ベーシストたけっちブログ

都内と横浜で活動するウッドベーシスト“たけっち”のブログです
Copyright © bamboobass All Rights Reserved.

December 09, 2018

15年越しの共演

(ライブ前日)
何だかモヤモヤしてたので、近所の大きな田んぼの周りを走った。そんなに寒くなかったので良かった。クールダウンを挟みつつ4周で約5km。何より空の広さに救われる。無心になれるし、深く呼吸もできるし、うん、いいかもしれない。習慣にしていきたいなあ。

信正さんのソロピアノのアルバムを引っ張り出して久しぶりに聴く。あああ。。
明日は恐怖の当日リハでそのまま本番。僕のオリジナルもやる予定。明日はどんな夜になるだろうか。。
敬愛する作家の若松英輔さんは「時間は過ぎゆくけれども、時は過ぎゆかない」と仰った。
僕にとっての「時」は古澤さんと廣木さんとのライブの一場面。
廣木さんがこちらを向いて汗だくになってギターを弾き、バンドサウンドを作り出している場面。
時間の長さではなく時の根の深さ。未だにふとした時に思い出す。

「創造」の「創」という字は「傷」からきているらしいけれど、このライブは僕の脳髄に深い傷を残した。良い意味での傷を。
それが僕にとっての「時」の傷痕のようなものなのだろう。時折その記憶の断層からその傷が顔を出す。
お二人の演奏についていこうと必死に食らいついた。今はそんな血の熱さはあるだろうか。。
身体的な傷ではなく、精神的な傷のことだよね。「時」というものは。。

明日の夜もそんな時になるんじゃないか。。
そういえば、信正さんに初めて出会ったのも、エアジンでの廣木さんバンドのライブだった。
あとはサナエさん率いる珍獣楽団というバンドがものすごい演奏を繰り広げて、休憩になったら客席にいる僕の隣の席に「はああー疲れたぁぁぁ」と倒れ込む信正さん。ミュージシャンってすごい集中力使うんだなと当時の僕(当時20代前半)は思った。。色々な思い出が交差する。あれから約15年。。。今の僕にどんな演奏ができるだろう。。瞬間瞬間の時を音という彫刻刀で彫るように、特別な時が彫れたらいいなぁ。。

(ライブ当日)
3ステージ目で指が死んで血だらけになって痛みに耐えながらのプレイになってしまい、そこが悔やまれるが、自分の今出せる力は出し切れたと思う。
憧れのピアニスト田中信正さんとの初共演。夢のようだった。。声をかけてくださったフルートのかとゆみさんに感謝。
当時師匠に教わったこと、ライブに通って吸収したことの数々があってこそ今日のライブがあった。人から頂いたもの、悩み考えたこと、憧れて目指したもの。そうやって自分のカラダの中に蓄積された記憶の層がメンバーの音を聴きながら目覚めていくようだった。それまで15年か。。。長かった、、色々あったけど、今日はとても楽しかった!
ほんの数ヶ所だったけど今自分が想うジャズができた。
今日のライブで何をやるべきか何となく見えてきた。
終演後。ビールの美味かったこと!!
お越しくださった皆様ありがとうございました。

ライブの模様がお店で中継されてました。ま、いいか^^;)
1ステージ
1. Out of nowhere
2. 不思議の国のアリス
3. voice of the sun(Hiroyuki Ohtake)
4. Homestretch(Joe Henderson)

https://www.facebook.com/155856587804144/videos/2371217302920037/

2ステージ
1. Have yourself a merry little christmas
2. 春の雨(加藤由美子)
3. Salme Ved Vejs Ende(Carsten Dahl)
4. Dat Dere(Bobby Timmons)

https://www.facebook.com/155856587804144/videos/1131251870378200/

マミーズダンス


終演後
bamboobass at 20:48│Comments(0) Live日記 

November 03, 2018

マユさんレコ発ライブの動画

先日のピアニストのマユさんレコ発ライブより、マユさんのオリジナルMephisto pheles(メフィストフェレス)

タイトルからファウスト博士が己の魂と引き換えにメフォストフィレスを召喚させたお話を連想します。演奏していると、自分の俗なる部分や罪の意識を音楽で昇華させたいと時々思ってしまいます。。聖もあって悪なのだと。

ピアニストとしては避けられないリストのメフィスト・ワルツという曲もありましたね。
この曲のCDの録音は僕ではないのですが、CDで聴いてその美しさに感動し今回この曲の共演をお願いしました。

「マユさん、G7altってどういうコードですか?」とか教えてもらいながら。。。
+11のコードの響きも美しい。

ジャズなのかクラシックなのか、僕がやっている音楽は何なのか、やりたい音楽は何なのかと悩む時もありましたが、まだうまく言葉にできないけれど、ジャズとクラシックという複数の言語の「間」に立つ者として、自分自身の感覚を大事にしていこうと思いました。音を聴いて感じるままに弾きました。よかったらお聴きください。



同じく先日のピアニストのマユさんレコ発ライブより、僕のオリジナルで「人魚」(Mermaid)
有難く僕のオリジナルも演奏してくれました。

当時来日したカルロス・アギーレさんとキケ・シネシさんのデュオを聴いた印象をきっかけに(もう6年前か。。。)、ネオフォルクローレが持つリズムと雰囲気を意識して作りました。

冒頭のインプロは海の波をこちらに寄せるような、海の生き物(海亀とか)を呼び寄せるようなイメージで弾きました。この言葉は事後的ですが、「呼び寄せる」「呼び掛ける」そんな感じだったのではないかと。。

よくわからない僕の曲に懸命に取り組み、丁寧に準備をしてくれて、マユさんも頑張ってくれました。感謝しています。

途中でマユさんのピアノがまるで沢山の鳥が羽ばたくように規則的なリズムを飛び越えて自由に旋律を紡いでいる時があり、言葉を越えて音で会話できていると思いました。
それは今というものを時間というものを創造というかけがえのないものに異化するような。。

色々とミスもあり(でも、この動画ではミスから新たな展開が生まれたりしてます)、技術も足りない部分もありますが、現在の自分の姿ということで記録で。。



徳重さんが素敵な写真を撮ってくれました。
マユさんレコ発ライブ

マユさんレコ発ライブ


マユさんレコ発ライブ


マユさんレコ発ライブ


マユさんレコ発ライブ


マユさんレコ発ライブ
bamboobass at 22:50│Comments(0) Live日記 

October 15, 2018

「木を植えようライブ」 かうりとのるぶ×わっか

私の「特権」。
それは、「間」にいる、ということに尽きる。
まず、うまれた国と育った国が私にはあるということ。
前者は台湾。後者が日本。
二つの「国」のことを、私の国々、と思って私は生きている。
私は、私の国々の間にいる。

温 又柔 台湾と日本の「間」にいる。「間」を書く。私に授けられた「特権」より

そうして「誰々がうまかった」ではなく、歌によって「いい場ができたこと」を喜んで終わるんですね。「よい歌ができた」って言うんです。以前にエチオピアの小さな集落や、北海道の阿寒湖(あかんこ)でアイヌの村を訪ねたときも似た感覚がありました。

外からやって来た大勢のお客さんのために舞台に上がって歌ったりすることもあるけれど、歌や踊りって、本来は会話の延長のようなものなのだと思う。そして、それを人と人でやるときもあれば、鳥や風と一緒にやるときもある。いまでも残っていますが、かつては世界中にそうしたことがもっと普通にあったと思うんですね。

「高木正勝が鳥や虫とセッション 過去へのこだわりを捨てる大切さ」より

昨日の「木を植えようライブ」にお越しいただいた皆様、ありがとうございました。
対バンのかうりとのるぶさん、素晴らしかった。
広大な空と大地とそこで踊るネパールの子供達を感じました。
僕は緊張で弓を持つ手は震え、重圧で心臓がバクバクいってました。
万象房さんでの演奏の場、約1年振りでしたがいつも身が引き締まります。
来てくださったお客さんの気持ちを感じつつ、ミカコさんへの信頼感にどっぷり浸りながら演奏していると、不思議と音に集中出来て、とても楽しく濃密な演奏ができたと思います。
いつも大きな気づきと力と問いを与えてくださる斎藤徹さんの「弱さの力」というエッセイを読み、自分の中のテーマが見つかりました。
引用しますと。

音楽は出した音だけではなく、出さなかった音を含めて音なのかもしれません。
やったことだけでなくやらなかったことを含めてはじめてその人になる。
私の病という「弱さ」がこの豊かな状況を導いたのかもしれないと考え始めました。
「足りない」くらいの方が良い。
(中略)
自己表現に汲々としていると音楽を「所有」してしまい、自分の範囲からこえることはできません。
所有から離れると大きな大きな音楽がやってきて広い世界へ導いてくれます。

齋藤徹「弱さの力」より

弾きすぎないように。音を無理矢理掴もうとせず降ってくるのを待つ。沈黙も大切に。あるがまま流れに身を任す。それらを意識しました。
歌とチェロだけという「弱い」編成なのかもしれない。緊張と不安はある。その音は聴いてくれる人達にどのように響くのだろうかと。
けれど、見えてくるセカイはあるはずだ、と信じて音を紡ぎました。

終演後は自分の中にあるものを全て出し尽くしてそれこそ魂が抜けて抜け殻でしたが、来てくださったお客さんの反響の大きさに涙が出ました。ありがとうございました。
この日のためにあたためてアレンジしてミカコさんとともに準備した曲たちが、やっとお客さんのもとに届き、曲も喜んでくれて昇華したような不思議な感覚。書物は書き手から離れ、読み手がそれを読むことで初めて「本」になるという若松英輔さんのお話を思い出しました。
または、ケガを負った鳥を懸命に看病してやがて空へ飛び立たせるようなイメージでしょうか。
うーん、昨日の演奏は言葉でうまく表せられません。様々な流れの時間を感じ、そして霊的でした。


わっかのセットリストは
1.てぃんさぐぬ花(沖縄民謡)
2.胸の振り子(サトウハチロー&服部良一)
3.茜雲(スズキミカコ&大竹)
4.OYOODAI(モンゴル民謡)
5.serds libre palomita(アルゼンチン民謡)
6.voice of the sun(大竹)
7.ponta de areia(ミルトン・ナシメント)

1.てぃんさぐぬ花
師匠のじょんがら節奏法をヒントに、爪を三線のバチに見立てて演奏。
曲の真ん中に花びらが舞うような即興を挟まみました。

2.胸の振り子
かわいい恋の歌。
ジャジーに演奏しました。

3.茜雲
ミカコさんと僕の初めての共作。
きっかけはミカコさんの鹿革太鼓。
KeyはCマイナーになりましたが、この調性はチェロ奏者にとっては特別なものでバッハの無伴奏チェロ組曲5番と同じなのです。
何も打ち合わせせず、その場の雰囲気で即興をしました。
時間が歪み、二人の祈りのこもった演奏になったと思います。


4.OYOODAI
草原のチェロとも言われる馬頭琴で演奏される曲。
音は風に乗ってあの娘のところへ届いただろうか。なーんて。
ミカコさんが日本語詞を付けてくれました。

5.serds libre palomita
これもきっかけはミカコさんの鹿革太鼓で、あるアルゼンチンのアーティストがこの曲を歌ってるCDをミカコさんに聴かせたら気に入ってくださった。
自由と平和の象徴である鳩が歌詞に出てきます。
これもミカコさんが日本語詞を付けてくれました。

6.voice of the sun
別名雨乞いの唄とも言われていて、ライブ後の深夜は天気予報通りの雨でしたがよりいっそう激しかったような。。
今は亡きあるソプラノ歌手に捧げた曲。
あるライブでお客さんがこの曲に声を重ねてくださったのがきっかけで讃美歌のイメージが降ってきて、この日のために新しくアレンジしました。
さらに今年取り組んだバッハの無伴奏チェロ組曲1番の要素を織り込みながらバロック音楽のテイストも入れました。
そして、曲中8小節だけ僕も声を出して歌いました。
ミカコさんが上のパートでハモッてくれて気持ち良かった。

7.ponta de areia
お馴染みの曲。
敬愛するチェロ奏者ジャキス・モレレンバウムさんと歌手のゼリア・ダンカンさんのデュオが、わっかの活動への大きな力になりました。

万象房さんのブログ
http://banshowboh.cocolog-nifty.com/blog/2018/10/post-2042.html

ミカコさんのSNS
https://www.facebook.com/mikako.suzuki.12/posts/1846715548743728


わっか


わっか


セッション


わっか


皆さんで


わっか

みんなで「わっか!」

わっかアレンジ

昨日のライブに向けてアレンジした譜面。
自分自身の技術への不安もあったし、そんな不安を払拭するには、ある程度内容を練ったものが必要だと思ったから。備えあれば憂いなし?
voice of the sunでは師匠に教えてもらったG△7/9のコードを使ったり。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
先日は大地の歌姫ミカコさんとリハでした。
歌とチェロのデュオという変わった編成ですが、やりがいがあり、音を重ねていくと毎回様々な発見があります。
僕が声を出して歌ったらミカコさんが高い音でハモってくれた。ハモリって楽しい・気持ちいいってことに気付いてしまった。声を出すことも練習したいなぁ。。。

「本当にやりたい音楽は何なのか」
ミカコさんが追求して辿り着いたのは「祈り、folk、地球上の自然との円環と感謝」がキーワードとなったようです。
今回、ミカコさんが選曲したアルゼンチンやモンゴルの民謡に、これまで自分が生きて感じてきたものを日本語の詩にしてそのメロディに重ね、遠く離れた異国の民謡に自ら近づいていくミカコさん。ミカコさんが歌いだすと、まるで性別を超えた森の精霊さんが歌っているよう。作家の石牟礼道子さんを思い起こす。
今回のプログラムは恋の歌が多いんだとか。音楽も良いんですけど、はぁぁ、こうして音楽ばっかやってると恋愛してる暇がない(笑)

以前ミカコさんが「大竹さんは受けとめてくれる人なの」と仰ってくれたのが印象に残りました。
最近ではバッハを自分の音楽性の骨格にし、今までやってきたジャズを様々な音楽とのコミュニケーションのツールとして捉え、「自分は何者でもない。逆に何者でもなれる」をキーワードに、チェロにも手を出して、ジャズ、クラシック、南米音楽などをやってきた。ジャンル横断は元々のベーシスト気質があるかもしれません。やっていることを一つに固めず、もし固まりだしたらそれを分解させ、仲間や先生から様々な音楽を教えてもらって受け入れて、チェロ(太陽)とコントラバス(月)という性格の全く異なる楽器をやったりと一つに定まらない。(とっても大変で、たまにクラクラしますが。。。)
鷲田清一さんの著書「素手のふるまい」の言葉をかりると、点描のような生き方。
色々な色彩の点を重ねて遠くから見ると風景になるように絵画を創る。
そういえば中学生の頃は点描画を描いたりする美術の時間が好きでした。

ミカコさんが教えてくれた宮古島の人達のこと。
300年に渡る理不尽な奴隷制による苦しみを歌と祈りによって昇華してきた。アフリカにおけるブルースに通じる感覚が日本人にもあったことに驚きました。信仰と歌が日常生活と密接に結びついていて、道端で歩いている90歳のおばあちゃんがとんでもない神聖な響きの歌を歌ったりする。沖縄の文化は何て豊かなんだろうと思いました。
12小節1コーラスとかブルーノートとかそんな音楽形式を超えて、自分に根付いている「ブルース」の感覚は何のか。こうやって自分が生きることと音楽がもう少し近づけないか。日々考えています。

そんなミカコさんとのユニット「わっか」のライブが町田の万象房さんで今週末にあります。
初披露の曲がたくさん!僕のオリジナルも全く新しいアレンジでやったりします。
対バンは素敵なネパール民謡を演奏する「かうりとのるぶ」です。
どちらも歌&弦楽器&太鼓という組合せ。最後に一緒にコラボ曲も演奏予定です。
お時間あれば是非お越しください。

わっかサウンド研究


今回のライブに向けてよく聴いてたアルバム。
Eva Sola &Nadia Szachniuk「VIDALA」
モンゴル チ・ボラグの馬頭琴
Benedicte Maurseth & Asne Valland Nordli「Over Tones」
Dino Saluzzi「Andina」
松田美緒&土取利行「水霊のうた」
NANA Vasconcelos「Fragments」
Anders Jormin「Once」
宮古島で神歌を歌う人達を追ったドキュメンタリー「スケッチ・オブ・ミャーク」
bamboobass at 22:02│Comments(0) Live日記 | チェロ

September 09, 2018

チェロレッスン第15回

先日はバッハ無伴奏チェロ組曲を弾く本番前の最後のレッスンでした。
この一週間ほど前から師匠より「今からはゆっくり弾いて練習してください」と言われ、ものすごく遅いテンポで、一音一音を丁寧に弾いて、ビルスマ先生の「ボーイングの原則11箇条」を読みつつ、右手の弓の使い方に注意しながら練習してました。
平日は仕事をしつつだったので、くたくたの時も夜遅くなってからサイレントチェロを取り出してせこせこ練習していました。
その成果もあってか、今日のレッスンでは師匠から「すごく良くなった」と合格点をもらいました。ホッ。。。

しかし、舞台上で決まった楽譜をたった一人で演奏するというプレッシャーは半端ではありません。8月の楽団のホール練習では、緊張して腕が震えて身体が硬直した感じになり、全然弾けずヘコみました。
でも、これをきっかけに自分のフォームを見直したり、まるで日記のように日々の練習を録音して聴き直して反省したりして、やっと今日ここまでこれたと言う感じです。
緊張の件で師匠に相談したら、「今弾いている自分の音をよく聴くこと」とアドバイスをもらいました。

チェロは明るくバーンと音が前に出てきますが、僕はどちらかというと「これが自分だー」と派手に弾くのではなく、演奏者自身が音楽の媒体となり、まるで作曲家に語りかけているような、どちらかというと素朴な演奏が好きです。

ビルスマ先生の本を再読して、

自分自身を歌うな
曲に秘められた物語を語れ

と改めて教えられました。

あと一週間。。。最後の追い込みです。
来週はチェロ発表会で演奏して、その次の日は楽団でチェロとコントラバスの2刀流でバッハを含む3曲を演奏。かなりハードですが、どうなることやら。
bamboobass at 22:15│Comments(0) レッスンの記録 | チェロ

June 28, 2018

先日、ミカコさんの緊張気味で控え目なお誘いと、それとは対照的なリカさんの「来るべし!」という強めのお誘いを受けて、「ハフラ」という場にお邪魔しました。
ハフラは、ダンスを通じたホームパーティのような集まりで、ダンス仲間やその友人や家族達が見守る中、ダンスを披露するというもの。

透明な生き物
ダンスをされる方お一人お一人が、その踊るための曲を選ぶのですが、今回ミカコさんは、ピアニストのマユさんと僕が演奏したCD「Mayu Savant」から「Tranceparent Creatur(透明な生き物)」を選んでくれました。ミカコさんは普段から僕の活動を気にかけてくれていて、CDが発売されると真っ先に購入してくださり、真摯な感想を仰ってくれて、とても嬉しかった。それからミカコさんはさらに聴き込んでくれたらしく、渡嘉敷島の海を泳いでいた時に出会った半透明で光る「クダクラゲ」に出会ったというご自身の体験を重ねて、ハフラの会で「透明な生き物」で踊りたいと仰ってくれました。そして、旋回も重ねたいと。これもとても嬉しいことでした。

「透明な生き物」はマユさんの中で一番好きな曲です。クラシックの手法で自由な拍子のメロディが描かれ(2拍子や3拍子が混在している)、まるで揺らめく海のような伸び縮みするテンポ。そこにジャズの即興性(コントラバスのソロ)を織り交ぜました。マユさんと僕はクラシックとジャズの両方を演奏してきた経験があり、経歴が似ていて、お互いの音楽性が融合したオリジナルな演奏が出来たと思っています。




マユさん
マユさんのCDのタイトルを見ると「Mayu Savant」サヴァン症候群を患っています。見かけだけでは分かり難くい、ご自身が抱えている障害を名前に付けるということ。この先もずっと背負っている十字架のようなものを受け容れるということ。何という覚悟と勇気だろう。
今まで辛いことやどうにもできない無力感や悲しみなどたくさんあったと思う。それでも「生きていく」こと。

ここが落ち着くらしい

Mayu Savant
Mayu Savant
ネコミミレコード
2018-04-18




不思議なことがありました。マユさんのCD録音の当日、マユさんが僕を含めスタッフの皆さんが共有している掲示板に、まるで告白のような文章を書かれていたことに気付きました。「今までの治療や薬の影響で今後自分がいつまでピアノが弾けるのかわからない。それまでに自分の音楽を形にして記録に残したい。」
それを目にした時、不思議な力が僕の中に湧きました。何が何でもこのレコーディングはやり遂げなければ!そして具体的な行動に移し、不安な箇所がある曲には、あらかじめ何をやるかしっかり決めて曲として成立するようにし、take1でこなせるように準備をしました。
それは、この曲の弓で弾いているパートなどです。(実際に時間がなく1takeしか録音できなかった)



高橋:不幸とかネガティブのこととかがあると、人は力を失うけれども、ある極点を越えると、どうも「ギフト」と呼ぶしかないものが来るらしい。ぼくは病院で、「弱くてなんの力もない、面倒をかけるだけの存在の人たちが、なぜ横にいる我々に力を与えるのか、「弱さ」というものには何か秘密があるんじゃないか」と思ってこのことを探りたくなったんです。
高橋源一郎+辻信一「弱さの思想」


その人の弱さを目の当たりにした時に湧いたあの光のような力は何だったんだろう。。。
先日のライブでエレメントの話になって、僕のことを光のイメージだと仰ってくれたお客さんがいました。その発想は自分にはなくてとても驚いたのですが、考えてみると、チェロとコントラバスのように太陽と月のような関係。その楽器自体が発する光に惹かれている自分に気付きました。太陽の光の反射で光る月を見るのは心地良いものです。夜に月を通じて太陽の光を感じるということ。障害を持っている方はアウトサイダーと呼ばれたりしますが、それに接する僕自身がまるで蛍が自ら発するように光り、寄り添うことで何か見えるものがあるかもしれない。アウトとイン、陰と陽のバランス。色々な方々が手を取り合って助け合って生きられるよう、何事もバランスが大切なのかもしれません。そういえば最近、こんな絵を描きました。

太陽と月


弱さとは何だろう、健常てなんだろう、普通て何だろう。。。

この短期間で短時間の驚異的なレコーディング。後にマユさんは「私がやろうとすることを「できないよ」と誰も引き止める人はいなかった」僕も含め皆マユさんのことを信じていたんだと思います。
そんなマユさんとミカコさんが出会ったのは昨年11月のムジモンのライブの時だったと思います。僕が今いる地に引っ越した日の翌日でした。電車の乗り換えもあって人混みがきつい場所までわざわざマユさんは聴きに来てくれました。ミカコさんの唄に今まで感じたことのない日本語の歌詞の美しさを感じ、そしてミカコさんの人柄に魅かれるものがあり、その後、マユさんはミカコさんの農園を訪ねたそうです。

3人で



それぞれの光
ハフラではたくさんの方が踊っていました。皆さん個性的で素晴らしく、その方々ご自身のそれぞれが放つ「光」を感じました。それは太陽のようにカッと眩しかったり、優しくポワッと光るものなど様々なものでした。春分の日の旋回の会でシーアさんが教えてくれた、切り取られた葦の詩を思い出しました。地球上に生まれた僕達はそれぞれ役割というか生きる使命があるのだと。時に困難もありますが、それを一生かけて探していくのだと。

ミカコさんの踊り
後半になりミカコさんの出番となりました。
ミカコさんが放つ光は、儚い、切なく、どこか悲しみを帯びた、大地の底から湧き出る慈愛に満ちた光でした。指の間から砂が零れ落ちるように、儚い、一瞬一瞬の時間。腕を延ばし足を延ばし、こぼれ落ちる時間を追い駆けるカラダ。そして、冒頭のマユさんのピアノのアルペジオ。透明な生き物が海の中でぐるぐると揺らめくような旋律に合わせてミカコさんが旋回しました。「あーここか!」ハッとしました。音楽と舞が重なる瞬間。。。マユさんは残念ながらこの場にいらっしゃることが出来なかったのですが、遠く離れたマユさんとミカコさんが強く太い光でつながったような印象を受けました。「ああ、つながったんだ」と。。。マユさんにも見せたかった。。。
ミカコさんの踊りをちゃんと見たのは初めてでしたが、まるでミカコさんの唄を聴いているような、以前からこの踊りを知っているというような不思議な感覚でした。
「歌も踊りも草木染めも羊毛の糸紡ぎも農業も全てつながっているの」とミカコさんの言葉を思い出す。ああ、全てはつながっているんだと。
まるで広大な大地に生える草が風でそよぐような踊り。ミカコさんの普段の生活を感じました。そして、どこか切ない表情は、まだ人前で歌っていなかった頃の将来に対する不安など、昔の表情が走馬灯のように踊りの流れの軌跡に合わさり垣間見えていたのかもしれません。まさにミカコさんの人生を感じさせる踊りで、とても感動しました。何だかミカコさんの踊りには、悲しみを含めあらゆるものを大地へと還す「昇華」を感じました。

わたしは耕す
世界の足音が響くこの土を
・・・・・・・
原爆の死を、骸骨の冷たさを
血の滴を、幾億の人間の
人種や 国境を ここに砕いて
かなしみを腐敗させてゆく
わたしは
おろ おろと しびれた手で足もとの土を耕す
泥にまみれる いつか暗さの中にも延ばしてくる根に
すべての母体である この土壌に
ただ 耳をかたむける。

志樹逸馬「土壌」

ミカコさん

ミカコさんのSNSより拝借

そんな素敵なダンサーの方々を教えているリカさん。皆さんのやりたいことや個性を自然な形で引き出すレッスン。一人一人の踊りを見守るリカさんの大らかな優しい眼差しが印象的でした。素晴らしい会に誘っていただいてありがとうございました。
bamboobass at 23:37│Comments(0) Live日記