった」「あの内容を2時間半に詰め込むのは無理があった」なんていうネガティブな噂ばかり・・・。
ただでさえ理解力に難アリで、話がちょっと複雑だったり登場人物が多かったりするだけで「???」と頭の中がはてなでいっぱいになってしまう私なんですが、果たして大丈夫なんでしょうか。だいたい本もまだ読んでないし。

さて、結論から先に言うと、たしかに内容が濃すぎて完全に理解したとは到底言えないのですが、それでもしっかり楽しめました!
私なりに考えてみたこの映画のおもしろさというのは3つあって、まずひとつはキリスト教という宗教の奥の深さが、そのまま作品の奥の深さにつながっているところ。
世界でもっともポピュラーな宗教のひとつだし、厳しい戒律とかが比較的少なくて、間口が広く親しみやすいイメージだったキリスト教が、こんなにも多様で、こんなにも人々の心に深く突き刺さっていて、こんなにも残酷な歴史を持っているものだったなんて。
ふたつめは、この波乱万丈なキリスト教の秘密をめぐる背景に、どっぷりと関わって絡み合う登場人物を作り上げていったストーリー性。ここまで真実の背景に迫力があると、ストーリーの方が負けてしまいそうだけれど、まったく負けていません。
そしてみっつめはもちろん、ほつれた糸をほどくように複雑な暗号を解いていく謎解きのおもしろさです。ひとつ解決するとすぐに次の暗号が待っていて、ひとつのキーワードやキーフレーズが何重もの意味をもっていたりして、一歩ずつ前へ進みながらラストへとつながっていく過程はやっぱり見応えがありました!

・・・な〜んてこんな風に書いていると、まるでこの映画を100%理解した人みたいですね〜(^^;)。自分でもあやうくそんな錯覚に陥りそうになりました。
でも実は、私がきちんと理解できていないのは、二番目に挙げたストーリーの部分なのです。
家に帰ってきてから、自分がどこまで理解できたのか、紙に図を描いたりしてストーリーをおさらいしてみたんですが、どうやら非常に大事な部分を理解できていないことがわかりました・・・。というのも、ストーリーの柱となっていると思われる部分に対して大きな疑問がふたつもあるんです
全体の結論はわかるんですけどね。柱の部分がね・・・ぶつぶつ。
ここでは恥ずかしいのでどんな疑問かは具体的に言えません。
こっそり本を読んでおさらい、もしくはもう一度映画館に足を運んでリベンジ?!しようとたくらんでます〜。  
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2006年05月27日

プレアデス国際短編映画祭

浄智寺むこうの建物が会場お座敷に座布団並べて・・・
何かのメルマガでたまたま知ったプレアデス国際短編映画祭
各国の短編映像作品のうちレベルの高いものを集めて、世界各国で同時にコンペティションを行う、という新しい試みの映画祭です。その斬新なコンセプトにも心惹かれたのですが、日本での開催地が鎌倉のお寺だったことが、行ってみたい気持ちを後押ししました。
開催日は5/20、21、27。場所はそれぞれ建長寺、鶴岡八幡宮、浄智寺です。
20日は予定が入っていたし、鶴岡八幡宮だと大きすぎてあまりよく見えないといけないと思い、浄智寺の回に行くことにしました。

開演は17時から。昼間は鎌倉をぶらぶらと散策して、16時過ぎに浄智寺に到着。
開場は16時半からということでそれまで境内を見て回っていたのですが、マイナーなお寺だと思っていたら、小さいながらもとてもいいお寺ですっかり気に入ってしまいました。
会場となったお座敷にはたくさん座布団が並べられ、廊下か外でいただくという条件付きでお茶とクッキーとワインのサービスがあります。(ワインは有料)
前に備え付けたスクリーンで、30秒(!)から16分のコンペ作品が9本、それに招待作品が2本の計11作品が、休憩を2回はさんで上映されました。
けっこう大勢の人がぎりぎりで入っているため足を伸ばしたりすることはできず、途中休憩があるとはいえ2時間半お座敷に座っているというのは、なかなかお尻の痛いことではありましたが、映画祭の内容には大満足でした。
映画はどれもよくできていてとてもおもしろかったし、白熱灯のぶらさがるお座敷で映画を観る、というのがなんとも粋な感じで楽しかったです。
そして最後にアンケート用紙に自分が一番よかったと思う作品に一票を入れます。世界各国で同じように集められた票と合わせて観客賞というのが決まるとのこと。自分もその賞の決定に参加しているかと思うと、それもまたちょっぴりうれしいものです。

この映画祭、今年で3年目だそうで、日本での開催地は3回とも鎌倉でした。お座敷が辛いという人は、鶴岡八幡宮ならイス席で見られるようです。
来年も同じ場所とは限りませんが、参加国もだんだん増えているとのことなので、また来年が楽しみですね。
映画好きな人にはおすすめ!映画好きでお寺好きな人にはますますおすすめです(^^)

*** おまけのスナップ ***
天然記念物のコウヤマキ(夫)がいたく感動していた、浄智寺のコウヤマキの木です。境内には、これ以外にも見ているだけで木のエネルギーが伝わってくるような立派な巨木がいくつかあって、このお寺の歴史の古さを感じさせます。  
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2006年05月22日

かもめ食堂

急に思い立って、会社の帰りにひとりで映画を観てきました。
ずっと観たいと思いつつそのままになっていた『かもめ食堂』。
ひとりで映画観に行くなんて寂しいかと思ったけど、見終わってみたら寂しいどころか、思い切り幸せな気分に包まれてました。見ているあいだじゅう、きらきらしたものが体の内側に降り積もっていって、終わったときにはそれが満タンになっていたみたいな、そんな感じ。
私、この映画のDVD出たら絶対に買います。もうココで入荷情報をメールで知らせてもらうように予約までしちゃいました。

舞台はフィンランド。
小林聡美の演じるサチエがひとりで「かもめ食堂」を営んでいます。
看板商品はおにぎりで、あとは焼き鮭やしょうが焼きやとんかつや唐揚げの定食。シナモンロールやおいしいコーヒーも出します。
ちっともお客さんの来ないそのお店に、なんとなくのなりゆきでミドリ(片桐はいり)とマサコ(もたいまさこ)も加わって、お店はだんだん賑やかになっていくのですが・・・
とここまで書いて、この映画には特に筋というものはなかったことを思い出しました(笑)
別に「かもめ食堂」が繁盛するまでを描いたお話なわけでもないし、サチエやミドリやマサコがフィンランドにたどり着いた経緯について出てくるわけでもないし、あるのはほんとに「今日のかもめ食堂」だけ。ちょっとずつ小さなできごとや事件があって、そんなことを積み重ねながら今日のかもめ食堂があります、みたいなお話。そしてそんなかもめ食堂が、ものすごくいい感じなのです。

「変化を受け入れること」と「変わらずにいること」。
このふたつは反対のことのようだけど、かもめ食堂を見ていたらそうじゃないんだってことに気づかされました。変わることを恐れないからこそ、変わらずにいられることもあるんだなぁって。そしてそれはとても素敵なことだなぁって。
たとえばシナモンロール。もっとお客さんを増やそうと一生懸命頭をしぼってくれたミドリに、無理にお客を増やそうとは思っていないサチエが「シナモンロール、作りましょうか。」って翌日にシナモンロールを焼くんです。おにぎりがメインの食堂でシナモンロール?と思ったけれど、これがサチエなりに受け入れた変化だったのかもしれません。結果的には、いつも外から眺めてばかりだったオバサンたちまで匂いにひかれてお店に入ってきて、いつのまにかこのシナモンロールはかもめ食堂の定番商品になっていきます。もちろんおにぎりがメインの食堂であることに変わりはないまま。

それからたとえばマサコやミドリのこれから。お客さんも増えて軌道に乗ってきたかもめ食堂ですが、そもそも飛行機で荷物が出てこなかったためにフィンランドに滞在していたマサコは、荷物が見つかったから帰ると言います。そんなことを言えばミドリだって、目的があって来たわけではないフィンランドにいつまでいるかはわからない。
でもそれはそれでいいんじゃないですかってサチエは言います。そりゃあ寂しいかもしれないけれど変わらないことなんてひとつもないんだしって。
物事がうまく回っているときって、いつまでもこのままでいられたらとつい願ってしまうものだけど、変化していくことも含めて今現在を考えられるサチエがとても大きくみえました。
そしてそういうスタンスがあるからこそ、いつもと変わらないかもめ食堂がそこにあるんだ、ということが私の中にとても自然に伝わってきたのです。

なにはともあれ、五感を刺激されっぱなしの2時間でした。
目の前でできあがっていく手料理の数々や、北欧のインテリアや雑貨、かわいい生地の洋服などは見ているだけで幸せになれるし、音楽の代わりにたくさんのおいしそうな音や気持ちのいい音が聞こえてきます。特にコーヒーを入れるときの音と、おにぎりにパリパリの海苔を巻く音は最高。そしてしょうが焼きやシナモンロールの匂いはもちろん、フィンランドの風や空気の匂いまで画面を通して届いてきそうです。
器が広くて自然体で安心感のあるサチエ、無骨なほどにまっすぐで純粋なミドリ、ミステリアスで懐が深〜いマサコ。
かもめ食堂に行けば今日もそんな3人に会えそうな気がします。  
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2006年04月07日

十二人の怒れる男

今日は久しぶりにほとんど残業しないでうちに帰ってきました。
最近あまり早く帰れていなかったので、久しぶりの自由な夜の時間に何をしようかとちょっとわくわく。
そうだ。先月ケーブルで録画しておいた映画をひとつ見よう。

というわけで本日白羽の矢が立ったのは『十二人の怒れる男』。
1957年公開の白黒の法廷映画です。
私は法廷ものの映画がけっこう好き。
限られた証拠や証言から真実をひきだしていこうとするその過程にわくわくします。
ひとつの事実と思われていたことから検事や弁護士によってまったく違う仮説が組み立てられていくところとか、それまでのすべての主張を凝縮して最終弁論で陪審員に訴えかけるところとか、もうたまりません。
そして私が法廷ものを好きになる原点になったのが、この映画でした。

初めて見たのは、高校の世界史の授業。
ちょっと変わった先生で、どういう意図があったのか授業を二回分使ってこの映画をビデオで見せてくれたのです。その他の授業内容はひとつも覚えていないけれど、これを見たときの感動は忘れられません。
その先生のせいで(?)世界史については今でもちんぷんかんぷんですが、この映画に出会う機会をくれたことには感謝です!(どうして見せてくれたのかについてはやっぱりわかりませんが・・・^^;)

舞台は法廷の陪審員室。17歳の少年が父親を殺した罪に問われている裁判で、12人の陪審員たちが有罪か無罪かの評決を出すべく議論する様子を描いています。
95分間のうち94分くらいが、この狭い部屋での場面。登場人物も、一番最初の数秒を除いては、陪審員として召集された12人の男たちだけだし、本編の間はBGMもほとんどありません。
そういう意味でとてもシンプルな映画なのですが、この一室の中で展開されるドラマは、それはもうものすごく深くて濃ゆいものなのです。

裁判での証言や状況証拠からは少年の有罪が明らかで、最初は12人のうちの11人が有罪を確信しています。さっさと結論を出して、早くこんなめんどうな義務から解放されたいという思いもある。
だけどたったひとりだけ、有罪であるかどうかに確信が持てない人がいます。
評決は全員一致でなければならないため、そこから議論が始まるのです。
圧倒的に有罪の可能性が高いと思われていた状況に、ひとつひとつ丁寧に疑問を投じていくことで、ひとり、またひとりと考えが改められていく。真実を見ようとする真剣さや勇気に欠けていた人たちが、この問題を自分のこととして考えるように変わっていく過程が、とにかくおもしろい。
ガチガチに凝り固まっていたものが、外側から無理やり剥がされるのではなく、静かに根本をゆさぶられてほぐれていくのを見ている感じです。

もちろん実際にはそんなに静かに変わっていくわけではありません。
年齢も職業も、育った環境も性格も、なにもかもが違うバラバラの12人ですから、ときには偏見やエゴをむきだしにして激しく言い争います。なにしろ「十二人の怒れる男」たちですから、みんな怒ってるんです(笑)
この小さな一室のたったの12人の議論の中には、世の中の縮図があるといってもいいくらい、いろんな要素が詰まっています。熱心な人もいいかげんな人も、頑固な人も優柔不断な人も、論理的な人も感情的な人もいて、とてもみんなの意見がまとまるようには思えません。
だけどまだ最初の頃に主人公が「みんな普通の人ですよ。」っていうセリフがあるんです。ことさらクセのある人たちが集まってしまったみたいでありながら、実はそれがこの世の中そのものなんだって言っているようですごく印象的だった。そのセリフには、人間のありのままを見つめる温かい視線があるような気がしました。
誰がいい人で誰が悪い人なわけじゃない。みんな「普通の人」なんだってこと。
この12人はそれぞれ個性豊かでまったく違う人物として描かれているけれど、そのひとりひとりの主張はどれも、実は誰もが持っている理想だったり偏見だったり正義感だったり弱さだったりすること。ひょっとしてこの12人はみんな自分のことなんじゃないかっていう気さえしました。

この映画では、12人の陪審員のうち10人は一度も名前が出てきません。
そして残りの2人の名前も、映画が終わる10秒前になって初めて明かされます。
考えてみたらこれってすごく珍しいことですよね。
名前がないために、いつのまにか12人の中に自分を見ていた観客が、最後になって登場人物の名前を知ってふと我に返る・・・そんな仕掛けを作るために作者は登場人物に名前を与えなかったのかな・・・。
なんて思うのは考えすぎかもしれないけれど、とにかくとてもいい映画です。  
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2006年01月21日

プルーフ・オブ・マイ・ライフ

久しぶりに映画館で映画を見てきました。
プルーフ・オブ・マイ・ライフ』。
グウィネス・パルトロウ演じるキャサリンは、偉大なる天才数学者で晩年は精神のバランスを崩して頭がおかしくなってしまった父を、大学を中退して5年間ひとりで看病し続けた末に亡くします。
遺品となった膨大なノートの山の中に、何か重大な発見が埋もれているのではないかと探しにきていた父の教え子ハルに、キャサリンが渡したのは父の机のひきだしの鍵。中には世紀の大発見となる定理を証明したノートが入っていました。・・・

観る人のために話はここまでにしておきますが、とにかくよかったのはグウィネス・パルトロウがあまりにハマリ役だったこと。痩せていて色素が薄い感じが、繊細で精神的に不安定なところのあるキャサリンにぴったり。演技もものすごく上手だったこともあって、キャサリンの悲しみや怒りや恐れやあきらめなんかが痛いほど伝わってきて泣けるのです(>_<)
大好きだった父がもういないこと、尊敬していた父が変わり果ててしまったこと、病気になった父がみんなに忘れ去られたこと、天才だった父が今の自分の歳にはとっくに大成していたこと。
NYに行ったきり看病にも帰ってこなかった、まったく性格の違う姉への苛立ち、そして偉大な父の才能を受け継ぎつつ、同時に病気も受け継いでいるのではないかという漠然とした不安。・・・
確かに偉大な数学者を父にもつ設定は特殊かもしれないけれど、どの感情もどこかで味わったことがあるものみたいに胸に沁みるのです。たぶん、特別に繊細な人だけが特別な環境でだけ味わう種類のものではないってことなのだと思います。

こんなことばかり書くとどこまでも暗い物語りみたいですが、ハルの存在が安心できる明るさをもって作品全体を温めているし、後味は爽やかです。
悲しみを乗り越えたあとの透明な空気が伝わってくる感じで、キャサリンと一緒に自分までひと皮むけちゃったような、たくさん泣いたあとで妙に気分がすっきりしたような、そんな気分になりました。
欲をいえば、ちょっと終わり方があっさりしすぎている気もするけれど、見方によってはそれがかえって、これからの「始まり」を余韻としてさらりと残しているのかも。
なんにせよ、私はこの映画、好きでした。  
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2005年11月07日

座頭市

昨日TVでやっていましたね、「座頭市」。
見たかった映画(でもいざレンタル屋さんとかに行くと忘れてしまう映画)をTVでやってくれるとすごく嬉しいですね!
かっこよかったな〜、タップの場面!これがあるから、ずっと見たいと思ってたんです。
もっとたくさん出てくるのかと思っていたら、一番最後だけだったけど、でもやっぱりかっこよかった。もう、身を乗り出して一緒に足踏みしちゃいました。「血がさわぐ」とはこういうときに使うのが正しい。
私、ああいうのがやりたいんですけど!

映画の方も(?)おもしろかったです(^^)
ちょっと人がたくさん死にすぎなんですけど、やっぱり出ている俳優さんがみんな上手だとおもしろいですね。
あと、一貫して底辺に流れている感じのリズムがいい。
最初の畑を耕している場面で出てきたリズムが、終わりの家を建ててる場面で引き継がれているところがいい。
たけしっぽい笑いのツボが散りばめられているのもいい。
最後のお祭りの場面がいい。・・・あ、またこの話に戻っちゃった(^^)  
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2005年09月22日

メルシィ!人生

録りっぱなしになっていた仏映画「メルシィ!人生」。
さっさと見て、つまらなかったら消してしまおうと思っていたのですが・・・
これは捨てられませんでした!おもしろかった!
しょうがないのでDVDに落として保存版に。こうやってどんどん溜まっていくんですよね〜。

気が弱くてなんのとりえもない平凡な社員が、人員削減で自分がクビになることを知ります。2年前には奥さんに愛想をつかされ、最愛の息子も相手にしてくれません。
自殺でもしようか・・・というところを、隣りに越してきた老人に止められ、老人は男に、絶対にクビにならないある方法を提案するのです。
自分には演技はできないという彼に、演技など必要ない、今のままでいいのだ、と老人。
「他人の目が変わるんだ。」というセリフが印象的でした。

そして翌日から、男はいたってありのまま、今までとまったく変わっていないのに、周りが勝手にどんどん変わっていくその様が実におもしろい。
同じことのくりかえしで、なんの変化もない毎日を過ごしていた男が、女上司にセクハラ(?)され、人事部長に接待(?)を受け、パレードの主役に抜擢され、息子に羨望のまなざしで見つめられる。
そうして、本人はとまどいつつも、少しずつ自分に自信が持てるようになっていくのです。

人が幸せに生きていくのに、自分への自信を持つことってすごく大事ですよね。
根拠のない自信はだめだけど、根拠のない自己否定はもっとだめ。
簡単なようだけど、私にとっては大人になって自分を知れば知るほど難しいことでした。
この主人公みたいに、ありのままの自分を自信を持って受け入れられるようになれたら素敵だなぁと思います。
だって、一見なにも変わってないのに、後半の主人公はとてもかっこいいから!

ちなみに、舞台になっている近代的なオフィスもすごくかっこいいです。
さすがフランス!こんなオフィスで働いてみた〜い・・・。  
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2005年09月09日

舞台という舞台

あーなんだかすっごく得した気分!
今日は、早稲田松竹で、「ムーラン・ルージュ」と「オペラ座の怪人」を観てきました。
前にも書いたけれど、早稲田松竹は週代わりでいろんなテーマに沿った二本立てを企画上映している映画館で、お値段も二本で1300円ととってもお得。
見ようと思っていたのに見逃してしまった映画なんかが、もうひとつ別の映画とセットで、しかも通常より安く見られてしまうという、夢のような映画館です。
まぁ、劇場自体は小さめだし、イスもそんなによくないので二本観るとけっこう疲れるんですけどね。
ちなみに17日の週からは「ロード・オブ・ザ・リング」を一部ずつ、3週連続で上映するようです。一部が長いから、さすがにこれは二本立てにはならなかったみたい(^^)
3部セットで3000円という売り方もしていたから、劇場で全部見たいという人にはかなりおすすめです。

それはさておき、今回のお目当ては「オペラ座の怪人」。
うっかり見逃してしまったので、待ってましたとばかりに観に行きました。
もちろん「ムーラン・ルージュ」もついでに観てきたのですが、「ついで」どころかこれがまたとってもおもしろかった!
なんていうかキャストがどれもぴったりで、特に誠実でまっすぐで切ない役どころの作家を演じたユアン・マクレガーが最高〜
って、これはただの私の趣味かもしれませんが(^^;)、おかげでどっぷり感情移入できました。
前半はコメディタッチでとにかく楽しい。後半は美しく切なく、悲しいラスト。
ま、公爵がひとりで悪者すぎるきらいはありますが、こういうエンターテインメントに話のリアルさは求められていないので全然許します。
ポピュラーな歌をアレンジしたものがたくさん盛り込まれていて音楽も楽しめるし、そのそれぞれが、ちゃんと歌詞に合うようにストーリーに沿って歌われるのがまた楽しい。
悲しい結末ではあるけれど、とてもロマンチックな映画でした。

それからメインの「オペラ座の怪人」ですが、こちらも見ごたえがあってすごくよかったです!
なんといっても主役二人の歌声がとってもきれいで、特にファントムの声はしびれます!クリスティーヌが惹かれてしまうのも納得の美声でした。
でも・・・これこそ、すごく切ないお話だったんですね〜。
ファントムに最初から肩入れしてしまっていただけに、見終わってからも「ファントムはどうやっても幸せになれなかったんだろうか」って、そんなしょうもないことばかり考えてしまいました。
でも考えて出した私なりの結論は、ファントムのすべてのエネルギーの源は絶望だったんだということ。あの美声も、野蛮な行動も。それが彼の宿命だったということです。
人を愛しても、自分はその容貌から決して愛されることはないという絶望。
それでもクリスティーヌを愛してしまったために受け入れることになったさらに深い絶望。
そして、もうそれ以上の絶望はなかったはずなのに、クリスティーヌがファントムにも惹かれたことで、それでもファントムを選ぶという道があり得なかったことで、ファントムの絶望は行き着くところまで行ってしまったんだと思いました。

かたやショービジネスの世界での、まっすぐな愛のお話。
かたやオペラ界での、ちょっとゆがんでいるけれどこの上なく美しい愛のお話。
どちらの映画でも、すごく重要な脇役になっているのが、映画の中にいる熱狂的な観客の存在でした。
どちらも舞台は19世紀終わりのパリ。ショーやオペラを思いっきり楽しもうと待ち構えるたくさんの人たちが、この時代を活気あるものにしていたんですね。
そういう観客がいるからこそ成り立っていたビジネスならではの、舞台の表と裏の世界。
きらびやかな舞台とドロドロした舞台裏とか、ライトのまぶしい舞台と日のあたらない劇場地下とか、コントラストがはっきりしているだけに、映画の舞台としては格好の素材なんでしょうね。
計らずして舞台を舞台にしたふたつの映画を一度に楽しめることができて、ほんとに満足です。  
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2005年08月26日

皇帝ペンギン

フランスで大ヒットを記録したという、噂のドキュメンタリー映画「皇帝ペンギン」を観てきました。
ペンギンといえば、あの不器用なよちよち歩きやぽこんと出たお腹からくるユーモラスなイメージと、水にもぐったとたんうって変わってスピーディに自在に泳ぎ回るかっこよさとのギャップが、なんともいえず魅力的です。
だけど、この映画に見る皇帝ペンギンの魅力は、そのどちらでもありませんでした。

彼らの生活場所は、自由に動き回れて食料が豊富にある海と、南極中のペンギンが集まって繁殖から子育てまでを行うコロニーです。
一番の問題は、その海とコロニーが遠く遠く離れていること。
海からコロニーへ行くにも、コロニーからえさを求めて海へ行くにも、彼らの足では10日も20日もかかるのです。

繁殖期になると、ペンギンたちはコロニーをめざして隊列を組み、一斉に行進を始めます。
来る日も来る日も歩き続けて、同じように方々から歩き続けてきたペンギンたちが、示し合わせたかのようにある日同じ場所に到着するのだそうです。

そこでペアを組んで作ったたったひとつの卵を、それぞれ命がけで守っていきます。
生まれてくる子どものために、エサを求めてメスが海へと再び行進の旅に出ている間、
残されたオスは、何も食べずに激しいブリザードと戦いながら、卵を温めます。
メスがようやく戻ってくる頃、オスのお腹の下では卵が孵ってヒナが顔を出しています。
そして今度はオスがヒナをメスに預けて、海へと帰る番。

こうして、ペンギンたちはかわるがわる卵やヒナを守りながら、長い長い旅をするんです。
受け渡しがうまくいかずに割れてしまう卵や、旅の途中で力尽きてしまう親や、大きな鳥にねらわれて命を落とすヒナももちろんいます。
すべてがうまくいって、生き延びていけるのは1/200の確立だとか。
氷の上で楽しく生きていると思っていたペンギンの世界は、こんなにも厳しかったんですね。

動物の世界では、大群になることで天敵から身を守る生き物がたくさんいます。
群れになって敵が近づけないようにしたり、みんなで力を合わせて追い払ったり、
もしくはある程度が敵にやられても相当数が残るように。
そういう意味では、皇帝ペンギンにとっての天敵とは「寒さ」なのです。
特に卵やヒナは、マイナス40℃の寒気にさらされたら生き延びることはできません。
彼らはコロニーに集まり、集団で身を寄せ合い暖をとることで、冬を越すのです。

容赦のない氷と吹雪の世界の中で、卵やヒナを守っているあのお腹の下の暖かそうなこと。
円陣の外側で強風にさらされている仲間を、順番に内側に動かしていくという驚くべき団結力も、親に守られて無事生まれたヒナのふくふくした毛皮の質感も、外の世界の厳しさゆえに一層のぬくもりを持って胸に迫ってくるのかもしれません。
音楽も映像も構成も、BBCとはまた違った、フランスらしいドキュメンタリーだと思いました。  
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2005年07月17日

僕はラジオ

連日TVや映画の話になってしまいますが、今日観たのは『僕はラジオ』というアメリカ映画。
知能は少し遅れているけれど、とびきり心の優しい少年のお話です。
いや、この少年をどうしても放っておけなくて、とうとう自分の学校にまで入学させてしまった高校教師のお話かな。

細かい内容の説明は抜きにして、このお話の感動的なところは、これが実話だということです。
規則や伝統に縛られず、周囲の偏見や圧力に屈せずに、人間的な対応を貫いたこの教師とそれを受け入れた学校が、映画の中の作り話でないところが嬉しい。

アメリカってひとりよがりで鼻持ちならないと思うこともよくあるんだけど、日本にはない懐の深さに、絶対かなわない強さを感じることもよくあるんですよね。
単純だけど、こういう映画をみると素直に「アメリカってすごいなぁ」って思ってしまいます。  
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2005年07月16日

愛してる、愛してない

『愛してる、愛してない』
これも、TVから録画してHDDにためたままにしていた映画です。
「アメリ」で一躍有名になったオドレイ・トトゥが主演の映画。
それ以外の知識は全然なく、どんな話かもまったく知らずに見ました。
きっとまたかわいくておしゃれなお話なのかなぁ、なんて思いながら・・・

あぁ、おもしろかった。でも怖かった!
オドレイ・トトゥはやっぱりめちゃめちゃかわいかったです。
着ている服もすごくかわいいし、インテリアとかもおしゃれ。
でも・・・こういう話だとはぜんぜん知りませんでした〜!
ホラーではありません。サスペンス・・・というか、サイコ・スリラー?
「アメリ」は最初、ホラーだと思って仕入れたところ、全然違うことに気づき慌てて広告戦略を変更。結果として大ヒットした、なんてことを聞きましたが、この映画と間違えたのかなぁって感じでした。

とにかく映画の構成がおもしろいです。
最初は主人公のアンジェリークの視点で話が進んでいくのですが、ある時点で突然巻き戻しになって、一番最初の場面から、今度はもうひとりの主人公ロイックの視点で話が進むのです。
同じ場面を別の視点から見る場面が何度も出てきて、その話運びのうまさにひきこまれます。
そして、同じところまできたところで話がつながり、さらに先へと進みます。
最後まで続きが気になって目が離せません。
一番最後も・・・余韻が残りま〜す。
まだの方はぜひどうぞ♪

そういえば、同じような構成ですごくおもしろかった別の映画も思い出しました。
『マーサ・ミーツ・ボーイズ』という映画ですが、こちらは分類すれば、ラブコメディかな・・・。
3人の友達同士の男の子が、別々のシチュエーションでマーサというひとりの女の子に出会って、恋に落ちてしまいます。
同じ時間軸を、その3人それぞれの視点でなぞっていく過程のおもしろさ!
近所の精神科医のオチも最高です。
こちらもあわせてどうぞ♪  
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2005年07月15日

ファイト!

働いている人に申し訳なくて今まで書けなかったのですが、実はこの4月(3月末?)に始まった、NHKの朝の連ドラ「ファイト!」にけっこうハマってます。

主人公は16歳の高校生、優。
父親が経営する木戸バネ製作所は、父親が取引先の大企業の不正を暴露したために、経営を続けられなくなります。
その取引先企業の娘と親友だった優は、高校でも人間関係がうまくいかなくなり、正義が通らない世の中の理不尽さを抱えて学校に行けなくなってしまいました。
いつかバネ製作が再開できるよう、工場だけを残して家を売り、母親は小さい弟を連れて、つてのあった志摩の温泉旅館で仲居の仕事を始めています。
仕事探しをする父親と一緒に高崎に残っていた優ですが、学校に行けなくなったため志摩の母親と合流。旅館の仕事を手伝っているうちに、働くことの快感を覚えて仲居として雇ってもらうことになります。

なんか、こう書いているととっても暗い話みたいですが、そういうわけでもありません。
今のところ暗くてかわいそうなのは、仕事を探してひとりで東京に暮らす父親のみ。彼だけはほんとにかわいそうです〜(^^;)
あとの人たちは、その日を一生懸命暮らしながらも、自分さがしをする余裕があります(^^;)
そう、このドラマのキーワードは「自分さがし」ですね。(たぶん。)

さらに潤いを与えているのが、時々登場する競走馬のジョン子です。
馬が好きで、毎日厩舎に見にいっているうちに、馬だけでなく、厩務員の太郎やその指導員やジョン子のオーナーとの温かい交流が生まれます。
太郎にひそかに恋心を抱き始めていた優ですが、その太郎がなんと母親の親友、琴子と結婚することに。ただいま傷心中の優ちゃんです。

そんなこんなで、何気に感情移入して毎回うるうるしている私ですが、もうひとつの楽しみは、毎回ドラマの終わりに出てくる西原理恵子さんの絵とひと言。
週変わりで変わっていくのですが、どれも勇気づけられつつも、どことなく切なくて胸にせまります。
たったひとことが書いてあるだけのひとコマなのに。
「見つけてくれるまで待ってる」(かくれんぼで隠れている男の子の絵)
「待っているのはわりと得意」(ちょっと困ったように笑っている女性)
「うしろをみれば、わりと大人になってる」(風に吹かれて振り返る女性)
などなど・・・。
来週はどんなのかなぁ。  
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2005年07月14日

ムッシュカステラの恋

TVから録画した映画って、「いつでも見られるから」って安心してしまって、なかなか見ないんですよね。
特に、一度見たことあるものだとなおさら後回しになって・・・。
「ムッシュカステラの恋」もその中のひとつでした。
他にもまだ、録画してあって一度も見たことがない映画もあったけれど、今日はなんとなく「ムッシュ」な気分。
いつもより夕食を早く食べ終わったので、久しぶりに見てみることにしました。

おもしろかった。そうそう、そういえばこんな話だったな〜。
前にも見たことがあったのに、何がおもしろかったのかとかすっかり忘れていました。
これといって盛り上がりがあるわけではないのですが、なんだかとっても味のある作品なのです。
主人公のムッシュカステラを始め、英語教師、妻、運転手、ボディガード、バーの女性、妹、など、ひとりひとりの登場人物のキャラクターがすごくしっかりしていてリアルです。

みんな善良な人ばかりだけれど、それぞれに人間的な欠点も持っていて、それゆえに、なんとなくお互いの歯車がかみあってない。誰も悪くないし、むしろみんないい人なのに、人間関係がぎくしゃくしてるんです。
特にムッシュカステラの空回りぶりには、苦笑しながら悲しさすら覚えてしまうくらい。

それが、どうしてなんだろう。ムッシュカステラが失恋したあたりからかな、だんだん歯車がかみあってくるんです。
それまで自分の世界に凝り固まっていた人たちが、少しずつ他の人のことも考えられるようになって、大人になってくる。
もちろん、みんなもう十分いい大人です。だけど大人だからこそ、柔軟さがなくなってることってありますよね。
それが、なにかささいなことがきっかけで、今まで理解できなかった人のことが理解できるようになる。
何がきっかけでそうなったのかはよくわからないのですが、それはこの話があまりに自然で、うまくできているからかもしれません。

とにかく、周りからみたらなんにも状況は変わっていないのに、みんなの中にそれぞれ起きた小さな変化で、人間関係が油をさしたように変わってくるのです。
この油の役目を果たしたのが、つまりは「他人を理解しようとする気持ち」だったんだと思います。言葉にしてしまうと悲しいほど陳腐ですが(^^;)
登場人物みんながみんな、幸せになるわけではないのですが、とにかく心がじんわり温まる、おすすめの映画です。  
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2005年05月23日

紅の豚

少し前にTVから録画しておいた『紅の豚』を、ようやく見ることができました。
「紅の豚は男の中の男。私の理想!」と、友人から鼻息荒く勧められていたにもかかわらず、恥ずかしながら今まで見たことがなかったのです。

ポルト・・・たしかにカッコよかったです。
豚なのに、いや豚だから、いや豚だろうがなんだろうがとにかくカッコイイのです。
友人が熱くなっていた気持ちがようやくわかりました。

そして、宮崎アニメがいつもそうなように、今回もとても爽やかに元気づけられました。なんか内側から力が湧いてくるような、そんな感じ。
『魔女の宅急便』について、以前に「働く喜びが素直に伝わってきて、自分もやる気が出た」というような感想があったのを思い出したのですが、『千と千尋の神隠し』にもこの『紅の豚』にも、そういえば同じようなことが言える気がしました。

働くということはやっぱり、生活の基本であり、人や社会への貢献であり、自己実現の手段であり、だからこそ精一杯やらないといけないし、精一杯やったところに生活の充実と喜びと次への希望があるんだなぁって。
あたりまえのことなんだけれど、それを改めて爽やかに気づかせてくれるのが宮崎アニメです。
もちろん他にもたくさん魅力があるので、そのときの自分の状況によって、同じ作品でも見るたびに強く感じるセンサーが違ったりするのですが。
結局、それだけ内容が深くて幅があるということなんでしょうね。

ちなみに私が「理想の男!」と思っているのは、『スタンドバイミー』のリバー・フェニックス役。男っていうか少年だけど(^^;)、心からかっこいいと思います。
さらにちなみに私が「理想の女!」と思っているのは『ダーマ&グレッグ』のダーマです♪  
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2005年05月19日

アフリカの風

翌日の学校の宿題も終わっていないのに、つい誘惑に負けて、TBSでやっていた「織田裕二アフリカ大自然スペシャル 象物語」を2時間も見てしまいました。
一応、CMのたびに消音ボタンを押しては、机に向かって宿題をやったりもしてみましたが、もちろんはかどるわけもなく・・・。
結局宿題は、終わってから2時までかかってやりました(^^;)

そんなにしてまで見た割りには、番組は内容的にあまり目新しいものがなくて、ちょっとがっかり。
それでも、母親が殺されてしまった小象たちのための孤児院で、キーパーたちがそそぐ象への深い愛情には感動したし、そこの小象たちのかわいいこと・・・
特に夜に毛布をかけられて寝ていた姿のかわいらしさにはもう、ハートをわしづかみにされました!
ただ、NHKの「地球・ふしぎ大自然」が大好きな私としては、織田裕二のトークはむしろいらなかったなぁって感じでした。

よかったのは、2年前に行ったケニア旅行の思い出がたくさんよみがえってきたこと。そこの空気を思い出して、なんだかとてもいとおしいような気持ちになりました。
アンボセリ国立公園の乾いた大地に吹く強い風や、象の大群が車の前を後ろを横切っていったときの興奮、夕暮れ時に泥浴びからあがった3匹の象を見ていたときのゆっくりとした時間、信じられないくらいきれいな夕焼けを見ながら車にゆられていたロッジへの帰り道・・・
テレビに映っていたアフリカの風を見て、あぁ、またアフリカに行きたい、と思いました。  
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2005年04月27日

『キッチンストーリー』

今日もまた行ってきてしまいました。早稲田松竹。
今週のテーマは「ステキナ闖入者」で、『舞台よりすてきな生活』と『キッチン・ストーリー』の二本立てです。

『舞台より・・・』は、有名だけれど最近なかなか満足のいくものが書けない劇作家が、隣に引っ越してきた女の子によって少しずつ変わっていくお話。
彼の妻がとても素敵な女性で、爽やかな後味の楽しい映画でした。

『キッチン・・・』は、ノルウェーとスウェーデンの合作映画で、独り暮らしの老人と、独身男の台所での行動パターンを研究するため彼のもとにやってきた調査員が、次第に心を通わせていくというユニークな設定のお話。
ユーモアがありつつ、人間の孤独にスポットがあてられて、ちょっぴり切ない映画でもあります。押さえた演技ににじむ、心の微妙な変化とか芽生えた友情の強さに、静かに心をゆさぶられました。

北欧は一度は行ってみたいあこがれの場所です。
事務所のイスとか調査員が寝泊りするキャビンカーの形とか、老人が暮らすキッチンのオーブンや小物がまた、いかにも北欧っぽいセンスのかわいい野暮ったさで、そんなところでも楽しめました。  
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2005年04月18日

DEEP BLUE

早稲田松竹」という映画館を知っていますか?
毎週テーマを決めて、それに合った映画を二本立てで上映している、ちょっとおもしろい映画館。大人1300円で二本の映画が見られるので、お得でもあります。

今(4/16-22の週)は「大地と海」というテーマで、動物を扱ったドキュメンタリーをふたつ上映しています。
ひとつは『らくだの涙』という、モンゴルの遊牧民のある家族の生活を追ったドキュメンタリーで、もうひとつは、壮大なスケールの海の世界を記録した『ディープブルー』です。

この『ディープブルー』は、こういうのこそ映画館で観たいと思いつつ、見逃してしまって後悔していたもの。早稲田松竹で上映されることを知ったときは小躍りしてしまいました。

待ち構えていて、さっそく今日観てきたのですが・・・もう、本当に「すばらしい」のひと言!迫力満点の海の世界に圧倒されました。この映画を完成させたBBCを、心の底から尊敬します。イギリスまで行って、「ありがとう」と握手してきたいくらい。「今さらなんだ」って感じでしょうけど・・・(^^;)

とにかく、どこからどうやって撮ったんだろう、というものすごいアングルの映像や、これを撮るために何年待ったんだろう、というような決定的瞬間をとらえた貴重な映像が満載!
もったいなくてまばたきすらできない状態でした。
海の世界では今この瞬間にも、大きな事件や小さなドラマが毎日毎日繰り広げられていて、私が見ることができたのはそのうちのほんの一部なんでしょうけれど、それでもその一部を見ることができたことにすごく感謝しました。

一番深い海の底に行った者は、宇宙を旅した者よりずっと少ないんだそうです。
きっと海の世界には、まだまだ人間の知らない生物がものすごくたくさん住んでいて、その後ろでは人間が想像できないくらい大きなスケールの何かが働いていて、人間も鳥も魚もプランクトンもまだ見ぬ生物もみんな、その何かの働きでたまたまここに住んでいるだけなのかも・・・。
なんだかそんなことまで考えてしまう、感動のドキュメンタリーなのでした。  
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2005年04月02日

「世界で一番パパが好き」

今日、久しぶりに日比谷に出て映画を観てきました。
「スカラ座2」が4/1から「みゆき座」という名前に変わってました!

世界で一番パパが好き』という父娘もので、内容的には正直言って本当によくあるタイプのおはなし。

NYの広告業界でバリバリ働いていた男性が、出産と同時に妻を亡くして、職も失ってしまいます。父親の家に転がり込んで、冴えない仕事をしながら7年。最愛の娘とそれなりに幸せな日々を送っているものの、過去の栄光がどうしても忘れられない。そんな彼にようやくチャンスがめぐってきて・・・って感じデス。

子どもが愛らしくて賢くて、父親よりも大人なところとか、主人公が最後には一番大切なものに気づくところとか、どこをとってもほんとに目新しくない。

だけど。それなのに。なぜかとっても面白かったんです・・・。
なんだろう、ストーリーの構成がいいのかな。セリフがおもしろいのかな。主人公以外の人たちのキャラクターもとてもよかったし、とにかく泣いたり笑ったりして、心から楽しめました。
最近疲れて、感情の起伏がなくなっちゃった気がする人なんかにおすすめです。

ちなみに小さな映画館でしかやっていない作品なのに、キャストはとても豪華でしたよ。  
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2005年03月23日

恋ノチカラ

ずいぶん昔のドラマについて今さら書くみたいですが、
何をかくそう、うちでは今もブームが続いています。
3年前にやっていたドラマ「恋ノチカラ」、見ていましたか?
当時すっかりハマって、毎週楽しみに見ていたのですが、ひと月ほど前、
平日の夕方に再放送をやっていたので、全話録画しました。

毎日、夕食後にその日録画した分を夫婦で見たのが2回目。
そして今は、第一話から3回目のラウンドを毎日楽しんでます。
とにかく、深津絵里ちゃんがカワイイ!顔も服装も、ちっちゃいところもかわいいのだけど、ドラマの役どころの性格がこれまたかわいくて、参ります。

大手の広告会社でぼんやり仕事をしていた主人公が、ひそかに憧れていたクリエイターが独立して作った会社に人違いで引き抜かれ、その小さな事務所で少しずつ大切なことを見つけていく話。
ちょっとした会話やエピソードが本当におもしろくて涙を流して笑えるし、じーんと胸にしみいったり感動したりして、見終わったあと心が洗われたような清涼感を感じられます。大げさだけど、でもほんとです。

最初このドラマのタイトルは「ワンダフルデイズ」の予定だったそうです。
たしかに小さな事務所で少人数で奮闘する毎日は、キラキラしていてまさに「ワンダフルデイズ」なんですが、でもどちらかというと、「ワンダフル」なんていう大きな星みたいなものより、主人公の心のどこかで、自分でも気づかずに小さくキラキラ光っているものを表したような、「恋ノチカラ」の方がずっと合っている気がします。  
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