ベーシストたけっちブログ

都内と横浜で活動するウッドベーシスト“たけっち”のブログです
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May 23, 2016

エチュードを作っている

今日から仕事だったわけだが、ため息ばっかりだった。
悲しみに打ちひしがれて立ち止まっていては駄目だ。前々からやろうと思っていたことを始めた。

チェロを始めてから、信頼している音楽仲間から「コントラバスの音程が悪くなっている」と指摘があり、一時期はチューナーと睨めっこで練習してノイローゼになりそうになった。今は大分感覚が戻ってきたかなとは思っているが。ギタリスト鈴木大介さんの新作「12のエチュード ギターソロのための12の練習曲」の影響もあり、だったら自分で音程を維持するためのエチュードを作ってみようと思った。とりあえず無理せず、メモ程度の長さのものをいくつか作っていこうと思う。

決まりとしては
・開放弦を基準にして様々なインターバルをとること。
・自分の音をよく聴くこと。
・ゆっくりとしたテンポで、1つ1つの音をテヌートで弾くこと。

チェロを必死にやっていた時は、曲を覚えるのに精いっぱいで、自分が出している音を落ち着いて聴いてなかったと思う。
詩のようなもの、メモのようなもの、つぶやきみたいなものだ。タイトルも適当。
今日は4つのエチュードができた。中でも「雨音のブルース」がお気に入り。
いつかは鈴木さんのように1つ1つの短編のようなエチュードを作っていきたい。

チェロを弾いた後にコントラバスに持ち替えてもぶれない軸を持つために。

訃報に接する度にこの映画のことを思い出す。コントラバスはヴィオール属。


Etude
bamboobass at 21:41│Comments(0) ベースラインの研究 

May 22, 2016

弔いのチェロ

楽団でお世話になっているTさんの突然の訃報。嘘だろう。。。

僕がチェロを始める時に、真っ先にご自分のスペアの楽器を貸してくれた。
僕の仕事のことを色々と気に掛けてくれて、状況はいつか良くなるからと前向きに励ましてくれた。
つい先日の金曜日にはヴィヴァルディのボーイングのことでメールのやり取りもしてたのに。
まさかあの水曜日のヴィヴァルディの合奏が最後になってしまうなんて。。。
いつものTさんがそこにいた。弦楽合奏の時はいつも僕の前にいてくれて、安心感があった。音程外すといつもお茶目に頭を掻く癖とか。その日は練習室に入ると、隣の部屋でハイドンの合奏をしていて、生き生きとした弾む音でTさんの音が聴こえてきた。
音を聴いて、楽しそうにチェロを弾くTさんの姿が浮かぶ。
まだまだご一緒したかったのに。。モーツァルトの事とかいろいろと教えてほしいことがたくさんあったのに。。。昨年の秋コン後の呑みは楽しかったなぁ。。。1月のライブでは舞台裏で僕のことを励ましてくれて。。Tさんとの色々な思い出が走馬灯のように流れていく。。。

4ヶ月ぶりにチェロをケースから出して、色々な曲を片っ端から弾いた。
音程とボーイングがぐちゃぐちゃだけど、この何とも言えない気持ちなのに音色はみずみずしい気がする。まるで楽器が僕の気持ちを無言で受け止めてくれてるかのよう。
ああ、この教則本もTさんにかりっぱなしじゃないか。。。

チェロ
bamboobass at 14:12│Comments(0) 日記 | チェロ

May 08, 2016

Dream Jazz Session@岡山

GW中盤から後半は、サナエさんの呼び掛けで岡山に行き、岡山大学Jazz研究会のOB/OGの方々が中心になって主催したDream Jazz Sessionに3日間参加した。

サナエさんから声が掛かる時って、いつも絶妙なタイミングなんだよなぁ。。。
6年前の廣木さんと広島のミュージシャンが中心となって岡山で行われたワークショップに参加した時や、5年前に僕が一人で岡山と広島のミュージシャンを訪ねて旅をした時も、サナエさんの声掛けがきっかけだったから。

ここ最近、自分自身の音楽活動における課題の設定については行き詰まりを感じていた。
師匠から習ったことは、楽器の基礎的な技術であって、ジャズのフレーズや理論的な事については習ったことがなかった。それは自分自身で模索していきなさい、ということだった。そして、仲間達やプロの方々と一緒に演奏をしてきて、そういった現場で学んだ事は多々あった。ここ3年間はクラシックにも取り組むようになってきている。
しかし、そういった経験を、どう消化して、それらを繋ぎ合せて、どう自分の中に生かしたらいいのか、その方法がよくわからなかった。つまり、日々の練習において、どう目標を設定して、どう取り組んでいったらいいのかがわからなかった。

とりあえず、この曲を指慣らしにやっていこうか、とりあえずこの教則本のこのエチュードをやっていこうか、そんな程度の練習だった。日々の生活をこなすのに精一杯で、それを理由にただ漠然と練習していたと思う。将来的にどんなことを表現したいのか、そういうものが無かった。こうなるといつまで経っても成長は止まったままで平行線のままだ。そして、本番での演奏の出来が良くないと、自分の身体の「調子」のせいにしたり。これではいけない。

そんな中、サナエさんから連絡があった。
遠方から果たして参加する意味があるのか、、、などと、どうでもいいことに1週間悩み、やっと参加を決める。(優柔不断だ)
この時期なので宿はカプセルしか空いてなかったが、キャンセル待ちのチャンスを狙って旅行サイトをずっとチェックしていたら、キャンセルが出て数件の空きが出たので、すかさず予約。駅前のホテルがとれた。ホッ。
行きの新幹線のチケットはさすがに自由席しかなかったが、品川駅から目的の新幹線に乗るために20分ほど早めに着いて待っていたら、3人掛けの真ん中の座席に座れることができた。ホッ。GWなので、品川の時点で自由席はほぼ満席。新横浜からは通路に立つ人でいっぱいに。岡山には3時間程かかるので、着いた頃には身体がバキバキだった。

Dream Jazz Sessionは今回で2回目の開催。
今回は参加者の中で3つのバンドを結成し、各バンドにファシリテーターがついて、選曲・アレンジを行い、最終日にその成果を発表するというもの。そういった意味では僕等が過去に山中湖で企画したジャズキャンプに近い。
参加者は岡大Jazz研の現役生が多かった。
これまでの印象だと、岡山にはジャンルレスで様々な方々がいらっしゃったが、今回のこの企画は、ジャンルをジャズにフォーカスしたものだった。合間にサナエさんから、岡山のジャズシーンの現状や、プロとアマチュアの関係、この企画の今後の展望などを聞いた。

僕個人にとっては、各ファシリテーターのワークショップで得たことがとても大きかった。
声を出して歌うということ、音楽の3要素、音の3要素のこと、メトロノームを使ったリズム練習、スタンダード曲の分析の仕方など。
自分の声と楽器を直結させること、良いリズムで良い音色で演奏することを追求していきたいと思う。
練習でやらなきゃいけないことはたくさんあるじゃないか。

アンサンブルでは、僕はサナエさんチームだったが、バンドサウンドを作るための責任感を実感。最終的に自分のスイッチが入ったのが、最終日のリハ日だった。スイッチ入るのがちと遅かったな。バンドサウンドをまとめるため、色々とあれこれ意見を言った。
このような実践の場になると、今まで自分が経験したものや聴いてきた音楽が生きてくるし、みんなと意見交換をする中で色々なアイデアが出てくることを実感。
サナエさんは常に対等の立場になってみんなの意見を取り入れて音楽を作ろうというスタンス。最終日に披露された各チームの発表会では、各ファシリテーターの性格が出てて面白かった。

岡大Jazz研の現役のベースの人達やOBの金山さん(b)も、深夜セッションを通じて色々と感じ取ってくれたのか、急遽ベースアンサンブルをやったり、最終日の帰り際には現役のベースの人達に質問攻めにあっていろいろ教えたりと、いろいろと交流できて良かった。

いろいろと企画・運営の段階で大変なことはあったかと思いましたが、今後も取り組むべき課題を見つけることができました、ありがとうございました。



2日目の朝は岡山城近くにある後楽園を散歩。風で揺れる竹林の音に癒される。自然の歌を堪能。
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bamboobass at 12:33│Comments(0) Live日記 

May 01, 2016

鳥の鳴き声が空に絵を描く

メロディは誰かの心の原風景。懐かしい場所からのメッセージ。リズムは死へ向かう生命の行進の音。歌は祈り、願い、誓い。音楽は慈悲。

「諦め」という屍を苗床に、「願い」と「祈り」という雑草が、どんどんわたしの心を覆い尽くしていった。絶望が深くなればなるほどこの雑草もたくましさを増すようで、掴んでも掴んでもまた生えてくる。

なんかこう、歌おうとして歌っているんじゃなくて、もう歌わざるを得ないみたいな、身体中からそれが出てきてる感じの、なんかその人の魂がすごく出てる音楽が好きなんですね。

砂時計みたいに、わたしが真ん中の細いところ、一番キュッとなっているところにいて、で、まぁ、上とか下とか関係ないんだけど、たとえば上から、広い空の上とか神とか生命とか、もっと自然の世界のものからなんか拾ってきて、それが一旦キュッてわたしっていうちっちゃい一点を通って、そっからまたふわ〜って広い入り口のほうにまた広がっていって、そこには他の人たちがいる、と。

                                      宇多田ヒカル


GW1日目は町ジャズだった。ここ数年天候に悩まされてきたが、見事な快晴。
今回は演奏の出番が無かったので、スタッフ業務に集中することができた。気持ち的にはこちらの方が楽。
道端でチラシ配ったり、写真撮ったり、普段の仕事とは全く違うことをやったので、良いストレス解消になった。
楽器も無く身軽だったので、打ち上げにも参戦。関係者の方達でいっぱいで、何だか盛り上がり呑み過ぎた。
楽しい1日だった。


翌日はミカコさんのお誘いで、丹沢の山の麓で演奏。
丹沢アートフェスティバルが行われていて、田中現代美術研究所(研究所とはいっても、実際は自然に囲まれた古民家の素敵なアトリエ)のお庭が会場だった。
前日の町ジャズの頃から症状が出てたが、ううう、花粉症が辛い。。。
目は常に涙目。鼻はズルズル。くしゃみ連発。2,3月と4月の初めの頃は大丈夫だったんだけどなぁ。どうにかならないものか。

会場の詳細がわからず、楽器をアップライトにしようかコントラバスにしようか迷ったが、コントラバスを持って行った。最寄駅から秋山さんに車で送迎していただいた。
移動の車中で秋山さんがフォルクローレのリズムの話をしてくれて、ギターでの親指のアップダウンのストロークは我々で言うところのボーイングの話にも通じるなと思ったし「ここでの親指のストロークはこう!」っていうのがギターにはあるみたい。
後はリズム毎の楽器編成が重要だったり。例えばチャマメだとギター、アコーディオン、ヴァイオリンとか。
そういったリズムの音楽をする時に、本場のアルゼンチンの人でも、例えば「自分を通したチャマメ」という言い方をするみたい。

メンバーはミカコさん、もりぶさん、秋山さんと僕の4人。
セッティングをして、早々に本番、2ステージ。
結果的にはコントラバスでやってよかった。
音があたたかく自然に響く。楽器の震動が直に身体に伝わるから、自分が出している音に自分が癒される。何だか自然と楽器にありがとうと言えるような感覚。前回の本番からチューニングはソロ用に戻さず、オケチューニングのままにしておいたから、楽器がその弦の張力に慣れたのか、鳴り方が安定していた。そして、自分自身もこの楽器の鳴らし方のコツみたいなものを感覚的に掴めてきた。


私のガット弦へのこだわりはどこから来ている?
コントラバスというものは「倍音」と「雑音」が最大の特徴だ、という私のコントラバス観は、かなり変わっていると言わざるを得ません。(リッチモンドでのISBコンヴェンションでテッポ・アホさんに「熱でもあるんじゃない?」と言われ、おでこを触られました。)

それは楽器の「発達」と逆行し、謂わば、民族楽器に戻る方向です。現代日本の民族楽器たるには何が求められるのか?そうすれば邦楽器と対抗できるのか?

                                      齋藤徹

高度に機能化、平均化、(近代的意味で)理想化されたモダン楽器でも、その遺伝子の中には民族楽器や古楽器の血統が含まれているはずで、それが何かのきっかけで突然吹き出したりするのが面白いと思います。
古楽器による歴史的奏法の研究は、そのきっかけの最たるものでしょう。

一度古楽器演奏、歴史的演奏実践で意識が変わった人は、現代楽器を手にしても、その楽器を「先祖返り」させて、そこに潜む「野生」、楽器の本能を引き出しているような気がします。

山枡信明

構築性と即興性と非言語性
途中、ボーカルの方の飛び入りがあったけど、その時のもりぶさんと秋山さんの演奏は職人のようで、これまた面白かった。そんな光景を見て、うーん、「私を聴いて」「私を見て見て」という自我が強烈に出てしまう演奏は自分の感覚的に苦手なんだなと思った。でも、プロを目指したり、活動範囲を広げたい演奏家は、そういった自己アピールは大切だし、ビジネス的な事が時には必要なんだろうけど。。。そして、サロンで演奏されるような調整・調律された音楽には身体に違和感が走りつつも、その場では繕って演奏しなきゃいけない。

ミカコさん達の音楽は、そうじゃなくて、自分の目指す自然や音楽がまずあって、そういった壮大なものを背負って、自分の身体を通して音を奏でているというか。とにかく自然体なんだな。
Afro Blueでは、気付いたら演奏に入り込み、周りとの距離感も感じつつも自分の内へ内へと掘り進んでいた。心地良い集中力だったと思う。気付いたら楽器をパーカッションのように叩いていた。叩くのは楽器にとっては良くないんだけど。。。
クラシックのように構築性があり、ヴィブラートをたっぷりかけて綺麗な音色で奏でる音楽よりも、身の回りの物を叩いたり、擦ったり、引っ掻いたり、あえて時代に逆行するような、自然に還る非言語性と即興に満ちた音楽の方に自分の身体が自然と反応することを感じた。
やっぱりミカコさん、もりぶさん、秋山さんとの演奏は自由で楽しい!

風がなびいて葉っぱや木の実がヒラヒラポトポト落ちていく、虫がカサカサ動いて空気をわずかに揺らす、唐突な鳥の鳴き声が空に絵を描く。そういった自然現象の音の数々を調律したのが、人間の奏でる音楽なのかな。山の麓で、そうした自然の奏でる音と自分の音を共有しながら演奏して、そんなことを考えた。
自分が奏でるんじゃなくて、自然から「いただく」もの。自分で「探して」「見つける」もの。既にあるんだね。
自分は筒の中にある通過点みたいなものなんだろう。風を一身に浴びて葉や枝を揺らして歌う樹のような。
宇多田ヒカルの話にも通じてくる。


ベーシストの飯田さんが薦めてくださったけど途中で読むのを挫折してしまった大橋力著の「音と文明」を、今の時期だったら読めそうな気がしてきた。

bamboobass at 09:51│Comments(0) Live日記 

April 25, 2016

新しい楽器のデビュー

バッハのメロディは、木の幹を這い上がっていく樹液。大地から水を、養分を、エネルギーを吸い上げて、一気に空に放つ。緑の葉となり、きらめいて。
弦に触れるあなたの指は、萌えいでる青葉。葉脈が日の光に透けて、さわさわ、さわさわ、ネックの枝をくすぐるの。そのとき、メロディは風になるのよ。

                              原田マハ「永遠を探しに」より


某ピアノ発表会でゲスト演奏だった。出演させていただくのは今回で2回目。
ピアノのゴルさんつながりで声を掛けていただき、ピアノの先生の生徒さんの演奏とは別に、毎回ジャズの演奏をすることになっている。

会場は約500席のホールで、響きは良く、生音でもいけるので、新しい楽器のデビューには最適かと思い、Bjorn StollのGuersamを持って行った。
しかし、ソロ弦をオケチューニングにしてるので、ジャズのピチカートだと、力が入るとバチバチ言ってしまう。うーん、コントロールにまだ慣れない。

でも、会場の響きを感じることが出来て良い経験になった。

前回はピアノの窪みのあるところで弾いたが、ここだと見た目は良いのだが、ベースの音がピアノに吸われてしまい、客席側ではベースの音がよく聴こえなかったみたい。
ゲーリーカーが「コントラバスはピアニストの背後に立つべきだ」と言っている通り、このポジションで弾いたら、舞台上でピアノとベースの音がうまく分離しているように感じ、両方の音がバランス良く聴こえてやり易かった。

あと、リハ時に気付いたが、客席の方に音を飛ばそうとすると、音が空気中に拡散するように感じてしまい、もっと音量を出そうとして無駄な力が入ってしまう。
エンドピンが地面に接しているので、まず地面を響かせるイメージでいくと、うまくいくような気がした。
根っこから水を吸い上げる樹のイメージで。
エンドピンと地面、裏板と左足の膝の辺りなど、楽器が接している面を意識すること。

出番は一番最後だったけれど、楽団でのホール演奏の経験からか精神的にはそんなに緊張しなかった。しかし、身体の方は無意識に緊張してて、ちと動きが固かった。
リハ時に感じた地面の音の広がり、そして楽器の裏板の振動を充分に感じたので、楽器が鳴って客席には音が飛んでるだろうと思い込むようにした。うん、やっぱりこの楽器は良い楽器だ!そして、自然な生音だから、ピアノ音とベースの音が空気中に溶け込んでいって気持ちいい。


ピアノの演奏会を聴きに行って、いつまでも「ピアノ」の音しかしないようでは、やはり何かが足りない。
いつしかピアノの音が意識の正面から消えて、音楽が聞こえてくるようじゃないと。

                                           山枡信明


ゴルさんから「感心と感動は別物だ」という話を聞いて、先日聞いた若いピアニストのことを思い出した。
テクニックはすごくてアンコールにリストの超絶技巧練習曲とか弾いていたのだが、ピアノの音しかしなかったんだよなぁ。。。だから途中で眠くなってしまって。。。
色々なものを想起させる多彩な音色、魂を震わせるものを求めないといけない。感心はしたけど、感動が無かった。
音楽は全てそうなのだろうけど、特にクラシックの世界では、難しい曲でも楽譜通りに弾けるのはアタリマエで、その楽譜の先にあるものを常に目指さないといけない。なんて厳しい世界なんだろう。。。

bamboobass at 23:47│Comments(0) Live日記