ベーシストたけっちブログ

都内と横浜で活動するウッドベーシスト“たけっち”のブログです
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September 03, 2021

農耕ジャズバンドやまやま 1st アルバム「やまやまの唄」リリース!

丹沢の麓で羊たちと暮らしながら「やまやま農園」を営む夫婦が日々の暮らしを唄に綴ったバンド、その名も『やまやま』。
有機肥料を使った野菜作り、羊毛の糸紡ぎ、草木染めなどをしながら循環する自然の中で命の喜びを歌い続けるスズキミカコと、その歌声から溢れ出すインスピレーションから次々と楽曲を生み出す森学。
その二人の音楽に共鳴した素晴らしき仲間たちと共に作り上げた渾身のファーストアルバムが遂に完成!

(動画はドラムの武田さんが作ってくれました。冒頭は鳥の声と僕のベースの音で始まってます!)


1st アルバム「やまやまの唄」

(収録曲)
1.ピンクの野菜    (作曲:森学,作詞:スズキミカコ)
2.やまやまの唄    (作曲:森学 & スズキミカコ、作詞:スズキミカコ)
3.ふんわりふわふわ  (作曲:森学,作詞:スズキミカコ)
4.キンガンボ     (作曲:森学,作詞:スズキミカコ)
5.しろくじら     (作曲・詞:スズキミカコ)
6.たそかれのみち   (作曲:森学,作詞:スズキミカコ)
7.また逢いましょう  (作曲:森学,作詞:スズキミカコ)​


​販売HPはこちら↓


我が家にも数枚あります。
CD購入ご希望の方は、メールの件名に「やまやまCD購入希望」とご記入していただき、メール本文に、お名前・ご住所・CD枚数を記入して送信して下さい。

メールアドレス(★を@に変えてください):bamboobasstake1105★gmail.com

こちらで確認後、購入方法詳細のメールをお送りします。


(メンバー)
スズキミカコ Mikako Suzuki/vocal
森 学 Manabu Mori/Tenor and Soprano Saxophone, Flute, Chorus
本郷ノブフミ Nobufumi Hongo/Piano, Fender Rhodes
さとうひろゆき Hiroyuki Sato/Guitar, Tenor Banjo, Mandolin, Chorus
大竹弘行 Hiroyuki Ohtake /Acoustic Bass
武田 剛 Takeshi Takeda/Drums

※CDジャケットの素敵なデザインは石渡さんが作ってくれました。
 https://www.instagram.com/ishiwataridesign/

やまやまの唄


やまやまの唄
bamboobass at 15:17│Comments(0) CD 

July 25, 2021

下北沢で超人運動会(高岡大祐 林栄一 外山明)

コロナで自粛も限界だ、生音を浴びたい禁断症状が出て、一年以上振りにジャズのお店へ。
こじんまりとしたお店で、生音で、人間くさいドロドロした音を浴びたい!
というライブを探していたらここになりました。

高岡大祐 (tuba)
林栄一 (a,sax)
外山明 (ds)
@下北沢No Room For Squares



下北沢に行くのは一年振り。カルラトリオとリカさんのライブ以来。
あの時の打ち上げ楽しかったなとしみじみ。





お店に着くと高岡さんが持ってきた富樫雅彦さんのソロのLPがかかっていた。
繰り返されるマリンバの響き?がアフリカのようで、その上に富樫さんのスピード感のある打楽器ソロが重なる。


ライブの一曲目は、僕の大好きなオーネットとチャーリーヘイデンがデュオでやっている曲。
「Mary Hartman,Mary Hartman」
おお、ビンゴ!とびっくり。



調べてみると、これが原曲のようだ。アメリカのホームドラマのテーマ曲。


その他はサックスの林さんのオリジナルや、林さんの音色を想定して書いた高岡さんのオリジナル曲、Leonard Cohenの「Hallelujah」など。

三人の楽器の響きが豊饒でオーケストラのよう。
とにかく林さんのサックスの音色がすごかった。
朗々と歌う部分は、まるで風船を膨らませるように空間が音で満たされていく。

林さんが太陽だとすると、高岡さんは月の音色だろうか。
チューバをあれだけ太い音色で大音量で響かせるには相当の肺活量と体力が必要だと思うけど、まさに超人!
ギターのワウワウのような音を、声と楽器の音をブレンドして出してたのにはびっくり。アンプラグドなのにエレクトリック・チューバのような。
倍音とか高速タンギングとか循環呼吸とか様々な奏法をしていたと思うけど、管楽器のお二人は楽器の限界を超えるような演奏。

そんな太陽と月の音色の間を外山明さんの強烈なドラムが駆け巡る。
パタパタバタというスネアとタムの畳みかけるような音を聴いて、古澤さんのことを思い出していた。

リズムが消えて無伴奏ソロになったり、やる時は大音量でやったり、そんな引き算と足し算のバランスが素晴らしく、とても自由な展開で演奏が繰り広げられた。

僕を含めてお客さんも楽しんでいたと思うけど、何よりお店のマスターが笑顔で楽しんで聴いている様子が良かった。あと、高岡さんのソロを微笑みながら見つめる林さん。


アンコールは桜井芳樹さんの「candela」
何となく夕焼けが広がる帰途の道を感じる。



言葉以前に音があった。
音で会話している感じが良かった。
とても楽しかったし、気持ちが良かった。
体調は万全ではなく、まだ療養中の身だけど、こうやってライブを楽しめるまで回復してきた。
あともう少し。

素敵な音楽をありがとうございました。
bamboobass at 11:49│Comments(0) Live日記 

July 09, 2021

体質改善を目指して

4ヶ月ぶりのブログ更新。やっと文字が打てるようになった。
4月から体調崩して療養してました。心身共に底辺まで落ちました。地獄ってこんななのかなとも思ったり。
仕事も休んでしまって、入院ではなく自然療法なので保険もおりず、今は稼ぎがなくてまずい状況。。
8月には復帰できたらなぁ。。
−−−−−−−−−−−−−


今年の2月から仕事の影響と寒さで疲れやすくなり、免疫力が下がってしまって、片方の耳が腫れるという耳下腺炎に3回ほどなってしまった。
そこで将来的に体質改善をはかって免疫力を向上したい想いもあり、奥さんから教えてもらった「ホッティーの塩」を取り入れることになった。



奥さんはホッティーの塩をローカーボ料理研究家の藤本なおよさんの動画で知ったそうだ。




早速、毎日の食事のご飯やみそ汁に塩をかけて、ミネラル水をとるようにした。(2021.3.12から開始)
懸念だったのが、塩を取り始めて3ヶ月間は好転反応が起こるということだった。
僕の場合は持病のアトピー性皮膚炎が悪化したのと、顔や手足に浮腫みが発生した。
今は塩を取り始めて3ヶ月経ち、症状は大分落ち着いたけど、この好転反応を乗り越えるのがかなり辛かった。まさに地獄だった。結果的に精神的にも落ち込んで仕事が出来なくなり、今は療養しているところだ。

塩を取り始めて変わったこと
・基礎体温が上昇。今まで35度台だったが、36.5度あたりまで上昇。
 今はTシャツ1枚でも寒くない。(梅雨で少し涼しい気候)

・塩を取り始めの頃は毎日数回にわたって固い便が出て、みるみる痩せていき骨と皮だけになり、
 頬もこけてきた。
 便を踏ん張る時に足の内腿の神経がビリビリした。(恐らく腎臓のツボがあるところ)
 今は少しずつ元の体型に戻りつつあり、便は少し柔らかくなり、出る回数も減ってきている。

・髪の毛の質が変化
 今までは剛毛で、一ヶ月もすると頭皮が痒くなったが、ホッティーのアミノのおかげもあるのか、
 髪が細く柔らかくフワフワになったようで(体毛の方は薄くなった)、頭皮も痒くない。 
 こうなるまでに好転反応として、もみあげ周りの頭皮に瘡蓋みたいなものができたりした。



僕自身に起こった好転反応

アトピー性皮膚炎の悪化
ホッティー曰く、ステロイドに頼っていると自己治癒能力が弱ってくるということで、結果的に課題が増えて、脱ステも考慮するようになった。
皮膚表面から毒素が出ている印象。

脱保湿の薦めもあるが、これはなかなか難しいところ。
いきなり脱保湿を目指すのではなく、保湿剤の量を段々減らしていくのが良いかも。
朝起きた時は乾燥による落屑も凄まじく、精神的に落ち込んでしまう。
落屑は部屋の床を汚してしまうので、常に掃除機をかけることが必要。
掃除に影響が出てしまうので、これには家族の理解や協力も必要だ。
いつも掃除や食事などサポートしてくれる妻にほんとうに感謝。
乾燥がひどい時はヒルロイドローションを塗って対応し、症状が軽くなった今はワセリンを塗っている。



手の甲も炎症が悪化。
二ヶ月ほど赤くなっていたが、腕を上に挙げると血流の影響か元の肌色に戻っていた。
三か月ほど経ち、今は通常の肌色になった。毛細血管が再生成されたのだろうか。


(滲出液)
すぐに上半身が赤く腫れて、胸、腕、首から滲出液が出る。

夜寝る時になると足から滲出液が出る。特に足からの滲出液は出る回数が多かった。
気持ち悪くて眠れず、布団のシーツも汚してしまうので、精神的にもとても辛かった。

5/22 上半身全体と手指に滲出液が出て、シャツがびっしょりに。
とても気持ち悪く、何かに憑りつかれたしまったように暴れてのた打ち回るほどに。

始めの頃は味覚がおかしくなり、すっきりする果物や、ジュースをどんどん飲みたくなってしまう。
水分の取り過ぎはそれだけ滲出液が出やすくなってしまうようなので注意。




(浮腫み)
左瞼に浮腫み。
腕がパンパンに浮腫む。
手の甲が浮腫む。

腕の次は足が浮腫み、靴が履けなくなるほどに腫れる。サンダルに変更。
立つと足の中の水の重みが膝にかかって痛くて歩けないほどに。
これを乗り越えるのがとても辛く、アトピーの悪化と合わさり、何もやる気が起こらなくなってしまった。本も読めず、何かあってもブログも書けず、楽器も弾けず。。

強い浮腫みの第一波が4月にあり、それが引いてくると、前回より軽い足の浮腫みの第二波がきて、今は落ち着いたところ。

身体の中に冷たい水が流れているのを感じて体温維持が出来ず、暑いのか寒いのかよくわからず気持ちが悪い。
今は基礎体温が上がったためか、身体の中の冷水の流れを感じる時はあるけれど、さほど気持ち悪くはない。


(吹き出物)
掌や指先に吹き出物が出来る。

指先にできた吹き出物が
どうか音楽をやめないで
楽器をやめないでと
怒りと悲しみに満ちて
訴えかけていた

身体からの声を聴いて
涙が出た



(帯状疱疹)
足の浮腫みや滲出液の影響による精神的ダメージと寝不足で免疫が下がってしまったのか、4月中旬にカポジ水痘様発疹症にかかってしまった。
6年前の2015年4月以来の再発。


たまに首の右筋あたりに痺れが走るようになってしまった。
病院で抗生物質とステロイドを処方してもらい、外見は何とか回復。

ヴィーガン夫婦の旦那さんが脱ステ中に帯状疱疹になったお話(11:13〜あたりから)
まさかそこまでなるかと思っていたが、僕もそうなってしまった。。。



6月上旬に行った農耕ジャズバンドやまやまのレコーディング数日前から、左腕周りから背中にかけてバーッと吹き出物ができていて、後に病院で診てもらったら帯状疱疹とのこと。
左腕が違和感あって辛かったな。。。そんな中、よくベース弾いたわ。
一難去ってまた一難。。。後厄越え、かなりきつい。。。
病院で抗生物質とステロイドを処方してもらって傷口はふさがったが、たまにズキズキと神経痛が起こってしまう。

「ひび割れた日常」で小説家の吉村萬壱さんが帯状疱疹にかかってしまったことを書かれている。P159〜




医者は、神経痛を残さないためには、痛みを極力意識せず、記憶に留めないことが肝要だと言った。
いたずらに意識すると、かえって良くない結果になってしまう。
新型ウイルスに対しても、あたかも草食動物がライオンとの間に距離を取りつつ草を食むように、適当に往なしながら付き合っていくのが一番良いのだろう。


自分の身体をウイルスがいる「戦場」として、武器を持ってウイルスを排除しようとすると結果的に良くない。そうではなく、痛みを往なしつつも、ウイルスを寛容に受け入れ調和していくという方向性が良いのだろう。
とても難しいが。。。


(副腎疲労症候群の疑い)
疲れやすいというのは元々あったが、好転反応の中でそれに加えてさらに朝起きるのが辛くなり、昼近くまで寝ていることが続いた。副腎疲労症候群の疑いが考えられる。





対処法として、お茶のルイボスティーを飲んだり、サプリでビタミンCを取るようにした。


(精神的な問題)
俺は俺の苦痛を信ずる。如何なる論理も思想も信ずるに足らぬ。
ただこの苦痛のみが人間を再建するのだ。

北條民雄

夜は激しい不眠に悩まされて、夢とも幻覚とも思われる奇怪な患者たちの形相が浮かび上がって、襲って来る睡魔と幻影の中でどろどろと自分の肉体が融かされて行くかのように思われるのである。
北條民雄「癩院受胎」より

4、5月は夢にうなされることが多くて、何か大きなモノが自分の中を通りすぎるようで、龍だったのかな。それが自分にとって善なのか悪なのかもわからず、わけもわからない恐怖心にうなされていた。辛かった。
賽の河原のように、無駄な努力のような作業を繰り返しているという内容だったと思う。途中でその作業の無意味さにハッと気付いて止めることが出来るようになったが。
鬼のような巨大な存在に自分の身体を絶えず振り回されるという夢もあったし、自分で自分の身体を掻き壊して、起きたらそのようなボロボロの身体になっていたとか。ある文字が胸に打ち込まれて(今思うとこれが帯状疱疹の前兆だったか)、そこからニーチェの著作「善悪の彼岸」の事が思い浮かんだりとか。

自分の両腕が巻物のようになり、風で螺旋状にぐるぐると上空に舞い上がって、その巻物は親鸞で有名な「歎異抄」だったという啓示のような夢を見た。
それからというものの歎異抄に関する本ばかり読んでいる。




伊藤比呂美の歎異抄 (河出文庫 い 45-1)
伊藤 比呂美
河出書房新社
2021-07-06



他力 (幻冬舎文庫)
五木 寛之
幻冬舎
2005-09-01



伊藤比呂美さんの訳は、やまとことばというか歌のようになっていてとても読みやすかった。
僕は自分の身体の聲、身体の働きという、自分の意志をこえた「他力」の中で生きている。
生きているというより身体によって生かされているという感覚。
身体の聲を聴くことは信じること。信じることは祈り。祈りは歌につながってくる。
朽ちた木に苔が広がっていくように。
ここ3ヶ月で実感したこと。

むさぼり、ほしがり、いかりにくむ心は
まことの心を
雲や霧のようにおおっている。
でも、見てごらん。
太陽が雲におおわれても
雲の下は明るい。
〈むげんのひかり〉さまにおまかせしようと思い
〈むげんのひかり〉さまをうやまって喜びにみたされる人は
どんな運命ものりこえていける

親鸞 正信念仏偈(伊藤比呂美訳)

そして親鸞は、自分自身の知も信も、不完全なものでしかないという立場に立脚します。
なぜなら、こんこんと湧き出る「自分の都合」に彩られているからです。
と同時に、だからこそ、阿弥陀仏の救いのめあてとなる。自分の影の部分が見えるのは、救いの光が当たっているからなのです。光に当たるから、くっきりと影が見える。親鸞はこの影を生涯ごまかさず、ずっと向き合い続けた人なのです。

釈徹宗「100分de名著 歎異抄」

自分の影の部分はもうとことん見てきた。その影は上空から光に照らされているからこそ色濃く出てくるもの。もうそろそろ上を見上げて、その光を身体いっぱいに浴びても良い頃なのではないだろうか。

生きることは、たえずわき道にそれていくことだ。
本当はどこに向かうはずだったのか、
振り返ってみることさえ許されない。

フランツ・カフカ(頭木弘樹訳)「断片」

(大友)前回の対談の時も、病気を排除するもの、闘うものとして捉えないとおっしゃっていたのと似た感じがしますね。
(稲葉)どの視点で捉えるかという話なんですよね。敵と見るのか、仲間と見るのか。排除すべきものと捉えるのか、そこに意味を見出していくのか。狭い関係性の中で捉えるとたしかに災いのように見える。けれど、視点をずっと上のほうへ移動させて、枠そのものを大きく捉えてみる。たとえば、その現象が人の体全体で起きているという視点で見た時に、病気なったことである構造が組み変わったと捉えることができる。そうすると連鎖反応のようにして全体が変わざるを得なくなる。そうした時、そのエネルギーを良い方向へ向かっていくように働きかければいいんです。適切な水路を作るように。

大友良英×稲葉俊郎「見えないものに耳をすます」

ポリス・シリュルリクの言う「表象の修正」のように、過酷な現実を「より良い物語」へと修正しつつ自分に語り直すこと。自分へのケアとしての「語り直し」。
(現代詩手帖2021.4 佐藤幹夫/宮尾節子「円を生み出す弧のことば」より)

自分の物語が順調に真っ直ぐ進むわけではない。今回のように身体の症状が悪化して絶えず脇道にそれることもしばしばある。そこからまた自分の物語を書き換えていくこと。こうして言葉にして自身に語り直しつつ再構築していくことが必要なのかもしれない。
bamboobass at 15:42│Comments(0) 日記 

March 07, 2021

音楽と音との間

昨日は作曲家・ピアニストの林晶彦さんとパーカッションのコスマス・カピッツァさんとの初音合わせだった。
気付けば1時間以上ずっと即興演奏をしていた。
音楽になる以前の「音」そのもので対話をしたい。「原初の音」といったことがテーマになった。
音の海に引き込まれ、とても楽しかった!
後になっても手応えを感じ、心の中で何度もガッツポーズをしてしまうような演奏だったと思う。

こうやって人と合奏するなんて久しぶりで、1年以上ぶりだろうか。
相手の音を聴きながらの即興で、身体の奥底から湧いてくるもの、あるいは外から飛びついてくるもの、混沌としていてカタチになる以前のものが音になろうとしている、まさに生成の瞬間がここに流れている!と感じた。
ああ、音はこうやってどこかから呼ばれ憑依するんだなと思った。自己実現、自己を新たに発見するような感覚だった。

自己分析すると、タンゴっぽいもの、アジア系の擦弦楽器の音、アルバート・アイラーのような音楽、弓で風を斬る、現代音楽のような畳みかける変拍子のリズム、そうやって音楽になってジャンルに分けられる以前の「音」そのものが、カタチになりたがっているものがムクムクと生まれようとしている!と感じた。

終演後の話題で「お客さんがいなくても、周りの木や自然が聴いてますよ。」という話は深く、最後はクリスマスに林さんのご自宅にやってきた大きなハイビスカスの木に捧げた曲「ヴィスカ」で終演。場所は自然豊かな玉川上水沿いにあり、樹木が素朴に立っていて空気が優しい。そういった自然からの優しい波動の影響か、林さんご本人も含め、実際こちらの地に越してきて体調が良くなったという方々は多いようだ。



そして、林さんが急に「お悔やみ申します〜」と言って手を合わせていた。関西的な笑いをとろうという話ではなく、コロナで亡くなった方々に対して悼みのような気持ちが湧いたという。言葉を介さない音は結晶化してプリミティブな光の方へ向かうのだろうか。

打楽器との演奏は、どうしても音量の問題が難しいけれど、耳をそばだててお互いの音を聴き合うというメンバーの方向性も僕の想いとぴったりだった。僕も出来れば音を電化して増幅させたくない。
その後は素敵なギャラリーの「たまゆら」にお邪魔した。



お伽噺の中にいるような不思議なところだった。オーナーさんの暖かいおもてなしをいただく。オーナーさんの人形にまつわる夢のお話から、お互いの不思議体験の話になりどんどんとディープな方向へ^^;)今度の5月1日(土)にここでのライブが決まった!

見えない力、人と人を結びつけるような霊的な不思議な力を感じた。濃厚な一日でした。

久々の青空のもと、玉川上水沿いの遊歩道を散歩。愛犬リラと「たまゆら」で一休み。葉っぱも歌っています。

Akihiko Hayashiさんの投稿 2019年11月30日土曜日






写真は玉川上水沿いを歩くお二人。夕陽がきれいだった。

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bamboobass at 12:57│Comments(0) Live日記 

March 03, 2021

やまやまの森でのライブ

1年ぶりのライブは森の中で、しかも「わっか」だ、感慨深い。

ミカコさんとは何度か屋外で演奏したこともあるけど、自らアンテナとなって自然からの力もその歌声に流れ込んでくるようで、ほんとにすごい!と隣で演奏してていつもびっくりしていた。
太鼓も動物の革でできているのに何故か金属ぽい音色で、まるで死者からの呼び声のようだ。ゾクゾクしてしまう。

ライブ後には雨が降ったり、キラキラ光る木漏れ日が語りかけるようだったり、自然の神様からの返答のようで、そういう奇跡のような出来事を目の当たりにしたこともある。

ライブというよりは祈りを捧げる儀式なのだろう。

僕達の身体の内に元々宿っている「いのちの記憶(三木成夫の生命記憶)」が呼び覚まされ、古(いにしえ)の時代へと還っていくものになるだろう。

自らを中心に、「おのずから」と「みずから」が円をなして合わさるところとしての「わっか」

僕はそういう自然と都市との間に立つ人間なのだろう。コントラバス(月)とチェロ(太陽)の間に立つように。

そんな中で、自然界の恵みも、厳しさも、身を持って生きているミカコさんとご一緒できるのは感慨深い。




3月20日(土)春分の日、やまやまの森にて「わっか」の演奏会をひらきます。
森や浜辺で、ご縁ある方と歌声を分かち合う場をひらけたらな、という願いは動きだし、はじめの一歩は山の神様の森にて。わっかの大竹さんがご一緒してくださることになりました...

スズキ ミカコさんの投稿 2021年2月28日日曜日




話は少し変わって。。。



保立道久さんのブログにある「樹木と光」というお話は興味深い。
枝が指す彼方に光り輝く石がある、というようなイメージが浮かぶ。
大江健三郎さんの小説「燃えあがる緑の木」を思い出す。
そして、樹は雷神が降り立つところでもあるという。

私は、「樹木と光」ということに興味があって、ル・グウィンのファンタジーにある「杖」の様子を、そのイメージを考える参考にしていたように思う。「杖」が強い光を放つ、あるいは「杖」の上に闇を照らす光が生じるなどいうイメージである。アースシーシリーズには、光をおびた杖、燃える杖が飛翔して、閉ざされた門を打ち開くなどというイメージもある。その意味では「杖」のイメージは矢のイメージに繋がる。

この記事にある「樹霊はどこへゆくのか」という論文はここで読める。



自然からの<負積>を背負っているという自覚、返済しなければならないという意識が、神話・祭祀という物語の発声・維持の原動力となっているのである。
北條勝貴「樹霊はどこへゆくのか―御柱になること、神になること―」より

この中にある「負債」という感覚は確かにあるし、僕達は植物や動物から作られた食物(自然からの恵み)をいただいて生きている。樹木は楽器となり、家具や家の一部となり、僕達の生活を支えてくれている。この論文で書かれている、アイヌのイオマンテなどの祭祀は、「負債」を解消する行為(贈与に対する返礼)で、いただいた命を精霊がいる異界へと「送る」行為。
アニミズムの考え方や、いただいた命のエネルギーを円環させる「わっか」の音楽にも通じることだと思う。ミカコさんが仰るように「わっか」は、祈り・感謝・癒し・祝祭がテーマになっている。




わっかの奏でる音楽は祈りでありたいとおもっています。私は特定の宗教を持ちませんが、日々の暮らしの中に祈り、感謝、鎮魂などの気持ちは溢れて止みません。私はそれらの気持ちを音や歌にして世界に還してゆく場を持ちたいから演奏活動を続けているのだと、...

スズキ ミカコさんの投稿 2019年11月21日木曜日



演奏動画はこちらを・
風で揺れる樹木の音、鳥の鳴き声といった自然界と、
近くで行われている工事現場の音という人間が作り出している音。
その間に「わっか」の音が存在していた。
最後のお客さんとのセッションでは陽が出てきて、
「いいぞ、もっとやれ」という山の神さまの微笑みを感じた。

bamboobass at 14:00│Comments(0) Live日記