ベーシストたけっちブログ

都内と横浜で活動するウッドベーシスト“たけっち”のブログです
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June 26, 2016

LISTEN リッスン

前々から気になっていた映画「LISTEN リッスン」観た。
映画館は渋谷にあるアップリンクで、全40席ほどの小さな映画館。
作品はずっと無音。(耳栓の提供があった)自分の身体の内部の音に向き合うことになる。
お客さんも海外の方を含めて手話で話している方が多かった。聴者の僕達とはまったく違う文化がそこにある。

身体で奏でる、目で見る音楽といった感じだろうか。
皮膚感覚で物事を感じ、自分の衝動に忠実に従って身体を動かす。
音を楽しむと書く「音楽」という言葉自体、それぞれ人によっては捉え方がちょっと違うのかなと感じ始めている。
音を楽しむことはもちろん大事だが、音楽だけでなく芸術全般において表現行為とは、言葉や手足からではなく、皮膚感覚で感じたこと、自分の身体の内にある衝動から出発しないといけないなと思った。
人間的なものヒューマニティ。それを失ってしまったら終わりだ。
岡山で参加したサナエさんの声のワークショップにも通じる体験だった。

時には饒舌に、時には繊細に身体で唄う。
ソロ、デュエットや、ジャズにも通じるコールアンドレスポンス、詩の朗読、はたまた集団で歌うゴスペルのように様々な表現があることを知る。
空間に絵を描くように指先が動くことによって空間が揺れ動き、周りの景色が変わっていく。
朝日に照らされる浜辺など、とにかく映像が美しかった。
手話の美しさ、身体で表現することの素晴らしさを感じた。
もし、手話がわかれば、また違ったものを感じることができるだろうなぁ。

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bamboobass at 10:02│Comments(0) 映画 

悲愴

先日は東京交響楽団の公演を聴きに行った。
これまで楽団の人達がやっているアマチュアのオケを聴きに行ったり、自分もオケのトラに参加する機会があったりと、オーケストラとの関わりが少なからずあり、オーケストラへの興味が出てきて、悲愴にはまっていた時期もあり、悲愴のプログラムを探して今回行こうと決めた。

プロのオーケストラを聴きに行くのは高校生の時以来。
その時の記憶がほとんどない。。。OBの方がある日連れて行ってくれて、確か新宿のホールだったか。
ピアノの協奏曲で、ピアニストの指の動きがすごかったなーとか、そんな記憶しかない。。。
今思うと、その連れて行ってくれた先輩に申し訳ない。。。

早めに予約して、ちと頑張ってS席を予約。1階の5列目のほぼ真ん中の席だった。
演奏者の表情がよく見えて、臨場感もたっぷり。

指揮者はイタリアから来日したダニエーレ・ルスティオーニ。30代で僕より年下。若い!

プログラムは
グリンカ 歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
ショスタコーヴィチ ヴァイオリン協奏曲 第1番 イ短調 作品77
チャイコフスキー 交響曲 第6番 作品74 「悲愴」
というオール・ロシア・プログラム。
特に中盤にかけてショスタコがあり、最後はチャイ6ということでストイックなプログラムだ。。。

冒頭のグリンカはスピード感たっぷりで爽快!
ヴァイオリンから低音のコントラバスまで高速のユニゾンをバシバシ決める!
ルスティオーニさん、若くてエネルギーに溢れている感じ。
最後の音は陸上選手のように飛び上がってバシっと決めて拍手喝采。
すごいなー、いきなり心奪われました。

次はショスタコのヴァイオリン協奏曲。
ソリストはルスティオーニさんの奥さんでフランチェスカ・デゴさん。プロフィール見るとまだ20代!
僕はこの曲の演奏を五嶋みどりさんの演奏で親しんでいた。
N響の公演もテレビで見たけど、憑りつかれたようにヴァイオリンを弾いていて、弓の毛もビシビシ切れて、終演後は寿命が数年縮んでしまったんじゃないかと思うような熱演で、ものすごい演奏だったことを覚えている。

デゴさんの演奏も素晴らしかった。幽玄なヴァオリンの響き。
プレイヤー目線で見ると、ヴァイオリン独自の距離の長い弓の使い方など勉強になった。
弓先、弓元の使い分け、重要だなぁ。
無伴奏部分では、大事な部分(強迫)で体重を乗せるように足でリズムをとったりと、無伴奏の中でもリズムがしっかり流れている。
精神に訴えかけるような幽玄で静かな響きの中、途中で狂信的というか、祝祭的な明るいリズムになる楽章もあり、華やかだった。
アンコールではイザイとパガニーニの無伴奏曲を弾いてくれた。
イザイは重音が続き精神に根を張るような深い曲だった。
パガニーニはまるでロックギターのような速弾き。ものすごいテクニックだったなぁ。

最後はチャイコの悲愴。
もう、ルスティオーニさんの生きざまを見せつけられた感じ。
パラメーターの振り切れ加減が半端ない。
近くの席だからわかったけど、ルスティオーニさんものすごく低い声で歌っているんだよね。
いや、歌声というかもう唸り声で、それこそ全身全霊で音楽を表現してる。
終演後、沈黙が訪れた後、バーと拍手が沸き、あのやり切ったという笑顔!ガッツポーズして喜びに溢れてた。僕もあんなに手が痛くなるまで拍手したのは初めて。思わず指揮者と演奏者を讃えたくなる。すごいすごい!

しかし、チャイコの悲愴は厳しい音楽。チェロのトップの人の目が一瞬虚ろになってた。
そして、ヴィブラートはもう指板が擦れてへこむんじゃないか、指が擦り切れるんじゃないかという勢い。歌う歌う!優しく甘美に歌い上げる部分、ドロドロと煮え滾るマグマのような部分が相反する。
チャイコは演奏者に対しても容赦ない。僕もチャイ5で経験があるけど、演奏者を執拗に攻める部分がある。精神的にも肉体的にもハードな音楽。

終わって帰途につくときは、しばらく呆然。なかなか現実に戻れず。それだけ濃い2時間だったというわけか。
聴いてるこちらもクタクタになってしまったとよ。はへー
何故か無性に甘いものが食べたくてシュークリームを買ってしまった。
公演チラシ
bamboobass at 09:27│Comments(0) Live日記 

June 12, 2016

チェロレッスン 第1回

つらいと感じることは生きていれば幾度もある。
だが、振り返ってみると、そうした苦痛の経験が新しい何かへと導いてくれていることも少なくない。
望んだように生きるのもよい。
しかし私たちは、望んでいたのとはまったく異なる出来事のなかに、真に願っていたものを見出すこともできるのである。

若松英輔


楽団の今後の方針が決まり、亡くなったTさんが参加していた2曲のうち、1曲を僕がチェロで引き継ぐことになった。曲はバッハの「音楽の捧げもの」よりトリオソナタ。身が引き締まる。
合宿が終わって3日後には早速練習が入っていた。あらかじめネットで楽譜を見て途方に暮れる。。。
今回ばかりは僕一人の力ではどうしようもできないと感じ、1年前に出会ったチェロ奏者の五十嵐あさかさんにレッスンのお願いのメールをした。藁にもすがるとはこのことか。すぐ返事が来て、快諾してくださった。はぁぁぁぁ良かった。。。自分を取り巻く様々な状況が一気に変わり、頭がクラクラした。
姫が言うには、今回の出来事で、今まで自分が遠ざかっていたこと、逃げていたことに改めて向き合わざるをえなくなったということ。この状況を乗り越えなくては。。。!

1年前に五十嵐さんのライブを聴いた時(その時のライブの感想)、五十嵐さんはアルゼンチン在住だったが、その約半年後に日本に完全帰国されていた。某SNSを通じてそのライブの感想をメールで送ったりとちょっとしたやりとりがあり、その後はそのSNSで投稿されたお互いの記事に「いいね」したりと無言のコミュニケーションが続いていた。
僕のコントラバスの師匠の吉野さんと同じように、クラシックに限定せず幅広いジャンルで活動している人の方が自分との相性的に合うんじゃないかと思っていて、五十嵐さんも自作の曲を無伴奏で弾いたりともう何でもありという感じだったので、ずっと気になっていた存在だった。

レッスン日近くになると、仕事が終わって五十嵐さんのソロアルバムを聴きながら帰宅するのが習慣になった。すすげえ、この音なんだ?琴みたいな音。。。動物の鳴き声のような音、いろいろな音が聴こえてくる。。。すげえすげえ。。。の連続で、感動と同時に僕は何てすごい人にレッスンを受けようとしているのだろうとビビってしまった。

とうとう初レッスン日。前日はムラバン!!!主催のジャムセッションで呑み過ぎて、生き返るのに時間が掛かってしまった。見事な快晴。久しぶりにチェロを抱えて向かった。
1年振りの再会。まさかこんな形になるとは想像もつかなかった。何だか最近の色々な出来事を天国にいるTさんが引き起こしているとしか思えない。こんにゃろー。嬉しいことや大変なことやらでもう何なんだろう。「大竹さんにはねえモーツァルトやバッハの曲をもっと弾いてほしんだよ」とTさんの声が聞こえてくる。

バッハのトリオソナタを通じて、弓の持ち方や左手の構え方など基本的なことを教えていただいた。
特に五十嵐さんの楽器がチェロなのに、古楽器というか、まるでヴィオラ・ダ・ガンバのような音で、演奏する音楽によって、こうも音色が変わるのかと衝撃を受けた。経験値が半端ない。ああ、この人に教わることができて本当に良かったと思った。バロックにおけるアーティキュレーションをいろいろと教わった。
ジャズは2・4で偶数拍に意識を置くが、バロックは逆で1・3の奇数拍。慣れるまで難しい。そして音が「減衰する」ということ。知らないことばかりで目から鱗が落ちた。
それから、今まで弓を深く持ち過ぎていて人差し指と親指に痛みがあったが、「深く持たず、軽めに持つ」ということ。そうすると指の痛みも軽減した。いろいろなことを教わりとても勉強になった。

レッスン後は愛猫のきなこが登場。2才のかわいい三毛猫だ。そういえば吉野さんも猫好きで、猫抱えながらレッスンされた時はどうしていいものかと思ったけど。
そして、映画「めぐり逢う朝」(音楽の本質を問う素晴らしい映画)の話から、その映画の音楽監督のガンバ奏者ジョルディ・サヴァールの話になり、この動画を教えていただいた。とにかく美しい。ピュアサウンドの連続。途中からジョルディ・サヴァールの息子さんのフェラン・サバールの歌が入る。この歌がもう何というか物悲しくなるような、と同時に優しい気持ちに溢れるような、心にしみる歌声で。。。コンサートの最後はカザルスが愛した「鳥の歌」で締めくくられる。魂が震える感動的なコンサートだ。

チェロに対して抱えていた苦手意識や不安が解消されて、少し精神的に楽になった。
五十嵐さん、本当にありがとうございました。


bamboobass at 10:58│Comments(0) レッスンの記録 | チェロ

May 26, 2016

つらぬけ

なんて力強い詩なんだろう。。。
「つらぬけ」感動というものは、光の矢が猛スピードで迫ってきて僕の身体をつらぬくようだった。ある意味暴力的。めげそうになったらこの詩を読もう。力が湧いてくる。


原民喜「鎮魂歌」より
一つの嘆きは無数の嘆きと結びつく。無数の嘆きは一つの嘆きと鳴りひびく。僕は僕に鳴りひびく。鳴りひびく。鳴りひびく。
嘆きは僕と結びつく。僕は結びつく。僕は無数と結びつく。鳴りひびく。無数の嘆きは鳴りひびく。鳴りひびく。一つの嘆きは鳴りひびく。鳴りひびく。一つの嘆きは無数のように。
結びつく。一つの嘆きは無数のように。一つのように。鳴りひびく。結びつく。嘆きは嘆きに鳴りひびく。嘆きのかなた、嘆きのかなた、嘆きのかなたまで、鳴りひびき、結びつき、一つのように、無数のように・・・・。
一つの嘆きよ、僕をつらぬけ。無数の嘆きよ、僕をつらぬけ。僕をつらぬくものは僕をつらぬけ。僕をつらぬくものは僕をつらぬけ。嘆きよ、嘆きよ、僕をつらぬけ・・・・。
死者よ、死者よ、私を生の深みに沈むてくれるのは・・・・ああ、この生の深みより仰ぎ見るおんみたちの静けさ。
私は堪えよ、静けさに堪えよ、幻に堪えよ。生の深みに堪えよ。堪えて堪えて堪えてゆくことに堪えよ。
一つの嘆きに堪えよ。無数の嘆きに堪えよ。堪えよ、堪えよ、私をつらぬけ。還るところを失った私をつらぬけ。突き放たれた世界の私をつらぬけ。
明日、太陽は再びのぼり花々は地に咲きあふれ、明日、小鳥たちは晴れやかに囀るだろう。地よ、地よ、つねに美しく感動に満ちあふれよ。明日、私は感動をもってそこを通りすぎるだろう。


自分のために生きるな、死んだ人たちの嘆きのためにだけ生きよ、僕は自分に繰返し繰返し云いきかせた。それは僕の息づかいや涙と同じようになっていた。僕の眼の奥に涙が溜ったとき焼跡は優しくふるえて霧に覆われた。僕は霧の彼方の空にお前を見たとおもった。
bamboobass at 21:18│Comments(0)  

May 23, 2016

エチュードを作っている

今日から仕事だったわけだが、ため息ばっかりだった。
悲しみに打ちひしがれて立ち止まっていては駄目だ。前々からやろうと思っていたことを始めた。

チェロを始めてから、信頼している音楽仲間から「コントラバスの音程が悪くなっている」と指摘があり、一時期はチューナーと睨めっこで練習してノイローゼになりそうになった。今は大分感覚が戻ってきたかなとは思っているが。ギタリスト鈴木大介さんの新作「12のエチュード ギターソロのための12の練習曲」の影響もあり、だったら自分で音程を維持するためのエチュードを作ってみようと思った。とりあえず無理せず、メモ程度の長さのものをいくつか作っていこうと思う。

決まりとしては
・開放弦を基準にして様々なインターバルをとること。
・自分の音をよく聴くこと。
・ゆっくりとしたテンポで、1つ1つの音をテヌートで弾くこと。

チェロを必死にやっていた時は、曲を覚えるのに精いっぱいで、自分が出している音を落ち着いて聴いてなかったと思う。
詩のようなもの、メモのようなもの、つぶやきみたいなものだ。タイトルも適当。
今日は4つのエチュードができた。中でも「雨音のブルース」がお気に入り。
いつかは鈴木さんのように1つ1つの短編のようなエチュードを作っていきたい。

チェロを弾いた後にコントラバスに持ち替えてもぶれない軸を持つために。

訃報に接する度にこの映画のことを思い出す。コントラバスはヴィオール属。


Etude
bamboobass at 21:41│Comments(0) ベースラインの研究