ベーシストたけっちブログ

都内と横浜で活動するウッドベーシスト“たけっち”のブログです
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October 08, 2017

チェロレッスン第4回

一年振りのチェロレッスンだった。
秋のコンサートをきっかけに楽団に復帰することになり、選曲も決まり練習が始まった。
そのコンサートでやる曲を中心に色々と教えてもらった。

特に弓の持ち方とそれに伴って身体が追随していく原理を詳しく教えてもらった。
この一年で変な癖が付いてしまった。
弓の毛が弦をちゃんと噛んでいることを確認してから弾く。水平に弾くこと。
それぞれの弦を弾く時の弓と肘の角度。
指先だけで弓を持たない。掌と弓の隙間をあまり作らない。
などなど。

「左手の音程はとれてるのに(右手がそれでは)もったいない」とのこと。
久しぶりに自分の甘さにガツーンと喝を入れられた。

この一年、色々な人に演奏を聴いていただく機会が増え、それは有難いのだが、
果たして自分はこのままで良いのかという懸念があった。
だんだんと客観性が無くなり、お客さんの賞賛の声に鼻が高くなってしまう恐れがある。
なので月一ペースでレッスンをお願いした。いつまで経っても教えを乞うという姿勢は必要。

いやーしかし緊張した。。。
緊張すると普段練習で弾けてたことが全然弾けないわなぁ。。。
それにしても師匠の音はやっぱりすごい。潤いがあって歌があって。
それが間近で聴けるのもレッスンならでは。

フォームをチェックするために姿見の鏡も買おう。
家に帰って早速復習!
bamboobass at 21:15│Comments(0) レッスンの記録 | チェロ

September 23, 2017

ムジモンの演奏動画

ふと読んだ渋谷毅さんと早川義夫さんの対談に励まされました。
http://h440.net/diary161.html
早川義夫さんの著書「たましいの場所」は好きで、ハッとする本ですが、まだご本人の歌を生で聴いたことがない。いつか聴きに行きたいと思っています。

たましいの場所 (ちくま文庫)
早川 義夫
筑摩書房
2012-12-01



先日、小田急相模原にあるエルトピートで行ったムジモンのライブの模様がyoutubeでアップされました。
公開OKにするかどうか僕個人は悩みましたが、この時にしか出来ない音楽の記録として、また、先に紹介した渋谷毅さんと早川義夫さんの対談を読んで決心がつきました。動画をアップしてくださったエルトピートさんありがとうございます。良かったら観てください。

【セットリスト】
0:00〜  One note茶豆
4:55〜  GRANA
10:00〜 Terra Flora
17:35〜 朝



その対談より引用すると
渋谷 一つのことをずうっとやっているとそれが偉いみたいに言われたりするじゃないですか。
    初志貫徹、全然ブレないとかさ。そんなのブレたって、どっちだっていんですよ。
    そんなことより、自分が今いいと思っていることがいいと思えば、それでいいわけであってさ。
    それがブレてるとかブレてないとか、冗談じゃない、人間、そんな立派なもんじゃないよと
    言いたくなっちゃうわけ。
    周りを見たって、そんな立派な人はいない。
    音楽をやっている人がみんながベートーヴェンやモーツァルトになれるわけじゃないんだから。
    そういうこと言うやつがいると頭に来ちゃうんだよね。


僕なんかブレまくりだと思います。
コントラバスとチェロに手を出し、音楽も今はジャズやクラシック南米音楽と広く浅く手を出している状況です。あっちへ行き、こっちへ行き。。。
この動画を見ると、まずチェロの音程がひどい。ほんとギターみたいにフレットが付いている楽器が羨ましいと思ってしまう。こじんまりとした会場からか弓が十分動かせず音に張りがない。コードで間違った音を弾いたり、ちょっと集中力が切れるとコントラバスと運指がごっちゃになってもろ音を外したり。。。。
そう、言い訳なんていくらでも出てきます。
でも、渋谷さんが仰るように「自分が今いいと思っていること」を僕はやっているつもりです。

改めて見ると、この3人、絶妙なバランス感覚とチームワークだと思います。
秋山さんを中心にしっかりとした音楽の骨格があって、それにミカコさんと僕が乗っかっている。
持ちつ持たれつの関係でしょうか。

「あ、ミカコさんのその声のニュアンスいいな、それに合わせてみよう」
「あ、秋山さんが語りかけてくれてるけど、それに反応する余裕がない(笑)さーせん」とか、
即興の場合が多いので、本番までどうなるかわからず、頭の中はフル回転。
でも最近思うのは、音楽の行くべき道筋さえ見えて、それを3人で共有できていれば、何とかなるということです。
そして、お二人の音に反応し、追いかけたり、試して失敗したりと、事件は色々起こりますが、そんなハプニングが面白かったりします。

「もっとちゃんと弾きたい」「音を間違えない」とどうしても思ってしまうけれど、ステージ上では音を間違えることも含めて、それをちゃんと認めて反省し前進し続け、早川さんが仰るように、ありのままの自分でいたいと思います。
大事なのは、ステージ上で仲間と演奏している「今」ですから。
bamboobass at 23:47│Comments(0) チェロ | Live日記

September 15, 2017

悲しみの変容 〜 ムジモンの新曲

国語では愛を【かなし】と訓みます。
【かなし】とは、自分の心がむこうの方に行きついて、行き届くようにというような、思いやる気持ちをいうのです。【思いかねる】は、相手の心の上に自分の心が重なっていくというような、その【兼ねる】の意味が【かなし】の語源であるという国語学者の説があります
〜〜〜〜
古代の人々にとって、死は再生であった。
夜の森に、眼を光らせて出没する鳥獣は、姿をあらわすことを拒否する、霊の化身であった。
時を定めて大挙して湖沼を訪れる鳥たちは、故郷を懐かしむ死者たちの、里帰りである。
〜〜〜〜
霊は天上に住んだ。鳥はその使者であり、ときには霊そのものであった。
白川静‏


ムジモンでは最初の頃、コントラバスを弾いていました。でかっ!

コントラバスの場合


それがいつしかチェロになり現在に至ります。まだ1年ちょっとですが、変化の歴史を感じますね。
楽器の見た目はそんなに変わらないけど、大きさは全然違います。弦のチューニングも違います。そして求められる音楽の役割もやはり変わっていきます。

チェロの場合


あれから1年が経って・・・
クラシックの室内楽団でお世話になっていたチェロのTさんが亡くなって1年が経ちます。
僕は色々な人達のご縁のおかげで今もチェロを弾くことができていますが、もしこの方がいなかったら今日まで僕はチェロを弾いてなかったと思います。

Tさんは、僕がチェロを始める時に、真っ先にご自分のスペアの楽器を貸してくれたり。僕の仕事のことを色々と気に掛けてくれて、「状況はいつか良くなるから」と前向きに励ましてくれたり。そして、Tさんのお茶目な一面を見た定演打ち上げ後の帰り道、秋コンサートの打ち上げで「大竹さんにはねえモーツァルトやバッハの曲をもっと弾いてほしんだよ」と仰ってくれたり、ある年明けのコンサートでは、舞台袖でチェロとコントラバスの持ち替えであたふたしている僕を励ましてくれたり、楽団でご一緒したのはわずか3年ちょっとでしたが、様々な思い出が僕の中に生きています。

突然のお別れだったので、その時は言葉が出なかった。悲しみでいっぱいだった。でも、月日が経つとその悲しみという感情は変容していくものだと思うようになりました。
そんなことを思うようになったきっかけはいくつかあります。

悲しいのに瑞々しく美しい
Tさんが亡くなったという知らせを聞いた翌日、何故か無性にチェロを弾きたくなり、4ヶ月ぶりにチェロをケースから出して、色々な曲を片っ端から弾いたのです。当時はチェロの難しさから、しばらく弾くのは止めようと思っていたのですが。。。その時は久しぶりだったので、音程とボーイングが滅茶苦茶でしたが、こんなに悲しい気持ちなのに、何故か出てくる音色が瑞々しかったことが不思議でした。

作家の若松英輔さんの著作から、昔の人は「悲し」に色々な字を当てはめ、「美し」もかなしと読んだことを知りました。悲しみの底に落ちた時、そこに想いもしなかった感情や美を見出そうとしていたのが伝わります。
モーツァルトや宇多田ヒカルの曲でも、明るい曲調なのに何故か切なくなるというか悲しくなる時があります。それは作曲家自身の人生がその音楽に反映されているのかもしれないと考えるようになりました。

作家の折口信夫は古い故人の供養のために小説「死者の書」を書いたことを知りました。
宇多田ヒカルは亡くなったお母さんとの関係と、これから生まれてくる子供のために自身の想いを綴り音楽で昇華させた「ファントーム」というアルバムを製作したというエピソードを、彼女のインタビューを読んで知りました。特に彼女の「私は音楽でしか表現できない」という言葉に触発されました。故人に対していくら言葉を投げかけても何かが足りない。小説家や音楽家達はそれを物語や音楽に落とし込んで、故人を供養し、その関係を昇華させたのかもしれません。

2つの音のモチーフ
Tさんが亡くなって、しばらくしてから僕の中に流れてきた2つのモチーフ。まるでそのモチーフが僕に何かを語りかけているようでした。先程の宇多田ヒカルの言葉に触発されたこともあり、1年経った今、やっと重い腰を上げ、僕もこれを曲にして、Tさんへの想いを昇華させたいと決心しました。
しかし、実際に考えてみると、この2つのモチーフを軸にして音楽的に創っていくことが、なかなかうまくいかず悩みに悩みました。
白鳥が飛び立ち、その羽毛がヒラヒラ舞っていくようなモチーフと、
モチーフ1


Tさんが好きだったモーツァルトのように純粋に、霧に覆われた森の中で彷徨いつつも何かを探し求めているモチーフ。
モチーフ2


昨年の定演で、最後の曲が始まる時、会場の窓から日が射し込み、舞台上を照らしていて、まるで天国にいるTさんがほほえんでくれてるかのような暖かい光のイメージ。(この曲はEマイナーですが、最後をEメジャーに転調させたのはこのイメージだったと事後的に気付きました)

自分の中で推敲を重ねて何とか形にしました。この曲を演奏する人達の顔は僕の中ではっきりと浮かんでいました。まずムジモンのお二人です。そして、ムジモンと縁のある当時遠方にいたピアニストのこと。(最近になって都内に引っ越してきたとのこと。久しぶりに会える日を思うと嬉しくなります)僕からの楽譜を受け取り、秋山さんは以心伝心で僕の気持ちを汲み取り、さらに音楽的に聴こえるようにアレンジをしてくれました。
以心伝心のアレンジ


今、ミカコさんが僕の想いとご自身の想いを織り重ねて美しい歌詞を書いてくれています。(ミカコさん、ごめんなさい。ほんとは全部出来たらこの文章書こうと思ったけれど、我慢できずに書いてしまった。。。)ムジモン3人での初めての共作です。(これまで秋山さんとミカコさん、僕とミカコさんのそれぞれの共作はあったが、3人での共作はまだ無かった)

悲しみは変容していく
僕がムジモンでチェロを弾いてから、ムジモンのお二人に何かスイッチが入ったのか、秋山さんはより一層意欲的に曲を描いたりギターを弾くようになり、ミカコさんも歌う気満々で、演奏する機会をどんどん作ってくれたり。(どちらかというと、僕がそんなお二人の勢いに押され、訳もわからず付いていっている状況。。。)最近ではダンサーのリリス・リカさんとコラボライブをすることができました。個々の想いが、こうして色々な人と音楽を繋げてくれる。本当に有り難いことです。ムジモンのライブにいつも来てくださる方々からは「早くCDを作ってほしい」と声をあげてくれています。がががが頑張ります!
複雑な想いですが、もしTさんが生きていたら僕はTさんに甘えてたと思うのです。他人から求められても勇気を持ってチェロを弾こうとしなかったと思う。自分の殻を破らなかったと思う。Tさんが亡くなってからの僕の人生は、天国にいるTさんが引き起こしているとしか思えない。ちゃんとチェロと向き合わなきゃと思い、当時、藁にもすがる思いでチェロの先生を探したこと(今度、1年ぶりのレッスンだ・・・汗)、必死になって定演でTさんが弾くはずだったバッハを練習したこと。「これはどういうことだろう・・・?」まるでTさんが置いていった手紙を解読する日々でした。
あの時感じた悲しみは、今は感謝の気持ちに変わっています。(もちろん核には悲しみがあるけれど・・・)Tさん本当にありがとうございます。

この曲を演奏できる日が待ち遠しいです。

bamboobass at 21:45│Comments(0) チェロ 

September 09, 2017

ジム・ジャームッシュ「パターソン」

何があっても日は昇りまた沈む。毎日が新しい日だ。
「パターソン」より


最近ちょっとした新たな出会いの機会をいただいています。
初めての人との距離感とか、ただの知り合いから一歩近づいていく感覚など、最初はなかなか受け入れるのが難しいけれど、慣れてくると自然に話している自分に気づく。それを相手が真摯に受け止めてくれている。有り難いことです。

昨年のラ・ラ・ランドぶりに映画館で映画を観ました。
Back in time店主の梶川さんがSNSにあげてて気になっていた、ジム・ジャームッシュの「パターソン」



とても素晴らしかった。
詩を書くことが趣味のバスの運転手が主人公。主人公の一週間の日常を淡々と撮った映画で、大きな事件は何も起こらない。でも、その日常の時間の積み重ねが、まるで川の水が幾層にも流れて重なっていくようで、とても美しい映画でした。時間が重なることで四次元になるんだね。映画や音楽を観て感じて「美しい」と思うこと。そういった感覚、大事にしていきたい。

主人公がバスの運転しながら、乗客の会話に耳を傾けたり、通りすがりにたまたま会った人たちと短い会話をして、その人の言葉にハッとしたり。そのハッとする表情の主人公のアダム・ドライバーの演技が美しかったり。仕事の合間に日常から感じたことを彫刻を彫るように言葉を深く重ねて詩にしたり、何でもない時間にきらびやかな真珠のような光が一瞬灯るという感覚。

僕の日常も驚くほど何もない。朝起きて出勤して仕事して帰ってきて寝ての繰り返し。たまに作曲したり、音楽聴いたり、週末のライブに向けて練習したり。
他の人たちを見てると、自分だけが何か遅れをとっているような気がして、意味のない焦りが生じて、もっと充実した生活を!とか思ってしまうけど、この映画を観て、日常というものがとても愛おしくかけがえのないもので、大事なものはむしろ日常にあって、時間を重ねていくことの美学が自然に生まれて、まるで映画から「普通でいいんだよ」と言われているようでした。むしろ非日常的なものばかり求めると、自分を見失ってしまう危険がある。
丁寧に日常を過ごすこと。他人と自分を比べず、自分の内から湧き出る声を聴くこと。ひたむきに周りの人々の会話に耳を傾けること。
最後のギフトのシーンはジーンとしみました。
キャストも皆良かった。

ジム・ジャームッシュの作品、他にも観てみようと思いました。
bamboobass at 22:02│Comments(0) 映画 

August 31, 2017

Sukiyaki Tokyo 2017

昨日はSukiyaki Tokyo 2017へ。
昨年のACA SECA TRIOの感動再び。
トップバッターはアンドレ・メマーリとフアン・キンテーロのデュオ。

ファンの歌声はやっぱり美しい。。。
今回はピアノとデュオということで、アカセカの時より彼のギターがより前面に出ていて、チャカレラやサンバやショーロなど様々なスタイルの曲を力強い土着的なリズムを刻みながら歌っていて圧巻。

初めて生で聴くメマーリさんのピアノは、まるで蜜蜂のような速弾きをするけど、緩急の付け方が絶妙で、うるさく聴こえない。これは相当な技術がないと音楽的に聴かせられないことだろう。
速弾きだけでなく、たまにハッとするような、こちらの気持ちをグイっと持っていくような音を出す。
そして、ピアニシモが、なんていうんだろう、内包してる音で、ピアニシモなのに芯がありしっかり鳴っている。初めてピアニシモの意味が分かったような気がした。
彼のピアノを体験して、最近読んだ小説「蜜蜂と遠雷」を思い出した。
蜜蜂と遠雷
恩田 陸
幻冬舎
2016-09-23



風が吹いていた。
さわさわと、柔かく涼しげな音が身体を包む。
それが、木々の梢で葉がすれ合う音だということはまだ知らなかった。
濃密でいきいきした、大小さまざまなたくさんの何かが、刻一刻と移り変わっていく辺りの空気に満ち満ちていた。
それをなんと形容すればいいのだろう。
(中略)
そう、まさに驟雨のように、空から。
明るく力強い音色が、世界を震わせていた。
波であり振動である何かが、世界にあまねく響き渡っていた。
その響きにじっと聴き入っていると、自分の存在そのものがすっぽりと包まれているような気がして、
心が凪いでくるのを感じた。
今、改めてこの時の光景を見ることができたならば、きっとこう言ったことだろう。
明るい野山を群れ飛ぶ無数の蜜蜂は、世界を祝福する音符であると。
そして、世界とは、いつもなんという至上の音楽に満たされていたことだろう、と。
恩田陸「蜜蜂と遠雷」より

このお二人、ちゃんと演奏するのはこれで2回目と言うけれど、もう息がぴったり。
特に弱音からグググと盛り上がってくるところは風が吹き抜けていくようで、ため息が出る。なんて雄大な世界なんだろう。。。そしてチャカレラではすごいうねりのリズム。サンバではこれでもかとジェットコースターのように突き進んでいく。後で振り返ると、ブラジルのメマーリさんがチャカレラを演奏していたり、アルゼンチンのファンはブラジルのサンバを刻んでいたりしていて何だか新鮮。

アンコールはナシメントの「Ponta de Areia」と何と日本の童謡の「ふるさと」をつなげてメドレーに。
ファン・キンテーロは日本語訳詞のメモを見ながら「兎追いしかの山〜」と歌っていた。なんて優しい人なんだろう。その音楽から「みんなつながってるんだよ、一緒なんだよ」というメッセージが聴こえてきて泣けた。。
個々の国籍を超えて1つに。みんな違う場所から同じ月を見ている感覚だろうか。

このお二人とカルロス・アギーレが加わったトリオの新作「セルペンティーナ」も一足先に会場でゲット。
メマーリさんのSNSページにあがっていたこの3人のライブ動画を観てとても感動し、アルバムの誕生を今か今かと楽しみにしていた。




メマーリさん、ピアノとチェロのための組曲を書いてるのか!おおおお。



対バンのクロ・ペルガグもとっても素晴らしかった。
こちらはヴァイオリン、ビオラ、チェロの弦楽トリオと、ドラムとベース(ギター)という変わった編成。まさかライブハウスでチェロを聴けるなんて。あの重低音どうやって出してたんだろう。何かエフェクト掛けてたのかなぁ。
そんな中、真っ赤な鬼のお面を付けてクロ・ペルガグが登場。何やらキュートでポップでサイケで摩訶不思議な雰囲気。フランス語歌詞で歌い、曲によってはギターや切ない響きのピアノで弾き語る。
このバンドの人達、ものすごく多彩で、ベースの人は曲によってギター弾いたりチャランゴ弾いたり、弦楽トリオの人達は楽器だけでなくコーラスを付けたり、弦楽器抱えたままリコーダを吹いてハーモニーを付けたり、キーボード弾いたり。ロックなサウンドの中にチェンバーなサウンドが入り混じり、とても面白かった。みんな仲良さそうで楽しい家族みたいな雰囲気。
このクロ・ペルガグも初めて観てすっかりファンになってしまった。2枚出てる彼女のCDを会場で買った。




やっぱりライブは良いなぁ。
7月と8月を何とか乗り越えた自分へのご褒美の1日。
bamboobass at 22:06│Comments(0) Live日記