鳳凰臺上鳳凰遊ぶ
鳳去り臺空しうして
江自ら流る

李太白

(三島が好んだ詩句)
●三島由紀夫とビートルズ
45f6890e.jpgビートルズが日本に初来日したのは昭和41年である。世界的なロックスターを前に熱狂する観客のなかに実は三島由紀夫もいたのである。
ロックなどまったく興味のない三島は、どうしてあのバンドがすごく人気があるのだろうと思い、取材に行った模様を書いている。それを全文掲載しよう。

「ビートルズ見物記」
私は何でも、味わってから、批評するという気持ちを失うまいと思っている。文壇では、「読まない書評」というヘンなものがあり、においだけ嗅いで、あれはダメだとか傑作だとかいう風潮があるのを、私はかねて苦々しく思っている。
日本人はことに直観力が鋭いから、遠くからにおいだけを嗅ぐだけで、すぐ判断を下したがる。これは「食わずぎらい」というのとちょっと違う。食わずぎらい、というのは、私は蒲焼は食べない、トマトは食べない、というだけで、蒲焼はけしからん、とか、トマトを絶滅せよ、とか言ってるわけではない。

そこで六月三十日のビートルズの初日に出かけ、ビートルズとはそも何者ならん、という探究心のとりこになった。遠くの方で車をおろされ、武道館まで、歩くわ、歩くわ、その道ぎわにはお巡さんが密集していて、その整理のうまいこと、誘導の整然としていること、まるで警視総監のお葬式に参列するような気分である。

中へ入っても、案内もみごとで、スルリと自分の席に座れる。座ってみておどろいた。切符には一階の三列目と書いてあるのに、一階といっても実は二階で、一階は完全にとっ払われているのである。その一階の全平面は、壁ぎわを警官がとり巻き、中央近くまでガランと床があき、さらに花輪の列が取り巻き、さらに頑丈な高い城壁が組まれ、その上をテレビ・カメラが占領し、さらに奥に高い舞台が二つあり、またその上に高い舞台があり、そのうしろに大きくTHE BEATLESという字を書いた壁が張りめぐらされている。ここから舞台までは、百メートルほどもあるだろうか。駆け寄ろうとしたって、隅田川の向こうの岸のビルの屋上へ突進するようなもので、007風の背負い子式ロケットでもなければとてもムリである。

私がこうまで長々と場内の様子を述べたのは、ほかでもない、ビートルズが、いかに最低の舞台条件で歌ったかということを言いたいからである。警備のために場内の電気はつけっぱなし、スポット・ライトを使う余地もなし、演出もへったくれもあったものではなく、しかも正味たった三十数分の演奏では、バカにされたような気がしただけである。

つまり、私にはビートルズのよさもわるさも何もわからない。しかも歌いだすやいなや、キャーキャーというさわぎで、歌もろくすっぽきこえない。どうにかきこえたのは、イエスタデーはどうしたとかこうしたとかいう一曲だけ。何の感銘もなければ興奮もなく、ついこの間、同じ武道館で行われた原田・ジョフレ戦のあの全観衆の熱狂の百分の一ほどの興奮もなかった。

あの試合のときの、殺気、熱気、群集のどす黒い迫力は今日の比ではなかった。しかも警備は、おそらく今日の何十分の一だろうし、リング・サイドまでぎっしり椅子が詰まっていた。

それに比べると今日の警戒態勢はいったい何のためなのか。結果論にすぎないかもしれないが、バカバカしく感じられ、第一、せまいリングを中心に満員の観衆が、世界選手権のやりとりにかたづをのむ場面なら、冷静な大人でも興奮するのが当たり前だが、今日のように、対岸はるか、顔もろくすっぽ見えない四人の人間は、そろいの濃緑のダブル・ブレストに赤シャツで、いかに熱演してみせようが、およそ興奮を呼び起こすようなものは一つもない。あれほどの人気者だからなにか人を興奮させる魔力があるのだろうと期待して、何一つ期待が満たされなかったのは、前述したように、およそ考えられる限り最低の舞台条件のためでもあろう。

それはそれとしてやっぱり興奮する人たちがいるのである。なぜだがしらないが、ビートルズときいただけで、頭も体もおかしくなってくるのである。

これらの少女たちは、私たちとはちがって、十分ビートルズ病の潜伏期、前驅症状をへて、最後の大発作を起こすためにここへ来ているだから、第一、心がまえがちがう。ベトナムの敬虔なる仏教徒を引き合いに出すのは申しわけないが、いわばこの少女たちは焼身自殺のパーティをやっているようなもので、それまでに全身に油を体にしみ込ませた上で、ここへやってきて、時至るとみるや、わが手でさっと燐寸の火をつけるのだから、でき上がりが早い。ビートルズが登場すると同時に、即座に最終的興奮段階に入れる下地ができているのである。

会場と同時に入場して、もう感激のあまり泣いていた二人の少女があったというから、気の早いのを通り越している。

実は白状すると、私は舞台へ背を向けて、客席をみている方がよほど面白かった。何のために興奮するかわからぬものをみているのは、ちょっと不気味な感動である。私だって、興奮が自分の身にこたえれば、エレキだろうと、なんだろうと偏見はない。こう見えても、モンキー・ア・ゴーゴーという店ができたとき、興奮のあまり、一週間ぶっつづけにかよったおぼえのある私である。

しかし今日の前に見ている光景は、原因不明で、いかにも不気味である。

私の数列うしろの席は、ビートルズ・ファンの女の子たちに占められていたが、その一人はときどき髪をかきむしって、前のほうへ垂れてきた髪のはじをかんでいるが、アイ・ラインが流れだしている恨むがごとき目をして、舞台をじっと眺めている顔は、まるでお芝居の累(かさね)である。その目がすわっていて、恍惚感というよりも、何だか人をのろうような顔つきで、私は、「突然別れ話を持ち出されてきたときの女は、こんな顔をするな」と思った。ところが、その口もとがだんだん痙攣してきて、しゃくりあげてきそうになると、ワーッ!と叫んで、ハンカチで口をおおい、身を撚って泣き出すのだからものすごい。

何で泣くほどのことがあるのか、わけがわからない。もっとも女の子は、たいてい、大してわけのわからないことに泣くものである。太った子が、身も世もあらぬ有様で、酸素が足りないみたいに口をぱくぱくさせると思うと、急に泣きながら、
「ジョージ!」
「リンゴー!」
などと叫びだすのを見ると、心配になってしまう。
熱狂というものには、何か暗い要素がある。

明るい午後の野球場の熱狂でも、本質的には、何か暗い要素をはらんでいる。そんなことは先刻承知のはずだが、これら少女たちの熱狂の暗さには、女の産室のうめき声につながる、何かやりきれないものがあるのはたしかだ。

だからビートルズがいいの悪いの、と私は言うのではない。また、ビートルズに熱狂するのを、別に道徳的堕落だとも思わない。ただ、三十分の演奏がおわり、アンコールもなく、出てゆけがしに扱われて退場する際、二人の少女が、まだ客席に泣いていて、腰が抜けたように、どうしても立ち上がれないのをみたときには、痛切な不気味さが私の心をうった。そんなに泣くほどのことは、何一つなかったのを、私は“知っているからである”。

虚像というものはおそろしい。
帰り道で行き会った友人と、大声で話しながら歩いていると、うしろからくるティーン・エージャーが、聞こえよがしに、
「フン、大人のくせに、アラさがしばっかりやってるの、イヤらしいわ」
と怒声を放った。

だが、大人というのはアラさがしをするのが商売なのである。子供は鳴り物に熱狂するのも自然なことだ。しかし、隅田川の向こう岸の鳴り物にあんなに興奮するのは、ちょっとみっともないし、いじらしすぎるんじゃなかろうか。大人たちが君らを警戒して、子供イビリを企て、千載一遇の恋人との間に、あんなに大勢のお巡さんを配置し、舞台を遠ざけ、十重二十重に君らを取り巻き、おちおち椅子の上に立つこともできないようにしてガンジがらめにしてきたら(もはや、そうしてきかれるビートルズは、ビートルズではないのだから)、こちらもフテくされて、顔色一つ変えず冷然とかまえたらどうだろう。そのほうがしゃれた復讐ではないだろうか。完全安全警戒態勢の中で、せい一ぱいわめいたり泣いたりするのは、動物園の檻の中のおサルのさわぎのようなもので、ライオンはそういうとき、フフンという顔をしているのである。
(昭和41年7月18日号・「女性自身」)

(第二十八回につづく)

※画像
ビートルズ日本初来日